何度声をかけても、それ以上、
「おい…、」
ちょこを
けれど、一瞬、男の腕が
…そういうことなんだ。
この男は自分の意思でここにいるんじゃない。
だけど、今のアタシには何の関係もないように思える。
男が
男は穴を掘り終えると、
「…そいつらがどんな奴か知ってんのかい?」
「……」
「他人の子どもを
「……」
なんとなく。
男もまた、黒服たちの
埋葬する背中に
なんとなく、そう思った。
アタシの声は聞こえていると思う。意思だってあると思う。
それでも男の動きは少しも
それが「縛った者」から
なんにしても、やっぱりアタシには関係ない。
「アンタも
アタシは墓地を離れることにした。
ここは安全かもしれないけれど、それ以上に、男の姿を見ていて「良いこと」なんてないように思えた。
墓地を出るといっても、そこに「門」があるわけじゃない。
それなのに、アタシが墓地に
「…ホントに、この森はイカれてるね。」
さっきまで
アタシの『力』を
あの悪魔の
「あ、おねーさん見ーつけた♪」
「キャアッ!」
……何年振りだろう。
本気で悲鳴を上げてしまった。
「ダメだよ、ちゃんとちょこに付いてこなくちゃなの。」
まだ、
「…アンタね。」
どこまで
腹が立つのを通り
「ちょこ、悪いんだけどさ、手を
「いいの。ちょこ、知らない人とは手を繋いじゃいけないけど、おねーさんはちょこのお友だちだから手を繋いでいいの。」
「そうかい、ありがとよ。」
少し勇気が
手を
だけどそんなアタシの
「ちょこ、手を繋ぐの久しぶりなの!」
「……」
はしゃぐちょこの手は幼く
まるで生まれたての赤ん坊みたいに。
「シルバとは手を繋いだことがないの。」
「…それは、アンタの友だちかい?」
「そうなの!ちょこのとっても大切なお友だちなの!」
「…そうかい。」
できることならその「
それに、
ただ、幼い手に
気付けばアタシは甘っちょろいことを口にしていた。
「友だちは、大切にするんだよ。」
「うん!」
でも、本心だ。
自分の口から「大切な」なんて言葉が出るような相手は特に。
「…ところで、そのシルバってのはどんな子なんだい?」
大した
親が子の
それなのに
「お、おい、大丈夫かい?」
やがて、浮かんでいた
「…シルバって
「え?…いいや、何でもないよ。気にしないどくれ。」
「苦痛」はそれほど
目に入ったゴミを
だけど、その一瞬からアタシは確かに「危険なもの」を感じ取った。
それこそ
どういう理由か分からない。
だけど「ちょこ」というダイナマイトにとって「シルバ」は火なんだ。
それだけはハッキリと理解した。
それにしても、ちょこはいったい何者なの?
アタシに危害は加える気はないみたいだけど、化け物には違いない。
でも、どんな
こうやって触れ合ってるんだから、とりあえず墓地の男とは違うヤツだ。
体温だってある。
だからってオークやゴブリンなんてレベルの化け物じゃない。
もしもこの「女の子」が本当の姿だってんなら、
…でも、ついさっき感じた「危険な
それでも「
「森の毒」や「
そんなアタシの
朝も昼も夜も関係ない。
それからどれくらい歩いたのか正確な時間は分からない。
だけどまた前触れもなく、木々の目隠しの向こうから不自然な景色が顔を
「着いたの~。」
そこには村があった。村人もいる。明かりも
ちゃんとした村だ。
「トココ村なの!ちょこの村なの!」
…ついさっき、ちょこは「家に帰りたい」と言ってた。
だけど、ここは「ちょこの村」。「ちょこの父親」もここにいる。それでも、ここに「ちょこの家」はない。
…どういうこと?
「家」……やっぱり、そういうことなの?
今、ここでそれを聞くの?
「シルバ」みたいに何が火なのかも分からない状況で?
