「生きてるか?」
「…それをアタシに聞くのかい?」
生魚は滞りなく目的の船に積み込まれた。
現場にペペは現れなかったが、雇った運び屋は検閲官と二、三言、言葉を交わすと特に疑われることもなく船の中へと通された。
「世界最強の国って言ったって末端はどこの国とも大差ないね。」
「国を最強足らしめるのはシステムだ。人間じゃない。」
離陸後、エンジン音が安定し始めた頃を見計らい、生魚2尾は箱の底板を外して冷蔵の檻から抜け出す。
「その検閲だって結局、役に立ってないじゃないか。」
「……」
それは俺も薄々感じていた。
取引相手がいかに信用できるとはいえ、あの対応はいくらなんでも信用しすぎている。何か、あの場で晒すべきではない隠し事でもあるかのように思えた。
「まあ、巣穴を叩いていればいずれネズミは出るさな。その時のアタシらがチーズでなければいい。それだけの話だろ?」
「……ああ。」
彼女と行動を共にし始めてから、彼女の諭されることが多くなった。
冷静さを欠いているのだ。
俺がまた少し、真っ当な「人間」に近付いているから……なのかもしれない。
それは「砂漠の少年」を育てる身としては喜ばしいことなのかもしれない。
だが、今、この状況に限って言うならその変化は邪魔なものようにも思えた。
「温もり」は『影』を弱くする。
今、俺が必要としているのは「温もり」を護るための『影』。
かつて、あの男の下で生きていた頃の俺…だ。
……俺は無様な人間だ。
あの子の幸せを願って俺はあの町で「家族ごっこ」を始めた。
だが、あの子の手を握る「親」である俺にあの子を護る力はない。
「ごっこ」から得られるものに喜びを感じながら、一方では捨てなければならない『影』にいつまでもしがみ付いている。
手放して生きることができない。
これを無様と言わずしてなんと言えばいい?
……彼女は、現実に「家族」を失ったにも拘わらず、自分を見失ってはいない。
常に「シャンテ」であり、「シャンテ」のまま復讐を遂げようとしている。
俺は、彼女以下なのだろうか。
それとも、俺もまた、復讐でしか生きる意味を見いだせない人間になるのだろうか。
ふと気付けば彼女が俺の表情を読んでいた。
その目はやはり、あくまでも「シャンテ」であり続けた。それでも、いいや、だからこそ彼女の生来の気質が未来を見ることに慣れていない俺の心根を叩くのだ。
「しっかりしな。アタシみたいにゃなりたくないだろ?」
「……」
もしも俺に真っ当な感情があるのなら、俺は彼女を真剣に愛すべきなのだ。
それは、俺の中の未だ整理のつかない不安定な「俺」が感じた何かだった。
あの酒場で聞いた彼女の歌の正体なのだ。
「……」
ぺぺの情報は正しかった。
軍費削減のためか。積み込まれた貨物室には諸々の設備が整えられていなかった。気圧が低く、箱の外に出ても耳鳴りと肌寒さ、若干の眩暈は治まらない。
長時間作業するには劣悪な環境で、作業員はもとより、警備員も一人として配置されていない。部屋の要所々々にカメラが数台設置されているだけだ。
「ホント、笊だね。これじゃあ、無賃乗車御礼じゃないか。」
「俺たち」という例外を除いたとしても、確かに密航に対する警戒心がなさ過ぎるように思えた。
…いいや。むしろ、奴らはそれを歓迎しているのかもしれない。
「女神像」のような洗脳装置さえ完成すれば、どんな人間であれ労働者もしくは実験体に変わる。
奴らにとって多すぎて困るということはない。
「戦艦って乗り物にゃ初めて乗ったけどさ、大層な名前の割に案外脆そうじゃないか。」
旅客機とは違い、戦艦は火薬を積む。敵よりも高い機動性が求められる。
必然的に「戦闘」という宿命を背負った船は内部構造が複雑になり、内側からのダメージに脆くなってしまう欠点があった。
つまり、一定レベルの工作員が忍び込めたなら世界最強の国の船と言えど簡単に落とすことができてしまう。
……だが、それもロマリアに限って言えば例外と言うべきなのかもしれない。
