聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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魂の帰郷 その十

――――数千年前、フォーレス国、ホルン村

 

村に、初めて完全な『言葉』を()わす『女』が生まれた。

それまでも『心』を(かよ)わせるという前例があったために、村の人間はそれを特別視(とくべつし)することはなかった。

 

女は自分の『力』の大きさを自覚(じかく)していなかった。

女には人間と化け物の区別(くべつ)がなかった。

(ひと)しく「生き物」であり、等しく「命」だと信じていた。

村人もまた、化け物との共生(きょうせい)(いと)わなかった。

高山の中腹(ちゅうふく)(かま)える村での生活が、(あらそ)いを持ち込めるほど余裕(よゆう)のある環境でないことが不幸中の(さいわ)いだったのかもしれない。

 

一方、(ふもと)に広がる町の人間は土地を見下ろす世界の象徴(しょうちょう)のような霊峰(れいほう)らに、(まず)しい資源(しげん)の中でも命と幸せを(あた)える「神」を夢想(むそう)していた。

いつしか、「夢想」を「探究心(たんきゅうしん)」に変えた人間が町を飛び出し、登頂(とうちょう)困難(こんなん)越境(えっきょう)(こころ)みる。

 

そうして、運命(かれら)(まじ)わった。

 

越境の最中(さなきあ)、探検隊は『女』の村を見つける。

村人は彼らを(こころよ)く受け入れ、旅支度(たびじたく)を助けながら「山の(きび)しさ」を彼らに教えた。

…教えてしまった。

村人らの化け物への「想い入れ」は彼らの信仰(しんこう)する「教え」に(そむ)くものであり、排除(はいじょ)すべき「異教」だった。

突然(とつぜん)(あら)れた余所者(よそもの)丁重(ていちょう)()()す村人の姿を知る彼らは、村の「異教」を(さば)けなかった。

 

時は()ち、山越(やまご)えも()せぬまま探検隊は町に戻った。

彼らは()った(いきお)いで仲間内に道中(どうちゅう)の困難を愚痴(ぐち)った。村人らのことを()らしてしまった。

「異教」の存在は信徒(しんと)密告(みっこく)によりすぐに教会の耳に入った。

 

力、民衆(みんしゅう)信心(しんじん)(ほっ)する教会がこの絶好(ぜっこう)機会(きかい)見逃(みのが)すわけがなく、高らかに「異教」の断罪(だんざい)を町に()(まわ)った。

国の不況(ふきょう)も、隣人(りんじん)(やまい)も全て「異教」を宿(やど)す魔物らの手による呪いだと。

尾ひれも脚色(きゃくしょく)もかまわず、教会は自分たちの「正義」を民衆の心に(ひび)かせた。

村の実態(じったい)を知らない町の人間は(またた)()に教会の意志に同調(どうちょう)し、各々(おのおの)凶器(きょうき)を手に村へと行軍(こうぐん)した。

 

松明(たいまつ)を片手に人々は大挙(たいきょ)する。煌々(こうこう)と燃える無数の炎は、人間の心を増々(ますます)赤く()()げていく。

まるで一匹の巨大な(へび)のように、炎は町から村へと不気味に()びていく。

 

村に着くや(いな)や、蛇は住人の声に耳を(かたむ)ける様子も見せず、容赦(ようしゃ)なく村を()(はら)った。

「この世の悪よ!」

「聖なる光に焼かれ、(ほろ)びるがいい!」

「我ら神より(つか)わされし正当なる使徒(しと)がキサマらの蛮行(ばんこう)を正してやる!」

(いわ)れのない罪に焼かれ、泣き(さけ)ぶ村。

神のフォークで悪魔の心臓を串刺(くしざ)し、神の(くわ)で悪魔の血で(けが)れた土地を浄化(じょうか)した。

 

