聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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悪夢たちは彼の後ろ髪を引く その十六

――――我が家へようこそ、黒い猟犬(りょうけん)よ。

 

”白い家”という研究施設(しせつ)の「関所(せきしょ)」と思われる一室(いっしつ)に足を()み入れると、日々の報道(ほうどう)で聞き()きた男の声がスピーカー()しに聞こえてきた。

室内に光源(こうげん)はなく、どこに何があるのかこの目には何も(うつ)らない。

背後からは扉のロックされる電子音が聞こえてくる。

暗闇を利用した古典的(こてんてき)な心理攻撃だ。

これらに(かま)わず、暗視(あんし)ゴーグルを(かぶ)って辺りを見回す。すると、気になるものが数点、()ぐに判別(はんべつ)できた。

「ハハハ、さすがだな。その無駄のない動きと装備。かつてロマリア軍に所属(しょぞく)していただけのことはある。」

 

これも単純(たんじゅん)な引っ掛けだ。

確かに俺には、ロマリア軍に所属していた経歴(けいれき)がある。暗視ゴーグルなんて特殊(とくしゅ)な装備も(いま)だロマリア以外で入手はできないだろう。

だが、この動きも装備も(そこ)で手に入れたものじゃない。

そうだ。()()()()()()()()()()どこかに()れているはずはない。

……今さら『影』であることに何の価値もないが。

 

要はなぜ奴がそんな詮索(せんさく)仕掛(しか)けてきているのかだ。

「単刀直入に言おう。キサマがここで倒れてもワシはエルクをこの先へと通すつもりだ。だが――――、」

「!?」

それは、物音一つ立てずに(おそ)い掛かってきた。

直前までそんな(ターゲット)がいなかったことは確認している。それでも確かに、何らかの”気配”が俺の背後をとり、襲ってきた。

 

……事前(じぜん)のシャンテの忠告がなければ、その正体を見極(みきわ)めるのに多少時間が掛かったかもしれない。

部屋の明かりを()くしたことも相手にとって裏目に出ていた。肉眼では確認できなかっただろうそれらの輪郭(りんかく)が、ゴーグルを通してハッキリと視認(しにん)することができた。

その数、4、5、6……、全部で8体か。

「……正直なところ、キサマのその超感覚には脱帽(だつぼう)させられる。だが、なればこそよ。キサマはエルクにとって邪魔な存在よな。」

俺が?エルクの邪魔を?

……いいや、乗せられるな。これも単純な揺動(ようどう)だ。俺の集中力を()ぐための。

 

それを裏付けるように、男が(しゃべ)る間も”気配”は執拗(しつよう)に俺を(ねら)い続ける。

だからといって俺に実体のないものを相手にする『(しゅだん)』はない。

この状況下で、出口の前に谷のように深く()けられた穴。そこに()えられた”巨大な人型の影”が男の言葉を合図に熱を()び始めていた。

 

全長は20mといったところか。その巨大な身体(からだ)の半分を穴の中に(うず)めた”巨影(きょえい)”は、“気配”を相手に右往左往(うおうさおう)する俺を静観(せいかん)していた。

俺の罪を(さば)くために高みから見下(みくだ)す神のように。太々(ふてぶて)しく。

 

”気配”たちを()け続けていると辺りの空気が急激に冷えていく。おそらく一度でも触れれば失神(しっしん)するような効果があるのだろう。

……クソッ

理解し、()()()()()()()()()()()意思に反して痙攣(けいれん)し始める。

この調子なら5分と()たずに()られてしまう。

……迷ってはいられない。

使い捨ての覚醒剤(かくせいざい)を打って痙攣を追い出すと、(いま)だ沈黙を(たも)つ巨大な影を優先目標(アルファ)とし、“気配”の隙間(すきま)()(くぐ)って(いきお)いよく地面を()る。

 