このあからさまに虚弱な警備体制で戦々恐々とした今の時代に晒されていながらそういったニュースを今までに耳にしたことのない矛盾。
それがこの船の不穏な力強さを物語っているように思えた。
目に見えない機械的、人為的罠がどこかにある。
侵入者の目にはバネも針も映らない。ただただチーズの濃厚な香りに引き寄せられ、奥へ奥へと潜り込み、捕えられて初めて自分がネズミだったことに気付く。
そう思わせる程に、エンジン音を取り除いた船内は静けさに満たされていた。
「それで、何処から調べるんだい?」
箱から出た彼女は肌を擦りながら不機嫌そうに言う。
「士官室だ。」
密航を第一に考えるならヘタに動き回るのは間抜けのすることだ。だが、今の俺たちは言うなれば敵の懐にいる。
ここで得られる情報はどんな情報屋のそれよりも正確で詳細なはずだ。「今」という状況を危険に晒す価値は十分にある。
それは情報屋として活動していた彼女も認めている。
ロマリア到着までおおよそ10時間。無論、丸々その時間を費やして調べるつもりはない。
最低限必要なものを手に入れたらどこか身を隠せる場所で着陸直前まで待機する。
いくら断熱性の高い素材に包まれていると言っても、冷蔵の箱に長時間潜伏する荒技は彼女の『力』があって初めて可能なやり方なのだ。
「遅くても着陸の1時間前には戻る。」
彼女は同行しない。ペペの用意した艦内の図面は俺も彼女も記憶していたが、彼女には艦内を歩いた経験がない。
ここが教習所でない事実を考えればこれは当然の方針だった。
「遅かろうが早かろうが、デタラメなもん持って帰ってきたら承知しないよ。」
「…ああ、分かっている。」
防寒用のマントに包まりながら箱の中に戻ろうとする彼女は、さながらサナギに戻ろうとする蝶のようにも見えた。
彼女は凍った皮の中へと潜り、俺は得体の知れない臭いに導かれて船の奥へと駆けだした。
――――艦内は不自然なほどに静まり返っていた。
スメリア空港での離陸時間は22時。ならばなるほど、操舵士とオペレーター以外は消灯時間に入っているのかもしれない。
だが、それにしても人の気配が少なすぎるのだ。
シャンテの『制限』がないからこそ聞き取れる船員たちの寝息は、箱を飛び出した俺を笑っているかのようにも聞こえた。
それを誇張するように、静けさというキナ臭さが所構わず漂っている。
世界最強であるが故の、化け物の船であるが故の余裕がこの船からは滲み出ていた。
幾つもの化け物たちの寝床を横切り、俺はまっすぐに士官室を目指した。
そうして辿り着いた士官室にもまた、人の気配はない。
鍵こそ掛かってはいるものの、それほど複雑な仕掛けでもない。俺は10秒とかからずに開錠する。
中を覗き見るが……、やはり無人。トラップの類も見当たらない。……俺の勘繰り過ぎか?
いいや、そうは思えない。
船内を満たす化け物臭がコソコソと動き回る獲物の居所を嗅ぎ回っていた。
カメラを警戒しながら書類棚の鍵を開け、物色する。
中にあったものはこの船、戦艦”ボロディノ”に関わる諸々の情報。”殉教者計画”、”人類キメラ化計画”と名付けられた作戦概要。その障害因子である”アーク一味”に関する情報。そして、世界各地にあるロマリア領の近況。
ロマリア本国、ガルアーノが潜んでいるであろうロマリア城内部見取り図こそなかったものの、まさに今の俺たちに必要な物がそこにあった。
俺はすぐにそれらの内容を暗記しにかかる。すると――――
……ようやく動き始めたか。
おおよそ50m先からナメクジのようにゆっくりと近付いてくる敵意ある「気配」が数個現れた。
だが、どのタイミングで見つかった?
赤外線等の配置系は全て掻い潜ってきた。不得手ではあるが、魔法系のトラップも見逃してはいないはずだ。
船の空気を嗅いだ時から見つかることはある程度予測していた。そう錯覚させるだけの手の込んだ仕掛けがしてあるのだと。
だが、罠に掛かっていることを自覚できないほど俺もバカではない。
…ならば、初めからバレていたのか?
