この素晴らしい世界に祝福を! オラ隣町さ行くだ 作:Z-Laugh
「みなさま、我が町・クラッチを救っていただき本当にありがとうございました」
クラッチの町の領主であるシルフィール卿が俺、アクア、めぐみん、ダクネスに深々と頭を下げたのはエライオンを倒してから三日目の朝だった。エライオンを倒したあの日、俺はエライオンの看護をアクア、めぐみん、ダクネスの三人に任せて一人、領主の屋敷に戻って領主をはじめとする屋敷にいた人達みんなの前で戦果を伝えた。領主のシルフィール卿は俺に痛い程の握手をしてきて、人々は抱き合いながらエライオンの脅威が町からなくなった事を涙を流して喜んでいた。しかし俺はそんな人達の歓喜に冷や水を差すかの様にエライオンが瀕死の状態ではあるがまだ生きている事も伝えた。
「――なんでトドメを差さないんだ」
「――魔王軍の幹部なんか容赦する必要はない、さっさと処刑しろ」
「――お前まさか魔王軍に寝返ったんじゃないだろうな」
当然の様に俺に対してヤジが飛んできたが、それを領主さんが止めて俺に真意を確かめてくる。
「サトウカズマ様、エライオンを生かしておく理由をお聞かせください。それに奴を生かしておいても問題無いと思える根拠をお教えください。でなければ私どもは枕を高くして眠る事が出来ません」
「その心配は当然だと思います」
俺は、にこやかに領主さんにそう答えると
「俺達がエライオンより強いって証明できたからです」
胸を張ってブラフをかまして見せた。唖然とする領主さんや周りの人達、けど俺は構わず話を続ける。
「それに魔王軍はエライオンを倒された事で八人いた幹部が既に三人になってしまっています。これだけ幹部の数が減れば魔王の城から二番目に遠いクラッチの町や一番遠いアクセルの町に攻め込んでくる事はないと思います」
「そ、そうなのですか?」
「ええ、魔王軍は王都を攻める事に主力を傾けています。もし今以上に幹部が王都の近くから居なくなったら魔王軍は自軍の態勢を維持し切れなくなる筈です。だって今の状態で王都の戦力と魔王軍の戦力は拮抗しているんですから」
「なるほど!」
「あと、アクセルの町の冒険者ギルドは魔王軍幹部を倒した後処理をした経験がありますしクラッチの町はそれより何より町の再建が最優先なんですからエライオンの処分に関わっている余裕はないんじゃないんですか」
「それはその通りですな」
「本来なら領主であるシルフィール卿や王都から派遣されてくる役人たちにエライオンの処遇を決めて貰うモノなんでしょうけど今のこの状況では・・・アイツの処遇は俺に、エライオンを倒したパーティーのリーダーであるこのサトウカズマに任せて欲しいんです」
「サトウカズマ様がそこまでおっしゃるなら・・・皆もこの決定に不服はないな」
エライオンの油を全身に浴び、ブーツには彼女の眷属であるゴキブリの死骸が無数にこびり着いている正に今の今まで戦っていましたという今の姿でここまでハッキリ言い切ると例えブラフであっても効果は絶大!俺にヤジを飛ばしていた連中も黙り込んで周囲の人達とコソコソと話し込んで納得していた。
「では納得していただいた所で一つお願いがあります」
「どの様な事でしょうか?」
「この中から誰か一人か数人をアクセルの町へ使いに出して迎えの馬車を寄越して貰う様に言って来て欲しいんです」
「迎えの馬車をですか・・・わかりました、至急使いの者を出させましょう。エライオンを連行するのですから頑丈な檻がついた馬車がいいでしょうな」
「いえ、檻付きの馬車じゃなくて普通の、出来れば六・七人乗れる大きな馬車がいいんですが」
「何故でございますか?エライオンを檻の閉じ込めなくていいのですか?」
「エライオンの能力は魔法と眷属を操るモノです。ですから頑丈な檻に閉じ込めても好き勝手できる状態では意味がありません。アイツが能力を使わない様に目の前で見張る事が一番の連行方法なんです」
「なるほど・・・流石ですな」