…無理だ。
今はちょこの後を付いていくことしかできない。
そんなしかめっ
「あら、ちょこじゃない。どこ行ってたの?」
「シジリーマさん、こんにちは!ちょこちょっとお散歩に行ってたの。」
「遅くまで出歩いてちゃダメじゃない。ラルゴさんも心配してたわよ。」
「お父様が?」
「そうよ、だから早くお家に帰りなさい。」
「はーいの!」
…ちょこの家。
あの時のちょこに嘘を言ってるような様子はなかった。
でも結局、ここに「ちょこの家」はあるんだ。
…ちょこの家は二つあるの?
ううん。よくよく考えれば「家」が二つあること自体は
…でも、だったら父親も二人いるってこと?
そうなのかも。
例えば、「家」と「怪物」を結びつけないで考えたなら、ちょこがそういう複雑な家庭環境で育ったのだとしたら?
この無駄に明るい性格もごくごく自然なことのように思えた。
だけど…、何かが間違ってる気がする。
さっきの「危険な香り」が気にかかる。
何か、見落としてる気がする。
道中、村人たちは誰ひとり「怪物」にも「余所者」にも警戒の色を見せることなく声を掛けてきた。
「なかなかの人気者じゃないか。」
「そうなの。ちょこ良い子なんだから!村のみんなもとっても良い人なのよ!」
「……」
この何気ないちょこの発言と、不自然なまでにちょこを気に掛ける村人たちのお
それでも
というよりも、グルナデたちが死んでる時点で連中の
連中の予想さえ超えてしまった『何か』が、ここに
…アタシは今、それを
「おや、ちょこじゃないか。お帰り。」
何の
「お父様、心配掛けてごめんなさいなの。」
「いいんだよ。それだけちょこが元気だということなんだからね。」
「えへへ。」
「……」
「それで、そちらの方は?」
疲れた顔こそしていないけれど、アタシは間違いなくこの男を知っていた。
「シャンテって言うの。どうにも森で迷っちまってね。ちょこに
「そうですか。夜の森はよくよく人を
「…そうだね。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうことにするよ。」
どうやら向こうは完全にアタシのことを忘れてる。
ううん。もしかするとコイツは
男はラルゴと名乗った。
「あいにく妻には先立たれてしまい、私も人を
「良い父親」に見えた。
とても墓地にいた「戦士」と同じ人間だとは思えない。
「お父様、シルバは?どこなの?」
「……」
「シルバ?それは誰のことだい?」
「シルバはシルバなの。」
「…悪いね、ちょこ。私には誰のことだか分からないみたいだ。」
…また、ほんの少しちょこの表情が
「ちょこ、ちょっと探してくるの。」
「待ちなさい、ちょこ。今日はもう夜も遅い。また明日にしなさい。」
「…わかったの。ちょこ、明日にするの。」
……
ちょこを
「わーい、ハンバーグなの!ちょこ、大好物なの!!」
「こら、ちょこ。お客様の前なのだよ。お
「はーいなの!」
こうした家庭の姿を見せられると、ラルゴが墓地の男よりも一回り小さく見えてくる。
「
「そう言ってもらえると
笑う男の顔は、エレナの父親にも負けないくらい
「気にすることないよ。良い料理は良い人間にしか作れないんだから。」
「ハハハ、お上手ですね。それでは私も、もう少し調子に乗ってみましょうか。」
そう言ってラルゴは奥のワインセラーから上等なワインを持ってきた。
「酒好きの村長の目からも
「良い人間が育てたワインにアタシがケチをつけると思うかい?」
「ハハハ、これは
「十分だよ。久しぶりに良い食卓に着けた気がするよ。」
そうしてアタシはラルゴと
「……そろそろかな。」
寝静まったのを確認し、アタシは寝床を静かに
「…もう食べられないの~。」
隣のベッドで眠るちょこにも起きる気配はない。
手を付ける
アタシは気配を殺して目的の場所まで進んだ。
この家の一番奥の扉。
そこだけ他の扉と
「…チッ、鍵が掛かってやがる。」
その扉の向こうは外のはずなのに、なぜか外側から鍵が掛けられていた。
でも、鍵穴を見るにそう難しい
専用のイヤリングを分解し、
その時、
「何を、しているのですか?」
「!?」
振り返るけれど、そこに人の気配はない。
声は奥の、寝室の方から聞こえてきた。
アタシは
けれど、やはり男は間違いなく
そこに人影はあるのに気配はひどく薄い。
気配を
それに、スパイの訓練を受けたアタシが、その目から逃げることができなかった。
「…シャンテさん。どうぞ、
男の声は
食卓に着いていた時と同じように。
…ただ一つ違うのは、そこに
何に対して?
