――――少女の名はアクラ。
地上を追われ、
――――少女の名はちょこ。
家族への愛を言い訳に、
少女にとってどちらも愛すべき父であり、どちらか一方の娘でいることはできなかった。
それが、少女にとって最大の不幸だったのかもしれない。
そこは少女にとって
嵐が直撃したかのような
「……」
「思い出したかしら?全部、お前が
少女は、思い出した。
奥底から
それでも、
「……ウソよ。」
「…何?」
「こんなの、全部ウソよ。全部、アナタが見せた幻ね!ちょこ、
数百年、忘れ続けた真実を、今さら受け入れることなんてできなかった。
「だったら、この光景は?これも幻だって言うの?」
妖精は両手を広げ、村の
「だって、ちょこ、
「…そう。そうなのね。キサマはこの
「父さまだって!シルバだって!ちょこのこと良い子だって――」
「うるさいっ!!」
「キャアッ!」
「…いいこと?お前が一度でも
妖精が右手をかざすと風は止み、彼女の
「父上のことを忘れ、こんな男を”父”と呼び
「父さま…。」
「ちょこ…。」
聞き違えるはずもない。
そこにいる男は
その
何度も、何度も見てきた。
「父さま…、ウソよね?」
けれども、その表情が意味するものをしりたくなくて、少女は忘れ続けた。
父を少しでも元気づけたくて、明るく振る舞い続けてきた。
「すまない、ちょこ。私は、悪い父親だったよ。」
「ウソよ!父さまは
「お前を護っているつもりだったんだ。…だが、私は
「父さまはちょこのためにたくさんハンバーグを作ってくれたもの!」
「何のことはない。ただ私が、幸せになりたかっただけなんだ。」
「父さま、お願い。そんな顔しないで!ちょこ、良い子でいるから!」
少女の呼び掛けに、男は
応える資格がないと感じていた。
それすらも、少女を傷つけるのだと。自分の
「どう、もう思い出したでしょ?」
「そんなお前の大事な大事な”父さま”も死んだわ。あの夜、お前の手でね!」
妖精は喜びと憎しみに顔を
「父さま!?」
ところが、壁に叩きつけられた男の体から流れ出たのは赤い血ではなく、大量の砂だった。
「分かる?これもお前が
「ウソよ!」
「ウソなものか。だったら村中を探してみなさい。お前の慕う”お父様”はもうどこにもいないわ。」
「ウソよ、ウソよ、ウソよ!!」
「フフフ、アハハ。そうやって
紅い妖精は砂の
「そこまでにしときな。」
ところが、この一方的な
「じゃなきゃ、痛い目を見るのはアンタの方になるよ。」
「…おねーさん。」
教会の扉をこじ開け、少女たちの世界に土足で上がり込んだのは青い髪の女。
妖精は彼女が教会に向かっていることに気付いていた。けれども彼女は女を危険視しなかった。
たかが人間。
だが、どういうことか。
妖精はネズミごときの言葉をただのハッタリと聞き流すことができなかった。
「どういうこと?」
「…フン。アンタも
「……」
そうして、紅い妖精が
女は少女に向き直り、問いかける。
「ちょこ、アンタはシルバやラルゴがどうして死んだのか。きちんと考えたことがあるかい?」
「え?」
「アンタは二人が死んだって事実に
「……よくわかんない。」
女は少女への
「そしてアンタは本当に自分が一方的な被害者だとでも思ってんのかい?」
「……」
「本当は気付いてるはずさ。自分も
「……」
妖精は、女の言葉に身に覚えがなかった。
それでも
…女に
「あの時、ラルゴがアンタの父親を
「……ウルサイ。」
「しかも、アンタはラルゴに記憶を
「…ウルサイ。」
「少しは思い出したかい?だったらその小さなお
「黙れっ!」
「!?」
妖精は羽も
「おねーさん!」
全身から
「石の封印を
妖精は肩で息をしていた。生まれたての
だがその聖書台も、次の瞬間には
「キサマ…」
少女が拳を振りおろし、一撃の
「ちょこ、難しいことはよくわからないの。だけど、アナタは許さないの!」
少女の
指一本一本に、竜に
「許さない?…よくもそんな口が利けたものね。」
二人は初めて
そしてまた、
「…まったく、アタシの何十倍も生きてるくせになんて手の掛かるお子様なんだ。」
「おねーさん!?」
「キサマ、なぜ生きてるの?!」
女の体を
深く
妖精は
その様子を
「ハン、残念だったね。虫けらごときの力で死ねるほど、この体はヤワじゃないんだよ。」
「この……!?」
「これ以上、おねーさんをイジメないで。じゃないとちょこ、本当に怒っちゃうんだから!」
少女の手は
「…なんで、…なんでなの!?なんで私の思い通りにならないの!?」
妖精は、自分の『力』では少女を殺せないと知っていた。
ところが、少女どころかたった一人の人間さえ殺すことができない。
自分は王の娘なのに…。
妖精はそんな
「…お前はいつまで自分の罪を忘れ続けるつもり?それで世界がお前を見逃すと、本気で思っているの?」
怒りと失望が妖精の胸の内で
少女は、弱った虫のように力なく語る妖精を解放し、彼女の助けになればと
「ちょこ、難しいことはわかんないの。でも、アナタがいけなことをしようとしてることはわかるの。」
「私が?…違う。間違ってるのはお前よ。でなければ私は生まれてこなかった。こんなに苦しまずにすんだはずよ!」
妖精は羽を広げ、飛び立とうとしていた。
