聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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悪夢たちは彼の後ろ髪を引く その十三

――――”白い家”コントロールルーム

 

その部屋には複雑な装置が無数に設置されていた。

十数人の研究員がそれを動かし、連動する50を()えるモニターは「子どもの姿」、「化け物の姿」、「廃棄物(はいきぶつ)」、「それらの状態」など、施設内のあらゆるものを映し出している。

そして、その内の幾つかは、深い森(ゴミ捨て場)(うつ)していた。

「……とうとう姿を見せおったか。」

”森の目”を借り、紅い悪魔はモニターに映る()()()()()を見ていた。

その内の一匹に対し北叟笑(ほくそえ)み、奥歯を(きし)ませている。

「アレが、お前の”虎の子”か?」

黒装束(くろしょうぞく)と女は別だがな。」

彼の背後では、萌葱(もえぎ)色の死に神が退屈(たいくつ)そうにモニターを見上げている。

何故(なぜ)だ。オモチャは多いに()したことはないのだろう?」

(たい)した理由じゃない。単にワシとの相性(あいしょう)が悪いのよ。」

「?!……クハハハ、言うに事欠(ことか)いて“相性”とはな。貴様にもそんなものがあったとは驚きだ。」

死に神の嘲笑(ちょうしょう)を聞き流しつつ、ポケットの中にある悪魔の(こぶし)は岩も(くだ)かんばかりの力で(にぎ)りしめられていた。

「……黒装束、アレは“猟犬(りょうけん)”よ。ワシの()いた(えさ)には目もくれず、目標へと()()ぐに(みちび)く、ただの殺人鬼よ。猟犬(アレ)(そば)におる限り、”虎の子(エルク)”はワシと(おど)ってはくれんだろうな。」

悪魔の弱気な発言には気味悪いものがあった。

そのせいか。死に神はウッカリ(すき)のある発言をしてしまう。

「ならば貴様に振り回されている(わし)との相性は良いとでも言うつもりか?」

「ククク、気味の悪い言い方をするじゃないか。だが、間違ってはおるまい?()()()()()()をここまで()()り出せておるのだからな。」

「……フン。」

死に神に、今さらそれを否定するだけの気力は()いてこなかった。

悪魔の()せた“快楽”に(くっ)してしまった事実は、彼の無限に湧き出る『(ちから)』を(しず)めてしまうほどに難解な恥辱(ちじょく)屈辱(くつじょく)だったのだ。

しかし、そこに“快感”を覚えたからこそ、死に神は大人しく悪魔に付いて回っていた。

それが(あま)りに魅惑的(みわくてき)好奇心(におい)(ただ)わせているがために。

 

「それで、このままむざむざ侵入(しんにゅう)を許すつもりか?」

「まさか。ここまでご足労(そくろう)(いただ)いたんだ。十二分(じゅうにぶん)に知ってもらおうじゃないか。」

設備(せつび)を動かす研究員に指示を出す悪魔は(あぶら)ぎった笑い声を上げていた。

「『命』が如何(いか)に不気味な存在(モノ)かを。」

キーボードの入力を()ませた研究員が、次々にエンターキーを押していく。

種族(かたち)を問わず、『命』は全て神に()()()()()()だということを。」

プッシュ音が、悪魔を恍惚(こうこつ)とさせるメロディになる。

「フン。ゴミ虫どもを使って天地創造(そうぞう)でも気取っているつもりか?貴様の言う“神”も底が知れるな。」

 

死に神が「神」という言葉を口にすると、悪魔の顔から笑みが消える。

水の底から浮かび上がる油のように、憎悪(ぞうお)が張り付く。

そして、言い間違えを認めるでもなく、何事もなかったかのように悪魔は手の平を返す。

「バカな。この世に”神”などおるはずもない。あるのは支配者(ギャンブラー)奴隷(カード)。それだけよ。」

死に神はこの(つたな)()(のが)れを問い詰めなかった。

そうしたところで、この悪魔を理解することはできないと知っていたからだ。

そう。死に神は今、理解しようとしていた。

何者にも(おか)されない存在であるはずの『死に神』をここまで侵してしまう脆弱(ぜいじゃく)な『命』。その懸命(けんめい)に生きようとする「衝動(しょうどう)」を。