『女』は悪夢を見ている気分だった。

どうしてこんな事態(じたい)()()こっているのか、一つも理解できなかった。

『命』は平等だと信じていたから。

『声』を()わせば(ささ)()えると信じていたから。

村の大人たちもそう言っていた。

だから、フォークや鍬が彼らの血で()れていることが理解できなかった。

「呪われし化け物ども、人の地から()()せろ!!」

使徒が『女』の母を簡易(かんい)祭壇(さいだん)に乗せると、困惑(こんわく)する『女』の目の前で、命乞(いのちご)いをする彼女の声を無視(むし)し、その胸を(くい)で打ち抜いた。

 

黒々とした赤が、母の体を見たこともない化け物に(いろど)った瞬間――――、

 

「あぁ……、」

『女』の視界が闇で満たされた。

「……ぁぁぁぁぁぁああああっ!!」

『女』は頭を()(むし)り、『叫び』は()(さか)る村を()()けた。

 

(かたわ)らの化け物も、目に(うつ)る人間も全てが『叫び』に(おか)され、()()い、一つになる。

『女の叫び』が、この世に新たな『命』を創造(そうぞう)した。

産まれ落ちた『命の(かたまり)』は、村人も町の人間も片端(かたはし)から殺し、殺した肉を(むさぼ)っては『命』を太らせた。

大地を赤い(うみ)にで満たし、空を紅蓮(ぐれん)大麻(たいま)で満たした。

闇が血を()び、世界が命を吐き続けた。

「アーッハッハッハッ!!命が、命が飛んでいくわ!綺麗(きれい)…、血が、美味(おい)しいの!満たされるのっ!血がぁ!死ぬのよ、母さん…。シネシネシネェッ!アーッハッハッハッ!!」

 

『女』は、(くる)った

 

化け物は山を(くだ)り、町を(おそ)った。

その耳に(とど)く『悲鳴(ひめい)』を一つたりとも逃さなかった。

 

やがて、殺しては食べ、殺しては食べてを()(かえ)し、(みにく)(ただ)れていく化け物は町の中心にある巨大な教会をも倒壊(とうかい)させると大地を震わせる(けたた)ましい悲鳴を上げた。

勝利ではなく、呪いの悲鳴で町を満たした。

 

そうして、町は滅んだ。

 

残された人々は『(のろい)』を二度と(まね)かぬよう「人と魔物の境界(きょうかい)」をより厳格(げんかく)にし、霊峰の(さと)を閉ざした。

 

 

 

 

――――現在、ホルンの村、リーザの家

 

「ワシはここの女たちが『魔女』と呼ばれている最中(さなか)にも(たず)ねたことがある。少し内気(うちき)なところもあったが、気の良い連中じゃったよ。」

老夫はどこから取り出したか。水タバコを()かし、深い深い奥底にある記憶を吐き出した。

「しかし、世界は(つね)に強い者の言葉に(かたむ)いていく。」

(なつ)かしくも(にが)い今と昔を(けむり)()かし、それを見詰(みつ)めた。

 

仕方(しかた)のないことなのかもしれん。じゃが、それに(あらが)うことも忘れてはならん。その(ため)にワシらのような血を流す者たちはある。」

「血を流す者」、それは誰が決めるんだろう。

どうして私や彼もそこにいるんだろう。

私たちは『力』を求めてなんかいないし、ましてや大切な人を巻き込んだ戦いなんか(のぞ)んでもいないのに。

それなのに『魔女(ちから)』だけは増々(ますます)強くなっていく。

世界を舞台(ぶたい)に戦う人たちですら見過(みす)ごせないほどに。

そしていつかは……

 

「…その魔女はどうなったんですか?」

「ワシの情報が確かなら、今も生きておるようじゃな。」

「今も?魔女はそんなに長生きなんですか?ホルンでそんな人がいるなんて聞いたことがないですけど…。」

そもそも、老夫が物語の現場にいたということすら、少女にとっては信じがたい話だった。

けれども、ついさっき目にした「(あお)い光」は彼女にそれを信じさせるだけの神秘的な力があった。

「さてな。直接(ちょくせつ)本人に聞かんことにはワシにもハッキリとはわからん。」

それだけならまだしも、自分と()境遇(きょうぐう)の『女』もまた、老夫と同じような時を生きていると言われれば、それはまだ少女に理解できるはずもなかった。

 

