この”家”の番犬の部屋を抜けた後は、
身を隠しながら進んでいるとはいえ、今さら俺たちの侵入に気付いてないはずがないのに。
警戒されているのか。それとも遊ばれているのか。どちらにしろ、あるべき
「……この部屋は?」
そんな中、俺の目に
その部屋の何に
「いい鼻してるじゃないか。それとも何だ。化け物同士、何か特別な声で呼び合ってたりするのかい?」
「…いちいち
女は何も答えちゃいないが、要するにこの部屋には
「どうするよ。」
彼の意見を
ミリルの
それに、あくまでも俺たちの第一目標は「ミリルの救出」。
だってのに、
「確認しよう。」
「は?」
「
「……別に、シュウがそれでイイってんならいいけどよ。」
彼は“迷いの森”で
別にそれをどうこう言うつもりはない。
ただ、俺にはそれが裏目に出るような気がしてならなかった。
「記憶に頼る」という、彼らしくない「
俺の『記憶』なんて、
ここはそういう所だ。俺はそういう所にいたんだ。
「……なんだ貴様らは。」
そこに、『子どもたち』の姿はなかった。
「貴様は、シャンテか?いったい何のつもりだ。」
その手術台には、
「ご
後先考えない歌姫の
「なんともいい
周りの連中の声が
――――俺が、そのプラチナブロンドを見間違えるはずがない
「………ミ、リル?ミリルなのか?」
全身の毛が
「……テメエら、その子に何しやがった。」
地震でもないのに視界がグラグラと揺れている。メラメラと、『赤』が焼き付いていく。
「何だと?…貴様、もしや脱走者か?わざわざ仲間を助けるためにここに舞い戻って来たのか?”森”の『
また、研究員たちは目を丸くしてお
「……ククク、ワハハハハ!」
そこにいる研究員は残らず、この
野生の獣たちでさえ恐れるこの”家”の実体を知っていながら、再び足を踏み入ようというその
彼らの笑い声にはナメクジの
声色だけは人間臭く、しかし人間とは思えない心理を
「……何をしたんだ、って聞いてるんだよ!」
ナメクジたちの
圧倒的人外の『力』が、身を守る
それでも彼らが
この世の「
「……ああ、困るな。とても高い機材なんだぞ?ほら、どうするね?例え、貴様の全身を
言い終えると同時に、少年は手にした
歌姫と
歌姫は『力』の
「……まったく、
『
「我々が、今さら
彼らの『命』は
命あるものにとって共通の恐怖であるべき『死』は、彼らの
少年もまた、5年前には無かった『力』でこれらをデタラメに
「ククク……、確かにイイ素材じゃないか。この”家”に
「テメエらが…、テメエらが俺たちをメチャクチャにしやがったんだっ!!」
槍を握る
少年の内側から
「よくぞ帰った、”白い家”の子よ!
「ウルセエっ!!」
少年は槍を捨てた。
そうして振り下ろす
……体が……、体が、熱い!
空を
『………
『
その言葉の一つ一つが、焼けた鉄の
『恥さらしめ……、なんと
ヤメロ、ヤメロ……
『殺せ……、全てを燃やせ……、』
うああぁぁ……、
『家族も……、友も……、恋人も……、』
ああぁぁぁぁぁっ!!
…ルク……エ…ク…エ………
…………俺は、目に映る全てを燃やした
……いいや、まだまだ燃える。俺がいる限り
ひとつ、ふたつ……。灰になる命はやがて数えられなくなる。
当然だ。俺の『炎』は初めからそのためにあるんだ。
俺は誰も幸せにしない。
『
「…ルク……エルク、エルク!」
……切れ長の、青い瞳が俺の肩を揺すっていた。
「……あ、ああ、シュウ。」
思い出すかのように彼の名前が出てきた。
体がやけに重い。……俺も、彼も、全身
「落ち着いたか。」
「……ああ。」
見渡せば部屋の
「ザコ相手に、なんてザマだい。」
「……」
……そうだ、俺たちは女の子を助けに来たんだ。あの森の中に忘れてきた俺の、大事な人を。
「そんなんでよくガルアーノに
……そう、ミリル。名前はミリルだ。
「そこの小娘だって、コイツらやジーンみたく炭クズにしちまうのがオチだろうよ。」
……俺が?ミリルを焼く?ジーン?そうだ、ジーンはどこだ?