 

「この世に”全能”も”完全”もない。そう勘違いするのは決まって冷酷無比(れいこくむひ)()独裁者(ハゲ)か、忠君愛国(ちゅうくんあいこく)に酔う能無し(ハゲ)よ。」

死に神は、それが身内を卑下(ひげ)する言葉だと気付いた。だが、特にそれを否定する気も起らなかった。

()()()()()()()()()()()()()

今は、目の前に現れた「衝動(こたえ)」が彼の優先順位を()めていたのだ。

 

(みずか)らの胸座(むなぐら)(つか)みながら(こぼ)した悪魔の一言は、彼の「本性(ほんしょう)」を(かた)っていた。

「……もしくは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

そこから(こぼ)れ出る失笑(しっしょう)は憎悪と(から)()い、一つの「物語」を語り始める。

それが「悲劇」なのか、「喜劇(きげき)」なのか。(さだ)かではない。それでも「物語」は立ち止まらない。理解されようと、されまいと。

悪魔(かれ)は”敬愛(けいあい)すべき魔女(かみ)”にジリジリ、ジリジリとににじり寄っていた。

 

ここにきて死に神はようやくこの悪魔の致命的(ちめいてき)「弱点」を知る。

……いいや、悪魔が自ら(さら)け出したと言った方がいいのかもしれない。

なぜなら、この時点で死に神にはこの小癪(こしゃく)な悪魔を「屈服(くっぷく)させてやろう」などという気持ちは残っていなかったのだ。

むしろ――――、

「下らん。それが儂ら”(しもべ)”に何の関係がある。儂らには”王”という絶対的存在さえあれば良い。それ以外は”王”の遊具。そう言ったのは貴様ではないか。」

(この)(この)まざるに(かか)わらず、悪魔の「良き理解者」になりつつあった。

そう仕込(しこ)んだのは(まぎ)れもなく(あか)い悪魔であり、今もまた打ってみせた「小芝居(こしばい)」も、その度合いを確かめるためのものだった。

「……ククク、キサマもようやく分かってきたようだな。」

 

彼は今まで自分が”策士(さくし)”であることを(うたが)わなかった。自分以外を”愚者(ぐしゃ)”と決めて掛かり、(あやつ)ってきたつもりだった。

しかし、悪魔と対峙(たいじ)する時、常に言い表せない苛立(いらだ)ちが()(まと)っていることに気付く。

気付いた時、自分もまた一匹の愚者(ウサギ)なのだと(さと)り、絶望する。

『死に神』であるはずの自分が「絶望」という『命臭(なまぐさ)さ』を漂わせていることに気付き、(さら)に絶望する。

 

絶望が絶望を喰らい、彼の『死』は(くさ)っていく。

「時には操られるのも悪くない」

腐った『死』が巡り巡って『命』に(もてあそ)ばれることに(よろこ)びを見出してしまうほどに。

 

「ならばキサマにもワシのとっておきの”遊具(ジョーカー)”を見せてやろう。」

()()()()()()()()に対し、悪魔は()しげもなく自分の手札を見せつける。

「……おい、”M”を温めておけ。」

悪魔が言うと、数人の研究員が部屋を後にした。

「名前すらないのか。とても“切り札”とは思えん(あつか)いだな。」

死に神の嘲笑に悪魔からの反論(はんろん)はなく、悪魔はただただ黙って背を向けていた。

必死に、(こら)えていた。

その様子を(いぶか)しむ死に神は不用意にもその背中を小突(こづ)いてしまう。

「貴様に似てさぞ(みにく)いのだろう?」

……死に神さえも手玉に取ってしまう悪魔(かれ)にも、(おさ)えられないモノがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『命』が、この世ならざる”愉悦(ゆえつ)”に苦しみ(もだ)えていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もしもそれを一度でも目にしたのなら、それまでの彼の”表情”は全て「嘘」なのだと気付くだろう。

