聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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銀の小魚たち その八

楽士の(みなぎ)る表情を見届(みとど)けた青年は、指示を待つもう一人の仲間に向き直った。

「もちろん、攻略した者から別地(べっち)応援(おうえん)に向かってもらう。特にロマリアは敵の戦力が集中している。一番の難所(なんしょ)になるのは間違いない。そういう意味で、イーガは予備戦力として状況(じょうきょう)(おう)じて各地の手助けをしてもらいたい。」

心得(こころえ)た。」

並べられた椅子(いす)の一つに座るでもなく、石像のように立ち続ける僧兵(そうへい)は言葉少なに応えた。

「皆は、イーガが直ぐに動けるよう、連絡はできるだけ(みつ)に取って欲しい。」

するとロマリアを任されたと意気込む猿は威勢(いせい)のいい言葉で(こた)えた。

 

「ッハ。じゃあ初めに言っといてやるよ。俺んトコは間に合ってる。だから好きにヤらせてもらうぜ。」

豪気(ごうき)な言葉を吐く猿の口は濃密(のうみつ)な酒の臭いを僧兵に吹きかけた。

慢心(まんしん)()らぬ(やく)を呼ぶぞ。」

「俺がこの程度の作戦でしくじるってのか?笑える冗談(じょうだん)だぜ。」

臆病(おくびょう)楽士(がくし)とは対照的(たいしょうてき)に、常に刃物を振り回しているような性格の赤毛にとって「施設(なにか)(こわ)す」という粗暴(そぼう)単調(たんちょう)な仕事はまさに彼の十八番(じゅうはちばん)

だからこそ、その楽しみを十二分(じゅうにぶん)に味わいたいと考えてしまうのは彼の悪い(くせ)でもり、彼の強さの秘訣(ひけつ)でもあった。

故事(こじ)は人を選ばぬ。例えお前が神や仏であろうとな。」

「おいおい、俺は所詮(しょせん)、神や仏ごときと同列ってことかい?悲しいねえ。」

闘士(とうし)である前に”僧”である彼は、(たたか)いを軽んじる猿をつい(さと)そうとしてしまうが、その(たび)に、木に登ってしまった猿は見下ろすことしかしない生き物なのだと思い知らされている。

そもそも赤毛自身が言っているように、ソレはただの”猿”などではない。闘いの中に立つ赤毛はすでに―――神や仏とまでは言わなくとも―――それに近しい存在であることは”僧兵”である彼も十分に気付いていた。

ただ、そうでない時の赤毛が僧の目にはただの無頼者(ぶらいもの)にしか映らないだけなのだ。

「まったく、お主の過剰(かじょう)傲慢(ごうまん)(たの)もしい一方で恐ろしくもある。その点では確かに神も仏も()えているかも知れんな。」

「ッカカ。だからってテメエに(おが)まれるのは()(ぴら)ゴメンだがな。」

 

その後は各自の詳細(しょうさい)な作戦内容の確認になった。

各地の拠点(きょてん)として安全だと思われるポイント。現在把握(はあく)できている侵入経路。通常時、非常時の連絡手段など。全員の行動が把握できるよう、できるだけ(こま)かく。

 

「別件だが、レジスタンスに任せていた『古代兵器』、あれはどうなった?」

青年の問い掛けに赤毛の侍は五月蝿(うるさ)げに手を振った。

「失敗だな。見つけはしたらしいが、こっちが目を放してる(すき)に兵器も博士も一緒にヤラれちまったらしい。」

「……ヤラれた?(うば)われたとかではなくてか?」

「そういうこった。……なんか不満か?」

「……いいや、俺が思っていた動きと少し違っていただけだ。気にしないでくれ。」

青年は(はぐ)らかすが、赤毛は不安げな青年の予感(ひょうじょう)をキチンと見透(みす)かしていた。赤毛ならそうしてくれるという青年の期待(きたい)も。

「分かった、分かった。今度、もう少し(くわ)しく調べといてやるよ。」

「悪いな。」

赤毛は青年の見え透いた演技(えんぎ)を鼻で笑い、それでも満足げな顔で(さかずき)(かたむ)ける赤毛に青年も笑い返した。

 

「俺からは以上だ。ゴーゲン、何か付け加えることはあるか?」

青年が呼び掛けると、彼の相談役でもある老父(ろうふ)は手にした(つえ)を振って応えた。

「ないない。進めてもらって(かま)わんよ。」

いつもなら青年の()(あし)の一つや二つ取っては(いや)らしく笑うのが趣味(しゅみ)のような老父が。何も言わないとなると、それはそれで青年に絶妙(ぜつみょう)居心地(いごこち)の悪さを覚えさせた。

「……以上が当面(とうめん)の作戦内容になるが、何か言っておきたいことはあるか?」

そこへ、赤毛からは身を引いた僧兵が()()()()()()口を開く。

「ロマリアを()めるならば、なぜ大元(おおもと)まで攻め込まない。」

 

ロマリアは敵の本拠地(ほんきょち)、この場にいるほとんどがそう認識していた。ところが、「各地キメラ研究所を(つぶ)したら無駄な戦闘を()け、()()げろ」青年は彼らにそう伝えていた。