あの
「……おい、エルク。正気か?」
……ああ
そうか
俺が、
……やっと、少し思い出してきたってのに。アイツはもう、
思い出した記憶の分だけ、
「いい
言い返すことなんてできるはずもない。
今まで俺は、ずっとそうしてきたんだから。
『化け物』らしく、皆から奪ってきたんだ。たくさん、たくさん……。
「そら、まずは目の前のクズどもに
目の前の…、炭の塊が……、俺の手を引き、また『あの場所』へと連れて行こうとする。
………身体が……っ!!
「エルク、落ち着け!」
俺の
「……
肩を掴む彼の手をソッと払い、立ち上がる。
立ち上がる俺の姿を見届けると、彼は無言でナイフを抜き、青髪の女に歩み寄った。
「なんだい?いい
彼は右手でナイフを握り、
「!?」
「シュウ!?」
「俺たちはお前の
彼は澄ました顔で言い切った。
まるで痛みを感じないかのように、顔に
「……アンタもだいぶイッちまってるね。気味が悪い。」
「俺は……そうかもしれん。だが、エルクは違う。」
出血はどうにかなっても、体へのダメージは小さくないはず。目の前で彼が傷ついてるってのに、俺は何もできないでいる。
彼が何をしているのか。全く理解できないでいる。
「ハハッ。何を言い出すかと思えば。」
青髪の女は、彼の
「同じさ。こんなに簡単に人間を殺せちまうヤツが化け物でなくて何なのさ。」
「……」
「そのくせ、中身は見ての通りのガキだってんならもう手の着けようがないじゃないか。いっそ、アンタの手で息の根を止めちまった方が皆幸せになれると思わないのかい?」
その通りだ。俺は『
もう、
「人は人を殺す。お前がそれを知らないはずがない。」
「知ってるさ。知ってるからこそ教えてやってるんだよ。”お前は『人間』じゃない『化け物』だ”ってね。それとも
「……」
黒装束は舞台に立つ彼女の歌を何度か耳にしていた。
その歌声はどんなに品の無い酒を飲む人間の心にも―――それが例え
『魔法』の
彼が彼女に問いただした時、彼女はそれを『愛』だと答えた。
ところが、『影』を住まわせる男の心はそれを理解することも、信じることもできない。
そうして、彼女の答えを聞いてもなお『影』の中へと帰ろうとする彼の
「お前の言っていることは間違っていないのかもしれない。だが逆に、お前の言う”愛”が本当にお前を救ったのなら、俺がエルクを救えない道理はない。」
男という生き物は何でこんなにも
理解できないものを理解するために道を通さなきゃ気が
なんてバカな連中だろう。
歌姫は心の底からそう思った。
なんて…、バカな……。
歌姫は心の底から想った。
女は彼の瞳を
「……いいさ。その
普段なら怒り
いくら何でもやり過ぎだ。そんな無駄な傷を負わなくたって、こんな女を黙らせることくらい彼ならできたはずなのに。
彼が何を考えているのか、分からない。
それでも結果的に俺はまた彼に護られた。……俺が弱いせいで。
「……シュウ。俺は、どうしたら……。」
俺を見詰める彼の鋭く青い瞳は多くの賞金首を
「エルク、忘れるな。お前はお前だ。お前を理解できない人間も多い。お前が理解できない人間も多い。それでも、お前が周りに振り回されることはない。」
「……」
そんなこと、知ってる。
彼は今までそうして生きてきたし、俺はそんな彼の背中を見て育ってきたんだ。
「だが……、」
彼の顔は
「
「え?」
「リーザに言われた。どうやら俺はまだお前のことを『化け物』だと
それは心のどこかで感じていた。でも、
そして――――、
……俺はそれが信じられなかった。
戦闘の
でも、こんなこと、5年間の彼の教育の中に一度だってなかった。
……彼は、その
どうしたらいいのか分からないぎこちなさはあるけれど、それでも彼の腕の中は信じられないくらいに温かい。
「……すまない。」
なんでアンタが
「俺はどんなことをしてでもお前を護り続けると誓う。だから、」
彼は俺を解放し、手術台から下ろされている金髪の彼女へと
「お前も、護ると決めたものを最後まで護り続けて欲しい。」
……そんなことを言われて、
この腕の中の居心地が良すぎて、離れられるかよ。
見れば見る程に彼の顔は
「エルク。」
ソッと背中を押す彼の手が、初めて
