そうして、十分に警戒しつつ身内から聞き出した「何でも屋」を探すこと約一時間。ソイツは俺の集中力と反比例するかのように簡単に見つかった。
「何でも屋」の勘が働いたのだろう。店に入るなり、雑然とした店内の隅を陣取るその男は不機嫌な目付きで、「異人」の顔を見遣った。
だが、店主にスコッチをボトルで頼み、それを男のテーブルに置くとその表情はすぐに和らいだ。
「……誰だい、アンタらは。」
断りを入れることもなく、置かれたボトルを我が物顔でグラスに注ぎながら男は言う。
ソイツは裏稼業を営む者特有の見窄らしい恰好をしていた。
だが、思っていたよりも随分と若い。10代後半だろうか。チョピンとは一回り二回り年が離れているように見える。二人は戦友か何かかと思っていたが、どうやらもっと違う関係のようだ。
「賞金稼ぎだ。アンタに一つ頼みたいことがある。」
「俺に?賞金稼ぎが?…どうしてそういう経緯になったのか知らねえが、こんな酒飲みが賞金稼ぎ様の何の役に立つってんだ?バカも休み休み言えよ。」
男は頂くものは頂いて俺たちを追い返そうとした。
それは青二才にありがちな怖いもの知らずとも違う。俺たちが危害を加えないと確信している、そういう目をしていた。
「チョピンからの紹介だ。何かの役に立つだろうとな。」
彼の名前を聞くと同時に男はグラスから視線を外し、僅かに目を剥いて俺たちを品定めした。
「ハッ、チョピンとは懐かしい名前を出すじゃねえか。」
二杯、三杯と無遠慮にグラスを煽り、男はボトルの嵩を減らし続ける。
「確かにあのオッサンにはデカい貸しがある。だが、それで俺に何をしろってんだ。裸で町を一周するか?この店にある酒を飲み尽くすか?どちらかと言うと俺は後者の方をお勧めするがっ――――!?」
ヤツがまばたきをする一瞬、右手で使い慣れたナイフを抜き、左手で酒臭い顎を力任せに掴んだ。そのまま壁に叩き付け、いつものように静かに、丁寧に脅す。
抜いたナイフを男の瞳に添え、自分の瞳に残った光を『影』の奥底に沈める。
「……死ぬか。手を貸すか。好きな方を選べ。」
鈍く光る刃物の出現に一瞬、店内が騒めくが、彼らはすぐに「自業自得だ」「一遍死んで反省しろよ」などと我関せずという姿勢で飲みなおし始めた。
「どうやらお前の命を救ってやれるのは俺だけのようだな。……どうする。」
命に係わる局面にも拘わらず、男に焦燥や敗北の色は現れない。それどころか、薄っすら笑っているようにも見えた。
若いが場数を踏んできていることが分かる。
だが、いよいよ俺がナイフに「殺意」を込め始めると、ユックリと両手を上げ、一度だけまばたきをした。
「……お前らがどれだけ腕利きか知らんけどよ、ここではあんまり派手な真似はしない方が身のためだぜ?」
解放するなり、男は性懲りもなく余裕の態度を示した。
だが、俺はそのハッタリに騙されない。この男のそれはシャンテのそれとは全く違っている。
「無駄口を許すのはこれが最後だと思え。」
なんのつもりかまでは分からないが、それは俺たちの力量を見るためだけの演技だ。
「オーケー、オーケー。仕事の話だな。」
だからといって、怯えている訳でもない。そう、まるで博奕打ち特有の瀬戸際の駆け引きを楽しんでいるように見えた。
「で、何をして欲しいんだ。おっと、先に言っとくが、報酬は前払いだぜ?」
「…ロマリアに入る手引きをして欲しい。」
「……方法は?」
「問わない。」
そこまで聞き終えると男はグラスを置いては黙り込み、肩を震わせ始めた。
「……ックックック。よりにもよって、あのロマリアか。……目的は聞いてもいいのかい?」
「聞いてどうする。」
「何も。ただの酒の肴にするだけさ。」
嘘だ。
それは、いかにもこの手の人間が言いそうなことだがコイツは違う。何か裏がある。
「今のキサマに話すことはない。」
話の続きを催促すると、ペペは渋々といった様子で話し始めた。
「ロマリアに入る方法は何通りかあるが、そのどれになるかは探りを入れてみんことには分からん。」
「準備が整うまでにどれくらいかかる。」
「そうだな。最低2日はいる。」
……嘘は言っていないようだ。だが、やはり何かキナ臭い。
「報酬は?」
「そうだな。ここから2日ほど南にラウスという平野がある。そこに出る黒い竜を倒してくれりゃあいい。」
