聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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銀の小魚たち その七

「チョンガラ、読み聞かせはその辺で十分だろう?」

今度こそ青年は商人の悪戯(わるふざ)けを打ち切り、脱線していた話を元に戻した。

 

「これでこの三ヶ所に施設(しせつ)がある理由は皆も理解できたと思う。これを()まえた上で、俺はこれから皆に無理な頼みをすることになる。」

楽士はその嫌な響きに再び顔を強張(こわば)らせ、赤毛の(さむらい)(のど)を焼く酒に旨味(うまみ)を覚え始めた。

「いいねぇ、無理難題は大好物だぜ。」

「い、いったい何をするんだい?」

しかし、先の一年で同じ敵を相手にし続けてきた楽士や他の面々(めんめん)にとって、青年の言う無理難題は何とはなしに予想がついていた。

「今分かっているキメラ研究所、三ヶ所を同時攻略してもらいたい。」

「ホゥ、ってえことはこっからは別行動になる訳だな?」

酒に()ってか、戦いの血が(さわ)いでか。赤毛の口元は今までになく()(あが)っていた。

 

「ほ、本気かい、アーク?!」

楽士もまた、常人(じょうじん)にはない『力』を持っている。その気になれば、十や二十の敵をものの数分で()(はら)うことができる。

だがそれは、相手がただ戦うだけの「(ポーン)」である場合。彼が勇敢(ゆうかん)な「兵士」である場合の話。

鍋の火を電熱(でんねつ)(おぎな)うことができるように、「力」もまた「知恵」で補うことができる。

白鯨(はくげい)に乗る兵士の総数はたかだか5人。船員と怪物を()しても11人。

いくら彼らが歴戦(れきせん)猛者(もさ)であったとしても、単身(たんしん)で百や千の「知恵」を相手にするのは、楽士にとって無謀(むぼう)な作戦としか思えなかった。

 

これまででさえ、5人の超人的な『力』が集結(しゅうけつ)することでようやく切り抜けて戦局(せんきょく)だった。

(ささ)え合い、助け合ってきた。だからこそ生き抜いてこられた。

であるにも(かか)わらず、青年は()えてその『力』を分散(ぶんさん)させる道を選んだ。

楽士にはそれが信じられず、受け入れることができなかった。

 

「これはあくまで施設の()()を第一に考えた作戦だ。敵の殲滅(せんめつ)は二の次だということを留意(りゅうい)して欲しい。もちろん、それでも手に負えないようなら情報収集に(とど)めてもらって構わない。情報収集だけなら今までの『変装』でも問題なくこなせるはずだ。」

(よう)は好きにしろってことだろ?」

赤毛が確認すると、青年は意味深(いみしん)に首を振り、ハッキリと赤毛の()()()指摘(してき)した。

「違う。()()()()()()()()()()、ということだ。」

「…クカカッ。」

青年はより赤毛の好む言葉を選び、赤毛もまた満足げな失笑(しっしょう)で返した。

「でも…、それでも危険だよ。もしも(わな)に掛かっちゃったらどうするんだい?!もしも……、もしも二人とも捕まっちゃったら助けも呼べないよ。」

楽士以外は誰も取り乱してはいない。

()()えれば、ここで一番常識的な反応をしているのはむしろ彼を()いて他にはいなかった。

 

そんな彼の理性を(おか)すかのように、青年は内に()めた熱を言葉に込め、彼に言って聞かせた。

「……ポコ、お前が(いま)だに剣を持つことに抵抗があるのは分かってる。でも、俺たちしかいないんだ。俺たちならできるんだ。この一年がそれを証明してきたじゃないか。」

「……そうだけど。」

「お前の言う通り、俺たちは頭数(あたまかず)致命的(ちめいてき)な弱点を持ってる。でも、だからこそ()()()()()はやっておかなきゃいけないんだ。」

「……」

「もう、子どもでいる訳にはいかないんだ。」

 

この一味に入る前、少年は兵隊だった。しかし、彼に剣の素質(そしつ)はなく、楽隊(がくたい)としてでしか役に立つことができなかった。

それでも親に(すす)められた居場所を()ることができず、彼は帯刀(たいとう)し続ける。

 

