聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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潮騒の家 その四

翌朝は、私にとって生れて初めてと言ってもいい気持ちの良い目覚(めざ)めになった。

(しお)の音と(にお)いの()()んだ羽毛のベッドは一つの生き物のように私を抱きしめてくれたし、(ほお)()す朝日は風になびくカーテンのように優しかった。

「おや、もう起きたのかい。どう、よく眠れた?」

「ああ、お陰様(かげさま)でね。」

朝食の支度(したく)をしているミレントとすれ違い、私は少しだけ朝の風を当たりに外に出た。

 

外に出ると潮の音と匂いは()くなる。

それでも潮たちは挨拶(あいさつ)をする猫のようにソっと()()うだけで、少しも(わずら)わしいところはない。

「最悪だね、ここは。」

なんだかここに来るまでの自分が別の生き物のように思えてしまう。

自分を見失(みうしな)ってしまいそうになる。

……それじゃあダメなのに。

 

町の入り口でバッタリ出くわした黒い大男に(した)しみすら覚えてしまう。

「…おはよう。」

「おはよう。よく眠れたか?」

「そうだね。まるで天国にいる感じがしたよ。」

「そうだな。大会期間中は()()の多い(やから)が増える。それでも、ここの風はそれを忘れさせてくれるくらいに清々(すがすが)しいものだ。」

自分のやったことを忘れてしまう加害者(かがいしゃ)ほど(たち)の悪いものはない。

私たちだって、人殺しなんだ。それを忘れさせるこの島はやっぱり、最悪だ。

 

「何してたんだい?」

目の前に立つと、彼はもはや(くま)か何かのようにも見える。

のしかかられたら()(つぶ)されてしまいそうなくらいその身体(からだ)はつくり込まれていて、思わず一歩引いてしまう威圧感(いあつかん)もある。

「気持ちを落ち着けていた。」

彼の目は昨晩(さくばん)のようには笑ってない。

戦争に向かう男の目をしている。

「…アンタは、本当にそれでいいと思ってるのかい?」

賞金(しょうきん)の使い道はわかりきってた。

 

(たし)かに腕の良い医者に()てもらえればあの子の目はすぐにでも良くなると思う。

だけど、それはあの子から「グルガ」という父親を(うば)うってことと(おんな)じなんだ。

あんな(いと)おしい笑顔を育てた家族を、あの子から奪うんだ。

他ならぬこの男が。

「……決めたことだ。それに、これ以上私があの子の(そば)にいれば、それこそあの子を不幸にしてしまいかねない。あの子に少しも()がなくても、私がまたあの子を傷付けることになるだろう。こうするしかない。考えれば分かることなんだ。」

 

…言ってることはよく分かる。

人殺しに良いも悪いもない。

寿命(じゅみょう)なんてトボけたものだってありゃしない。「殺される(しぬ)」まで誰かに(ねら)われて生きていく。

そして、殺した人数が多いほど、周りの人間が先に死んでいく。

「英雄」と呼ばれる(ほど)の人間ならなおさらだ。

一番近い人間から順番(じゅんばん)に。ジワジワ、ジワジワと。

 

でもさ、違うだろ?

 

本当はアンタだってあの子と一緒(いっしょ)にいたいんだろ?

どんなにあの子がアンタにとっての「(つみ)」の象徴(しょうちょう)だったとしても、アンタはあの子を愛しちゃったんだ。

本物の親と子のように。

でなきゃそんな顔、できる(わけ)ないもの。

でも、どうあってもアンタはあの子の「光」を奪った自分が許せない。あの子に広い「世界(ひかり)」を見せてあげたいと思ってる。

だから(たたか)ってるんだろ?それが運命の(わか)(みち)だと分かってても。

 

……でもね、エレナだってそんなこと(のぞ)んじゃいないんだよ。

あの子は今までのこと全部()(くる)めて、アンタを「唯一(ゆいいつ)の父親」だと(みと)めてる。

だって、考えてもごらんよ。

いくら目が見えなくなったって、記憶がなくなってたって、子どもに産みの親と他人との区別(くべつ)ができないわけないだろ?

