聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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赤い靴 その一

「……」

目が()めるとアタシは森の中にいた。

手足は鉄線で(しば)られていたけれど、縄抜(なわぬ)けには()れていたから苦労(くろう)はしなかった。

「……」

結局(けっきょく)、アイツらは何がしたかったの?

アタシをここに捨てたであろう黒づくめたちの姿はなく、森自体に(みょう)気配(けはい)は感じるけれど、別に(おそ)ってくるような感じもない。

()()になっているということ以外、今のアタシを(こま)らせるものはないように思えた。

 

……()()えずここを出よう。

 

アタシは(あた)りを見回して目印になりそうなものを探した。

「…ない、か。」

探せど探せど特徴(とくちょう)のある「何か」はなく、木々に目印を付けてみても振り返ると別の木々に()()()()()()()()

石ころや落ち葉で(ため)してみてもそれは変わらない。

一応、空は見えているけれど、どの角度から見ても、どれだけ時間が()っても雲一つない青空しか見えない。

この「空」とこの「森」、合せて一つの「何か」なのかもしれない。

 

人の存在を期待(きたい)して、大声で(さけ)んでもみた。

だけど、どんなに大きな声を出してみてもアタシの声は1メートルも飛ばない。声の落ちていく様子が目に見えて分かった。

「…まったく、歌手(シンガー)が聞いて(あき)れるね。」

 

とにかく、思いつく限りのことはしてみた。

けれど、その全てが当たり前のように意味をなさなかった。

せめて今、自分がどこにいるのかぐらいは把握(はあく)しておきたいのだけど。

 

どんな術で眠らされたのかは分からないけれど、あの程度(ていど)の奴にアタシが1時間以上も眠らされてたなんて思えない。

それに、この鼻先をくすぐる(しお)(かお)りには覚えがある。

間違いなく、アタシはまだクレニア島のどこかにいる。

だけど、出口の方向が皆目(かいもく)見当(けんとう)つかない。

潮の香りは森全体に()()んでいて道標(みちしるべ)にはならないし、波の音もここまでは(とど)かない。

そうなると、島の内陸部にいるんだろうと思う。

今、分かるのはそれくらいだ。

 

…ううん、まだあるわ。

木々(それ)は確かにそこに見えてる。だけど、そこに()()()()()()は誰にも分からない。

そうして少しずつ、少しずつ、自分自身の存在さえ曖昧(あいまい)にさせてしまう。

(これ)()たものをアタシは知ってる。

「だけど、まさかアタシだけ先に招待(しょうたい)されてるってことはないわよね?」

アタシの知ってるそれは黒服たちの根城(ねじろ)を隠すためにあった。

だとしたら、この森を抜ければやっぱりそこに奴らの巣があるの?

…でも、連中の(ねら)いはグルガ(かれ)のはず。

アタシを(まね)()れて何の意味があるの?

彼にとってアタシは十分な(えさ)にはならない。特に、今は。

それは連中だって分かってるはず。

それなのに、どうして?

 

それに、アタシの知ってるあの森には私を迷わせるほどの『力』はなかった。

(たん)にアタシよりも強力な『力』が働いているって考えるのが普通なんだろうけど…、いいや。そうだってことは何となくわかるんだけど。

でも、やっぱり(ここ)はアタシを「敵視」していない気がする。

…訳が分からない。

アイツらがわざわざアタシを(つか)まえてまで放り込んだ森。

アタシを始末(しまつ)するためじゃないのだとしたら…、これ自体が何かの実験なの?

 

気を(うしな)最中(さなか)、アイツは「腹いせ」だと言っていた。

そして、その直前にはグルナデの名前を出した。

(あき)らかにアタシにそれを意識させるために、わざと。

…仲間割れでもしてるっての?

