聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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潮騒の家 その五

――――クレニア闘技場(とうぎじょう)、係員控室(ひかえしつ)

 

そこには十数人の黒づくめの男たちがいた。

彼らは各々(おのおの)に任された作戦の成果(せいか)報告(ほうこく)し合っていた。

「予定よりも随分(ずいぶん)と遅れたようだが、何かあったのか?」

「アルディアの支部が(つぶ)された。その後始末(あとしまつ)をしていたのだ。」

一人の報告が半数の男たちをザワつかせた。

「アークか?」

「そうだ。あとエルクもだ。」

「”エルク”というと、ボスのお気に入りのことか。」

「ああ。」

「その実験体は?今度こそ(とら)えたんだろうな?」

「いいや、今一歩のところでアークに持っていかれてしまった。」

アルディアから飛んできたという半数を代表する男が淡々(たんたん)と答え続ける様子に、クレニアに駐留(ちゅうりゅう)していた半数の内の一人が(たま)らずに異論(いろん)(とな)えた。

()せん。アークならいざ知らず、実験体ごときに遅れをとるボスではないはず。あの方はわざと”家”を潰したんじゃないのか?」

しかし彼も、彼を(ふく)む全ての黒づくめたちも、それがどれだけ無意味なことなのか。よくよく理解していた。

それでも、彼らの中にはまだまだ()()()()()が多く、彼らの中に残る「人間の部分」が反発を覚えずにはいられないのだ。

それを、アルディア側の男は言い方を変え、問いただした。

(うたが)っているのか?あの方を。」

「……いいや、なんでもない。少し取り乱しただけだ。」

男はどうにか()みとどまることができた。()()()()()()()()

ボルサリーノを目深(まぶか)(かぶ)り、(おろ)かな自分を(りっ)することに(つと)めた。

 

ところがアルディアの男は、一度ボロを出してしまった彼を執拗(しつよう)(ため)してくる。

「あの方は(つね)最善(さいぜん)()くしている。ご自身の快楽を満たすためにな。」

「分かっている!だからこそ俺たちはこんな余計(よけい)任務(にんむ)()わされているんだ!」

愚かな男は持て余す『力』で頑丈(がんじょう)な石壁を(なぐ)り、いくつかの石材(せきざい)()()がした。

疑念(ぎねん)はない。だが、どうやら不満はあるらしい。」

「…当然だ。だが、俺たちにそれは許されてない。分かっている。分かっているからこそ、作戦は継続(けいぞく)している。どうだ、これで満足か?」

「私はどうもしないさ。お前の好きにすればいい。お前の行動の一つひとつもまた、あの方を(よろこ)ばせるシナリオの一部というだけのことだ。」

それも分かっていた。

彼らのボスがあらゆる状況の変化に対応する天才であり、(せま)苦境(くきょう)娯楽(ごらく)へ、(あた)えられる苦痛を快楽へと変えてしまう狂人であるということも。

「そして、私もそれを楽しんでいる。たとえ、この命が明日にでも切られるクズカードだったとしてもな。」

失敗も裏切りも、延々(えんえん)と切り続けるポーカーの1(ワン)ゲームにすぎない。

「……クソッ!」

彼らは、たった一人のギャンブラーが手にした幾万(いくまん)人形(カード)の一枚でしかない。

それ以上でも、それ以下でもない。

 

