聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

117 / 235
悪夢たちは彼の後ろ髪を引く その二十三

黒装束(くろしょうぞく)青髪(あおかみ)の歌姫の()め込んだ”白い家”、その公園(はこにわ)。飼われていた子どもたちは悪魔の息吹(いぶき)(くる)い、堕天(だてん)した。

手にしていた遊具(ゆうぐ)は使い込まれた刃物へと持ち()えられ、(けが)れを知らない瑞々(みずみず)しい(はだ)闘争(とうそう)()える(よろい)へと変貌(へんぼう)する。

そんな(あわ)れな子どもたちが、公園(らくえん)に迷い込んだ二匹の羊に(おそ)い掛かる。

その十数分前。

 

空を泳ぐ白銀(しろがね)(くじら)が、悪魔の()(かご)に対し爆撃と共に一人の青年を投下(とうか)していた。

 

 

――――”白い家”『未成熟児(みせいじゅくじ)』保管室

 

「……これが、キメラ。」

青年の目の前に整然(せいぜん)と並ぶ無数のカプセル。その中で、今まさに生まれ変わろうとする子どもたちが泳いでいた。

「どうかね、ここの(なが)めは。勇者、アーク。」

スピーカーから、聞き覚えのある声が青年の名前を呼んだ。

「ガルアーノか。」

(じか)に言葉を()わすのはこれが初めてになるのかな。だがまずは”今後ともよろしく”と言わせてもらおう。」

「何?何の話だ。」

青年の当然(とうぜん)の問いに対し、無機質な拡声器(かくせいき)からはドロドロと(よど)んだ失笑(しっしょう)()れだしていた。

「なに、ワシらはこれから長い付き合いになるのだ。挨拶(あいさつ)の一つも交わしておくのがマナーというものだろう?」

「ふざけるな。俺たちはこの戦いを長引かせるつもりなんかない。」

無論(むろん)、ワシもそのつもりだ。」

「……何が言いたい。俺はお前と無駄なお(しゃべ)りをしに来たんじゃないぞ。」

悪魔の失笑は青年の感情を(いと)おしげに逆撫(さかな)でる。

「それよりも、どうだ。キサマの目の前に広がる光景は。」

『子どもたち』は(やす)らかな顔で眠っている。新世界へ産まれ落ちるその時まで。

「これが今の時代を象徴(しょうちょう)する“精霊”というやつだ。実体を持たず、人間の心を(えさ)にしてきた“亡霊(ぼうれい)”どもよりもよっぽど、守ってやる価値があると――――」

 

青年は悪魔の(ささや)きを()()った。

「……これで、いいんだ。」

青年は、その手でここにある全ての『悪夢』を焼き払った。

彼の周囲(しゅうい)を舞う無数の『光』が、悪魔の言う新時代の『精霊』を皆殺しにした。まだ、「抵抗」もろくに知らない小さな子どもたちを。一片(いっぺん)の肉も残さず。

 

そして、彼を守護(しゅご)する『光』が青年に()()()()()()げる。

「……」

青年は火花を散らす悪魔の(くちびる)(にく)らしげに見上げ、その場から走り去る。

 

()い」はある。だが、彼に「迷い」を受け入れるだけの余裕(よゆう)は許されていなかった。

 

 

――――”白い家”緊急(きんきゅう)避難路(ひなんけいろ)

 

「そこまでだ、アンデル!!」

通路に(ひび)き渡る青年の(さけ)びは、先程(さきほど)よりも(はる)かに(する)()がれていた。(うたが)いようのない「怒り」がそこにあった。

「……これはこれは、勇者アーク。久方(ひさかた)ぶりだな。」

振り返る萌葱色(もえぎいろ)の死に神、そしてそれを見据(みす)える瑠璃色(るりいろ)の勇者。今まさに、世界(ぶたい)の主役とも言うべき二人が対峙(たいじ)していた。

「こちらから出迎(でむか)えてやろうと思っていたというのに。正義に勤勉(きんべん)な姿は変わりないようでなによりだ。」

青年の、幾多(いくた)の死線を(くぐ)()けてきてなお色鮮(いろあざ)やかな朱色(しゅいろ)額巻(ひたいま)きと瑠璃色の装束は、死に神の言う「正義」を色濃(いろこ)物語(ものが)っていた。

