聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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大家のサイドビジネス その三

そうこうしている内に車は目的地に到着した。

ビビガのバカ話のお(かげ)で、モヤモヤした気分もだいぶスッキリしていた。付き合いが永い分、ビビガには気遣いが不要で、知らず、知らず()さ晴らしになっていたりする。

オッサンも知っていて付き合ってくれる。まあ、あくまで仕事の成功報酬が前提なのだろうが。

 

いくつかの建物の陰に隠れた鉄扉(てっぴ)をこじ開けると、郵便局のような内装の小部屋に通じている。

「エルクか。どうせお前が来るのだと思ってはいたが、優秀な仲介屋(ちゅうかいや)に感謝するんだな。」

緊急の依頼のために待ち構えていたギルドの役員は俺を見るとあからさまな態度をとりながら契約書を突き出してきた。

ビビガもビビガで別段反論するでもなく書類を受け取り、その内容を確認している。

「全く、10代のガキが人殺しや国際犯を相手に仕事をする時代とは、嘆かわしい世の中とは思わねえか?なあ、エルクよ。」

「知ったことかよ。それよりボーゲルチェンの鍵は?」

正直、何回繰り返したか分からない、似たようなやり取りが鬱陶(うっとう)しくもあったが、これがこの世界での世間話のようなものなのだ。

それに、この程度の悪態(あくたい)にストレスを感じて参ってるようじゃ、そもそもこの世界に向いていない。

ここの職員らは、返してくる俺たちの反応を見て賞金稼ぎとして適正か(いな)かを判断しているらしいのだ。とてもそうは思えないが、実際に何人かそうやって仕事を()された奴がいるのをこの目で見てきている。

今回も契約書を渡されたということは、俺はどうやらまだギリギリ合格圏内(けんない)というところらしい。

 

「ビビガからバカを呼んでくるって聞いてたからな。すでに吹かしてある。点検も終わってる。いつでも飛べるさ。それよりもよエルクよお――――」

ぞんざいに置かれた鍵を受け取ると、職員は孫を()でるような気味の悪い目付きで俺を見上げた。

「汚ねえ仕事が溜まってるんだ。たまにはこっちにも手え着けて欲しいもんだな。」

「どっかの10歳児にでもやらせとけよ。」

「10も15も変わらねえよ。」

実際に犯人と(じか)に交渉をすることもある。それにしたって、奴らはこいつらみたくネチっこい言い回しはしない。そう思うとなおさら、こいつらのやり口が趣味に感じられてならない。

 

ギルド所有の格納庫(かくのうこ)上階に回り、滑空台(かっくうだい)に乗せられたボーゲルチェンの最終チェックをしながらビビガの話に耳を傾けた。

「最終確認だ。タイムリミットは6時間。犯人の手元にいる人質は1人。現在、犯人は8番ターミナルの最上階で警官と膠着(こうちゃく)状態。警官たちはなんとか交渉で決着させようとしている。ボーゲルチェンの燃料もそう多くは()せられない。上空で作戦を考えてる暇なんかねえからな。」

単独の能力者相手に交渉も何もないだろう。手に負えなきゃ始末(しまつ)されるんだ。遅かれ早かれ。

「はは、その前に音で気づかれるだろうよ。」

ボーゲルチェンはグライダーと言ってもプロペラが搭載(とうさい)されている。真夜中の飛行場、ドンパチでも始まってなきゃ麻薬中毒者(やくちゅう)でも気づく。

 

「あんまり油断すんなよ。お前の専門分野だろうが、空港をジャックするような奴だ。相手も相当の()()()に違いねえ。」

今回のは無意識に言ったのだろう。だから俺もビビガに忠告した。

「『能力者』なんて伏せ字めいた言い方すんなよ。結局は人の皮を(かぶ)った化け物ってことだろ?だったら『モンスター』で十分なんだよ。未成年保護法じゃあるまいし、誰に気を遣ってるってんだ。」

