聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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潮騒の家 その八

――――”無人の館”付近

 

町からここまで、岩場にさえ連中の気配(けはい)はなかった。

アタシを拉致(らち)った時だけでも20人以上いたはずなのに。

それが、(わな)()らず自宅(じたく)でのんびりしてるとなると、よほど自分たちの計画に自信があるのか。

もしくは「グルガ」って素材(そざい)捕獲(ほかく)が連中にとって、それほど慎重(しんちょう)(よう)することなのか。

何にしても、敵が一か所に集まってる状況は、今のアタシにとってあまり良い条件じゃない。

「おねーさん。」

「…なに。」

コイツの能力を把握(はあく)しておく上でも一人ふたりの犠牲者(ぎせいしゃ)が欲しかったのに。

…まあ逆に考えてみれば、敵の本拠地(ほんきょち)までコイツの存在を隠しておけるって(とら)えることもできるけれど。

「ちょこ、おしっこ行きたくなっちゃったの。」

「……ハァ。」

このタイミングで呼ぶからてっきり「何か」見つけたのかと思ったじゃないか。

「その辺の草むらでコッソリしてきな。」

「はーい。……コソコソ。」

 

性格こそネジが外れてるけれど…。外れてるからこそ、聞くよりも見る方が早いと思ってたのだけれど。

それでも間違(まちが)いなくその『力』はグルガ(かれ)の上をいってるはず。

だけど、どういった感じの『力』なのか分からない。

元が化け物の王女だというし、アクラ―――おそらくちょこの()()姿()―――の見てくれがあんなんだったから少なくとも「肉弾戦(にくだんせん)」っていうよりも「魔法」の(たぐい)特化(とっか)していると思うのだけれど……。

それに、あの森の仕掛けだって、コイツが維持(いじ)してたとしたら相当(そうとう)なもんだ。

なんせ、「白い家」の連中が仕掛(しか)けた森だって()()ぐに進めるアタシが手も足も出なかったんだから。

 

「……なあ、もしも悪いヤツが来たらアンタはどうやってやっつけるつもりなんだい?」

念のため…、念のために聞いてみた。

「うーんとね、グルグルーってしてポコポコーってするの。そしたらみんなヒエーってなるよ。」

…もしかしたら、結構(けっこう)腕力(わんりょく)に物を言わせるタイプなのかもしれない。

「火や水を自由に(あやつ)れたりはしないのかい?」

「できるよ。ちょこがお願いすればみんなが手伝ってくれるの。」

精霊と会話できるタイプか。

それが分かっただけでも聞いてみる価値はあった。

「でもね、」

「ん?」

「ちょこ、みんなが嫌がることは絶対言わないよ。」

…精霊が嫌がること?

(たと)えば?」

「キレイな花はみんな大好きだからイジめちゃダメなの。」

「あとは?」

「雨の日はあったかい子たちは眠そうにしてるから起こしちゃダメなの。」

(よう)は”自然を大切に”って言いたいんだろうね。

『力』の加減(かげん)が「周囲(しゅうい)の環境に左右される」っていうのは、精霊を使う上での常識(じょうしき)だ。

基本的に悪環境では精霊は機能(きのう)しないけれど、特定の条件を(そろ)えれば強制的(きょうせいてき)に操ることもできるらしい。

逆に、精霊との関係が良好(りょうこう)であるほどその効果(こうか)は倍増するとも聞いたことがある。

ちょこの場合、精霊との関係を重視する”友好派”ってことだ。

「オーケー、大体わかったわ。」

「でもね、楽しいことはみんな大好きだよ!」

「わかった、わかった。」

精霊が「戦闘」をどう(とら)えてるのかアタシには理解できないけれど。

少なくとも「自然を破壊する()()()()()()()()()()」ってことに(かん)して非協力的にはならないと思う。

「キメラ化計画」だって十分に生態系(せいたいけい)を狂わせる「自然破壊」だし。

まあ、精霊どもにそれが理解できるだけの知能があるのかどうかもわからないけれど。

 

