この素晴らしい世界に祝福を! オラ隣町さ行くだ   作:Z-Laugh

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第八話

「もう、エライオンの奴」

「ヒデェ目に遭った」

 俺とアクアはクラッチの町からゴキブリと一緒に吐き出されてから町に戻る為にトボトボと道を歩いていた。全身はずぶ濡れの泥まみれで挙句、体中にゴキブリの溺死体が張り付いていた。道脇の木に隠れて一度裸になってクリエイト・ウォーターを使って体の泥とゴキブリを洗い流し、服を絞ってから着直した。

「しかし、逆切れしたエライオンをどうやって倒すかな」

「そんなの私の魔法でやっつけてあげるわよ」

「その自信はどっから来るんだよ?たった今、町から追い出されたばっかりだろ」

「それは・・・ゴキブリが沢山出たからビックリして」

「まあ、エライオンのゴキブリを使う力はともかく、あの油を使う力は厄介だな」

「そうね、アレをまともに食らったら全身が油まみれになって洗うのが凄く面倒だわ」

「そうじゃねえよ、あいつの油はよく燃えるらしいじゃないか。アレを浴びて火を付けられたら骨まで灰にされて復活する事も出来ないらしいぞ」

「確かに流石の私でもそこまでされたら復活させる事は出来ないわね」

「しかもあれだけ大量に油を出す事が出来るなんて、下手すりゃ町全部が消し炭だ」

「それは余計な心配だと思うわ」

「なんで?」

「あの子は元々、火が苦手なのよ」

「火が苦手?」

「そうよ、あの子の周りで下手に火が着いたりしたらエライオン自身が爆発するみたいに燃えちゃうのよ」

「ああ・・・エライオン自身が油の塊みたいなもんなんだな」

「そういう事、そうなるとあの子は自分では火を消せなくてね。昔は私が火を消してあげていたのよ」

「燃える油の塊をどうやって消火したんだ?」

「簡単よ、あの子を大きな水の塊の中に放り込んじゃえばいいの。こんな感じでね」

「こんな感じって・・・お、おいっ!ガボッ・・・」

 アクアは呪文の詠唱もなしに俺に指先を向けると俺の周りに水が発生したのだが、その水は流れ落ちる事なくプルプルと丸い形を保って俺の全身を包み込んでいた。なるほど、ここまで水の中に沈み込んでしまえば燃える油の塊も消火が出来るだろう。俺はアクアの言いたい事を理解した事を頭を縦に数回振ってアピールするとアクアが魔法を解いて俺は水の中から解放された。

「だから学校にいた頃、エライオンは炎の魔法が得意だった私の同級生のサーラマとあの子に着いた火を消せる私には頭が上がらなかったのよ」

「それであんな先輩後輩関係だったんだな。だとするとエライオンは町に火を着ける気はないのか?」

「多分ね、だってあの子は自分で着けた火の後始末を自分では出来ないから」

 エライオンはクラッチの町を魔王軍の基地にしてアクセルを攻め滅ぼし、その後に王都を背後から攻撃すると言っていた。だとしたら彼女にとってクラッチの町は重要な拠点であり、そのインフラを燃やして破壊するのは魔王軍の計画の邪魔になるだけだ。だからさっきアクアが発生させた大量の水から町を守ったのか。そう考えるとエライオンは俺達と戦う上で油を使った攻撃が使えない事になる。まあ俺一人に的を絞った様な攻撃はともかく、町全体を巻き込む様な攻撃はしてこない筈だ。だったらゴキブリを使った嫌がらせ対策をした上でエライオンの身柄を押さえちまえば俺のティンダーで脅すだけで俺達の勝ちって事だな。

「じゃあ、むしろゴキブリ対策の方が優先って事か」

「そうね。けどなんか策はあるの?」

「・・・俺たちの力じゃ防御だけになっちまうな」

「なんでよ、私は先輩の名にかけてエライオンを懲らしめたいんだから何か方法を考えてよ」

「お前のエライオン討伐の目的って微妙に違ってるよな」

「そんなのどうでもいいから、出来ればエライオンがこの先、永遠に私に感謝して頭が上がらなくなる方法がいいわ」

「そんな方法がある訳ないだろ。俺達の攻撃手段はめぐみんのたった一発の爆裂魔法とお前の水関連の魔法だけだ。あとは俺の狙撃スキルくらいでダクネスの攻撃は当たらないんだぞ」

