聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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浮彫りの影 その二

そうして、十分に警戒(けいかい)しつつ身内から聞き出した「何でも屋」を探すこと約一時間。ソイツは俺の集中力と反比例(はんぴれい)するかのように簡単に見つかった。

「何でも屋」の(かん)が働いたのだろう。店に入るなり、雑然(ざつぜん)とした店内の(すみ)陣取(じんど)るその男は不機嫌(ふきげん)な目付きで、「異人(おれたち)」の顔を見遣(みや)った。

だが、店主にスコッチをボトルで頼み、それを男のテーブルに置くとその表情はすぐに(やわ)らいだ。

「……誰だい、アンタらは。」

(ことわ)りを入れることもなく、置かれたボトルを我が物顔でグラスに(そそ)ぎながら男は言う。

 

ソイツは裏稼業(うらかぎょう)(いとな)む者特有の見窄(みすぼ)らしい恰好(かっこう)をしていた。

だが、思っていたよりも随分(ずいぶん)と若い。10代後半だろうか。チョピンとは一回り二回り年が離れているように見える。二人は戦友か何かかと思っていたが、どうやらもっと違う関係のようだ。

「賞金稼ぎだ。アンタに一つ頼みたいことがある。」

「俺に?賞金稼ぎが?…どうしてそういう経緯(けいい)になったのか知らねえが、こんな酒飲みが賞金稼ぎ様の何の役に立つってんだ?バカも休み休み言えよ。」

男は(いただ)くものは頂いて俺たちを追い返そうとした。

それは青二才(あおにさい)にありがちな怖いもの知らずとも違う。俺たちが危害(きがい)を加えないと確信している、そういう目をしていた。

「チョピンからの紹介(しょうかい)だ。何かの役に立つだろうとな。」

彼の名前を聞くと同時に男はグラスから視線を(はず)し、(わず)かに目を()いて俺たちを品定(しなさだ)めした。

「ハッ、チョピンとは(なつ)かしい名前を出すじゃねえか。」

二杯、三杯と無遠慮(ぶえんりょ)にグラスを(あお)り、男はボトルの(かさ)()らし続ける。

「確かにあのオッサンにはデカい()しがある。だが、それで俺に何をしろってんだ。(はだか)で町を一周するか?この店にある酒を飲み()くすか?どちらかと言うと俺は後者の方をお(すす)めするがっ――――!?」

ヤツがまばたきをする一瞬、右手で使い()れたナイフを抜き、左手で酒臭い(あご)を力任せに(つか)んだ。そのまま(かべ)に叩き付け、いつものように静かに、丁寧(ていねい)(おど)す。

抜いたナイフを男の瞳に()え、自分の瞳に残った光を『影』の奥底に沈める。

「……死ぬか。手を()すか。好きな方を選べ。」

(にぶ)く光る刃物(はもの)の出現に一瞬、店内が(ざわ)めくが、彼らはすぐに「自業自得(じごうじとく)だ」「一遍(いっぺん)死んで反省(はんせい)しろよ」などと我関(われかん)せずという姿勢(しせい)で飲みなおし始めた。

 

「どうやらお前の命を(すく)ってやれるのは俺だけのようだな。……どうする。」

命に(かか)わる局面(きょくめん)にも(かか)わらず、男に焦燥(しょうそう)敗北(はいぼく)の色は現れない。それどころか、薄っすら笑っているようにも見えた。

若いが場数を()んできていることが分かる。

だが、いよいよ俺がナイフに「殺意」を込め始めると、ユックリと両手を上げ、一度だけまばたきをした。

 

「……お前らがどれだけ腕利(うでき)きか知らんけどよ、ここではあんまり派手(はで)真似(まね)はしない方が身のためだぜ?」

解放するなり、男は性懲(しょうこ)りもなく余裕(よゆう)態度(たいど)(しめ)した。

だが、俺はそのハッタリに(だま)されない。この男のそれはシャンテのそれとは全く違っている。

無駄口(むだぐち)を許すのはこれが最後だと思え。」

なんのつもりかまでは分からないが、それは俺たちの力量を見るためだけの演技だ。

「オーケー、オーケー。仕事の話だな。」

だからといって、(おび)えている訳でもない。そう、まるで博奕打(ばくちう)ち特有の瀬戸際(せとぎわ)()()きを楽しんでいるように見えた。

「で、何をして欲しいんだ。おっと、先に言っとくが、報酬(ほうしゅう)前払(まえばら)いだぜ?」

「…ロマリアに入る手引きをして欲しい。」

「……方法は?」

()わない。」

そこまで聞き終えると男はグラスを置いては黙り込み、(かた)(ふる)わせ始めた。

「……ックックック。よりにもよって、あのロマリアか。……目的は聞いてもいいのかい?」

「聞いてどうする。」

「何も。ただの酒の(さかな)にするだけさ。」

嘘だ。

それは、いかにもこの手の人間が言いそうなことだがコイツは違う。何か裏がある。

「今のキサマに話すことはない。」

 

話の続きを催促(さいそく)すると、ペペは渋々(しぶしぶ)といった様子で話し始めた。

「ロマリアに入る方法は何通りかあるが、そのどれになるかは(さぐ)りを入れてみんことには分からん。」

「準備が(ととの)うまでにどれくらいかかる。」

「そうだな。最低2日はいる。」

……嘘は言っていないようだ。だが、やはり何かキナ臭い。

「報酬は?」

「そうだな。ここから2日ほど南にラウスという平野がある。そこに出る黒い竜を倒してくれりゃあいい。」

「竜だと?」

いくら密入国先がロマリアとはいえ、その見返りが「竜退治(たいじ)」なんてのは破格(はかく)すぎる。たった一杯の水に金貨10枚を要求しているようなものだ。

だが一方で、その報酬の内容がこの男の真意を(かた)っている気がした。

「……それが他の依頼者から受けた仕事か。」

友人を危険な仕事に関わらせない。()わりに、次の依頼者に前の依頼者の仕事をさせる。それがコイツのやり方。

さっきまでの演技は()()()()()()()()()()()()()()()見極(みきわ)めていたということだ。

 

