聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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巫女の砦 その一

――――スメリア国、本島(ほんとう)北西端(ほくせいたん)上空

 

トウヴィル。

そこは閉ざされた村。近代化という波に洗われた「精霊の国」スメリアの残滓(ざんし)

 

一年前、たった7人の(ぞく)の手によって国の主軸(しゅじく)である王家が()えてしまった。

そうして(ささ)えを(うしな)ったスメリアは、たった一人の大臣による独裁政権(どくさいせいけん)を許してしまう。その男の正体に気付くことなく。

男の(ふる)う権力に満たされたこの国にはもう、かつてのスメリアの風土(ふうど)はない。

「軍事国家ロマリアの属国(ぞっこく)」と呼ばれてもオカシクない姿へと(やつ)してしまう。

そんな史実(しじつ)爪痕(つめあと)を残す高波から、この村だけは(のが)れていた。

 

大きな円形の台地が何層(なんそう)にも()びた「奇異(きい)な山」。村は、人や自然の『力』を超越(ちょうえつ)して生み出された奇想天外な景観(けいかん)の中にあった。

そして、山は一切の『魔』を寄せ付けない『聖なる血』で護られていた。

標高2000mを()え、他の山々に囲まれているにも(かか)わらず、土地が()れることはない。細々(ほそぼそ)とではあるが、『精なる(つか)い』たちの支えによって村人の生活は(たも)たれていた。

本来(ほんらい)の「スメリア国」のあるべき姿が、そこにはあった。

 

 

”トウヴィル”は世界にただ一つだけ残された”聖域”。

……そうならざる()えなかった。

俺たちのたった一度の敗北が村を世界を巻き込んだ大舞台(おおぶたい)へと追いやってしまった。

 

 

「あの娘、本当に大丈夫なんかいのう。船に乗ってから一睡(いっすい)もしとらんのじゃないか?」

「みたいだな。」

「それに、あの狼も少し様子がオカシイぞい。”()われている”という割には娘と(みょう)な距離を保ちよる。」

「そうだな。」

ポコに次いで気の小さい俺たちの艦長は、(つい)にはうら若い娘にさえその弱点を(さら)()していた。

だが、それも今回に関しては仕方がないのかもしれない。なにせ、相手はキメラ研究所で処置(しょち)を受けた子どもたちだ。

俺自身、彼女の『力』を(はだ)で感じたが、(いま)だに半信半疑(はんしんはんぎ)ではある。

 

あの『力』は異質だ。

 

今まで数百体と連中の部下を相手にしてきたが、この()のように凶悪(きょうあく)―――と呼ぶべきか今は判断(はんだん)できないが―――な『力』には出会ったことがない。

森で、俺の腕からエルクを()った時、『加護(かご)』を(まと)っていたにも拘わらず一瞬で目の前が暗くなり、気を失いかけた。まだ幼いが、成長すればその脅威(きょうい)はアンデルに匹敵(ひってき)しかねない。

「……」

加えてチョンガラの言うように、妙な距離を空けてついて来るあの狼もやはり普通とは違っている。()(こう)勝負であれば負けることはないだろうが、少しでも(すき)を突かれたなら()られてしまうかもしれない。

それだけの『力』を感じる。……(だん)じて野生じゃない。連中が造ったモノとも、違う。

おそらく、『彼女』だ。

彼女の(そば)に「()る」ことが、狼を異質な存在に造り変えている。

それが彼女の意思なのかどうかまでは分からないが。

 

 

「事情が事情だ。今は放っておくしかない。」

その大まかな内容はシュウという男から聞いている。

危険な『力』を持っているには違いないが、「被害者」であることも事実、らしい。

その全てを鵜呑(うの)みにするにはリスクが大き過ぎるが、彼に(おぼ)えた後ろめたさからか。俺はその言葉を信じることにした。

 

この二人はあくまでも「犠牲者(ぎせいしゃ)」。今、俺たちが敵意や疑惑(ぎわく)をぶつけるべき相手じゃない。護らなきゃいけない。どんなに手遅れであっても。

そう、自分に言い聞かせた。

 