「じゃあ、めぐみんの爆裂魔法をエライオンに直撃させればいいじゃない」

「それが出来たら苦労しねえよ。頭の悪いモンスター相手だったら、おびき寄せてから待ち伏せするめぐみんに爆裂魔法を打って貰えばいいけど今度の相手はそんな馬鹿じゃない。めぐみんが呪文を詠唱したら罠に気付いちまう」

「じゃあダクネスに捕まえていて貰えばいいじゃない。ダクネスの治療は私に任せて」

「それもダメだ。ダクネスがエライオンを抑え込む前にあいつの油を浴びせられてダクネスが灰にされちまう」

「ならカズマの狙撃で・・・は無理よね」

「ああ、お前の洪水クラスの水だって防いじまうんだぞ。俺の弓矢なんて簡単に防いじまうだろ。アクアがいるからゴキブリを防ぐことは出来ても倒す事が出来ないな。とにかく一度、屋敷に戻って何か方法がないか考えてみようぜ」

 

 ドッゴーーーーーーーーーーン!

 

「「!」」

 いきなりクラッチの町中から大きな爆発音が響いて来て大きな火柱がクラッチの町中に立ち昇った。あれはまさかめぐみんの爆裂魔法!?ていうかそれ以外にあんな現象あり得ないだろ。まさか俺達がいない間に領主の屋敷にエライオンが攻め込んで来たのか?俺はアクアと顔を見合わせて大急ぎでクラッチの町に戻る道を走った。大通りはエライオンの油で固められてまともに歩けないので裏道を縫う様に進んでどうにか領主の屋敷の近くに辿り着いたのだが、

「くさっ!なに、この匂い?」

「ゴキブリが燃えてる匂いか!?」

 屋敷の周辺は黒い煙がモクモクと立ち昇り、その火元にはブスブスと燃えている無数のゴキブリの死骸が転がっていた。なるほど、エライオンの眷属なんだから体に油が染み込んでいるんだろう。だから火が着くとこんな匂いを出して燃え尽きちまうんだな。火が収まりつつある場所を選んで歩いて行くと屋敷の正面の道を遮断する様に学校の体育館がすっぽり入るほどのクレーターが出来ていて、その端は溶岩状に赤く熱を帯びていた。これは間違いなくめぐみんの爆裂魔法を放った跡、クレーターを避ける様に領主の屋敷に行くと屋敷を囲んでいた板塀の正面部分が完全に吹き飛んでしまっていて無防備な状態だった。

「みんな無事か?」

「めぐみーん、ダクネース、大丈夫?」

 俺達は屋敷の敷地に入って屋敷の中の人達の無事を確認すると爆裂魔法で吹き飛んできた板塀や柵の破片が散らばる中にダクネスが仁王立ちしていた。

「ダクネス、無事か?」

「ああ、私も後ろにいるめぐみんも無事だ。それより遅かったな、二人がエライオンにやられてしまったんじゃないかと、みんな心配してたんだぞ」

「アクアの奴がエライオンを逆切れさせちまって交渉は決裂だ」

「なによ!先輩の言う事を聞かないエライオンが悪いんでしょ」

「・・・交渉決裂・・・だから、あんなにゴキブリが大挙してきたのか」

「何があったんだ?」

「昼間だというのにエライオンのゴキブリが屋敷に攻めてきたんだが、屋敷の人間に聞いたところによると今までにない規模の攻撃だったらしくてな」

「そんなに沢山!?」

「ああ、屋敷が完全にゴキブリに包囲されてしまったんだ」

「うわ、私そこにいなくて良かった」

「無責任な事を言うなアクア、お前がいなかったせいで私達を含めた屋敷の人達全員で屋敷の東西南北全ての板塀に水をかけて奴らの侵入を防いでいたのだぞ」

「そうだったのかよ。けど、よく人手が足りたな」

「足りなかった、圧倒的な敵の数に私達の防御が追い付かなくなり始めてゴキブリが敷地内に入り込み始めてしまったからみんなを屋敷内に避難させて、めぐみんが

一か八かで爆裂魔法を放ったのだ」

「それでこの有様か」

「ああ、めぐみんの爆裂魔法は強力で広範囲の敵を一網打尽に出来るが屋敷の裏や横に回り込んだゴキブリまでは倒せないと思っていたんだ。しかし、爆裂魔法の衝撃波でやつらは気を失ったみたいだ。それに正面にいたゴキブリどもが燃え始めて、今はその炎が徐々に屋敷の周りの気を失ったゴキブリに広がっている状態だ」

