聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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今回、ちょっと長めの話になり、ストックがなくなりかけているので来週の投稿はないかもしれません。
m(_ _)m


悪夢たちは彼の後ろ髪を引く その十一

賞金稼ぎという仕事を覚えてから、色んな土地を歩いた。

緑と動物で(あふ)れかえる国、鉄と煙の息づく国、資源を吸い取られた国。

見える景色は様々で、そこに生きる人の顔も様々。聞いたことのない習慣(しゅうかん)に、食べ物。そして、それぞれの歴史を想わせる(なま)り。

色々あった。

世界は(つな)がっているようで繋がっていないことを実感した。

けれど、俺の目でも(あき)らかに分かる共通するものが一つあった。

 

世界中の、皆みんなが心のどこかにカビのような根深い闇を巣食(すく)わせていた。

田畑を(たがや)農夫(のうふ)は休まることのない疲労と一生を(とも)にする債務(さいむ)()(いき)()き続けていた。

町を(うるお)す銀行員は()れ動く世界情勢(じょうせい)の恐ろしい一面(かお)を知り、金を(あつか)う手が(ふる)えていた。

赤ん坊を抱きかかえる母親の顔にさえ、産んだ喜びと産んでしまった後悔(こうかい)()()ぜになった笑みがあった。

みんな、「死」とはまったく別の(のが)れられない「命の終わり」にどこか(あきら)めを覚えていた。

誰がそれを用意しているのか理解する努力さえも忘れ、ただただそれに(したが)うように生きていた。

 

俺だって同じだ。

少し普通でない『力』を持っていて、苦楽(くらく)を分かち合った友だちを見捨てて俺だけがダラダラと()()びている。そして、俺は皆のことを何も(おぼ)えちゃいない。

毎晩のように会っているのに、何一つ思い出せない。

俺だけが苦しい。俺だけが(つら)い。プロディアスで生活し始めた頃、俺は他の人間とは違う、特別な人生を送らされているんだと思っていた。

でも、世界を見渡せば何十人、何百人と同じような人生を送っているヤツがいた。

俺だけじゃない。

そんな奴らの最期(さいご)には決まって非業(ひごう)の死が待ち受けている。

だから俺も、(つね)にその覚悟をしている。

彼も、俺に初めて(じゅう)(にぎ)らせた時、そうするべきだと言っていた。

 

その時の彼の目にも、この手の届かない影が落ちていた。

 

……視界のほとんどを()める朱色(しゅいろ)赤土(あかつち)が、殺伐(さつばつ)とした砂漠(さばく)がそんなことを思い出させた。

「2時の方角にコヨーテの群れだ。迂回(うかい)するぞ。」

あの頃の「恐怖」は間違いなくここに根付いている。それが俺の「終わり」を毎晩のように(ささや)くんだ。

 

夕日に()(つぶ)されたかような赤い岩壁(がんぺき)が俺たちを()(かこ)み、そこから(けず)られた妖精たちが俺たちの足元を()えず()めにかかる。

 

「恐怖」は俺をそこから遠ざける。

前へ出し続ける足は()たして俺を前へと運んでくれているのか分からない。

俺はもう(すで)にこの赤い砂の下に埋まっているのかもしれない。

俺はもう既にここの夕日に塗り潰されているのかもしれない。

――――分からない。

――――憶えてない。

 

 

 

5年前。あの時のことで憶えているのはこんな砂で満たされた情景じゃない。この赤い砂漠がどこかに隠した深く暗い森。血のように(ねば)りつく緑で満たされた木々の(おり)

小さく弱かった俺は、走っても走っても抜けられないその森を、これが世界の全てのようにも感じていた。

今だって、その印象は変わらない。森は広がる砂漠の一部分でしかないってのに、『悪魔(ゆめ)』で見るそれは砂漠よりもデカい気がする。

それを俺は5年かけても見つけることができない。

砂漠は、『悪夢(もり)』と俺との間に引かれた境界線(きょうかいせん)のように思えた。

 