「その辺にしておけ。」

愚かな男を退()がらせ、別のクレニア(がわ)の一人が作戦の対象(たいしょう)だったアタッシュケースをアルディア側に渡した。

「これが今回の”船賃(ふなちん)”だ。」

「…私は初めて手にするが、なるほど。たった一杯(いっぱい)の血液でさえ、これほどの寒気を覚えさせられるものなのだな。」

中には二本の試験管が入っていた。

アルディアの男は何者かの血液で満たされたそれを目の前にかざすと、ソレから感じる異質な『力』に闘争(とうそう)本能を()()てられていた。

「それ一本でレベル3のキメラがおおよそ百体は(つく)れる。…ヴィルマーがいればの話だがな。」

「問題ない。今はアレの()わりもいる。」

アルディアの男は試験管をケースにしまうと、現在、”(しせつ)”全体が上げている成果と次に必要な()()明記(めいき)した書類をクレニア側に渡した。

「…フン、5年も経てば”天才”も”凡人(ぼんじん)”か。恐ろしい技術の進歩だな。」

「もはや我々は人間ではないからな。人間(やつ)らの歩幅(ほはば)に合わせてやる必要もないというだけのことだ。」

「……確かに、任務は受理(じゅり)した。」

クレニアの男は受け取った書類を他の男たちに渡し、目を通すように指示(しじ)する。

 

「それで、もう一つの任務は予定通り進んでいるのか?」

アルディアの男は(うず)く闘争心を(しず)めるために(ふところ)から紙タバコを取り出し、火を()ける。

「手段は三年前と変わらない。だが今度こそ、”本体”をそちらに送ることができるはずだ。」

「そうか。」

煙を(くゆ)らせ、気持ちを落ち着けると、アルディアの男は静かに言葉を()()した。

「『期待(きたい)している』、あの方の言葉だ。」

それは彼らにとって、もっとも分かりやすい「最後通告(つうこく)」の形だった。

「……分かった。」

「あと、我々はもうしばらくここに滞在(たいざい)する。」

「…それも命令か?」

当然(とうぜん)だ。だが、気にする必要はない。お前たちを”監視(かんし)する”という意味ではない。単に別の用事を()ませるだけだ。」

ここ、クレニア島で彼らが受け持つ任務以外の用。それは彼でなくてもすぐに予測(よそく)することができた。

「”A”か?」

言い当てたクレニアの男に対し、アルディアの男は口の中に()めた煙を飲み、不敵(ふてき)な笑みを浮かべて答えた。

「ああ、そうだ。動くなら今だろうというのがあの方の考えだ。」

笑う男の(はだ)が、薄く灰色に変色していた。

「…くれぐれもこちらの邪魔はしてくれるなよ。」

「そうだな。気を付けよう。」

笑みを浮かべたまま部屋を後にするアルディアたちの背中を、クレニアの男は(にく)らしげに見つめ続けていた。

 

 

 

――――クレニア闘技場、リング

 

スーツに(ちょう)ネクタイ、髪の毛をポマードでガッチリ()()けた男は、リングの中央に立つとマイクを片手に深々(ふかぶか)と頭を下げた。

「皆様、大変長らくお待たせしました。第3回クレニア国際武闘大会、準決勝、まもなく開始いたします。」

男が宣言(せんげん)すると、割れるような歓声(かんせい)がそれに続いた。

「司会進行は引き続き、”マイクとハンドルをこよなく愛する男”ことキャッチャー・マママンがお送りいたします。」

…なんて独特なネーミングセンスなの。

 

私は知らなかったのだけれど、このMC、その(すじ)では知らない人間がいないほどの有名人らしい。

裏表問わず、大きな格闘(かくとう)大会には必ずこの男が現れ、会場を()かせるのだとか。

そして、死人の出る大会であっても一般の観客に不快な思いさせないその実況力から、血飛沫(ちしぶき)花吹雪(はなふぶき)に変える”魔術師”とも、理性の”売人(ばいにん)”とも呼ばれている。

 

「昨日の決闘(けっとう)をご(らん)になった皆様はすでにお気付きのことでしょう。今大会、かの剣闘士(けんとうし)のメッカ、ニーデル武闘大会の歴史を見ても前例のない、(おそ)ろしいほどの強者(つわもの)たちがここに集結(しゅうけつ)しております。」

