聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

104 / 236
悪夢たちは彼の後ろ髪を引く その十

――――西アルディア、サルバ砂漠上空

 

そこに、小型飛行船の窓に顔を張り付け、眼下(がんか)に広がる()()()()()()見惚(みと)れる少女がいた。

 

「……これ全部、岩と砂だけなの?」

”砂漠”を見たことがないリーザは開けた口を閉じるのも忘れるほど、茶色一色の枯れた風景に見入っていた。

「仕方ないじゃない。だって、初めて見るんだもん。」

「別に、何も言ってねえだろ。」

「……ふん。」

彼女のそのふてくされた顔も、今は見ていて安心する。

 

 

――――約一時間前、東アルディア、ヒエン停泊所

 

「よくあの堅物(かたぶつ)が協力してくれたな。」

出発直前、シュウの用意した作戦の内容を聞いて俺は改めて、彼には(かな)わないと思い知らされる。

「お前はまだあの男のことを誤解(ごかい)しているようだが、お前が思っている以上にあの男は狂っている。上等(じょうとう)(えさ)をチラつかせれば一にも二にもなく喰いつく男だ。」

それは、相手がシュウだからこそ、そうしていることだと彼は気付いていない。

「幼い頃に身内の不幸を()()たりにしたことを今でも()()っている。自分の町に(およ)ぶかもしれない”悪”への憎悪(ぞうお)尋常(じんじょう)じゃない。」

そういうことを本人の口から聞けるのも、シュウへの信頼があってこそだと俺は思っている。

「アイツは”警官”という名の”狂犬”だ。」

俺じゃ、ダメなんだ。

 

今回、俺たちがすることは「ミリアの奪還(だっかん)」。その一点のみ。

その他の救助は、目的に支障(ししょう)が出ない程度(ていど)()()()になる。

手筈(てはず)通り敵の本拠地(ほんきょち)を見つけたら「白い家」の座標をヂーク経由(けいゆ)でリゼッティに報告し、後は警察の手で諸々(もろもろ)処置(しょち)をしてもらうことになっている。

つまり、全体的作戦の上で俺たちはあくまで「斥候(せっこう)」という役割になる。

「だからって、あのオッサンたちだけでなんとかなるとは思えねえけどな。」

そもそも、警察は国の機関(きかん)の一つだ。プロディアス市長のお膝元(ひざもと)にある「白い家」への襲撃(しゅうげき)なんて許可が下りる訳がない。

だからおそらくは無許可、つまり一種のクーデターを起こすつもりなんだ。

たかが個人的『悪夢』を解消するだけの話が、それだけ重大な事件になりつつある。

「問題ない。ギルドから十分な支援(しえん)がある。」

「は?まさか、バスコフのオッサンまで首を縦に振ったってのか?」

「ああ。」

「マジかよ……、信じらんねえ。」

あのオッサンこそまさに「プロフェッショナル」が服を着て歩いてるようなヤツだ。冷静沈着で先見(せんけん)の目もある。こんなクーデター(まが)いの案件(やま)。例え仕事の依頼でだって引き受ける訳がない。

「二人は旧知(きゅうち)の仲だ。”そろそろアイツを楽にさせてやりたい”それがバスコフの本音だ。」

それも初耳だ。バスコフは一日中ギルド(あなぐら)(こも)ってるし、リゼッティがギルドに立ち寄る姿なんてのも見たことがない。犬猿(けんえん)の仲だとすら思ってた。

 

「この作戦が成功すればアルディアは傾く。その被害を最小限に抑えるためには、どんな形であっても次の”指導者(リーダー)”を排出(はいしゅつ)する演出がいる。」

「リーダー…、あのオッサン連中がかよ。」

「ああ。ガルアーノよりも能力的に(おと)っていることは(いな)めないが、何もしないよりはマシだろう。」

「もし、失敗したら?」

「おそらく、その方が被害(ひがい)は少ない。」

主犯格(しゅはんかく)のバスコフとリゼッティへの極刑(きょっけい)(まぬが)れない。けれども、「それだけだろう」というのがシュウの見解(けんかい)だった。

「ガルアーノはこれまで以上に”市長”の地位を固める。それで()()()()()。」

共犯である賞金稼ぎや警察関係者を無罪放免(むざいほうめん)。あとは時が秩序(ちつじょ)を回復してくれる。

それは保身(ほしん)のためじゃない。その後にも続く連中の計画を止めないためだ。

 