「……待て、人間だ。5人、近付いてくる。」

リーザと別れ、敵か味方かも分からない砂の上を歩くこと約1時間。周囲を警戒(けいかい)しつつも決して足を止めなかった彼が足を止めた。

目を細めれば確かに、(かす)かな人影が砂漠の真ん中を堂々と、こちらに向かって進んでくる。

「マリュ族だな。武装(ぶそう)している。」

「どうする。マリュ族ならヘタに刺激(しげき)しなけりゃ大丈夫だろ。声、掛けてみるか?」

この砂漠を歩く上で、ここの人間のことを知っておくことは、(おそ)ってくる怪物を()(はら)う力と同じくらい重要なことだった。

連中の中には好戦的なのもいれば、温厚(おんこう)な奴らもいる。

正しく付き合えば無駄(むだ)な血を流さずにすみ、貴重(きちょう)なオアシスにもなる。

 

マリュ族はそんな中でも比較的(ひかくてき)友好的な部類に入る。

そして、彼らには遭遇(そうぐう)した未知の存在に対して「自分たちが何者であるか」、「どんな目的を持っているか」を伝える固有(こゆう)の合図があった。

「……そうだな。その価値はあるだろう。」

シュウに渡された銃を空に向けて一度撃つと、彼方(かなた)にいるマリュ族もまた足を止め、こちらの出方(でかた)(うかが)姿勢(しせい)になった。

それを確認し、俺は自分の(やり)を使って敵意がないことを彼らに伝える。

すると彼らもまた(つえ)を水平に天高く(かか)げ、「受け入れる」意思を(しめ)してきた。

 

その時、今まさに砂嵐(すなあらし)がここへ近付こうとしていることに気づく。

あまり大きくはないが、タイミングが悪い。

ここの人間が(うそ)をつくなんてのは考えにくいが、万が一、嵐と戦闘が(かさ)なれば殺すことを優先しなきゃならなくなる。

岩陰(いわかげ)に身を隠して先に砂嵐を(しの)げればベストなんだが、マリュ族を相手に合図を送った後で「不穏(ふおん)」と(とら)えられるような行動は()けた方がいい。

彼らも()()ぐこちらに向かって来ている。

 

程無(ほどな)くして俺たちは彼らと接触(せっしょく)する。

俺は―――おそらくシュウも感じているだろうが―――、接触する彼らの様子が普通でないことに気付いた。

「受け入れる」と表明したにも(かか)わらず、彼らに「友好」の色が見られなかった。

(だま)()ちをするような連中じゃないことは分かっている。分かっていても、自然と身体に緊張(きんちょう)が走る。

そして、その両方が間違いでないことを俺は知る。

「エルクコワラピュール。『命の悪魔』が呼んでいる。」

「!?」

見ず知らずの原住民の口から『悪夢』の名が出てきたことに驚き、俺は反射的に槍を(かま)えていた。

「落ち着け。ここまで来ればその名前を知っているヤツが現れても不思議じゃない。」

間髪(かんぱつ)()れず彼が俺の前に()(ふさ)がり、続けざまに原住民の一人に問い掛けた。

「ジェフリー・ガブル・ニエルだな?」

唐突(とうとつ)に彼が口にした名前には聞き覚えがあった。日常的に目にしているものの中にそれがあったような気がした。

「……120万の”西の用心棒”か!?」

彼らのリーダーらしき男は、インディゴスギルドで指名手配中の魔道士だった。南にあるアミーグ国から西アルディアを経由(けいゆ)する人間を無差別に(おそ)っているらしい。

だが、俺たちにとっては(たい)した脅威(きょうい)じゃない。額面(がくめん)だけで見れば手配犯の中じゃあ(ちゅう)()のランクだ。

 