 

アタシを眠らせた男は―――アタシ自身、つい先日発覚(はっかく)した―――、アタシの中の龍を殺す『力』のことは知らないはず。

だったらアタシがアイツをどうこうできるなんてことも考えないはず…。

それとも、単なる時間(かせ)ぎ?グルナデをここに(つな)()めておくための。

じゃあ、そのグルナデは何処(どこ)にいるっての?

わざわざアタシが探すとでも?

そもそも、何のために?

…何にしても、アタシを何かに使()()()()()のは間違いない…はず。

 

「……ダメだ。」

完全に()()()()()()

行けども行けども森に()てはなく、闇雲(やみくも)に進めば進むほどより深みに(はま)っている感覚しかない。

…この感覚自体、当てにはできないのだけれど。

「…お腹、()いたな。」

死にはしない。でも、人間として何もかもを超越(ちょうえつ)した訳じゃない。

腹は減るし、眠くもなる。

傷つけば痛いし、死の瞬間に(おとず)れる(とばり)の恐怖は「慣れ」を許さない。

本当に、単に、死なないだけ。それがどんなに苦しいか、誰も知らない。

黒いドラゴンを殺した時の『力』を試してみようにも、アタシの体はあの時の感覚を完全に忘れてしまってるし。

だから今は(あて)もなく歩き続ける以外にやることが思い浮かばない。

 

 

やることがなく歩き回っていると、眠る前の彼との()()りをふと思い出した。

…どうしてアタシはあんなに必死になって彼を説得(せっとく)しようとしていたんだろう?

 

(たと)えそれがクソみたいな女だったって、利用しなきゃいけない時だってあるんだよ」

 

彼に向って、自分を(さげす)むような言い方までして…。

そこまでしても、彼は私の話を聞いてはくれなかった。

…落ち込んでなんかない。

人に相手にされず(みじ)めな想いをするのはいつものことだ。

だから……。

 

 

 

 

それは本当に偶然のことだった

 

アタシは、木々以外何もない(さび)しい場所を延々(えんえん)と歩くことに疲れ、自分の行動を反省(はんせい)することにも()きていた。

すると、自分を(なぐさ)めるためか。()らず()らずアタシは鼻歌を歌っていた。

それに気付いた時、アタシはなんとなく覚えている歌詞を付け足してみる。

「おっとり刀で()けつけて……」

どこで覚えたのかも忘れた。覚えてるフレーズもそこだけ。でも、不思議と殺気立つアタシの心を落ち着かせてくれる歌だった。

すると、

 

――――ちょこ、その歌知ってるのー

 

瞬間、悪寒(おかん)が走り、鳥肌(とりはだ)が全身を(おお)った。

振り返るとそこには小さな女の子がいた。

…声を掛けられるまで、アタシは何も感じなかった。

人の気配は(おろ)か、いつの間にか辺りが夕焼けに()まっていることにすら気付けなかった。

 

目の前の女の子は、ごくごく普通の子ども。

二つに(むす)んだ愛らしい赤毛。

クリクリと無邪気(むじゃき)(ひとみ)に、子ども子どもしたフリルの多い服。腰の大きなリボンと、エナメルの赤い(くつ)には(なご)やかな家族背景(はいけい)すら見える気がする。

一見(いっけん)して無害(むがい)な女の子。

……だけどアタシには分かる。コイツの『声』は普通じゃない。

コイツは…、悪魔だ。

 

黒いドラゴンなんか(くら)(もの)にならないくらい強力な。なんだったらあのガルアーノ(あくま)にも匹敵(ひってき)するかもしれない。

だけど…、どうしてだろう。そんな『(ささや)き』を前にしてもアタシは戦おうとも逃げようとも思わなかった。

それどころか、この少女を見てフツフツと()()がってくるのは「あの子」の面影(おもかげ)

誰かに(みと)めて欲しくて、誰かを護りたくて背伸びをする()()()()()()に似ているように思えた。

 

でも、油断(ゆだん)しちゃいけない。

この森はそんなアタシの気の迷いを(さそ)っているのかもしれない。

「…アンタは、何者(なにもん)なんだい?」

慎重(しんちょう)に、落ち着いてアタシは口を開いた。

「ちょこはちょこなの。おねーさんこそ、何処のどなた?」

これがアイツらの狙い?こいつにアタシを喰わせるためにこの森に放り込んだの?