そんな自分の(から)()(こも)ることしかできなかった少年の前に、オオルリの青年は現れた。

出会ったばかりの彼は剣以前に戦闘(せんとう)そのものを知らず、少年の目から見てもその戦い方は新兵(しんぺい)そのもの。

それでも彼は(ひる)まない。勇気をはき違えた剣筋(けんすじ)(あら)く、危なっかしい。それでも彼は襲いくるゾンビーを次々に薙ぎ倒した。

敵に向ける彼の眼差(まなざ)しは(おろ)かしくも力強い。恐ろしくも(かがや)かしい。

そんな彼が言ったのだ。

「剣がダメなら楽器を使え!」

そうして少年は剣士ではなく、『楽士』としての新芽(しんめ)芽吹(めぶ)かせたのだ。

 

楽器を使って戦う。

前代未聞(ぜんだいみもん)前人未到(ぜんじんみとう)の戦闘員が、彼にとってはまさに「天職」とも言えた。完全無欠(かんぜんむけつ)には程遠(ほどとお)いかもしれないが、「可能性」を感じることができた。自分自身に。

それは少年にとって初めての感覚。初めての喜びだった。

少年の目に、手を()()べる天使が映っていた。

「彼の(そば)に少しでも長くいられたら」

その想いが今の少年を戦場に立たせている。血を()び、死体に見詰められる恐怖に()えられている。

最近は、青年の鍛練(たんれん)に付き添い、剣の練習もしている。

「ただ傍にいるだけじゃダメだ」

「彼と同じように強くならなきゃ」

彼の(となり)(ふる)う一振り、一振りに楽士は青年との(ちか)いを繰り返し(つぶ)いた。

 

「……そうだよね、ゴメンよ。」

だからこそ恥ずかしかった。ついつい昔の自分を()でてしまう自分が。

「心配するな、ポコ。お前が捕まったら俺がイの一番で助けに行くよ。」

「……本当かい?」

「ああ。それとも、俺が迎えに行かないほど薄情(はくじょう)な奴に見えたか?」

「……そんなことないよ。」

青年は、常々(つねづね)不思議に思っていた。

「ありがとう、アーク。」

「音楽家」という長所を(のぞ)けば、ポコ・ア・メルヴィルは普段、今一つパッとしないナヨナヨとした男だった。

赤毛の侍のように威勢(いせい)が良い訳でもなければ、僧兵(そうへい)のように威風堂々(いふうどうどう)としている訳でもない。

それなのに――――。

 

――――同じ戦場に立っているはずなのに。

――――同じ敵を見て、同じ死体を見てきたはずなのに。

少年の微笑(ほほえ)みは(いま)だに洗い立ての羊毛のように白く、柔らかい。

それはまるで、彼らの傷を(いや)すためだけに舞い降りた天使であるかのような、血に(けが)れない美しさを(たた)えている。

それは、美しいと思える一方で、ついさっき商人の話した魔女にもどこか通じるものがあるように思えてならなかった。

 

「どうだろうな。アークは足が(おせ)えからな。もしかしたら俺の方が先に助けちまうかもしんねえぜ?なあ、ポコ。」

「……?」

唐突(とうとつ)な赤毛の横槍(よこやり)は青年だけでなく、その場にいた全員を困惑(こんわく)させた。

「……クク、どうしたトッシュ。(がら)にもない。ポコ相手に嫉妬(しっと)か?なんなら、(ゆず)ってやろうか?お姫様はお前のものだよ。」

話しがキレイに落ち、意表を突いた異色(いしょく)漫才(まんざい)に一同は大声で笑わずにはいられなかった。

「そ、そんなんじゃねえ!テメエら、ヤメやがれ!オラ、(たた)()るぞ!!?」

「ククッ…、悪かった。トッシュ、悪かったよ。」

青年が止めに入らなかったら、酒で真っ赤になった猿は一人ふたり斬ったかもしれない。その様子がまた、仲間たちを喜ばせた。

「当たり前だ。誰が捕まったって、俺たちは死に物狂いで仲間を助ける。だから今もここに立っていられるんだ。そうだろ?」

「……フン。」

乱暴に腰を下ろした猿は(あお)ぐように徳利(とっくり)(かたむ)け、(あか)(ぱじ)を忘れようと滝のように酒を流し込んだ。

 

