聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

145 / 235
魔女の深雪(みゆき)

――――スメリア国、トウヴィル村

標高(ひょうこう)1000mはあろうかという高所(こうしょ)にあるその村は、切り立った岸壁(がんぺき)(かこ)まれ、外界とは完全に隔絶(かくぜつ)されていた。

(かたむ)いた家屋(かおく)(なら)び、手入れのされていない草木が()(しげ)っている。そんな廃村(はいそん)のような村だった。

しかし、村の最奥部(さいおうぶ)には何者にも(おか)しがたい(おごそ)かな神殿(しんでん)がある。

神殿は石造(いしづく)りで、外壁(そとかべ)風化(ふうか)がかなり進行している。

しかし神殿には、老朽化(ろうきゅうか)や廃村の(ささや)きを()ち切る、1000mの岩山が神殿そのものであるかのような威風堂々(いふうどうどう)とした『力』が宿(やど)っていた。

 

そこに、悲劇(ものがたり)魅入(みい)られた二人の少年少女が(かくま)われている。

 

 

――――神殿の一室(いっしつ)

 

「……私ね、フォーレスのホルンっていう小さな村で育ったの。」

窓もない、石壁に(おお)われた部屋で、少女は横たわる少年に話しかけていた。

少女、リーザは田舎(いなか)育ちを象徴(しょうちょう)するようなそばかすに、紫外線(しがいせん)(いた)んだ金髪の娘。

数年前まで、高原(こうげん)で羊を追い回すような健康的な少女だった。

 

「雪山に囲まれたところにある村でね、一年を通して寒い地域なの。

でもね、いつも気持ちいい風が吹いてたのよ。

風車のよく回る日は人も犬もみんな一日中、原っぱで()(まわ)ったり、羊と一緒(いっしょ)日向(ひなた)ぼっこしてたりしてた。

何も考えないで。土と草、おじいちゃんの作るスープの臭いと、羊たちの草を()む音。山を()でる風だけを感じてた。……無邪気(むじゃき)でしょ?

村は基本的に自給自足(じきゅうじそく)で、外の人と(かか)わることなんて(ほとん)どなかったわ。

土地は()えてないし、豊作(ほうさく)なんて滅多(めった)にないけど、それでも私たちは幸せだった。

寒い時はみんなで(まき)()って、ひもじい時は一緒に食卓(しょくたく)を囲んで笑い合って、毎日を()()えてた。

…そう、今思えば、みんなが一つの家族だったのかも……。」

 

少女は(かわ)いたタオルを水の()ったタライに(ひた)し、軽く(しぼ)ると、()のように熱い少年の(ひたい)に戻した。

そして、汗で顔に張り付いた彼の髪を指先でソッと払うと、少女は下唇を強く()んだ。

 

「あの日…、あの人たちが来るまでは……。」

 

――――ある日、

山間(やまあい)から突如(とつじょ)(あらわ)れた黒い船の()れが村の空を()()くした。

武装(ぶそう)した他国の兵士たちが、抵抗(ていこう)を知らない村人たちを羊のように追い回した。

「魔女狩り」

彼らはその襲撃(しゅうげき)をそう呼称(こしょう)していた。

彼らは村人を(とら)え『力』のある人間を見繕(みつくろ)うと、奴隷(どれい)のように()()っていった。

 

「連れて行かれる人たちは(みんな)、頭に麻袋(あさぶくろ)(かぶ)せられてて、それこそ人形のように首輪(くびわ)まで付けられてた。

その姿を見たら、あぁ、なるほど。私たちは化け物なんだなって、どうしてだか納得(なっとく)できたんだ。」

 

長時間、看病(かんびょう)し続けた少女は、話の合間(あいま)にウツラウツラと船を()いでは必死に目を覚まそうと少年に語りかけた。

 

「村を、たくさん()らされた。

残された人はみんな、みんな、泣いてた。

残酷(ざんこく)だ』って、ずっと、ずっと呪ってた。

……(こわ)かった。

(じゅう)を持った兵隊たちもそうだけど、私、連れていかれた人たちの『声』を聞いたから。

どんなことをされるか分からないのに、大人たちの『不安な声』が、「大人の世界」を知らない私をたくさん怖がらせたの。」

 

けれども彼らは、村を全滅(ぜんめつ)させることまではしなかった。

村のおおよそ半数を搾取(さくしゅ)すると、彼らはすぐさま引き上げていった。

まるで、残飯(ざんぱん)(あさ)るネズミが人間の気配を警戒(けいかい)して巣穴に逃げ込むかのように。

 