マママンの声は会場の隅々(すみずみ)にまで行き渡り、どんな雑音(ざつおん)もはねのけて観客席にまで届いていた。

()しくも一回戦で敗退(はいたい)した選手もしかり。見事勝ち残った選手4名は間違いなくこの世界の一端(いったん)(にな)っていると言っても過言(かごん)ではありません。」

「話し方」以上に「声」の出し方をよく知っている。

「聞こえる」というよりも、「聞き入ってしまう」声は何を言っても不思議と聞き手からの好感を集められる。

それをよくよく理解している風だった。

多分、歌手として活動してもそれなりに売れたんじゃないかとも思える。

 

そんな名司会者はこの大会を世界一の祭典(さいてん)にすべく、自慢(じまん)口上(こうじょう)を次々に(なら)()てていく。

「ある者は、”殺人鬼”と(しょう)されながらもその罪状(ざいじょう)を上回る悪を潰し、法の(さば)きをはねのける異例(いれい)の賞金稼ぎ!ある者は各地の武闘大会において幾人(いくにん)猛者(もさ)をも()()せ、”はだかる巨人”の異名を欲しいままにする鋼鉄(こうてつ)の戦士!またある者は、銃弾(じゅうだん)()()う戦場において一切(いっさい)の火器を持たず、それでも数百の敵兵を死体に変えた英雄という名の怪物!!そしてある者はこの国の、いえ、世界の悪を根絶(こんぜつ)せんとその身を白き闇に()めた正義の暗殺者!!」

それは一本の映画のように()()()()()()()で語られていた。

弱い人間を(そそのか)す悪魔のように甘い果実(ことば)で歌われていた。

最高の大会をつくるために……。

 

「これだけ名のある猛者を集め、彼らの力が衝突(しょうとつ)する様を見届(みとど)けられる場所は世界広しと言えど、このクレニア闘技場をおいて他にあるでしょうか?」

いや、ない。

マママンも言っていた、問題を起こして運営を停止させられたニーデルの闘技場を(のぞ)いて、世界中から実力者を()(あつ)められるだけの力を持っているのは、()()()()()であることを(みと)められたこのクレニア闘技場しかない。

そもそも「国際」と名の付く富と権力が土台にあるんだから、他と(くら)べるのがそもそも間違ってるんだ。

「もしかすると彼らは人の皮を被った魔物なのかもしれません。だとするなら、ソレを()つのは誰なのか?それはもちろん、この大会を()べる者に他ありません!」

けれども、それらに()わされた観客たちは些細(ささい)な疑問に立ち止まるよりも、祭りの熱に当てられ、バカでいる方を選んでいた。

「なぜならここは本物の正義の(つど)う場所。最後にリングに立つ者こそ絶対の勇者であり、彼が悪を見逃すことはないからです。我々はそれを知っている。その(かがや)かしい光景を幾度(いくど)となくこの目に焼き付けてきました。」

一息置くと、MCは(ふく)らんだ風船(ボルテージ)に針を()すように、最後のフレーズを歌いきる。

「今日もまた、”我々”という”正当(せいとう)証人(しょうにん)”が、それを、世界に一つしかない光景を見届けようじゃありませんか。そのためにこのクレニア闘技場はあるのです!そのために我々はいるのです!」

マママンの後に続く数百人の歓声はもはや天変地異(てんぺんちい)に近かった。

 

たった一人の男の(くちびる)が、「人殺しは悪」というあって当然の倫理(せかい)(はる)彼方(かなた)へと吹き飛ばしてしまった。

 

それほどに人間は(もろ)く、それほどに人間は恐ろしい生き物なんだ。

 

