聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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赤い靴 その三

―――運命

それは希望や夫婦よりも固い(きずな)で結ばれた悪夢

 

―――未来

それはドレッサーに(なら)んだ色とりどりのウェディングドレス

 

()める時も、(すこ)やかなる時も」という定型(ていけい)文言(もんごん)に抱かれ、人は望まない挙式(きょしき)を繰り返す。

それは命の数だけ蔓延(まんえん)し、誰にも(のが)れることはできない。

 

呪われた花嫁(はなよめ)は罪のない、邪気(あどけ)ない少女たちにまで容赦(ようしゃ)なく(あゆ)()る。

誠実(せいじつ)に、粛々(しゅくしゅく)と。

少女たちを大人にするために。

少女たちの悲願を(かな)えるために。

(いや)らしく、誠実に、彼女たちに続くバージンロードを進んでいく。

 

 

 

 

――――まばゆい朝日さし込むトココ村の一角(いっかく)

 

運命に羽を(むし)られた一匹の少女が、愛らしい一人の少女が見つめる花に()まった。

二人は()()わない未来を(かた)()う。

いずれ()げる()き日のために。

 

 

「あ、テントウムシさん見つけなの♪」

こんにちは。久しぶりね。

 

少女たちは言葉ではない言葉で通じ合っていた。

(よど)みなく。

自然に。

 

「ねえねえ、テントウムシさん、ちょこと一緒に遊ばない?」

私と?私よりも先に会ってあげるべき子がいるのじゃないかしら?

「……あれ?そーいえば、ちょこ、何か忘れてるような気がするの。」

ダメじゃない。ずっとアナタの(そば)にいたのに。

「誰かを探してたような……」

大切なお友だちを忘れるなんて、イケないことだわ。

「そうだ!ちょこ、シルバを探してたの!」

そう、シルバ。アナタの大切なお友だちよね?

「そうなの!ちょこはシルバが大好きなの!」

シルバもアナタが大好きだったわ。

 

愛らしい少女は立ち上がり、一歩を()()す。

そして立ち止まり、首を(かしげ)げた。

 

「…でも、どこにいるんだろ?」

大丈夫、アナタなら見つけられるでしょ?

カクレンボでアナタが負けたことがあったかしら?

「そうなの!ちょこ、シルバの(にお)いなら(おぼ)えてるの!どこにいたってすぐに見つけられるんだから!」

そうね。じゃあ、見つけてあげなきゃ。

「でもね、シルバもすぐにちょこを見つけるからシルバも負けたことがないんだよ?」

そうね。

アナタたちはいつだってお(たが)いを見詰(みつ)()ってきた。

一人ぼっちは嫌だから。

「一人ぼっちはツマんないの。でもね、シルバと遊んでるとすぐにお日様が(しず)んじゃうの。」

そうよ。シルバも退屈(たいくつ)しているわ。

だからほら、早く見つけてあげてあげなきゃ。

「わかったの!」

 

愛らしい少女は村に残った(かお)りを(たよ)りに親友を探した。

楽しかった記憶を頭に浮かべ、他のものには目もくれず。

そして、少女は家の裏庭にひっそりと()られた、粗末(そまつ)墓標(ぼひょう)まで行き着く。

風に()かれ、名も知らぬ黄色の花が彼女の訪問(ほうもん)(こうべ)()れた。

 

「…これなあに?」

(はか)ね。誰のお墓なのか、わかる?

「……シルバの、おは…か?なにそれ。ちょこ、知らないよ。」

でもそれは、アナタの字でしょう?

「………ちょこ、遊びに行くの。」

シルバは?一緒に遊ぶのじゃないの?

「シルバ?なあに、それ?」

アナタの、大切なお友だちの名前よ。

「お友だちならたくさんいるの。村の人みーんなちょこのお友だちなんだから。」

シルバを、置いていくの?

