聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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悪夢たちは彼の後ろ髪を引く その十四

――――”白い家”コントロールルーム

 

モニターの一つを(なが)め、萌葱(もえぎ)色の死に神は()(いき)()いていた。

「いくら貴様の(つく)ったゴミどもとはいえ、こうも役立たずだと爽快(そうかい)を通り()して(あわ)れに思えるな。」

そこには、獲物(えもの)捕獲(ほかく)に失敗した(あか)人骨(じんこつ)(つぶ)れた緑色の果実が映っていた。

相手は素早い対応と攻撃力にこそ(すぐ)れていたものの、「銃の乱射」という戦法は実に素人(しろうと)()みていた。

悪魔たちの立ち回る舞台において、その程度(ていど)駆逐(くちく)されてしまう『化け物』は「ゴミ」と呼ばれても文句を言えるはずもない。

しかし悪魔は死に神の妥当(だとう)な評価を鼻で笑い、一蹴(いっしゅう)した。

「そう思うのが素人の浅はかさよ。」

紅い悪魔が研究員に指示を出すと(いく)つもの波形がモニターに映し出され、彼らが操作するとバラバラだった波形がやがて一つに重なっていく。

すると、画面の向こうの少年が突然に嘔吐(おうと)し、震えだした。

 

「どこまでも人を小馬鹿(こばか)にした細工(さいく)を使いよる。そこまでせんとドブネズミ一匹捕まえることもできんのか。」

死に神の言うように、悪魔の少年への手間(てま)の掛け方は明らかに過剰(かじょう)だった。

彼ほどの「力」を持った人物であれば、少年を拉致監禁(らちかんきん)することなど赤子(あかご)の首を(ひね)るほどに容易(ようい)なはず。

『命』を造り変えてしまう施設(しせつ)設備(せつび)、人員を総動員(そうどういん)するような価値がアレにあるとはどうしても思えなかった。

もしくは――――、

「よほど”M”とやらの(あつか)いが難しいとみえる。ともすれば、良いように使われているのは貴様の方ではないのか?」

するとまた悪魔は()()()()北叟笑(ほくそ)み、部屋の空気を(ゆが)ませる。

「言っただろう。アレは初心(うぶ)生娘(きむすめ)よ。見るとつい余計な世話を焼いてしまうほどにな。」

「その結果、貴様に身体を(もてあそ)ばれるとはな。不憫(ふびん)としか言いようがない。」

「バカな。これぞ”愛”というものよ。たった一人を想い、貴重な人生を(つい)やしているのだからな。」

遠くの愛人に呼びかけるように、悪魔はこれ見よがしに両手を広げ、用意したセリフを披露(ひろう)する。

「人生?反吐(へど)が出る」

あからさまな罵声(ばせい)も聞き流し、悪魔は獲物(ネズミ)たちの映るモニターを(あご)で指すと、意味深な言葉を()く。

「そもそも、人の記憶がそんなに簡単に消えたり、書き()えられたりすると思うか?」

「……」

 

ここ、”白い家”で造られた『化け物』には全て、悪魔の細胞(いちぶ)が植え付けられていた。

無数の『命』で形造られた彼の細胞にはあらゆる「遺伝情報」と「(ウィルス)」が()まっている。

それは素体(そたい)に「能力強化」と「洗脳(せんのう)」を(ほどこ)し、「素体の形」を無限に造り変えることさえ可能にする。

”白い家”という産道(さんどう)を通った子どもたちは、あらゆる『可能性(ちから)』を()めた存在へと生まれ変わる。

 

「”帰らずの実”の花粉」と「”紅い(むくろ)”の発色」にもまた、彼らの”家”を護るための『力』が(そな)えられていた。

――――「記憶の操作」

複雑な操作こそできないものの、「”白い家”の隠匿(いんとく)」や「敵対勢力(せいりょく)()()み」など研究をより効率化(こうりつか)させるには十分な働きを見せていた。

 

“白い家”に収容(しゅうよう)される子どもたちはそれ以前の記憶を(うば)われ、“白い家”を()()()()()()()()()はそこでの不必要な記憶を奪われる。

記憶だけを奪われ、その時々に覚えた感情だけを背負(せお)い『悪夢』にうなされながら生きていく。

完璧(かんぺき)ではないが、それが逆にオモシロい結果を見せてくれるものよ。」

それは時に人心(じんしん)(まど)わせる死霊遣い(ネクロマンサー)を生み、時には親友を恋仇(こいがたき)()()()()辻斬(つじぎ)り」を生み出してきた。

「そして今、この“家”を飛び出したバカな息子を温かく迎え入れるところよ。」

悪魔が笑うと、画面の向こう側にいる少年が再び嘔吐し、震え、(うずくま)った。

 

