「……」
目が
手足は鉄線で
「……」
アタシをここに捨てたであろう黒づくめたちの姿はなく、森自体に
……
アタシは
「…ない、か。」
探せど探せど
石ころや落ち葉で
一応、空は見えているけれど、どの角度から見ても、どれだけ時間が
この「空」とこの「森」、合せて一つの「何か」なのかもしれない。
人の存在を
だけど、どんなに大きな声を出してみてもアタシの声は1メートルも飛ばない。声の落ちていく様子が目に見えて分かった。
「…まったく、
とにかく、思いつく限りのことはしてみた。
けれど、その全てが当たり前のように意味をなさなかった。
せめて今、自分がどこにいるのかぐらいは
どんな術で眠らされたのかは分からないけれど、あの
それに、この鼻先をくすぐる
間違いなく、アタシはまだクレニア島のどこかにいる。
だけど、出口の方向が
潮の香りは森全体に
そうなると、島の内陸部にいるんだろうと思う。
今、分かるのはそれくらいだ。
…ううん、まだあるわ。
そうして少しずつ、少しずつ、自分自身の存在さえ
「だけど、まさかアタシだけ先に
アタシの知ってるそれは黒服たちの
だとしたら、この森を抜ければやっぱりそこに奴らの巣があるの?
…でも、連中の
アタシを
彼にとってアタシは十分な
それは連中だって分かってるはず。
それなのに、どうして?
それに、アタシの知ってるあの森には私を迷わせるほどの『力』はなかった。
でも、やっぱり
…訳が分からない。
アイツらがわざわざアタシを
アタシを
気を
そして、その直前にはグルナデの名前を出した。
…仲間割れでもしてるっての?
アタシを眠らせた男は―――アタシ自身、つい先日
だったらアタシがアイツをどうこうできるなんてことも考えないはず…。
それとも、単なる時間
じゃあ、そのグルナデは
わざわざアタシが探すとでも?
そもそも、何のために?
…何にしても、アタシを何かに
「……ダメだ。」
完全に
行けども行けども森に
…この感覚自体、当てにはできないのだけれど。
「…お腹、
死にはしない。でも、人間として何もかもを
腹は減るし、眠くもなる。
傷つけば痛いし、死の瞬間に
本当に、単に、死なないだけ。それがどんなに苦しいか、誰も知らない。
黒いドラゴンを殺した時の『力』を試してみようにも、アタシの体はあの時の感覚を完全に忘れてしまってるし。
だから今は
やることがなく歩き回っていると、眠る前の彼との
…どうしてアタシはあんなに必死になって彼を
「
彼に向って、自分を
そこまでしても、彼は私の話を聞いてはくれなかった。
…落ち込んでなんかない。
人に相手にされず
だから……。
それは本当に偶然のことだった
アタシは、木々以外何もない
すると、自分を
それに気付いた時、アタシはなんとなく覚えている歌詞を付け足してみる。
「おっとり刀で
どこで覚えたのかも忘れた。覚えてるフレーズもそこだけ。でも、不思議と殺気立つアタシの心を落ち着かせてくれる歌だった。
すると、
――――ちょこ、その歌知ってるのー
瞬間、
振り返るとそこには小さな女の子がいた。
…声を掛けられるまで、アタシは何も感じなかった。
人の気配は
目の前の女の子は、ごくごく普通の子ども。
二つに
クリクリと
……だけどアタシには分かる。コイツの『声』は普通じゃない。
コイツは…、悪魔だ。
黒いドラゴンなんか
だけど…、どうしてだろう。そんな『
それどころか、この少女を見てフツフツと
誰かに
でも、
この森はそんなアタシの気の迷いを
「…アンタは、
「ちょこはちょこなの。おねーさんこそ、何処のどなた?」
これがアイツらの狙い?こいつにアタシを喰わせるためにこの森に放り込んだの?
「人に名前を聞く時は自分から言わなきゃダメなの。お父様が言ってたわ。」
「…シャンテよ。」
「おねーさんは悪い人なの?」
「…アタシが?悪いヤツかって?」
アタシが?悪いヤツ?