そしてもう一つ――――、

「そウじゃ、コいつらはコれッポッチも悪者(わるもの)でハなイゾ。」

「…分かってる。信じるさ。だけど今は――――、」

俺を説得(せっとく)したのは少女の連れていた奇妙(きみょう)なロボットだった。

「ヂークベック」そう名乗った時はもはや、この出会いに”運命”さえ感じさせた。「俺たちは出会うべくして出会ったんだ」と。

(たと)え、その関係が良いものであろうとなかろうと。

 

ヂークベック。

ゴーゲンいわく、かつてアンデルたちを苦境(くきょう)()()ったという「古代兵器」の一つ。

その見た目こそ……、なんと言うか。(たよ)りないが、その身体(からだ)の奥底で(みゃく)打っているそれは間違いなく『精霊の力』だ。

(なが)い封印のためか。今でこそ弱々しいが、その中核(ちゅうかく)にはかなり強力な(むす)びつきを感じる。

本人いわく『心臓』が()りないのだとか。全ては理解できなかったが、(よう)するに重要部品が()けているらしい。

そのせいで記憶にも障害(しょうがい)があるらしく、(くわ)しい情報までは聞き出すことができなかった。

調査(ちょうさ)依頼(いらい)していたトッシュには悪いが、ゴーゲンと合流し次第(しだい)、できる限り『心臓(コレ)』に関する情報を聞き出し、手を()けておく必要がありそうだ。

 

だが今は――――、

 

「今はエルクの治療(ちりょう)が最優先だ。」

何気(なにげ)なく言った一言だが、なぜだか(ひど)く重要なことのように思えた。

可能な限り人命は優先する。それは俺の中でずっと変わらない方針(ほうしん)の一つだったのに、これだけは特別なことのように感じられた。

彼女の『力』を警戒(けいかい)することよりも。『古代兵器』の情報を収集(しゅうしゅう)することよりも。よっぽど。

「当タり前ジャ!」

そう言ってガシャガシャと飛び跳ねる姿は…、どう見てもガラクタにしか見えない。

 

 

――――トウヴィル沿岸(えんがん)

 

「お帰り、アーク。」

トウヴィルに着岸(ちゃくがん)すると、村長他数人が俺たちを出迎(でむか)えた。

「村長、すまないが一人、急ぎでククルに治してもらいたい怪我人(けがにん)がいるんです。」

「……分かった。馬を使うかい?」

「いいえ、歩いて行きます。少し複雑(ふくざつ)な事情があって、あまり刺激(しげき)する訳にもいかなくて。」

エルクの容体(ようだい)を見る限り、急ぐに()したことはない。だが、俺たちの手を(こば)み、彼を()()るように抱き続け、片時(かたとき)も離れようとしない彼女のあの様子ではそれを許してくれるかどうか(あや)しい。

意図(いと)は違ったとしても、俺たちが何かしら強引(ごういん)な行動を取ればいついつ(きば)()くかも分からない。

 

振り返る俺の視線に合わせて見遣(みや)る村長が、俺たちの後を囚人(しゅうじん)のように付いて歩くリーザを見つける。

「もしや、例のキメラなのかい?」

「違います。ですが、その犠牲者であることは間違いないようです。」

とは言ってみたものの、彼女から(あふ)()不気味(ぶきみ)な『圧力』はおそらく一般人にも感じることができるはずだ。

ここで余計(よけい)混乱(こんらん)を起こせば彼は助からないし、彼女も黙っていはいないだろう。

「大丈夫です。俺たちが危害を加えない限り彼女も大人しくしているでしょう。」

「……分かった。信じよう。」

幸い、彼女の『気配』を不確(ふたし)かに感じつつも、村長はすんなりと俺の言葉を受け入れてくれた。

それもこれも、ククルが村人に「俺たちへの理解」を必死に説得してくれたお(かげ)でもある。

俺たちとは違う立場で(たたか)わなきゃならなくなった彼女だが、彼女はそれに(ひと)りで(いど)まず村人たちとの二人三脚(ににんさんきゃく)(えら)んだ。

そして、村人もそれを理解してくれた。

その報告を聞いた時、俺は改めて「人のために闘う」決意を固めることができたんだ。

 

