聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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大家のサイドビジネス その二

「それで、空の人質は何人いるんだ?」

「ざっと700人程度だ。だがその中には隣国の要人が何人か同乗してるって話だ。依頼人は人質全員の救出を強調していたらしいが、本音は見え見えだな。まあ、こっちはそのお(かげ)(もう)けさせてもらってるがな。人質様々よ。」

700人というと現存で一番大きい、それも最新型の黒い大型客船だ。そしてアルディア空港でそれを所有している数はそう多くない。

だとするなら空港としても、アルディアとしても信用問題の点は軽視しちゃいないはずだ。そして、事件の漏洩(ろうえい)を極力(おさ)えるための単独依頼。大金が出るはずだ。

たとえ漏れたとしても、「アルディアはテロに屈しません。」ってところか。

 

「まあ、否定はしねえけど、露骨(ろこつ)すぎて下品だぜ。だからいつまで経っても女の一人もできねえんだよ。」

こき使われる分、俺は精一杯の皮肉を言ったつもりだったが、ビビガは気にせずにゲラゲラと笑いながら煙草(タバコ)に火を()けた。

「品性なんか気にしてたらあっという間に便所掃除の依頼しか来なくなっちまわーな。便所にいる女なんてのはヨボヨボの売女(ばいた)ってのが相場だろ。そんな女にモテて嬉しいかよ?下品でなんぼ。ハンターっちゃそういう仕事だろうよ。なあ?」

「金チラつかせて寄ってくる女もどうかと思うけどな。」

だが5年前、下水道の掃除ばかりやらされていた10歳のガキが、今や単独のハイジャック犯確保。

普通じゃ考えられないが、それが賞金稼ぎ(ハンター)という世界でのルール。そしてそのガキというのは、このオッサンと下品な会話をしているもう一人の品性欠如(けつじょ)野郎のことだ。まったく、このオッサンの言う通りなのだ。

「そのうち俺の子どもでも抱かせてやるよ。そしたらそんな呑気(のんき)な軽口なんか叩いてられなくなるぜ。」

するとビビガはことさらデカイ声で笑いやがった。

「よく言うぜ。同じ穴のムジナのくせによ。」

ムカつくが、まったくこのジジイの言う通りだ。

 

「それより、取り分はどうするよ。俺の方で決めちまってイイのか?ジャンケンはなしだぜ。こんだけの仕事(ヤマ)はそうそうないからな。」

「報酬額は?」

下品な顔にさらに(あぶら)が乗るともはや、皮肉すら言えなくなるらしい。浮かんだ言葉も、(のど)(つっか)えて気分が悪くなってきた。

「なんと、5000万よ!しかも、こっちの手際次第で上乗せしても構わないとよ。」

「外交、運営、単独、そして緊急……、確かにまだまだとれるな。」

上手くすれば倍の額をふんだくれる。どう転んでも、ビビガの言う通り年に一回あるかないかの額になる。どおりでしつこく説得してきた訳だ。

「加えて今、その船ん中で妊婦が産気(さんけ)づいてるって話だ。」

「マジか?」

「そりゃウソだ。」

「8:2だ。」

「どっちが?」

「俺が8。」

ヒゲ面は運転中にも関わらず、顔をしかめて諸手(もろて)を上げた。

「悪かった。だけどよ、そういう冗談は酒の席だけにしてくれよ。6:4だ。俺が4。文句ねえだろ?」

俺はそんなに金に不自由していない。皆が言うようにガキってのもあるが、それを差し引いても金の使い道がない。男一人と仔犬が一匹。生活費だってたかが知れてる。

だから口で言うほど報酬に執着しない。もちろんビビガもそれを知っている。

逆にオッサンはというと、『金の亡者(もうじゃ)です』と今にも聞こえてきそうなくらいの下品顔が物語るように、とにかく金使いが荒い。

博打(バクチ)に女に酒に趣味に、とにかく金の掛かるものには全て手を着けるから、たとえ今日5000万(かせ)いだって翌月までにはスッカラカンだ。

よくアパート経営なんてやってられるなと、感心するくらいだ。

「なんで俺を選んだのか、だんだん分かってきたぜ。」

「人聞きが悪いぜ。俺は純粋にお前の腕を見込んでるんだよ。」

「どうだかな。」

 

「一応注意しておくが、無闇に火は使うなよ。いざって時までとっとけ。なんてったって現場は飛行場だしな。能力の打ち合いになって、まかり間違って飛行船にでも引火したら一巻の(しま)いだ。」

「オッサン、財政難だからな。」

「あんまりバカ言ってっと、船賃叩き付けてその血の気の多い頭ごとガスタンクん中、ぶち込むぞ。」

「一瞬で夢の中だな。」

「……ったく。さっきまでグッスリと眠ってた奴がよく言うぜ。」

バカなジョークを飛ばし合っている最中(さなか)、俺の気分は急に沈み始めていた。

 

完全に無意識に出た自分の言葉だった。それでも、『夢』という()()()は、瞬く間に、俺をそちら側に引きずり込もうとする。どんなに気分良く話していても、心の底からジワリ、ジワリと俺を(むしば)んでいく。

トラウマってやつはどうも、目ざとく宿主(コッチ)のミスを待ち受けているものらしい。

 

ビビガとは永い付き合いになる。多少、俺が演技をしていたって、俺が気分を悪くしたらしいことくらいすぐに気づいてしまうらしい。

「心配すんな。無事に帰ってきたら文字通り天国を見せてやるよ。」

だが、俺もこんな生き方をしているからか、そうそう素直に親切を受け入れられない性分(しょうぶん)ようだ。

「遠慮しとくよ。オッサンの趣味の悪い天国に付き合ってたら胸焼けしちまいそうだ。」

「チッ、愛想のねえ奴だぜ。まったく。」

だがこれでも俺たちの間では、それなりに言いたいことは伝わっているのだ。


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