そして、その若々しい正義を馬鹿にするかのように、死に神は笑う。

「して、わざわざこのような所まで(わし)(たず)ねに何用かな?」

 

青年の背後には幾体(いくたい)()()せられた『子どもたち』の姿があった。

それを()した()こぼれを知らない正義の(つるぎ)を、その()(さき)を、青年は死に神へと()()ぐに突き付け、宣言(せんげん)する。

「アンデル、ここで終わらせてやる。」

「……」

死に神は眉間(みけん)(しわ)を寄せ、()き出された深い深い呼気(こき)は黒い(きり)となって青年を()(かこ)む。

「……ック!」

黒い霧は、勇者(せいれい)(かご)易々(やすやす)()(くだ)き、青年の(ひざ)を地につかせた。

「理解できたか、小僧(こぞう)?これが我々の間にある大きな、大きな差よ。たかが精霊を宿(やど)したくらいでこれを()められるとでも思ったか?なんとも(おろ)かしい。」

しかし、“勇者”を(かん)する青年は、折れぬ剣を(ささ)えに立ち上がる。その目は黒い霧ごときに(にご)らせることはない。

「お前こそ、俺たちを甘く見るなよ。」

「ほぅ、ならば言ってみるがいい。人間ごときが、何をすれば我々を()(ほろ)ぼすことができると言うのかね?(たの)みの”聖櫃(せいひつ)”も今や我々の手の内にあるというのに。」

青年が歯を()(しば)ると、体から(にじ)み出す(あお)い光が黒い霧を(はら)う。

「”聖櫃”の力はすでに俺たちの中にある。お前たちに勝ち目はない。」

「……ク、クク…、クハハハハッ!!」

「死に神」であり「将軍」である品格(ひんかく)など忘れ、萌葱色の男は大口を開けて笑い出した。

 

「何を言い出すかと思えば。貴様(きさま)らが”聖櫃”の何を手に入れたと?…笑わせるのもいい加減(かげん)にしろ。」

そのほんの(わず)か、死に神が視線を(はず)した(すき)を突いて青年は支えにしていた剣を振り上げた。

切っ先からは白い光りが(ほとばし)り、死に神目掛(めが)けて一本の『光の矢』が(はな)たれる。

白い光は魔を(めっ)する『(さば)きの力』。魔の象徴ともいえる「死に神」にとっては(あらが)いがたい『力』であるはずだった。

「…本当に、人間という生き物はどこまでも我々を笑わせよる。」

ところが、それは死に神を討つどころか、死に神の(まと)う黒い霧に()まれ、(あわ)のように()()されてしまう。

「これが貴様の言う『聖櫃の力』か?だとするのなら、(あら)めて言わせてもらおう。”愚かしい”。そして”小賢(こざか)しい”。」

「クッ……」

黒い霧は死に神の嘲笑(ちょうしょう)に合わせ、光の軌跡(きせき)辿(たど)っては勇者を(もてあそ)ぶ。

「まあ、何でも良い。貴様はまだ泳がせておくというのが奴との約束だからな。今は見逃してやろう。だが、次に会う時までには口の()き方だけでも覚えておいてもらえると助かる。」

死に神が自慢(じまん)扇子(せんす)で黒い霧をひと(あお)ぎすると、払われた霧の(あと)に巨大な岩石のような爬虫類(はちゅうるい)が数匹、忽然(こつぜん)と現れた。

「でなければウッカリ殺してしまいかねん。」

 

青年は『聖櫃の力』を信じ続けた。

纏わり付く霧を()()け、トカゲの猛攻(もうこう)を受け止め、さらには死に神への矢も打ち続けた。

青年の『力』は確かに人間の得られる『力』を(はる)かに超越(ちょうえつ)していた。

命を()む霧は失せ、戦車のごときトカゲの牙も押し返しつつある。

それでも、青年の放つ矢は一本たりとも、死に神の体に触れることさえ(かな)わない。

 

