聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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炎の剣

……目を(つぶ)ればいつでも聞こえてた。

無数の、細く(うす)金属板(きんぞくばん)(はじ)く音が。

聞いたことのない旋律(せんりつ)(なつ)かしさを(つむ)いでいく。

 

「エルク、おい、エルク!」

旋律に手を引かれ、目を開けると、そこに()()れしく俺を呼びつける銀髪(ぎんぱつ)の少年がいた。

俺は彼をよく知っている。

頭が良くて気遣(きづか)いのできる良い奴だ。

だけど、シャイな性格が(たた)って、(まわ)りにそれを理解してくれる奴はいなかったんだ。

俺と彼女を(のぞ)いて。

彼は屈託(くったく)のない笑顔で呼びつけると、性懲(しょうこ)りもなく俺を揶揄(からか)ってくる。

「チェッ、これでもお前のためを思って言ってやってんだぜ?」

わかってた。

彼は優しい奴だって。でも、俺は臆病(おくびょう)な人間だったんだ。

いくら親友に手を()()べられても、躊躇(ためら)ってしまうことだってあるんだ。

結果、俺は彼への八つ当たりで誤魔化(ごまか)してしまう。そうして赤くなった俺の顔を見て、彼は(あき)れ、失笑(しっしょう)する。

 

そこに、彼女がやってくる。

「エルク、ジーン、おはよう。今日は何してるの?」

金髪(プラチナブロンド)の彼女の声を聞くと、いつだって俺は(おも)はゆい気持ちになってしまう。

耳が、こそばゆくなるんだ。

「おはよう、ミリル。ちょうどミリルの話してたんだよ。」

「え、私の?なあに?」

俺はバカだから、(あわ)てて彼に飛び掛かって口を(ふさ)いだ。

「ど、どうしたの、エルク?怒ってるの?」

彼女を(おどろ)かせたことに気付いた俺はまた、必死に誤魔化(ごまか)そうと言い訳をする。

だけど、慌てふためく俺の様子は彼女の目をますます丸くさせるだけだった。

それなのに、

「……プッフフ、変な二人。」

出身地も好みの遊びも違う仲間たちの中で、俺たちは不思議(ふしぎ)()かれ()い仲良くなった。

落ち着きがなく、支離滅裂(しりめつれつ)な俺の言動(げんどう)を笑ってくれるくらい。

…俺は、この二人が(そば)にいるだけで満足(まんぞく)だった。

 

そんな大切な記憶なのに、どうしてもハッキリと思い出すことができない。

幸せだったのに。

目の前に現れたかと思えば次の瞬間(しゅんかん)には消えてなくる。

消えないように何度も(ねん)じた。

それでも、揶揄うように(あらわ)れた(おぼろ)げな情景(じょうけい)は、懇願(こんがん)する俺を置いて走り去っていく。

「…エルク、知ってたか?なにも、記憶を()くしたのはテメエだけじゃねえ。」

「エルクは、違うの?もう、私がいなくでも平気?エルクは、傍にいてくれる?」

まるであの時、俺が二人を見捨てたように……。

「笑える話だよな。テメエは俺たちのことを何とも思っちゃいなかったってのによ。」

……

「エルクが、殺したの?」

……

かつての幸福な情景の中にいてさえ、俺は二人が(こわ)れていく『現実』を脳裏(のうり)(うつ)していた。

(くる)った二人の姿を(かさ)ねながら、俺は(まゆ)一つ動かさずにヘラヘラと笑ってた。

消えていく二人を目の前にして、手を()()べることもしなかった。

 

「ゲハハハッ!これだ、これを待ってたんだよ。こうなる瞬間をな!夢にまで!」

「…バッドエンドだ、エルク。」

「いいぜ…、いいぜ。俺もテメエを殺してやるよ。」

「どこ見てやがる。テメエの相手はこっちだろうがよ!!」

「……チ、クショウ」

銀髪の少年を()やしたのは、俺だ。

 

…それでも俺は笑ってる。ヘラヘラ、ヘラヘラと。

 

