聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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魂の帰郷 その三

「…え?誰か(おそ)われてるの?」

フォーレスの首都(しゅと)ラムールで体を休めたリーザは、翌日、人目を()け、彼女の故郷(こきょう)ホルン村へと向かっていた。

その最中(さなか)に起こったことだった。

目端(めはし)()く小人が前方の異常を彼女に()げた。

「子ども?!」

被害者の背格好(せかっこう)を聞くなり、この土地での自分の立ち位置も忘れ、リーザは(しげ)みを()()け現場へと()()した。

 

 

――――ホルン村へと続く街道(かいどう)

 

荷馬車(にばしゃ)が通れるほどの通りの真ん中で、一人の少年を4人の野盗(やとう)()(かこ)んでいた。

「マジでツイてねえな、ボウズ。そんな若い身空(みそら)で、しかも一緒(いっしょ)()ってくれる仲間もいねえ。可哀想(かわいそう)で涙が出てくらぁな。」

野盗の一人が手にした得物(えもの)に力を込めると、彼の仲間が面白(おもしろ)半分に(さえぎ)った。

「まあ待てよ。コイツ(ひと)りで逝くんだぜ?せめて天国(あっち)友達(ダチ)をつくるためのネタくらいは持たせてやってもいいだろ?」

「ダハハ、テメエの頭でどんだけ上等(じょうとう)なネタを仕込めるってんだよ?」

「なあに、ただどうして自分が殺されたのかを教えてやるだけさ。」

「あ?」

「人間ってのは不幸自慢(じまん)(むら)がる虫みたいなもんだろ?自分(ボウズ)がどんだけ()()()()()()()死んだのかを話せばダチなんか100人でも1000人でもできらあな。」

「分からねえぞ。あの世だって一つとは限らねえんだ。逝った先でも一人ぼっちかもしれねえぜ?」

「ハハッ、違ぇねえや!!」

楽しげに少年の最期(さいご)(もてあそ)ぶ二人。そして、その()()りを黙って見守る二人。

4人は一見(いっけん)、寄せ集めの三流のような性格の違いを見せるが、その(じつ)、ピッタリ息の合った熟練(じゅくれん)悪党(あくとう)の仕事をしていた。

 

少年を(おど)す2人は脅しながら少年の様子を(うかが)い、この場で殺すか奴隷商(どれいしょう)に売り飛ばすかを品定(しなさだ)めをしていた。

それを見守る2人はネズミ一匹(のが)さない警戒心(けいかいしん)で商売の邪魔(じゃま)が入らないよう周囲(しゅうい)気配(けはい)(さぐ)り続けていた。

「なあボウズ、魔女の伝説くらいボウズも聞いたことあるだろ?」

男は当然(とうぜん)というような()()れしさで、ここ宗教(しゅうきょう)国家において(きわ)めて繊細(せんさい)な物語を口にし始めた。

 

”魔女伝説”、それは宗教国家フォーレスが()戒律(かいりつ)()れる禁忌(きんき)の一つであり、フォーレス国民の胸中(きょうちゅう)(おか)し続ける最大の悪夢だとも言われている。

「この先にデカい橋が()かってるんだけどよ、その橋を渡った人間は二度と戻ってくることはねえんだとよ。なんでか分かるか?」

野盗は(うつむ)く少年の(あご)(つか)み、その(あわ)れな表情を()の光の(もと)(さら)した。

野盗たちは手入れの()(とど)いた得物を同じく陽の光に晒し、ギラギラと反射するそれで少年の恐怖を(あお)っている。

(わた)った野郎(やろう)は皆、魔女に人間の魂を喰われて化け物の魂にすり()えられちまうからさ。」

「つまりここはボウズもよく知ってる教会の天敵の縄張(なわば)り。地獄の入り口なのよ。」

「だったら俺たちはそんな魔女様を()ろうなんて言いやがる教会の能無(のうな)しどもをカモにする番人(ばんにん)ってことか?」

「そういうことだ。よく分かったな。ガハハハッ!」

男たちの得意な下卑(げび)た笑いは、通りの両脇(りょうわき)に広がる森によく()()んだ。

「つまりだ、ボウズ。お(めぇ)はそもそも俺たちの標的(ひょうてき)じゃねえんだよ。」

まるで彼らの悪事(あくじ)加担(かたん)するかのように。

「分かるか?テメエを殺すのはただの(ひま)つぶしってことだ。この通りにさえ来なけりゃ、俺たちが暇さえしてなけりゃテメエは死ななかったってことだ。」

「それがテメェの人生最大の不幸な物語だ。どうだ、傑作(けっさく)だろ?」

 

