この素晴らしい世界に祝福を! オラ隣町さ行くだ   作:Z-Laugh

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第九話

 領主の屋敷での戦闘が済んで数時間、陽が沈みかけて足元には長い影が付いて来ている。屋敷の人達、めぐみんとダクネスは先の戦闘で疲弊し切っていたのでそのまま休ませておき、俺は一人屋敷の周りをパトロールしていた。屋敷の周囲は既に原形をとどめていないゴキブリの焼死体がアクアの魔法によって深いぬかるみになった地面に沈み始め、あのゴキブリが焼ける嫌な臭いも風に流されてすっかり消えてしまい戦闘の痕跡は消えつつあった。

「今日はもう来ないでくれよ」

 そんな独り言を漏らしながら屋敷の周りを一周し終わって屋敷の正面に戻って来た時である。俺の敵感知に反応があった。物凄く強い反応、これはエライオンか!?俺は千里眼スキルを使って町の方を見てみると、そこにはエライオンが足元に沢山のゴキブリを連れてこちらに歩いて来ていた。俺は急いで屋敷に飛び込んで

「敵だ!エライオンが来たぞ。みんな戦闘準備をしろ」

 そう叫んでから踵を返して再び屋敷の正面に立つ。疲れを誤魔化しながらワラワラと屋敷の人達が中から松明と弓矢を持って出てくる。そして多分二階の部屋にいたのだろう、アクアとダクネスが遅れて俺の横にやって来た。

「エライオンが来たのか」

「ああ、しっかりゴキブリを引き連れてな」

「なら先手必勝ね。まずはゴキブリだけでも水で洗い流してあげるわ」

「ヤメロ!今はめぐみんが魔力を取り戻すまでの時間を稼ぐのが最優先だ。防御に徹して時間を稼ぐ為にまずは様子を見るぞ」

「そうだアクア、焦る事はない。お前のおかげで屋敷の周りは水浸しでぬかるんでいるからゴキブリどもも簡単には寄って来れない筈だ。向こうの出方を見よう」

 エライオンがスキルなしで認識できる距離まで近づいてくると屋敷の人達が火矢の準備を始める。この中に弓矢を使った事がある人間がどれだけいるか分からないが下手な弓矢も数打てば当たる筈だし、一本でもゴキブリ共に引火させる事が出来ればそれが燃え広がってゴキブリの進軍を止める事は出来る。今は質より量が必要だ。もちろん俺も火矢の準備をしてゴキブリを迎え撃つ準備をする。あわよくばエライオンを狙い撃ちたい所だが、下手に弓矢を放っても油の壁に阻まれてエライオンには矢は届かないだろう。だができる準備は全てしておかないとと覚悟を決めているとエライオンは屋敷を取り囲むぬかるみの近くまでやって来て大声で

「サトウカズマ、最後通告だよ。私とパーティーを組みな。そうすれば私は魔王軍を辞めてこの町からも出て行ってやる」

「え?」

 あいつも本音はこんな事をしたくないのか?だから俺とパーティーを組む事を諦めてないのか?ならまだ説得の余地が残っているのかと期待をしてしまったのだが、エライオンのこの言葉を聞いたダクネスが

「カズマ、エライオンとパーティーを組むとはどういう事だ?」

「カズマがエライオンを甘やかしちゃって、あの子を私達のパーティーに入れるって言っちゃったのよ」

「なんだと!」

「ちょっとまてアクア、確かに言ったがそれだけじゃないだろ」

「カズマ、私とめぐみんに相談もなしにそんな重要な事を決めていたのか」

「ホント、カズマって自分勝手よね」

「先輩面してエライオンを逆切れさせた奴に言われたくねえよ。ダクネス、その事は後でちゃんと説明するから」

「・・・わかった、必ずだぞ」

 ダクネスはそう一言言うと俺の前に立って両手を広げ、ぬかるみ越しにエライオンと対峙した。それを見たエライオンは

「あっそ・・・そっちがその気なら本気で行かせて貰うよ『クリエイト・オイル』!」

 エライオンが両手を前に突き出して俺達に向かって大量の油を発生させた。しかし、それに反射する様にアクアが

「『クリエイト・ウォーター』!」

 ほぼ同じ量と思える水の塊をエライオンの油の塊にぶつけた。ダクネスも屋敷の人達も始めて見るアクアとエライオンの魔法のぶつかり合いに驚きの声を上げ始めた。

「――スゴイ!流石はサトウカズマ様のパーティーのメンバーだ」

「――エライオンの力に真っ向勝負を挑むなんて、なんて凄いアーク・プリーストだ」

「――頑張れアクア様」

 大量の水と油の塊がぶつかり混ざる事なく押し合っているという現実離れした光景を目の当たりにした屋敷の人達は驚きの声を徐々にアクアへの歓声に変え始めたのだが、その間にもまたエライオンの油の塊がアクアの水に冷却されて白く固まり始めて高い油の壁になっていく。油の壁が見上げる程の高さになり、その幅も屋敷の正面の道と同じ位になった頃、白い油の壁の向こうで油のしぶきが上がるのが止んだ。多分エライオンが油を出すのを止めたのだろう。アクアのそれを感じたのか水を出すのを止めて様子を見始めたのだが次の瞬間、

 

 ドォォンッ!