疑念は尽きなかったが、それに囚われている場合でもない。
書類の要点を記憶した俺はすぐに士官室を後にし、作戦の方向性を見直しにかかった。
……戻るべきか?
「視線」は今も俺を見てはいるが、襲ってくる様子はない。
もう少し他を見て回るか?
だが、俺が見つかっている以上、彼女が見つかっている可能性も高い。
……チッ
俺はなぜ迷っている?
迷っている自分に腹立たしさを覚えた。
俺は踵を返し、貨物室を目指した。
今の俺たちに逃げ場のない空の上で100人近い化け物を相手にする余裕も、敵を欺くだけの変装をする用意もない。
そんな状態で見つかったなら、やはり脱出を優先的に考えるべきだ。
戦艦の知識に疎く、戦闘員でもない彼女であれば尚更だ。
この船、戦艦”ボロディノ”は機内に計8機の小型戦闘機を抱えている。”ボロディノ”自身も世界最高クラスの重火器を揃えているが、万能という訳じゃない。
機動性においてもトップクラスを誇るこの戦艦は、俊敏であるが故に前方に火力を集中せざる負えないという弱点を持っている。
つまり、戦闘機を奪った直後、”ボロディノ”が攻撃態勢に入る前に後方に回り、視界の外に逃げられれば最悪の事態だけは免れられるはずだ。
当然、俺たちが奪う以外の戦闘機は極力破壊しておかなければならない。
また、貨物室に戻る際、頭に入れている図面を使って「視線」を振り切ろうとするが、どうにもそんな小細工の通じるレベルの敵ではないらしい。
付かず離れず追い続けてくる。
こちらから仕掛ければ応戦してくるか?……いいや、おそらくヤツらはただの「監視役」。一定の距離を保ち続けるだろう。
俺はしかたなく「視線」を無視して先を急いだ。
すると「視線」とは別の何かが、俺がそこを通ると知っていたかのように通路の中央に座り込み、待ち構えていた。
仏像のように鎮座する二つの影は俺の姿を見るや厳かに立ち上がり、底冷えのするような低い声色で吐き捨てる。
「来たな、ドブネズミめ。」
「……」
一見、牧師崩れの浮浪者のような―――東洋でいう”法師”の形をした―――男が吐いたセリフは俺にヒントを与えた。
「来たな」それはやはり、初めから俺たちの密航を知っている人間のセリフだ。
「監視役」が付いている今はそのセリフも不自然ではなかもしれないが、男の口振りはそれ以前から知っているという風だ。
そして、この瞬間を皮切りに「監視役」の内数匹が拮抗状態を破って急激に近付いてくる。
それが何を意味しているかすぐに理解できた。
だからこそ全てを迅速に済ませなければならない。
挟撃を回避するためにすぐさま前方の二人に飛び掛かる。
だが当然、前方の二人も俺の行動を読んでいた。
「させるものか!」
一人が東洋のロザリオ―――確か、数珠という名の法具の一種だったか―――を俺目掛けて振りかざすと、ソレは突如巨大化し、通路の半分以上を埋めながら大蛇のごとく襲い掛かってくる。
「……」
もう一人は?