「お前らにだよ。」

「ああ?」

その(あぶら)ぎった顔で、(いや)らしい笑顔を突き付けられるといっそのこと、こいつを犯人として突き出したくなる。

「それがな、聞いた話じゃあ、(やっこ)さんはお前と同じくらいの年齢なんだとよ。だから余計に手が着けらんねえらしいぜ。」

「何が言いてえんだよ。」

「いや、()きがいい奴らってのはいつの時代も舞台の花形(はながた)だなってえ話さ。そんな花形さまに『モンスター』はねえだろ?」

「そうやって(いき)がって立つ舞台を間違えてブタ箱にぶち込まれる奴は、ぶち込む奴よりバカなのさ。ただのピエロだよ。」

「ハハハッ、言うようになったじゃねえか。その通りだ。だがな、『座長(ざちょう)』がキレてりゃピエロも猛獣使いに大変身だ。」

 

いざ、飛び立とうという段階になってビビガは俺を困惑させるようなことを言い始めた。いいや、オヤジの名誉のために可能性を提示(ていじ)してきたと言い換えておこう。注意を払うべき内容が、今までの情報の中にあったのだ。

「何だよ、その言い方。裏があんのか?話次第じゃ配当にも異議が出るぜ?」

正直なところ、油断していた。犯人の行動がお粗末(そまつ)というだけで事件は単純なのだと思い込んでしまった。

「現場で状況が一変したから手に負えませんでした。」なんて話にでもなったなら、この業界のプロとして致命的だ。

 

状況判断は可、情報分析は不可。以前、シュウにそう言われたのを思い出した。

「いいや、今んところは確証はない。だがよ、ただのバカが警察(サツ)のセキュリティ(やぶ)って外交のスケジュールを手に入れたり、要人を上空で足止めなんて回りくどいことを考えると思うか?」

「……ないことはないな。」

本当の話だ。最近のバカは下水道でクローンの研究に失敗してスライムを大量発生させるし、天才は片手間に手配書の人相(にんそう)を描き換えて関係者が混乱する様を見て楽しむような時代なのだ。今さらバカや天才が何をしたところで驚くことでもない。

 

「第一、作戦自体が一人でやるような内容じゃねえ。仲間がいると思って間違いないと俺は思うんだがな。」

回りくどいことをしているのは確かだ。犯人の要求は離陸ではなく、着陸拒否なのだ。燃料が尽きるという明確な制限時間がある分、交渉はしやすいだろうが、いざとなれば飛行船はどこにでも逃げられるし、別の空港で着陸もできる。ダミーを飛ばしている間に特攻(とっこう)を仕掛けられる危険性だって十分にある。

わざわざ空港内で犯行に(およ)んだことも疑問だ。飛行船の中にいた方が人質はとりやすいし、特攻に対する抑止力(よくしりょく)も強い。

しかしそうなると、空港の犯人は(おとり)で、真犯人は船の中にいる可能性も出てくる。犯行の目的如何(いかん)では大空での大虐殺(だいぎゃくさつ)が繰り広げられるかもしれない。

依頼を受けた賞金稼ぎは例え、依頼内容の範疇(はんちゅう)を越えた出来事が起こったとしても、的確(てきかく)に対処しなきゃならない。

だからこそ、今回のような単独の依頼は滅多にないのだ。

 

「外交の相手と目的は?」

もしも愉快犯(ゆかいはん)でなければ当然、公表されていない要人が犯人の目的だろう。

「相手がどこの誰かは分からねえ。依頼人はギルドにも伏せているらしい。だが、わざわざレベリオンなんて最新機に乗って来るとなると、ロマリア辺りじゃねえかと俺は()んでるんだがな。目的は、近々完工(かんこう)する女神像の開幕式典のスペシャルゲストって筋書きだ。」

ロマリア。世界最大の軍事国家だ。なるほど、もしもそれが本当だとなると、来訪(らいほう)の目的が式典だろうと何だろうと怪しく思えてくる。

ここ(プロディアス)の市長には黒い(うわさ)もある。その2つを同時に相手にしようってんなら天才的なバカでも(つと)まらねえ。それこそ事の成り行き次第で、国家間の戦争クラスの大事件に発展しかねないからだ。

「時間はほとんどないが、俺の方でも、もう少し洗ってみる。何か分かり次第、手は回しておく。」

「分かったよ。とりあえずは用心しておく。」

「頼むぜ。お前は俺の大事な金蔓(かねづる)なんだからな。」

「そりゃお互い様だぜ。頼むから受け取りの勘定(かんじょう)を間違えたりすんじゃねえぞ。」

OKサインを出して俺は真夜中の寒空へと飛び出した。深夜の曇り空。まさに一寸先は闇。悪魔が大口を開けて待ち構えているかのような大空の中へ――――。


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