カチッ

「!?」

(かろ)うじて聞き取れたそれが安全装置の(はず)れる音だということは瞬時(しゅんじ)判断(はんだん)できた。それでも、()ける足は止まらず、むしろ目標に向かってさらに加速する。

バララララララッ

荒れ狂う嵐のように火を吹く射線(しゃせん)が、俺の体2つほど後方(こうほう)から付かず離れず追ってくる。(ちゅう)を舞う8つの”気配”も追跡弾(ついせきだん)さながらに俺を追い回す。

合計9つの”弾”に追われながら、俺はバックパックから手榴弾(しゅりゅうだん)を取り出す。

目標との距離、約20m。おそらく(ふところ)までは(もぐ)らせてはもらえないだろう。

その予測(よそく)的中(てきちゅう)し、境界線(きょうかいせん)を越えたらしい俺目掛けて”巨影”の左右から巨大な腕が伸びてくる。

だが、それ自体を(かわ)すのに苦労はない。銃や”気配”に比べてあまりにも緩慢(かんまん)なその攻撃はこちらのリズムを狂わせるのが本命だろう。

さらに、過去の戦闘で腕が残した痕跡(こんせき)か。その可動域(かどういき)にかかる床面(ゆかめん)には無数の凹凸(おうとつ)があり、油断(ゆだん)をすれば足を取られかねない。

 

散乱(さんらん)させられる集中力を維持(いじ)しつつ撃ち落とされない間合(まあ)いまで近付き、”巨影”の中心線に向かって1つ、2つ、手榴弾を投げつける。

だが、それが”巨影”にまで(とど)くことはなかった。

”巨影”の一部がエメラルドグリーンに発光したかと思うと、手榴弾は俺の投げたそのままの勢いで()(かえ)ってくる。

反射的に180度旋回(せんかい)し、射線と”気配”を回避しながら身を投げる。

直後――――、

 

ズガンッ

 

(にぶ)い爆発音と爆風、鉄片(てっぺん)が辺りに()()らされる。

俺は運良く()せてこれを躱すことができたが、8つの”気配”はもちろんのこと”巨影”にもダメージを与えることができなかった。変わらず俺を付け回してくる。

回避対象が減らず、先読みも難しくなってくる。

実体のある”巨影”だけでも対処(たいしょ)しなければ。

(あらた)めて周囲を見渡し切っ掛けを(さぐ)っていると、再びこの”家”の主人が(トラップ)を響かせる。

「驚いてくれるか?名を”ガルムヘッド”という。本来ならば機神(きしん)という化け物を迎え撃つはずだった冥府(めいふ)の番犬よ。」

機神……、ヂークベックのことか。

見た目は不出来(ふでき)でも、奴らはアレを危険視しているらしい。……それが真実か(いな)か。今の言葉だけでは判断できない。

今のところアレに害になるような点は無いように思えたが。

あるいはそうやって注意を()き、俺たちの(そば)に置かせておくこと自体がこの悪魔(おとこ)の仕掛けようとしている(わな)なのかもしれない。

 

結論(けつろん)の出ない思考は一端(いったん)捨て置き、現状(げんじょう)打開策(だかいさく)にそれを回す。

 

シャンテの忠告にあったように、”巨影”もまた何らかの魔法を駆使(くし)しているらしい。だが所詮(しょせん)、魔法も特殊な()()の一つでしかない。俺の戦闘技術が上回ってさえいれば答えは必ずあるはずだ。ましてや、それを使っているのが立体思考の苦手な機械であれば尚更(なおさら)だ。

そして俺にはまだ、こういう敵にありがちな典型的(てんけいてき)攻略法を残していた。

 

それを試すために再度、”巨影”に向かって突進(とっしん)する。

射線に追われ、飛び回る”気配”を誘導(ゆうどう)しながら、手榴弾を取り出す。

手榴弾を(はじ)いた『壁』があると思われる境界線(ライン)上で、(あらかじ)めピンを抜いておいた手榴弾を投げつけず、射線上に置き去りにする。

(あわ)せて、”巨影”を(たて)にするように穴に向かって勢いよく飛ぶ。

 