「それでは早速(さっそく)、このリングを(いろど)る主役たちを召喚(しょうかん)いたしましょう!」

悪魔のような男は白手袋を着けた手を高々と(かか)げ、死地(リング)へ登ってくる二人の男たちへのエールを(さそ)った。

「北ゲートから入場してきましたのは、かのブラキア独立戦争で英雄となった戦いの(もう)()、グルガ・ヴェイド・ブラキール!」

それはまるで、大きな大きな、生きた黒曜石(こくようせき)を見ているような気分だった。

衣類(いるい)()()った彼の体はまるで丹念(たんねん)に焼いた炭のようにムラのない黒一色で()(かた)められている。

そして、その体の上から下までを走る筋肉の波は、人の肉なのに刃物も通さない硬質的(こうしつてき)()りを感じさせた。

 

(きた)えて()られるものじゃない。

生まれながらに勝ち得た自然的なもののように感じた。

それこそ、神様に愛された人形であるかのような。

 

「対して、南ゲートから現れたのは世界の法を退(しりぞ)け、(おのれ)の法を執行(しっこう)する異端(いたん)の賞金稼ぎジェナルド・エナ・バル・ブロンシア!」

通りで見かけた男がノシリ、ノシリと威圧的(いあつてき)に現れた。

要所(ようしょ)々々(ようしょ)だけを(あか)(よろい)で守った、ほとんど(はだか)に近い()()ちは自信の(あらわ)れなんだろう。遠目からでも彼を殺そうという目付きが見て取れる。

……だけど、ハッキリ言ってアイツじゃ彼には勝てない。

あの男が()()()()()()()()()()()()()()私にも分かる。

だけど彼みたいな本物には通用(つうよう)しない。チワワが熊に(いど)んでいるようなものだ。

筋力や技術面での強さじゃない。本質的な、生れながらに位置付けられた『力』の差が、二人の間にはある。

それだけ、彼の『力』が異質なんだ。

 

リングの中央に二人が(そろ)うのを確認するとママンはまた、白手(はくて)を高々と掲げ、最後の口上を()く。

「英雄が殺し屋の首を()るのか。賞金稼ぎがブラキア人を(さば)くのか。天はどちらの命を許すのでしょうか。我々はどちらの正義を見届けられるのでしょうか!」

……ブラキア人、白人の黒人への差別(さべつ)意識は未だに根強(ねづよ)い。

クレニア島に、この闘技場には今、白人しかいない。

マママンの一言は、彼らの白人であることへの優越感(ゆうえつかん)増長(ぞうちょう)し、マママンの発言に寄せられる共感を強めていた。

…確かに、彼は有能(ゆうのう)であるようだ。

「さて、お(しゃべ)りしか(のう)のない男の出番はここまでのようです。後はリングが語ってくれるでしょう。彼らの(こぶし)(つるぎ)一撃(いちげき)々々(いちげき)が我々の言葉になることでしょう。」

 

白い拳が天をさし――――、

「それではクレニア国際武闘大会、準決勝第一戦、グルガvsジェスター、開始です!!」

銅鑼(どら)(たた)くかのように大きく振り下ろされた。

 

けれど……、

 

実力差がハッキリしているとはいえ、これは一般人のケンカじゃない。凄惨(せいさん)な光景が(えが)かれるのは()けられない。

そういう期待(きたい)(いだ)いた観客(いっぱんじん)からの熱気を余所(よそ)に、二人は(にら)み合ったまま動かない。

動けないんじゃない。

多分、二人の間ではまだ始まってないんだ。

二人の(たたず)むリングに熱い視線と潮風(しおかぜ)だけが()()けていく。

準決勝に相応(ふさわ)しい、華々(はなばな)しい喝采(かっさい)(よど)みを感じたマママンはすかさず合いの手を入れ、会場(かま)に新しい(まき)()べた。

「戦いは始まったというのに両者に動きはありません。ですが、それもそのはず。二人の実力はもはや達人の(いき)さえも凌駕(りょうが)しているのです。例えるのなら、()れるいくつもの巨大な(かま)()けて前へと進まなければならない。一歩タイミングを見誤(みあやま)った時点で彼らの勝敗は決してしまう。そういう状況なのです!」

