聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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緑の豚小屋

ヤグン・デル・カ・トル、貴様(きさま)にチャンスをやろう―――

 

「……またか。」

近頃(ちかごろ)は前にも()してあの時のことを夢に見る。

何かの予兆(よちょう)か。はたまた私自身にフラストレーションが()まっているのか。

…だが、今しばらくの辛抱(しんぼう)だ。

この作戦が完了した暁には好きなだけ(あば)れられる。

我々の悲願(ひがん)さえ(かな)えば…

 

革張(かわば)りの椅子(いす)に深く腰掛(こしか)ける男は赤く()(つぶ)されていく世界地図を(なが)め、解放の時を()がれた。

 

 

――――ハルシオン大陸南東、ミルマーナ国

 

かつて、そこは緑(ゆた)かな農業国だった。

ところが、無秩序化(むちつじょか)する世界情勢(じょうせい)と一部組織(そしき)陰謀(いんぼう)によって、国の象徴(しょうちょう)でもある緑は人類の開拓(かいたく)と化け物たちの根城(ねじろ)(ねぶ)られ、日々別の色へと()()えられていった。

そうして多くの資源を手に入れたミルマーナ国はロマリア国に(なら)ぶ軍事列強国(れっきょうこく)へと変貌(へんぼう)する。

奇妙(きみょう)なことに、ミルマーナ軍本部は森に(かこ)まれるような形で設置(せっち)されている。

まるで化け物と人間が結託(けったく)していると公言(こうげん)しているかのように。

だが、今のミルマーナを統治(とうち)する者の為人(ひととなり)を知る国民がそれを言及(げんきゅう)することはない。

彼らは、ただただ()れていく森を見詰(みつ)めることしか(ゆる)されなかった。

 

――――ミルマーナ軍本部の一室

 

部屋側面(そくめん)()()くすほどに大きな自身の肖像画(しょうぞうが)に始まり、(とら)の皮や鹿(しか)剥製(はくせい)、数々の機銃(きじゅう)、これまでに彼が()てきた称号(しょうごう)(かざ)られ、近隣(きんりん)の森に棲息(せいそく)する気性(きしょう)(あら)(さる)と肉食魚が()われていた。

これ以上ないほど威圧的(いあつてき)な空間の中にヤグンという男はいた。

「なに、ゴーゲンを(とら)えただと?」

その男は、「豚」という形容(けいよう)(みずか)(ほっ)しているかのような(みにく)体型(たいけい)をしていた。

彼の軍服には国家(こっか)元帥(げんすい)階級章(かいきゅうしょう)がある。

なにより、彼のその醜い体格(たいかく)(あぶら)ぎった眼光(がんこう)(にぶ)い声色はこの時代において十分な権力者であることを証明(しょうめい)していた。

「ハッ。本日、10:20(ひとまるふたまる)にて、ラムール刑務所(けいむしょ)署長(しょちょう)ホイデルより報告(ほうこく)がありました。一般人(いっぱんじん)介入(かいにゅう)があったためか。捕縛(ほばく)成功(せいこう)被害(ひがい)ゼロ。現在は『沈黙(ちんもく)(ぼう)』にて監禁(かんきん)とのことです。」

「…監禁?」

醜い元帥は般若(はんにゃ)のよう(しわ)眉間(みけん)につくり、捕食者の(うな)(ごえ)を上げた。

「なぜ殺さない。」

魔術師ゴーゲン。

それは彼らと敵対する「アーク一味(いちみ)」の中で(もっと)危険視(きけんし)すべき人物だった。

「ハッ、ガルアーノ将軍が前回(とう)刑務所を視察(しさつ)された(さい)にアーク一味を()()りにせよと(めい)を受けたとのことです。」

「生け捕り?ガルアーノが?なぜ私にその報告がない。」

「ハッ、ガルアーノ将軍(みずか)ら元帥閣下(かっか)に報告する(むね)を受けたため、報告義務(ぎむ)(おこた)ったとのことです。」

(わず)かな沈黙(ちんもく)()てつく熱帯(ねったい)の空気。

「…今すぐにゴーゲンを殺せ。同時にホイデルを殺し、新たな署長を配属(はいぞく)しておけ。」

怒りを()(ころ)し、指示(しじ)を出す元帥の(かたわ)らで、小柄(こがら)な猿が書類(しょるい)の一枚を()()いていた。

 