ズガンッ

 

バリンッ、バチバチバチッ

 

反対側の壁までは約5m。

壁に到達(とうたつ)すると、(くつ)に仕込んだスパイクを使って壁を(つか)み、駆け上がり、十分な高さを確保(かくほ)した(のち)、壁を蹴って宙返りをしながら元いた地面に戻る。

途中(とちゅう)、宙に浮き、身動きの取れない瞬間を狙って”気配たち”が飛び掛かってくる。

俺は()()()()()()()()()()()()、これらを躱しつつ着地する。

 

そして、着地と同時に巨影を見遣(みや)って攻撃の効果を確認する。結果、作戦は見事的中し、十分な成果(せいか)()ていた。

起爆(きばく)する手榴弾のために発生させた『防壁』が”巨影”の弾まで反射し、自身に被弾(ひだん)させていた。そして、その弾は運良く発光する部位に当たったらしい。

防壁(ぼうへき)』を発生させる時だけ発光していたそれが、火花を散らせながら緑色に明滅(めいめつ)している。

 

 

「……なんということだ。キサマは本当に人間か?」

大陸の全てのマフィアを牛耳(ぎゅうじ)る悪魔が、たった一人の賞金稼ぎに舌を巻いていた。

ガルムヘッドの処理(しょり)速度は至近(しきん)距離での発砲(はっぽう)にさえ対応する。常人(じょうじん)の目には常時『壁』が張られているようにしか見えない。

ところが、この黒装束(くろしょうぞく)(まと)った賞金稼ぎは「必要な瞬間にのみ発生する」という特性を見抜き、「全ての物質を反射する」という弱点を推察(すいさつ)して見事大打撃を与えることに成功した。

その異常ともいえる身体能力は勿論(もちろん)のこと、数分と経っていない戦況下(せんきょうか)で『壁』の性質を見抜き、たった一人でこれを(くつがえ)してしまうその力はまさに『化け物』と言えた。

 

黒装束は悪魔の言葉を無視し、襲いくる”気配”を避けつつ巨影への追撃の手を(ゆる)めない。

発光部分に射撃を集中させ、反応を見る。

『壁』は発生するものの、その効力は半減(はんげん)していた。黒装束から放たれる弾丸の半分を返し切れず、さらに『壁』が()がされていく。

黒装束は『壁』そのものの弱点にも勘付(かんづ)いていた。

さらに、彼は『壁』が剥がれるのに合わせて“気配”の動きが鈍っていることにも気付いていた。

”巨影”の反撃は単調で、もはや黒装束がこれらの回避にしくじることはない。

 

十分と判断した黒装束は全ての攻撃を避け、巨影に張り付くと、手製の爆薬を隙間(すきま)()()離脱(りだつ)する。

そうして彼が押した起爆ボタンによって、”冥府の番犬”はその役目を果たすこともなく炸裂(さくれつ)し、永遠の沈黙に()ちる。

“気配”も、番犬に()()られるようにして(うつ)()から()せていった。

 

「……どうやら、俺の勝ちのようだな。」

それが、悪魔との対話の第一声になった。

 

その機動力(きどうりょく)だけなら彼の手駒(てごま)にもあった。

その洞察力(どうさつりょく)だけなら彼の手駒にもあった。

しかし、それらを併せ持つとなると最早(もはや)、化け物を手足のように(つか)う悪魔でさえ、それを一個の()()と認識することができなくなっていた。

その評価は、(くだん)の勇者一行すらも上回っている。

ゲームを好む悪魔にとって、それは手の付けられない「ワイルドカード」にしか見えなくなっていた。

 

 

 