「我々は何もしていない。この地を()らす者に礼儀(れいぎ)を教えているだけだ。」

(おご)ることもなければ、(あら)ぶることもなく、120万の魔道士は淡々(たんたん)と答えた。

「それで人を殺してるんだ。礼儀もクソもあるかよ。」

「……この大地の命は今、悪魔の力によって(つな)ぎ止められている。」

「何?」

「東の人間は(みずか)らの村を耕すために、この大地を殺しに来る。悪魔は貴様らが傷付けた大地にも根づく緑を(つく)り、生かしている。そして私の中にもまた、その外法(げほう)(すべ)()まわせた。私はこの(とうと)い大地ために外法を(もち)い、(まも)っている。ならば、どちらが礼儀を()いているか。貴様に分かるか?」

もともと、マリュ族は東に拠点(きょてん)を置く民族だった。それが約200年前の開拓期(かいたくき)にロマリア入植者(にゅうしょくしゃ)から追いやられ、西に(うつ)ったらしい。

さらに、その時の西は今よりも緑が(ゆた)かだったと聞いている。

「……それが遺言でいいんだな?」

けれど、コイツらにどんな言い分があったって俺の知ったこっちゃない。

あの『悪夢(なまえ)』で呼ばれ、俺は苛立(いらだ)っていた。

 

(あらた)めて矛先(ほこさき)を120万に向けると、付き従う男たちが(そろ)って(けん)を抜いた。

「悪魔とは誰だ。お前たちの目的は俺たちを殺すことか?」

そんな中、魔道士と同じように彼が淡々と尋ね返す。でも、今の話から悪魔の正体も、目的も分かり切ってる。

彼はただ、無闇(むやみ)(あば)れようとする俺を(おさ)えようとしてくれてるんだ。

俺を無事に『悪夢(ほんめい)』の前まで(みちび)くために。

「悪魔は、悪魔だ。奴らも、貴様らも違いはない。」

そう言って魔道士が丨放《ほう》ったのは、「()()()」の()()げた右腕だった。

「悪魔が貴様らを案内するように、私たちを呼んだ。私たちはそれを引き受けた。それだけだ。」

俺は投げ捨てられた右腕に見とれていた。

気付けば俺は両腕を彼に固められていた。俺の腕を(つか)む彼の手の平からは微かに煙が上がっている。

「すまなかった。こちらの非礼(ひれい)()びよう。」

「……シュウ。」

マリュ族が剣を下げ、歩き始めたのを確認すると、彼は振り返り(するど)い視線でもって俺を(なじ)る。

「いい加減(かげん)にしろ。」

「……だってよ、これは、仕方ねえだろ。」

彼は答えず魔道士たちの後をついて歩き始める。

俺だけが、しばらくの間、砂に埋もれていく黒い右腕を見詰めていた。

 

 

不思議と、奴らの歩く道は安全だった。

怪物に出くわすこともなければ、ついさっきまで近付いていた砂嵐も気づけば何処(どこ)かへいっていた。

これもまた、この魔道士の『力』なのか。それとも、あの悪魔の用意した仕掛(しか)けなのか。

「あとどれくらい掛かる。」

太陽()が一つ(かたむ)く。それくらいだ。」

その後も、俺たちはただ黙々と歩き続けた。そうして砂の上に横たわる影が少し伸びる頃、前を歩く魔道士たちが足を止める。

「止まれ。」

言われずとも、俺たちの目にも明らかなゴールが見えていた。

「あの森の何処かに悪魔たちの巣がある。」

「何処か?」

「中は魔窟(まくつ)だ。たちまち人を(まど)わす。案内などもっての他だ。」

距離にして約1㎞先。赤い大地に、あるはずのない青々(あおあお)とした林冠(りんかん)が見て取れた。

「分かった。」

彼がそう返し、マリュ族一行(いっこう)の先をいこうとした時だった。

 

一行が一斉(いっせい)に振り返り、ジェフリーは手にした(かし)の杖を俺たちに向かって突き出した。

「”止まれ”と言ったはず――――」

パラララララララッ!!