「人に名前を聞く時は自分から言わなきゃダメなの。お父様が言ってたわ。」

「…シャンテよ。」

「おねーさんは悪い人なの?」

「…アタシが?悪いヤツかって?」

アタシが?悪いヤツ?

アタシはただ、弟を護ってきただけ。悪いことなんかしちゃいない。悪いのは弟を不幸にするヤツらだ。

「…そうだよ。アタシは悪いヤツさ。人もたくさん殺してきた。…だったらどうするんだい?」

今の、色んな状況がアタシから「余裕(よゆう)」を(うば)っていた。

それとも、これも森の効果(こうか)なの?

たかが子どもの悪意のない言葉にアタシは大人げない返事をしていた。

それが、ただの子どもならいざ知らず……。

口にしてしまったことに気付いたアタシは、あるはずのない「死」すら覚悟(かくご)した。

 

だけどアタシの妄想(もうそう)は、良い意味で裏切られた。

「お父様が言ってたの。人は仕方なく人を殺しちゃうこともあるんだって。だからおねーさんは何も悪くないの。」

その「お父様」がどんな奴か分からないし、アタシとは随分(ずいぶん)状況が違っていたんだろうけれど。

()()えず、この場ではソイツに感謝した。

「そうかい。ありがとよ。…ところで、アタシはこの森を出たいんだよ。アンタ…、ちょこは何か知ってるかい?」

まともな返事は期待していなかった。

ただ、悪魔(おんなのこ)の殺意を()らすためだけの時間稼ぎのつもりだった。

それなのにまたしても、期待は良い意味で裏切られた。

 

「ちょこ、何でも知ってるよ。だって、この森はちょこのお友だちなんだもの。」

…多分、言葉の通りの意味なんだと思う。

アタシを閉じ込めている「何か」と、この「女の子の姿をした何か」は意思疎通(いしそつう)ができるんだ。

この「森」と「彼女」が一つの化け物だって可能性もある。

可憐(かれん)な「女の子」は疑似餌(ぎじえ)で、出口に案内(あんない)すると誘惑(ゆうわく)して森の胃袋(いぶくろ)に放り込もうとしているのかもしれない。

「じゃあ、案内を(たの)んでもいいかい?」

それでも、今はこの「女の子」に敵意を持たせるような(すき)(あた)えちゃいけない。

…なぜだか、この「女の子(えさ)」の方が、その先に待ち(かま)えているかもしれない胃酸(いさん)の海より恐ろしく思えたからだ。

 

「いいよ!ちょこ、おねーさんをお外まで連れてってあげるの!」

「ちょこ」と名乗る女の子の陽気(ようき)な声は、この愛想(あいそ)のない森の中では違和感ばかり覚えた。

「こっち、こっちなの!」

まるでオモチャ売り場に興奮(こうふん)する子どものように女の子はアタシの前を()(まわ)る。

「森の中にはね、ちょこのお友だちが一杯なの!」

見ている内に、その姿に(おび)える自分がバカらしいように思えてくる。

「お()さん、お(はな)さん、お小鳥(ことり)さん、…。」

だけど、気を許しかけるアタシに対し、指折り数えていた女の子は何もいない場所を(ゆび)さして声を上げる。

「あ、あの妖精さんもなの!」

「……」

「ちょこはみんなとお話しできるの。」

アタシも早足で追いかけているのに、追い付いたかと思えば次の瞬間(しゅんかん)には女の子は遠く遠くで手を振っていた。

女の子は常にアタシの視界の一番奥にいる。まるで、幻を追いかけているかのような徒労感(とろうかん)さえあった。

 