俺が動けばまた誰かを燃やしちまうかもしれない。それがもしアンタだったら俺は……、俺は、アンタにこれ以上迷惑をかけたくないんだ。
……そんなことは口が
すると、まごつく俺の視界に、
……ダメもとでもいい。シッカリしろ。
忘れるな。
俺は、皆を待たせてるんだ。俺が弱いままじゃ、皆が傷ついちまうんだ。
嘘でもいい。誰よりも強くなれ。
もう……、燃やすのも燃やされるのも嫌なんだ。
「……」
おっかなびっくり横たわる彼女に近付き、
降り注ぐ水に
白い
「ミリル……」
……それでも間違いはない。この人は、俺の知ってる
俺の腕の中に、『
……分かってる。
彼女が
あの頃よりもずっと。
「……ミリルっ」
俺はなんて現金な人間なんだ。
そう
彼が俺にしたような優しさなんか
―――ずっと、待たせてた。
こんな汚れた場所で。こんな悪魔に囲まれた場所で。5年も。
……本当に、ゴメン。
やがて、妖精の薄い
「……誰?」
「ミ……、」
一瞬、全身の筋肉が震えた。彼女の声が、『悪夢』で聞いたそれと全く同じだったから。
「ミリル……。」
だけど、今、目の前にいる彼女は『
「エ、ルク?……エルクなの?……エルクなの?」
彼女の口から俺の名前が出てきた瞬間、全身から力が抜けていくのが分かった。全てが許される
「……ああ、俺だよ。ミリル、待たせてゴメンな。」
俺が笑ってみせると、みるみる間にスカイブルーの瞳が濡れ、ダイヤモンドじゃ
「……ああ……、エルク……。……エルク…、エルク。」
説明なんか要らない。
俺たちには呼び合う名前さえあれば良かった。
俺の胸に顔を
今、この瞬間が、『夢』であることを否定するために。何度も、何度も。
彼女の涙が俺の胸を濡らし、俺を
同じ『夢』を見てきたからこそ、俺たちは呼び合う名前だけで多くの痛みを分かち合うことができた。
「エルク……、エルク……。」
5年という
5年という
……ああ、ミリル…、ミリル…………、
「エルク、
彼が割って入ってくれなかったら、俺たちはいつまでもそうしていたかもしれない。
時間を忘れ、名前を呼び合っていたかもしれない。
『
だけど、ここにいたらいずれは悪魔が俺たちを迎えに来る。また、あの『
それだけは、絶対に嫌だ。
「ミリル、立てるか?」
「……ごめん、今はまだ薬が残ってて。」
手術中、『彼女』が暴れ出さないためにと強力な
それでも大したハンデにはならない。俺と同じくらいの
何より、今の俺には何でもできる『力』がある。
「おいおい待ちなよ。」
彼女を
「確かに邪魔はしないって言ったさ。だからってアンタたちだけ得をして
この女は
だけどそれ以上に、俺たちは彼女から「悪魔」と
だからこそ
「俺が残ろう。この二人は先に脱出させてやれ。」
また、彼に助けられてしまった。
けれども今の俺は、今まで彼に感じていた「恩」の形が少し変わったような気がしていた。
もっと気軽に
言い方は悪いかもしれない。だけど、そのお
だからこそ、彼の好意に
「……」
それでも
「いたところで、今のエルクは足手まといなだけだ。」
今は、そんな
それだけ彼への信頼は
例えその口から『化け物』と呼ばれようと、彼は俺を護ってくれる。
俺が彼との約束を守り続ける限り。
この腕の中の彼女が俺の
※帰らずの森=原作の妖樹系統がひしめいていた森のことです。
※蟲
私たちが一般に使っている「虫」という字は主に昆虫類を指しますが、この「蟲」はマムシ(蛇)からくる象形文字で爬虫類やサソリ、タコ、ネズミなど小動物や魚介類なども含みます。
私個人のニュアンスとしては「小さくて体温のない、グチャグチャネチョネチョの気持ち悪い生物」って感じですね。
超、偏見ですが(笑)
※見初める(みそめる)
一目見てその異性に恋心を抱くことです。
※膠もなく(にべもなく)
愛想がない。取り付く島もない。身も蓋もない。といった意味です。
膠(にべ)という魚の浮き袋は強い粘着性があるらしく、接着剤(ニカワ)として利用されていました。
そのことから、良好な人間関係を膠に例える風習が生まれたらしいですね。
※ちなみに……
このシーンの研究員たちは、原作ではグール(ゾンビ系)とヒョウエンキ(火の玉系)に変身しました。
だいぶ迷走しました。だいぶ読みにくいと思います。
まだまだ頑張ります(;´∀`)