 

『魔女』を想い、雪山を登るための準備をしていると、おじいさんは真剣な面持(おもも)ちで私に(たず)ねた。

「一つ、確認してよいか?」

「…はい。」

「お前さんも、もう知っておることかもしれんが、」

このタイミングで、その切り出しから、なんとなくおじいさんの言いたいことに(さっ)しがついた。

「これから向かう敵のアジトはおそらくお前さんにとって大きな試練(しれん)になるじゃろう。」

…わかってる。

私も少しの間だけど、そこにいたんだもの。そこがどういう場所だか分かってる。

あの時の私でさえ、ソレを感じない時はなかったんだもの。

「お前さんを(まど)わすモノが、終始(しゅうし)()(まと)うじゃろう。」

そして、私がそれから目を(そむ)けてきたから、エルクを(ひと)りにしてしまったから、エルクはあんなになってしまったんだ。

「ワシらは()()()()()()()()()。それで(かま)わんか?」

おじいさんはまるで私の心が聞えているかのように的確(てきかく)な言葉で、私とソレを真摯(しんし)に向き合わせる。

私はその言葉に一つひとつ丁寧(ていねい)に考え、答えなきゃいけない。

「…はい。」

その一つひとつが私の「運命の引き金」になる。

臆病(おくびょう)な私を一歩、一歩進ませるための。

 

「それと、お前さんに一つプレゼントがある。」

「…プレゼント?」

おじいさんは私を外へと(うなが)した。

「お前さんは『魔女』としての素質には(めぐ)まれておるが、今回のように”化け物(とも)”が(そば)におらん時、お前さん一人では心許(こころもと)ないじゃろ?そのための保険(ほけん)みたいなものじゃよ。」

おじいさんは人差し指を立て、マッチ棒を(こす)るように地面を(ひと)(なぞ)りする。

すると、指先が(うす)い灰色の光に(とも)った。

あの蒼い光とは違うけれど、どこか似たような、神秘的な温かさと力強さが感じられた。

「どれ、手を出してみなさい。」

差し出した手の平に光る指先を乗せると、光はおじいさんの指先から私の手の平へと(しずく)のように(すべ)()りてきた。

生きているのか。光自身が(うごめ)いてるようで、少しこそばゆい感じがする。

(にぎ)ってごらん。」

「……」

おじいさんの『声』に(あや)しいところはないし、言われるままにユックリと手の平を閉じてみた。

「…痛いっ。」

蠢いていた光が私の皮を()んだ気がした。反射的(はんしゃてき)に手を開くとそこにはもう光はない。

「……」

「心配いらん。呪いの(たぐい)ではないよ。」

だけど、あの光が私の体の中に入っていったことには違いない。おじいさんのことは信じているけれど…。

私はただただ自分の手の平を見詰めていた。

「どれ、(ため)しに一つ、何か想像してみなさい。」

「想像?…えっと、何をです?」

「何でもかまわんよ。(うさぎ)でも鳥でも、椅子(いす)でも(つくえ)でも。できる(かぎ)(くわ)しく、頭の中で(おも)(えが)いてみなさい。」

「…はい。」

言われるままに、私は今一番ハッキリと想像できるものを目を閉じ、思い浮かべた。

 

「…ホホウ、これは、お前さんの恋人か?」

「え?」

目を開けるとそこには人間とは程遠(ほどとお)い形の、(いびつ)美化(びか)されたエルクが立っていた。

「え!?こ、これは?」

正しく言うと、それは土でできた人形だった。

 

「ワシの専門分野(ぶんや)じゃあないが、(ぞく)にいう”精霊”の力を()りた魔法じゃよ。」

「魔法…これが?」

私自身は何か『力』を使った感覚は少しもない。本当に、ただ頭の中で想像しただけ。

使った後の疲労感(ひろうかん)もない。

魔法って、こんなに簡単に使えるものなの?