 

 大きな音と共に先程よりも強い油のしぶきが目の前にある白い壁の向こう側に上がり始めた。自分で作った油の壁にさらに油をぶつけてどうするつもりだ?アクアも白い油の壁の向こう側でしぶきが上がるだけで、こちら側に油が飛んでこないから様子を見ていたのだが

 

 ・・・メキ

 

「・・・何の音だ?」

 誰ともなく鈍くモノが壊れそうな、きしむ音に気付いて声を上げた。

 

 ・・・メキメキ

 

「か、壁が・・・」

 

 ・・・メキメキメキ・・・バキッ!

 

 断末魔の様な音を立てた白い油の壁はエライオンの油の波に押されて、その根元にひびが入り始めて徐々にこちら側に傾いてきた。アクアのそれに気付いて白い壁を押し返すべく水を放射したが間に合わず、それどころか壁の破壊に手を貸してしまったかのように白い油の壁は一気にこちら側に倒れ、派手に泥しぶきを上げた。

「さあ、お前たち。屋敷の人間どもを蹂躙してやりな」

「ま、マズい。みんな屋敷の中に逃げろ!」

 白い油の壁がぬかるんでいた地面の上に倒れてゴキブリどもがこちらに渡って来る為の橋になってしまった。油の上なのでゴキブリどももそう早くは動けないが確実に屋敷に向かって押し寄せ始めた。エライオンが固まった油の壁に油を放射したのはこの為だったのか。

「アクア、下がって倒れた油の壁の前に水をまけ。ゴキブリを屋敷に侵入させるな」

「ちょっとカズマ、エライオンを攻撃させてよ。じゃなきゃゴキブリどもを水で押し流させて」

「無駄だ。それをやろうとすればエライオンがお前の水に油をぶつけて来て同じ事になっちまうだろ。今は引くぞ」

「けど・・・」

「大丈夫だ、かなり危ない方法だがゴキブリどもを敷地内に入れない方法があるから早く水を撒いてくれ」

 倒れた壁の向こうで得意気なエライオンを見ながらアクアは歯噛みをするが俺の言う通りに倒れた壁の周りを水浸しにすると

「これでいいの?次の手があるならさっさとやっちゃってよ」

「わかってる、アクア、俺達も屋敷に逃げるぞ」

「ちょっと、屋敷に戻っちゃったらエライオンに反撃できないじゃない」

「うるさい、いいからこっち来い」

 俺はアクアの手を引いて屋敷の玄関に入るとドアを閉め切らず、その隙間から

「狙撃!」

 倒れた白い油の壁に向かって火矢を放った。

「ちょ、ちょっとカズマ。そんな事したら・・・」

「わかってる。みんな伏せろ!耳をふさげ!爆発するぞ!」

 俺は大急ぎで玄関のドアを閉めようとすると、その隙間からはエライオンもこちらに背を向けて逃げ出し始めていたのが見えた。そしてドアを閉めて石造りの屋敷の壁に影に隠れると

 

 ドッカーーーーーーン!

 

 鼓膜が破れる様な大音響と共に屋敷全体が震え、窓ガラスや玄関のドアが破れて部屋の中に吹き飛んできた。あれだけ大きな油の塊に火を放てば当然の結果だよな。大音響と爆風が収まると俺は立ち上がって外の様子を見に出ると、屋敷の前には未だに残っている油が所々で燃え盛っていて、足元には爆風に吹き飛ばされたゴキブリがブスブスと燃えていた。振り返って屋敷を見てみると屋敷の壁には無数の黒い染みが付いており近づいて染みの正体を確認すると、それは潰れたゴキブリだった。どうやら俺の狙い通り倒れた油の壁に火が着いて大爆発、結果それを渡ろうとしたゴキブリどもは一網打尽、エライオンも爆発の火の粉が自分の振りかかっては堪らないと逃げ出していった。コレなら今日の内に再度、攻撃を仕掛けて来る事はないだろう。油が全部燃えきったらアクアにまた水を撒いて貰って屋敷の周りをもう一度ぬかるみ状態にして貰おう。そう算段しつつ屋敷の中に戻ると中では