「嘘つき…、嘘つき、嘘つき……」

「エルク、分かる?分かるよね?私はね、もう()えられないの。…もう、堪えられないのよ!!」

「だから、殺し合いましょう?」

「近寄らないで!」

「エルク、許して……」

「もう…、ミリルは、い、ない、の。」

「アアァァアアアァアァァァッ!!」

 

小さな両手一杯に、(あか)()りたくられてるってのに。

 

「エルク、私、自由に、なりたかった……」

「……イヤだ…、イヤだ、イヤだイヤだイヤだイヤだっ!!!」

 

目が(つぶ)れるほどに(まぶ)しい光に(つつ)まれたあの時、俺はようやく「終わったんだ」と思った。

その光がどんなに熱く、痛くても、

これで、ようやく――――、

 

 

 

 

――――ここは?

そこに、俺の終わりを()げていた光は一片(いっぺん)もない。

薄暗く、何もない一本道だけが目の前に()びていた。

俺は(ひと)り、歩いていた。

泥濘(ぬかる)む地面に足を取られ、死人(ゾンビー)のようにノロノロと。地獄へと(みちび)かれるように。

 

俺の意思とは関係なく、(まぶた)が上がっていた。俺に何の了解(りょうかい)もなく、第二(まく)は始まっていた。

まるで、彼女との最後の時間がなかったことのように。

 

歩いている内に(せま)い一本道は開けた場所に変わっていた。

けれどそこに、出口はない。

何もない。何も聞こえない。誰も、いない。

どうしてこんな所にいるのか。どうしてこんな所に来たのか。何も分からない。

引き返そうと(きびす)を返した。

すると、

 

可哀想(かわいそう)に。こんなにも(ひど)い目に()って……。」

「!?」

振り返ると、見覚(みおぼ)えのない女の人が立っていた。

(つか)れただろう?お前はよく(たたか)った。」

女の人の背後から、ぼんやりと男の人が(あらわ)れた。

顔も名前も分からない。けれど、心が二人に向かって何かを(さけ)んでた。

そして、二人の着ている()()()()()()を見て、それが「郷愁(きょうしゅう)」だと気付いた。

「おいで。(ひさ)しぶりにお前の好きだった英雄(えいゆう)の話を聞かせてやろう。」

男の人は精霊と(とも)怪物(かいぶつ)と戦う戦士の話を始め、それに合わせて女の人は俺をここへ呼んだ旋律を歌い出した。

 

……そうだ。俺は…、この人たちを、知ってる?

 

「…父さん、母さん……?」

 

そう呼ぶと二人は優しく微笑(ほほえ)んだ。

そうだ。…そうなんだ!この人たちは俺の本当の家族なんだ。

ようやく…、ようやく会えたんだ!

 

(すく)われた気がした。

本当の居場所(いばしょ)を見つけ、そこに護られている安心感があった。

俺はもう何にも(おそ)われない。

昔みたいに、小さな火を(かこ)って(しず)かに()らせるんだ。

 

 

「現実は時に残酷(ざんこく)だ。他人の理想が押し寄せては私たちの理想を()()していく。」

英雄譚(えいゆうたん)は終わっていた。

()わりに始まった「俺たちの悲劇(ひげき)」に合わせて、目には見えない、けれども確かに、俺たちの村を襲った『炎』が(しの)()ってきていた。

ダメだよ、父さん。それ以上奴らを呼ばないで!

「どんなに大きな声で(さけ)んでも、私たちの声は弱く、小さい。彼らの数と力には(かな)わない。」

ここでも俺は何もしない。

()ちていくこの世界に、ただただ耳を(かたむ)けてる。

ただただ(しず)かに、『炎』は()え、俺たちを見詰めてる。

 

「エルク、俺たちは頑張(がんば)ったさ。」

洞窟(どうくつ)薄闇(うすやみ)何処(どこ)か別の場所と(つな)がっているのかもしれない。

「俺たち、まだ14、5のガキなんだぜ?」

(くら)がりに(まぎ)れて、ここに居るはずのない墨色(すみいろ)の親友が現れた。

「それを、無理やり身体(からだ)(いじく)(まわ)されて、友だちと()(はな)されて…。あんな怪物連中と()り合ったんだ。ここまで生き残った方が異常(いじょう)なくらいだぜ。…そうだろ?」