「ちょ、ちょっと待ちなよ。」

息を切らしながら、このまま追いかけて良いものか躊躇(ちゅうちょ)した。

だけど、女の子の声はアタシの手を引いて(はな)さない。

女の子の声がアタシの足を動かしている感じさえあった。

「おねーさんは何処からきたの?」

「…遠いところよ。」

すると次の瞬間、女の子はアタシの目の前にいて、その愛らしい瞳でアタシの目を(のぞ)()んできた。

「じゃあ、おねーさんはちょこのお(うち)、知ってるの?」

「……」

「お家、帰りたいなぁ。」

「…アンタの家は何処にあるんだい?」

「わかんない。」

その言葉を聞いた瞬間、背筋(せすじ)が寒くなった。

 

女の子はずっと笑ってた。

そこには殺意はおろか、悪意の欠片(かけら)だってない。

それなのに、その天真爛漫(てんしんらんまん)な返事には「(ぬく)もり」が感じられなかった。

―――「わからない」

確かに、そこに敵意はないのかもしれない。

だけどアタシの目の前にはあの悪魔にだって真似(まね)できないような、どうしようもなく人を不安にさせる『笑顔』があった。

 

「あのね、昔々、あるところにとっても可愛い女の子が住んでたの。」

アタシの中の「恐怖」が再燃(さいねん)している最中、とある女の子の物語は前置きもなく始まった。

「ある日、女の子が森を散歩(さんぽ)してると魔法使いのおじいさんがやって来て女の子に(しび)れるリンゴをくれるの。おいしかったの。」

「……」

「それで、ちょこ、気がついたら知らないとこにいたの。おしまい。」

それは、アタシをバカにしているように聞こえた。だけどその(じつ)、とても重要なことを(かた)っているような…。

何かに「真実を語る口」を(ふさ)がれているような、聞き取りにくい声に聞こえた。

……もしかしたら、(うった)えているのかもしれない。

森、引いてはアイツらに(あやつ)られている現状から助けて欲しいのだと…。

 

「ちょこねー、早く大人になりたいなぁー。」

女の子のお(しゃべ)りも(あゆ)みも止まらない。

「ちょこね、もうずーと前から子どものままなんだよ。」

その(つたな)言動(げんどう)は、自分が人間であることを率先(そっせん)して否定し続ける。

そして、少しずつ、少しずつ。アタシはこの女の子の持つ本当の「(ぬま)」に(おぼ)れていくような錯覚(さっかく)(おちい)り始めていた。

「だからちょこね、森のお()さんに聞いたの。どうすればはやく大人になれるのって。」

「……」

少女の物語は佳境(かきょう)()()かっている。

アタシはいつでも逃げられるように腰を浮かしながら歩いた。無意識に、本能的に。

「そしたらね、人の子は冒険しないと一人前になれないんだって。だからちょこ、冒険するって決めたの。いっぱい冒険してはやく大人になるの。」

「……」

「もう決めちゃったんだから。ちょこ、おねーさんに付いていくの!」

女の子の後ろをついて歩いている内に、薄々(うすうす)感じてはいた。

この子からは逃げられない。

死神か何かよく分からないものが、問答無用でアタシに()りつこうとしてるんだって。

 

その愛らしい笑顔が偽物(にせもの)でも、女の子がアタシに(がい)を与えようとしているようには思えない。

それどころか、どこか、()(どころ)のない犬猫を思わせるような哀愁(あいしゅう)を感じさせた。

頼れるものがなく、誰かを欲しているような。

あの子のような。

だけど―――、

「アンタ、家に帰りたいんじゃなかったのかい?」

「お父様が言ってたの。”獅子(しし)は可愛い我が子を千尋(せんじん)の旅に落とす”んだって。」

「……」

多分、この場でアタシに(こば)(すべ)はない。

…それに、考えようによっては『少女(コイツ)』は使()()()()()()()()()