「それより遊ぼうよ。たくさん…、たく、さん……遊ぶ…の。」

 

墓標の前で、愛らしい少女は事切(ことき)れたかのように倒れる。

羽を毟られた少女は(となり)に立ち、目尻(めじり)からホロリと涙を流す彼女の懺悔(ざんげ)を聞き届けた。

「…シ…ルバ……」

…フフフ、いいわ。

私が遊んであげる。

だって、この時をずっと待っていたんだもの。

安心なさい。

あの子もそこでお前を待っているわ。

 

二人は()()りる。

深い深い眠りの底へ。

そこで二人は永い永い時を(へだ)てた再開を()たす。

運命に(さだ)められた花嫁が待ち、花嫁(みらい)を受け入れよと参列者(さんれつしゃ)たちが歌う舞台の上で――――

 

 

 

――――(どう)時刻(じこく)、ラルゴ(たく)

 

「…さて、ではお話ししましょう。ちょこと、彼女のためにあるこの村のことを。」

ちょこを見送ると、ラルゴは時間が()しいとばかりに昨晩(さくばん)中断(ちゅうだん)せざるおえなかった話の続きを語り始めた。

「アナタもすでにお気付きの通り、ちょこは人ではありません。さる怪物の()れの、王の娘でした。」

ラルゴは隠さなかった。

核心(かくしん)ともいえる内容で話を切り出した。

けれどその声色からは、時間的(あせ)りではなく、後悔(こうかい)の色が(うかが)えた。

 

アタシは大人しく男との話に付き合った。

コイツらに同情してるからじゃない。

アタシの力じゃあ、この森を抜けられそうにない。

だから仕方(しかた)なく聞いてやるんだ。

「それで?アンタはそれをアタシに教えて何を強請(ねだ)ろうってんだい?」

だけどアタシはまずは話の着地点を(さぐ)った。

するとラルゴはアタシの次の問いが分かっているかのような都合(つごう)のいい答えを返してきた。

「もしも聞き届けて頂けるのなら、あの子をこの村から出してあげて欲しいのです。」

「…それは、”白い家”から逃がすって意味かい?」

 

ちょこの『力』はおそらくガルアーノに匹敵(ひってき)してる。

もしも、ガルアーノ自身が”白い家”で(つく)られた化け物なんだとしたら、ちょこは「キメラ化計画」で生み出されたガルアーノの「量産型(りょうさんがた)」なのかもしれない。

あの子の不自然に(おさな)い性格はそれを制御(せいぎょ)するためにわざと設定してあるのかもしれない。

「怪物の群れ」ってのはアイツらのことなのかもしれない。

クレニアの武闘大会に(おび)()せられたエレナの父はそのための「素材」なのかもしれない。

 

可能性は高くない。

でも、アタシはその是非(ぜひ)がまず知りたかった。

そして、アタシの期待(きたい)(こた)えるようにラルゴは首を(ひね)り、アタシの憶測(おくそく)を否定した。

「”白い家”?私にはその意味がわかりかねますが。少なくとも今、アナタが想像しているような連中とあの子は無関係です。」

「だったらアタシとも無関係ってことだね。アタシはただ、アンタらの厄介事(やっかいごと)に巻き込まれたってことだ。」

心配事が一つ解消(かいしょう)されたと分かると、アタシは調子に乗って報酬的(ほうしゅうてき)なものを要求するような言い方をしていた。

別に深い意味はない。期待もしていない。

だけど、あわよくば、アイツらに対抗(たいこう)できる何かを手に入れられるんじゃないかと思っただけなんだ。

 

そして、アタシの予想通り、ラルゴはこの話に乗ってこなかった。

「…残念ですが、私がアナタにできることと言えば、あの子を道案内(みちあんない)に付けることぐらいなのです。」

「だったら、あの子を外に出した時のアタシへのリスクはどうなるんだい?ちょこ、もしくはアイツの仲間だっていう怪物たちはアタシを殺そうとするんじゃないのかい?」

「今、あの子の身内(みうち)はあの子を探してはいません。」

「…よく分からなくなってきたね。ちょこを(そば)に置いて無事でいられるアンタのこともそうだけど。そもそも、こんな村をつくってアイツを閉じ込めてるヤツは一体何者なのさ。」

そうして返ってきた男の答えは、話の盲点(もうてん)()くようなものだった。

「それは…、あの子自身です。」

 

 

 

――――赤毛の少女は無数の根が(から)()う大地の上で目覚めた。

 

「あれ?お日様、もう沈んじゃったの?」

見たこともない景色(けしき)の中で目覚めたというのに、少女は起き上がると何事(なにごと)もなかったかのように周囲(しゅうい)散策(さんさく)し始めた。

けれども、進めど進めど親木(おやぎ)はなく、(うね)る根が延々(えんえん)石畳(いしだたみ)のように大地を隙間(すきま)なく()めているだけだった。

「ここ、どこなんだろ?」

赤毛の少女は(あて)もなく歩く。

見渡(みわた)せど見渡せど、(あた)りは深海のような何者にも動かし(がた)い重苦しい闇で満ちている。

「お家、どこかな?」

それでも、少女に恐怖(きょうふ)はなかった。

恐怖を知らなかった。

少女は天真爛漫(てんしんらんまん)な笑顔を浮かべ、元気に歩き続ける。

今までと同じように。

 