本来(ほんらい)なら、小難(こむず)しい知識(ちしき)儀式(ぎしき)がいるもんなんじゃがな。ワシぐらいの大魔法使いにもなれば、色んな工程(こうてい)(はぶ)いて『力』の一部を()(あた)えることもできるんじゃよ。これでお前さんはワシがくたばらん限り、ワシを(かい)してその魔法が使えるという訳じゃ。」

私の疑問を(おぎ)うようにおじいさんは答えてくれた。

だけど…、

「…借りるってことは、その分、おじいさんの『力』が弱まるんじゃないですか?」

確かに私一人で相手にできる敵はすごく限られるかもしれないけど、いざとなれば『魔女』の力で洗脳(せんのう)することもできるだろうし、一人でなんとかできるような気がしていた。

むしろ、私に『力』を貸したせいでおじいさんが(たお)れることにでもなったら…。

 

だけど、それこそ少しばかり『力』が強いからと自惚(うぬぼ)れた私の、余計(よけい)気遣(きづか)いだということに気付かされる。

 

「ホッホッホ、心配することはないよ。仕組(しく)みを教えることはできんが、ワシの『力』にも絡繰(からく)りがあってのう。お前さんに一部を貸したところでワシの無敵の『力』に(ひび)一つ入ることはないよ。」

…そうだ。

ついさっき、この目で見たものがどんなものか。もう忘れてしまったの?

あの「蒼白い光」は私の知ってるどんな『力』よりも奥が深く、底が見えなかった。

狭い部屋に(おさ)められていたけれど、きっとアレはこの青空すらも満たしてしまうに違いない。

おじいさんは()()()()()()()()

本当に、私なんかじゃあ(およ)びもつかないような怪物(ひと)なんだ。

 

(かん)の良いお前さんのことじゃ。その『力』のだいたいの性質に気付いたかもしれんが一応(いちおう)、簡単に説明しておこうかの。」

また、おじいさんの指先が灰色に(かがや)いた。

そしてまた、指先から雫のように地面へと(したた)り落ちる。

すると地面が巨大な(とげ)となって(いきお)いよく()()がった。かと思えば、棘は目に見えない誰かに(けず)られているかのように(みずか)らを造形(ぞうけい)して(またた)()瓜二(うりふた)つの「アーク」になってみせた。

土人形の「アーク」は自分の片腕を剣に変えると(するど)一閃(いっせん)を振るってみせる。

剣は振るった勢いのまま肩から離れると、トラバサミに変形し、地面に落下すると何事もなかったかのように溶けて消えた。

片腕の土人形「アーク」もボロボロと(くず)()ちたかと思えば、12匹のケラックになって愛らしく敬礼(けいれい)をしてトラバサミのように土に(かえ)っていった。

「お前さんに宿(やど)した精霊はこの世にある鉱物(こうぶつ)に限り、岩であろうと鉄であろうと、あらゆる命令を発揮(はっき)してくれる。」

そう説明する時にはもう、何か異常なことの起きた痕跡(こんせき)は何も残っていないかった。

「ただし、ここまで複雑(ふくざつ)な命令にはそれなりの鍛錬(たんれん)が必要じゃが、簡単な地形の変動であればお前さんでも問題なく使えるじゃろうて。」

それは、目の前にある変てこな彼の姿を見れば言われるまでもない。

 

「それ、空も(しら)んできた。ワシらも目的を()たす時間じゃ。」

「…これ、どうやって戻せばいいんですか?」

私は自分で生み出した歪な土人形を指して言った。

それをおじいさんは、私の気持ちも全部わかった上で(いや)らしく笑ってみせた。

「ホ?別段(べつだん)、戻す必要もなかろう。」

「……」

「嫌か?」

「…嫌です。」

 

