聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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悪夢たちは彼の後ろ髪を引く その二十二

「まずは、あれだけの苦痛を与えられてなおワシに刃向(はむ)おうというその精神力は()めてやろう。」

悪魔の巣”白い家”、その最奥部(さいおうぶ)は「公園」の姿をしていた。室内であるだけに閉鎖感(へいさかん)(ぬぐ)えないが、どこか「夢見心地」にさせる(あや)しい臭いが(ただ)っていた。

ブランコ、シーソー、砂場、タイヤ…。「侵入者」には目もくれず、そこにある遊具(ゆうぐ)黙々(もくもく)と遊び続けるおおよそ20人の子どもたちの表情がそれを嫌と言うほど物語(ものがた)っている。

「だがな、シャンテ。その(あきら)めの悪さはやはり見ていて虫唾(むしず)が走るものよ。」

そして、この箱庭を()でる男が、防弾ガラスの向こうから俺たちを見下ろしていた。

ガルアーノ…らしき男が。

「そう思うなら今すぐあの子のデータを寄越(よこ)しなよ。()わりなんてのは吐き捨てるくらいあるんだろ?それさえ(もら)えればアタシは二度とアンタの前に現れないって約束するさ。」

彼女の言葉を耳にしたガルアーノは、マフィアのドンに相応(ふさわ)しい余裕(よゆう)威厳(いげん)に満ちた笑みを浮かべる。

「約束?ククク、どうした。(したた)かなキサマらしくもない。自分よりも上の人間への口の()き方も忘れたか?」

それでも彼女の姿勢(しせい)()らがない。

唯一(ゆいいつ)()()らすための首輪を捨てたのはアンタだ。今のアタシにはもう上も下もないんだよ。」

その不屈(ふくつ)の精神は、俺の(あつか)うどんな武器よりも強靭(きょうじん)で、(するど)(ほこ)そのものであるように思えた。

だが、彼女が『人間』である以上、一度()え付けられた「恐怖」は完全には(ぬぐ)()れない。

負けじと浮かべる彼女の笑みに”(しん)”はなく、(くちびる)(かす)かに(ふる)えていた。

「残念だったな。野良犬(のらいぬ)などにくれてやる(えさ)は持ち合わせておらんよ。」

「ゴタクはイイんだよ!弟はどこだって聞いてんだ!」

「……」

男の顔から笑みが消え、部下に何事かを命じている。

「ガキどもを起こせ」男の唇はそう動いていた。

そして、(ごう)()やした彼女はこの部屋の出口らしき扉に向かって動き出す。

俺は先の展開(てんかい)を予測し、彼女の背中を見送りつつ()()()()()に五感を()(めぐ)らせた。

 

「エルクはどうした。」

俺の問いにガルアーノが答えるとは思ってない。だが少なくとも、その反応(はんのう)からアイツの安否(あんぴ)くらいは読み取れるかもしれないと思った。

ところが、俺の予想を裏切り、シャンテの行動を無視し、男は饒舌(じょうぜつ)に語り始めた。そして――――、

「あの爆発音が聞こえなかったか?」

ヤツの口調(くちょう)が、俺の中の”何か”を不気味に(ざわ)つかせた。

「…()ったよ。愛する者に抱かれながら、まさしく(はな)のように肉片(にくへん)()らせ、ドカン、とな。」

頭では、完全に冷静でいるつもりだった。そういう可能性も覚悟もしていた。

だが気が付けば俺の目の前には悪魔の姿があった。他への注意を忘れ、ヤツの顔だけを映し、ショットガンを乱射していた。

 

一発目はガラスに(ひび)しか入れられなかった。

だが、二発目に穴を開け、三発目に悪魔の頭を吹き飛ばした。

 

だが――――、

 