そして少女は、(うずくま)るもう一人の赤毛の少女に出会う。

「どうしたの?どこか痛いの?」

天真爛漫な少女は涙に()れる少女を元気づけようと(つと)めて明るい声で聞いた。

すると、メソメソと泣く少女はボソボソと、しかし少女の耳にハッキリと届く声で答えた。

「皆、いなくなっちゃったの。」

天真爛漫な少女は、初めて会う物悲(ものかな)しげな少女の言葉が理解できずに首を(かし)げた。

しかし、あまり考えることが得意でない天真爛漫な少女は、一人きりの少女を見てすぐに分かったと(うなず)いた。

「迷子なのね?」

「…死んじゃったの。」

「え?」 

少女はまた、首を傾げた。

今度はその首が明るく縦に振られることはない。

「ねえ、お願い。」

そこへ、手を()()べる少女を引きずり込むように涙を流す少女の言葉は続く。

「アナタにしかできないの。お願い、ここから出して。」

「…迷子なの?」

「みんなに会いたい。だから、お願い。」

 

懇願(こんがん)する(あわ)れな少女を前にして、天真爛漫な少女は考えもなしに彼女を受け入れてしまう。

「わかったの。よくわからないけど、一緒に出口を探してあげるの!」

「本当に?」

それは神に(ちか)いを立てる定型の文言だった。

「本当よ。ちょこはウソをつかない良い子なんだから!」

ただただ明るい未来だけを見詰めて語った言葉だった。

 

「……ありがとう。これでようやく…フフフ。」

涙に目を()らしていた少女は指輪を受け取り、()い闇の中へと溶けていった。

「あれれ?消えちゃったの。……あれれ?」

消えた少女を探して天真爛漫な少女は闇の中を歩き回る。

しかし、その明るい赤毛もやがては、包み込む闇に飲まれ、姿を消していった――――

 

 

 

――――同時刻、ラルゴ宅

 

数百年昔、ラルゴ・カル・トレアは小さな村の、平凡(へいぼん)な農民だった。

妻と娘に愛され、家庭を(ささ)えることを()甲斐(がい)にする優しい父だった。

「ある日、私を(ふく)め、村の男たちは戦争に()()されました。」

(さいわ)いにも戦争が長引くことはなく、数か月の(のち)に彼らは帰郷(ききょう)を許された。

「ですが、そこに私たちの村はありませんでした。」

村は怪物の一団(いちだん)(おそ)われていた。

()()らされた炭と骨だけが男たちを優しく出迎えた。

その(むご)たらしい光景を目の前にし、ある者は逃げ出し、ある者は村に居座(いすわ)る怪物に(いど)みかかった。

「私は、逃げました。剣の一本も手にしていない現実と、人間でない(もの)に立ち向かう恐怖が私の弱い心では()えられなかったのです。」

しかし、日に日に()す悲しみと憎しみが、男を一本の『(つるぎ)』へと(みちび)いた。

 

「ひょんなことから私は一つの石を手に入れました。その石が、私に呼びかけたのです。」

 

――闇を()とす力を(あた)えよう

光を(こが)がす力を与えよう

たった一本の松明(たいまつ)が海を焼き、たった一粒(ひとつぶ)の小石が天を()み、

一陣(いちじん)のそよ風が万雷(ばんらい)(さら)う力で其方(そなた)の運命を()り変えよう――

 

「石はまさに万能(ばんのう)の力を発揮(はっき)しました。石を手にしているだけで、私は森羅万象(しんらばんしょう)自在(じざい)(あやつ)ることができました。」

いかなる化け物も、『石の力』の前には無力だった。

銃弾(じゅうだん)さえ(はじ)き返す防具を紙切れのように()()き、マグマにも耐えうる体を(あめ)のように溶かした。

「私は殺し続けました。村を襲った化け物たちを求め、隣の国、その隣の国へと渡りながら奴らを根絶(ねだ)やしにし続けました。」

そうして彼は砂の国で(かたき)根城(ねじろ)を見つける。

人の手の()れられない、深い深い地の底に。

「もちろん私はそこへ向かいました。奴らの血肉を(むさぼ)りながら。一心不乱に。」

 