 ダクネスの説明通り、屋敷を取り囲む様に結構な勢いで黒い煙が広がっているのが見えた。取り敢えずはエライオンの攻撃を防いだって事か。けどこの状態じゃ第二波、第三波の攻撃は防げない。これってネトゲのチーム戦で攻撃手段がなくなって支援系のプレイヤーが急にログアウトしたのと同じ状態だよな。だとしたら無理に攻撃に打って出れば全滅するのは目に見えてる。ゲームなら逃走の一手なんだが、いつエライオンが攻めてくるか分からない今、屋敷を出るのは余りに危険過ぎる。なら今は態勢を立て直す為に、少なくともめぐみんがもう一度爆裂魔法を打てるようになるまでの一昼夜の間、屋敷で防御に徹さないとマズい。

「アクア、周囲のゴキブリどもが全部燃えたら屋敷の周りを水浸しにしてくれ、もう屋敷の周りが泥沼状態になるくらいな」

「カズマ、私達はどうする?」

「とにかく屋敷に入ろう、めぐみんの魔力が復活しないと勝負にならない」

「なら以前の様にアクアの魔力をカズマのドレインタッチを経由して分けてやればいいのではないか」

「え~~、またアレやるの?私の魔力はアクシズ教徒の気持ちがこもったモノで他人にホイホイ分けて上げられるモノじゃないのよ」

「今はそんな事を言っている場合じゃないだろう。カズマ、お前からも言ってやってくれ」

「いや・・・それはナシだ。いつエライオンが攻めてくるか分からない状態でそれをやると防御も攻撃も中途半端になる。今は防御に徹しよう。アクア、水撒きヨロシクな」

 動けないめぐみんをダクネスが背負って屋敷の中に入ると玄関、廊下をはじめとする空いているスペースに大勢の人が男女の区別なく下着姿でへたり込んでいた。何があった?なんでみんな下着姿?と驚いているとダクネスに背負われているめぐみんが

「ゴキブリから屋敷を守る為にみんなびしょ濡れになって水を板塀にかけてましたからね」

 めぐみんに言われて二階に向かう途中にある応接間を覗いて見ると暖炉の前には沢山の濡れた服が広げてあり誰も彼も、もう恥も外聞もなく体を休めている。そんな人達を掻き分けながら二階の領主さんの部屋に行くと

「おお、サトウカズマ様。お無事でしたか」

「こっちは大変だったみたいですね」

「本当にどうなるかと思いましたがめぐみん様の爆裂魔法のおかげで難を逃れる事が出来ました。それでカズマ様の方はどの様なご首尾で?」

「・・・申し訳ありません。エライオンの説得に失敗しました。やはり彼女を倒すしかない様です」

「・・・左様ですか。となりますと、これからが本当の正念場という事ですな」

「そうなるでしょうね。その上、今回はめぐみんの爆裂魔法でエライオンの眷属のゴキブリが沢山死にましたから、いよいよ本気で攻めてくる可能性が高いです」

「そ、そんな。そんな事になったら、とてもじゃないが防ぎきれない」

「大丈夫です。こっちにはアクアがいます。エライオンとアクアの力は拮抗していて、こちらが向こうにトドメをさせない様に、向こうもこちらにトドメを刺す事が出来ません。取り敢えずはめぐみんがもう一度爆裂魔法を打てるようになるまで魔力の回復を待ちます」

「それにはどれほどの時間が?」

「丸一日、一昼夜は必要です」

「丸一日・・・本当にそんな長い時間、エライオンの本気の攻撃を防ぎ切れるのですか?それに防御だけでは奴を倒す事は出来ません。何か手はあるのですか?」

「方法は二つ・・・エライオン自身を捕り押さえるか、めぐみんの爆裂魔法をエライオンに直撃させるかです・・・しかし、その方法を思い付かなくて」

「そ、それではクラッチの町はどうなってしまうのですか。あなたは魔王軍の幹部を四人も倒した冒険者なのでしょ。何とかして下さい」

 領主さんが俺に掴み掛って俺の無策ぶりを責め立てる。そりゃ、藁にもすがる思いで求めた助けがこんなんじゃ怒りもするし、呆れもするだろう。俺は領主さんに揺さぶられるまま何も言えなかったのだが

「シルフィール卿、落ち着いて下さい。まだ負けた訳ではありません」

「ダスティネス卿・・・そうは言われても、この状況では」

 ダクネスが俺と領主さんの間に入って一旦、俺と領主さんを引き離した。

「敵も決め手がない以上、これからは持久戦になり先に諦めた方が敗者です」

「・・・はぁ・・・その通りですな」

「シルフィールさん、これからは水で敷地を守るのではなくて火矢でゴキブリどもを焼き殺しましょう。確かに数が多くてキリがない様に感じますが少しずつ確実に敵の勢力を削っていきましょう。向こうの眷属だって無限じゃありません」