 

――――霊峰アルパスの中腹

 

小さい(ころ)、村の女たちに連れられてフォーレスを()(かこ)むこの霊峰に足を()()れたことがある。

何が恐ろしくて、何が有益(ゆうえき)なのか。一つひとつ丁寧に教えられた。

あの時は何も考えなくてよかった。

(まわ)りにあるものはみんな「好奇心(こうきしん)」の対象(たいしょう)で、(けわ)しい「雪山」も、()きわける雪が大変である以外は未知の経験に満たされた宝箱のように思えていた。

けれども今は、その雪景色の白さの全てが白々(しらじら)しく見えてしかたがない。

尊厳(そんげん)のある大自然を(よそお)いながら、その(ふところ)では沢山(たくさん)の命を(もてあそ)んでいるんだ…。

私は、(あゆ)みを(はば)無垢(むく)な雪山にまでも、一方的な「敵意」を覚えていた。

進む先にいるであろう敵の姿を私は()らず()らず(にら)んでいた。

 

「…勘違(かんちが)いせんように言っておくがのう、」

私の前を行くおじいさんはそんな私の殺気を感じ取ったのか。その声色(こわいろ)(あやま)ちを(いまし)める憲兵(けんぺい)のように、ことさら(きび)しかった。

「ワシの与えた『力』は厳密(げんみつ)に言えば無限じゃあない。そもそも世界に存在(そんざい)してよい『力』の(りょう)は限られておる。つまり、どれだけワシの体に余裕があろうと、世界が『力』を許容(きょよう)しきれなくなった時、『力』は枯渇(こかつ)する。」

そこまで言われて私はハッと我に返った。

パンディットやケラックたちがいて、私自身『魔法』が使えるようになって、その上、神様のようなおじいさんが一緒にいて。

今の私たちに()()()()()()()()()

 

知らず識らず、私の中の「目的」がすり()わっていた。

おじいさんの語っていた狂った『魔女』そのものになろうとしていた。

「ワシの言いたいことがわかるな?」

「…はい。」

その後しばらく、沈黙(ちんもく)が私たちの間に横たわった。

 

「それとな、」

おじいさんの声は打って変わって(おだ)やかになったけれど、その『声』は私を心の底から同情(どうじょう)しているように聞こえた。

「お前さんのその『力』もまた、同じ世界の『力』の一部じゃ。それがどんなに恐ろしい『力』であろうと、”魔女”という言葉に(とら)われてはいかん。その”魔女(かんむり)”はお前さんらの『力』を(ねた)む者たちがつくったものにすぎん。」

…あんな話を聞かされて、今まさにその通りになろうとしていた自分を知って、そんなに前向きな気持ちになれるものかしら?

「人はどんな『姿』であろうと、どんな『力』を持とうと同じ”人”でしかない。”魔女”などという生き物はそもそもこの世に存在せんのよ。(いや)らしい言い方をすれば、この世に一人として同じ”人間”はおらん。」

私には、次元の違う生き方をしているおじいさんの言葉の意味がよく分からない。

「昨日、ワシは”世界は愛のために生きようと藻掻(もが)いている”と言ったな。お前さんは”人を殺すことも愛か”と(たず)ねたな。」

今だって、いくら神様のようなおじいさんに言われたって、それだけは信じられない。

「あの時、ワシは”愛”について深くは語らんかった。なぜかわかるか?」

「…いいえ。」

「答えはすでにお前さんの中にあるからよ。」

「…私の、中に?」

自分の胸に手を置いてみた。そうしたところで私の中の誰かが答えてくれる訳でもないのに。

(ひま)があれば自分自身に問うてみるといい。“(おのれ)”はこの世で最も良き相談相手じゃ。答えは必ずしも必要じゃあない。好きなだけ聞き、好きなだけ言い合うといい。」