「クハハハ、まさか訓練された犬にこんな人間(まが)いの感情が残っていたとは驚きだ。」

男の顔は間違いなく(つぶ)れていた。

右側頭部(みぎそくとうぶ)(えぐ)り、赤黒(あかぐろ)脳髄(のうずい)()()らしていた。

「だが生憎(あいにく)とワシはキサマに興味がない。相手をしてやる義理(ぎり)も時間もない。」

であるにも(かか)わらずソイツは(いま)だ饒舌に、二本の足で()()ぐに立ち、『悪魔(ガルアーノ)』であり続けた。

「それでも心配することはない。」

意味ありげな男の言葉で我に返り、俺は放棄(ほうき)していた五感(あみ)()り直す。すると、すでにソレらは動き始めていた。

そして、またしても悪魔は俺から理性(あみ)容易(たやす)く取り上げてみせる。

 

「代わりなら(いく)らでもいる。エルクやミリルには遠く(およ)ばん粗悪品(そあくひん)だがな。」

悪魔は笑い――――、

「そして、喜べ。エルクのサンプルは(すで)に保管済みよ。」

手にしたナイフを――――、

「もしも、ここを生きて出られたなら()()()()()()()()()()()()()()()。」

俺の心臓に()わせた

()め回すかのように

(いや)らしく

執拗(しつよう)

 

この感情は以前にも経験があったような気がする

 

とても大切なもので、とてつもなく憎むべきもの

 

そして、かつての『(おれ)』からは遠くかけ離れたもの

 

 

またしても、俺は「俺」でなくなっていた。

腕が傷つくのも(かま)わずガラスの穴から無理やり手榴弾(しゅりゅうだん)()()んむ。それだけでは()()らず、穴に銃口(じゅうこう)を差し込み、乱射した。ろくに(ねら)いもせず、ただただガムシャラに。

意味なんかない。体が、そうせずにはいられなくなっていた。心と身体(からだ)()()わったかのような錯覚(さっかく)をおぼえた。

 

炸裂(さくれつ)する手榴弾と散弾が()(まど)う研究員を次々に撃ち抜き、殺していく。

それでも、悪魔は微動だにしない。飛び散る破片(はへん)銃弾(じゅうだん)も全て正面から受け止めた。

そして、ヤツは血に()れた牙を()く。

所詮(しょせん)、少佐に育てられた”犬”よな。感情の(ずい)までが獣臭(けものくさ)い。()げば嗅ぐほどに苛立(いらだ)たしい。」

「!?」

(かろ)うじて残っていた本能(けいかいしん)が、悪魔の言葉に翻弄(ほんろう)される俺を(たた)き起こした。

 

背後から鋭利(えいり)な殺意が(おそ)ってきていたのだ。

それは俺に振り返る(いとま)さえ与えない。

訳も分からぬまま()退()くと、一瞬遅れて俺のいた場所に大きな一本線の爪痕(つめあと)が走る。……これは、斬撃(ざんげき)か?

振り返ると、これを(はな)った”狂戦士(きょうせんし)”が口から白い吐息(といき)()らしながら巨大な剣を()()り、徐々(じょじょ)に加速をつけて(せま)ってきていた。

確実に、高レベルの化け物だ。

 

熊ほどもある大きな体。(たか)のように鋭い眼孔(がんこう)。そして、悪寒(おかん)が走るほどの殺気。

そこから()()される一撃は間違いなく、一太刀(ひとたち)で俺を斬り伏せてしまうだろう。

長期戦(ちょうきせん)に持ち込めば圧倒的(あっとうてき)に俺が不利(ふり)だ。

襲い来る狂戦士の一振りを素手で(いな)し、()(ちが)いざま、頭部に銃弾を叩き込む。

しかし、強化された狂戦士の頭は完全には吹き飛ばない。着地と同時に、振り返る勢いのまま、渾身(こんしん)の第二刀が(はな)たれる。

それは一撃目よりも(はる)かに速い。

姿勢(しせい)を落とし、紙一重(かみひとえ)でこれをやり()ごす。そのまま両足のバネを使って再び背後を取り、頭を撃つ。

今度こそ頭部を完全に撃ち抜かれた狂戦士は、悪魔に(なら)うことなく、静かに崩れ落ちた。

だが、これで終わりじゃない。

悪魔はすでに、俺のための片道切符(きっぷ)を切っていた。

 