「ヒール」

 アクアがせっせと爆発で怪我をした人達の治療をしていた。俺は領主さんの前に行き

「すみません、とっさの事とは言え屋敷をこんな風にしてしまって」

「・・・止むを得ないです。あのまま手をこまねいていたら屋敷のみんなはゴキブリに蹂躙されエライオンの成すがままになっていたでしょう。ご尽力感謝いたします」

「・・・さっき、エライオンが攻めて来た時・・・ゴキブリの数が随分少なかった様に思います。多分、残りの数が少なくなってきているんじゃないかと」

「そういえば・・・屋敷を取り囲むほどの数ではありませんでしたな。という事は・・・」

「こちらもダメージを負いましたが、向こうも無傷ではありません。まだまだ予断を許さない状況ですが悲観し過ぎる事も無いと思います」

「そうですな、少なくともゴキブリを使っての嫌がらせがなくなるだけで皆、喜ぶでしょう」

「とにかく外の油が燃え尽きるまでの間、屋敷の中を片付けましょう。俺も手伝います」

 

 

「あ~~っ、疲れた。流石にもう限界よ」

「サンキュウなアクア、今回はお前に頼りっぱなしだ」

「ホントよ、エライオンの説得と魔法防御、それに屋敷周りに水を撒いてから屋敷の中の怪我人の手当て。これだけの事を一日でやると流石に魔力が尽きてくるわね」

「私もクタクタだ。取っ組み合いの戦闘以上に疲れてしまった」

「屋敷の後片付けを手伝えなくて申し訳ありませんでした。少しでも体を休めたかったもので」

「ダクネスもめぐみんもよくやってくれてるよ。今回は三人とも大したもんだ」

 俺達は屋敷の後片付けを終えた後、夕食を摂り俺の部屋に集まっていた。もちろん今後の事について話す為だ。めぐみんとアクアは横になり、ダクネスは壁にもたれて座りながら胡坐をかく俺に話し掛けて来ていた。

「で、カズマ。明日以降、いや下手をすれば今夜深夜にエライオンが攻めてきたら、どうするつもりだ?」

「領主さんに話したんだがエライオンの眷属のゴキブリの数が相当減っているみたいだ。だからゴキブリ対策よりエライオンの魔法対策を考えつつ、あいつの事を捕まえるか、足止めしてめぐみんの爆裂魔法を直撃させたい」

「しかし、私はまだ爆裂魔法を打てるほど魔力が回復していませんよ。ダクネスが言った様に今夜深夜に攻めてこられたら対処できません」

「その心配なら必要ないと思うわ。この私ですらこれだけ魔力を消耗しているのよ。エライオンだってそう変わらない筈だわ」

「だとすると今晩、エライオンが攻めてくる心配はなさそうだな。ならいっそ、深夜にこっちから攻めて行ってアイツの捕り押さえちまうか」

「それイイわね」

「しかし、たとえアクアの言う通り魔力が底を尽きかけているとしても危険過ぎないか。だったら各種防御スキルを持っている私がエライオンを取り押さえよう。カズマでは一瞬で灰にされてしまう可能性がある」

「けど俺は盗賊スキルの潜伏、敵感知それとパインドが使えるからエライオンにコッソリ近づいて少し距離空けた状態でもアイツを縛り上げる事が出来るぞ」

「しかし、もし気付かれたらどうするつもりだ!」

「それはダクネスだって同じだろ!」

「二人とも冷静になって下さい。どう考えてもカズマかダクネスの単独でのエライオン捕縛は危険過ぎますね」

「なら私が一緒に行ってあげるわ。カズマとダクネスに火が着きそうになったら私が消してあげる」

「そうなるとアクアの魔力の回復を待たないといけないし深夜に攻めるのはナシだな。やっぱり今晩はしっかり休んで、アクアとめぐみんの魔力の回復を待ってから攻撃をしよう」

「そうなるとおのずと役割が決まってくるな」

「ああ、俺とダクネスはエライオンを捕まえるか足止めをする。アクアはそれに付いて来て俺とダクネスの支援、めぐみんは・・・そうだな俺達と一定の距離を空けて付いて来て、もしエライオンを足止めできたら爆裂魔法を放つ。こんな感じか」

「そんな状況で爆裂魔法を放ったらみんなが巻き込まれる可能性がありますが大丈夫ですか?」

「めぐみんの爆裂魔法が作るクレーターの半径はおよそ二・三十メートル、人間の足でその距離を全速力で走れば三・四秒くらいだ。爆裂魔法を放つ瞬間は俺が合図するからめぐみんはギリギリまで我慢しててくれ」