「状況次第(しだい)ではそうするかもしれない。だが今はまだロマリアが奴らの本拠地だという確証(かくしょう)がないんだ。」

「というと?」

「ロマリアはあくまで奴らの隠れ(みの)かもしれない。」

青年たちが相手にしている敵の、主犯(しゅはん)(おぼ)しき人物は全て「ロマリア四将軍」にあたる。しかし、彼らの目的はあくまで「()()()()の復活」、さらには「人類の滅亡(めつぼう)」。

必ずしもロマリアの王、ガイデル・キリア・ク・ロマーリア8世に覇権(はけん)(にぎ)らせる必要はないのだ。

「これもおそらくとしか言えないが、ガイデル王は人間だ。奴らの本当の目的も知らない。そんな状態で俺たちが乗り込めば、マローヌ王の()(まい)は避けられない。」

前スメリア王、マローヌ・デ・スメリアは殺害された。アーク・エダ・リコルヌという反逆者によって。

「無駄に国を荒らし、混乱を(まね)けば増々(ますます)連中の思う(つぼ)だろう。俺たちは最小限の動きで奴らを()()らなきゃならないんだ。」

 

多少の犠牲(ぎせい)は出るだろう。犯罪者となった時から、青年はその覚悟(かくご)を決めていた。

しかし、「できれば最小限に止めたい」という()()らない16の(おさな)さ、純粋(じゅんすい)さも彼の中には残っていた。

「だからこそ無茶はするな。俺たちは戦争をしている訳じゃないんだ。くれぐれも戦う相手を見誤(みあやま)らないでくれ。」

欲張りな幼さは目に見えない命さえも背負(せお)わずにはいられない。

(かさ)ねて言うが、死ぬような真似(まね)だけは避けてくれ。……俺は、誰一人()けることも許さない。俺たちはここにいる全員でこの戦いに勝つんだ。」

言いながら、()()まっていく全員の顔を見渡し、青年は(おもむろ)に剣を抜き、(かか)げる。

そして、彼らの意志を(そこ)(むす)ぶ。

「この船に(つど)いし命が(アーク・エダ・リコルヌ)(とも)にあらんことを!!」

『オウッ!!』

 

 

作戦会議が終わり、艦長に航路(こうろ)の指示を()ませると、青年は自分の部屋へと戻ろうとする老父の(となり)を歩いた。

「まったく、毎度毎度、アンタには調子を狂わされるよ。」

老父はヨタヨタと歩きながら、陽気(ようき)に笑った。

「ホッホッホ、何を言う。十分に良い指示だったと思うぞい。若々(わかわか)しく、活力があり、何より仲間想いな姿勢(しせい)を忘れておらん。昨今(さっこん)中々(なかなか)(るい)を見ん頼もしい指導者じゃったよ。」

「……初めからそんな奴だったら、今も俺は(だま)されていただろうな。」

「ホッホッホ、お前さんも随分(ずいぶん)(うたが)い深くなったのう。」

「お陰様(かげさま)でな。」

「じゃが、人を信じるということも大切じゃぞ?」

「……俺にはお前が一番の黒幕(くろまく)に思えるよ。」

老父は馬の尻尾(しっぽ)のように長い白眉(はくび)をピクリと持ち上げ、青年の顔を(のぞ)()んだ。

「お前さん、前にも同じようなことを言っとったな。」

「そうか?(おぼ)えてないな。」

「前」と言わず、この博学多識(はくがくたしき)な老父を卑下(ひげ)するような言葉はこれまでにも散々(さんざん)使ってきた。

青年の目にはそうされたがっているように見えて仕方(しかた)ないからだ。

「お前さん、とうとうボケ始めたんじゃないか?」

「そうかもな。なにせ気苦労の()えない仲間たちばかりだからな。」

(めぐ)まれとるじゃないか。」

「……まったくだよ。」

青年は()らず()らず笑っていた。

 

「それはそうと、お前の言っていた『古代兵器』。あれは本当だと思うか?」

青年は、心地良い余談に流され、うっかり本題を忘れていた自分を(いまし)める。

「連中に破壊されたことか?」

赤毛の報告を疑っている訳でも、彼の揃えたレジスタンスを信じていない訳でもない。

ただ、何かが食い違っているような違和感が青年の脳裏にこびり付いていた。

 

兵器も博士も間違(まちが)いなく強力な戦力のはず。それを取り込まずに切り捨てた。

駐屯(ちゅうとん)するレジスタンスをすり()え、スパイを(ひそ)ませている様子もない。

いいや、もしかすると事細(ことこま)かに仕込まれたスパイは(すで)に俺たちの中にいるのかもしれない。

明白(めいはく)な利点を放棄(ほうき)した敵の目的が理解できないんだ。

そう老父に伝えると、彼は持ち前の豊富(ほうふ)な知識と経験で青年の疑問に答えた。

「どうじゃろうな。機神(アレ)は一体ではないし、当時の技術を持つ人間も今はおらんだろうからのう。損傷(そんしょう)(ひど)ければ破棄(はき)したという可能性もない訳ではないわな。」