(つね)に火の()いたダイナマイトを(となり)に置くような危険な()けではあるけれど、アタシが上手(うま)使(つか)(こな)せばあの悪魔を殺すことだってできるかもしれない。

 

女の子は相変(あいか)わらずニコニコと屈託(くったく)のない笑みでアタシを見ている。

その「笑み」を、戦争の道具に使おうとしているアタシはあの子をハメた連中とどう違うんだろう。

あの子をこの世から消した悪魔と……。

「…分かったよ。ただ、森の外は危ないからアタシの言うことはよく聞くんだよ。」

「わーいの!大丈夫なの。ちょこは()い子なんだから!」

それでも、アタシはアタシの生きる道を歩かなきゃいけない。

この『力』がアタシを生かす限り。

私が、「歌姫」である限り。

 

「じゃあこっちなの!」

アタシが許すと、ちょこは急に別方向へと歩き始めた。

「ちょっと、森を出るんじゃないのかい?」

「良い子は冒険に出る前にお父様にいってきますを言わなきゃなの。」

…どういうこと?

この森にはこの子以外にも誰かいるって言うの?

そこはコイツの「家」じゃないの?

お父様(ソレ)」は、ヒト?…グルナデ?それとも…、

疑念(ぎねん)はいくらでも浮かんでくるのに、不思議と命の危機は感じなかった。

こんな異常な状況で、異常な化け物がアタシの前を歩いてるってのに。

…頭がオカシクなっちまいそうだ。

 

「早く、早くなのー。」

アタシとちょこの不可思議な追いかけっこが再開(さいかい)した。

走り続けてるアタシは意識しないと足がもつれそうになるくらい疲れが()まり始めていた。

「ったく、ガキってのは何であんなに元気なんだろうね。」

無邪気な暴力は、一方的に息の上がるアタシに意味のない「愚痴(ぐち)」を()かせた。

 

「……え?」

一瞬、森の木々でちょこを見失(みうしな)っただけなのに。

前触れもなく、私は木々の開けた場所に出ていた。

たった今、夕暮れ時を目にしたはずなのに、そこには真昼の、真っ白な陽射(ひざ)しが()(そそ)いでいた。

それは青々と(しげ)る草地に反射して、キラキラと、森全体が息をしているようにも見える。

魅入(みい)れば魅入るほど、ここだけが今までの森とは別の時で息づいているように見える。

 

不気味(ぶきみ)な森の中にある神秘的(しんぴてき)な空間。そこにはいくつもの背の高い石が整然(せいぜん)(なら)んでいた。

石には人の名前が(きざ)まれていて、根本の土はほんの少し()()がっている。

ここは…墓地(ぼち)

かなり広い。

それに、こんな森に誰が参拝(さんぱい)に来るって言うの?…!?

「……」

…そう遠くない所から人の気配が、土を()り返す音が聞こえてくる。

(ねん)のため、気配を殺して近付いてみるとそこには一人の男がいた。

肩まで()びる黒い長髪。決して(せま)くない背中、そして一糸(いっし)(みだ)れない穴掘(あなほ)りの動きはソイツが「戦士」であることを物語(ものがた)っていた。

 

男はその経験豊富(ほうふ)な感性を見せつけるかのように、気配を殺していたはずのアタシを簡単に(さぐ)り当て、振り返る。

「キサマは誰だ。」

苦労を(かさ)ねてきたような顔立ちの初老の男はアタシの姿を見つけるなり敵意のある声をぶつけてきた。

「ただの通りすがりだよ。道に迷ったのさ。」

男は穴を掘っていた。

その隣に並ぶ2()0()()()()()()()()()められるだけの大きな穴を。

「……」

「ここは余所者(よそもの)()()っていい場所じゃない。」

「…それは、アンタが()ったのかい?」

アタシは変わり果てたグルナデの、黒づくめたちを指して言った。

けれども、男に取り合う様子はなく、ただただ警告(けいこく)()(かえ)す。

「聞こえなかったか?出ていけ。…彼らのようになりたくなければな。」

この男もまた、普通の人間じゃない。それは『声』を聞いてすぐに分かった。

だけど多分、黒づくめを殺ったのは別の誰かだ。

(はか)を掘る男の背中を見て、アタシはそう思った。

 

――――おねーさんは悪い人なの?