 

(やかた)は不自然なくらいに大きかった。アジトにするにしてもおおっぴらすぎる。

むしろ、それが(ねら)いなのかもしれないのだけれど。

「行かないの?」

アタシとちょこは今、犬の鼻でさえ見つけられないくらい館から離れた(しげ)みに隠れている。

アタシが(あた)えた命令を遊びだと思っているちょこは今の状況を楽しめず、催促(さいそく)するように聞いてきた。

「まあ、待ちな。悪いヤツがお姫様をどこに隠してるかわからないと意味がないだろ?」

「悪い人にお姫さまはどこですかって聞いちゃいけないの?」

「…大人の悪いヤツはみんな嘘吐(うそつ)きだからね。」

「ふーん。」

いかにも学ぶ幼児のような様子を見せちゃいるけれど、実際(じっさい)のところは何も学んでいないんだろう。

でなきゃ何百年も「子ども」のままで居続(いつづ)けられる訳がない。

「進め」と「止まれ」、アタシの命令はやはりこの二つに(しぼ)っておくべきだと(あらた)めて思った。

 

今頃、彼は賞金を手にしてエレナの待つ宿(やど)に向かってる。

宿に着いた彼は激昂(げっこう)して、馬よりも早くここに()けつけるだろう。

理性を()いた彼はデタラメに暴れ回るかもしれない。

すると奴らは必ずエレナを出してくる。

そうして(すき)だらけになった彼を捕縛(ほばく)する。

一番ベタだけど、連中にとってエレナの使い道は他にない。

だから、アタシはそうなる前に連中の切り札を(うば)っておかなきゃならない。

彼を存分(ぞんぶん)に暴れさせてやるために。

 

とはいえ、アタシ一人で10人以上の化け物を出し抜こうなんてバカげてる。

無謀(むぼう)だってのは(ひゃく)承知(しょうち)だ。

それでもアタシがやらなきゃ二人は(すく)えない。

そのために、アタシは本当にしなきゃいけないことを後回しにしてまで、こんなことをしてるんだ。

「……いいかい、ちょこ。今から言うことをよく聞くんだよ。」

「うんうん。」

アタシは作戦の概要(がいよう)を…、といってもちょこには攻撃の合図(あいず)とタイミングしか(つた)えない。

コイツとの連携(れんけい)(はな)から考えてないし、「(おとり)」として機能すればそれで十分だ。

「いいかい?今言った通りにするんだよ。」

「わかったの!」

アタシはちょこを茂みに残し、物陰(ものかげ)を伝って館へと向かった。

 

 

館の周囲には数人の見張りがいるものの、それさえやり()ごせば中に入るのは簡単そうに、()()()()()

分かりやすい罠だ。

館の中の20以上の息遣(いきづか)いが聞き取れないような奴なら、一瞬で()られるだろう。

その息遣いは、些細(ささい)な変化も見逃(みのが)さないくらいにとても落ち着いてる。

でも、だからこそ、たった一つの「平静(へいせい)でない息遣い」を館の(すみ)に見つけることができた。

「…あそこか。」

目標(もくひょう)に近づき、さらに聞き耳を立ててみると、あの子の周りに4人の監視(かんし)がいることがわかった。

わかったけれど、これ以上は近づけない。

連中の注意が何かに()れないことには。

 

だからアタシは「その時」が来るまで息を殺して待つことにした。

ところが―――、

 

『そんな所でコソコソとする必要はない。今、そちらに(むか)えを向かわせている。彼らと一緒(いっしょ)堂々(どうどう)と正面から入ってくるといい。』

 

不意(ふい)に、アタシの脳味噌(のうみそ)直接(ちょくせつ)、男の声が(ひび)いてきた。

…アタシを眠らせたヤツの声だ。

一秒たりとも茂みから離れなかったのに。探知系(たんちけい)の魔法にだって気を遣った。

それなのに……、どうやって見つかったっての?