それに、あの子は(かん)(する)いからアンタが「危ない男」だってことも薄々(うすうす)気付いてるはずだよ。

それでもアンタを「お父さん」って呼んでるんだからそれは…、そういうことなんだよ。

アンタは、あの子にとって誰にも()わりのできない大切な人になってるんだよ。

 

もしも「光」がアンタを奪うなら、あの子は「光」を望まない。

たとえ、それが原因(げんいん)で自分の死期(しき)が早まったとしても――――。

 

分かってる。

分かりきってることなのに、私はあの子の気持ちを彼に(つた)えることができなかった。

その背中を押してあげることもできなかった。

 

()()めなかった。

 

……自信がないから。

今までの自分に。私を産んだ両親に。

 

エルクやリーザにはズケズケと言えた自分が嘘みたいだ。

この二人のこととなると、どうしてだか臆病風(おくびょうかぜ)が私を(こご)えさせる。

一方的に(こぶし)(うった)えてきたあのクソ親父(おやじ)にだってこんな弱気になったことなんかない。

 

(こわ)いの?

 

今さら?

 

幸せな親子(コイツら)()れていることが。

アタシの全てが「間違ってる」って正面から言われてしまうんじゃないかって。

これじゃあ、あのガキどもと変わらないじゃない。

 

……ううん。そうだ、そうなんだ。

 

あのゴキブリに似てるのは彼じゃない。アタシの方なんだ。

ゴキブリだけじゃない。あのガキどもも含めて、アタシは世の中の悪い部分の全てを持ってる。

その証拠(しょうこ)に、アタシがあの子を笑顔にさせたのなんて数えるほどしかなかったじゃないか。

ゴミみたいな親から産まれて、ゴミみたいな男たちに(かこ)まれ、ゴミみたいな金と肉を食べて(そだ)ったアタシが「幸せな家族」の何を知ってるっていうの?

「…すまない。なぜか君には余計(よけい)なことばかりを言ってしまう。忘れてくれ。」

「余計なこと?」

「あ、いや。今のは私の言葉が悪かった。すまない。」

「……」

そうだよ。間違ってないさ。アタシには手も足も出せない「余計なこと」なんだよ。

そんなアタシが、あの子の代弁(だいべん)なんてできると思う?

そんなの――――、

「でもさ…、もしもだよ――――」

 

………姉さん……

 

「どうした。」

「…ううん、なんでもない。…大会、頑張(がんば)んなよ。」

――――できない。アタシには。

「ああ、無論(むろん)だ。」

彼の目は力強かった。

悲劇(ひげき)に向かってるって知ってても「勝利」を(つか)みとろうとする男の顔は、鬼や悪魔にも引けをとらない気迫(きはく)()ちていた。

……でも、(あわ)れだ。

 

どんなに傷付いても。どんなに恐くても。

彼は(あゆ)みを止めない。

まるで神様みたいに。

そんな彼にアタシは(おび)えてる。

 

………クソッたれ。

 

 

 

――――カジキ(てい)

 

「……お父さん、頑張ってね。」

宿(やど)の前で、エレナは心の(そこ)から愛する人の無事(ぶじ)(いの)った。

「エレナ、大丈夫だ。私はきっと帰ってくる。」

大きな大きな神様が、小さな小さな女の子を抱きしめ、(ちか)いを立てている。

親子の間にあるありふれた光景が、今のアタシには一枚の宗教画(しゅうきょうが)のように見えた。

 

「本当にこれっぽっちでいいのか?」

「大丈夫、ちょっと気分転換(てんかん)がしたいだけだから。」

エレナと一緒にグルガを見送り、エレナの歌の練習に付き合った後、アタシは仕事の手伝いと()()えにガーレッジから少しの金を()りた。

数枚の(さつ)をポケットに()()み、人間と同じように町を()(ある)く猫の相手をしながら、適当(てきとう)な酒場に足を向ける。

 

――――酒場「(こわ)れたピアノ」

 