「彼らはまたやって来る」

残された村人は連れていかれた仲間を助けることよりも、次の「狩り」を不安に感じ、村を捨てることを決意した。

ところが、兵士たちは(ふもと)の町の人間に「ホルンの魔女」を危険視するように触れ込むことで彼女たちの逃げ道を(ふう)じてしまっていた。

安全なつり橋は落とされ、各所(かくしょ)に見張りが立てられた。

ホルンを囲む峰々(みねみね)には熊や化け物が多く、山越(やまご)えも容易(ようい)じゃない。

魔女の力でもって脱出を(こころ)みようとした者は皆、兵士たちに(とら)えられ、(むご)たらしい最期(さいご)(むか)えた。

彼女たちへの警告(けいこく)として、彼らはその一部始終(いちぶしじゅう)(したた)めたものと写真、時にはその一部を村に送りつけた。

 

「……どうしてワシらをソッとしておいてくれないんだ」

村は抵抗を(あきら)め、いつやって来るともしれない「狩人(かりうど)たち」に(おび)えながらも、できるだけ(おだ)やかなに生活することを選んだ。

 

――――そうしてやって来た二度目の「狩り」、そこで少女は彼らの目に()まってしまう。

 

「私、抵抗しようとしたの。でも、私が(あば)れたらあの人たちはおじいちゃんを(なぐ)ったの。

私、おじいちゃんを傷つけたくなくて…。

あの麻袋を被せられた時、私、(みと)めちゃったの。

私は何をしてもこうなる運命だったんだって。」

 

少女は少年の額に手を当てる。

「ミ……。」

すると、少年は別の少女の名前を『口にした』。

「……」

少女の目尻から(あわ)い涙が(あふ)()る。

「…そこは、私の居場所(いばしょ)じゃないの?」

(つか)()て、希望も()くしつつある少女は悪夢にうなされる少年の気を引くように、少年のベッドに顔を(うず)めてメソメソと泣いた。

 

 

 

 

「……」

神殿(ここ)では全ての『力』が制限(せいげん)されていた。

少女のそれも例外ではなく、少年の『声』を聞くことはできても、少女の『声』を彼の耳に(とど)けることはできなかった。

それでも、近付いてくる他人(ひと)の気配を感じ取るには十分だった。

目元を(ぬぐ)い、彼女がやって来るのを静かに待った。

「おはよう。少しは眠れたかしら?」

「……」

二人の前に現れたのは神殿の(あるじ)であり、少年の致命傷(ちめいしょう)奇跡(きせき)のような(わざ)(なお)してしまった高位(こうい)巫女(みこ)

であるにも(かか)わらず、二人とそう変わらない年齢(ねんれい)という奇跡のような女性だった。

 

ククル・リル・ワイト。トウヴィル村の(かなめ)ともいえる一族、ワイト家の末子(まっし)

若干(じゃっかん)18歳の身でありながら「精霊の国スメリア」の中でも一、二を(あらそ)う『力』を(ゆう)する聖女であり、唯一(ゆいいつ)朝廷(ちょうてい)対立(たいりつ)する村の指導者(しどうしゃ)でもある。

 

「…そう。まだグズってるのね。」

用意した食事にも手を()けず、こちらを(にら)む少女にククルは()(いき)()いた。

昨夜(さくや)も言ったと思うけれど、彼の体はもう全快(ぜんかい)しているわ。あとは、目を覚ますかどうかは彼の気力次第(しだい)。」

ミリルのいない世界。

彼がそんな世界に帰ってくるわけがない。

こんなにも長い間、悪夢にうなされている少年の姿を見て、少女はそんな想いに(とら)われていた。

だから、彼の(そば)から(はな)れることができなかった。

眠気に(おそ)われ、たった数分間目を閉じてしまうことが何度かあった。

目を開けた瞬間、目の前から少年が消えてしまっている……。

そんな妄想(もうそう)()りつかれ、少女は必死に少年から目を(はな)さなかった。

今、少年を(うば)われることが、少女にとって()(がた)い苦痛だったから。

 

