陽が沈み、解き放たれた赤黒い炎たちが世界の全てに血糊を満遍なく塗りたくっている。
ある炎は虫よりもか細い息と息の間を跳梁跋扈し、吹き出る血の酒を飲み渡り、酔いどれている。ある炎は築かれた屍の山の傍らに立ち、添い寝をするように揺らめいている。
真っ赤だ。森も、空も、像も、人も。真っ赤で、熱い。
俺はその中心に立っていて、真紅の空には浮き立つような1体の白銀の鯨が、4、5匹の鮫を連れて、この醜悪な夢の中をゆったりと泳いでいる。
世界のあちこちから木々を縫ってやってくる断末魔は聞き飽きた。アンコールも必要ない。
それよりも、誰でもいい。この炎を俺から遠ざけてくれないか。俺の大切なものを寝かし付けようとするんだ。だから、遠く、遠く目の届かないところまで―――。
目を瞑り、祈った。しかし、目を開けると炎に寝かし付けられたはずの無数の死体が俺を取り囲んでいた。
「炎の御子がなんとも情けない。」
「ああ、情けない。」
「この苦しみがお前に分かるか。」
「なぜ立ち尽くす。なぜ仇を討たん。」
「裏切るつもりか。」
「血が、熱い。」
「一族いち、醜い面をしよって。」
「ああ、なんと情けない。」
一度に十や二十の言葉がぶつけられているのに、呪いの言葉たちが俺の全身に耳の穴を穿つかのようにハッキリと聞き取れる。不気味なほど鮮明に。
すると、死体の背後に鈍く煌めく黒い銃口が突き付けられる。死体は銃口に押されて、一歩、俺に近づく。一歩、また一歩。
そうして、身を竦ませた俺の目の前にまで差し迫った死体たちからは、身の毛がよだつほどに懐かしい臭いが漏れてくる。それは死臭を織り込み、俺の鼻孔の奥にまで這い上ってくる。
堪らず目を背けるけれど、俺の両瞼は炎に縫い留められたかのように、執拗に赤ばかりを映そうとする。人の姿も、村の様子も、皆が赤の中にいて輪郭がハッキリとしない。そこにいるのは誰なんだ。
「背けるな。俺の目を見ろ。」
白銀の鯨が、眼下に広がる光景を見て嘲笑っているかのように、この赤ばかりの世界の中で浮き立っている。
「この恩知らずめ。」
死体たちは開けたままの水道水のように、呪いの言葉を垂れ流す。
目を瞑っても、耳を塞いでも、それらは次から次へと新しい入り口をつくり、蛭か何かのように俺の中に潜り込んでくる。
堪えきれず、俺は呻き声を上げる。
――――消えて欲しい
心の底からそう思った。そう願うとそこにいる全ての死体が最後の呪いを次々に爆発させる。
『どこまでも、逃げ延びなさい。』
『生き残るんだ。我らの灯よ。』
『いつの日かこの常闇の世界を燃やしてくれ。』
『その為なら、我らがお前の炎とならん。』
『エルク、我らの愛しい炎の子よ』
焼け爛れた亡骸の言霊は、炎の指揮棒によって悲鳴の合唱へと変えられ、世界を満たす。
尸に怨嗟を吐かせる銃口たちが一斉に火を吹いた。彼らの呪詛を押し潰すようにけたたましく笑った。
俺の世界はより一層、赤で満たされていく。
やがて死体も、銃口も口を利かなくなり、残された炎たちだけがメラメラと宛もなく辺りを彷徨っている。
俺は夢の中で、炎と死体と銃、赤と白銀の視線の中でいつまでも見苦しいほどに蹲り、震えている。
――――放っておいて欲しかった