地底が(はら)む空気の(よど)みも、光を()千切(ちぎ)漆黒(しっこく)の闇も彼を殺すことができなかった。

彼は石に護られ、石の導きに(したが)って殺し続けた。

そしてとうとう、小さな村の戦士は彼の妻子(さいし)(うば)った悪夢の首を見事、()()った。

「私はただ…、ただ、私の村を、妻と娘の命を奪った化け物どもが憎くて、憎くて仕方がなかったのです。」

しかし、そこで彼が耳にしたのは勇者への賛辞(さんじ)でもなければ、悪の滅ぶ瞬間を(うた)讃歌(さんか)でもなかった。

(はかな)い、少女の(すす)り泣く声が聞こえてきました。」

弱々しい嗚咽(おえつ)は、小さな村の「狂戦士」の目に、悪夢にすがるの幼い少女の姿を(うつ)した。

「それは、私が討ち取った悪魔の、たった一人の娘でした。」

そして、父にすがる少女の姿は狂戦士に、大きな(あやま)ちに気付かせた。

 

石は、彼に語りかけてなどいなかった。

憎しみに駆られた彼が、(あふ)()る『力』を勝手に解釈(かいしゃく)しただけだった。

石のもたらす『無限の力』は「復讐(ふくしゅう)」という言葉によく似合(にあ)っていると思い込んだから。

「私は弱い人間でした。死んでいった妻子、村の仲間のために墓すら立てず、ただただ彼らに()()たりをすることしかできなかったのです。」

父の名を何度も口にする子どもの(さけ)びは、狂戦士の胸をいたずらに切り裂いた。

「あの子の涙は私という悪夢がもたらしたもの。化け物たちが私に流させたそれとまったく同じでした。だとしたら、私が自分のしてきた行為(こうい)肯定(こうてい)してしまったなら、あの子にもまた同じだけの人間を殺してくれと言っているようなものだと気付いてしまったのです。」

そしてまた、狂戦士は『石の力』に(たよ)ることを決意する。

「それだけは…、それだけは許せませんでした。」

そしてまた、狂戦士は新たな過ちを(おか)す。

 

 

 

――――日が、流星(りゅうせい)のように落ちていく。

ラルゴの語りが老夫の昔物語のように(ゆる)やかだった訳ではない。

赤毛の少女の眠りが長かった訳でもない。

それでも日は、時を待たず急速に(かたむ)いていく。

「一日」ではなく、「何か」の終わりを()げるように――――

 

 

 

 

――――赤毛の少女は見慣れた石畳の上で目を覚ました。

 

「あれれ?目が覚めたのにまだお日様が(のぼ)ってないの。」

少女は村の中心で目を覚まし、辺りを見回した。

「…みんな、どうしちゃったんだろ?」

村の中に人の気配は一つもなく、どの家も(あか)りが()いていなかった。

村は完全に沈黙(ちんもく)していた。

「……?」

そしていつものように、少女はすぐにその()()()を忘れた。

 

「そうだ、早く帰らないとまた父さまを心配させちゃうの!」

少女は、「少女」でいられる場所を求めて立ち上がる。

だが、暗い地の底からようやく()を出した悪夢が獲物(えもの)(のが)すことはなかった。

「あっ!」

少女の目の(はし)に映ったのは夢の中で見たもう一人の少女。

「待ってなの!」

少女は懸命(けんめい)にもう一人の少女を追いかけた。

「一緒にお家を探そうよ!」

いくら呼び掛けても少女は止まらない。少女を()()へと導いていく。

数百年、夢に願い続けた希望の地へと。

 

「あいたー!」

不意(ふい)に何かに足を取られ、少女は(ころ)んでしまう。

そうしている間にも、もう一人の少女の背中はどんどん遠退(とおの)いていく。

「待ってなの!」

少女はすぐに立ち上がろうとするけれど、水溜(みずたま)りのような何かが少女に絡み付いて上手(うま)くいかない。

「何なの?」

空には(あや)しい雲が走り、月明かりの多くを(さえぎ)っていた。

雲間(くもま)()けて見下ろす(わず)かな星の(またた)きだけが村の輪郭(りんかく)をボンヤリと浮き上がらせている。

それでも、()()()()()()()()()()()()、少女の目にもはっきりと映り込んだ。

「……シジリー…さん?」

それは(にご)ったエメラルドグリーンの、ゼリー(じょう)の何かだった。

「シジリーさん、なの?」

エメラルドグリーンのゼリーは年配(ねんぱい)の女性の顔を浮かべ、少女を見詰めている。

「ち…、ちょ…こぉぉ」

浮かべた唇から、少女への晴れない(うら)みを吹きかける。

「い、いやっ!!」

少女はあらん限りの力でゼリーに(こぶし)(たた)きつけた。

ゼリーは容易(たやす)粉砕(ふんさい)し、ブルブルと痙攣(けいれん)したかと思うとやがて沈黙した。

 