「だったらカズマもダクネスも私と一緒の方向に逃げてよ。じゃないと爆裂魔法の炎が引火した時に助けてあげられないわ」

「わかった、カズマの言う通りにしてみよう。ただ明日はエライオンが動き出す前にこっちから攻め込もう。これ以上シルフィール卿の屋敷や、ここにいる人達を巻き込む訳にはいかない」

「そうだな。どうせ街中は無人なんだし、その方が思い切りやれそうだ」

「どちらにしてもかなりの被害が出そうですけど、その方がまだマシかもしれませんね」

「じゃあ今日はもう休もうぜ。明日は夜明けとともに行動開始のつもりでいてくれ」

 俺は三人にそう言って立ち上がる。

「カズマ、どこに行くの?ここが自分の部屋だって忘れちゃったの?」

「領主さんと話してくる。俺達が明日何をやるか知っておいて貰わないと困るからな」

「なら私も行こう。シルフィール卿に失礼があってはいけないしな」

「では私とアクアはお先に休ませていただきます」

「そうね、サッサと寝ちゃいましょう」

 そうして俺とダクネスは領主さんの部屋へ、めぐみんとアクアは自分の部屋へと向かったがあの二人の後ろ姿、特にアクアの様子はいつもと全く変わってなくて大きな欠伸をかきながら部屋に戻る姿は不思議と心強かったりした。

「カズマ、どうした?」

「いや、アクアが余りにも普段通りなんで呆れるやら、心強いやらでな。アイツ、ホントに大物だぜ」

「確かにな、明日の作戦はかなり危険が伴うものだから相応の覚悟が必要だ。しかし、これはパーティーの前衛職の宿命みたいなものだから私はとっくに覚悟が出来ているぞ」

「なんだよ、じゃあビビってるのは俺だけって事か」

「多分な、めぐみんだってもう腹は括っていると思う・・・しかし、不安や戸惑いがない訳ではないと思う」

「どういう事だよ」

「もし自分の魔法が私達に当たったらというプレッシャーはあるんじゃないか」

「・・・せっかく足止めしたエライオンに爆裂魔法を命中させられなかったらとかな」

「そういう事だ。だから昔から結果を考え過ぎてしまう神経質な人間は英雄にはなれないみたいだ。英雄と呼ばれた人達はずぼらだったり呑気な人が多かったという話だ」

「へぇ、そんなモンなのか」

「それと・・・臆病者が多かったみたいだ。実家にある沢山の英雄譚を読んでみると分かるのだが大きな戦いの前には必ずと言う程、葛藤したり不安になった事が告白されている」

「英雄ってヤツは案外、普通の人間なんだな」

「そういう意味ではカズマは立派な英雄候補だ。これでもかなり当てにしてるんだぞ」

「いらんプレッシャーを掛けないでくれ」

「あの二人も同じ気持ちだと思う・・・それと絶対死ぬなよ。それも同じだからな」

「当たり前だ。折角、金持ちになって人生チート状態になったのに楽しむ前に死んでたまるかよ」

「カズマ・・・前から思っていたのだが・・・お前が使う“ちーと”とはなんの事だ?」

「そっか、アクアはともかくダクネスは知らないか。チートって言うのはな・・・」

 そんな話をしながら領主の部屋に行き、俺達のプランを話して聞かせると

「わかりました。ここにいる人間や屋敷に気を使っていただいてありがとうございます。明日は町の損害を気にせず戦って下さい。そして必ずエライオンを倒して下さい」

「はい最善を尽くします。もし明日俺達が負けたら・・・」

「おいカズマ、負けた時の話なんかするな」

「いやダクネス、これは凄く重要な事だ。むしろこれを話しに俺は今夜この部屋に来たと言っていいくらいだ」

「うかがいます」

 重い空気の中、領主さんは俺の話を聞く為に少し前のめりの姿勢になる。ダクネスはちょっと不満そうな表情をしてから溜息一つついて、黙って話を聞く態度になってくれた。

「明日俺達が負けたら・・・屋敷も町も捨ててアクセルの町に向かって下さい。エライオンがクラッチを占領する目的はここを魔王軍の前線基地にする事なんです」

「「え!」」

「そして魔王軍の兵士をここに駐留させてから次はアクセルの町を滅ぼし、その後は背後から王都を狙うつもりでいます」

「なんだと!だったら今すぐお父様に知らせないと。アクセルと王都に警戒するように連絡しなくては」

「慌てるなダクネス。それをするのは俺達の負けが決定してからで十分だ。それまでは俺達がエライオンを倒して魔王軍の計画を失敗に追い込む事に最善を尽くすんだ」

「しかし・・・」

「問題は俺たちが負けた時、パーティーメンバーは死んでいるか瀕死の状態か、良くて動けない状態です。ですから、領主さんはヤバいと思ったら屋敷の人を連れてアクセルの町に逃げてダクネスの親父さんに助けを求めて、今の話を話してあげて下さい」