観衆(かんしゅう)の間に広がっていた闘犬(とうけん)のような野蛮(やばん)な戦いへの興奮(こうふん)一変(いっぺん)して、早撃ちのような息を飲む緊張感(きんちょうかん)にすり()わっていた。

 

そんな外野(がいや)(さわ)ぎなどお(かま)いなく、リングに立つ二人は淡々(たんたん)と言葉を()わしていた。

「英雄グルガ。俺ぁ、この時をずっと待ってたぜ。」

「……」

「…最高だ。…この気分、どうやったらテメエにも伝わるんだろうな?」

「……」

「分かってるさ。俺だってバカじゃねえ。テメエに勝てねえことくらい百も承知(しょうち)だ。けどな…、テメエなら知ってるだろ?”殺し合い”に強さなんか関係(かんけえ)ねえ。足腰(あしこし)の立たねえガキが伝説の勇者を殺す可能性だってあるんだ。……そういうのが好きなのさ、俺はな。」

紅い賞金稼ぎの顔には下卑(げび)た笑みが浮かんでいた。

唇からは(よだれ)(あふ)れ、目の焦点(しょうてん)次第(しだい)に目の前にいる敵から、(おく)の方、奥の方へとズレていく。

「殺し合い」を強調するように大剣を(にぎ)る腕が(ふく)()がり、(つか)がギリギリと悲鳴(ひめい)を上げている。

「…それがお前の『力』を大きくしているのだろうが、過度(かど)服用(ふくよう)は身を(ほろ)ぼすぞ。」

「ヤメロ。今さら常識人(じょうしきじん)ぶるなよ。ルールを守った人間がどれだけツマらねえもんか。テメエだって散々(さんざん)思い知っただろうが。え、ブラキア人よ?」

「……」

黒人(クロ)奴隷(どれい)(あつか)いされる世の中(ルール)嫌気(いやけ)がさした。だから戦争で黙らせたんだろ?俺も同じさ。ルールを絶対だと過信(かしん)してるクソみてえなヤツらを見てると吐き気がする。そんな時は仕事にかこつけて殺すのさ。」

さらに腕を太くした賞金稼ぎの『力』はとうとう()(おか)し、(やいば)自身が小刻(こきざ)みに(ふる)え始めた。

「するとどうだ?気分爽快(そうかい)ってなもんよ。」

そうして、(のぞ)く白い歯は言葉を知らない赤ん坊のように本能的で、衝動的(しょうどうてき)な何かを語っていた。

「俺は”俺”、テメエは”テメエ”。”平和”なんて頭の悪いルールは俺たちの人生に合わねえのさ。」

 

徐々(じょじょ)に、(かぶと)の下の()みに「一撃必殺」の殺意が()ざり始める。

「狂っているな。」

「ダハハ。さすがは底辺(ていへん)の人種と言われるだけあるな。いまいち俺の言葉が理解できてねえらしい。」

白人の上擦(うわず)った殺意と笑みを(ふく)んだ言葉が、黒人の心臓を(いや)らしく()(まわ)す。

そして、戦いが始まって初めて、紅い男は黒い巨人に向かって一歩、()()した。

「狂ってる?もしもそれが俺の言葉に対するテメエの答えなら、テメエだって狂ってんだよ。あんなクソの臭いしかしねえ国のために命を投げ出そうってんだからな。」

「……何?」

「経済力もねえ。お宝が眠ってる訳でもねえ。見渡す限り抱く価値(かち)のねえブスばっかりだ。」

一歩、また一歩……。

「ほらな?ブラキアなんて国も、そこで生きてる連中も、俺たちが流したクソが()まり溜まってできたようなもんだ。テメエは肥溜(こえだ)めのために死のうとしてるヤツを見てイカれてるとは思わねえのか?」