そうして領主さんは屋敷の中の人達の中からアクセルの町への使いを選んで馬車の手配をしてくれた。ただ、今のクラッチの町はエライオンのせいで馬が全て逃げ出してしまい魔法使いも出て行ってしまっているのでアクセルまでのお使いが全て徒歩になってしまう。馬車で半日の距離、人の足なら一日かそれ以上かかる距離があるから最短で行きで一日、帰りは馬車に乗って帰ってくればいいけど半日かかってしまう。合計で一日半、まあ二日はかかると見込んで俺は領主さんに町にある空き家を使ってエライオンを見張っておくという建前の元、アクアにはエライオンの看護で付きっ切りで、俺とめぐみんとダクネスの三人は代わる代わるで二日間を彼女の治療に費やした。そして使いの人がアクセルの町から帰って来たのは俺の見込み通り二日後の夕方だった。その頃にはエライオンは意識を取り戻し、爆裂魔法による傷やダメージも完全回復して
「あの・・・いろいろご面倒をお掛けして申し訳ありませんでした」
憑き物が落ちた様に素直に俺達に謝罪をしてきた。
「全くよ!先輩である高貴なアクア様にここまで世話を焼かすなんて万死に値す・・・イタッ!」
「いい加減にしろ!お前のそういう部分がエライオンを追い詰めた事を少しは学習しろよ」
「う~~~」
「エライオン、お前はもうクラッチの町にはいられない。それは分かっているよな」
「は、はい。それは承知してますけど・・・」
「それでお前にはアクセルの町に来て貰う。これは決定事項だから断れないぞ」
「・・・」
「この町の人達はお前に対して凄い怒り方をしているからクラッチから出て行くの一択しかないんだ。下手に町に残ったらリンチに遭う可能性があるくらいだからな」
「それもそうですね・・・けど私、これからどうなるんですか?」
「まあ、アクセルの冒険者ギルドと相談しないと決められないんだが俺に考えがある」
「考え?それってカズマさんのパーティーに入るって事ですか」
「それも考えたが、お前はそれが嫌なんだろ。だから別の手段を考えた。けどそれをするには、まずアクセルの町に戻ってアレコレ相談しないといけないから現時点では俺の勝手な見込みって感じだけどな」
「カズマ、エライオンをアクセルの町に連れて行くのか?」
ダクネスが俺の方針に意を反する様に眉をハの字にして話し掛けてきた。領主の娘としては打ち負かしたとは言え魔王軍幹部という危険因子を自分の親が治める町に連れて行くのは気が進まないどころか純粋に反対なのだろう。
「しょうがないだろ。今言った通りクラッチの町の人達はエライオンに対してスゲー怒り方してるし、何より町の再建が最優先なんだからコイツの処分を任せる訳にいかないじゃないか」
「そ、それはその通りだが・・・」
「それに多分だが、俺の考え通りに事が進むと思うぞ」
「カズマはエライオンをアクセルの町に連れていってどうするつもりなんだ?」
「コイツの事はウィズとバニルに預けてみようと思うんだ」
「あの魔道具店にか・・・なるほど、ウィズならバニルを更生させた実績があるしな」
「まあ、それをするには冒険者ギルドの許可を貰わないといけないし何よりウィズとバニルにOKして貰わないと駄目だけどな」
「ふむ・・・それなら問題無さそうだな」
「あ、あの・・・」
「なんだよエライオン?」
「自慢じゃないですけど・・・私、ぶきっちょだし体力も無いから魔道具店とかのお店で上手く働いていく自信が全然無いんですが」
「エライオン、なに甘ったれた事言ってんの。働かずにどうやってゴハンを食べて行くつもりなの。そんな事じゃ野垂れ死に・・・イタッ!カズマ、そんなにポンポン頭を叩かないで。馬鹿になったらどうすんのよ」
「アクアは黙ってろ!お前のエライオンへのアドバイスはちっとも具体性がないんだよ。そんな説教は今のエライオンには必要ない。今のコイツに必要なのはリアルな
ライフプランなんだよ」
「「「「ライフプラン?」」」」
アクアはもちろんだがめぐみん、ダクネス、更にはエライオンまで俺の発言を不思議そうに聞いていた。
そうして使いの人が馬車に乗ってクラッチの町に戻って来た翌朝、俺達はエライオンをクラッチの町の人達の手前、縛って馬車乗り場までやって来たのだが
「あ、あの~カズマさん・・・これ凄く恥ずかしいんですけど」////
「カズマ、アンタ裸同然の女の子を連れて歩く趣味があったの、本当に最低のゲスっぷりね」
「スティールでパンツを脱がすだけでは満足できなくなったという事ですか。もう本当に落ちるところまで落ちたという感じですね」
「・・・ちょっと楽しそうだな♪」///