「ジーン…。」

コイツをこんな真っ暗な『悪夢(ばしょ)』に押し込んだのは俺だ。

俺がコイツの人生を(うば)ったんだ。それなのに……

それなのに、コイツはまだ俺を(みと)めてくれる。「頑張った」って(はげ)ましてくれる。昔みたく、調子(ちょうし)の良い声で。

 

「エルク……」

そして、その今にも(くず)()ちてしまいそうな親友のボロボロの手に引かれて、彼女は現れた。

「あッ…、あ…、ミ、ミ……、」

名前は知ってる。でも、もう口にできない。

だって、俺は彼女を(だま)したんだ。大事な約束を全部、全部(やぶ)ったんだ!

「そんなに(こわ)がらないで。だって、アナタはここに来てくれたじゃない。」

彼女は綺麗(きれい)なままだ。

閃光(せんこう)()まれる前の、手術台(しゅじゅつだい)に寝かしつけられていた時の、お姫様みたいな姿のままだった。

「私は、それで十分。」

綺麗な(ひとみ)(はだ)(くちびる)。それに、妖精みたいな金髪(プラチナブロンド)

そんな容姿(ようし)とは関係なく、彼女は俺にとって特別な人だった。俺が、唯一(ゆいいつ)命を()けて護るべき人だったんだ。

それなのに―――、

「アナタがここに居てくれれば…。それだけで……。」

 

…でも、彼女がそれを許してくれるなら。

ここで、一緒(いっしょ)に暮らせるなら……。

 

(かたむ)いていく俺の気持ちを抱きしめるように、父さんと母さんが(かさ)ねて俺を(ねぎら)ってくれる。

「エルク、アナタは私たちに()わって卑劣(ひれつ)な運命に(あらが)ってくれた。こんなにボロボロになるまで…。それがとても(うれ)しい。」

「エルク、お前は私たちの(ほこ)りだ。」

「父さん…、母さん…、」

皆が笑ってる。

俺が見捨ててきた皆が。

「エルク、私たちと一緒に―――、」

彼女の手が俺に()れた瞬間、

 

 

―――私、信じてる。

 

 

ここにいない人の声が頭の中に(ひび)いた。

「化け物にとって安全な場所ってどこ?」

濃厚(のうこう)金髪(バターブロンド)が視界になびいた。

「私だって、アナタのための『化け物』なのよ。」

…そうだ、思い出した。

誰かがこんな、薄情者(はくじょうもの)のために言ってくれたんだ。

「私…、エルクが好きだもの。」

だから俺は初めて二人で見た海でその人にこう言ったんだ。

あの苦労性(くろうしょう)の小さな手を(にぎ)って、こう言ったんだ。

 

 

―――俺は、リーザが好きだ。

 

 

「…皆、ゴメン。俺はまだ、そっちには行けねえよ。」

無神経(むしんけい)な俺の、たった一言が皆の笑顔を(こお)りつかせた。

「何を言ってるの?エルク、ここまで来ておいて…、また私たちを見捨てるの?」

「いつか、いつか必ず皆の所に帰ってくるよ。でも、今はまだダメなんだ。」

「そう言って、またアナタが傷ついていく様子(ようす)を見て、私たちに(つら)い想いをさせたいの?」

(くちびる)()むしかなかった。

許してくれなんて言えねえ。約束だってできねえ。

 

父さんが、行き当たりばったりで皆を見殺しにしてきた俺を(たしな)める。

「エルク、よく聞きなさい。今、戻ったところで何も止められない。彼らの不条理(ふじょうり)な力はお前も()()みて分かっただろう?」

でも、()()()()()()

俺は…、彼女のための『化け物』になるって(ちか)ったんだ。

あそこに、彼女のところに、帰らなきゃいけないんだ!