「魔女」は、伝説と呼ばれていながら現代への変わらない影響力(えいきょうりょく)(そな)えている。

それはつまり、フォーレス国民がそれを単なる「伝説(おとぎばなし)」と(とら)えていない何よりの証拠(しょうこ)だった。

 

毎年()げられる化け物による些細(ささい)被害(ひがい)報告(ほうこく)

それだけでも信心(しんじん)(ぶか)い彼らにとって「魔女が化け物を(あやつ)って人を襲わせている」と錯覚(さっかく)させるのに十分すぎる事実だった。

彼らの中に「魔女」を()まわせるのに十分な()()()()()()

 

教会は、「国民の不安を払拭(ふっしょく)すること」を名目(めいもく)に3度にわたる「魔女狩り」を決行(けっこう)している。

その上で教会は「魔女を完全に駆除(くじょ)した」と明言(めいげん)しているにも(かか)わらず、「伝説」は彼らの中で今も息づいている。

もはや「伝説」は神の手でさえ(ぬぐ)()ることのできない、フォーレスの田畑を支配する(けが)れた水と化していた。

すると、「汚れた水」を飲んで育った者の中からは魔女を崇拝(すうはい)する者、魔女を金に()えようとする者が(あらわ)れ始めた。

教会から派遣(はけん)される「魔女狩り」を襲う(ぞく)はその一部に()ぎない。

「魔女からもらった『力』を有効活用しているだけさ」

嘘か(まこと)か。命からがら賊の牙から()()びた者が、彼らの口から確かにその言葉を聞いたと教会に告白する者さえ現れている。

これを受け、教会は「賞金稼ぎに討伐(とうばつ)依頼(いらい)を出す」という形で体裁(ていさい)(たも)っているが、当然、その成果(せいか)は出ていない。

それでも教会の(しもべ)である国民は彼らを(うたが)わず、より一層(いっそう)「魔女」を意識(いしき)し、(かか)わりを避けるようになった。

 

宗教国家フォーレス。そこは、(あが)めるべき「神」ではなく、(いま)めるべき「魔女(あく)」でもって民の心を支配していた。

 

 

………

 

 

そうして、彼らの(いや)しい笑い声が森に()()むと、物語は演者への合図もなしに第二幕に入ろうとしていた。

 

「…僕は、信じない。」

「あ?」

少年が太陽の(まぶ)しさに顔を(ゆが)めながら何事かを(つぶや)いたその時だった。

「アアアァッ!!」

唐突(とうとつ)(ひび)(わた)悲鳴(ひめい)が、野盗たちの凶悪かつ老練(ろうれん)な心臓の高鳴りを呼び覚ます。

「どうした!?」

脅していた一人は少年を突き飛ばし、怒鳴(どな)った。

「吹き矢だっ!毒を()ってやがる!ウグゥゥッ、茂みの方だ!…グゥウ、痛ぇじゃねえかクソが!」

軍人のように統制(とうせい)のとれた野盗たちは(ただ)ちに陣形(じんけい)を組み、手にした得物に血を(かよ)わせた。

「どこだ!出てきやがれ!!」

 

 

………

 

 

ソレは顔に精気(せいき)のない影を()()けながら、ユックリと茂みの中から現れた。

「女っ!?」

()るか?」

2人が()(あま)す殺気を金髪の、幽霊のような気配の女にぶつける中、彼らをまとめているらしい男が冷静に指示(しじ)を出した。

「…引くぞ。ヴァイン、お前はしんがりで女を警戒しろ。」

「何でだ!?」

「たった一人だぜ!?しかも女だ!」

「…死にたいなら勝手にしろ。」

まとめ役の男が(きびす)を返したその瞬間―――、

「なんだこりゃあ!?」

突然(とつぜん)、彼らの退路(たいろ)に巨大な(かべ)()り上がった。

「…テメエら、油断(ゆだん)するなよ。死ぬ気で()れ。」

「……」

異常事態(いじょうじたい)を前にした男たちは確かな「敵」の存在(そんざい)(みと)め、(そろ)って口を(つぐ)み、凶暴(きょぼう)な殺意で自分たちを(ふる)()たせた。