「俺たちがいない間に何か変わったことはありましたか?」

「いいや……、あれ以降(いこう)は何も。…だがアーク……、その…、」

当然だが、村長は(さら)われた女官(にょかん)たちのことを気に()めていた。

「女官」とはいっても、元はただの村娘だ。身内が攫われてしまった失態(しったい)に村長としての責任を感じているのだろう。

「分かってます。彼女たちの救出にはポコを当てています。少し時間は掛かるかもしれませんが、アイツならきっと皆を無事に連れ帰ってくれます。」

「ポコが……、そうだな。今ではアレも立派(りっぱ)な戦士だ。信じよう。」

とかく「ポコは頼りない」というのが皆の間で当たり前の認識になっている。できれば俺はそれも変えてやりたいと思っている。アイツの成長していく姿を皆の目にも(うつ)してやりたい。

それが、この村のためにもなるような気がしているから。

「後で家に寄ってくれるといい。少ないが食料を用意しておくよ。」

「ありがとう。助かります。」

言い残すと、村長たちは治療の準備を(うなが)すためにと一足先に神殿(しんでん)へ向かった。

俺たちがそこに辿(たど)り着くのは数分後になった。

 

 

――――トウヴィル、神殿前

 

岩々(いわいわ)()もれるように()てられた名も無い神殿。そこが俺たちの本拠地(ほんきょち)だ。

赤茶(あかちゃ)石材(せきざい)(きず)かれた神殿は、数十世紀よりも昔からそこにあるらしい。雨風に(さら)され、柱や壁面(へきめん)がボロボロと(けず)られているが、それでもあと数百年は持ちそうな堅牢(けんろう)さを(かも)し出している。

良質(りょうしつ)な建材に加え、ここを護ろうと命を(ささ)げてきた人たちの『希望』がさらなる柱となって神殿、引いてはトウヴィル、スメリアを支え続けてきた。それを俺たちは知っている。

 

そして、俺たちがその「新たな柱」になることを求められている。

 

中に入ると、すっかり馴染(なじ)んでしまった巫女装束(みこしょうぞく)姿の彼女が待っていた。

「……こっちよ。」

俺たちの背後に(ひか)えるリーザの異様な様子に気付きつつも、彼女は言葉少なに俺たちを寝台(しんだい)のある部屋へと促す。

「……」

寝台の前に来ても、少女は(かたく)なにエルクを抱き続けた。

「安心して。彼を助けたいだけだから。」

少女の目を見詰(みつ)め、ククルが(おだ)やかに言い聞かせてようやく、少女はそれを許してくれた。

そうして連れてきた女官の手を借りてエルクを寝かせると、ククルは息も()()えな彼の(ほお)に触れ、瞑想(めいそう)するかのように静かに目をつむった。

 

彼女の手を通じて、外見(そとみ)では分からない変化が彼の中で目まぐるしく引き起こされていた。

少女もまた、彼女の『力』が「危険でない」と感じ取っているようで、黙ってそれを見守っている。

「……彼の手を、(にぎ)っていてくれる?」

それが少年を気遣(きづか)ったものか、少女を気遣っものか分からない。

とにかく、そうすることで少しだけ少女の表情が(ゆる)むのが見て取れた。

 

少女は森の中で青髪の女と言い合った後から一言も口を()いていない。

二人だけの世界に()(こも)っている。

 

そこへ追いやったのは青髪なのかもしれない。だが、その原因は変わり()てた姿で戻ってきた少年に他ならない。

もしもこのまま少年が目を覚ましたとしても、彼もまたそこに引き込まれてしまうだろう。良くない連鎖(れんさ)が、二人を『悪夢(ならく)』へと(おとし)めていく。

 

今の時代を象徴(しょうちょう)するように。

 

 

