聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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大家のサイドビジネス その一

「エルク、おい、ハンターさんよ。目を覚ましな。」

目を開けると、髭面(ひげづら)の中年が足先で俺の頭を小突いていた。

そしてどうやら俺は、ベッドから転げ落ちているらしかった。

「ビビガ……。」

窓の外を見ると、町は寝かし付けられた赤ん坊のように静か。その様子を、真ん丸と輝く月だけが満足そうに見下ろしている。

「でかい面しやがって。」

悪態をついて、寝相の悪さをごまかしてみる。すると中年の男は呆れたというような顔で、悪態への感想を返してきた。

「俺もそう思うぜ。まあ、お前のその態度のデカさには負けるがな。」

特に返す言葉はない。俺だって自覚している。

 

(つら)の話も大事だがよ、仕事だぜ。エルク。」

訳もなく部屋の中を見渡してみる。悪夢のせいで脈は乱れているが、なんとか時計の針は読めた。

午前4時。もう、寝付けそうにないな。立ち上がり、クシャクシャになった毛布をベッドに放る。

「おい、エルク、聞いてるのか?」

「あ?」

「『あ?』じゃねえよ。大丈夫かよ。ハンターの仕事は寝ぼけてこなせるもんじゃねえだろ?じゃねえと、あっという間にピッカピカの輪っか(かぶ)ったジジババ()()()()()()()()の仲間入りだぜ。」

……まだ辺りは薄っすらと赤みがかっている。けれども、薄い。そして炎も、(しかばね)の山も、銃口も、白銀の(くじら)もいない。そりゃそうだ。()()なんだからな。

 

何にしたって度が過ぎれば毒のようなもんだ。全身がグッショリと濡れてやがる。心臓もなかなか落ち着こうとしやがらねえ。

苛立(いらだ)(まぎ)れに俺はベッドに倒れ込んだ。ブラインドを下ろし、差し込んでくる月の光も追い出した。

「お前、本当に大丈夫か?体調が悪いとか言うんしゃあるめえな。」

中年のオヤジが神妙(しんみょう)そうな面で覗き込んでくる。

「近いよ。……仕事、って言ったっけ?今日は乗り気じゃねえよ。すまねえな。」

「バカ言うなよ。もう前金は(もら)ってんだ。是が非でも動いてもらわにゃ困るぜ。」

「クーガーにでも回せばいいじゃねえか。あいつバカだから何でもホイホイやるだろ?」

「今回は単独での依頼なんだよ。身軽で器用なお前の方が向いてんだよ。」

『身軽で器用』そこだけ聞くとまるで今にも捨てられそうな女みたいだな。要は使い勝手が良いってだけだろ?バカにされて仕事の話なんか聞く気になれるかよ。俺は枕の下に頭を潜り込ませて完全にシャットアウトした。

だというのにビビガは()りずに話し掛けてきやがる。

 

「とにかく緊急の要件なんだ。飛行場をジャックされた。相手も単独なんだが、かなりの能力者で警官たちもお手上げらしい。」

「……化け物相手かよ。」

ゴロリと寝返りを打ちながら、俺は途端に苛立ち始めていた。ビビガが俺のスイッチを分かって言っていることを除いても、俺はそういった人種が嫌いなのだ。

「詳細は車ん中でだ。……やるか?」

是非もねえ。半分は腹いせだ。起き上がり、立て掛けてあった槍を乱暴に(つか)み取る。

「よっしゃ、決まりだな。表に車つけといたから準備ができたら来な。」

「もうできてるよ。」

肩当てを付けた短めのマントを羽織(はお)り、真っ赤なバンダナを()めながら俺は答えた。そんな俺を見てオヤジは吹き出した。

「お前のそういうところがデカイ()()だよ。寝坊の分も差し引いて十分に緊急対応。経費もほとんど必要なし。やっぱりお前に頼んで良かったぜ。」

「調子の良いこと言ってんじゃねえぞ。真夜中に叩き起こされたんだ。見合った報酬は貰うからな。」

嫌味のつもりで言った言葉に、ビビガは不気味なほど不細工な笑みを返してきた。

「言ってんだろ。だからお前に頼んだんだよ。」

「デカイのか?」

「ホシは単独。1時間前にターミナルに居合わせた一般市民を1人、人質に――――」

「ああ、ちょい待った。……行ってくるからな、茶太郎。大人しくしてろよ。」

愛犬の頭を()で、改めて車へと―――車へと向かおうとすると、俺の前に立つ髭面のオッサンが口を半開きにさせてこっちを見下ろしていた。

「……なんだよ。」

「まあ、お前がどんだけ行き遅れようと俺の知ったことじゃねえがな。」

「余計なお世話だ。」

「それに、茶太郎ってなんだよ。」

「それも余計なお世話だ。」

 

アパートの表にはすでに準備万端といったエンジン音を鳴らす車があった。ビビガの愛車だ。50年以上昔の型なのに、外観(がいかん)は新品同様でエンジンは絶好調。コツコツと改造もしているらしい。

「アンタも人のこと言えねえと思うがな。」

「おいおい、口に気をつけねえとテメエの部屋だけペット禁止にするぜ?」

こんな甲斐性(かいしょう)のなさそうなオヤジだが一応、ビビガは俺が住んでいるアパートのオーナーだ。

「そん時は新聞の見出しが楽しみだな。『一夜の内にアパート全焼。天涯孤独な中年男が一人死亡』ってところかな。」

「ったく、ろくな大人になりゃしねえぜ。」

「そりゃお互い様だ。」

これで女をナンパしてるのかと思うとゾッとしねえが、この改造車のシートが格別に座り心地が良いことを俺は知っていた。悔しいが、イイ趣味してやがる。

 

「それで、どんな話だったっけ。」

「ああ……、単独。一般市民1人が人質ってとこまでは言ったな。そのバカはあろうことかアルディア空港を占拠(せんきょ)。同空港の全システムを緊急運休するように要求してやがる。そして今、上空には大型旅客船セントディアナ号が待機している。警官隊が包囲してとりあえずは動きを封じちゃいるが、さっきも言った通り、(やっこ)さんは力を持ってやがる。(きも)の小せえの警官たちにはさぞ重たい荷物だろうよ。」

話を聞く限り、確かにかなりデカイ仕事(やま)だ。そんな仕事を1時間そこそこで手に入れてくるビビガは、()()()仲介屋(ちゅうかいや)と言えなくもなかった。

まったく、どんなに()えない中年でも仕事とプライベートを別にすれば、どこでも死なない程度には生きていける。そのイイ見本だな。

空港の見取り図を受け取りながらそんなことを考えた。

 

「要は待機中の船の燃料がなくなる前に犯人を捕らえちまえばいいんだな。やり方は?」

「派手にやり過ぎなきゃ、手段問わず。ただ、警官の援護(えんご)は期待すんなよ。相手が相手だしな。むしろ人質だと思った方がやり易いかもな。」

「そいつらがその分の金を払ってくれるなら、お姫さまでも何でも構わねえよ。」

「違ぇねえ。……それはさておきだ、セントディアナ号の燃料はもって6時間。ノンビリもしてられねえからな。今回はギルドでボーゲルチェンを借りる予定だ。問題は?」

「ねえよ。」

「イイ返事だ。やり易いったらありゃしねえ。」

ボーゲルチェンは動力付きのグライダー。そしてそれで現場に直行。つまりは、距離にして約10kmを専用のスーツなしで飛べと言ってきているのだ。この真夜中に。度胸と根性があって、脳ミソの足りない奴にしかできない仕事。

それが『賞金稼ぎ(ハンター)』って仕事だ 。


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