一瞬、少女は気を(うしな)っていた。

そうして起き上がる頃には、無数のゼリーが少女を()(かこ)んでいた。

ゼリーはそれぞれが少女の記憶の中にある誰かの顔を浮かべていた。

それぞれが少女への怨みの歌を歌い、輪唱(りんしょう)していた。

「……いや…、いや…、イヤァッ!!」

少女の叫びを聞きつけた風は(またた)()に周囲のゼリーを切り裂き、彼方(かなた)へと吹き飛ばす。

そしてまた、少女は気を失う――――

 

 

――――同時刻、ラルゴ宅

 

故郷の復讐を誓ったはずの男は、石の『力』を使って仇の娘を地上へと連れ去った。

化け物である少女を、(かくま)うことのできる土地を探した。

「私はちょこの記憶を奪いました。あの子に、私と同じ過ちを背負(せお)わせたくはなかったのです。」

石は少女の「復讐」を奪い続けた。

彼女がそれに呑まれずに生きることを、狂戦士は(いの)った。

「ですが、私はまたしてもやり方を間違えていました。殺すことが当たり前になってしまっていた私にはそのことに気付くことができなかったのです。」

心の一部を奪われ続けた少女は不安定な(せい)()いられ、やがては何も知らない「子ども」でいることを選んでいた。

そうすれば何ものも自分を苦しめないのだと気付いてしまったから。

「あの子が苦しんでいることにも気付けず、そんな状態のあの子をヒトの村に置く危険性も見抜けず、私はただただ自分の罪を(つぐな)うことだけしか考えていませんでした。」

 

王を失った地底の住人たちは王の娘の生存(せいぞん)を信じ、世界中を彷徨(さまよ)った。

「私は手に入れた安穏(あんのん)とした日々(ひび)麻痺(まひ)していました。やって来るであろう未来も見ぬまま、あの子だけを()きしめていました。」

そうして、運命は少女の臭いを辿(たど)り、少女の前に憎悪(ぞうお)(かたまり)として(あらわ)れた。

彼らは「娘」の名を叫びながら村を()り歩く。

すると村人たちは、(つね)より奇行(きこう)()えなかった少女の正体に勘付(かんづ)いてしまう。

村長(むらおさ)に、あの子を引き渡すように(せま)られました。ですが、私にはできなかった。」

村人に悪魔と戦う(すべ)はなく、彼らは生きることに必死だった。

「あの子は私の娘だ。そういう感情が私の中に根付いてしまっていたのです。」

話し合いは何も解決することができず、村人たちは(かたく)なな狂戦士を無視し、少女を襲い始めた。

 

 

 

 

――――少女はどうして自分が涙を流しているのか分からなかった。

 

「…シルバ……」

少女は立ち上がり、飛散(ひさん)したゼリーを()みつけながらフラフラと、()()てた村の姿に気付くこともなく、花嫁の待つ場所へと向かった。

「……シルバ、ごめんね。シルバ、ごめんね。」

どうして自分がそう口にしているかも分からない。

それでも少女は、その小さな唇で(あやま)り続けた。

 

知らぬ間に、少女のエナメルの赤い(くつ)はたくさんの血でより(あか)く、紅く()(つぶ)されていた。

「……ごめんね、みんな。」

分からない。どうして自分が謝らなければならないのか。

自分はただただ良い子でいただけだったのに。

「……ごめんなさい、父さま。」

そうして、少女は教会の扉を開ける。

数百年を待ち続けた花嫁と()()げるために。

 