男の言葉が警告(けいこく)宣戦布告(せんせんふこく)かも分からないまま、彼は機関銃の引き金をひいた。

 

それでも彼は魔導士たちを「敵」だと断定した。だったら俺もそれに(なら)うだけだ。

弾丸が巻き上げる砂埃(すなぼこり)(じょう)じて、俺は奴らの直中(ただなか)に飛び込む。

けれどもそこに奴らの姿はない。

不意打ちを回避するため、『炎の壁』を張る。

同時に、敵を見失(みうしな)った俺の背後から彼の鋭い指示が飛ぶ。

魔道士(アルファ)は11時方向岩山の上。他4は距離20の円周上だ!俺は4を。お前は魔道士(アルファ)だ!」

その指示に若干(じゃっかん)の違和感を覚えたが、反論(はんろん)する気は毛頭(もうとう)なかった。それに、相手の対応も思った以上に早かった。

俺たちの連携(れんけい)(はば)むかのように砂煙の向こうから幾本(いくほん)もの矢が飛んでくる。

俺はほんの少し右手を上げて彼に合図を送り、矢の雨の中へと走り出す。

 

俺を取り囲むように岩陰へと身を(ひそ)めた4人の男たちは、弓と爆薬を使って俺たちの視界を(うば)いながら矢を打ち続ける。

俺はそれを全部無視し、ただ11時の方向へと突き進む。

やがて、砂煙の先にある岩壁にぶち当たると俺は逆に少し距離を取って、ありったけの『炎』を(たた)()む。

岩は頑丈(がんじょう)(くず)れなかったが、頭上(ずじょう)から小さな悲鳴が聞こえてきた。

『炎』を叩き込んだお(かげ)で砂煙が晴れる。

俺は(わず)かな足場を(たよ)りに目の前の岩壁を()()がる。

足元には岩場を飲み込もうと幾度(いくど)も押し寄せる『炎』がいるが、気にはならない。いつだって、『炎』は俺を()けて()える。「少し熱い」その程度(ていど)だ。

 

岩場を登り切るとそこには必死に『炎』を追い払おうとするジェフリーがいた。

俺の姿を認めると覚悟を決めたのか。杖を振りかざし必殺の気を込め始める。

「エルクコワラピュール!炎の(たみ)、ピュルカの末裔(まつえい)よ!ピュルカとマリュの盟約(めいやく)に従い、精霊の導きに(そむ)き、悪魔に()ちた貴様をジェフリー・ガブル・ニエルが正す!!」

……彼が俺をコイツに差し向けた理由が分かった気がした。

 

「……グフッ」

男はとんでもない「役不足」だった。

男の魔法が完成するよりも俺の突進の方が何倍も速く、男はそれを避けることができなかった。

「……偉大(いだい)なる精霊の(たましい)を売った裏切り者め。アルディアの呪いを知れ。」

男の胸に突き立てた短剣を抜きながら、(いま)だに何かの魔法を使おうとする魔道士を()り飛ばした。

「そういうのはもう間に合ってんだよ。」

手を掛けることに少しの躊躇(ためら)いも感じない。

こんな気持ちは久しぶりだった。

俺は、今まで『赤い(うみ)』が俺にそうしてきたように、できるだけ執拗(しつこ)く、砂漠の真ん中に捨ててきたあの右腕よりも残酷(ざんこく)に、念入(ねんい)りにこの()()()()()()を焼き()くした。

 

 

それで終わりだと気を許した一瞬(いっしゅん)――――、

チュンッ

「!?」

銃弾が岩壁を削る音を合図に、俺はその場を飛び退()く。

()()()、何かが猛スピードで駆け抜けた。

「クケェェェ」

緑の鳳(ケツァール)、嘘だろ?!」

視線の先には、日の光に(きら)めく馬鹿(ばか)デカい宝石(エメラルド)(ちゅう)を舞っていた。

 

怪鳥(かいちょう)ケツァール。別名「緑の(おおとり)」。

その希少性(きしょうせい)と宝石のように煌めく緑の(かざ)(ばね)を持つことからか。この(あた)一帯(いったい)では「吉兆(きっちょう)(しるし)」として神聖視されている。