「私…、よくわかりません。」

「フフフ。」

おじいさんは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「まだまだお前さんが”子ども”というだけよ。これから沢山の人と、沢山のことを話しなさい。理解できないこと、共感(きょうかん)できること。同情すること、(おぞ)ましいと思うこと。沢山たくさん。」

沢山の人には会った。

「そして、考えなさい。彼らのことを。」

皆、自分の『悪夢(ひげき)』に翻弄(ほんろう)されてた。

「そうしていれば、知らず識らず色んなものが見えてくるものよ。」

「……」

あの人たちにも『悪夢』以外の何かがあったんだ。

私が見えてないだけ。

…そうなのかもしれない。

 

 

 

「……」

目的地に近付くごとに重たい後悔(こうかい)躊躇(ちゅうちょ)(つの)っていく。

けれども、止まっちゃダメ。

その先に、私の『悪夢』以外の何かがあるんだから。

私の手を引いて『運命』への道筋(みちすじ)を教えてくれたおじいさんのためにも……。

あ……、

 

「あ、あの…」

「ん?どうした。」

雪山の中にいながら、少女は()ずかしさで顔を赤らめていた。

「本当に今さらなんですけれど…、おじいさんの名前を、聞いてもいいですか?」

「…ホ?」

老夫は初めて、少女の言葉に「理解できない」というような顔を見せ、(かた)まった。

やがて()いた時計が、雪融(ゆきど)け水のようにゆっくりと動き出す。

「…ホッホッホ、そうかそうか。まだ名乗っとらんかったか。これは気付かなんだ。すまんすまん。」

そして、老夫はいつもの飄々(ひょうひょう)とした調子で少女に(こた)えた。

 

「ワシの名はゴーゲン。人は偉大(いだい)なワシを(あが)め、『手品師(てじなし)』とも『蘊蓄(うんちく)ジジイ』とも呼ぶ。お前さんも、もしワシと付き合っていく上でピッタリの愛称(あいしょう)を思いついたなら好きに呼んでくれてかまわんよ。」

「…ップ、フフフ……。」

「ホッホッホ。」

私たちは出会って初めて笑い合った。

「ゴーゲンさん、今までたくさん失礼(しつれい)なことを言ってごめんなさい。」

「気にしなさんな。長い人生、お(しゃべ)りなジジイにイラつくことも間々(まま)あろうよ。」

おじいさんが手を差し出し、私は初めて(たたか)うおじいさんの手を(にぎ)った。

「私はリーザです。よろしくお願いします。」

(ぼそ)くも、力に満ちた手を。

 

この雪山の寒気(かんき)をものともしない、神様の手を。




※使徒
キリストが選んだ12人の弟子のこと。
または神より与えられた使命を全うするための努力を惜しまない人。身を犠牲にすることを(かえり)みない人。

※フォーク
農具の名前です。「ピッチフォーク」とも言います。
干し草や麦、ブドウの実など、柔らかい農作物を持ち上げたり、投げたりするために使われる農具です。
形が食器の「フォーク」に似ていることからこの名前が付いたみたいです。

※必ずしも必要ではない
始めは「重言かな?」と思って調べてみたのですが、日本語として間違ってはいないみたいです。
どちらかというと、同じような意味の言葉を繰り返すことで「強調」の役割になるみたいですね。

※アースクエイク
意味は「地震」。原作では地面から(とが)った岩が何本も突き出すという魔法でした。
さらに原作ではリーザ本人がレベルアップすることで覚える魔法の一つなんですが、このお話しではリーザは『魔法使い』ではなく『魔女』であることを強調したかったので、「他人から与えられる」という形にしました。
ちなみに、原作では「アースクエイク」に精霊魔法という設定はありません。

※霊峰アルパス
……アルプス山脈のパクリですね(笑)

※雪融け水
「雪解け水」とも書くそうです。てっきり「雪溶け水」かと思ってました(笑)

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