アタシはただ、弟を護ってきただけ。悪いことなんかしちゃいない。悪いのは弟を不幸にするヤツらだ。
「…そうだよ。アタシは悪いヤツさ。人もたくさん殺してきた。…だったらどうするんだい?」
今の、色んな状況がアタシから「
それとも、これも森の
たかが子どもの悪意のない言葉にアタシは大人げない返事をしていた。
それが、ただの子どもならいざ知らず……。
口にしてしまったことに気付いたアタシは、あるはずのない「死」すら
だけどアタシの
「お父様が言ってたの。人は仕方なく人を殺しちゃうこともあるんだって。だからおねーさんは何も悪くないの。」
その「お父様」がどんな奴か分からないし、アタシとは
「そうかい。ありがとよ。…ところで、アタシはこの森を出たいんだよ。アンタ…、ちょこは何か知ってるかい?」
まともな返事は期待していなかった。
ただ、
それなのにまたしても、期待は良い意味で裏切られた。
「ちょこ、何でも知ってるよ。だって、この森はちょこのお友だちなんだもの。」
…多分、言葉の通りの意味なんだと思う。
アタシを閉じ込めている「何か」と、この「女の子の姿をした何か」は
この「森」と「彼女」が一つの化け物だって可能性もある。
「じゃあ、案内を
それでも、今はこの「女の子」に敵意を持たせるような
…なぜだか、この「
「いいよ!ちょこ、おねーさんをお外まで連れてってあげるの!」
「ちょこ」と名乗る女の子の
「こっち、こっちなの!」
まるでオモチャ売り場に
「森の中にはね、ちょこのお友だちが一杯なの!」
見ている内に、その姿に
「お
だけど、気を許しかけるアタシに対し、指折り数えていた女の子は何もいない場所を
「あ、あの妖精さんもなの!」
「……」
「ちょこはみんなとお話しできるの。」
アタシも早足で追いかけているのに、追い付いたかと思えば次の
女の子は常にアタシの視界の一番奥にいる。まるで、幻を追いかけているかのような
「ちょ、ちょっと待ちなよ。」
息を切らしながら、このまま追いかけて良いものか
だけど、女の子の声はアタシの手を引いて
女の子の声がアタシの足を動かしている感じさえあった。
「おねーさんは何処からきたの?」
「…遠いところよ。」
すると次の瞬間、女の子はアタシの目の前にいて、その愛らしい瞳でアタシの目を
「じゃあ、おねーさんはちょこのお
「……」
「お家、帰りたいなぁ。」
「…アンタの家は何処にあるんだい?」
「わかんない。」
その言葉を聞いた瞬間、
女の子はずっと笑ってた。
そこには殺意はおろか、悪意の
それなのに、その
―――「わからない」
確かに、そこに敵意はないのかもしれない。
だけどアタシの目の前にはあの悪魔にだって
「あのね、昔々、あるところにとっても可愛い女の子が住んでたの。」
アタシの中の「恐怖」が
「ある日、女の子が森を
「……」
「それで、ちょこ、気がついたら知らないとこにいたの。おしまい。」
それは、アタシをバカにしているように聞こえた。だけどその
何かに「真実を語る口」を
……もしかしたら、
森、引いてはアイツらに
「ちょこねー、早く大人になりたいなぁー。」
女の子のお
「ちょこね、もうずーと前から子どものままなんだよ。」
その
そして、少しずつ、少しずつ。アタシはこの女の子の持つ本当の「
「だからちょこね、森のお
「……」
少女の物語は
アタシはいつでも逃げられるように腰を浮かしながら歩いた。無意識に、本能的に。
「そしたらね、人の子は冒険しないと一人前になれないんだって。だからちょこ、冒険するって決めたの。いっぱい冒険してはやく大人になるの。」
「……」
「もう決めちゃったんだから。ちょこ、おねーさんに付いていくの!」
女の子の後ろをついて歩いている内に、
この子からは逃げられない。
死神か何かよく分からないものが、問答無用でアタシに
その愛らしい笑顔が
それどころか、どこか、
頼れるものがなく、誰かを欲しているような。
あの子のような。
だけど―――、
「アンタ、家に帰りたいんじゃなかったのかい?」
「お父様が言ってたの。”
「……」
多分、この場でアタシに
…それに、考えようによっては『
女の子は
その「笑み」を、戦争の道具に使おうとしているアタシはあの子をハメた連中とどう違うんだろう。
あの子をこの世から消した悪魔と……。
「…分かったよ。ただ、森の外は危ないからアタシの言うことはよく聞くんだよ。」
「わーいの!大丈夫なの。ちょこは
それでも、アタシはアタシの生きる道を歩かなきゃいけない。
この『力』がアタシを生かす限り。
私が、「歌姫」である限り。
「じゃあこっちなの!」
アタシが許すと、ちょこは急に別方向へと歩き始めた。
「ちょっと、森を出るんじゃないのかい?」
「良い子は冒険に出る前にお父様にいってきますを言わなきゃなの。」
…どういうこと?