しかし、体長5m、翼を広げれば10mを(ゆう)()える(れっき)とした肉食の巨鳥(きょちょう)だ。

魔道士(アイツ)が呼んだのか?!」

「アルディアの呪い」だとかなんとか言っていたのはこれのことか。

 

その巨体が高速で駆け抜ければ、嵐のような突風(とっぷう)があらゆるものを容赦(ようしゃ)なく薙ぎ払う。

「クソッ、やっぱりダメか!」

『炎』をぶつけようとするが、奴との距離が開くほど何かの―――おそらくはあの魔道士の残した―――『壁』が邪魔をして火が届かない。

()(ちが)いざまに焼こうかとも考えたが、あの速度と向き合うとなると、どう考えてもリスクが大き過ぎる。

「クケェェェェッ!!」

「!?」

鳥が二度目の強襲(きょうしゅう)を仕掛ける寸前(すんぜん)、その体勢(たいせい)が大きく崩れ、目の前に(いきお)いよく()ちてきた。

 

一瞬、何が起こったのか理解できなかったが、体は反射的にその緑の翼を『(あか)』で()めにかかっていた。

「クケェェェェッ!!」

よく見ると鳥の片目が潰れていた。

彼が、あの距離、あの速度の小さな(まと)狙撃(そげき)したのだ。

燃える怪鳥(けちょう)は激しく暴れ回る。翼と足を焼き落とし、動きを(ふう)じると、鳳から不穏な空気が押し寄せてきた。

 

途端(とたん)、足下からただならない震動(しんどう)を感じたかと思えば、(またた)()に岩山は崩れ、(つるぎ)()したその一部が俺を襲う。

「クソッ…」

先端(せんたん)こそ紙一重(かみひとえ)(かわ)すも、走る岩肌(いわはだ)(つか)まり、二転三転する俺の身体(からだ)を切り裂く。

そのまま転がり落ちれば崩れた岩の破片(はへん)串刺(くしざ)しになっちまう。

「…たれっ!!」

腕と胸の皮がもっていかれるのも構わず伸びる岩に強引(ごういん)に抱きつき、一刻(いっこく)も早く鳳の『力』が()れてくれるのを願う。

すると、運が良かったのか。地鳴(じな)りは拍子抜(ひょうしぬ)けするほどアッサリと(おさ)まってくれた。

 

しがみ付く岩山をよじ登り見渡すと、(ぞう)よりも2回りも大きい巨鳥が早贄(はやにえ)のように割れた岩の一本に串刺しになっていた。

流れ出す真っ赤な血が、(あざ)やかなエメラルドグリーンの飾り羽を台無しにしていた。

「……さすがにこれで終わりだよな。」

辺りに敵の影はなく、地上からの警告もない。

簡単な止血(しけつ)をしながら岩山から()りると、下では彼が周囲を警戒しながら待機(たいき)していた。

()せてみろ。」

合流するなり彼は俺の負傷(ふしょう)度合(どあ)いを確認し始める。

「紙一重だったな。」

「完全に敵の土俵(どひょう)だったんだ。合格点くらいくれてもいいだろ?……ッ()。」

「そうだな。」

手袋を(やぶ)き、ズルリと皮の()けた手の平に容赦なく消毒液をかけ、包帯(ほうたい)を巻く彼は()()なく答えた。

「リーザだったならもっと上手(うま)くやっただろうがな。」

俺は自分の耳を(うたが)った。

彼の口から彼女の名前が出てくるとは思わなかった。

 