悪魔の大層(たいそう)立派(りっぱ)な計画に辟易(へきえき)する死に神は別のモニターを指す。

「ならばあの女にはなぜそれを(けしか)けん。あれも貴様の獲物には違いないのだろう?」

そこに映っているのは青い髪の女。

女は男たちがその技能を駆使(くし)して切り開いた道を、ショッピングモールを闊歩(かっぽ)するように悠々(ゆうゆう)と進んでいた。

何か特別な(わざ)を使っている訳でもない。魔法に頼っている様子もない。

だというのに”帰らずの実”の効果を微塵(みじん)も感じさせない女は、どこか()()われぬ危険な(かお)りを(はな)っているように感じさせた。

その道理を知っている悪魔は眉間(みけん)(しわ)を寄せ、取り出した葉巻に丁寧(ていねい)に火を()けながら吐き捨てる。

「気になるか?だが、アレこそ相手をするだけ(そん)をさせるゴミよ。(おか)そうが、殺そうが一切を受け付けん。そういう体質(ゴミ)よ。」

「貴様が、そう仕込んだのか?」

「まさか!ワシはどんな遊びでも最低限のルールは守る。」

その「嫌悪感」は、少し前の()()りで感じた「弱点」への感情と似通(にかよ)っていた。

「……あの二匹にぶつけるつもりか?」

死に神は()えてそのことには触れず、幾つかの遣り取りを飛ばし、先の展開(てんかい)を言い当てた。

「ククク、キサマにもようやくこの遊びの全体像が見えてきたか。」

 

獣は”肉”を求めて殺し合うが、人間は”感情”を求めて戦争をする。

愛、憎しみ、(よろこ)び、悲しみ……

大事に育てれば”肉”には(およ)びもつかない”生の実感(うまみ)”を知ることができる。

愛すれば男が悦びに(あえ)ぎ、敵を憎めば女は待ち続ける悲しみに()れる。

獣にはできない芸当。獣にはできない生き方。人間は特別に許された”生と死”に優越感(ゆうえつかん)を覚え、獣に見せつけるように()え、散っていく。

血と金、銃と土地がある限り。

不幸な地であればあるほどに激しく、濃密(のうみつ)に。

 

それにつけ込むのが死に神たちの()(くち)だった。今、悪魔が行っているそれがまさに。

「貴様の子供染みた遊びなど理解したくもないが。なるほど確かに、()()()()()()()()を作る工程としては()(かな)っているのかもしれん。」

今回現れた三匹の獲物は、それぞれに違う”愛”を持ち、違う”憎しみ”に従ってこの”白い家”を目指している。

多くの人間を(あやつ)ってきた死に神の目には、それがよくよく見えていた。

その戦争は恐ろしく(あか)い。その戦火は恐ろしく(うるさ)い。

三匹は(あゆ)む。(むご)たらしい”実感(にく)”を求めて、()()ぐに。

 

そして、答えはどんどん核心(かくしん)へと近付いていく。

「だが、貴様の本命はこの場にいないのだろう?」

死に神は一歩、悪魔への理解に近付いていた。

しかし、その一歩とゴールとの距離はもはや紙一枚ほどしかない。悪魔の―――あの影武者にさえ見せなかった―――”笑顔”がそれを証明していた。

「クハハハ。そうよ。それこそがワシの求める愛。ワシの求める女よ。」

「そして、貴様の”死に場所”という訳か。」

「……言ってくれる。だが、その答えは半分正解だと言っておこう。」

「何?」

「確かに、ワシはそこに”死”を求めとるのかもしれん。だが、ワシは”死”をただの”終わり”にするつもりはない。」

(くわ)えた葉巻を()(つぶ)し、悪魔は笑う。

「”死”してなお(きた)く、(けが)れて……。ワシもM(ミリル)も望むモノはそれだけよ。」

(まぶた)充血(じゅうけつ)する瞳を見捨てるように開かれ、爪は(ふる)える(こぶし)(とが)めるように深く突き立て、血を流し、悪魔はやはり笑っていた。

 

「……貴様は今、”王”への忠義(ちゅうぎ)建前(たてまえ)だと宣言(せんげん)したことになるが。」

死に神の冷えた瞳が、どこまでも貪欲(どんよく)な悪魔の『命』を見据(みす)える。

それでも悪魔の”笑み”は止まらない。()がれる想いを隠さない。

「なるほど。それで、どうする。この場でワシを消すか?それもいいだろう。所詮(しょせん)、ワシはキサマらに(くら)べれば今一つ”力”に欠ける小物よ。施設も何もかもくれてやる。だが今も言ったように、この『命』、奪われて終わるワシだと思わんことだな。」

