聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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魂の帰郷 その十四

「ホルンの魔女」リーザと「(いにしえ)の大魔道士」ゴーゲンによる「化け物」製造所(せいぞうじょ)の破壊は(きわ)めてスムーズに実行された。

護るべき人質が無事だということと、悪魔が彼らを不快(ふかい)にさせたことが彼らの死期(しき)を早めた。

 

最後に彼らの前に()(はだ)かった敵の数は竜を合わせて(わず)か6体。しかし、決して脆弱(ぜいじゃく)な敵ではなかった。

完全武装(ぶそう)させた軍人、一個小隊であれば(またた)()駆逐(くちく)できるであろう『力』を持っていた。

しかし、

「…理不尽(りふじん)ダ。ナゼ貴様ラハ我々ヲ悪ト呼ブ。…貴様ラコソ、我々ヲ(ほろ)ボソウト(たくら)ム怪物デハナイカッ!」

重傷(じゅうしょう)の狼こそ戦線に参加できなかったとはいえ、大魔道士から(あた)えられた『魔法』と、「勇者の戦場」を()()えてきた歴戦(れきせん)の『化け物たち』を(したが)える魔女に、たかだか寓話(ぐうわ)に使われるであろう竜が(かな)うはずもなかった。

(おろ)かな。”悪”というお前たちの唯一(ゆいいつ)信条(しんじょう)さえも忘れ、どうして栄光(えいこう)(つか)むことができると思うたか。」

老夫の魔法で両翼(りょうよく)、両手足が()千切(ちぎ)れ、ナメクジのように横たわる、「竜」などと呼ばれていた巨大な爬虫類(はちゅうるい)上目遣(うわめづか)いに彼らを(にら)んだ。

(くだ)かれた(あご)で出来る限りの呪いの言葉を()きかけた。

「”勝者ノ(くち)ハ真実ノミヲ(かた)ル。ソウシテ神々サエモ喰ライ()クシタ(みにく)イ猿ハ、理想ノ平和ヲ(えが)()ゲタトイウ。”」

「…”鍵師(かぎし)”クラヴィス・オルマンの”悪魔”の一節(いっせつ)か。ならば彼はこうも言っていたはずだ。”夢想家(むそうか)森羅万象(しんらばんしょう)堕胎(だたい)する。出来損(できそこ)ないの悪を産み落とし、我が子を()つ不完全な(さる)を産む。やがて悪を知る(さる)は悪となる。さすれば、夢想家こそ悪。これを読み終えたお前もその一人。”キサマは自分の正体をよく知っているはずではないのか?」

「ククク、我々ト同ジク叡智(えいち)ニ愛サレシモノヨ。願ワクバ貴様ガ来タル世ノ王ニナランコトヲ……。」

「……」

古の魔導師は(つえ)(たん)を見る影もない黒竜の頭蓋(ずがい)()え、何事かを(とな)えた。

「叡智をはき違えた化け物よ。(わし)は何者にもならん。人間の一人として死んでいくだけよ。」

「ククク、クククク……」

血走った爬虫類の瞳から光が蒸発(じょうはつ)し、顎に(おさ)められなくなった舌がだらしなく()びていく。

 

「…死んだんですか?」

小さな魔女は、かつて人間だった命の消えていく様をハッキリとその耳で『聞いていた』。

聞いた上で、老夫に承認を求めていた。

「そうじゃ。殺した。」

「……」

それがどんなに必要なことだったとしても、絶命(ぜつめい)の『(さけ)び』を聞けばどうしても自分のしたことに疑問(ぎもん)を感じずにはいられなかった。

(うたが)うな、とは言わん。時には何かを確かめるために疑うことも必要じゃろう。じゃが、信じることも同じくらいに大事なことじゃ。未来を見失(みうしな)わぬように。信念(しんねん)意義(いぎ)手放(えばな)さぬように。お前さんを(ささ)えてくれる誰かはそれを目印に(つど)う。それが”リーザ”という人の形だからじゃ。」

「…それが、愛……。」

 

『ウルトゥス…、我が身を、()して…、アナタを……、』

 

耳を()ませば、死にゆく黒竜もまた老夫と同じ言葉を『吐いていた』。

彼らの語る言葉(あい)を深く理解できるようになれば、私は良い魔女になれるのかしら。

小さな魔女は『呪われた伝説』の先にある「希望」を()()()

いくつもの「戦場」を()えた先にある「未来」を。

 

 

 

「お姉ちゃんっ!!」

「リッツ……」

(こわ)れたブリキ人形のように足を()()り、やっとの思いで()()ってくる少年の姿が(おそ)ろしかった。

傷口は(ふさ)がっているのかもしれない。だけど、全身、血で真っ赤に()まってる。

顔や手は()れあがっていて、口を開けば何本か歯が()けていた。

初めて橋の前で出会った、愛らしい「少年」の面影(おもかげ)はどこへ?