スピーカーから男の返事がないまま、入口と出口のロックが解除(かいじょ)され、”巨影”の(おさ)まっていた穴を渡す橋が用意される。

「……無粋(ぶすい)だとは思わんか?」

全てが(ととの)い、エルクたちを迎えに行こうとする俺の背中を、(いや)しい男の声が()でる。

「5年という歳月(さいげつ)()え、()()がれた恋人たちが今まさに再会を()たそうというのに、キサマのような理解のない保護者が同伴(どうはん)というのは。」

「……」

(みにく)い化け物には化け物なりの“愛”の形がある。だが、キサマはそれを台無しにしようとしている。そうだろう?」

「……」

 

そもそも、俺はまだ“愛”などというものを理解していない。

エルクを拾い、育てる中でその経験は何度かあったかもしれない。あるいは、あの王女を助けた気紛(きまぐ)れも、それを知るチャンスだったのかもしれない。

だが俺は未だにそれを理解し、()()められてはいない。

護るべき者の傍にいながら、俺はまだあの戦場を、あのスラムの中を走り回っているんだ。

「もしもそれが“愛”というなら、俺は人間として、エルクともども貴様の墓に埋めてやるだけだ。」

それでも答えだけは出していかなければならない。「時」が俺の人生を回し続ける悪魔である限り。

「……ククク、ようやくキサマのことが好きになれそうだよ。」

 

 

悪魔の言葉を置き去りにし、黒装束は『炎の少年』を迎えに行く。

たとえ自分が彼にとっての「死に神」になろうとも、その足は止まらない。

彼が(みちび)き出す少年との“愛”のために。




※気配=原作のエクトプラズムのことです。

※エクトプラズム
ギリシア語のecto(外の)とplasm(物質)を用いた、霊能者たちによる造語です。

エクトプラズムは人体に潜在的にある”霊”を引き寄せる物質のこと。”霊”はこれに()りつき、現世に干渉する(視覚化する)ことができるようになるらしいです。
ただし、エクトプラズムを出し入れするのは霊能力に秀でたものにしかできないらしく、また、出している時に強い光りを当てたり、刺激を与えたりすると、術者に致命傷を与えてしまうらしいです。

今回はガルムヘッドの体内に配置された『能力者』たち(緑に発光する部分)によって発生しているという設定です。

※暗視ゴーグル
物質から発せられる熱赤外線をキャッチして可視化する装置です。
温度差を見るため、光源は必要なく、兵士や砲台など温度に特徴のあるものに関しては煙越しにでも判別することができます。
また、可視光線の中間で人間が最も知覚しやすい色が「緑」であるため、装着時の視界は「緑」がベースになっているそうです。

※覚醒剤と麻薬の違い
覚醒剤は中枢神経を興奮させ、疲労や眠気の軽減と思考力や活動力の増進の効果が現れます。
対して麻薬は中枢神経を麻痺させ、麻酔や鎮痛作用の効果が現れます。
ですが、どちらにも高い依存性があり、幻覚や妄想などの副作用があります。

戦時下、日本では「ヒロポン」と呼ばれ、作戦前の能力増強のために兵士たちに服用させていたそうです。

※巨影(きょえい)
巨大な影。
普通に辞書にある言葉かと思いきや、ないみたいです(@_@;)

※エメラルドグリーンに発光した
シュウは暗視ゴーグルをかけているので、実際の視界はもともと全体的に緑色です。ガルムヘッドを描写するための止むおえない補足ですm(__)m

※立体思考
「物事を立体的に見ましょう」や「別の視点から見つめてみる」などと言われるように、物事の捉え方は一つ(または一方向)ではありません。という意味の言葉です。
与えられた情報をそのまま使うのが「垂直思考」。その情報を別のもので置き換えるのが「水平思考」。そして置き換えたもので解決法を見出そうとするのが「立体思考」……だそうです。
ですが、ザッと調べたところ、日本語としてはそのような言葉は無いみたいですね。よく耳にする言葉ですが。

※あの王女を助けた気紛れ
「王女」はまだ本編では登場していません。伏線です。

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