私?それとも……、
「少し、お話をしませんか?」
「…その前にアタシからいくつか聞きたいことがある。」
「どうぞ。」
ラルゴは卓上の
「ちょこは、何者なんだい?」
アタシが
「やはり、気付いていましたか。」
アタシが椅子に座るのを待って、男は話を続けた。
「ですが、そのことを
――――男は、ちょこの父親ではなかった。
男の打ち明ける内容はあらかた予想通りだった。
男に、初めから全てを
「お
重苦しい表情のまま、
「ですが、間違いなく私の娘でもあるのです。」
それは、人種さえ違う
だから、彼が
「だけど、その娘が
「…どうか、それ以上は口にしないでください。」
アタシは自分から
―――ここにいる村人たちの声はどれも死んでいた。
「歌」と「スパイごっこ」を
ここの人間の声には「意思」がない。
だけど、村の空気に
誰かに造られた人形なんだ。
「さて、
…ラルゴがそう言うと、嫌な臭いが周囲に
「どうやら貴女は
「…アタシを殺す気かい?」
その臭いには間違いなく殺意がこもってた。
それなのに私の目の前にいる男は難しい表情でアタシを見詰めるばかりで、椅子から腰を持ち上げようともしない。
「私たちにその
「回りくどいね。それに、ガイドラインもなしにその警告はあんまりじゃないか?」
「…
臭いの
でも、アタシの直感が言っていた。
「外の連中は大したことない」
だからやろうと思えばアタシはもっと強気で
でも今は―――
「わかったよ。」
今、アタシの優先すべきことは、
「私たちはただ、貴女を
「……」
この
そもそも、この村がどうなろうとアタシの知ったこっちゃない。
首を突っ込むつもりなんか毛ほどもなかったんだ。
ちょこだって、「化け物」って
もしもこのまま話が
それこそ、実験容器に閉じ込められたモルモットと何も変わらない。
今まで
それは、アタシ以外のヤツらが得をするクソみたいな光景なんだ。
「何にしても今日はもう大人しくベッドに戻ることにするよ。そうして欲しいんだろ?」
ラルゴの目にはどうにも、外に群がる殺気たちを一度
そして、どうやらそれは間違っていなかったらしい。
小さく頭を下げ、ラルゴは席を立った。
「そうですね。
「どうでもいいさ。アタシをこの
「約束しましょう。」
「……」
約束。
その言葉が、どうしてだか耳に付いて離れなかった。
アタシはなかなか寝付くことができなかった。
身の危険を感じてるからじゃない。
出会う誰も彼もが悲劇を
こんなクソみたいな人生、アタシ一人で十分じゃないか。
アタシは本当の敵が誰なのか。分からなくなっていた。
そんな
あの子にとって、「最悪」ともいえる夜明けが。
「ちょこ、私はシャンテさんと大事なお話をするから。彼女を外に送るまでの間、少しお外で遊んでおいで。」
…結局、森の外までの案内役は変わらないらしい。
もっと、魔法か何かでポンと送ってくれるものだと
「はーいの!」
アタシたちの気持ちなんか
「…さて、ではお話ししましょう。ちょこと、彼女のためにあるこの村のことを。」
似合わないアタシたちが、顔を突き合わせて彼女の不幸を語り始めるまでは。
※殊(こと)
異質なさま。他と比べて特別な様子。
※オーク
ファンタジーの世界では邪悪な種族として描かれている。
背格好はほぼ人間に近いが、容姿は醜く知能も低い。
※ゴブリン
ノームやドワーフといった精霊の一種で、悪意を持っていることが多いが、決して邪悪な存在に限定されている訳ではない。
※シジリーマ
原作でもトココ村の住人として名前だけ出てきました。
ただ、「シジリーマ」というのはちょこの勘違いで、本当は「シジリー」と言います。
気になる方はぜひ原作をプレイしてみてください←手抜きm(__)m