数分後、ククルは集中を()き、少年の前髪を()()げてその顔色を(うかが)った。

治癒に()けた彼女の『力』は、絶望的だった彼の体を―――顔の右半面を残して―――ほとんど元の状態にまで回復させていた。

「怪我はほぼ完治(かんち)しているわ。一命(いちめい)()()めた。だけど、彼が目を覚ますかどうかは彼の”生きる意志”次第ね。」

「……それって、どういう意味?」

少女が、ここにきて重い唇を開いた。『力』を使う余裕(よゆう)もない、憔悴(しょうすい)した顔と声色で。

「心が、(ひど)消耗(しょうもう)しているわ。死んでいる人間とほとんど変わらないくらい。だから、どっちに転んでもおかしくない。こればっかりは、彼に頼るしかないの。」

「……助けて、くれないの?助けてくれるって言ったじゃない。」

リーザの声色が……、少し変わった。

「たとえ、私が無理やり引き戻しても、彼はまた死のうとするわ。”心”は、それだけ大事なもう一つの”心臓”なの。」

今の彼女に自分を(おか)すだけの『力』がないと見越(みこ)しているのか。ククルは、彼女の『声』を聞いても身構(みがま)えない。『声』に(あらが)う様子もなければ、(したが)っている様子もない。

ただ、伝えなければならないことを伝えていた。

少女のために。

「私が……、私は……。」

言葉を(さえぎ)り、ククルはリーザの頭に手を()え、優しく()でつける。

「一、二日、ゆっくり考えるといいわ。食事はあまり沢山(たくさん)は用意してあげられないけれど。それでもいい?」

(たましい)が抜け出るように見開いた瞳が、死んだように動かないエルクを無言で見詰めていた。

そして、エルクの顔、握りしめた手へゆっくりと視線は落ちていき、一度だけ、首を縦に振った。

 

「ベッドはここにあるものならどれを使っても構わないわ。私はいつでもこの神殿の何処(どこ)かにいるから。何かあったら声を掛けてちょうだい。」

「……」

「…ほら、私たちも今は席を外しましょう。」

俺と女官を促し、硬直(こうちょく)する少年少女を置き去りにして俺たちはその場を後にした。

 

 

 

「ククル、あれで良かったのか?」

女官は彼らへの食事の用意を言い付かり、そそくさと神殿の奥へと引っ込んでいく。チョンガラは随分(ずいぶん)前に「()てもやることがないから」と、シルバーノアに村長の用意した食料を積み込みに向った。

広い神殿で二人きりなのに、彼女を頼ったのは俺なのに、俺は彼女に責任を(なす)()けるような言い方をしていた。

けれど、俺の性格をよく知っている彼女は普段通りといった声で(こた)えてくれた。

(あせ)っても仕方ないのよ。今はソッとしておくしかないわ。」

「そうなんだろうけど、俺はあの()が気掛かりで仕方ないんだ。」

「…そうね。確かに、そうなのかもしれない。」

影響こそなかったものの、『声』と正面から向き合った彼女は俺よりも深いところまで『声』が()()()()()()()()()()。その表情が(わず)かに(けわ)しくなっていた。

 

「それでもやっぱり、今はあの二人を信じて待つ他ないわ。」

「……そうだな。」

彼女の言う通り、エルクの身体はもう健康(けんこう)な人間のそれと変わらないレベルまで回復している。それでも目を覚まさないのは身体とは別の所に深い傷があるからだ。

リーザも同じだ。

能力に見合わない『力』があることで、心との釣り合いが取れていない。()らず()らず、自分で自分を傷付けている。

どちらも、俺たちの手では触れられないところにある。

「ただ…、」

「ただ?」

「二人とも、本当に弱い子だわ。多分、私たちよりもよっぽど酷い目に()ってきたのよ。小さい頃から、今まで、ずっと……。」

少なくとも、俺たちが幸せな人生を送っているとは思っていない。けれど、あの二人を見ていると、それも生易(なまやさ)しいものに思えた。

抗うことも許されていない幼い頃から、数えられないほどの虐待(ぎゃくたい)を受けてきた。そんな表情をしていた。

誰もが経験するものじゃない。彼らが『特別』だから(あた)えられた不条理(ふじょうり)(ばつ)なんだ。

 