 

笑う悪魔と笑わない死に神が相対(あいたい)す。

二人の(にら)み合いは数人の研究員を殺し、施設の設備を狂わせる。

生れる『混沌』が世界に舌を()わせ、”M”の舞台を()らす。

 

だが、この場で求められる勝敗はもとより決していた。

死に神が『(かま)』を振り下ろすか下ろさないか。その違いでしかない。

「……いいや、止めておこう。」

そして、死に神は(かか)げたそれを静かに(ふところ)にしまうと、無意識に戦争(ゲーム)の続きを催促(さいそく)していた。

「勝ち逃げをされたままでは面白(おもしろ)くないからな。貴様を始末(しまつ)するのはその後でもいい。」

「……ククク。楽しんでもらっているようで何よりだ。」

噛み潰した葉巻を捨て、新しいそれの首を落としながら、悪魔は実に楽しげに笑っていた。

「安心しろ。キサマの出番もキチンと用意してある。」

「……」

”不快”と”期待(きたい)”が死に神の『鎌』を再びチラつかせる。だが、悪魔がそれを気に()めることはもうない。

死に神が”快楽(それ)”の(とりこ)であることはもはや明白なために。

(じき)に、キサマ目当ての客人が(たず)ねてくるだろうと言っているのさ。」

むしろ、死に神の白旗(それ)をこれ以上(みじ)めにさせないためにも、悪魔は優しく彼をエスコートする。

来たる”M”の晴れ舞台の賓客(ひんきゃく)として。

 

彼らの間で話題に()げられる人物はそう多くない。こと戦争に関係する人物であればさらに少ない。

「……貴様が情報を()らしたのではあるまいな?」

死に神の脳裏(のうり)には幼くも凛々(りり)しい青年の顔が浮かんでいた。

「そうであろうとなかろうと、キサマにとっては都合(つごう)の良い客であることに変わりはあるまい。」

事実、青年は彼を苦しめた。結果的な勝利を得たものの、青年は死に神の(たくら)みの多くを台無しにしてしまった。

彼は(ひそ)かに青年を憎んでいた。

「……あれが、あんな小僧(こぞう)一匹を相手にすることが(わし)の”快楽”だとでも言うつもりか?」

「小僧であっても、勇者とやらの血を引いているのだろう?それに、もはやあれはただの人間ではないよ。」

『命』は同じ『命』の変化を敏感(びんかん)に感じ取ることができた。

「人間は、人間だ。どんな『力』を持とうがな。」

「そうやって足元を(すく)われるのが、サルの末路(まつろ)よ。」

悪魔の言うサルは「冷酷無比(れいこくむひ)」と世界に知られる将軍だった。(ゆえ)に「敵」は多く、彼がいちいちそれらに頓着(とんちゃく)することはなかった。

「人間は殺せばいい」その程度にしか(とら)えていない。

「キサマは違うだろう?」

「……」

たっぷりと()()んだ煙を吐き出し、その煙の糸と糸の間にあるかもしれない何かを見詰めるように目を細める。

「アレはほとんど精霊に(おか)されとる。本人も気付いとるだろうがな。」

薄々(うすうす)、そうなろであろうことは死に神にも予想できた。

「『力』を求め過ぎた人間の、憐れな末路よ。」

”精霊”もまた、一つの『命』の形であるがゆえに、何かの犠牲なくして存在することはできない。

青年の、一途(いちず)な想いにつけ込むことでしか彼らの生き残る道はない。

それがどんなに”神聖”な行いであろうと、彼らは青年を(むしば)んでいく。

精一杯、青年の意志を尊重(そんちょう)しながら。

「キサマはそうなってくれるなよ。」

バカにするでもなく、憐れむでもなく。

多くの『命』を見詰めてきた悪魔はその生き方に”不満”と”(いきどお)り”を覚えている(ふう)だった。

 

「目標、森を抜けました。」

様々な舞台の演者(キャスト)は入り乱れる。その開幕のカウントダウンは始まっていた。

 

 

――――”帰らずの森”、出口付近

 

「こんなもん、本当にずっとここにあったのかよ。」

そこには、“白い家”の名に()じない潔癖(けっぺき)建造物(けんぞうぶつ)があった。

周囲の草木にも砂塵(さじん)にも穢されないそれは、不気味にも教会か何か神聖な施設を彷彿(ほうふつ)とさせた。

 