まるで、血と暴力を食べて育った鬼の子のように、それはそれは猟奇的(りょうきてき)な姿に見えた。

彼の目が少女を求めてキラキラと光るほどに、その(おぞ)ましさは()()した。

 

…違う!

……リッツが怖いんじゃない。

この子が、「死んでいたかもしれない可能性」を(かぶ)って私を見詰(みつ)めていることがひどく、(こわ)いの。

 

そして、この子にそう仕向(しむ)けたのは私。

私さえいなければ、この子が(ホルン)の皆を助けようとは思わなかった。

こんな、化け物同士の醜い戦場に立つこともなかった。

こんな姿になることは…、なかった。

 

少年は少女の胸に(たお)()み、少女はそれを(かろ)うじて()()めることができた。

「お姉ちゃん…、お姉ちゃん……、」

鬼のような少年は、少女の胸に飛び込むと(しず)かに(ふる)えた。

自分の辿(たど)ってきた地獄を語ることもできず、(おさ)えていた恐怖をようやく受け留め始めていた。

「お姉ちゃん…、お姉ちゃん……、」

少女の(ぬく)もりが緊張(きんちょう)の糸を切り、少年は雪山で(こぼ)していた甘えた声で上擦(うわず)り、少女の温もりを()(かえ)し求めた。

「リッツ……」

 

初めはその姿を見て恐ろしさしか覚えなかった。

「私のせいで……、」

だけどそれは段々(だんだん)と怒りに変わり、

「どうして私の言うことを聞いてくれないの?」

「どうしてそんなに姿になってまで私に()(まと)うの?」

「私が魔女だから?」

「知らない間に私、アナタを壊してしまったの?」

腕の中で仔鹿(こじか)のように様に震えるこの子が、どうしようもなく(あわ)れに見えた。

この子が、弱い生き物だから。

私みたいな化け物に、簡単に()まれてしまう。

「どうしてなの?」

「どうして、そんなに私と違うの?」

「なのに、どうして……。ねえ、どうして?」

強者と弱者の立場が露骨(ろこつ)で、頭が痛くなる。まるで(ホルン)やエルクを苦しめるガルアーノみたいで。

心の底でそれを(のぞ)んでる自分がいるみたいで。

…お願い。そうじゃないと言って。お願い……。

 

『お姉ちゃん……』

「…リッツ……」

 

少女は耳と口を塞ぎ、その小さな背中に回した両腕で少年の「震え」を精一杯(せいいっぱい)抱きしめた。

そして一言だけ、ようやく見つけた―――恐怖の中に()もれていた―――大切な気持ちを(ささや)いた。

「…ありがとう、リッツ……。」

「…!?…うっ、うぅっ!」

その言葉が聞きたくて…。

ただただ好きな人に一人前だと(みと)めてほしくて…。

一緒(いっしょ)に、ラムールに帰ろう?」

「ううぅっ!」

少年は少女の立っている戦場を体で感じ、彼女の強さを(あらた)めて知った。

それに遠く(およ)ばない自分を知ってしまった。

けれど、そんな彼女が「ありがとう」と……

少年はその(あたた)かな腕の中でたくさん、たくさん、彼女に(あやま)った。

 

 

 

 

 

「リーザ……、」

声に(みちび)かれ、少女は同胞(どうほう)たちの顔を一つひとつ確かめた。

「おじいちゃん、みんな…、」

目の前にして、彼女は改めて愛する人の()わり(よう)に気付かされた。

「…リーザ……、」

老爺(ろうや)幻覚(げんかく)を見ているかのように(つぶや)き、恐る恐る彼女へと歩み寄った。

少年が身を引いたことにも気付かず、少女はゆっくりと歩み寄る老爺に吸い寄せられるように抱きついた。

「こんな…、(ひど)い……、」

長く収容(しゅうよう)され、()まった疲労(ひろう)のためか。抱きついた老爺の体は死体のように冷たかった。

 

()()()せてる。

それに、前よりも少し背中が曲がってる。

(ほお)()れたような気がするし、(しわ)()えた気がする。

まるで、数年後のおじいちゃんを見ているような……。

 

私の知ってるおじいちゃんは村の過去に(とら)われていても皆を支えられる人だった。『魔女』の血を引いていることに劣等感(れっとうかん)を覚える人だけど、いつも私に「優しさ」を教えてくれる人だった。

だけど、目の前のおじいちゃんは、ひどく疲れた()()()おじいさんに見えた。

死期の近い犬のように哀愁(あいしゅう)()ちていて、冬眠する幼虫のように(みじ)めに見えた。

それが、ひどく悲しかった。

 