「最後に確認する。」

それは、状況開始の号令を引き出そうとする声色だった。

今度はハッキリと、言葉を(にご)すことなく彼は俺に(たず)ねた。いざという時の逃げ場を()くすために。

「万が一の時、お前はミリアを殺せるか?」

リーザは俺に「必ず助ける」と言ってくれた。けれど――――、

 

万が一なんかじゃない。九分九厘(くぶくりん)、そうなる。

俺は本当に、ただただこの『悪夢』を清算(せいさん)するためだけに彼女に会いに行くんだ。

(となり)に立つ彼女が俺を見詰(みつ)めている。けれど――――、

 

「……ああ、問題ねえよ。」

()()()()()()()()()。その言葉にあまり抵抗はなかった。

 

 

 

――――現在、西アルディア、サルバ砂漠上空

 

「西アルディア」、「白い家」という情報しか持っていない俺たちは一先(ひとま)ず、5年前に俺がシュウに拾われた(あた)りを探ることにした。

今までも散々(さんざん)探索(たんさく)してきた区域(くいき)ではあるけれど、市長の影武者からの招待を受けている今なら、何かしらの手掛かりを残してくれているかもしれない。

念のため、情報を引き出せそうなマフィアがいないか。シュウは街中(まちなか)を歩き回ったらしいが、口裏を合わせたかのように彼らの姿が町から消えたという。

それが原因で、町では小さな混乱が起こっていたらしい。

 

「この辺りに人は住んでないの?」

「まだ、いくつか少数民族が残ってるはずだぜ。あとはチラホラ追いはぎがいるくらいかな。」

東の人間にとって、大陸を真っ二つに割るアルデナ山脈を()えればそこは「死の荒野(こうや)」と呼ばれる茶色一色の危険地帯。

 

西のほとんどはサルバ砂漠と呼ばれる岩石砂漠だ。

砂漠特有の気温差は言わずもがな。多肉(たにく)植物、沿岸部(えんがんぶ)には多少の森林もあるが、年間降水量は50㎜程度で砂嵐もひどい。その上、野生の怪物がウロチョロしているとなると、とても東アルディア人の手に()えるような土地じゃないことは確かだ。

それでも、昔からここに根付いている人間はいる。

何処(どこ)でだって上手(うま)く生き()びる方法はあるんだ。

 

「……これを着るの?」

その原住民たちが着る厚手(あつで)長袖(ながそで)のガウンを彼女に渡した。

羽織(はお)らせた後、長い金髪を服の中に押し込み、その上から同じく厚手のスカーフで頭をぐるぐる巻きにする。

すると、スカーフでつくった(つぼみ)の中から彼女の()んだブラウンの(ひとみ)だけがこちらを(のぞ)く形になり、まるでそういう妖精のようにも見えて愛らしく思えた。

「苦しい。……これ、本当に必要なの?」

「それがないと1時間と歩いてられないぜ?」

乾燥(かんそう)した砂漠の日差しはアッという間に体中の水分を(うば)っていく。それに、この地域の砂嵐(ハブーブ)は特に粘着質(ねんちゃくしつ)なことで有名だ。

半日で()むものもあれば、1週間も吹き続けるものもある。太陽に焼かれた砂が大量に服の中に入れば脱水症状に加え、火傷も引き起こす可能性がある。当然、気管に入れば呼吸器系統もやられる。

そもそも、この時期にこの辺りを彷徨(うろつ)こうってこと自体がどうかしているんだ。

「じゃあ、パンディットにも同じもの着せるの?」

「いいや、しねえよ。なんで?」

「……なんでもないわ。」

頭を簀巻(すま)きにされたのがお気に()さなかったのかもしれない。やたらと首の部分をいじったかと思えば、「ずるい」と言いながら八つ当たりよろしく背中から抱きつく感じでパンディットの首を()めていた。

