――――クレニア
「まずまずの結果といったところか。」
黒づくめの男たちはブラキアの英雄の勝利に満足していた。
「だが
内の一人が言うと、リーダー
「勝敗など関係ないよ。あの男の言葉を聞いただろう?娘さえ
言いながら、男の
「ただし、同じ
三年前、彼らは同じ作戦を実行したが、正体不明の
「
男が
「どうした。」
「……アレを。」
そうして部下が指
「…あの女、確かグルナデのパートナーだった女だな。名前は……」
「シャンテ。」
「そうだ、そんな名前だったな。…どうしてこんな所に?」
「我々を裏切ったことだけは耳にしています。」
「裏切った?我々を…?」
そうして何かを思い付いたクレニアのリーダーはゆっくりと
「なるほど、何か
「どうしますか。」
ドラロシュと呼ばれた男は自分の
「アルディアから
「何を考えている。」
彼と付き合いの長い一人が身内の暴走を
「なに、ちょっとしたイタズラさ。」
「……
「何をバカな。
「……」
「お前も、さっきの
「……」
「決まりだな。」
リーダーが部下に
――――クレニア闘技場前、広場
……彼が、
遠目から見ても、彼の体にはまだまだ『力』が
「まずはおめでとうと言わせてもらうよ。」
「……ありがとう。」
アタシはエレナに
だからこそ……。
私は、今度こそ、あの子に
できないことをしていかなきゃ皆みんなが死んでいく。
だから……。
「あれ、パフォーマンスなんだろ?」
あの「感動」の中、何人がそのことに気付いたのかは分からない。
だけど、私は気付いた。
一番初めにアイツが剣を振り下ろした後、本当ならあそこで戦いは終わってたんだ。
それだけの実力差があった。
それなのに、わざわざアイツに魔法を仕掛けるチャンスを与え、一撃で
アイツが彼の国をバカにしたからかもしれない。だけど、それだけじゃない。
私にはそれが分かった。
彼は答えなかった。
「アンタとは知り合って日が浅いけど、あんな戦い方をする奴じゃないだろ?」
だけど、
彼が
「……」
彼は優しい男だ。誰も巻き込むまいと
だから誰かが代わりに答えてやるしかない。
「
「…君は、奴らの仲間なのか?」
「だとしたら、どうする?」
すると彼は私の問いには答えず、私を置き去りにして歩き始めた。
私には分かる。
このままじゃ二人はダメになる。
誰かの
それだけは、見たくない。
私は
「アタシなら、アンタたちの手助けができるかもしれないんだよ?」
振り返った彼の顔には
「これは俺とエレナの問題だ。君には関係ない。」
彼ならそう言うと分かってた。
「関係ない?確かにそうかもしれないよ。でもね、」
彼は私の手を振りほどかない。だけど私は彼を逃がさないよう、もっと力を込めて握った。
「アンタ、さっき言ったよね?家族のためにこの
私は、この島に流れ着かなきゃならなかった原因を
もう、「後戻り」なんて言葉が
「他人に
歌を歌っている時が一番嫌いだった。
アタシが歌う歌詞は嘘ばかりだったから。
あの子のために、大嫌いな両親のように嘘を
あの子への想いは嘘じゃない。
だけど、「愛」なんてフレーズを口にすると吐き気でトイレに
それでもあの子を護りたかったんだ。
「だけど――――、」
護りたい人はもう
「……」
「分かるだろ?どんなに
彼は眉間に皺を寄せたまま固まってる。
その表情が、必死に自分に言い聞かせているんだって、私には分かった。
「アタシの予想が正しければ、例えアンタが大会で優勝したってあの子に幸せはやってこないよ。」
「…どういう意味だ。」
「連中も仕上げにかかり始めたってことさ。簡単に言うなら”世界
「……」
彼はあまり
でも、本当のことなんだ。
嘘で信じさせたって意味なんかないんだ。
「アンタは知らないだろうけどね。今、世の中じゃ”人類キメラ化計画”なんてものが
私は
そして、もっぱらその
「エレナが、その
「どうだろうね。可能性がないなんて言えないよ。だけどね、今、標的にされてるのは間違いなくアンタだ。」
彼は
今朝、彼自身が言ってたことだ。
あんな連中と関わって、何の
でも、彼は心の何処かで「自分ならなんとかなる。護ってみせる」なんて甘い考えでいたんだ。
でもね、
「アタシはもう連中の仲間じゃないけど、アイツらの考えてることならだいたい分かってるつもりだよ。」
無理なんだよ。そんなの。
「だからさ、黙ってないで言ってごらんよ。アタシにしかできない何かがあるかもしれないだろ?」
「……何を言えばいい。」
「全部さ。アイツらと出会った時から今までのこと。アンタの記憶に引っ掛かってること全部。アイツらは根っから
私の何を見て信用してくれたのか。そこまでは分からない。
「……三年前だ。奴らが俺の前に
だけど、私の