「嘘」だと言い切れるほどに表面的だったと理解できるだろう。

(だま)されていたのだ。

誰も、彼も、何もかも。

幾千、幾万が一つになった『(かたまり)』の「本物の感情(ほほえみ)」は、不浄(ふじょう)混沌(こんとん)を愛する本物の悪魔でさえ吐き気を(もよお)さずにはいられない醜悪(しゅうあく)さを(きわ)めていた。

微笑(ほほえ)み”は欲情を(さそ)い、(けたたま)しく、(きたな)らしく、切れ味の悪いチェーンソーのような”高笑い”となって部屋中を容赦(ようしゃ)なく(つんざ)いていく。

研究員の何人かが気を失っても『(ソレ)』が気に留めることはなく、ひたすらに笑い続けた。

自分の産まれた意味を見つけたがごとく、悦びに苦しんでいた。

「いやさ、傑作(けっさく)よっ!!一点の(けが)れも知らん初心(うぶ)な”愛”を(いの)り続ける聖処女(せいしょじょ)さぁ!!」

 

 

――――今も伝説として語り継がれる魔女が創った『(あくま)』。

彼は自らも何かを(つく)ることで彼女を知り、彼女に近付こうとしていた。

そして、彼の『創作(そうさく)』にただ一人(あらが)い続ける”M”の、護り続ける『愛』をこの上なく評価(ひょうか)していた。

()()()()とさえ感じていた。

 

もしも、「愛」が血や種族を越えて「家族」をつくるのだとしたら、この二人は今、間違いなく父と娘であると言い切れた。

この世の、血で(つな)がれただけのどんな「家族」よりも深い「愛」で繋がれていた。

 

そんな父だからこそ娘を想い、娘のために、たった一人の少年をこの(やかた)へと(まね)く準備をし続けてきたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

――――“帰らずの森”

 

「……仕掛けてきたぞ。」

「あぁ。」

俺たちを見守っていた「視線」が、()()もる落ち葉の下から、木々の枝々(えだえだ)から十数個のサボテンとなって姿を現す。

それだけじゃない。

「これまた厄介(やっかい)なヤツを用意しやがって。」

この森で()()てたのか。それとも、施設(しせつ)使()()()()()

落ち葉に隠れ散乱(さんらん)していた無数の骨が(ひと)りでに動き出し、落ち葉を()()け、生前(せいぜん)の形を取り戻す。

組み上がったそれらの体表(たいひょう)は―――生前の名残(なご)りなのか―――(あざ)やかな血の色をしていた。

まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、とても鮮やかな『赤』だ。

まるで、ミリルが――――、

「……じゃねえよな。」

けれども、一度不安が頭を()ぎると、鮮やかな血は(またた)()に俺の『想い人』を呼び寄せる。

毒々(どくどく)しい赤の上に(やわ)らかな乳白色(にゅうはくしょく)(はだ)羽織(はお)り、絹織物(きぬおりもの)木目細(きめこま)かさを感じさせるような端正(たんせい)()()けられたプラチナブロンドの髪をなびかせる。

 

どうやらまだ、花粉の効果を()()っているらしいことは自覚(じかく)できた。それだけが救いだった。

 

挙動(きょどう)から俺の『見ているモノ』を(さっ)したらしい彼は、背中の機関銃を素早(すばや)(かま)え、ポツリと言う。

「アレがお前の言うミリルなら、俺は次に現れたミリル(それ)容赦(ようしゃ)はしない。」

寒気が走る。

彼の手でハチの巣になった彼女を想像する。

俺のせいで。

俺の「覚悟(ちから)」の弱さが、彼女の人生を地獄に変えている。節操(せっそう)なく。無慈悲(むじひ)に。

5年前となんら変わらない。

「……違う。違うんだ。」

俺は自分に言い聞かせた。

言い聞かせてるのに、俺の「迷い」はどんどん(ふく)らんでいく。

 

悪夢(ゆめ)』で俺を(ののし)る彼女は俺を殺したいと思っているかもしれないじゃないか。

けれども、彼女は「助けて」とも言っていた気がする。

だから俺は今、ここにいるのか?

どっちの理由で?