一歩、また一歩……。

「俺の言葉が気に()わねえか?だろうな。だから戦争ってやつはなくならねえ。だから人殺しってのはいなくならねえ。だから俺たちは殺し合ってんのさ。」

何人もの人間を殺してきたチワワは熊を笑い、熊の「本性」を(あぶ)り出していた。

「皆、皆、狂ってんだよっ!」

 

 

――――奴の言う「ルール」は確かに感じていた。

だが、私はそれを(くつがえ)すために戦ってきたんじゃない。

この拳は家族を護るためのもの。それ以上でも、それ以下でもない。

 

私が護るべき唯一(ゆいいつ)のもの。

「……一つ、忠告(ちゅうこく)しておこう。」

それを奴は今…、(けが)した。

「キサマのその鎧が私の拳を(にぶ)らせるなど努々(ゆめゆめ)思わないことだ。」

「アッハハハッ!知ってるさ!裸一貫(はだかいっかん)で戦車をぶっ(こわ)しちまうブラキアの”化け物”は今や、世界的常識なんだぜ?知らなかったのか?」

この『力』は彼らの命を照らすためのもの。

私はそれ知っている。

血が彼らを悲しませないために。死が彼らを(こご)えさせないために。

「キサマにブラキアの光を見せてやろう。」

私が必ず()()()()()()せてみせる。

「ククク、お手柔(てやわ)らかにな。」

 

 

黒い獣は腰を落とし、プロレスのような構えでジリジリとチワワに近寄った。

けれども先に仕掛けたのはチワワだった。

間合(まあ)いの外とい意表(いひょう)を突いて、ジェスターはまさに音速とも光速とも思える速さでその剣を振り下ろした。

魔法(くすり)で強化された剣はリングを深く(えぐ)り、周囲にダイナマイトのような爆風を巻き起こした。

獣は地面を()って()()()()()()()(かわ)すけれど、爆風に(なぐ)られ、吹き飛ばされていた。

「裁きだ、グルガ・ヴェイド・ブラキール!テメエのその排泄物(はいせつぶつ)みてえな血に(トール)(いかずち)をくれてやる!!」

ジェスターの掲げた右手に太陽にも(おと)らない光が生まれ、無数の矢が(はな)たれる。

「グッ!」

矢は彼の周囲(しゅうい)()(そそ)ぎ、逃げ場のない彼を(つらぬ)いた。

矢は肉を焼き、(ぞう)()がす。

人の肉や臓では()えられるはずもない。

そうして(もだ)える黒い化け物の首を、高速の剣が()()ばす。

 

 

……はずだった。

 

 

「……どうなってやがんだ、テメエの体はよぉ!!」

対峙(たいじ)する男は理解できないでいた。理解できないことを楽しみ、笑いながら剣を振り下ろした。

けれど、次の瞬間にその剣がその『力』を発揮(はっき)することは、なかった。

 

光の矢を受けた直後、高速で振り下ろす男の腕を、彼の黒く太い腕が(つか)んでいた。

 

魔法で『矢』を(ふせ)いだわけじゃない。鎧の一枚ですら(まと)ってない。

だというのに……、

光の矢に射抜(いぬ)かれたはずの獣は立っていた。

血の一滴(いってき)すら流すことなく、堂々(どうどう)と男の眼前(がんぜん)に立ち、黒く(するど)い両の目で敵を睨んでいた。

 

「この黒い肌には”太陽(ひかり)”が宿(やど)っている。俺たちを見守り、血を温める。」

「ゴオッ!?」

黒い獣は頭突きをくりだし、紅い兜を粉砕(ふんさい)する。

(ひたい)から流れる血は、黒い獣に化粧(けしょう)する。

「この血と肌は俺たちの(ほこ)りだ。」

かの戦場で「英雄」となった、あの化け物の姿に染めていく。

 

「アハ…、アッハハハッ!それでこそだ!それでこそだっ!!グルガ・ヴェイドブラキール!!」

頭のダメージで足腰が不安定になっていながらも、紅い賞金稼ぎはその大剣で獣の胸目掛けて鋭い突きを放つ。

けれども黒い獣は、速度の落ちたそれを片腕で易々(やすやす)(はじ)いてしまう。

 