「できれば、一緒(いっしょ)に闘って欲しかったんだけどな。」

あの娘にしても、本心では俺たちと関わりたくもなかっただろう。ただ、恋人を助けたいがために付いてきたに過ぎない。

世界を救えるかもしれないその大きな『力』を持っていながら――――。

「それは目を覚ました二人に聞いてみるまで答えを出すのは早いんじゃない?」

「受け入れてくれると思うか?」

あの姿を見た瞬間、なんとなく、彼女はもう二度と首を縦に振ってくれない気がした。

正直、彼女だけは、群がる『闇』を克服(こくふく)できないような気がしていた。

彼女の『力』が異質過ぎるんだ。

 

悲観的(ひかんてき)に考えていると、彼女はフイと俺の前に立ち、俺の胸に手を()え、顔を(かたむ)けてソッと唇を(かさ)ねた。

「……アーク、アナタはヒトを信じることができる人。それがアナタの一番近くで支えてくれる力。…知ってるでしょ?」

鼻先が触れ合う距離、彼女の唇が動く度に俺の唇に彼女の吐息(といき)がかかる。

「アナタのために動かない人もいる。(おとし)める人もいる。それでもアナタは皆を信じることを()めない。例え、この世界が護れなくなったって。」

彼女の瞳には「力」があった。

「アナタに愛された私は知ってるわ。」

あの少女とは()()なる力が。

「そんなことに意味なんてあるのか?」

俺たちは真っ直ぐに見つめ合う。お(たが)いの心を(のぞ)()うように。一心(いっしん)に。

「そんなものいらない。満たされた命は幸せを生んでくれる。それがどんなものか。今のアナタなら分かるでしょ?」

目を()らさずに吐く彼女の言葉は、辞書から引きずり出した正確な「運命」を言い表しているかのように聞こえた。

それでも全てを語ることのない彼女の言葉が、胸に深く染み込む。

それは、アンデルとの対決で感じたモノよりもずっと強い力で満ちている。

俺を、満たしていく。

 

熱く、熱く――――

 

静かに、俺は彼女を抱き寄せる。

「……そうだな。」

俺の『剣』は腰にある「鉄くれ」だけじゃない。あの、どうしようもない()(ぱら)いの剣士も。俺を迷わせる老獪(ろうかい)なジジイも。闘うことのできない弱気な楽士も。

(ちか)いを(かか)げた仲間も、そうでない者も。

皆が熱い想いを求めて生きている。

俺は、皆を(みちび)かなきゃいけないんだ。

例え、俺に世界を護る力がなくても。

 

「だから、あの二人のこともアナタだけは(あきら)めてはダメ。」

「……」

俺の()わりに俺のことを必死で考えてくれる彼女が(いと)おしい。

想い合うだけが全てでなく、身体(からだ)を重ねるだけが全てじゃない。

「運命」を支え合うからこそ俺たちは愛し合える。たとえ、銃声(じゅうせい)剣戟(けんげき)の絶えない世界に置かれても。

たとえ、その先に俺たちの居場所(いばしょ)がなかったとしても。

「ちょっと、聞いてるの?」

ただただ微笑(ほほえ)むばかりの俺を見た彼女は、少し前のお転婆(てんば)な彼女の声に戻っていた。

「……あぁ、愛してるよ。ククル。」

「……私もよ。アーク。」

俺は彼女の手を引いて進んでいく。

それが俺の生き方なんだと、彼女が教えてくれたから。

 

 

 

 

――――スメリア北方(ほっぽう)(おき)、上空

 

ククルの神殿にリーザたちを(あず)け、俺たちは本来の作戦に戻った。

神殿の姿はもう(はる)彼方(かなた)に消えている。

「本当に良かったんか?」

「何がだ?」

(たず)ねてきたシルバーノアの艦長は、とても「王家の血」を引いているとは思えない威厳(いげん)()いた表情をしていた。

「お姫さんのとこにあの子たちを置いてきて。」

どうやらまだ「キメラの暴走」を危惧(きぐ)ているらしい。まあ、仕方ないと言えば仕方ない。

俺たちが敵対している相手は、そんなに簡単に付け入る隙を与えてくれるような連中じゃない。これもまた、奴らの仕掛けた罠の一つかもしれないと勘繰(かんぐ)っているんだろう。だけど、

