「お姉ちゃん、ケガ、大丈夫?どこかで手当てしないと…。」
リッツは自分の上着を傷だらけの魔女の肩に掛けながら、
するとリーザはおもむろにリッツの肩を
「お願いリッツ、約束して。こんな危ない
「どうして?だって、お姉ちゃんは本当は悪い人じゃないんでしょ?僕、お姉ちゃんの役に立つよ。」
「リッツ、よく考えて。私はどうして
「それは僕が…、」
「違うわ。アナタが悪いんじゃない。私が、”魔女”だからよ。」
「でも、お姉ちゃんは―――」
「いい、リッツ?」
少女は少年の
「魔女は、悪い生き物なの。まだアナタが知らないだけ。魔女は人の心を
理解してもらうため。
少女はできる限り言葉を
少年は、恩人の思わぬ
「ち、違うよ…お姉ちゃんは…」
それでも彼女に
「違わないわ。」
これだけ言っても自分の中で息づく「悪」を
少女は、『魔女』でない自分の
彼女の憎しみに手を
「リッツ、アナタはラムールの子でしょ?アナタのお父さんやお母さんに魔女のことを教わらなかったの?」
「そ、そんなの関係ないよ。みんなが
「お友だちは?学校の先生は?」
「みんな何にも知らないんだ!お姉ちゃんのこと、何にもしらないくせに
少年は少女の手を
「リッツはこれからずっと、死ぬまで皆を嘘吐きだって言い続けるつもり?」
少年の中の彼女を想う気持ちが
少年は黙って見ていられなかった。
こんなにも想っているのに、届かない自分の声が嫌で嫌で
「皆はアナタの友だちじゃないの?先生じゃないの?…大切な家族でしょ?」
「…じゃあ、僕、お姉ちゃんの家の子になるよ!」
「え?」
「だって、お姉ちゃんがあんなに
その
「私の家族も友だちも皆、
何も、間違ってない。
私は自分が生き延びるために沢山の人を巻き込んでる。
その人たちに余計な恐怖を
私は、根っからの『魔女』だから。
「それに、もしも私と
魔女がそう言うと少年は
「…父さんも母さんも、もういないよ。」
「え?」
少女は
「殺されたんだ。他の村に働きに行ってる
少女を
その恐怖をよく知っている少女が、少年の言葉を聞かないわけにはいかなかった。
それが、どんなに自分の
牢の中の自分がそうであったように。
目を覚まさない彼の
「だけど、そこのおじいちゃんが教えてくれたんだ。魔女は自分から人を傷つけたりなんかしないんだって。みんなが魔女を
少年の口から打ち明けられる予想だにしないカラクリに少女は言葉を
しかし、二人を見守る老夫の表情は
「お兄ちゃんに言ったらお兄ちゃんはすごく怒ってた。学校で何を勉強したんだって。」
少年は助けを
「僕だって最初は信じられなかったよ。」
「でも、本当だった。あの時、お姉ちゃんは僕を護ってくれたでしょ?だから僕は気付けたんだ、お姉ちゃんたちは本当は悪くないんだって。」
「お姉ちゃんが…、人を殺すところは怖かったよ。でも、お姉ちゃんだって、したくてしてるわけじゃないんでしょ?僕にはわかるもん。」
どうしてそう言い切れるのかわからない。
アナタは私の何を見たの?
私には何が見えてないの?
私は…、悪くないの?