しんがりを(つと)めるはずだった男が弓を(はな)つのを合図に、野盗たちの牙は一斉(いっせい)に金髪の女に飛び掛かった。

 

―――だが、4人の牙が女の体に届くことはなかった。決して。

 

放たれた矢はまたしても突如(とつじょ)現れる壁に遮られた。

壁が注意を引き、何処(どこ)からともなく放たれた(くだん)の毒矢が二人の首を捉え、女の前方(ぜんぽう)草陰(くさかげ)から飛び出した狼が(ひる)んだ一人の頭を()(くだ)いた。

狼は一人を確実に絶命(ぜつめい)させると急旋回(きゅうせんかい)し、もう一人の足を()千切(ちぎ)る。

化け物たちの周到(しゅうとう)()()せを()(くぐ)り、目標(もくひょう)まで辿(たど)()いた残りの一人は渾身(こんしん)の一撃を女の脳天に振り下ろす――――はずだった。

「なんだ!?」

入念(にゅうねん)()がれた邪悪な牙は、突如()()()()()()()()()によって(はば)まれていた。

「モドキかっ!?」

しかし、男がその全貌(ぜんぼう)を見た時にはすでにもう一方の腕によって頭を掴まれ、(にぶ)い音と(とも)(にぎ)(つぶ)されていた。

「ヘモォ~」

そして、街道では次の矢をつがえていた男が白い毛皮を持つ巨大な虫に頭から(むさぼ)られていた。

 

 

………

 

 

魔女の住む村、ホルン。

町の人々の多くは―――教会の言葉を鵜呑(うの)みにし―――、そこに魔女がいようといまいと「争い」を呼び込む呪いの地なのだと異口同音(いくどうおん)(とな)えた。

今、リーザはその教会の戯言(たわごと)が真実なのだと証明(しょうめい)してみせた。

そして、フォーレスの少年はそれを目の当たりにしていた。

「……」

争いの()えない時勢(じせい)とはいえ、町の子どもが人間の血を見る機会(きかい)はそうそうない。

不幸にもこの場に居合(いあ)わせた少年もまた、これが生まれて初めて見る「人の死」だった。

あまつさえ、その異常な絵面(えづら)の中には、見たこともない化け物たちが我が物顔で闊歩(かっぽ)していた。

それは幼心(おさなごころ)に『悪夢(とらうま)』を植え付けのに十分すぎる刺激的(しげきてき)光景(こうけい)だった。

「…ホルンの、魔女……」

「……」

()()さえもよおす中、少年の口は無意識にその女の本性(ほんしょう)を口にしていた。

「…ここは危ないから早くお(うち)に帰りなさい。」

金髪の魔女は説明も弁明(べんめい)(はぶ)き、少年の退場を催促(さいそく)した。

同時に、「手遅れ」という言葉が彼女の頭を()()くしていた。

そこから広がる「(つみ)(ばつ)」を求める景色(けしき)辟易(へきえき)していた。

 

もう町には引き返せない。

(うわさ)が広まって、兵隊が町の入り口で待ち(かま)えているかもしれない。

ううん。町に戻らなくたって、私を(つか)まえたいあの人たちはここまで探しに来るかもしれない。

 

金髪の魔女は早くも自分の失態(しったい)を呪い、帰路(きろ)目算(もくさん)をつけ始めていた。

すると、

「僕、見たんだ。」

少年は魔女の催促を無視し、恐怖を顔に出さず、何かを(うった)え始めた。

「……」

魔女には少年の『声』が聞こえていた。

教会が裏で行っているであろう悪事の様子が。

それが、自分たちの「敵」であることもすぐに理解した。

「教会の人が悪魔と(しゃべ)ってたんだ。」

そして、この少年が「魔女(じぶん)」を本気で(たよ)ろうとしていることも。

「お姉ちゃん、僕、お願いがあるんだ。」

「…それは、ダメよ。」

それを口にするだけで、少年は「教会」から(ばっ)せられる。場合によっては首を飛ばされるかもしれない。

こんなに幼い子なのに。そんなこと許される?

「僕、まだ何にも言ってないよ?」

「それでもダメなの。」

「…お姉ちゃん、ホルンの人なんでしょ?」

どうしてこの子は私を怖がらないんだろう。

(いきお)いでしたこととはいえ、あんなにも残酷(ざんこく)な殺し方をしたのに。

「……そうよ。」

「だったら―――、」

「ダメだったら。」

「どうして?お姉ちゃんは、悪い人じゃないんでしょ?」

 

…え?