「それはそうと、」

青年との雑技(ざつぎ)(きそ)()いに()きた死に神は、「余談(よだん)」という風な口振(くちぶ)りで、「勇者」という足枷(あしかせ)をいじり始めた。

「この”施設(しせつ)”にはまだ()()()が残っているというのを知っているか?2、3人で乗り込んでくるような阿呆(あほう)だが、奇跡的にまだ生き残っておる。」

「……」

「勇者とやら。貴様なら此奴(こやつ)らをどうするかね?」

死に神は多くの人間の命を喰らってきた。これまでも、これからも。

ならば、ここで死に神(ソレ)を討ち取ることと、数人の命とが()()うはずもない。些細(ささい)な言葉の(わな)(かかずら)っている余裕などない。

……はずだった。

「さて、儂はこの(あた)りで失礼させてもらおう。ここは(いささ)(さわ)がしい。次に貴様を迎える時はもっと静かな場所を用意しておこう。」

押し返していたはずの牙に悪戦苦闘(あくせんくとう)する青年を見下(みくだ)し、死に神はほくそ笑む。

断末魔(だんまつま)()(わた)素晴(すば)らしい墓穴(はかあな)をな。」

 

奮闘(ふんとう)する青年を()()き、死に神は背を向けた。

「待てっ!…!?」

トカゲたちを振りきり、立ち去ろうとする死に神を追跡(ついせき)しようとすると、(はか)ったかのように倒壊(とうかい)する施設の瓦礫(がれき)が二人の間に横たわった。

「あまり儂の配慮(はいりょ)を無駄にしてくれるな。貴様らは我々に生かされているだけの家畜(かちく)に過ぎんのだ。努々(ゆめゆめ)忘れてくれるな。」

侮蔑(ぶべつ)眼差(まなざ)しを残し、死に神は青年の前から悠々(ゆうゆう)と去っていく。

 

(かな)わない……

 

横たわる柱から感じる死に神の強大な『力』が、青年を委縮(いしゅく)させた。

まるで、天までもが死に神の力に平伏(ひれふ)し、服従(ふくじゅう)しているように感じさせた。

 

敵わない……

 

精霊の力が、天を落とすことはない。

人の剣が、死に神の首を()ることはない。

そんな当たり前のことが、今の青年には(せま)りくるとても大きな、大きな壁のように思えた。

 

…敵わない、のか………

 

 

青年には自信があった。

精霊の『力』にも()れ、”聖櫃”に認められた今なら。打ち倒すまではいかなくとも、死に神とも対等に渡り合えるだけの実力を身に付けていると錯覚(さっかく)していた。

 

だが…、手も足も出なかった。『力』の内、いくつかは完全に封じられてしまっていた。

奴が加減をしなければ俺は……。

 

青年は自分の未熟さを憎んだ。

 

何が悪いわけでもない。俺が、「弱い」んだ。

 

食い縛り、横たわる瓦礫を殴りつける。

(こぶし)から流れる血は、青年に痛みを感じさせることはできなかった。

 

折れぬ剣を(たずさ)え、屈辱(くつじょく)を背負って走り去ることしかできなかった。

 

 

 

――――“白い家”の公園

 

……どうしてその青年を目にして「エルクに似ている」などと感じたのだろうか。

ただ、青年の(ひたい)にある赤い額巻きがいやに象徴的に見えたのだ。

それが、エルクの赤いバンダナと(かぶ)ったのかもしれない。だが、それだけだ。

「……アーク。」

「逃げるぞ、付いて来い!」

アーク・エダ・リコルヌ、百億の賞金首。

突如(とつじょ)、俺たちの前に現れ、20を超える化け物を一掃した青年の顔には疲労の色が見えた。ここに来るまでにも戦闘があったのかもしれない。

だが、この場にいた化け物たち。俺が苦戦を()いられた敵を一瞬の内に、たった一人で倒してしまった事実は変わらない。

これが、「全世界指名手配犯」の実力か。

 

「息はあるのか?」

「…あぁ。」

シャンテはヘドロ状の魔人に全身を焼かれ、気絶していた。

まるでヒーローのように登場した百億の青年は、()()()のシャンテを見ても然程(さほど)驚く様子を見せなかった。この程度の『奇跡』なら見慣れているという風な目をしていた。

そして、彼女を(かつ)ぐと彼はこう言った。

()()()()()()?」

「……」

「どうした、まだ誰か残してるのか?急げ!」

今も、彼が指示(しじ)したであろう”白い家”への爆撃は続いている。施設の崩落(ほうらく)もまた、苛烈(かれつ)さを(きわ)め始めていた。

常識的に考えれば、この時点での生還率(せいかんりつ)はほとんど0に近い。それでも、彼の『力』があればそれも難しくないのかもしれない。

生きて帰ることができるのだ。

……勇者(かれ)が、いれば。

「……仲間を、置き去りにしている。」

 

 

 

……俺は今、何と言った?