 

俺は皆を振り切るように来た道を()()した。

だけど、

 

「逃がさない。」

 

背後にいたはずの彼女が、闇を利用して目の前に現れた。

「皆、アナタを信じてたのよ?だけど、皆、アナタのために死んだ。」

俺の腕を(つか)んだ彼女は、(くぐ)った闇に(いじ)られ、『悪夢』の中で会ったグロテスクな化け物に変わっていた。

「だったら、アナタも私たちのために死んでよ。」

象徴的(しょうちょうてき)金髪(プラチナブロンド)の半分が()()ち、痛々(いたいた)しい手術痕(しゅじゅつこん)が白く(やわ)らかな肌を縦横無尽(じゅうおうむじん)()(まわ)っている。

爬虫類(はちゅうるい)瞳孔(どうこう)が俺の瞳を()()け、(たか)の腕が俺の腕を握り潰す(いきお)いで掴んでいた。

「私たちも、愛してよっ!」

悲痛(ひつう)な彼女の言葉を合図(あいず)に、背後の空気が()てついた。

 

「逃げれば何もかも見逃(みのが)されるとでも思ってんのか?それがテメエの生き方だもんな。俺はそれをとやかくは言わねえ。だけどよ、」

炭化(たんか)していた親友の体がみるみる間に肉を取り戻し、

「少しくらいは俺たちに(たい)する誠意(せいい)ってもんを見せてくれてもいいんじゃねえのか?じゃねえと…、」

右腕の人斬り包丁(ぼうちょう)には沢山(たくさん)の返り血と金髪(バターブロンド)(から)()いていた。

そして…、

「また、別の誰かを犠牲(ぎせい)にすることになるぜ?」

「!?」

その左手には金髪(バターブロンド)の持ち主の首があった。

 

「誰が死ぬか。決めるのはお前だ、エルク。」

父さんと母さんはこちらを(うかが)っていた『炎』に(つつ)まれ、肉がズルリと(ただ)れていく。

「イヤだよ、父さん。俺は……、」

「私たちはアナタを(いや)すことはできても、呪われた運命から護ってやることはできない。そして、」

「母さん……、」

全身の肉が()()ち、独立(どくりつ)した髑髏(どくろ)は「無念(むねん)」と「執念(しゅうねん)」の腐臭(ふしゅう)(まみ)れていた。

「運命に()まれた私たちはアナタの『悪夢』であるしかない。アナタが生きている限り。」

「全て、お前が決めたことだ。」

言うや(いな)や、二人はカタカタと骨を打ち合せ、無造作(むぞうさ)に襲い掛かってくる。

 

結局(けっきょく)、こうなっちまうのかよ。

 

二人はあっという()に距離を()め、でたらめに()がれた指先を振り下ろす。

(かわ)そうにも鷹の腕はあまりに怪力(かいりき)で、俺を逃がしてはくれない。

「…クソッ!」

俺は振り下ろされる(つめ)に合わせて掴む彼女ごと(なぐ)りつけた。

「掴むこと」以外を忘れてしまったかのように、あまりに無防備(むぼうび)に投げられる彼女。

「…ッツ!」

二人に背中を()()かれながらも、それでも彼女は俺の腕は(はな)さない。

むしろ、裂かれた痛みを乗せるように鷹の爪をより深く俺の腕に食い込ませた。

さらには掴んだ(てのひら)から彼女の『力』が少しずつ俺の腕に(しも)を走らせ、二人から(こぼ)()ちる『呪い』があらゆる角度から俺を弱らせる。

 

 

…痛かった。

夢の中と(たか)(くく)っていたけれど…、いいや。夢の中だからこそ、彼女の尋常(じんじょう)でない力で握られた腕からは血が(にじ)み、「痛み」を(うった)えている。

背中を裂かれても金髪(プラチナブロンド)の彼女は悲鳴(ひめい)一つ上げなかった。

そして、彼女の体で殴られた二人は地面に(たた)きつけられ、体がバラバラになりながらも世界を『呪い』続けてる。

眩暈(めまい)(しび)れ、悪寒(おかん)()()が、生きた拷問(ごうもん)器具(きぐ)のようにギリギリと俺の「誓い」を()()っていく。

「よう、教えてくれよ。愛されながら(なぶ)られるってのはどんな気分なんだ?」

(きた)らしい笑みを浮かべ、自慢(じまん)得物(えもの)()()りながら、連続殺人鬼の親友が近寄(ちかよ)ってくる。

左手に例の首をぶら下げたまま、右手(えもの)は俺の首を()く瞬間を今か今かと窺っている。

「こんなつもりじゃなかったんだ。俺は…、」

「ハッ、まさにガキの言い訳だな。できなかったことを素直(すなお)に認められねえようじゃ、これからも同じことを()(かえ)すぜ?何度も、何度もな。」

『霜』と『呪い』が俺の動きを(ふう)じ、親友の忠告(ちゅうこく)は記憶の中の金髪(バターブロンド)の彼女を、()()()()()()()()()()