 

「どうして、そう思うの?」

「だって、僕を助けてくれたじゃない。」

「見てなかったの?人を、殺したのよ?化け物を(つか)って。」

子どもに理屈(りくつ)を求めたって仕方(しかた)がないことくらいわかってた。

それでも私はこの男の子の言葉の根っこが『見たい』。

もしもそこに魔女(わたし)が胸を張って悪くないと言える根拠(こんきょ)があるのなら。

「おじいちゃんが教えてくれたんだよ。悪いことをする人が悪くて、本当はホルンの人は悪くないんだって。」

…わからない。

君の気持ちは嫌でも『聞こえてくる』。

けれど、そんなんじゃ誰にも、何も伝わらないわ。

「…だから、私は今、人を殺したのよ?悪い事でしょ?」

進展(しんてん)のない会話に苛立(いらだ)ってるのか。

『声』を聞きたい気持ちとは裏腹に、この子の「非常識(ひじょうしき)」を言い負かしたい気持ちが(ふく)()がってきた。

 

少年は魔女の目を見詰(みつ)めながら、頭の中で彼女の納得(なっとく)する答えを必死に探していた。

けれども、問題に対して圧倒的(あっとうてき)に年齢の()りていない少年は、正直(しょうじき)に自分の力の無さを懺悔(ざんげ)した。

「難しいことはわからないよ。」

しかし、その言葉の裏側には…、いいや。初めから、彼女の求めている「答え」はそこにあった。

けれども、それを理解するには彼女もまた若すぎたのだ。

彼女の耳にはまだ、その言葉は偽善者(ぎぜんしゃ)たちの戯言(ざれごと)にしか聞こえない。

「でも、僕にはお姉ちゃんが悪い人には見えないんだ。」

「ヤメテッ!!」

魔女の『叫び』に、少年は肩をビクリと震わせた。

意味のない、情に訴える言葉はただただ魔女(しょうじょ)を苛立たせた。

「……お願いだから、家に帰りなさい。それと、今日あったことは全部忘れなさい。そうすればアナタが(ひど)い目に()うこともないわ。」

「……」

「お願い()()()、こっちに来てはダメ。」

魔女は放心(ほうしん)している少年をそのままに、その場を立ち去った。

 

 

少年と別れて十数分。

少女は周囲への警戒を化け物に(まか)せ、足を進めながら自己嫌悪(じこけんお)(おちい)っていた。

そして、その弱った心に追い打ちをかけるように、彼女たちの行く手を遮る障害(しょうがい)がまた一つ現れた。

 

道なりに進むとリーザたちは高低差50mはある谷に突き当たった。

「…そんな。ここまでする必要あるの?」

谷を渡る唯一(ゆいいつ)()(ばし)。その入り口に、見上げる(ほど)に大きい巨石が門番のごとくリーザたちの前に()(はだ)かった。

そして、魔女はその岩に違和感を覚え身構えた。

 

…どうしよう。

なんだか私の手に()えないような気がする。

誰かに……、

…誰に?今の私が、誰かに助けてもらえると思ってるの?

 

昨日までは「勇者の剣になる」なんて聞こえのいいことを自分の胸に(ちか)っていたのに、今は「魔女(わたし)」を悪魔呼ばわりするあの人たちへの憎しみで殺伐(さつばつ)としてる。

結果的に、私は人の「命」を(うば)った。

まるであの人たちの言うままの「魔女」みたいに。

フォーレス(みんな)の『悪夢』そのもののように。

そんな「魔女(わたし)」が、フォーレス(ここ)で、誰に頼ろうって言うの?

 

……でも、本当にそう?

もしも本当に私がみんなの『悪夢』なんだとしたら、あの男の子が私にあんなことを言うかしら?

いいや、言わない。

きっと、(おび)えて一言も口を利けないはず。

…本当?

ううん。弱気になっちゃダメ。ここで決意を(にぶ)らせたらいつ立ち上がるつもりなの?

リーザ、ここでアナタがしっかりできないのなら、エルクの(そば)に立つ勇気さえ永遠に手放してしまうかもしれないのよ?