「ラペシア様が負けてしまうなんて……。この世はどうかしているわ。」

「確かにどうかしとる。まさか、あのバグズが負けてしまうとはのう。」

「だから言ったんだ。優勝はジェスターだってな。」

「でもねお兄さん、クレイムだって(すご)かったじゃないか。」

まだ朝も早い時間だってのに、酒場ではすでに試合初日の熱を()()小庶民(しょうしょみん)が思いおもいの喜怒哀楽をアルコールで()やしていた。

「この島は初めて?」

音量調節のできない呑兵衛(のんべえ)たちを()()け、給仕(きゅうじ)の女がバツの悪そうな顔で注文を取りに来た。

「うるさくてごめんなさいね。ここって娯楽(ごらく)が少ないからさ。皆、三年に一度の大会に命()けてるみたいなところがあるんだ。」

「別に(かま)わないよ。こういうのが聞きたくて来てるから。」

聞けば、酒場の主人でさえ仕事を娘に押し付け、客と一緒になって一日中(さわ)()てているという。

 

「ところでさ、今回の優勝候補(こうほ)ってのは誰なんだい?」

給仕は(から)んでくる父親をうるさげにあしらい、アタシに()(なお)ると少し(こま)ったような表情を浮かべた。

「私はあんまり大会に興味(きょうみ)がないからよく分からないんだけど、一番人気はガルバーンみたいだよ。」

少し意外(いがい)な答えだった。それと同時に感心していた。

てっきり、一番人気は彼だと思っていた。

アタシはまだ彼の実力を見てない。

だけど、経験を(たよ)りに言うなら、少なくともアタシの知る限りでは―――アルディアという(せま)い地域限定だけど―――、彼ほどの実力者はあの悪魔たちも含めて数人しかいない。

そんな彼の名前を軽々(かるがる)()退()けてしまうくらい、世界ってのは広いらしい。

そう思った。

今のアタシには関係ないけれど、ちょっとした好奇心に手を引かれ、酒を一杯(いっぱい)注文しながらアタシはもう少しだけ()()んでみることにした。

 

「そのガルバーンってのはどんな奴なんだい?」

給仕はアタシを丁度(ちょうど)いい話し相手だと思ったのか。休憩(きゅうけい)がてらアタシの向かいに腰掛(こしか)け、他愛(たあい)もない質問にヒソヒソと意味深(いみしん)に答え始めた。

「何でもね、彼自身いわくつきの賞金(かせ)ぎなんだけど、そのバックにはもっとキナ(くさ)いスポンサーが付いてるらしいよ。」

 

……なんだ。そういうことか。

ちょっとした好奇心への、単純(たんじゅん)すぎる答えにアタシの好奇心(それ)嫌悪感(けんおかん)に変わっていた。

「世界を(また)にかけるお祭りなんだ。その手の連中が()じってたって不思議じゃないさね。」

「……お姉さん、もしかしてそっち(がわ)の人?」

もっと違う反応を期待(きたい)していたらしい給仕は拍子抜(ひょうしぬ)けといった顔で聞き返してきた。

「まあね。」

「やっぱり。」

太々(ふてぶて)しく笑ってみせると彼女はまた()()きとした表情を浮かべ、アタシとの()()りを楽しもうと身を乗り出してきた。

 

確信(かくしん)とまではいなかいけれど、十中八九ヤツらだ。

だったら、ここから先は慎重(しんちょう)に動かなきゃ。

その()()()()()接触(せっしょく)すべきか。それとも、大人しく連中のお遊びが終わるのを待つべきか。

……さて、どうしたものか。

まさかこんなに早く戦線(せんせん)復帰(ふっき)するなんて思ってなかった。

 

……

 

急に、あの二人が邪魔に思えてきた。

「ねえ、もっとその男のことで知ってることはないのかい?」

あの二人がいなきゃもっと自由に動けたはずなのに。

「……ここだけの話だよ。」

 