(おどろ)くことはない。君はまだ、我々の力のほんの一部しか知らないというだけのことだ。』

 

シュウのガルアーノの屋敷(やしき)への潜入(せんにゅう)完璧(かんぺき)だった。

あそこの警備(けいび)がここよりもずさんだったなんて考えられない。

シュウが完璧すぎたのか。それともアタシが無能すぎたのか。

なんにしても、まさかこんなに早く見つかるなんて予定外だ。

 

『彼がやって来るまで退屈(たいくつ)でね。話し相手が欲しかったところなんだ。』

ヤツの声に合わせて見張りがユックリとアタシに近づいてくる。

……これまでか。

「…まさか本当にいるとはな。」

「リーダーの悪戯(いたずら)(うたが)っていたところだ。」

見張りたちは身動きの取れないアタシをあっさりと見つけ出し、アタシもまた、大人しく連中の「リーダー」の指示(しじ)(したが)うしかなくなっていた。

 

館の中は思った以上に手入れが()(とど)いていた。

広い天井に()るされた(きら)びやかなシャンデリアや、玄関から通路、階段まで真っ直ぐに伸びるレッドカーペットなどの装飾品(そうしょくひん)も、大統領や魔王を(まね)いたって(はじ)をかかないレベルだ。

そしてこの屋敷の「リーダー」は、中央広間の幅広(はばひろ)な階段に腰掛(こしか)け、呑気(のんき)にコーヒーを(すす)っていた。

「つまらない挨拶(あいさつ)は抜きにしよう。中身のない会話に時間を()けるほどお(たが)いに(ひま)があるわけでもないからな。」

「…好きにすればいいさ。」

直感、というか。なんというか。

この「リーダー」はおそらくアタシの『竜を殺した力』と似たような魔法が(あつか)えるような気がした。

だからこそ、アタシを見つけられたんだと思う。

「さて、まずは我々の同胞(どうほう)、グルナデ氏がどうなったか知っているか?」

「…意味のない会話はしなんじゃなかったのかい?」

コイツらがアタシをあの森にぶち込んでおいて、グルナデよりも先にアタシがここに顔を出した意味を考えればその答えは一目瞭然(いちもくりょうぜん)だ。

意図を理解したリーダーは()っすらと笑い、すぐに次の話題へと(うつ)った。

 

「ならば単刀直入に聞くが、彼女は今どこにいる。」

「…それも余計(よけい)な前置きだよ。」

取り出した紙タバコに火を()ける手を止め、リーダーはアタシを凝視(ぎょうし)した。

「ふむ、ならば私はなんと(つず)ねればいい。」

「普通に言えばいいのさ。欲しいんだろ?魔王”アクラ”が。」

その名前を出すと、周囲の男たちは分かりやすく(ざわ)ついた。

「でも、アンタらにアイツは渡せないよ。アイツは今のアタシの切り札だからね。」

リーダーはアタシから視線を(はず)し、指先でクルクルと回すタバコを見詰(みつ)める。

「…交渉(こうしょう)余地(よち)もない、と?」

「そうでもないさ。」

連中にとってアタシからちょこを(うば)うことくらいなんてことない。

奪うだけなら。

それじゃ意味がないからアイツは今、アタシのとっておきの「武器」なんだ。

「アタシだって一生アイツと付き合っていくつもりはないからね。アタシの用事さえすめばアンタらに(ゆず)ってやってもいい。アンタらが手伝ってくれるならそれだけ早く渡してやってもいい。」

「…何をすればいい?」

「アタシをガルアーノの所まで連れていきな。」

するとリーダーは(たま)らず失笑(しっしょう)し、視線をアタシに戻した。

「キサマのみならまだしも、あの怪物を連れてボスの所へ?我々がそれを許すと?」

()()わないかい?だったらグルガを(つか)まえる手助けをしてやってもいいよ。」

リーダーはようやくタバコを(くわ)え、火を点けた。

 