「竜だと?」
いくら密入国先がロマリアとはいえ、その見返りが「竜退治」なんてのは破格すぎる。たった一杯の水に金貨10枚を要求しているようなものだ。
だが一方で、その報酬の内容がこの男の真意を語っている気がした。
「……それが他の依頼者から受けた仕事か。」
友人を危険な仕事に関わらせない。代わりに、次の依頼者に前の依頼者の仕事をさせる。それがコイツのやり方。
さっきまでの演技は俺たちにどの依頼を割り当てるか見極めていたということだ。
そう思えた。だが…、
「読みは悪かねえが、生憎とハズレだね。」
ペペは笑いながら、カウンターにいる主人にボトルの追加注文をした。
「賞金稼ぎのアンタなら知ってるかとも思ったが、これは御国様が直々にギルドに依頼した仕事さ。」
「国に恩を売って富と名声を得る。ここにきてえらく凡庸な発想をするじゃないさ。」
ここまで黙っていた彼女が初めて口を挟んできた。
「言ってくれるじゃねか。こうでもしねえと俺みたいな人間は生きていけねえのさ。スメリアはそういう国になっちまったのさ。」
……本当にそうか?確かに、金銭欲を満たすためならなんでもするような男に見えなくもないが、何かが喉元に引っ掛かっていた。
「軍や大臣の目に留まる危険性は考えなかったのか?もしくは、それがお前の真の目的ということか?いいや――――、」
そこまで口にして、俺はようやくその喉のつまりの原因を見つけた気がした。
「それが、”レジスタンス”の目的か?」
新たな敵をつくることも覚悟で、俺はその名前を男に捻じ込んだ。
ここに至るまでに、俺なりに「ロマリア入国の手段」がないか探ってみた。だが結果は、「何でも屋」と同等か、それ以下の可能性しか見出せないものしか得られなかった。
その中から、聞きなれない単語が俺の耳に入ってきた。それが――――、
――――レジスタンス
ロマリア政権と敵対する唯一の民間組織、それが彼らの正体だ。
今や世界中に手を伸ばしているロマリア政府。これに対抗するように、彼らも世界の至る所に仲間を潜ませている。政府の内部にまでいるという情報もあった。
これを利用して彼らは政府を転覆させるための工作を仕込もうとしているらしい。
だが、徹底した秘密主義のロマリア人らしい性格をそのままに、彼らが必要な情報以外を外部に漏らすことはない。
構成員の潜伏場所も、その仕事内容も。
つまり、その情報自体に信憑性がなかった。
そして、その裏を取るだけの時間もない。
だからこそ、俺は今までその話を頭の隅に追い遣っていた。
俺がその名を口にすると、男は俺を睨みつけ、重い口調で警告してきた。
「おいおい、お前らはいったい何をしに来たってんだ。俺の人生を台無しにするためか?違うだろ?だったら仕事の話しだけすればいい。お前の言うようにな。違うのかよ。」
……手応えはあるが、どうもこれもシックリとこない。
構成員ではない。密接な関係であるようにも感じられない。だが、繋がりは間違いなくある。
とすれば、レジスタンスはコイツの依頼主の一つなんじゃないか?
俺の問いに分かり易く反応したのは、「竜退治」が彼らの依頼だから。
ならば――――、
「いいだろう。契約は成立だ。報酬は2日後に用意する。」
「は?片道2日だって言ったのが聞こえなかったのか?」
「歩けば、だろう?」
ここスメリアにおいて、賞金稼ぎといえど国家保全のため、飛行船を個人に貸与する制度はない。都心を離れれば交通整備は格段に悪くなり、車での往来も難しくなる。
だが、
「……今の時期、馬でも貸してくれるとこは少ないぜ?」
スメリアには独自交配し続けてきた優秀な馬種が存在する。良い馬であれば、たとえ討伐に1日を費やしたとしてもお釣りがでる。
「心配するな。お前はお前の仕事をすればいい。」
俺は男を挑発した。
4日という時間は、「破格の報酬」を依頼した人物と何かを企むのに必要な時間だったのかもしれない。
まんまと利用されてやる義理は持ち合わせていない。
逆に利用できるものがあるのなら十二分に利用するだけだ。隠すのなら暴くまでだ。それだけロマリアへの潜入の可能性が上がる。
「……クックック、オーケーだ。お互い、ビジネスには厳しくいこうじゃねえか。」
……あくまで可能性だが。