「ククルが大丈夫だと言ったんだ。信じよう。」

「……あまり執拗(しつこ)く言うつもりもないが、誰かを(うたが)うことと物事を見破(みやぶ)ることは別物じゃぞい。天は全てをワシらに(ゆだ)ねててはおらん。そこに本人の意思がなくとも、天がそうと決めとれば否応(いやおう)なく人は人を裏切る。」

「……運命、か。」

「いけ好かん響きじゃがな。ヤツらの顔色を窺うのもワシらの仕事の一つじゃぞい。」

そうかもしれない。大切なことなのかもしれない。だけど、

「チョンガラ、」

”運命”に押し流されるだけの闘いなのであれば、俺がここにいる必要はない。だからといって「選ばれた人間」と(おご)る気もない。

ただ、俺は、俺たちは今、そういう悲劇を打ち消すための闘いをしているんだ。

「人は”運命”にも負けない。ククルも、エルクも……、リーザも。聖櫃(せいひつ)の前で、俺たちはそれを証明(しょうめい)しただろ?」

確かに俺はアンデルに遠く(およ)ばなかった。「運命」よりも遥か手前にある壁に俺は(ひざ)をつくことしかできなかった。

だから今は、言葉でしか言い表す(すべ)がない。

「……お前さんは本当に、父親に似とる。」

説得を諦めた彼は、一つ溜め息を()き、俺の肩を叩いて操舵室(そうだしつ)へと帰っていった。

俺は、遠ざかるその背中にとても(なつ)かしい人を映した。とても、とても大切な人を。

「……父親…か……。」

 

――――父さんは強くて優しかった

 

あの時、瀕死(ひんし)のエルクに()()るシュウに俺は父さんの影を重ねた。

俺や母さんを置いて何処かへ消えた父さん。

俺は強くて優しい父さんが好きだった。だけど、「父さんは死んだ」と言い続けなきゃいけない母さんの苦しむ姿を見ているだけに、俺は父さんが許せなかった。

あの男の、エルクを想う姿が本物なだけに、(つの)らせていた怒りを彼にぶつけてしまったんだ。

 

チョンガラはアララトス国で父さんに会っている。

なぜそんな所にいるのか。俺には理解できなかった。父さんが居れば()けることができた悲劇も少なくない。マローヌ王にしても、シオン(さん)の封印にしても。もしかしたら、エルクも、リーザもあんな目に遭わなかったかもしれない。

 

………違う!そうじゃないだろ!

父さんが、俺の父さんが考えなしに俺たちを捨てる訳がない。

父さんも俺たちを護るために何かと闘っているんだ。たった一人、世界を駆けまわって。

そうだろ?父さん――――

 

 

俺は懐にしまった首飾りを服の上から握りしめ、沢山の人を想った。




※北西端(ほくせいたん)
読みが合っているか分かりませんm(__)m


※残滓(ざんし)
食べ残し。転じて、何かの後に残った価値のないもの。残りクズ。


※標高2000m
比較の一例として、富士山は標高3776mです。
ギリギリ小麦、トウモロコシが栽培できる高度で、ジャガイモは問題なく栽培できます。
さらに、標高が高いほど紫外線量が増え、2000m以上になると「高山病」の発症率も高くなるそうです。

ククル、神殿に(こも)ってないと「コギャル化(色黒)」しそうですね(笑)


※馬
「馬」と一言にいっても、競馬場などで見かける馬ではありません。
この時のトウヴィルは山岳地帯に近い環境なので、ウシ科ヒツジ属のビッグホーンという動物に近いものだと思ってください。
もっと分かりやすく言えば、「もの●け姫」の「ヤックル」だと思ってください。

※トウヴィルの村長
原作のアークⅠではちょっとした悪役でした。
このお話では、彼はその後アンデルを頼って村を捨てていることにします。なので、この村長はまた別の村長なのであしからずー。

※鉄くれ
「鉄の塊」という意味。……ですが、そんな言葉はありません。
「石のかたまり」「石っころ」という意味の「石塊(いしくれ)」を文字った造語です。

※老獪(ろうかい)
経験豊富でずる賢いこと。

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