「だから、アナタが(となり)でどれだけこれ見よがしに泣いて見せても彼の力にはなれないのよ?」

「……」

「何?」

多くの要因(よういん)が少女の疲労(ひろう)を加速させ、彼女の中の「獣」を()()しにさせていた。

「どうしたの?こんなことを言う私が(にく)い?」

聖女は一貫(いっかん)して少女を見下(みくだ)していた。

「そうやって誰かを憎んでいれば、メソメソしていれば誰かが護ってくれると思っているんでしょ?」

「……」

「子どもね。そんなんじゃあ、(たと)え彼が目を覚ましても彼の足を引っ張るだけよ。」

自覚(じかく)はあった。

彼女は無意識に『力』で彼を(おか)している。

彼女の『無意識』は、自分を護る兵隊を欲している。

()()()()()()()、彼女のために「命をなげうつ(たて)」を。

 

それに、彼は『人の心を(まど)わすような力』なんか求めてない。

私なんか―――。

 

「そしてまた、彼の悪夢を増やすだけ。」

…そう。

この容姿(ようし)は、彼にとって『悪夢』を(うつ)す鏡のようなもの。

名前や性格が違っても、彼は私を見てあの人を思い出す。

そんな私が、この『力』で化け物を(あやつ)り、化け物たちを(ほうむ)っていく。

そんな姿が、彼の(ささ)えになるはずがない。

どんなに彼が私を受け入れてくれたって、私は彼の助けにはなれない。

私が、「リーザ・フローラ・メルノ」である限り。

 

それでも私は――――、

 

「…私、何をすればいいんですか?」

「それを自分で考えることが大事なんじゃないの?…彼と、()()()()()()()()()()()()()()()。」

聖女は少女の傍を片時(かたとき)も離れない少女の家族を()して言った。

 

ソレは常に少女の(かたわ)らにいた。

どれだけ邪魔だと言われようと。どれだけ『外』に追いやられようと。()()()()()()一時(いっとき)たりとも離れなかった。

 

……私、この子に(ひど)いことを言った。

エルクがいなくなるのが怖くて。

エルクのことしか頭になくて。

 

…私、全然(ぜんぜん)反省(はんせい)してない。

ヤゴス島でも同じことをしたのに。

エルクを護りたくて、ボロボロのこの子に無茶をさせて後悔(こうかい)したはずなのに。

それなのに……。

 

―――リリー……。

 

狼は少女の小さな手を気遣(きづか)うように()めた。

「…パンディット。」

化け物(かぞく)(なぐさ)められ、リーザ・フローラ・メルノはつい彼に弱音を吐いてしまう。

「私、逃げられないの?」

狼がなおも少女の手を舐め、なだめ続ける一方で、同じ人間である聖女はその(なさ)けない姿を見て(しか)りつけた。

「今まで、散々(さんざん)逃げてきたんでしょ?だから今、エルクは悪夢にうなされているんじゃないの?」

言いがかりのようにも聞こえた。

でも、それは()(のが)れのできない事実。

少女が強い心を持ってさえいれば、少なくとも少年が死線をさまようことはなかった。

ガルアーノ(てい)の時のように。

ヤゴス島の遺跡(いせき)やヴィルマーの家でのように。

それができる『力』を、少女は持っていたにも拘わらず……。

 

「…だったら、アナタたちはどういう理由であの人たちと(あらそ)ってるって言うんですか?結局(けっきょく)はあの人たちと一緒じゃないんですか?結局、自分たちの『力』を持て余してるから殺し合っているんじゃないんですか?…誰かを護るため、とかではなくて。」

「そんな風に見える?そうかもね。今のアナタの目はヒトの目をしていない。自分しか見えていないものね。私たちとアイツらの区別なんてつくはずないわ。」

私がオカシイの?…ううん。そんなの、間違(まちが)ってる。

だって、そうじゃない。

私たちは何にもしてない。

あの人たちも、この人たちも何にもしなかったらこんな争いには巻き込まれなかったし、そもそも争い自体起きてない。

私たちはただの被害者じゃない。

「なんでハッキリ答えてくれないんですか?」

「アナタが子どもだからよ。」

…どうしてそんなことが言えるの?

「言いたいことは分かるわ。私も他人に(えら)そうに説教(せっきょう)()れるだけの青二才よ。それに、私の言うことが正しいとも限らない。」

無茶苦茶だわ。

身を護ってる私たちが子どもで、殺し合いをしてるこの人たちが大人。

この人はそう言ってるの?

それが正しいと思ってるの?

「全てはアナタの受け取り方しだいよ。」

「……」

…でも、私も他人(ひと)のことを言えた義理じゃないのはわかってる。

 

”白い家”でエルクを護ってあげられなかった。

ヤゴス島でパンディットに無茶をさせた。

おじいちゃんや、みんなを助けてあげられなかった。

それなのに、たくさん、殺した。

…でも、だから私は「子ども」なの?