「だったら、そうならねえようにここでテメエを斬り殺すのは親友の優しさってもんだよな!」

 

親友の叫びに(ほお)(たた)かれ、視線を上げると金髪(バターブロンド)(うつ)ろな瞳が目の前にあった。

「うわっ!!」

(おどろ)いた拍子(ひょうし)に尻もちをついて(たお)れ、金髪(プラチナブロンド)が上から(おお)いかぶさる。

悪夢(かのじょ)は裂けた唇を目一杯(めいっぱい)()()げ、息を殺すように微笑んだ。

「…これからは、ずっと一緒よ。」

身の毛がよだつ。人間と化け物が()()けられた怪物。そんな悪夢(かのじょ)見初(みそ)められた自分も同じ生き物に(おか)されていくようで…。

一方(いっぽう)で、(ゆが)んでいたとしても、彼女に「愛されている事実」を心地好(ここちよ)く感じている自分もいた。

(いと)しのミリルと一緒なんだ。(さび)しくなんかねえだろ!?」

殺人鬼は俺たちを見下し、振りかぶった右腕を渾身(こんしん)の『力』で振り下ろした――――

 

…悪いのは俺だから……、

俺は、変わり()てた二人の気持ちを受け入れる覚悟(かくご)を決めた。

すまねえ、リーザ……、

ところが、

「なっ!?」

人斬り包丁が、俺の脳天(のうてん)()ったかのように見えた。

ところが実際(じっさい)には、突如(とつじょ)(はげ)しく燃え上がる『炎』が殺人鬼と悪夢を呑み込んでいた。

「ゲハハハッ、そうだよな!テメエはそうじゃなくっちゃいけねえ!」

「ジーンっ?!」

殺人鬼は『炎』に圧倒(あっとう)され、笑いながら一歩、二歩後退(あとずさ)ると、(またた)()に土に(かえ)っていった。

「ミリルっ!?」

彼女の胸を一本の(やいば)(つらぬ)いていた。

(あか)(あお)に染まった『呪い(どくろ)』が俺の腕に(から)みつき、ジーンの右腕と同じような(えもの)に変形していた。

「ミリルっ!!」

ソレは熱さに()れてる俺の体でさえ燃やしてしまうような熱を(はな)っている。

言わずもがな、一瞬にして『炎』が彼女の全身を包み込む。

俺は(あわ)ててソレを()()こうとするけれど、

「ミリル?!」

彼女は一層(いっそう)強い力で俺の腕を掴む。…いいや。より深く、ソレを手繰(たぐ)()せる。

「どうして…」

あの時の閃光のように(まばゆ)く燃え上がる中でさえ、爛れていく中でさえ、彼女はその不気味な笑みを崩さなかった。

そして、みるみる間に彼女は黒く染まり、洞窟の闇に溶けて消えた。

「……」

 

何が起きたのかも、皆の行動も理解できないまま、俺は呆然(ぼうぜん)()()くしていた。

 

俺は…、俺の運命は、いったいどうなってんだ。

どうして、何もかも燃やしちまうんだ。

それで、どうして俺だけが生き残るんだ。

……どうして!どうしてなんだよ!?