「どこに行くの?ちょこ、まだアナタのこと許してないんだから!」
「お前は、私を許すつもりなの?」
「ちゃんとごめんなさいって言うの。そしたら許してあげるの。」
「…バカげてるわ。お前はずっと子どものまま。子どもでいればどんな我が儘も、誰にも責められないと
悪あがきとばかりに少女に突風を叩きつけ、妖精はその風でフワリと天高く
「…アララトスの地下迷宮に来なさい。その
「……行っちゃったの。」
小さく
―――十数分前、ラルゴ宅
「今、あの子を
「襲っている?」
窓の外に目を向ければ、知らぬ間に日が
これも、
「どうもアタシにはアイツが誰かに襲われているようには見えなかったんだけどね。」
「確かに、
「……待ちなよ。まさか、アタシのせいだって言うんじゃないだろうね?」
何かした覚えは
だけどラルゴは静かに、けれどもハッキリと
「アクラの記憶はこの森の
アタシが墓地に迷い込んだから。
アタシの『
「だからって、アタシは
「分かっています。全ては私の
男は
「ですが、どうか。どうかあの子を
「……どこに行ってもアンタみたいなクズがいる。」
できる限りの誠実さを
自分に
だけど、アタシはその姿が
「自分の家族なのに、自分の子なのに自分の手で護ろうとしねえクソみたいなヤツが。無責任なくせに自分ばっかり幸せになろうってゴミみたいなヤツが。」
沈黙が部屋を
男は一言も言い返さず
「……本当に、生きる価値もないヤツらなんだ。」
子どもが、ひとりで大人になったりするもんか。
親に護ってもらえない子どもが誰かを愛するもんか。
死ぬまで
全部…、全部、お前らのせいなんだ。
…アタシの目的は変わらない。
アタシは、アタシのためにあの化け物を使う。
あの子を殺したヤツを
絶対に。
――――現在、トココ村の教会
台風は
片割れはもう一方の飛び去った方をボンヤリと
「…ほら、しっかりしな。」
この子はどこまで真実を理解してるんだろう。
…どこまで受け入れているんだろう。
「これからは自分の足で歩いていくしかないんだよ。」
自分の中で被害者と加害者の部分を正しく線引きするのは難しい。
この子はきちんと
「どんなに
「…ちょこ、歩くの好きだよ?」
…それが、とても大切なことなんだ。
「あとね、アンタがアタシに言った
「ちょこ、それ知ってるよ。ライオンの赤ちゃんはちょこのことなの。じゃあ、おねーさんは何の赤ちゃん?アメンボさん?オオサンショウウオさん?」
「……まあ、どうでもいいんだけどさ。」
会話の調子は戻ってるけど、まだどこか片割れに心を奪われているように見えた。
「…手、
ちょこは差し出したアタシの手をまじまじと見つめると、ようやく出会った時と同じ調子で答えた。
「うん!」
そう、それがとても大切なことなんだ。
赤いエナメルの
まだ、
誰か手を引いてあげる人がいなきゃ。
「ちょこもあの子みたいに羽が
「……」
本気かどうかも分からない
「羽が生えちまったら雨の日に背中が重くてしかたないんじゃない?それでもいいのかい?」
「う~ん…。」
「お風呂で洗うのも大変だろうし、普通の
「う~ん、う~ん…。」
「それに、海で泳げなくなる。」
するとちょこは
「やっぱりやめたの。ちょこ、イルカさんと遊べなくなるのはつまんないの。」
「だろ?アンタは今のままが一番いいんだよ。」
「うん!おねーさんも、今のままが一番いいの!」
「それ、どういう意味?」
「神父様が言ってたの。女の人はクネクネプリンが一番だって」
「……アンタ、それ意味分かって言ってんのかい?」
「わかんない。でも、おねーさんはクネクネだし、プリンみたいな顔してるの。」
「ハハ、そりゃどうも。」
―――隣で笑ってあげる人が。
…今だけなら手伝ってやる。
アタシがアタシの目的を果たす時までは
※ねんねちゃん
「ねんね」は眠ることを指す幼児語。
転じて、赤ん坊そのものや、年齢の割に幼い性格の人、世間知らずを指して使うこともあります。
※万力(まんりき)
対象を挟んで締めつけることで固定する、工作の効率を目的とした工具。
他にも、釣りをする際にも船のヘリに取り付け、竿を固定するという目的にも使われているみたいです。
※不条理
道理に合っていない物事。筋道が通っていないこと。
※虚ろい(うつろい)
空しいさま。中身のないことを意味する「虚ろ」の形容動詞?ですが、
移動する。心変わりする。色あせる。花が散る。物事が次第に衰えていく。の「移ろい」の意味も含んでいると思っていただければ幸いです。
※ほんとの後書き
随分とまあ、今回も原作と違う話の展開を書いてしまったものです(笑)
「好き」も行き過ぎるとよくありませんね。
でも、もう書き直すのがもったいなくて止まれません。
すみませんm(__)m
「天真爛漫」、「問答無用」みたいな言葉が形になったのが「ちょこ」というキャラクターだと思っていますが(笑)、今回の「赤い靴」ではそんなちょこの隠れたナイーブな面を強調しました。
原作でもこの場面はある程度ナイーブですが、私の場合はやり過ぎた感が否めませんね。
なので、フォローとばかりにお話しの後半にシャンテと和むシーンを入れてみました。
一人ぼっちでは悲しいことに堪えられないちょこですが、誰かが傍にいることで元気を取り戻すという大事なシーンでした。