 

死ぬ気か?

いくら世界と対等に渡り合う「勇者」がいるからとて、必ずしも生きて帰れる保証は無いんだぞ?

それに――――、

 

「死んだ」

 

悪魔はそう言ったんだ。それと思える爆発音だって自分の耳で確認した。

だったら俺は今、どうしてそんな無意味なことを言ったんだ。

 

――――一人でも多くの人間を殺せ。俺が、教えてやる。

不意(ふい)に、アイツの声が頭の中で再生される。

――――キサマは誰も助けなくていい。

アイツは俺を(なぐ)り飛ばし、ズカズカと俺の(ふところ)()()ってきた。

――――キサマはナイフを使う必要なんかねえんだよ。

そう言ってアイツは俺の手からナイフを取り上げた。

――――キサマがナイフだ。

そう言ってアイツは俺に(じゅう)(あつか)(かた)を教えた。

――――殺せ。俺がキサマを許すまで。殺し続けろ。

 

……だったら、俺は今、誰を殺せばいい?貴様はもういない。俺は…、自由なはずだ。

 

――――だが、俺はまだキサマを許しちゃいねえ。そうだろ?

 

……教えてくれ。俺は、誰を殺せばいい。

 

 

 

 

――――何をしてる、仲間を助けたくないのか!?

 

耳鳴(みみな)りが遠退(とおの)き、聞きなれない声が俺の胸座(むなぐら)(つか)んでいた。褐色(かっしょく)の瞳が俺の(ほお)を叩いた。

「……」

「いいか、よく聞け。ここはもう長くない。生きてここを出たいなら今すぐに仲間の場所に案内しろ!」

この青年はいったい何がしたいんだ。どうしてこんなにも執拗(しつよう)に助けたがるんだ。

「……こっちだ。」

疑問を解決しないまま、俺の体は「命令」に(したが)っていた。

 

その言葉に嘘はなく、瞳には淀みがない。

 

俺は思った。

百億ぽっちの紙切れで彼を語ることはできない。

 

俺は思った。

悪魔の手で(はかり)に掛けられた百億の心臓を()()()()()、彼は存在している。

 

『百億の心臓を焼く力』を持ち合わせていながら、一つたりとも見捨てようとしない。

俺にはその正体が掴めない。

それは、救われた百億の心臓だけが知っている。彼という『光』を真っ直ぐに見詰めることができる。

 

今の俺には「相容(あいい)れない『二つ』が一つの『箱』に(おさ)まっている」。その程度の認識しか持てない。

ただただ神秘的な空気を(まと)っているとしか。

 

 

 

――――”白い家”通路

 

ふと、俺の後ろを付いてくる鉄靴(グリーヴ)()れる音を耳にしながら、この件にだけは手を出すまいと思っていた自分を今更(いまさら)ながらに思い出す。

 

ガルアーノに目を着けられようと、ロマリアと敵対関係になろうと、エルクを護るためならその『悪夢』に呑まれる覚悟はあった。

だが、この男にだけは関わるまい。手配書を見た時から、そんな直感が働いていた。

アーク・エダ・リコルヌ。16才の青年。

世界的指名手配犯というにはあまりにも(おさな)く、(かげ)りのない”正義”の眼差(まなざ)しを持ったその面立(おもだ)ちに悪魔たちよりも異質な『運命』のようなものを感じ取った。

俺はこの男を、同じ『人間』だと見ることができなかった。

 

……考えてみれば、敵対しているロマリアと(かか)われば(おの)ずとこの男とも接触する。分かり切ったことだったのに。

どうやら、俺は分からないフリをしていたらしい。

俺は、エルクをダシにして死に場所を求めていたのかもしれない。

俺は俺の『呪縛(じゅばく)』を()くために。

俺という「化け物」を殺してくれる人間を求めて。

 