 

「エルク、顔を上げて。」

闇に帰っていったかと思っていたミリルが、目の前に立っていた。俺を見て笑っていた。

気付かなかっただけで墨色の彼女はまだ、俺の腕を掴んでいた。

そして、こんなになってまで放さなかった手を(ほど)き、全身に(ひび)を走らせながら俺の(ほお)に触れる。

「私たちに(とら)われないで。」

指先で頬を(なぞ)るだけで、彼女の全身は簡単に罅割れていく。

「アナタの世界にはまだ沢山(たくさん)の人がいるじゃない。私たちはその中のほんの一握り。」

そんなこと…、言うなよ。

「”愛”と呼ぶには少しおこがましいのかもしれないけれど、それでも私たちは私たちなりに十分に想い合ったわ。こうしてアナタを(なや)ませるくらいに。そうでしょ?」

俺は、ミリルたちも助けたかったんだ。

「もう、私たちはアナタの住む世界にはいないの。」

ミリルを、幸せにしたかったんだ。

 

「それでも、もしも、私たちの我がままを聞いてくれるのなら、アナタの(そば)に私たちがいたっていう(あかし)(きざ)ませてくれる?」

崩れゆく最中(さなか)、墨色に燃える指先が今一度、俺の頬を(なぞ)った。

「…生きて、エルク。…お願い……」

「……」

今度こそ、彼女は俺の世界からいなくなった。

 

たった一つの約束を残して――――




※おもはゆい
「面映ゆい」と書きます。
顔を合わせると照れくさい気分になる。決まりが悪い。という意味です。

※泥濘み(ぬかるみ)
本来の表記は「泥濘」で、読みは「でいねい」もしくは「ぬかるむ」です。

※二体の髑髏(エルクの両親)
原作の「エルクの夢」のシーンでは父親が「ブラックスカル(紺色のスケルトン)」、母親が「レッドスケルトン(真紅のスケルトン)」に変身します。
あ、ちなみに、原作では普通に盾と剣を持っていますが、この話に関しては素手ということにしておきます。(急に武器を持つというのもなんだか違和感があるので)

※髑髏の『呪い』
主に、ブラックスカルの特殊能力「テンダリーショック(防御力低下)」「ウィークネス(弱点の変更)」、「マインドバスター(MP削り)」、「ホールドエネミー(麻痺)」。
あとはレッドスケルトンの「ポイズンウィンド(毒)」ですね。

※「俺は、リーザが好きだ。」
82話『孤島に眠る従者 その十七』でエルクとリーザが海辺で語り合っていたシーンのことですね。
本編ではエルクがリーザに問いかけ、返答を待つ形で話の区切りを付けました。今回のこのセリフはその後にエルクがリーザに伝えた言葉です。
エルクの性格上、「好き」という言葉は解釈違いかなとも思いました。「お前を護ってやる」みたいな言葉の方が良いのかなとも考えましたが、中々言葉にできないことを口にしたということが大切だよねと思い、この言葉を選びました。

※炎の剣
原作をプレイされた方ならご存知でしょう。
「炎の剣」という高難易度のドロップアイテムがあることを。
このアイテムはストーリー上のこの二体のスケルトンしかドロップせず、しかもセーブポイントが絶妙に離れているため、普通にプレイしているだけでは中々手に入りません。
アークシリーズのモンスターゲームでは景品としてゲットできるようですが、私はあまりモンスターゲームをやりこんでないので…。
今回は全く違う形ですが、エルクの両親の骨を使って「炎の剣」()()()()()()を再現してみました。
”彼女の胸を一本の刃が貫いていた。紅と蒼に染まった『呪い(どくろ)』が俺の腕に絡みつき、ジーンと同じようなものが伸びていた。”の部分ですね。

結果的に、この物語では「炎の剣」は入手できずという形になっています。
(私もできなかったんでね(笑))

※ちょっとした考察(ちょっとネタバレも入ってます)
原作では最後の描写になる『エルクの悪夢』ですが、私的にはなんだかアーク1の最後の戦闘になった「聖櫃の試練」(アークたちの闇が形になったものとの闘い)に似たものを感じました。
ククルの神殿を通してか、アークとの接触を通してか分かりませんが、エルクも彼らと同じように夢の中で「聖櫃」と言葉を交わしていた(試されてた)んじゃないかなって思いました。
今回の話では、直接エルクの手で『悪夢』を退けてはいませんが、死んでいった者でさえ彼を護ろうとする彼と彼らとの間にある「愛」が、「聖櫃」的に合格点だった…という解釈で書いています(^_^;)

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