「交渉以前の問題だ。たかが戦力増強のためになぜ自分たちの首を()めねばならん。」

「たかが戦力増強?…そうじゃないだろ?」

20近い化け物に囲まれながらも、アタシは強気な姿勢(しせい)(くず)さなかった。

「どういう意味だ?」

()()きならアンタらにだって負けてないってことさ。

 

アタシは「リーダー」から(すす)められたタバコを()い、ハッタリを()かせて威厳(いげん)たっぷりに()()してみせた。

「一つ、アンタらに彼を確実に捕まえられるほどの(そな)えはない。彼の『力』がアンタらの予測(よそく)上回(うわまわ)ってしまったからね。エレナを(たて)にしたところで、彼はそれすらも上回る素早(すばや)さでアンタらを殺すかもしれない。」

そもそもコイツらの回りくどい()(かた)に、納得(なっとく)のいかないところが多かった。

「それがどうした?我々が失敗しても、後任(こうにん)ならいくらでもいる。それこそ、彼をウンザリさせるほどにな。キサマならそれくらい知っているだろう。」

だけど、コイツと(じか)に話してみて大体の憶測(おくそく)が立った。

「そうかしら?いや、そうだろうね。だけどアタシが思うに、次の奴に(まか)せるほどアンタらに時間は残されてないんじゃないのかい?」

「…なぜそう思う。」

アタシはまた、(けむり)(はい)一杯(いっぱい)()め、相手を苛立(いらだ)たせるようにゆっくりと吐き出した。

その時、

 

―――遠くで、地響(じひび)きが鳴りだした

 

初め、彼はただの実験材料なんだろうと思ってた。

わざわざ武闘大会に彼を出場させるのも、彼という罠を使って出場者に何らかの交渉を持ち掛ける「漁夫(ぎょふ)()」を(ねら)ったものなんだと思ってた。

だけど、違う。コイツらの本当の狙いは、

「戦争の切っ掛けが欲しいんだろ?”ブラキアの英雄(えいゆう)”をロマリアに攻め込ませることでその口実(こうじつ)()ようとしてる。エレナは、その悪魔を召喚(しょうかん)するための生贄(いけにえ)。」

だって、彼を捕まえるだけならそれに見合う『力』を用意すればいい。

エレナを利用する必要はない。

わざわざ武闘大会に出場させる意味もない。

「……」

「今のロマリアは圧政(あっせい)()ぐ圧政で国民の不満が高まってる。最近じゃあ”レジスタンス”なんて物騒(ぶっそう)な連中が貴重(きちょう)な人手を奪っていく始末(しまつ)。アンタらは国が疲弊(ひへい)して他国から攻め落とされる前に手っ取り早く軍備(ぐんび)を強化したい。そのためにブラキアを手に入れ、捕虜(ほりょ)(しょう)して大量の化け物を造ろうとしてる。そうなんだろ?」

アタシが言葉を(なら)べれば並べるほど、周囲の空気が()りつめていくのがわかった。

弓の(つる)(しぼ)るように、ゆっくりと。(するど)く、鋭く。

 

もう一つ、この男と話して覚えた違和感。

それは、

「二つ、アンタはガルアーノに忠実(ちゅうじつ)な男じゃない。作戦中のグルナデがいる森にアタシを放り込んだのも、アンタがそういうヤツだから。違うかい?」

ちょこは情緒(じょうちょ)が不安定だし――そういうフリをしているだけなのかもしれないけれど――、理解力にも(とぼ)しい。

だけど上手く()()らせば高性能かつ破壊力抜群(ばつぐん)、半永久的に使える爆弾犬(ばくだんけん)になる。

連中にとってこれほど使(つか)勝手(がって)のいい武器はない。

 

結果的にグルナデはアタシが邪魔するまでもなく失敗しているけれど、コイツのしたことは一種の裏切り。

つまり、こういうことだ。

「アンタは思ったんだ。もしも自分の手でガルアーノを殺せるのだとしたなら、”()()()()()()()()()()”ってね。」

すると、リーダーはマママンさながらに感情の(こも)った拍手(はくしゅ)をした。

その音は屋敷内に響き渡り、張りつめた空気をそのままに、ドス黒く(にご)らせていく。

「なるほど、キサマは(うわさ)以上に面白(おもしろ)い女のようだ。」

(たた)く手にあるタバコの灰が(ちゅう)()い、数百万はくだらない絨毯(じゅうたん)の上にそれが落ちるのも構わないといった様子で続ける。

 