――――三年前、ブラキア某所
「
ソイツらは血の臭いと
私は同じ
ブラキアの独立戦争に
だが、ソイツらは何処からか私たちの
「貴方も耳にしたことくらいならあるだろう。クレニアという島で行われている
その時からすでに奴らは私の
「そこで、取り引きを
「取り引き?」
「なに、
奴らは自分たちの
ロマリアの研究員であること。生物兵器を
「なぜお前たちを
すると、先頭の男が笑って答えた。
「その大会の
「……」
「お
私は自分の耳を
「
まるで私の心を読むかのように、ソイツは私の
「貴方は、望む生き方を進もうにも少しばかり有名になり
賞金稼ぎという大金の動く仕事があることも知っていたが、それも同じ理由で
それは「ブラキア」という国の今後に大きく関わる。だからやめて欲しい。戦友からそう言われた。
「英雄」という
「ブラキアにしか
「……」
「だが安心したまえ。クレニア国際武闘大会は世界が
「……」
男は私の口を完全に
「血だ。この試験管二本分の血を大会の
自分の『力』が異質であることは小さな
それを使って連中が人を殺す兵器を造ろうとしていることも十分に理解していた。
それでも――――、
「賞金は……、優勝賞金の何割が私のものになる。」
「ハハハ、我々をそこいらの
それだけのことが、世界に、ブラキアの地に、どれだけの血を流すことになるのだろうか。
それでも、この手でエレナの光を取り戻すことができるなら。
俺は連中の条件を飲んだ。
だのに……、そこまでの覚悟を決めたにも
クレニアの武闘大会は優勝者以外に
私は新たな「罪」だけを
「残念だったな。」
奴はそう言って笑っていた。
そうしてやって来た
……そう。私はすでに奴らの
私は無言で奴らを
「前回は実に
「……」
「そうそう、今回は貴方に良いニュースもあるのだった。」
「……」
「聞きたくないのかね?」
「……なんだ。」
男は声だけで笑い、短くなったタバコの火を指先で消しながら言った。
「ボーナスだよ。…
男の表情は
だが、何かもっと大きな代償を求めてくるだろうということだけは予測できた。
だからこそ私は
だが……、
「
私はまたも自分の耳を疑った。思わず目を
すると奴は出会って初めて、大口を開けて笑った。
「ハッハッハ。戦場の血と肉を愛する英雄とはいえ、意表を突かれるとそのようなオモシロい表情も見せるのだな。」
さらに男は次の反応を
「そうだ。見事、全ての試合で
新しいタバコを取り出し、その
「貴方の娘、エレナと言ったか。医者になるのが夢なのだろう?」
奴らは何でも知っていた。
まるで私自身が奴らに語ったかのように。何でも。
「”ヒトの命を救う仕事”、いいじゃないか。彼女の未来は貴方にとって40億に
私は返事をしなかった。
「まあ、これはあくまでボーナスだ。受ける
…返事が、できなかった。
「イエス」とも、「ノー」とも。
罪を
「戦士グルガの
それでも、男は俺の心の奥底を
――――現在、
「……」
彼の語った話の内容はおおむね予想通りだった。
「さあ、私は話した。今度は君の意見を聞かせてくれないか。」
彼の表情は変わらない。まるで私自身がロマリアのクズ連中のように睨みつける。
「単純なことさ。
「何?」
「少し遠回りはしなきゃだけど、インディゴスの知り合いに戸籍を
もちろん、大会期間中、一切の
彼は私の提案を
現実を見詰めるエレナと一緒にいる
そういう流れになると思っていた。
その
だけど、さすが仮にも国の代表になった経験があるだけあって彼は私が思った以上に先を見る目を持っていた。
「ガーレッジやミレントはどうなる。」
「……」
「アレが私と関わった人間を
彼の言う通り、獲物を
今だって、奴らはアタシたちを
もしも、このタイミングで彼が
でも…、仕方ないんだ。
「一度、敵をつくっちまったら何かの犠牲なしに抜け出せない。アタシだってこんなこと言いたくて言ってんじゃないんだ。アンタだって戦場で学んだんじゃないのかい?今の状況はエレナを危険に
「……君と話すことはもうない。」
話を打ち切り、彼は去っていく。
「今はそれがベストなんだよ!でも、じきに状況は変わってくる。バカな連中が
…それ以上、彼は私の呼び掛けに応えてはくれなかった。
気付けばアタシは一人残され、前を見る視線は行く
……クソッたれ。
彼は太陽で満たされたブラキアの生まれで、アタシはコンクリートに抱かれたアルディアで生まれた。
この差は思った以上に大きかった。
彼は人間の
認めなくても生きていける「力」と土地に
だから、アタシの言葉が分かんないんだ。
……クソッたれ。
それとも、アタシって人間が誰かを護ろうなんて考えることがそもそも、何か、間違えてるって言うのかい?