そしてアタシの思った通り、給仕はアタシが筋者(すじもの)と繋がりがあると分かった上で、若い連中にありがちな「恐いもの見たさ」をその(くちびる)から(のぞ)かせてきた。

 

給仕の子いわく、ガルバーンはニーデル国の裏舞台(ぶたい)を中心に活動している暗殺集団の一人らしく、今まで殺してきた人間は政界(せいかい)要人(ようじん)富豪(ふごう)連中など。その数は二桁(ふたけた)に昇る。

けれど、彼らが殺してきた連中は(みな)、周囲から「悪徳(あくとく)」と(しょう)され、国民を苦しめてきたのだとか。

…つまりソイツらは、(ぞく)に言う「義賊(ぎぞく)」を気取(きど)っているらしい。

 

たかがいち組織(そしき)に政界の要人がバンバン殺されてるとなるとそれは国の沽券(こけん)にも関わってくる。

「そんな厄介(やっかい)なモンをよく国が野放(のばな)しにしてるね。」

それに、そんな目立ったことをしてるヤツらをアタシが知らないってのもなんだか()に落ちない。

「皆、ガルバーンたちに感謝してるのよ。」

「そりゃあ、国のお(えら)いさんも(ふく)めてってことかい?」

「そうだよ。むしろ、そのトップが(やと)ってるんじゃないかって(うわさ)だよ。だから彼が槍玉(やりだま)()げられないように報道陣(ほうどうじん)買収(ばいしゅう)してるんだって。」

今のグローバル社会の中で、たかがいち国家のトップが動いたところで一面記事をそう何度も隠し通せる訳がない。

だからこそ、ヤツらが(から)んでる可能性が高い。

 

「賞金稼ぎ」って肩書(かたが)きは、その工作(こうさく)一環(いっかん)として使われているんだろう。

ついには、暗がりから突如(とつじょ)姿を見せる白装束(しろしょうぞく)というスタイルから「白き(まぼろし)」なんて異名が必要になり、こんな大会に()()されてしまうくらい彼らは色んな意味で(はば)()かせてしまっているらしい。

そして、その男は今、この島の東にある無人の(やかた)に出入りしていて、そこに彼の(やと)(ぬし)がいるんじゃないかという。

 

つまり、そこにヤツらがいる。

 

「ふぅん。」

「で、お姉さんは何関係の人なの?」

…まったく、平和ボケした一般人(いっぱんじん)ってのは危機管理能力に()けてて、思わずこっちが心配になってしまうよ。

年頃(としごろ)の娘が(みょう)なことに深入(ふかい)りするもんじゃないよ。」

「あら、お姉さんだってまだまだ若いじゃない。」

「だからさ。こう見えても色々(いろいろ)と痛い目みてきてるんだよ。」

「それって…、”女”としてってこと?」

思春期(ししゅんき)()(さか)りの(ひとみ)は「妙な好奇心」で一杯になっていた。

「ハハッ。アンタ、週刊誌の読みすぎなんだよ。あんなのが通じるのはごくごく一部の頭の(ゆる)い連中だけださ。」

アタシの言ってる意味がようやく理解できたのか。

給仕の「好奇心」は日常へと(きびす)を返していった。

「……もっと聞いてみたいけど、さすがにそっから先は危なそうだよね。」

「ようやく気付いたかい。分かったらホラ、アタシの飲み物も早く持ってきておくれよ。アンタのお陰で(のど)がカラカラなんだから。」

「ああ、ごめんなさい!すぐに持ってくるわ。」

父親と同じように仕事を(ほう)ったらかしにしていることに気付いた彼女は小走(こばし)りでカウンターの中へと戻っていった。

 

……もう、この世に、

アイツらの臭いのしない場所なんてないんだ。

キンキンに冷えたエールで喉を(うるお)し、窓から見える清々しい青空を見遣(みや)りながら、アタシはこの(くさ)った世界を再確認した。

 

 

――――クレニア島、闘技場(とうぎじょう)

 