いいや、心のどこかで俺は『彼女』を本気で助けたいと思っているはずなんだ。

 

――――それが、リーザ(かのじょ)との約束なんだ。

 

(いま)だにこの目に映る3、4人の彼女たちが、その手に長い刃物を(たずさ)え、俺に歩み寄ってくる。

「……違う。」

俺は(ふる)えを抑え、言い切った。それを待っていた彼が後押しをする。

「なら、容赦はするな。」

言い終わると同時に彼は引き金をひく。

数十発の鉛玉(なまりだま)()()()()(おそ)う。ところが、そのほとんどが彼女たちを傷付けることなくすり抜けていく。

 

直後、俺は信じられないものを目にする。

 

「チッ」

彼は眉間(みけん)(しわ)を寄せ舌打ちをすると、

()せてろ!」

次の瞬間、彼はバックパックから引っ張り出した弾帯(だんたい)を機関銃に繋ぐと、四方八方デタラメに火を吹いた。

草木も(むくろ)も関係なく、目に映るもの映らないもの関係なく、何もかもを穴だらけにした。

 

シネシネシネシネシネシネシネッ――――――――!!

 

連続する発砲音(はっぽうおん)が、彼の内に()めた罵声(ばせい)に聞こえた。

 

 

 

 

出来事(できごと)は、一瞬だった。

「……立つんだ、エルク。」

弾帯の半分を使った彼が俺を見て言った。俺はその場にうつ伏せになったまま、茫然(ぼうぜん)と辺りを見ていた。

百発以上の鉛玉が、硝煙(しょうえん)を上げ、全てを沈黙(ちんもく)させていた。

真っ赤な骸がバラバラに、辺りに()()っていた。

ところが、我に返ると途端(とたん)に真っ赤な骨に映っていたはずのソレがまた()()姿()()()()()()()()()()

吹き飛んだ『彼女』の(くちびる)口々(くちぐち)に、ハッキリと、(ささや)いた。

 

――――お前が弱いから、私は……

 

「!?オ、オエエエェ。」

俺は立ち上がれず、その場に胃液(いえき)を撒き散らした。

「……5分だけだ。休んだら先に進もう。」

俺が水筒(すいとう)を受け取ると、彼は(うずくま)る俺から少し離れ、辺りを警戒(けいかい)するでもなく何かを(にら)()けていた。

俺は彼の目を真っ直ぐに見ることができなかった。その先に転がっている、(まやか)しの死体(ざんがい)たちも。

 

声も出せない状態がしばらく続いた。

見たくないもの。信じられないものが同時に押し寄せ、感情が腹の中のモノと一緒に逆流してきたんだ。

また、(あふ)れ返ってきたそれを地面に吐き出すと、今度は頭の中が(から)っぽになってしまったかのように何も考えられなくなった。

「立てるか?」

「あ、ああ。」

冷静沈着、正確無比が人の形になったのが彼だと思っていた。その彼が感情を(あら)わにし、デタラメな行動に出るなんてことが、信じられなかった。

何が彼をそこまで追い詰めたのかも分からない。

 

「シュ、シュウは……、大丈夫なのかよ。」

誰に向かって言ってるのか。俺も俺自身を疑ったけれど、明らかにあの彼は普通じゃない。

だけど、彼は俺の心配を一言で片づけた。

「……あの方法が一番手っ取り早かった。それだけだ。」

”帰らずの実”の幻覚で正確な標的の位置が掴めなかった。それは俺にだって理解できた。

……いいや、違う。そもそも、それこそ不自然なんだ。

いとも容易(たやす)く”森”の抜け道を見つけてしまう彼が、目の前にいる的を探し当てられないはずがない。

いつもの彼なら…、できたはずなんだ。

 

口許(くちもと)(ぬぐ)い、何事もなかったかのように先を歩く彼の背中を見詰(みつ)めながら、俺は彼に掛ける言葉を必死に探した。




※虎の子
大切にしてやまないもの。秘蔵の金品。
虎は自分の子どもを溺愛することかららしいです。

※忠君愛国(ちゅうくんあいこく)
君主(王様、主人)に忠義を尽くし、祖国を愛すること。

※弾帯(だんたい)
銃に銃弾を補充する弾倉のベルド(帯)バージョン。弾が大きく、連射性の高い銃に多く見られます。

※幻し(まやかし)
当て字です。なんとなく漢字が欲しかったので。

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