この人はもう、

前みたいに私を護れないと思う。

前みたいに私を(はげ)ませないと思う。

前みたいに…、

…この人はもう、私の知ってる「おじいちゃん」じゃないのかもしれない。

 

だけど、生きてる。

「無事で、良かった……、」

今でも私を『想ってくれてる』。

「おぉ、おぉ……、」

化け物(わたし)のために、こんなにも熱い涙を流してくれてる。

それだけで十分じゃない……。

「おじいちゃん……。」

だから、おじいちゃんを悪く思うこの気持ちを改めなきゃいけないってことくらいわかってる。

「おぉ、おぉ……、」

だって、そうじゃなきゃこの涙は受け取れない。

そうじゃなきゃ、ここまで来た意味がない。

私は『良い魔女』にならなきゃいけないから…。

だから私は、()()()()()()()()()()()()

 

「おじいちゃん…、ただいま……」




※小隊
軍隊の編成の規模の一つで、分隊、小隊、中隊、大隊とあります。
ちなみに、小隊の規模は30人から60人くらいの規模の編成を言います。

※端で(たんで)
杖の「先端」を略しました。
詳しくは調べていませんが、「端で」などという使い方はしないと思います。

※クラヴィス・オルマン
原作で登場する「クラヴィスの本」はほとんどのステータス以上を回避する装備アイテムです。
鑑定では、「賢者クラヴィスが疲れた心と身体のいやしかたについて著した本。長い時間のおかげで持つだけで効果があらわれるようになった。」という解説がつきます。

これに以下のような自己解釈を付け足しました。

彼、クラヴィス・オルマンは多くの著書を残しました。
彼はある日、夢の中で”救済”(原作の「クラヴィスの本」のもと)というタイトルの本を目にしました。
読破した時、彼は得も言われぬ開放感と安らぎを覚えました。
目を覚ました彼はそれを再現しようと試みますが、なにせ一度きりの夢の話。
記憶は定かではなく、迷走に迷走を重ね、ついには精神病まで患ってしまうことになりました。
書くこと以外に生き方を知らない彼はそれでも”救済”を起こし続けます。
そうして遂にそれを再現し終えた時、彼は安らかな眠りについていましたとさ。

クラヴィスは優れた考察力をもっており、彼のしたためる言葉に多くの人が真理を感じました。
そんな彼に敬意を表して”(真理の扉を開く)鍵師”という異名が付けられました。
そして、精神疾患を抱えていた時期に生まれた一冊が本編の”悪魔”です。
”救済”を思い出すためにその真逆の、闇や悪といった負の感情に視点を置いた一冊です。

ちなみに「クラヴィス(Clavis)」はラテン語で「鍵」という意味だそうです。
どうでもいいことですが、「オルマン」は私の創作です。

今回のゴーゲンと竜の文言を要約すると、

竜の方
「勝者(生き残った者)は言いたい放題言えるよね?だって世界を回してるのはアンタたちなんだから。
そうして神様まで食い物にして(宗教という商売で)世界中の人の心を魅了し、アンタたちは世界を自分たちの解釈で動かしていくんだ。
まるでそれが真実であるかのように。」

ゴーゲンの方
「知ってたか?ありもしないことを思い描く夢想家はあらゆる物事を現実にしてしまう可能性を持っているんだぜ?
でも、所詮は独りよがりな空想だから、生まれてきたものは不完全だし矛盾もあるかもしれない(堕胎→未成熟児)。
だから周りの人間を混乱させちまうかも。
でも夢想家はそんなのお構いなしに一つの空想(悪)で気が済んだら、すぐに次の空想(人)を巡らせ始めやがる。
だけど、夢想家にだって時に前の空想が邪魔になることだってある。
すると夢想家は自分の都合の良いように前の空想を捻じ曲げちまうんだ(悪が人に倒される)。
その連続さ(人が悪になる→次の人に倒される)。
そんな人間と付き合ってみろよ。頭がオカシクなっちまうだろ?
夢想家ってのはそういう”犯罪者”なんだよ。
でもさ、この事実を知ってたって、きっとお前(読者)は奴ら(夢想家)に関わろうとはしないだろ?
誰かが奴らに犯されてたって野放しにするだろ?
だったら、お前はそういう”犯罪者”なのさ。」

みたいな感じですm(__)m
……でもさ、そうなるとゴーゲンだって「悪」ですよね?
でも、そんなの関係ねぇ(笑)

※ヨーゼフ・フローラ・メルノ
リーザの祖父の名前です。

※ブリキ
薄い鉄板にスズ(Sn)をコーティングしたもの。
これを調べるまでブリキは何かの金属の別名だと思ってました(^_^;)

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