広場から闘技場に続く道にはひと目、大会を見ようという観光客(かんこうきゃく)とそれを(えさ)にする露店(ろてん)でごった返していた。

「うわっ!ジェスターだ!」

そんな中、出場者の一人らしい男が道の中央を歩いていた。

そして、私はその男の名前に(おぼ)えがあった。

 

賞金稼ぎ、ジェナルド・エナ・バル・ブロンシア。通称(つうしょう)審問官(しんもんかん)

この男の通り名は、犯人を仕留(しと)める(さい)に振り下ろす剣を裁判長(さいばんちょう)小槌(ガベル)に見立てた皮肉(ひにく)で、その一閃(いっせん)急降下(きゅうこうか)するハヤブサも一撃で仕留めるとも言われてる。

だけど、

「あんま近寄るなよ。いつ斬り殺されるか分かったもんじゃねえからな。」

ジェスター自身、前科(ぜんか)6(ぱん)を持つ立派(りっぱ)な犯罪者だ。

その価値観(かちかん)典型的(てんけいてき)犯罪者のそれに近く、(かん)(さわ)ったというだけで無関係の一般人を何人も殺してきている。

それでも()()()が認めれば出場できるのが、この(もよお)しの(くる)ってるところだ。

「でもやっぱり準決勝に残るだけの貫禄(かんろく)はあるよな。」

逆に、ジェスターほどの達人かつ狂人を呼び寄せてしまうくらい、この武闘大会の喉の(かわ)きがうかがい知れる。

全部、大会側が仕組(しく)んでいることのように思える。

……あながち間違っちゃいないんだろうけれど。

 

お互いを押し合い、道を()()くしていた観光客が彼のために道を開け、ヒソヒソと噂を立てながら闘技場に向かうジェスターを見送っていた。

……どいつもこいつも無害そうなツラを(よそお)って、その下では豚みたいに血を(ほっ)してやがる。そうまでして殺し合いを楽しもうとしてやがる。

 

島の気風(きふう)は「平和」そのものなのに、闘技場が息をしているだけで風を(にご)らせてる。

そして、こっちの空気の中にいる方がアタシの体は居心地(いごこち)良く感じてる……。

 

 

――――闘技場内

 

中の空気はもっと(よご)れていた。

「おい、次、どいつが死ぬと思う?」

当然(とうぜん)、最後に立ってるのはガルバーンだけだろうぜ。」

「ジェスターの野郎(やろう)呑気(のんき)に眠ってやがる。余裕(よゆう)こいてる場合かよ!殺すぞっ!」

「おいおい。グルガの奴、何にも持ってねえけどまさか素手(すで)(たたか)うなんてこたあねえよな。(おれ)ぁアイツには100万()けてるんだぞ?」

「ダハハハ、バカだな。アレはしょせんクソ田舎(いなか)のケダモノなんだぜ?得物(えもの)を使うなんて(こま)けえことできるわけねえだろ。むしろ素手の方がアイツにとっちゃあ、お好みなのよ。長く、楽しく、工夫(くふう)して肉達磨(にくだるま)(こしら)えられるからな!」

酒場で感じたそれとはまるで違う、野卑(やひ)不純(ふじゅん)な熱気がいい感じに充満(じゅうまん)していた。

一方の、この大会の見世物(みせもの)たちは、(むせ)かえるほどの熱気も野次(やじ)も気に()めず、リングに続く門の前で静かにその時を待っている。

 

そして、彼らの実力が分かるからこそ、場内に不自然に配置(はいち)された向かい合う二体の巨人(ぞう)がアタシの目を()いた。

(かぶと)(かぶ)った青銅(せいどう)の巨人はまるでミノタウロスか何かのように()()がった裸体(らたい)(さら)し、それぞれが手にする警杖(けいじょう)交差(こうさ)させている。

罪人(ざいにん)(ばっ)する執行人(しっこうにん)のように彼らを静かに、()()ぐに見下ろしている。

 

「出場者以外の方は線より内側に入らないようお願いします。」

ガイドポール前に立つ係員が、身を乗り出す客に警告(けいこく)している。

ここでは彼らの言葉がルールであり、それを無視した時点で何が起きても自己責任になる。

客同士で(なぐ)()いになろうが、選手に斬り殺されようが。

 