口調(くちょう)は変わらず淡々としているし、彼女を悪く言ってる訳でもない。でもやっぱり、その言葉には二人の近付き(がた)い距離を感じた。

「聞きたかったんだけどよ、リーザの何がそんなに気に喰わねえんだ?」

「……そう見えるか。」

「遠ざけてるだろ。……あの子の『力』か?そりゃ俺だって初めはそうだったけどよ、近付かねえとあの子の良さは分かんねえよ。」

手早く処置(しょち)を済ませると、休息(きゅうそく)を取るでもなく彼は立ち上がり、俺を置いてサッサと歩き始めた。

「アレと一緒にいるようになってから、俺はお前が遠くに感じる。」

そんな彼の背中から響く声は、俺さえも遠ざけようとしていた。

その声に俺は(あせ)りを覚える。

「自分でも変わったってのは感じてるさ。でも、イイ方向に変わってると思うんだ。あの子が俺を強くしてくれてる気がするんだよ。だから、(そば)にいたいんだ。こんな気持ちになったのは初めてなんだ。」

どうにか分かってもらいたかった。他ならぬ俺を拾ってくれた彼だからこそ。

 

けれど、分かってなかったのは俺も(おんな)じだった。

「俺が言いたいのはそんなことじゃない。」

彼女のことで頭が一杯になってた。今さら、彼のことで理解することなんかないと(たか)(くく)ってたんだ。

「……じゃあ、なんだよ。」

「アレを護るお前が、本物の『化け物』になっていくようで俺は怖いんだ。」

「……あの子のせいだって言いてえのかよ。」

「お前は、違うと言い切れるのか?」

「……」

「もしもお前が、それでもアレを信じるというのなら、俺ももう少し努力しよう。だがもしも――――、」

チラリと見遣る(みや)彼の目は、今まで見てきたどの彼よりも『人間』らしかった。

「アレがお前を(みにく)(ゆが)ませる魔女であるのなら、俺は迷わない。」

彼は、迷ってるんだ。

他ならない俺のために……。




※コヨーテ
北アメリカから中央アメリカまで広く棲息する狼のようなイヌ科の動物です。
群れることは稀みたいですが、時には仲間と連携して狩りをすることもあるそうです。

※緑の鳳(みどりのおおとり)(ケツァール)
原作のロック(鳥型のモンスター)のことです。
そもそも「ロック鳥」というのは中東・インド洋地域に伝承される巨大な()()()らしいです。3頭の象を一度に持ち、飛ぶことができる上に、その象は(ひな)の餌だというんだからどれだけデカいのか……想像できません。

そして誠に勝手ながら、今回、それを「ロック」とは呼ばず、「ケツァール」と呼ばせてもらっています。

中南米ではケツァールという綺麗な緑の羽を持った鳥が実在します。
体長は35cm程度ですが、オスは長い飾り羽を持っていて、これを含めると全長は90~120cmにもなります。
そして、その地域ではかつて(あが)められていたで神様、ケツァルコアトルという「羽毛をもつ蛇」が信仰されていました。

原作の「ロック」も基本色が緑だし、アルド大陸(アルディア)がアメリカ設定だと仮定すると、「ロック鳥」よりも「ケツァール(ケツァルコアトル)」寄りの設定なんじゃないかと思ったんです。
(とうとう原作設定を無視し始めましたがどうか、どうかお付き合いくださいm(__)m)

ちなみに、瀕死のケツァールが使った魔法は原作の「アースクエイク」のつもりです。

※マリュ族
西アルディアに生きる少数民族の一つです。
また勝手に作りましたm(__)m

※ジェフリー・ガブル・ニエル
いつも通り、「ジェフリー」以外は自作です。
原作では「指名手配犯」ではなく、野盗たちに雇われたただの魔法使いの「用心棒」ということになっています。
原作で、リーザの口から、かの有名な「ロリコンってなに?」を引き出したアークザラッド界きっての重要人物です。
このお話では既に「ロリコン」の下りは回収済みなので容赦なく省きましたが(笑)

※早贄(はやにえ)
モズ(鳥)が捕まえた獲物を木の枝などに突き刺す行動をさして生まれた言葉です。
その奇異な行動を見た昔の人は、「”秋”に初めて捕った獲物を生け贄にしている」と捉えられて生まれた言葉らしいです。

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