今、それに気付いたとして、今さら思い直したところで、もはや手遅れだ。

仮にエルクが生きていたとしても、意味はない。

俺たちは(すで)に飲み込まれ始めているんだ。子どもたちの血と肉で渦巻(うずま)く『悪夢』さえも好物にする、『正義』という名の救いのない悲劇(ひげき)の部隊へと。

 

『悪夢』から()()び、こんな俺に助けを求めてきた子どもを、俺は『悪夢』の中へ連れ帰ろうとしている。

 

 

――――”白い家”地下水路

 

爆撃の影響(えいきょう)で全ての明かりが消えていた。今はアークの呼び出した無数の『光の粒子(りゅうし)』だけを頼りにアイツを探している。

『粒子』は(ほたる)のようにアークの周囲を飛び回るだけかと思えば、そこから数匹が(はな)れ、稲妻(いなずま)のように四方八方(しほうはっぽう)へと飛び去っていく。

『光』はこの男にとって単なる『力』ではないらしい。『身体(からだ)の一部』に近いのかもしれない。

『光』でものを見、『光』で()(まわ)る姿に不自然なところはなく、もはやどちらが『本体』なのかも分からない。

 

それでも、青年がその『手足』をいかに遠くまで()ばそうとも、この広く()()んだ水路全ては照らし尽くせない。

そして、シルバーノアからの爆撃による”家”の崩壊(ほうかい)は止まらない。

これは、死の行軍(こうぐん)以外のなにものでもない。

そう、思っていた。

ところが――――、

「……こっちだ!」

(なが)く『影』を()(どころ)にし、「化け物」とさえ呼ばれてきた俺の目よりも早く、青年は何かを見つけていた。

……そして、俺の耳には彼の声がどこか「怒っている」ように聞こえた。

 

 

「エルクッ!!」

そこには()()()落石(らくせき)から(まぬが)れ、横たわるソイツの姿があった。

担いでいた女を(すべ)り落としたことにも気付かず、俺は駆け寄った。

「……」

(かろ)うじて息はある。

だが、容体(ようだい)は絶望的だ。

『炎』がエルクを護ったのかもしれない。だがそれでも―――完全にエルクの意表を突いたのだろう―――、至近(しきん)距離(きょり)で起きたであろう爆発を(ふせ)ぎ切れてはいない。

全身は火傷で(おお)われ、顔の右半分は肉が(ただ)れている。耳は落ち、頬は()げ、歯が()()しになっている。

 

「どけっ!」

青年は割り込みエルクを抱き上げると()を置かずに走り出した。

「早く逃げるぞ!!」

瑠璃色の装束を着た青年、その背中は怒りに満ちていた。

青く、小さな羽を(はげ)しくバタつかせ、彼を……いや、エルクを取り巻く(ゆが)んだ世界を否定している。

赤の他人であるはずのエルクのために……。

 

俺は……何をしているんだ………




※額巻き(ひたいまき)
鉢巻のことです。造語です。日本人で「鉢巻」というとやはりお祭りなんかでする「ねじり鉢巻」を連想しがちだと思ったので(^_^;)

※雑技(ざつぎ)
様々な技芸、曲技、物まねなど。取るに足らない芸。

※拘う(かかずらう)
「係う」とも書きます。
小さなこと、面倒事に(かか)わること。(こだわ)ること。付きまとうこと。

※努々(ゆめゆめ)
後に否定の言葉が続いて「決して、断じて」という意味になります。

※アークの『力』の無力化
アークがアンデルと対峙していた際、『力』を封じられていたという描写がありましたが、それはアンデルの魔法、「マインドバスター(MPを消費させる能力)」だと思ってください。

※鉄靴(グリーヴ)
「グリーヴ」とは古フランス語で「すね当て」という意味。足を保護する金属製の防具のことです。
対して、「鉄靴」はグリーヴの中でも、くるぶしから足先を守る防具らしく、「グリーヴ」の和訳としては適切ではないかもしれません。「グリーヴ」の和訳は「すね当て」になるのかな?
ネットで見つけた資料によると、足部分に当てられた日本語の名称は「すね当て」「ひざ当て」「もも当て」「鉄靴」など細かく分かれていたので、ひとまとめに「鉄靴」にしました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。