「アンタでも(なお)すのは無理なのか?」

分野外(ぶんやがい)じゃよ。」

老父は『古代兵器』の素性(すじょう)を知っていた。共に戦ったことも、言葉を()わしたことさえあった。しかし、彼の専門は魔導であり、機械技師ではない。

いかに3000年生きていようと、(おさ)まらない知識は山のようにあった。

「大した”大賢者様”だな。」

「ホッホッホ、お前さんの言葉はいつ聞いても新鮮で心地好いわい。」

この態度だ。嫌味や皮肉(ひにく)の一つでも言いたくなる。

 

「確かに(あや)うい”可能性”は消しておくべきかもしれない。でも、連中の性格を思えば……、どうも()に落ちないんだ。」

「分からんでもないがな。じゃが、お前さんの言う”スパイ”も(ふく)め、言い出したら切りがない。それこそ連中の思う壺かもしれんぞい。」

「……そうだな。」

その言葉に()きる。

青年は、敵の(つたな)(わな)に真っ先に掛かってしまった自分を笑い、解決してくれた老父に感謝する。

「それに、その件は猿がなんとかしてくれると言っとったじゃないか。今はその報告を待てばいいんじゃよ。」

そのために二人で打った芝居(しばい)だった。そのことを思い出し、青年はさらに自嘲(じちょう)する。

「さすがにあのヤンチャ猿を入れ替えるなんぞ、いくら連中でもそんな割に合わんことはせんじゃろうよ。」

「……まったく、まったくその通りだよ。」

老父を見送ると、ゴウゴウと(うな)白銀(はくぎん)(くじら)はユックリと泳ぎ始めた。

 

 

緑の海を割り、青い海へと(おごそ)かに(のぼ)っていく鯨は、世界を(おお)う黒い泥沼(どろぬま)()()け、小魚たちを最後の地へと運んでいく。

「チョンガラ、シルバーノアの調子はどうだ?」

「おお、アークか。見ての通りよ。やっぱり女と船はマメにご機嫌(きげん)を取ってやらんとな。」

「”酒”が抜けてるんじゃないのか?」

酒樽(さかだる)のような男の腹を()して言うと、節操(せっそう)を知らない酒樽はその発酵(はっこう)した酒の臭いというものを産毛(うぶげ)の残る無防備(むぼうび)な青年の耳に押し付けてきた。

「ガッハッハ、アークもまだまだ青いのう。ワシからしてみれば女も酒も同じ言葉よ。味から臭いから何から何までな!」

元主人、精霊の国(スメリア)の王を()くしてもその(かがや)きを(うしな)わない天駆(あまか)ける戦艦(はこぶね)

神秘(しんぴ)勇猛(ゆうもう)(あふ)れる船の艦長は、その下品(げひん)な腹を叩きながら言ってのけた。

「ククルに同じことが言えたら認めてやるよ。」

「おお、おお、自分の女が水と同じと言われてご立腹(りっぷく)か?いいのう、いいのう。青春を謳歌(おうか)しとる若い(もん)は。」

「……次の作戦で()を上げても、引きずり回してやるから覚悟しとけよ。」

ちょっとした(じゃ)()いに心地良さを覚えながら、青年は操舵室(そうだしつ)を後にする。

 

「……」

雲の流れる外の景色(けしき)見遣(みや)り、青年は(はる)彼方(かなた)の人を想う。

今も一人孤独(こどく)な闘いを続けているお転婆(てんば)聖女(せいじょ)を。

 

――――ククル……

 

聖女を想えば、青年は勇者の顔付になる。彼女を護るため。彼女を救うため。

青年は腰の剣を握り締め、二人の未来を想った。




※故事(こじ)
古い出来事。古くから伝わる教訓。
故事成語という四文字熟語の方が馴染み深いですね。

※別地(べっち)
「別の土地」という意味の造語です。多分。

※無頼者(ぶらいもの)
酒や女に遊びほうけるもの。無法者。早い話、遊び人ってことですね。

※必ずしも~必要ない
なんとなく言葉が重複している感じがしますが、どうやら日本語として間違ってはいないみたいです。

※博学多識(はくがくたしき)
様々な分野の学問に通じていること。優れた見識を持っていること。物知り。

※ガイデル・キリア・ク・ロマーリア8世
これは公式のフルネームです。

※マローヌ・デ・スメリア(ちょっとネタバレ)
68話「捕食者たちの私室 紅 その五」で紹介したかもしれませんが、公式に設定されているスメリア王「マローヌ」に私が勝手に「デ・スメリア」を足しました。

以下がちょいネタバレ&補足です。
マローヌ王はアークと血縁にあるので、本来なら「マローヌ・エダ・リコルヌ」とならなきゃいけないのかもしれませんが、それだとヨシュア(アークの父親)一家が王族の血筋を隠し、人目を避けて暮らしているという設定が強調されなくなってしまうと思ったので(アークが王様に謁見する場面もありますし)、「ラダ・エルタス」というのがスメリア王家の本来の姓にしたいと思います。

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