そう思えた。だが…、

「読みは悪かねえが、生憎(あいにく)とハズレだね。」

ペペは笑いながら、カウンターにいる主人にボトルの追加注文をした。

「賞金稼ぎのアンタなら知ってるかとも思ったが、これは御国様(おくにさま)直々(じきじき)にギルドに依頼した仕事さ。」

「国に恩を売って(とみ)名声(めいせい)()る。ここにきてえらく凡庸(ぼんよう)発想(はっそう)をするじゃないさ。」

ここまで黙っていた彼女が初めて口を(はさ)んできた。

「言ってくれるじゃねか。こうでもしねえと俺みたいな人間は生きていけねえのさ。スメリアはそういう国になっちまったのさ。」

……本当にそうか?確かに、金銭欲(きんせんよく)を満たすためならなんでもするような男に見えなくもないが、何かが喉元(のどもと)に引っ掛かっていた。

「軍や大臣(だいじん)の目に()まる危険性は考えなかったのか?もしくは、それがお前の真の目的ということか?いいや――――、」

そこまで口にして、俺はようやくその喉のつまりの原因を見つけた気がした。

「それが、”レジスタンス”の目的か?」

新たな敵をつくることも覚悟(かくご)で、俺はその名前を男に()()んだ。

 

ここに(いた)るまでに、俺なりに「ロマリア入国の手段(しゅだん)」がないか探ってみた。だが結果は、「何でも屋」と同等(どうとう)か、それ以下の可能性しか見出せないものしか得られなかった。

その中から、聞きなれない単語が俺の耳に入ってきた。それが――――、

 

――――レジスタンス

ロマリア政権(せいけん)と敵対する唯一(ゆいいつ)の民間組織、それが彼らの正体だ。

今や世界中に手を()ばしているロマリア政府。これに対抗(たいこう)するように、彼らも世界の至る所に仲間を(ひそ)ませている。政府の内部にまでいるという情報もあった。

これを利用して彼らは政府を転覆(てんぷく)させるための工作(こうさく)を仕込もうとしているらしい。

だが、徹底(てってい)した秘密主義のロマリア人らしい性格をそのままに、彼らが必要な情報以外を外部に()らすことはない。

構成員(こうせいいん)潜伏(せんぷく)場所も、その仕事内容も。

つまり、その情報自体に信憑性(しんぴょうせい)がなかった。

そして、その裏を取るだけの時間もない。

だからこそ、俺は今までその話を頭の(すみ)()()っていた。

 

 

俺がその名を口にすると、男は俺を(にら)みつけ、重い口調(くちょう)で警告してきた。

「おいおい、お前らはいったい何をしに来たってんだ。俺の人生を台無(だいな)しにするためか?違うだろ?だったら仕事の話しだけすればいい。お前の言うようにな。違うのかよ。」

……手応(てごた)えはあるが、どうもこれもシックリとこない。

構成員ではない。密接(みっせつ)な関係であるようにも感じられない。だが、(つな)がりは間違いなくある。

とすれば、レジスタンスはコイツの依頼主の一つなんじゃないか?

俺の問いに分かり(やす)く反応したのは、「竜退治(これ)」が彼らの依頼だから。

ならば――――、

「いいだろう。契約(けいやく)は成立だ。報酬は2()()()()()()()()。」

「は?片道2日だって言ったのが聞こえなかったのか?」

「歩けば、だろう?」

ここスメリアにおいて、賞金稼ぎといえど国家(こっか)保全(ほぜん)のため、飛行船を個人に貸与(たいよ)する制度はない。都心(としん)を離れれば交通整備は格段(かくだん)に悪くなり、車での往来(おうらい)も難しくなる。

だが、

「……今の時期(じき)、馬でも貸してくれるとこは少ないぜ?」

スメリアには独自交配(こうはい)し続けてきた優秀(ゆうしゅう)馬種(ばしゅ)が存在する。良い馬であれば、たとえ討伐(とうばつ)に1日を(つい)やしたとしてもお()りがでる。

 

「心配するな。お前はお前の仕事をすればいい。」

俺は男を挑発(ちょうはつ)した。

4日という時間は、「破格の報酬」を()()()()()()と何かを(たくら)むのに必要な時間だったのかもしれない。

まんまと利用されてやる義理(ぎり)は持ち合わせていない。

逆に利用できるものがあるのなら十二分(じゅうにぶん)に利用するだけだ。隠すのなら(あば)くまでだ。それだけロマリアへの潜入(せんにゅう)の可能性が上がる。

「……クックック、オーケーだ。お(たが)い、ビジネスには(きび)しくいこうじゃねえか。」

……あくまで可能性だが。




※破格(はかく)
通例、決まり事を破った異常な内容のこと。普通でない、並はずれていること。

一般的に価値の低い、安い方に使われがちですが、高い方にも使えます。

※凡庸(ぼんよう)
一般的な考え方。平凡、普通、特徴のない考え。またはそんな人、もの。

※馬種(ばしゅ)
また、造語です。単純に「馬の種類」という意味です。

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