だから、お願い。

 

幼い魔女は呼吸を(ととの)え、胸に手を当て、考えた。

「勇者の剣」に相応(ふさわ)しい自分の姿を、あるかどうかも分からないものを必死に探した。

 

……私は『悪夢』じゃない。

同じ「人殺し」でも、私と本物の悪魔たちとでは何かが違ったんだわ。

…何か?何かって何?

答えをアヤフヤにしないで。

子どもに聞かせる童話(どうわ)にだって、()()けば必ずそこには未来の大人たちへ向けたメッセージがあるものでしょ?

()(きら)われた「伝説」にだって……。

…違う。これじゃあ、「魔女(わたし)」が『悪夢』じゃない理由にはならないじゃない。

何か、別の読み方があるはずよ。

みんなを(すく)う未来に(つな)がる何かが。

何か…何か……何か……

 

少女は魅力的(みりょくてき)金髪(バターブロンド)()(むし)り、愛らしい顔をくしゃくしゃにして自分を追い詰めた。

「ちがう…、ちがう……」

たった一人で、この世にたった一粒(ひとつぶ)の砂金を探し続けていた。

―――リリー

「…わかんない。絶対にあるはずなのに。どうして…?」

(つい)には(うずくま)り、(かわ)いた地面をハタハタと涙で()らし始めた。

(あきら)めの涙。自嘲(じちょう)する涙。後悔(こうかい)憎悪(ぞうお)失望(しつぼう)――――。

(したた)る涙の数だけ、少女の嫌悪する『魔女』が笑みを浮かべているように感じられた。

「わかんないよ…、エルク。」

そして、どうして口を開けば彼の名が出てしてしまうのか。そこにいる化け物たちの名ではなく。

今の少女には何も分からなかった。

 

彼女自身が生み出す()()ない『悪』が、彼女の首をどこまでも強く()()げる。

 

すると―――、

「ヘモォォ~」

「…え?」

ピンクの大男が、話の流れも気に掛けず少女に(ささや)いた。

「ヘモォ」

「…だから、それじゃあ私、何も変わらないの。今までみたいに、悪い『魔女』のままなんだよ?みんなの『悪夢』になるかもしれないんだよ?」

「ヘモォ~」

「……」

ピンクの大男に大した考えはない。

けれども、普段(ふだん)から物事に集中しない、ぼんやりとした目で世界を見る彼だからこそ、「小さな(なや)み」や「(せま)い世界」に頓着(とんちゃく)しない、達観(たっかん)した大人のような意見を口にすることができた。

「でも…、そうだね。そうかもしれない。私一人で世界が変えられる訳じゃないもの。」

そんな彼だからこそ、自分の(から)に閉じこもりがちな、意固地(いこじ)な子どもを(なだ)めるのに()けていた。

 

「…ありがとう、みんな。」

大男以外、何をしたわけでもない。

けれど、何かをしなければ人が救えないわけじゃない。

「家族」でいるだけで、(あわ)れな魔女の涙を(ぬぐ)うことだってできる。

それが、幼い彼女に伝われば。

生き急ごうとする少女の良い経験になれば、彼女もまた同じことを誰かにすることができるだろう。

 

 

リーザはスカートに付いた土を(はら)い、(あらた)めて奇妙(きみょう)な大岩に対峙(たいじ)した。

 

「……」

やっぱり無理かもしれない。

ハッキリと何が危険なのかは分からないけど、何か『呪い』のようなものが仕掛けられてる気がする。

この子たちも心なしか落ち着かない様子だし。

…どうしよう。一回引き返そうかな。

「……」

引き返してどうするの?

さっきも言ったけど、まずラムールには帰れない。

さっき助けた男の子…、リッツだったかな。

私のことを悪く言わないまでも、間違いなく誰かに話すと思う。

こんな国だから、(たと)え子どもの言うことでも「魔女(わたし)」をそのまま捨て置いたりはしないと思う。

「……」

やっぱり無理にでも先に進んだ方が……。

 

『土の精霊』と同じ『力』を(あやつ)れるモフリーなら、岩そのものをなんとかできなくても、即席(そくせき)足場(はし)くらいなら架けられるかもしれない。

 