「しかし、それではカズマ様たちはどうなるのですか?」

「・・・切り捨てて下さい。共倒れよりはマシです」

「本当に・・・それで宜しいのですか?」

 イヤに決まってんじゃねえか!助けて欲しいよ!死にたくねえよ!せめてアクアとめぐみんとダクネスだけでも、いやもっと言えばアクアだけでも助けてから逃げて欲しいくらいだ。そうすれば運が良ければアクアに生き返らせて貰える可能性があるんだからな。けど、それを頼んだらきっと今屋敷にいる人達は全員逃げられず攻め滅ぼされるだけだ。計四回も復活している俺だっていまだに死ぬって事には抵抗がある。命は惜しい・・・けど、やるしかないんだと覚悟を決めてそれを領主に宣言する。

「はい、ですから今晩の内に逃げ出す準備をしておいて下さい。俺達の負けが決定してから荷物をまとめていたら逃げ遅れてしまいます」

「・・・そうですな」

「明日の戦いはめぐみんの爆裂魔法がポイントです。爆裂魔法を爆発音がしてから三十分しても俺達が戻らなかったら、それが負けの合図です。迷わず逃げて下さい」

「わかりました。では今から皆にその話をしてきましょう・・・いえ、もしよろしければカズマ様の口から説明をしていただけませんでしょうか」

「俺がですか?」

「アクセルのみならずクラッチにまで名をはせたサトウカズマ様自ら話して下されば皆も覚悟を決める事が出来ます」

「わかりました」

「なら・・・私はアクアとめぐみんにその事を話しておくから、そっちは頼んだぞカズマ」

 俺と領主さんは一階へ、ダクネスは元来た廊下を戻っていった。一階ではようやくみんなの服が渇いたのだろう、下着姿の人は一人もいなくてみんな横になったり座ったりして体を休めていた。

「みんな聞いてくれ、サトウカズマ様から皆に話がある。心して聞いてくれ」

 領主さんが一階にいる人間を広間に集めるとみんなが俺の前で座り込んで俺に注目をする。そのまなざしは期待と不安が混ざっていて、これから俺が何を話すのかと緊張しているのが手に取る様に分かり、いつの間にか広間の空気が緊迫してしまっていた。勝ち負けの可能性が半々の話、不安要素が大きな話をするんだからせめて俺が胸を張ってないとみんなの気持ちが折れてしまいかねない。俺は両手を腰にやって胸を張るという慣れないポーズを取ってから集まったみんなに領主さんに話した事をそのまま伝えた。すると集まった人達からザワザワと話し声がし始め、それがドンドン大きくなり俺に対する怒号になり始める。

「――なんでそうなるんだよ、しっかりしろ」

「――何しにクラッチに来たの、頼りないわね」

「――畜生、お前なんか頼るんじゃなかった」

 まあ当然の反応だな。俺達がここに来てからたった一日で町を放棄する様に言われたんだから、これまでの頑張りを返してくれと言いたくなるのは当然だろう。俺は顔を下げない様に我慢し、胸を張ったまま集まった人達の声を聞いていたが領主さんが俺の前に来て、

「みんな落ち着いてくれ。これはエライオンと対峙した上で決めた事だ。町の人間ではないサトウカズマ様が私達と私達の町の為に命を賭けてくれるというのに、みんな、なんという情けない態度だ。しっかりしろ!」

 落胆して荒れる人達に喝を入れた。

「家も金も生きてさえいれば、また手に入れる事が出来ます。しかし、死んでしまったら全て終わりなんです。ですから、どうか俺の提案を飲んでください。俺も最善は尽くしますが・・・勝利を確約できない以上これが精一杯の提案なんです」

 俺はやっと我慢していた胸を張る姿勢を解いてみんなの前で頭を下げた。それを受けて領主さんは

「町を捨てるのは私だって辛い。しかし、サトウカズマ様の言う通り死んでしまったら終わりなんだ。みんなすぐに荷造りを始めてくれ」

 俺の態度と領主さんの話で集まった人達は黙り込んでしまったがその内、誰からともなく立ち上がってワラワラと荷造りを始めてくれた。

 

― 続く ―

 


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