「カズマ様、その様な事をしてエライオンは怒ったりしないのですか?」

「もう怒ってますよ。だったら徹敵的にやるしかありません。今、アクアに屋敷の周りが泥沼になるくらいに水をまかせています。その向こうにゴキブリが押し寄せてきたら火矢で攻撃しましょう」

「・・・そうですな。わかりました、みんなに弓を持たせましょう。あと松明の用意もさせます」

「お願いします」

 気を持ち直した領主さんが部屋を出て行くとめぐみんを背負ったままのダクネスが

「カズマ、本当にめぐみんの爆裂魔法をエライオンに直撃させる方法は何も無いのか?」

「相手は獣の類のモンスターじゃない。状況を判断できる知性を持った元・女神だ。中途半端な罠を張ったくらいじゃ引っ掛かってくれない」

「カズマ、お願いです。どうにかしてエライオンを私の前で十秒・・・いえ五秒でいいので足止めして下さい。そうすれば私が必ず爆裂魔法を命中させて見せます」

「めぐみん・・・わかった、何か方法がないか考えてみる」

「頼んだぞカズマ。お前が何か思いつくまではアクアを中心に何としても屋敷の防御を持たせて見せるからな」

「ダクネス、お願いします。私は一刻も早く魔力を復活させますから」

 二人はそう言い残して部屋を出て行き、俺は領主さんの寝室で一人きりになった。どうする?どうやってエライオンを倒す?クラッチの町に戻る途中に考えたエライオン自身を取り押さえるのは実質不可能だ。もしそれをやろうとすれば間違いなくそれをやった人間はエライオンの油を浴びてしまい最悪、燃え尽きて灰になってしまう。なら、少なくとも同士討ちに出来るのではとも思うのだがアクアの話ではエライオンは昔、自分自身に火をつけられた経験があるらしい。なのに今現在、彼女はピンピンしている。この事実から推測できる事は

「エライオン自身は炎の犠牲になっていない」

ランプやロウソクの芯の様に本当なら数分もしない内に燃え尽きてしまう只の紐が何故、あれ程長い時間燃え続けていられるのか?それはランプなら油、ロウソクなら溶けたロウを芯が吸ってそれらが芯の代わりに燃えているからであって、実は芯自体はあまり燃えていない状態なのである。それと同じでエライオンは体中から油を大量に発生させて、それに火が着くと自分では消せないものの自分に被害が及ばない様に油を発生させ続けているに違いない。だとすれば誰かがエライオンに火の着いた松明か何かを持って特攻を仕掛けても犬死にしてしまうだけだ。

「やっぱり、爆裂魔法しかないか」

 しかし、どうやってあのエライオンを足止めする?下手な挑発に乗ってくるとも思えないし逆にこっちからエライオンを追いかけたり、追い込んだりする方法がない。唯一の方法と言えばエライオンが可愛がっている眷属のゴキブリを殺し続ければ彼女自身が屋敷の近くまでやって来る可能性がある。そうすればあるいはめぐみんの爆裂魔法を命中させる事が出来るかもしれないが元・女神のエライオンが爆裂魔法の詠唱に気付かないなんて事があるのだろうか?魔力の感知についてはアクアを見ていれば元・女神の力というのが嫌と言うほど解る。きっとエライオンはめぐみんが爆裂魔法の詠唱を始めたらサッサと退却してしまうだろう。おびき出すにしてもやはり、その後めぐみんが爆裂魔法を放つまでの間、エライオンの気を何かに逸らしておく必要がある。アクアと魔力でタイマン張らせて、その隙を突く?いや、これは最悪の場合アクアが爆裂魔法に巻き込まれてしまう。アクア自身が死んでしまったり瀕死の重傷を負ってしまったら、それこそ支援系スキルキャラが先にリタイアという本末転倒な話になってしまう。だとすればエライオンの気を引く役目は俺かダクネスがやらなくてはならなくなる。ダクネスにそんな器用な真似できるか?無理だろうな・・・となると、

「やっぱり俺がやるしかないのか」

 アクセル町を出発する時にバニルが言っていた事はこの事だったのか?けど他に方法を思い付かないまま、いたずらに戦闘を長期化させる訳にいかない。今はまだエライオンが一人でクラッチ占領を企んでいるが、もし彼女がそれを難しいと判断したら早めに魔王軍の連中を呼び寄せて戦局を一気に変えてしまう最悪の可能性もある。こりゃ本当に覚悟を決めないとマズいのかもしれない。

 

― 続く ―

 


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