それは幼いがゆえの、軽率(けいそつ)すぎる行動だった。

もしくは、そういう行動を(さそ)うような魔法がかかっていたのかもしれない。

彼女に付き従う化け物たちでさえ、その仕組みを見抜けなかった。

巧妙(こうみょう)(わな)なのだ。

「……え?」

金髪の魔女が大岩に触れた瞬間、彼女は五感を奪われたかのような眩暈(めまい)を覚えた。

気力を()(しぼ)り、振り返ると、そこに彼女の大切な家族の姿はなかった。

忽然(こつぜん)と、まさに(けむり)のように()()せた。

この悲劇(ひげき)が始まってから、一度たりとも少女の傍を離れなかった狼でさえ、毛の一本も残さず。

「…みんな、どこ?!」

異変がそれだけでないことはすぐに気付いた。

「誰か、()()()()()!!」

「家族」だけじゃない。

森の中を()()う鳥も、虫も、草木も。誰も彼もが、一様(いちよう)に『口』を噤んでいた。

 

「…うそ……」

ヒトの『声』なんて聞こえなくていい。

ヒトを狂わせるこんな『力』なんか消えてしまえばいいのに。

前の私はいつかそんな時が来ることを望んでた。

エルクと知り合ってからは特に。

けれど…、今じゃない!

 

金髪の少女は辺りを何度も何度も見渡した。

今まで『声』が教えてくれていた「危険」も「打開策(だかいさく)」も、何も聞こえてこない。

「……」

途端(とたん)に、少女の立つ世界が無限大に広がっていくように感じられた。

彼女のよく知る『言葉』ではなく、難解(なんかい)(いや)らしい記号の羅列(られつ)のような光景が、延々(えんえん)と。

それこそ、眩暈を誘うほどに。

 

記号(かれら)魔女(しょうじょ)に何一つ『語らない』。

ただし、そこに侵入(しんにゅう)したなら、容赦(ようしゃ)なく彼らの言葉で魔女(しょうじょ)()()てるだろう。

それは憶測(おくそく)でしかない。

けれども、必ずしも「ない」と言い切れるものでもない。

そこに、完全に平等な「生」と「死」の世界が彼女を待っていた。

 

魔女(しょうじょ)は初めて、「少女」の弱さを(はだ)で感じていた。

何者にも打ち勝つことのできない「非力(ひりき)」であることの恐ろしさが、彼女の理性を容易(ようい)丸呑(まるの)みにしてしまった。

 

小さな草むらの中にでさえ、彼女を殺す何かが潜んでいるかもしれない。

そういう幻想に()りつかれ、魔女(しょうじょ)は一歩も足を動かすことができなくなっていた。

 

「岩」は、禁忌(きんき)の村を閉ざすためにそこにあるのではない。

正義感に目覚めようとする「魔女(てき)」を喰らうためにそこにいた。




※吹き矢、毒矢
ケラックたちによる攻撃パターンの一つです。
原作の彼らに「吹き矢」なんて装備はないんですが、「槍」を装備した時に「槍を投げる」という攻撃モーションがあったため、こんな仕様もアリかな?と思って使いました。

※老練(ろうれん)
沢山の経験を積んでいるため、多くの場面において的確な対処のできる人物のこと。
多くの場面で巧みであること。

※しんがり
後退する部隊の最後尾を担当する兵隊、もしくは部隊のこと。
隊列や順番の一番後ろのこと。

※モドキ
ヘモジーのことです。
普通なら「ヘモジーかっ!?」と書かなきゃいけないんでしょうが、書いてみるとなんだかリーザが呼ぶ「ヘモジー」と距離感が似ているように思えて抵抗がありました。

ここで言っている「モドキ」は特定のものに似ている時に使う「○○(もど)き」のことです。
ヘモジーが人間に近い姿をしていることから、一部人間にこう呼ばれていることにしました(笑)
勝手な設定が多くてすいません。

※辟易(へきえき)
ウンザリしている様。閉口すること。

※あとがき
原作ではケラックたちを十分にレベル上げしていないプレイヤー様を苦戦させる戦闘シーンですが、今回はその怨みも込めて圧勝させていただきました!!
内容はちょっとグロくなってしまいましたが(^_^;)
それに原作では2人、野盗が逃げのび、それが後の伏線となるのですが、今回は全滅という形になってしまいました。
リーザの思春期からくる残虐性やホルンを想うフォーレスの民への後ろ暗い感情を表現したくて、こんな話にしてみました。m(__)m

ちなみに、被害者少年Aの名前(リッツ)をリーザが言い当てたのは、少年の『声』を聞いたからです。

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