装置の隙間を利用して蛇の突進を躱すが、もう一人が蛇の巨体に隠れてしまい、行動が窺えない。
「甘いわっ!」
法師が叫ぶと巨大化した蛇の一部が元の姿に戻り、執拗に追いかけてくる。
俺は速度を上げ、さらに複雑に逃げ回る。それでも蛇は俺を逃さない。
……そろそろいい頃合いか。
逃げ回るのを止め、蛇を操る男へと突進する。
このまま男に向かって突き進めば、複雑に走る蛇の体は自身の体で絡まることになる。古典的な戦法だが、これで蛇の動きを封じることができたはずだ。
「……クックック。」
「!」
一瞬、蛇の合間から覗いた男の歪む口元を見落としていたら俺はまんまとその罠に引っ掛かっていただろう。
男まで数メートルというところで、一本の糸で連なっていると思い込んでいた数十の珠が男の合図とともに分解し、大小様々なそれらが一斉に俺目掛けて飛びかかってきた。
さながら求心型の散弾銃といったところか。
だが、そのスピードは銃弾よりも劣る。そしてその動きは蛇の時とは違い、直線的だ。
だからこそ、躱し切れた。
「バカな!!」
普通の人間なら不可能だったろう。
だが、あの男から与えられた『影』の称号は俺が人間であることを捨てたからこそ得られたものだ。
だからこそ向かってくる弾の数は瞬時に把握できたし、その軌道も読むことができた。
そうして描かれた射線の数ヵ所に死角があった。俺はただ、そこに一歩進み出たに過ぎない。
ワンステップで弾を躱した俺はツーステップで再度、男に飛び掛かる。
俺の異常な動きを目の当たりにした男は愕然とし、隙だらけの首筋を俺の牙は苦も無く切り裂いた。
「!?」
だがさすがに、敵も昨日今日入隊した「新兵」とは訳が違う。
一人目を斬る伏せると同時に二人目を撃つつもりだったが、俺の動きに合わせたかのように敵もまたツーステップを踏み出していた。
斬り捨てた男の背後から現れたのは「異臭」を放つ紫色の霧。おそらく二人目の法師が操っているのだろうそれが、俺を呑み込もうと四方に拡散した。
俺は一人目の体を足場に全力で「異臭」から逃れるが……。
僅かに吸ってしまった「異臭」が激しい吐き気と頭痛を引き起こし、俺の体勢を崩した。
「……噂以上だな。プロディアスの暗殺者よ。」
紫色のソレは蛇に倣い、なおも俺を追い詰める。例の「視線」もすぐそこまで迫ってきている。そしてまだ動きを見せない「視線」もいる。
…どうやら持久戦も視野に入れているらしい。
直ぐに薬を打ち、どうにか吐き気と激痛をごまかした。そして二人目を狙い撃つ。
それでも俺の弾が男を捉えることはできなかった。
紫色の『毒霧』が俺の放った弾を包んだかと思えば、二人目を捉えるはずだった射線が捻じ曲げられた。
『毒霧』は男にとっての変幻自在の盾であり、変幻自在の矛であるらしい。
高熱を帯びた弾に触れても平気な様子を見るに、『霧』に引火性はないようだ。
直接触れた感覚から、実体というものもないだろう。
ならば爆風か何かで一時的にでも法師までの道をつくりたいところだが。
ペペに手配させた爆薬があるにはある。だが、本当にそれでいいのか?手持ちの爆薬は3回分しかない。
シャンテと合流し、脱出路を確保し、実行するまでの経緯を考えると一発も無駄にはできない。
かといって他に強い風を巻き起こすことができるようなものは……。
…ダメだ。例え、拳銃で周囲の装置を破壊したとしても「爆風」とまではいかないだろう。
それに、ここは船の外壁からも遠い。壁に穴を開けて外気との気圧差を利用するのも難しい。
そうこうしている内に『毒霧』は俺と法師の間に完璧な「壁」を築く。
…突き抜けるか?いいや、あの『毒霧』には弾道を捻じ曲げる力がある。生身の体で突破できる可能性は限りなく低い。
………
「ククク、逃げられると思うのか?」
踵を返し、俺はその場から急ぎ離脱した。
「罠」を仕掛けるために。
ここは下手に抗わず逃げた方がいいのかもしれない。だが、可能性を見出した以上、試してみるしかあるまい。
彼女を逃がす道の上にある障害はなるべく取り除いておかなければならない。
「大陸で名を轟かせる賞金稼ぎもこうなると、ただただ惨めなものだな。」
法師たちは追ってくる。