その教会は()(はな)たれた空の下にあった。

加えて、青々とした森の中にあるそれは目立って仕方がない。

この空域(くういき)は今ままにも何度となく通ったことがあるってのに、こんなモノ、一度だって見かけたことがない。

「”帰らずの実”をあれだけ強化させる技術があるんだ。空の目を(あざむ)く手段があったとしても不思議はない。」

「……」

その声色は、いつもの「シュウ」に戻っていた。

”熱”を感じさせない。(したた)(しずく)のように”静か”で、それでいてナイフのような”(するど)さ”を秘めている。誰も彼を出し抜くことなんかできない。

それが、いつもの彼だ。

彼にしか持ち得ない”頼もしさ”が、森での「醜態(しゅうたい)」と、こんなにも堂々(どうどう)とした「探し物」へのショックを幾分(いくぶん)(やわ)らげてくれた。

 

「それで、どっから入るよ。」

森の(しげ)みから見える範囲(はんい)でも”白い家”周辺にはざっと10人そこそこの見張りがいた。

全員がお馴染(なじ)みの黒服。相手にできない数でもない。

でも、こっちは招待(しょうたい)されて来たんだ。あるいは正面からってのも一つの候補(こうほ)なんじゃないか、なんて言い出す奴がいるかもしれない。

だけど俺は勿論(もちろん)、彼の中にもその選択肢(せんたくし)はなかった。

地下(した)から攻めるのが無難(ぶなん)だろう。」

悪党の「誠意」に頼ることほどバカなことはない。そんなの、戦う前に負けを認めちまってるようなもんだ。

 

パッと見、地上に水道設備は見当たらない。となると、それに相当(そうとう)するものが地下にある。

そう思った瞬間、ふと頭の中にある景色が浮かび上がった。

「……シュウ、こっちだ。」

俺は森を伝って迂回(うかい)し、彼を地下水路への入り口へと案内した。

「……思い出したのか?」

「分からねえ。でも、何か変な感じがするんだ。もう少しで何かが出てきそうな。」

……そうだ。この先に、何か嫌なものがいたような気がする。俺たちがここから逃げようとした時も邪魔だった何かが。

引っ掛かっている記憶を穿(ほじく)り返していると、彼が俺を(いぶか)しげに見ていた。

「何だよ。」

「他に、体に違和感(いわかん)はないのか。」

「……いや、特には。」

「そうか。」

どうやら彼は俺が奴らに操作されているかもしれないと(うたが)っているらしい。

無理もない。

前触れもなく、都合の良いタイミングで都合の良いことを思い出してる俺自身、「何かオカシイ」と自覚できるくらいなんだから。

 

「ただ、この水路に何かいたような気がする。」

「何か?」

「ああ。多分、白骨兵(スケルトン)かなんかだったと思う。」

ボンヤリと浮かび上がる記憶(えいぞう)の中に、次から次へと起き上がる死体の姿があった。

「……森のことといい、余程(よほど)死体の管理を自慢(じまん)したいらしいな。」

……別に変なことを言った訳でもないのに、俺は彼のその一言が(みょう)に引っ掛かった。

 

そして、いざマンホールに手を掛け、侵入(しんにゅう)しようかというタイミングで彼が俺の肩を(つか)む。

「誰か来る。」

彼に(うなが)され、俺たちは近くの繁みに身を隠す。

数十秒後、ソイツは警戒する様子もなく俺たちの前に姿を現した。

「……ウソだろ。」

現れるなりソイツは他には目もくれず、俺たちのいる繁みを真っ直ぐ見遣りながら言った。

「アタシにそんな()()いたカクレンボが通用すると思ってるのかい?」

青髪の歌姫は、その銃口(じゅうこう)を真っ直ぐ俺の(ひたい)に向けていた。




※毒(ウィルス)
「ウィルス」は「毒液」または「粘液」を意味するラテン語「virus(ウィールス)」が語源になっているそうです。
以下、ホントに大雑把な説明になります。間違っていたらすみません。

ウィルスは自分で増殖することができず、他の細胞に寄生して増えます。それ自体は生物としての基本構造「細胞」の形を持っていないみたいです。
つまり、厳密には「生き物」ではありません。
「ウィルス」を一個体(生物)が保有、管理できるかどうかまでは分かりませんでしたが、「ファンタジーの設定」ということで見逃してください。

※シャンテ(青い髪の女)の能力
”帰らずの森”の毒が効かないというくだりがありましたが、原作の『リフレッシュ』(状態異常の回復)の効果だと思ってください。

※白骨兵(スケルトン)
「原作でのモンスターの名称はキメラ研究所での管理を目的としたラベルのようなもの。賞金稼ぎや民間人の間では生活に根ざした全く別の名前で呼び合う。」
自分でつくった設定ですが……、セリフに入れると語呂が悪くて仕方ないことに気付きましたf(^_^;)
今後はその辺、都合のいい感じで使い分けていきたいと思います。

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