―――地響きは近付き、断末魔(だんまつま)に変わり始めた

 

「おおよそ、キサマの言う通りだ。会場には各国(かっこく)(おも)だったメディアが来ている。少なくともひと月、黒き蛮族(ばんぞく)英雄譚(えいゆうたん)は彼らの家族を(ささ)える()()えのない食費になるだろう。」

ここにきてやくアタシは気付いた。

リーダー、そしてアタシが吸っているこの煙は一種の自白剤(じはくざい)のような効果(こうか)を持ってる。

息をするほどに考え事が微妙(びみょう)にまとまらない。麻薬(まやく)みたいな浮遊感(ふゆうかん)がアタシの足元を覚束(おぼつか)なくさせる。

でも、アタシの体質上、「(どく)」はあまり()かない。

それはこの男も知ってるはず。

「そして愛する娘の命を奪った事実は彼をテロリストに変える。彼の実力は本物だ。我々が演出せずとも、彼の(こぶし)は必ずやロマリア兵を虐殺(ぎゃくさつ)してくれるだろう。」

…だったらどうして?

こんなアタシにでさえこれだけの症状(しょうじょう)を与える煙なんだ。

この男には()(がた)いはず…。

「そうすれば我々は世間体(せけんてい)を気にすることなく彼を殺し、ホルマリン()けにすることができるというわけだ。」

どうして自分から手の内を(さら)()すような真似(まね)をするの?

「さらにロマリアは大手(おおで)を振ってブラキアという優良(ゆうりょう)な牧場を手に入れることができる。たった一人の男を使ってこれだけの利益(りえき)が見込めるというのは(じつ)魅力的(みりょくてき)な話じゃないか。」

まるでアタシじゃなく、連中が進んで負けを宣言(せんげん)してるみたいじゃないか。

 

「だが一つ、キサマは間違ている。」

今もまだ、「震える息遣い」の周りには数人の化け物が張り付いてる。

「キサマは言ったな。私が面白半分でボスを消そうとしていると。」

目の前にいる20以上の化け物どもの(かべ)(あつ)く、(すき)がない。

さらに、20人が広間を満たす二酸化炭素は今にも破裂(はれつ)しそうな「フラストレーション」を(さけ)んでいた。

そして、リーダーは物言えぬ彼らの意思を代弁(だいべん)する。

「違うな。我々は純粋(じゅんすい)にあの方を殺したくてやっているのだよ。」

その感情的なセリフは不覚(ふかく)にも、アタシに親近感(しんきんかん)を覚えさせた。

「我々は人形だ。()()()()()()()()()()()。ボスを愛し、ボスを喜ばせるオモチャでなければならない。」

リーダーは吸い込んだ煙を飲み込み、肺から血へ。血から心臓へと送る。

「そして、人形は主人に(あやつ)られてこその命。ならば主人の手から離れた今の我々はどうやって親に(むく)いればいいと思う?」

…まさか……、

「初めから、殺されるつもり?彼の逃げ場を()くすために?」

グルガ(かれ)を完璧な「復讐者(ふくしゅうしゃ)」に仕立て上げる。

それが結果的にあの悪魔の余興(よきょう)()()げるのだと。

それがコイツらの、()いられてきた人形の報復(ほうふく)であり、悪魔(おや)の望むことでもあるのだと。

十分な備えも与えられず、それでも彼の怒りを買うような行動に出たのもそれが理由?