 

「自分で答えを見つけない子どもはいつかアナタの嫌いな大人になる。保証(ほしょう)するわ。」

聖女は同じような人種を多く見てきた。彼らの(おか)(つみ)をその目に焼き付けてきた。

そして、自分もその一人だということも自覚していた。

「私がもっと理性的だったら、こんなにも(むご)たらしい世界にはならなかった」

「私がもっと周りの声を()いていれば、彼らを傷つけることもなかった」

「こんなことには……」

全ては自分の中の幼稚(ようち)利己主義(りこしゅぎ)(まね)いた結果だと()いない日はない。

 

もちろん、全ての人間が同じような性格をしているとも思っていない。

けれども、少なくとも、目の前の少女は自分と同じ…いや、もっとひどい利己主義者(エゴイスト)だと分かるから。

「私が?あの人たちみたいに?」

しかし少女もまた、沢山(たくさん)の人間を『聞いてきた(みてきた)』。

エゴイストの(みにく)さも知っていた。

それでも自分自身がそうである自覚は少しもなかった。

 

……無視、してきたのかもしれない。

自分の中の「魔女(じぶん)」のせいにして、「本当のリーザ」ではないと誤魔化(ごまか)していたのかもしれない。

そんな醜い自分を隠すために、化け物(しょうねん)(そば)に置いていたのかもしれない。

無意識に…、そうしてきたのかもしれない。

 

それが、この人の言いたいこと?

私を「子ども」だって言う理由?

 

「私は、違う。みんなを傷つけたりしない。」

「そのために、アナタは何をするの?何ができるの?」

「……殺します。あの人たちを。…だって、それしか方法はないんですよね?」

「そう。それが今のアナタの答えなのね。」

聖女は溜め息を吐き、(うつむ)いた。

「教えてください。私、何がいけないんですか?」

どうして私はこんなにもこの人に食い下がっているんだろう。

他人なのに。

犯罪者の仲間なのに。

殺してしまったって、私は何も悪くない。

…でも、エルクを助けてくれた。

私が間違えてしまったことを、正してくれた。

 

だから、わからない。

 

「本当は、アナタたちも、あの人たちも仲間じゃないんですか?」

「……」

「こうやって、私たちを”子ども”呼ばわりして。(だま)そうとしてるんじゃないんですか?」

こんなにも返しやすく、返さなきゃいけない疑問を投げかけてるのに。

彼女は一貫(いっかん)して答えを教えてくれない。

「沢山、(なや)めばいいわ。悩まない答えは必ずアナタを後悔させるから。」

私たちを苦しめることしかしない。

「だけど、悩んで()た答えはいつか必ずアナタを幸せにする。」

 

それじゃあ、エルクは?

こんなにあの人のことでうなされている彼はいつか、幸せになれるの?

「少なくとも、私はそうなると信じてる。」

本当に?

「私もアークの隣で戦うと決めた時、たくさん、たくさん悩んで。あの人の横顔をたくさん見て、決心したわ。」

本当に?

「どんなに(つら)くても。どんなに他人(ひと)から悪者(あつか)いされても。」

…本当に?

 

「それを、信じても良いんですか?」

「言ったでしょ?悩みなさい。アタシの言葉も、アナタの心も。」

 

…わからない。

自分のことも、彼のことも。

この人のことも、世界のことも。

どうしてこんなに考えなきゃいけないの?

どうしてそんなに人を傷つけたがるの?

 

悩む少女を残し、巫女は部屋を後にする。

「もう一つ、教えてあげるわ。」

そう言って振り返るククルは、リーザに対して初めての笑顔を向けた。

「勇気ある行動は、人を変えるのよ。」

唯一無二(ゆいいつむに)の合言葉を少女に(たく)して。




※深雪(みゆき)
深く、降り積もった雪。

※認める(したためる)
手紙や書類に書き記すこと。

昔は偉い人が何かを書く時は家来に書かせて、本人は書いたものを確認して「認める(みとめる)」「サインする」というのが主流だったそうです。

※名家(めいか)
その道に優れた家系。家柄。名門。

※シャーマン
超自然的な力を使って、病人や様々な悩みを抱えた人の問題を解決する人(役職)のこと。

※朝廷(ちょうてい)
日本の場合、天皇・貴族が政治を取り仕切る場所のこと。

ちなみに、武士が政治を行う場所を「幕府」と言います。

※あとがき
……う~ん、何を書いているんだろう(^_^;)(笑)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。