「ようやく…、ようやくこの時が来たわ。…この喜び、アナタにわかるかしら?」

そこに夢の中の少女の姿はなく、紅黒(あかぐろ)(つばさ)()えた妖精が少女を出迎えた。

少女に妖精との面識(めんしき)はなく、彼女の言葉も理解できなかった。

「アナタは、誰?」

けれども、数百年、心を(しば)られ生き方を制限(せいげん)されてきた少女が今、その呪縛(じゅばく)から逃れ、奪われてきた真実を(のぞ)こうとしていた。

「…そう。そうやってお前は都合の悪いことを全部私に押し付けてきた。憎いことも、苦しいことも。全部。私が受け止めた。私がどんなに泣き叫んでたってお前は見向きもしてこなかった。」

「……」

「でも、もう少しで、もう少しでこの拷問(ごうもん)から解放される。」

聖書台に立ち、(けが)れた翼を大きく広げ、新鮮(しんせん)な空気を肺一杯に取り込み、妖精は震えていた。

「今、ここでお前の嘘を(あば)き、父上の前にお前を()()りだせば私は全てを取り戻すことができる。ああ、喜びで全てを(こわ)せそうな気分だわ。」

少女を見詰める瞳は紅くギラギラと(かがや)いていた。

 

その恐ろしい瞳が、私の中の記憶の一部をこじ開けた。

 

 

 

 

……()()()()私は何も知らない子どもだった。

 

私は森でシルバと遊んでて、村に戻るとたくさんの人が倒れてた。

「ちょこ、逃げなさい!」

突然、父さまから言われた一言がとても恐ろしかった。

「シルバ、行こう!」

父さまを置いて、私は逃げ出した。

みんなの目が怖かった。

(だま)されてたんだわ!」

「よくも、よくもっ!」

…怖かった。

何も、わからない。

「父さんを返してよ!」

「この…、化け物が!」

そんな目を、しないで。

…怖い、怖い、怖い……、

 

追い詰められて、(おの)が私目掛けて振り下ろされた時、その瞬間だけ、私は何もかも思い出した気がした。

自分が何者で、どうしてこんなことになっているのか。

「……?」

だけど、すぐに逃げた。

私のせいだって思いたくないから。誰のせいにもしたくなかったから。

思い出したくない。

思い出せば、全部捨てなきゃいけない。

父さまの(そば)にいられなくなる。

そんなの…、イヤだ!

だから、今まで、ずっと忘れてきた。

父さまの言いつけを守って……。

だけど……

 

「…シルバ……」

真っ赤に()れた狼と、刃物(はもの)を持った人間が私の胸を熱くさせる。

「……やめて、お願い。ちょこを悪い子にしないで……。」

(にぶ)く、重苦しい気持ちが、心の奥底から私を()(つぶ)す。

記憶の中の私が、私の瞳を奪う。

私の唇を使って、悪い歌を呼び寄せる。

 

――――全ての光を呑み込む(ほろ)びの歌が、参列者を呑み込み、憐れな少女の挙式を紅く、紅く染め上げる。




※佳き日(よきひ)
「喜ばしい日」の意味で、現代ではおおむね「結婚式」に使われているようですね。
余談ですが、
「佳い」は「良い」と違って、「姿形が整っていること」「物事の均整がとれて美しいさま」を意味します。
なので、美人を指して「佳人(かじん)」というような使い方もあるそうです。

※ラルゴ・カル・トレア
恒例の「勝手に名前付けました」です。m(__)m
(ラルゴの部分だけは原作の通りです)
私的には「スメリア出身」のようなニュアンスで付けてみました。「アーク・エダ・リコルヌ」の音になるべく寄せてみました。

※塗り変える
本来なら「塗り替える」の表記が正しいのですが、今回は雰囲気重視ということで「変える」を使いましたm(__)m

※万雷(ばんらい)
たくさんの雷の音。転じて、非常に大きな物音のこと。

※謡う(うたう)
伴奏なしで歌うこと。

※石
原作の中では「記憶石」という名称でちょこの記憶を保存していました。

原作をプレイされた方なら何となく察しはついたかもしれませんが、今回、私は原作で全く別の名前のついたアイテムを「記憶石」として使っています。
ラルゴに『無限の力』を与える下りが、そのアイテムの要素ですね。

※エナメルの赤い靴
ちょこ編のタイトルにもしている「赤い靴」は原作での彼女の専用武器です。
今回、お話しの中で不謹慎な表現をしていますが、私が初めてこのアイテムを手に入れた時、こういう印象を受けました。
アイテムBoxの設置場所が「教会の裏手」というところが意味深すよね。

※聖書台
神父様が教会で聖書を読む場所。聖書を置く台のことです。

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