 

すると、リーダーは不意に大声を上げて笑い出した。

「理解されるということが、スムーズな会話という些細(ささい)なことがまさかこれ(ほど)に気持ちのいいものだとは思いもしなかったよ。」

「…気味悪い言い方をするんじゃないよ。」

「いや、すまない。だが、この感情は実に新鮮(しんせん)心地好(ここちい)い。まるで人間であった(ころ)を思い出させるようじゃないか。」

逆にアタシは、コイツらの(ゆが)んだ感情を理解できてしまう自分が(にく)らしくて(たま)らなかった。

「ボスがキサマを野放(のばな)しにしているのも、こういう志向(しこう)を我々に気付かせるためなのかもしれないとさえ思える。」

コイツらは()えてるんだ。

与えられた運命に従順(じゅうじゅん)な姿を(あわ)れむ瞬間に。

殺すのはそれを満たす手段の一つにすぎない。

殺すことで自分に、他人に表現(アピール)してるんだ。

例え、殺す対象が自分自身だったとしても。

「…一つ、聞きたいことがある。」

 

―――そして、断末魔は無言の憎悪(ぞうお)となって空気を震わせる

 

「なんだ。」

「どうして今の内にエレナを殺しておかないんだい?」

これが今、一番納得できない疑問だった。

もしも本当に彼を「復讐者」にしたいのなら、ガーレッジに伝言を残した時点でエレナに価値なんかない。

どうして彼を「復讐者」から遠ざけるような仕掛けを残しておくのか。

「そうだな。その()(ぶん)はもっともだ。私自身、どうしてそうしないのか不思議に思っていたところだ。…だが、こうも(とら)えられないか?」

リーダーのタバコを持つ手が(かすか)かに震えていた。

それは歪んだ喜びを表現(ひょうげん)しているのか。薬の効果なのか。

…それとも、(せま)りくる恐怖を(おさ)えられないのか。

そこまでは分からない。

「ボスの意に反し、苛立たせる。それもまた、ボスの遊びをより引き立たせるのかもしれないと。」

だけど、これだけはハッキリしている。

「我々はアレをガルアーノ様の元へ送る。()()()()()でな。それが我々の最後の仕事であり、我々の寿命(じゅみょう)だ。」

…そう。

数分後、アタシたちの足元にある百万の絨毯が呪われた(あか)()れることだけは。

 

 

直後、バキバキと大木(たいぼく)をへし折るような音が広間に響き渡った。

「これから、彼は完全な怪物と化す。うっかり喰われぬようキサマも気をつけることだな。」

一本のタバコを吸い終わり、リーダーは立ち上がった。

造られた命を(まっと)うするために。

 

―――エレナは……、どこだ

 

それは終焉(しゅうえん)を呼ぶ大王(だいおう)の、底冷(そこび)えのするような(うな)(ごえ)に聞こえた。




※魔法と精霊の違い
魔法は環境を捻じ曲げて発現させる人工的な力。
精霊は周囲の環境に応じてその力の度合いが左右される超自然的力。
精霊自身に意思があるので彼らを尊重しない行使は力が半減する。

……みたいな設定にしていたと思います(笑)

ただ、(ネタバレなのか分かりませんが)ちょこは精霊使いじゃありません。
ちょこが自然を自分の中で擬人化しているだけです。

※漁夫の利(ぎょふのり)
他人が争っている隙に第三者が利益をかすめ取っていくこと。

※軍備(ぐんび)
兵員、各種兵器、施設、装備などの軍事に関わる全ての備えのこと。

※対戦車犬(または爆弾犬)
背中に爆薬を取り付け、敵戦車の下に潜り込んむ動作で起爆するように仕掛けた爆弾。またはそのように訓練した犬のこと。

シャンテはちょこの、敵兵の油断を誘う子ども子どもした容姿と、愛らしい犬をかけてこの表現を使ったみたいですね。

余談ですが、
ソ連がこれを起用した際、それなりの成果は上げたものの、動く敵戦車に怯えて自軍の陣営に戻ってきたり、訓練通り自軍の戦車の下に潜ったりと失敗も多くあったようです。

※志向(しこう)
考えや気持ちが目標に向けられること。
目標を実現しようとする考えや気持ち。
向上心に似た意味。

※あとがき
迷走しました(笑)

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