この森にはこの子以外にも誰かいるって言うの?
そこはコイツの「家」じゃないの?
「
こんな異常な状況で、異常な化け物がアタシの前を歩いてるってのに。
…頭がオカシクなっちまいそうだ。
「早く、早くなのー。」
アタシとちょこの不可思議な追いかけっこが
走り続けてるアタシは意識しないと足がもつれそうになるくらい疲れが
「ったく、ガキってのは何であんなに元気なんだろうね。」
無邪気な暴力は、一方的に息の上がるアタシに意味のない「
「……え?」
一瞬、森の木々でちょこを
前触れもなく、私は木々の開けた場所に出ていた。
たった今、夕暮れ時を目にしたはずなのに、そこには真昼の、真っ白な
それは青々と
石には人の名前が
ここは…
かなり広い。
それに、こんな森に誰が
「……」
…そう遠くない所から人の気配が、土を
肩まで
男はその経験
「キサマは誰だ。」
苦労を
「ただの通りすがりだよ。道に迷ったのさ。」
男は穴を掘っていた。
その隣に並ぶ
「……」
「ここは
「…それは、アンタが
アタシは変わり果てたグルナデの、黒づくめたちを指して言った。
けれども、男に取り合う様子はなく、ただただ
「聞こえなかったか?出ていけ。…彼らのようになりたくなければな。」
この男もまた、普通の人間じゃない。それは『声』を聞いてすぐに分かった。
だけど多分、黒づくめを殺ったのは別の誰かだ。
――――おねーさんは悪い人なの?
まさか…。いいや、ありえる。
むしろ、その方が
たった一人で10人以上の軍人に匹敵する黒づくめの集団をまとめて殺せるような奴なんて。
「赤毛の女の子を見なかったかい?その子に森の出口まで案内するようお願いしてるのさ。」
「…知らんな。」
ウソだ。
どうしてだかは分からない。けど、この男はちょこを
…コイツが、ちょこの父親?
いいや、違う。
間違いなくコイツは人間じゃないけど、「怪物の父親」なんて
……あの親子みたいに、そこに血の
「そうかい。じゃあ、アンタは知らないかい?この森の出口をさ。」
「…知らんな。」
…どうやらそれは本当らしい。
なんで?この男は森の外に出たことがないの?
それとも、この男もアタシみたいにこの森に閉じ込められた被害者なわけ?
「最後の警告だ。
そう言うと男はアタシに背を向けて穴掘りを再開した。
「……どうしろって言うのさ。」
奥にある
※帳(とばり)
室内外(居間と縁側など)の境、区切りとして吊るす布(カーテン)のこと。
だいたいが「真っ暗な夜」を表現するのに「夜の帳」という言葉を使いますね。
今回は「生」と「死」の境界、死の瞬間に暗転する感覚(視覚に限らず五感全て)を例えています。
余談ですが、人間の「死の瞬間」に対する定義は結構曖昧みたいですね。
「首を落とされたら即死」という人もいれば、「数十秒間は意識を保っていられる」という人もいるみたいです。
性格や身体的特徴だけでも何億通りの個人差があるわけですし、人や状況によって「死に方」も違うのかもしれませんね。
ボンヤリと薄れていくように死ぬ人もいれば、スイッチを切るように瞬間的に死ぬ人もいるんだと思います。
私の書く「シャンテ」はその様々な「死」を経験しています。
だからこそ、「いつ『死ぬ』のか分からない恐怖」や「どれくらい傷ついていても生きていられるのか分からない恐怖」も覚えてしまうのですね。
※おっとり刀で駆けつけて
調べてみましたが、実際にはそんな歌はないみたいです。
(意味)
とても急いでいる様子。必要な準備もできないまま駆けつける様子。
「着の身着のまま」みたいな意味ですね。
(語源)
お侍さんが急な出来事で刀を腰に差す余裕もなく、手に持ったまま駆けつける様子をさしているそうです。
※木々の開けた場所
まったくの余談です(笑)
意味、深く暗い森の中にポツンとできた陽の射す空間。
何気なく調べてみたところ、こんな状態の場所を「林冠ギャップ」と言うらしいです。
まったくの余談です(笑)
※獅子は可愛い我が子を千尋の旅に落とす
「獅子は我が子を千尋の谷に落とす」と「可愛い子には旅をさせよ」の二つの
こういう妙な言い間違い、勘違いはちょこのアイデンティティです(笑)
意味はどちらも、親から子への愛情の裏返しのような行為を指しています。
※初老
40~50歳のことです。