だが、一先ず視界からは逃げられた。
ズルリ
絶好のタイミングで天井を這う配線ダクトから「視線」と思われる何かが零れ落ちてきた。
「クソッ!!」
俺はこれを難なく躱し、取り乱した体を装って銃を乱射する。
紅い泥状のそれは、それでも静寂を保っている。
そうして俺の注意を引き、待機する二匹、三匹目の奇襲のタイミングをつくっているのだ。
弾が配線を切断し、火花が散る。
狙った箇所の照明が落ち、「紅い泥」のための隠れ蓑をつくる。
これを「好機」と勘違いした泥はまんまと化けの皮を剥がし飛び掛かってくる。
目の前の一匹は両腕から一本の角を生やした泥人形に変形し、両腕を目一杯振りかざす。その隙に二匹目は俺の背後を、三匹目は俺の頭上をとって挟撃を完成させる。
これも予想の範疇だった。
俺は目の前の泥人形の首をナイフで裂き、頭上から伸びてくるもう一匹の頭を後ろ足で粉砕する。
どちらにも確かな手応えがあった。
変形できるというだけで、物理的な攻撃を無効化する性質は持っていないらしい。
それは俺にとって、現状における細やかな幸運だった。
飛び散る泥をできるだけ回避し、背後の一匹の額に3発の銃弾を叩き込む。
頭を失った「視線」は痙攣しながら崩れ落ちるとやがて動かなくなった。すると、それを察知したさらに後方の「視線」が動き始める。
前方からは優勢と踏んだ法師たちが迫ってくる。
…まずまずだ。
「ほほぅ、この短時間で赤眼どもを屠ったか。やはり侮れんな。」
泥人形の頭を潰した足には奴らの「肉」のようなものが僅かに付着している。
その僅かな肉が俺のブーツを焦がしたが、肌にまで届くことはなく燃え尽きた。首を裂いたナイフは錆びている。
「コイツらは何だ。お前らのつくった生物兵器か?」
錆びたナイフを捨て、新しいソレを腰から引き抜く。
「……そんなことを気にしている場合でもあるまいに。」
絶体絶命の状況にそぐわない俺の問いに法師は訝しげに応える。
言われるまでもない。
今さら少し性質の違う化け物が現れたところで大した関心は湧かない。
「それとも、何か狙いがあっての時間稼ぎか?」
「狙い」というほど大それたものじゃない。
『毒霧』対策として有効かもしれないと思ったことを試すだけだ。
『毒霧』は今も法師を完全に包み込んでいる。この状態をどうにかしないことには俺の攻撃は通らない。
だが、奴がそのまま真っ直ぐ俺の方へと進み出たなら状況は変わるかもしれない。ところが――――、
「……そういうことか。…プロディアスの名を背負う割には随分と幼稚な手を使うじゃないか。」
「……」
法師は気付いたらしい。
法師と俺との間に仕掛けてあるものに。
法師の視線の先には垂れ下がる一本の配線があった。
行き場を失くした電流は管からパチパチと火花を散らせ、「道」を探している。
万が一、『霧』の電流に対する抵抗が低いのなら、『霧』そのものに影響を与えられなくても、『霧』の中にいる法師にダメージが与えられるかもしれないと考えた。
だが気付かれてしまったなら諦めるしかない。
それに、この調子だと外壁近くまで誘導させる方法も上手くいくかどうか五分五分といったところだろう。
ブービートラップも「視線」に見られている以上、時間の無駄と思った方がいいだろう。
「どうした。得意の暗殺術は使わないのか?」
「……」
何を言っている。直接触れられない以上、暗殺も糞もあるまい。
「……」
それとも、奴は奴で何か目論みがあるのか?この無意味な遣り取りで、俺の熟考を邪魔することで奴は俺をどう貶めようとしている?
……ここは敢えて乗ってみるべきなのか?……どうする。
「まあどうでも良い。暗殺者が無能ならその尻拭いは炎使いにとってもらうしかあるまい。」
……
……
……
発煙筒を放り、張り巡らせた煙幕に滑り込む。奴の目に俺は映っていない。だが、俺にはハッキリと聞こえている。
法師の心臓の音が。
「そうだ。それでなければ面白くない。」
俺をロストしたことで法師に動揺は現れない。歴戦の将のごとき力強い佇まいでただただ俺の一手を待ち受けている。
後悔させてやろう
キサマがその名前を口にしたことを。
苦痛を噛みしめて死ぬがいい。
……そうでなければ面白くない。