その動きは賞金稼ぎのそれに遠く(およ)ばない。

けれどもその拳は”人の裁き”を()(くだ)き、男の全ての鎧を貫いた。

「グハッ!!」

二度目の重い一撃に悶えながらも、(くさ)っても異名を持つ賞金稼ぎは「敵から距離をとって魔法を撃つ」という戦況(せんきょう)を冷静に見る目を鈍らせなかった。

 

しかし、黒い猛獣はその「冷静さ」さえも逃がさない。

全身をバネにして()()した両の足は矢の(ごと)く、”審問官(しんもんかん)”の魔法が完成するよりも早く彼を射抜いた。

「グゥルガァァァ!!」

その瞬間を、”審問官”は(まばた)きすることなく見届けた。

「オゴォアァッ!!」

 

10メートル以上吹き飛ばされた”審問官”はリングの壁に激突(げきとつ)し、そのまま動かなくなった。

 

彼はただ、人を殴り、蹴り飛ばしただけ。

洗練(せんれん)された戦い方をしたわけでもない。

それなのに、その数分の間で繰り広げた一匹の獣の猛攻(もうこう)は、見守るヒトの目に一つの神話を見せていた。

 

「黒い人」というハンデを背負(せお)いながら、光を味方につけ、光を(あやつ)る殺人鬼を(またた)()に捻じ伏せてしまった。

 

「黒人が裁かれないはずがない」

彼に期待を寄せる人間でさえ、その思いはどこかにあった。

それなのに、現実は彼らを裏切った。

 

常識を打ち破る瞬間は彼らに覚えたことのない衝撃を与え、理解を追い付かせなかった。

 

そんな衝撃的な光景の中で、その男だけは自分の仕事へと立ち返ることができた。

「……勝者、グルガ!…最強の拳闘士(けんとうし)グルガ!」

彼の言葉がなければ、黒い獣を(たた)える沈黙(ちんもく)が永遠に続いたかもしれない。

「殺人鬼の(いつわ)りの裁きを退け、準決勝を見事勝利したのはブラキアの守護神、グルガ・ヴェイド・ブラキールであります!!」

たちまち響き渡る彼への称賛(しょうさん)は、純粋(じゅんすい)に彼の勝利を祝福していた。

大金を()けた者も、命を賭けた者も、そうでない者も。

彼の(たたか)いは人を選ばず、見る者の心に(まばゆ)いばかりの()の光を降り注がせた。




※謝肉祭
簡単にまとめるとキリスト教(カトリック)の風習で、「復活祭」(キリストの復活を祝う祭り)の前にある断食期間。その前に思う存分、羽目を外そうぜ!肉とかいっぱい食べちまおうぜ!っていう祭りが「謝肉祭」です。

※ボルサリーノ
イタリアに本社を置く帽子のブランド名。
フェルトで型どったソフト帽のこと。マフィア屋さんがよくかぶってるやつですね。

※石壁
石材を積んでつくった壁。

※レベル3
作製したキメラの総合能力値を指しています。
レベル1につき原作でのレベル20相当と考えてください。
なので、この話でのレベル3→原作でのレベル60。だいたい物語の中盤から後半にかけてのザコ敵のレベルですね。

※ジェスターの裸に近い出で立ち
裸ではありません。服着てます。
戦闘時の視点からの「裸」という意味で、グルガみたいな本物の変態さんではありません。

※ブラキア人を裁く
世界的に、ブラキア人のような黒人への差別意識は強く、彼らの独立を快く思わない人は多い。
そのため、正式に独立が決まった後も、彼らはしばしば「罪人」と呼ばれている。

という私設定です。m(__)m

「もうちょっと地の文を上手く書けたらな」という反省の残る回でした(^_^;)

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