「次の報告です。同日、魔女を一匹捕獲(ほかく)せり。市民からの通報(つうほう)によるものであり、公開(こうかい)処刑(しょけい)(もと)める声も上がっているとのこと。魔女の処遇(しょぐう)を求められています。」

「魔女?」

元帥は眉をひそめ、それが何者であるか。報告に()る重要性があるのか思い起こしていた。

やがて、それがフォーレス攻略(こうりゃく)のために利用した「伝説(まゆつば)」であることを思い出すと、肩で()(いき)()き、面倒(めんどう)であると言わんばかりに返答する。

「今さら、人間なんぞの伝説(でんせつ)興味(きょうみ)などない。好きなように処分(しょぶん)しておけ。…いや、待て。」

魚の視線に気付いた元帥は(おも)(なお)し、退室(たいしつ)しようとする伝令兵(でんれいへい)を呼び止めた。

「確か、ガルアーノが何度か連中の()(つつ)いていたな。」

「ハッ、”魔女狩り”と記録した襲撃(しゅうげき)を3度、(おこな)っております。」

「…そうか。ならば奴に先の軍備(ぐんび)強化(きょうか)への感謝(かんしゃ)として(おく)ってやろうじゃないか。」

 

我々の組織(そしき)全体の戦力の底上げとして進めてきたキメラ開発の必要値はとうに満たしている。

「王」からの(あら)たな命もなく、生産者としての(のう)しかなくなった奴に一つの機会(きかい)(あた)えてやるのも悪くはあるまい。

「その(あわ)れな化け物を奴の研究所(どうぶつえん)に送ってやれ。」

「ハッ、報告は以上であります。」

「ついでにガルアーノに一報(いっぽう)を入れておけ。」

「ハッ、内容を(うかが)います。」

「先の軍備強化への感謝の(しるし)として、キサマの欲しがっていたオモチャをくれてやる。だがもしも、これ以上私の足下にキサマの所のゴミを()らかし、私を(わずら)わせるつもりなら、ミルマーナ産の葉巻とワインに大量の蛆虫(うじむし)()くと思え。…以上だ。」

伝令兵が退室すると、猿が水槽の中の魚を手掴(てづか)みで捕え、()らい始めていた。




※ラムール刑務所、署長ホイデル
ラムールでリーザを捕えた男です。
便宜上名前が必要だったのでつくっただけで、特に重要な人物ではありません。

※沈黙の房
原作でいう「サイレント(敵の特殊能力を封じる魔法)」をかけた牢屋のことです。

※閣下(かっか)
君主以外の高官(将軍、大統領、侯爵、将官他)に用いられる敬称のこと。
多くの場合、畏敬の念を込めて用いられる。

※眉唾(まゆつば)
真実かどうか疑わしい話。噂。

正しくは「眉唾物(まゆつばもの)」と書きます。
今回は「魔女伝説」のルビとして表記しました。

※ミルマーナ
熱帯気候で密林に囲まれた独裁政権の軍事国家。
風土や地図上のおおよその位置としては、インドネシアやマレーシアをイメージしていただけると幸いです。

熱帯地方でワインの生産に必要な葡萄の栽培は基本的に不向きなようですが、一部品種はインドネシアでも栽培が可能で、国際コンクールでも高く評価されるワインが生産されているそうです。

ちなみに、葉巻とワインはガルアーノの嗜好品なので、「蛆虫の混入」はヤグンなりの警告のつもりです。

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