「さらばだ。あの世で少佐にヨロシクと伝えてくれたまえ。」

……間違いない。悪魔は俺の素性(すじょう)を知っている。だが何故(なぜ)だ。どこからあの男に辿(たど)()いたんだ。

悪魔の言葉に気を取られつつも周囲(しゅうい)見渡(みわた)す。すると予想していた通り、ついさっきまでいたはずの子どもたちの姿はどこにもない。

「……これが、”白い家”の本当の姿か。」

子どもたちがここで(はぐく)み続けた『悪』が(から)(やぶ)り、『夢』から抜け出していた。

 

全身がヘドロ状に(ただ)れた暗黒色(あんこくしょく)の魔人。(はだ)鉱石(こうせき)のごとく硬質化(こうしつか)させた象牙色(ぞうげいろ)爬虫類(かめ)

巨大なコウモリ、虫、狼、狂戦士がまるで(えもの)動向(どうこう)(うかが)う獣の群れのように居並(いなら)んでいる。

あの毛深い羽も、禍々(まがまが)しい牙も、元は小さく(やわ)らかい子どもの手足だったのだ。

それは二度と帰ってこない。

全ては『夢』の中に埋没(まいぼつ)してしまった。

これが、化けの皮を()いだ今の世界なのだ。

 

弱く(はかな)い『人』の子が(たわむ)れる(その)は、有象無象(うぞうむぞう)(みにく)い『化け物』が狂気をばら()失楽園(しつらくえん)()ちていた。

 

()れ。」

悪魔の一言が、産まれたばかりの『化け物(ひな)』に食事の時間を()げる。

忠実(ちゅうじつ)な『化け物(ひな)』たちは『悪魔(おやどり)』の声を聞くと大きな(くちばし)を開け、地獄のような産声(うぶごえ)輪唱(りんしょう)する。

 

――――直後、

 

ズンッ、ズンッ、ズンッ、ズンッ!!

 

幾発(いくはつ)もの(つら)なる爆発音が”白い家”に響き渡り、施設全体を大きく()らした。

「……来たか。」

もはや、ここに居る誰もがこの爆撃を仕掛けた者の正体に気付いていた。

そして誰もが、この”白い家”がその犯罪者の手によって倒壊(とうかい)してしまうであろう未来も知っていた。

「フン……」

憎らしげに天を見上げる悪魔は、目の前の二人に(おとず)れる惨劇(みせもの)見届(みとど)けることもなく箱庭に背を向け、去っていく。

 

 

……いよいよ時間がなくなってきたな。

 

「……フッ」

黒装束は(なか)ば「死」に()み込んでいながら、それでも冷静に現状を分析(ぶんせき)し、生き残ろうとする自分の(おろ)かさを心の中で嘲笑(あざわら)った。

 

どう足掻(あが)いたところで俺に勝ち目はないと言うのに。

俺を()み殺すだろう化け物たちが、葬送(そうそう)参列者(さんれつしゃ)にも見えてくる……?

 

……足りないな。

 

目の前にいる化け物の数が、ついさっきまでいた子どもの数と食い違っていた。

さっきまでは―――仕留(しと)めた狂戦士を(ふく)めて―――29人いたはずだ。だが、今は25体しかいない。部屋を出入りした様子もない。

もしも奴らの()(くち)がワンパターンであるなら残りの3体に見当(けんとう)も付くが……。

そもそも、今、目にしている数だけでも多くの体力を消耗(しょうもう)した今の俺には手に余る。

さっきの狂戦士一匹にしても一手(いって)(あやま)れば死んでいたのは俺の方だ。

間違いなく、ここに雑魚(ざこ)はいない。

シャンテに関して言えば、一体でも重荷(おもに)だろう。

目を()ると、部屋の入り口でヘドロ状の魔人とコウモリに囲まれ、身動きが取れないでいる彼女の姿があった。

……だが、今は彼女の心配をしている余裕(よゆう)はない。意味もない。

 

 

対応策(たいおうさく)のないまま、2mはあろうかという狼と甲虫(こうちゅう)3匹が飛び掛かってくる。

一対一や言葉の通じる相手ならともかく、飢えた(さつい)(かたまり)4つが相手ではもはや俺の体は付いていけない。酷使(こくし)した左手もほとんど感覚がなくなっていた。