「わシは?ワしは?」

シュウの操舵(そうだ)のサポートをしつつも一部始終を見ていたポンコツが好奇心満載(まんさい)の声で尋ねてきた。

「お前は留守番(るすばん)だから関係(かんけえ)ねえだろ。」

「ナンじャ、詰マラん。」

……何を楽しもうとしてんだコイツは。

 

「この辺りで降りるぞ。」

目的地からそう離れてない岩場の(かげ)、かつ沿岸部から伸びる森林に(せっ)している場所。一見(いっけん)、船を隠すなら絶好(ぜっこう)のポイントに思えた。

むしろ、「ここに隠してください」と言っているようにしか思えない。

「本当にここでイイのかよ?」

ヒエンは俺たちの大事な「足」だ。もしもコイツを連中に奪られでもしたなら、とてもじゃないがミリアを連れて逃げるなんてできない。

……それに、ビビガからの胸糞(むなくそ)悪い仕打(しう)ちも覚悟(かくご)しなきゃならなくなる。

それでも彼は俺の考え過ぎを注意した。

「この一帯(いったい)が敵の縄張(なわば)りである以上、あまり場所に工夫(くふう)()らしたところで意味はない。」

他にも似たようなポイントはあったが、目的地から離れれば離れる程、俺たちに不利(ふり)だってことは間違いない。だからシュウの言うように、そこがベストと言ってしまえばベストな場所でしかない。

 

「そのための番犬もいる。」

シュウはポンコツを見遣(みや)りながら言う。

「本当にあてになるのかよ。」

そもそも俺は彼の計画に乗り気じゃなかった。計画そのものにじゃなく、彼がこのポンコツを信用しきっていることにだ。

「バかタレ。わシハ最強じャゾ。ドんと頼レ。」

一応(いちおう)、出発前に戦闘や諸々の性能を見た上で連れてきてはいるが、今回のコイツの仕事はかなり重要な役割を持っている。

 

潜入する俺たちの位置情報を追跡(ついせき)し、リゼッティに敵の本拠地の位置座標を送り、撤退時(てったいじ)には追手に(つか)まるよりも早くヒエンで俺たちを拾わなきゃならない。

つまり、俺たちの命の半分をこの「ドラム(かん)」に(あず)けなきゃならないってことだ。

「トこロで……」

見た目も()ることながら、コイツの話し方はどうしてそんなに人間臭いんだ。やりにくいったらありゃあしねえ。

「あん?どうした。」

「留守番ハワし、一人カ?」

「当たり前だろ?」

「……サみしイ。」

……そして、嫌な予感は早くも的中(てきちゅう)した。

「は?何言ってやがんだよ。そのためにお前を連れてきたんだろ?」

「一人ハ、イヤジゃ。」

「ふざけんなよ。コッチはコッチでギリギリの人数で行くんだ。お前の()(まま)なんか知ったことかよ。」

「わシハデリけートナんじャ。」

()(いき)しか出ない。だから俺は嫌だったんだ。ウンザリする俺の様子を尻目(しりめ)にシュウは外の様子を見ると言って船を()りていった。

「それくらいは何とかしろ」と言わんばかりにアッサリと俺を見捨てて。

 

そんな俺を見かねたのか。彼女が(うれ)しくもない助け舟を出してくれた。

「エルク、私が残るわ。」

どうしようもなくなったらそれしかないとは思っていた。それでも俺はまだ納得(なっとく)がいってない。

「バカ言うな。こんな危険な場所でリーザにこんなポンコツと二人っきりにさせられるかよ。」

「……大丈夫。多分、その方が上手くいくわ。それに、忍び込むなんて私、経験ないから。迷惑をかけると思うの。」

心なしか、彼女の声色は(かろ)やかに聞こえた。

「心配しないで。パンディットだっているもの。大丈夫よ。」

「オいコりゃ、ワシは最強じャト言ウトるじゃロうが。」

「フフフ……、そうね。」

「……」

 