 

まさか…。いいや、ありえる。

むしろ、その方が納得(なっとく)がいく。

たった一人で10人以上の軍人に匹敵する黒づくめの集団をまとめて殺せるような奴なんて。

「赤毛の女の子を見なかったかい?その子に森の出口まで案内するようお願いしてるのさ。」

「…知らんな。」

ウソだ。

どうしてだかは分からない。けど、この男はちょこを(かば)ってる。

…コイツが、ちょこの父親?

いいや、違う。

間違いなくコイツは人間じゃないけど、「怪物の父親」なんて肩書(かたが)きを背負(せお)えるほどの(うつわ)でもない。

……あの親子みたいに、そこに血の(つなが)りが必要ないなら話は別だけど。

 

「そうかい。じゃあ、アンタは知らないかい?この森の出口をさ。」

「…知らんな。」

…どうやらそれは本当らしい。

なんで?この男は森の外に出たことがないの?

それとも、この男もアタシみたいにこの森に閉じ込められた被害者なわけ?

「最後の警告だ。()れ。」

そう言うと男はアタシに背を向けて穴掘りを再開した。

「……どうしろって言うのさ。」

奥にある一際(ひときわ)大きな墓標(ぼひょう)見遣(みや)りながら、アタシは()(いき)()いた。




※帳(とばり)
室内外(居間と縁側など)の境、区切りとして吊るす布(カーテン)のこと。
だいたいが「真っ暗な夜」を表現するのに「夜の帳」という言葉を使いますね。

今回は「生」と「死」の境界、死の瞬間に暗転する感覚(視覚に限らず五感全て)を例えています。
余談ですが、人間の「死の瞬間」に対する定義は結構曖昧みたいですね。
「首を落とされたら即死」という人もいれば、「数十秒間は意識を保っていられる」という人もいるみたいです。
性格や身体的特徴だけでも何億通りの個人差があるわけですし、人や状況によって「死に方」も違うのかもしれませんね。
ボンヤリと薄れていくように死ぬ人もいれば、スイッチを切るように瞬間的に死ぬ人もいるんだと思います。

私の書く「シャンテ」はその様々な「死」を経験しています。
だからこそ、「いつ『死ぬ』のか分からない恐怖」や「どれくらい傷ついていても生きていられるのか分からない恐怖」も覚えてしまうのですね。

※おっとり刀で駆けつけて
調べてみましたが、実際にはそんな歌はないみたいです。

(意味)
とても急いでいる様子。必要な準備もできないまま駆けつける様子。
「着の身着のまま」みたいな意味ですね。
(語源)
お侍さんが急な出来事で刀を腰に差す余裕もなく、手に持ったまま駆けつける様子をさしているそうです。

※木々の開けた場所
まったくの余談です(笑)
意味、深く暗い森の中にポツンとできた陽の射す空間。
何気なく調べてみたところ、こんな状態の場所を「林冠ギャップ」と言うらしいです。
まったくの余談です(笑)

※獅子は可愛い我が子を千尋の旅に落とす
「獅子は我が子を千尋の谷に落とす」と「可愛い子には旅をさせよ」の二つの(ことわざ)が混ざってしまったもの。
こういう妙な言い間違い、勘違いはちょこのアイデンティティです(笑)

意味はどちらも、親から子への愛情の裏返しのような行為を指しています。

※初老
40~50歳のことです。

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