こんな状態で正常な戦闘行動がとれるはずもない。

ガルアーノの後を追ったところで、俺の装備(そうび)ではおそらく奴を倒し切ることもできない。

そして、アークが迫っている。

今や、逃げられるかどうかも(あや)しい。

……それでも、迷っている時間はない。一か八か、手榴弾(スモーク)を先頭の狼の手前に放る。

 

だが、それは完全な悪手だった。

 

煙が俺の姿を隠す前に俊敏(しゅんびん)なソレらは眼前(がんぜん)にまで飛び込んできた。そして――――、

「……同じ手が二度も通用すると思ったか?」

身に覚えのある気配(けはい)が、耳元で(ささや)く。

姿()()()()()()()()()

 

姿の見えないソレは、俺の撒いた煙を一飲(ひとの)みにし、後に続く21の化け物たちの道をつくる。

……どうにもならない状況(じょうきょう)だ。

逃げ場は、ない。

 

 

 

………すまない、エルク

 

 

 

俺はその時を受け入れ――――!?

 

ギャアアアアアアア!!!

 

突如(とつじょ)覚悟(かくご)を決めた俺と狼たちの間に正体不明の閃光(せんこう)が走り、狼や虫を含め、一帯(いったい)を一瞬の内に焼き払った。

ところが、甲虫を焼き殺すほどに(まばゆ)いまでの光はなぜか俺の目を焼かなかった。それどころか、(さいな)んでいた全身の疲労(ひろう)軽減(けいげん)させていく。

消失した直後も光は俺の目に焼き付かず、視界はハッキリとしていた。

そして――――、

 

「こっちだっ!」

 

地獄のような戦場を()()けて(ひび)(りん)とした声に(みちび)かれ、俺が目にしたのはエルクによく()(あか)い青年の姿だった。




※狂戦士=原作の「ソードマン」です。
原作に、「狂戦士(英語でバーサーカー)」という名のモンスターがいますが、それも含め、一部の「ソードマン系統」、「ナイト系統」をひっくるめて「狂戦士」と呼ぼうと思います。
……というか、その時々で使い分けると思います(笑)

※狂戦士の斬撃
一発目にシュウを襲った斬撃は原作の魔法「振り下ろし」です。

※王甲虫(おうこうちゅう)=原作の「マイティフライ」のことです。
羽の生えたダンゴ虫のようなモンスターです。

※健か(したたか)
手ごわい、用意周到、一筋縄ではいかないさま。世慣れていること。

※防弾ガラス
現代のガラスでショットガン(銃類全般)に対してどれだけの効果があるか調べてみましたが、明確なデータが見付けられませんでした。
情報の一部では、ショットガンでも余裕で防いでしまう映像がありましたが、「至近距離」ではありませんでしたし、「複数回同じ個所に撃つ」映像もありませんでした。
曖昧で申し訳ありませんが、バールで何度も同じところを打てば穴が開くらしいので、「同じ個所を複数回撃てば貫通する」という結論に……

ちなみに、弾は散弾ではなく、スラッグ弾という散らばらない一発の弾を使っています。
そんなものもあるんですね。「ショットガンといえば散弾」だと思ってました(^_^;)

※躱す(いなす)
自分に向けられた言葉による、または暴力による攻撃をそらすこと。(たく)みに(かわ)すこと。
本来は「往なす」または「去なす」と書きますが、文字からイメージしにくかったので今回は「躱す」を使っています。

※失楽園
神に背いて地獄に落とされたサタン。復讐のために蛇に化け、アダムとイヴに禁断の木の実を食べさせます。
そうして決まり事を破った二人は神様から堕落したとみなされ、罪を背負い、楽園を追い出されてしまうのです。
この一連の出来事を「失楽園」と言います。
なんとなくガルアーノと”白い家”の関係にかぶって見えたので、ムリくり使ってみました。

※堕天(だてん)
本来、「堕天」という言葉はありません。「堕天使(堕ちた天使)」から派生した造語です。
今回は「天」を「公園」もしくは「子ども」に当てがめて使っています。

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