だったら…、だとしたらアタシは何のために……
別に落ち込んでなんかない。
だけど、アタシの足は
――――数分後
……なんだか
彼にくっ付いてたはずの
…五つ。
後ろに三つ。前に一つ。上に一つ。
アタシの
可能性が高いのは前者だけど…。でも、だから何なの?
今さらアタシみたいな「小物」を
確かに、アタシはアークと
だけど、今、このタイミングは何か不自然な気がする。
それとも、「シャンテ」とはまったく関係ないところで
彼と関わったから。
脱走するように
もしくは、彼を
…だとしたら、むしろ
もしもまた、あの黒いドラゴンを殺した時の『力』が出せたなら、二人の
ダメだったとしてもどの道、この状況で連中の「目」から逃げる
――――十数分後
ダメもとで人目のある所でいくらか
3手に分かれてるから
アタシは大人しく表通りから外れ、
すると、アタシの呼び掛けに応えるように連中はあっさりと私の前に現れた。
「……それで、アンタらはアタシに何の用なんだい?」
アタシの意図を
「我々の存在に、いつから気付いていた。」
現れたのは16人。少し離れたところに4~5人。どうあってもアタシを逃がしたくないらしい。
「闘技場を出てからさ。」
「フッ、さすがだな。
多分、彼を脅してるヤツらで間違いない。
「アンタらの息が臭すぎるんだよ。歯はちゃんと
アタシの
「
……アタシの名前を知ってる。だけど、アルディアにいた奴らじゃない。
「来たくて来たんじゃないさ。」
少なくとも、アタシはコイツらを知らない。
「ほう、ならばなぜここにいる?」
「バカだね。アンタらに話す
今さらどう取り入ったって見逃してくれるわけがない。
……それに、連中の様子を見る限り、彼を操るために利用するという風でもない。
そうなると、アタシに接触してくる理由がやっぱり分からなかった。次に出てくる男の名前を聞くまでは。
「なるほど、グルナデと組んでいただけある。なかなかに
男は満足そうに笑っていた。
「……アイツは、この島に来てんのかい?」
「おや、さすがにパートナーだっただけはある。彼に
「アタシが聞いてんだ。答えな。」
「おっと、すまない。我々の間に”話す義理”というものはないのだったな。」
「だったら
タイムリミットを
後ろから付けていた3人が姿を現し、完全に
「確かに、義理はない。だが少々、
「アタシにはない。話しは終わりだ。分かったらサッサとそこを
「おやおや、もっと頭の切れる女だと聞いているんだがな。それとも我々を
だけど、それ以上奴らから近付いてくる気配はない。
何がしたいんだ。…アタシを試してんのか?ここで『力』は使うべきじゃないのか?
奴らの気配に
あるのは
…ここは逃げる素振りだけ見せておいて大人しく捕まっておくべきだろうか。
「そうそう。君に声を掛けた理由はもう一つあってね。」
アタシに逃げる意思がないと分かったのか。男はゆったりとアタシに歩み寄ってきた。
「!?」
気付かない間に魔法で体の自由が
術自体は大したことない。その気になれば
男はアタシの
「……腹いせさ。」
アタシの視界は
深い深い闇の底へ、落ちていく。
※サー(sir)
英語で自分よりも社会的階級が上の「男性」に使います。(おおざっぱな説明ですが)