「…私は、アナタのお父さん、お母さんを殺したかもしれないわ。」
「え?」
それでも、少女は自分が少年の求める人間でないと決めつけた。
それがどれだけ少年を傷つけるか、よく分かりもせずに。
「ここに来る
「ウソ、つかないでよ。」
「嘘じゃないわ。初めて会った時、私はアナタの名前を知ってたでしょ?あれは、その夫婦が持ってた写真にアナタの顔が
彼女の『力』を知らない少年は彼女の嘘を
「これで分かったでしょ?」
「ウソだ。お姉ちゃんも僕にウソを吐くんだ…。」
同じ未来を見ているはずなのに。
少年が「子ども」だというだけで、子ども部屋に押し込められてしまう。
それを経験してきたはずの少女が、少年の自由を
それが、ヒトの本能であるかのように。
「そうよ、私は嘘を吐く。でも、人も殺すの。そういう悪い生き物なの。」
彼女の吐く嘘はあまりにも
しかし、「子ども」を
「だから、私がアナタを殺す前に…、行きなさい。」
物語の中の魔女はできる限り恐怖を
「……!」
物語の魔女の手から、小さな勇者は走り去っていく。
「戦場で差し伸べる手は、
「……」
振り返るリーザはリッツとの
「確かに、あの年では間違いも多かろう。それでも自分なりに考え、信じた答えじゃというのに。少しくらい受け止めてやっても良かったんじゃないかのう?」
少女の肩に掛けられた小さな上着は温かく、握りしめれば彼の本心がヒシヒシと伝わってくるように感じられた。
「アナタが余計なことをしなかったら、こんなことをしなくてもすんだんです。」
「おや、ワシのせいか?そうか、そうか。…ふむ。確かにそうかもしれんな。」
この人は、何もかも知った上で私に近寄ってきたんだ。
わざと
「じゃがな、世界はお前さんのためにできておらん。もちろん、あの坊やのためにもな。」
そんな、分かりきったことを言ってるんじゃないの。
分かってるからこそ、私はあの子の分までアナタを睨んでいるの。
それなのに、おじいさんは私たちの何もわかってくれない。
まるで、私たちの方がわかっていないかのように話し続ける。
「世界は
「…”真実”?」
もうあの子は逃がしたし、
「ふむ、
「”愛”!?」
その言葉に少女は震え上がり、
「そうじゃとも。”愛”、わかりやすく、良い言葉ではないか。何か問題が?」
「人を殺すのも、私の村を
今にも『魔女』として襲わんばかりの鬼の
まるで
「”愛”、じゃな。」
「ふざけないでっ!!」
叫びながら、少女は目尻を
「ふざけないでっ!!」
仲間を見殺しにしてきた彼女だからこそ。無関係の人間を狂わせてきた彼女だからこそ。
他人を想うことへの恐怖を知る、他の何色も寄せ付けない
「これ
「…アナタに何が……」
少女はそこで言い
少女もまた、老夫のドブネズミのように
そんな姿になってもなお戦争をしようという老夫の呪われた生き方に気付いてしまったから。
「とはいえ、ワシも少し意地悪が過ぎたかもしれん。少しでも早くお前さんに立ち直って欲しいあまり言葉を選ぶ余裕がなかったんじゃ。」
「……」
「許してくれとは言わん。じゃが、こんなところで
「とりあえず、ここを離れるとしよう。誰ぞワシらを見つけて、またあの
老夫は彼女の肩に
「…ここは?」
「町から少し離れた森の中じゃ。」
少女はまた、先日、
「まだ
「…私を、どうするつもりなんですか?」
「どうする、か。」
老夫は
「
「……」
「そして残念ながらそれは
よっこらせ、と老夫は地べたに腰を下ろし、
まるで、知人の家の扉を叩くような気軽さで。
それだけでも彼が異常な人間であることは
「まあ、あれこれ言ってお前さんに嫌われるのも
しかし、老夫はあくまでも「老夫」の
杖に顎を乗せ、モゴモゴと
「お前さんにも手を
「…それは、さっきおじいさんが言っていた”愛”のこと?」
もちろん「お前さん
けれども、そんな分かりきったことよりも今は、この老夫に一つでも多くの
「そんなに気に入らんかったか?…そうじゃな、
ホッホッホ…。
あくまでも「老夫」を名乗るその笑い声は、気力の
「じゃが、気に入らんからといって、ワシの言いたいことがまるで
「……私が、『魔女』だからですか?」
「…そうじゃな。」
自分でもわかりきっていた。
ただの少女である「リーザ」に戦争の手伝いを頼むほど彼らは人材に
彼らが欲しているのは化け物を殺せる『化け物』なのだ。
この遣り取りに
老夫はその差別的な発言を
少女も、それ以上言い返さなかった。
言い返す気力がなかった。
「…まあ、すぐにその気になれというのも無理な話じゃからな。今はお前さんに手を貸そうと思っておる。お前さんが許せばの話じゃがな。」
「……」
「その間にワシらを
「……」
「安心せい。その時が来て、お前さんがまだその気でないようなら、スッパリお前さんからは手を引こうと思っておるよ。」
どこからくる
けれども、少女はもう
「……」
「長々と話してすまんかったな。ワシはここで番をしておる。お前さんは少し休みなさい。気持ちが落ち着いたらまたワシに話しかければいい。」
その様子からはネズミ一匹にさえ骨を折るような
けれども、少女も森の獣たちもその枯れた体から
化け物よりも化け物しい。
手を出して助かるはずもない、一つの「世界の
そんな彼が、自分に助けを求めている。
『魔女の血』を
他人に理解されない”愛”を語ってまで。
少女は胸の内で彼の言葉を繰り返し
※長尾鶏(おながどり)
「ちょうびけい」とも読む。
高知県で品種改良されたニワトリのことです。
メスは普通のニワトリですが、オスは尾羽が抜けないまま伸びていく。時に8mを超すこともあるこの品種は、止まり木にとまった時、水墨画の中の一本の滝のように美しい姿をみせるのです。
羽の色は白、黒、褐色、白と黒のまじりなどがあるそうです。