気付けば船内に狼の姿はない。

いつの間にか船から抜け出したらしく、砂漠に自生(じせい)する何かを食べていた。目を凝らしてよくよく見ると、それは緑色で団子(だんご)の形をしている。

「…って、おいっ!そりゃ()(もん)じゃねえぞ!?」

飛び出そうとする俺の腕を彼女が(つか)む。

「大丈夫。それはあの子も分かってる。」

「分かってるって……あのサボテンにゃ毒があるんだぜ?」

狼の食べているそれは「ロフォフォラ」という幻覚作用を持つサボテンだった。ものにも()るが、強力な神経毒や血液毒をもっていたりする。

耐性(たいせい)があるの。毒だけを専用の場所に残して、人を(おそ)う時に唾液(だえき)と一緒に分泌(ぶんぴつ)する。……多分、そういう体にさせられたんだと思う。」

「……」

(ひか)える激戦(げきせん)を予想してか。狼は辺りに()えているロフォフォラを懸命(けんめい)に口に運んでいた。

 

「私だって…、エルクのためなら何処(どこ)にでも行ける。置いて行かれるのも嫌。……でもやっぱり、私もあの子もできることなら、そこには近付きたくない。」

……特に彼女の場合、『敵』がいればいるほど『悪夢』に(さら)される羽目(はめ)になるんだ。

分かっていた。分かっていたけれど、俺は彼女の『体質』を無視してでも強引(ごういん)に乗り込もうとしていた。

()()()()()()()()()()()()()

 

「ここまで来ておいてこんなこと言うのはズルいと思うけれど、シュウだってその方がやり(やす)いみたいだし。私、ここでアナタを待ってた方がいいのかもしれないって思うの。」

もしかしたらとは思っていたが、どうやらリーザはシュウと上手くいっていないらしい。

彼女に限って足手まといになるなんてことはないとは思うけれど、どんな作戦でも連携(れんけい)の精度が生きて帰ることができるかに直結(ちょっけつ)する。

……分かってる。これはただのこじ付けだ。どんな理由だって納得なんかいかない。

それでも、彼女にこれ以上無駄な「不幸」を押し付けるなんてこと、俺がしちゃいけないんだ。

ジレンマは残るが、俺はどうにか決断しなきゃならないんだ。

「……分かったよ。俺こそ悪かったな。自分のことばっかで。」

「ううん。私はただ、エルクと一緒(いっしょ)にまた(まち)を歩けたら……、美味(おい)しいものを二人で食べられたら、それでいい。」

徴兵(ちょうへい)された男を見送る女のように、彼女は俺をきつく抱きしめる。俺も同じように強く、抱きしめる。

知らない内に俺の身体は彼女の(にお)いも(ぬく)もりもすっかり覚えてしまったらしい。「(なつ)かしい」と感じてしまうくらいに。

「すぐに、帰ってくるよ。」

「……待ってる。」

そうして俺は、俺の先に立つ『影』に(なら)って砂漠の中へと入っていく。

緋色(ひいろ)岩山(メサ)に囲まれる『悪夢』の、胃袋(いぶくろ)の中へと。




※状況開始
「作戦開始」と同じ意味です。

※多肉植物(たにくしょくぶつ)
サボテンなどの体組織のどこかに水を貯めることができる植物の総称です。

※砂嵐(ハブーブ)
ハブーブは「強い風」を意味するアラビア語です。
アメリカはアリゾナ州、乾燥地帯で起こる砂嵐のことをこう言うそうです。
西アルディアのイメージになっているであろうコロラド高原近隣の州です。
ひどい日は10m先も見えなくなってしまうらしいです。
人に対する影響は主に呼吸困難や視界不良で、本文で書いたのは僕の誇大(こだい)解釈です

※ロフォフォラ
大きさは5~10cm程度でアメリカ南西部、メキシコ北部を原生とするサボテンです。
饅頭(まんじゅう)のような形をしていて棘もなく、何より柔らかいです。一見、無害に思えますが、”メスカリン”という幻覚作用を引き起こす成分が含まれていて、古くはインディアンの間で儀式のために使われていたそうです。

これ、実はこのマップで入手できる「バイパーファング」の回収のつもりです(笑)

※緋色(ひいろ)
赤色の一種です。やや黄色みがあって、明るい赤です。

※岩山(メサ)
スペイン語で「テーブル」という意味。
地層が風による侵食でできたテーブル状の台地。上部に硬い地層、下部に柔らかい地層があることで出来るそうです。
「卓状台地」とも言います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。