その中にグルガの姿はあった。だけど、声はかけられなかった。

 

時間になり、一層(いっそう)ザワつく館内(かんない)に係員の声が(ひび)(わた)る。

「それではご観覧(かんらん)皆々(みなみな)様、()もなくクレニア国際武闘大会、準決勝を始めます。客席へとお戻りくださいますようお願いいたします!!」

まだ、選手はリングに立ってもいないのに、それを待ち望んでいた観客たちは一斉(いっせい)歓声(かんせい)を上げ、場内を(ふる)わせた。

 

「準決勝第一試合、グルガ・ヴェイド・ブラキール選手、ジェナルド・エナ・バル・ブロンシア選手。リングへとお進みください!」

係員が声を()り、巨像と同じくらい大きな扉がズリズリと音を立てて開いていく。

「初めに言っておくぜ。」

グルガに引けをとらない大男が正面から彼を(にら)みつけ、言った。

「必ずテメエを殺してやる。」

そして彼はこう答える。

「…好きにすればいい。これはそういう大会だ。」

(ガベル)を肩に(かつ)ぐ大男は笑い、黒い大男は正面だけを見据(みす)え、二人はリングへと進んでいった。




※自作自演のQ&Aコーナー【お目々の治療費】
Q:世界規模の闘技大会の優勝賞金がないとエレナの目は治せないの?
A:そんなことはありません。
一部を除き、ちゃんとした国籍を持っていれば国からの保険が多少出ますし、ちゃんとした病院で診てもらえば一般人でもなんとかなります。
ただ、「ブラキアの英雄」である彼には「敵国の娘」を養子にする手段がなく、エレナの国籍は空白になっています。
だから、エレナのために何かをするのならそれを専門にする裏稼業の人たちに頼むしかないのです。
クレニア島への渡航も、お目々の手術も。
だから高額な費用が必要になりますし、グルガは自分にできる方法で一刻も早くエレナの目を治そうとしているのでどうしても剣闘士のような生死に関わる稼ぎ方をするしかないのです。
(加えて、エレナの目が見えるようになった後の生活費、養育費も含まれているのでお金はあるにこしたことはありません。)

※沽券(こけん)
そもそもの意味は土地や家屋を売る際の証文(しょうもん)のことです。
それが人や組織の値打ち(体面や品格)という意味に派生しました。
「沽券に関わる」とは人や組織の面目、品位が損なわれるかもしれないという意味です。

※エール
ビールの一種です。
大きく分けてビールにはラガー(淡麗辛口)とエール(芳醇旨口)という2種類があります。
味的にはラガーは「さっぱり」、エールは「こってり」というような感じでしょうか。さらに言えば、ラガーよりもエールの方がフルーティな香りがあるようです。

※ジェスター(ジェナルド・エナ・バル・ブロンシア)
ジェスターは原作でも使われているキャラ名です。(原作ではモンスター”ソードマン”のグラフィックで登場します)
「振り下ろす剣を~」は彼の特殊能力「天の裁き」と「振り下ろし」をモチーフにしています。
一応、魔法剣士みたいなクラスにしようと思っています。

※ガルバーン
これも原作で使われています。(グラフィックなモンスター”スーパーシノビ”です)
ジェスター同様、詳しい設定はありませんが私的には、2007年にユービーアイソフトさんから発売された「アサシンクリード(一番最初に出たやつ)」のアルタイルみたいなイメージで書こうと思っています。

※ハヤブサ
通常の水平飛行で時速96㎞のハヤブサは、眼下に獲物を見つけ急降下する際、時速300㎞すら優に超えてしまうらしいです。

※警杖(けいじょう)
警察官や機動隊の使用する硬質な棒のこと。警棒よりも長く、犯人逮捕や遺留品の捜索、担架(二本の警杖と布を組み合わせて)として利用されているみたいです。
門番の人がエラそうにして持ってるイメージが強いですよね。

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