しかし、(いく)つかあった脱線(だっせん)が、()()めたの緊張(きんちょう)丁度(ちょうど)良くほぐしてくれていた。

本心では躊躇(ためら)っていた青年の「死刑宣告(しけいせんこく)」とも取れる過酷(かこく)な作戦も、「自分たちならやれる」そう全員に自信を持たせることができた。

「フォーレスをゴーゲン。ロマリアをトッシュ。そして、アルディアを俺が()()とす。」

助け合い、支え合う姿は千差万別(せんさばんべつ)

血を流し合う反面、皮肉(ひにく)を言い合い、笑い合うことが、彼らの命を(つな)()めていた。

彼らの間にだけ存在する、彼らを結び付ける「命の輪」。

「一人ひとつたぁ、えらく気前(きまえ)がイイじゃねえか。」

それはどんなに遠く、離れていようと切れることのない固い、固い(きずな)で出来ていた。

 

 

「……あの、ボクは?」

ここまでお膳立(ぜんだ)てされていて、自分の名前がないことに楽士は拍子(ひょうし)()けしていた。

しかし、もちろん彼だけが特別(あつか)いを受けているということはなく―――、

「ポコにはまた別の作戦に()いてもらう。」

「ぼ、ボクだけ?」

青年は(うなず)くと、何かの建物(たてもの)の見取り図を彼に渡した。渡されたその図面はどこかで見た覚えがあり、楽士は(まゆ)を寄せ、思い出すことに(つと)めた。

そして、はたと思い出すのにそう時間は()からなかった。

「……これ、もしかして、パレンシア城かい?」

パレンシア城、それは先代スメリア国王が玉座(ぎょくざ)を置いていた城であり、この一味を日陰(ひかげ)()()った城。

そして、彼にとってはこの一味に入る前の古巣(ふるす)でもあった。

 

「さすがだな。図面が頭に入ってるなら話は早い。トウヴィルの女官(にょかん)(さら)われた話は知ってるな?」

「……うん。」

トウヴィルはパレンシア城が治める国、スメリアの領土(りょうど)(ない)にある古い村。オオルリの青年の故郷(ふるさと)

そして今は彼らの最重要拠点(きょてん)であり、この世界で唯一(ゆいいつ)の”聖域(せいいき)”とも言える村だった。

精霊の力を借り結界を張ったその場所から、敵はどのようにしてか村の神殿(しんでん)(つか)える女官たちを拉致(らち)していた。

「どうやら彼女たちもキメラの実験体にされるかもしれないという情報が入ったんだ。」

「……そんな。……もしかして、ボクが彼女たちを助けるのかい?」

「今、トウヴィルにはククルもいる。どんな形であれ、彼女への負担(ふたん)は最小限に(おさ)えなきゃならないんだ。……分かるな?」

自分の肩に十人の若い娘の命は重過ぎる。けれども、顔見知りの彼女たちが(みにく)(ゆが)むかと思うと……。

「ここが正念場(しょうねんば)だよ」楽士は寄り添う少年を(はげ)まし、皆の待つ場所へ一歩踏み出す決意を固めた。

「ボクにできるかな……。ねえ、アーク、ボクにもできるかな?」

そのくぐもった声の先には太陽があった。「弱気」という名の雲に隠れた少年の、小さくも(まぶ)しい「勇気」が。

「じゃなきゃお前に頼んだりしないよ。」

青年は、太陽を隠す雲をソッと取り払うように優しく(さえず)った。

「……やれるんだ。ボクにだって……。」

楽士は仲間と(くら)べて随分(ずいぶん)と小さい自分の手を見詰めた。

小さくてもそこにはオイルの()みがあり、幾つものタコがあった。ただただ赤ん坊のように白く、柔らかだった一年前とは違う。

「……ボク、やるよ。」

誰にも聞こえない小さな声で、けれども決して(こわ)れないよう少年は固く、固く(つぶや)いた。




※悪戯け(わるふざけ)
当て字です。

※駒(ポーン)
ここでの「ポーン」はチェスの「歩兵」を指しています。

※湛える(たたえる)
液体などをいっぱいに満たす。ある表情を浮かべる。感情を顔に表す。

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