「しょうがないだろ!エライオンの服と下着は爆裂魔法で無くなっちまったんだし、空き家にあった服を勝手に貰っちまう訳にもいかない。大体そんな事したら俺達まで泥棒の濡れ衣を着る事になるんだぞ」
「け、けど・・・裸にめぐみんさんのマントだけじゃ恥ずかし過ぎます」////
「だったらカズマの服を貸してあげればいいでしょ。女の子を裸同然で連れ回すなんてどんだけクズなのよ」
「全裸にマント。その上、縛り上げられて・・・カズマは変態の上級職にジョブチェンジが出来るのではないですか」
「私としては裸で縛られた上からマントをかけて欲しいのだが♪」///
「形式上、クラッチの人達にはエライオンが懲らしめられた様子を見せないとマズいんだから馬車に乗るまで我慢しろ。それとダクネス、程々にしないとお前の性癖をクラッチの町で言いふらすぞ」
「「「「酷い!」」」」
体のダメージはすっかり回復して元気になったエライオンであったが俺たちとの戦いで白のキャミワンピとヒモパンを失い全裸になっていたので
「根城にしていた教会に行って着替えを取って来てやるよ」
と話したところ
「自前の服はアレだけで・・・着替えは町の人達を追い出してから適当に盗もうかと・・・」
貧乏暮らしが身に付いていたエライオンは自分の着替えすら持っていなかったのである。俺達に見張られているという名目の看護をされている間は空き家のベッドの布団にくるまって体を隠していたがアクセルの町に移動するのに、まさか布団にくるまったままという訳にもいかず、かと言ってエライオンが言っていた様に空き家を物色して適当に服や下着を盗む訳にもいかなかった。他人の家を家探しして咎められないのはゲームの中だけ!実際にそんな事をしたらエライオンの置かれる状況が更に悪くなってしまうという判断から、渋るめぐみんを説き伏せて彼女のマント一枚でエライオンの体を包み隠し、その上からロープで縛るという恰好をさせざるを得なかったのである。
「いえ、こちらこそお世話になりました。あと・・・街のあちこちを壊したり黒焦げにして申し訳ありません」
「いえ、魔王軍幹部を倒した犠牲があの程度で済んだのはむしろ奇跡に近いと思っておりますのでお気になさらずに。それとかなり時間が掛かるかと思いますが町の再建の目途が立ちましたら、みなさまには改めて魔王軍幹部討伐の褒章をさせていただくつもりです」
「ホントですか!」
「アクアは黙ってろ!折角のお心遣いですがそれは辞退させていただきます」
「シルフィール卿、カズマの言う通りです。私達に払う報奨金があるのならば、そのお金は町の再建に使って下さい」
「サトウカズマ様、ダスティネス卿・・・お心遣い感謝いたします」
「カズマ、そろそろ行きましょう」
「そうだな。では、皆さんお元気で。町の再建、頑張って下さい」
「はい、みなさまもお元気で」
シルフィール卿をはじめとする町の人達に見送られながら馬車に乗り込む俺達。正に町を救ったヒーローとして尊敬の感謝の視線を浴びまくりである。これこそ冒険者生活の醍醐味ってもんだよな。めぐみんの掛け声でアクア、ダクネスがエライオンを馬車に乗せて最後に俺が乗り込もうと思った時、一つ大事な事を思い出した。
「そうだエライオン。お前が町に呼び寄せたゴキブリを町の外まで誘導して放してやれよ」
「・・・わかりました。ゴキちゃんとの別れはつらいですけど」
すると馬車の中でエライオンは何かを念ずるように目を閉じる。すると俺達が乗り込んだ馬車を取り囲む様に沢山のゴキブリが集まってきた。町の人達は最初驚きはしたものの自分達に襲い掛かって来ない様子、そして馬車がゆっくりと動き出してゴキブリの群れがそれについて行くのを見ると破顔して俺達に手を振って見送ってくれた。馬車がクラッチの町の外壁をくぐり町の外に出るとゴキブリどもは馬車について来るのを止めて森や畑の中に紛れて行ってしまった。
「これで問題解決ってとこかしら」
「アクア先輩はお気楽でいいですね。私なんかこれからどうなるか不安だらけなのに」
「そう心配する事はないと思うぞ」
「ダクネス、どうしてそんな風に思うのですか?」
「今やアクセルの町におけるカズマの発言力や影響力は中々のものだ。それは領主の娘である私が保証しよう。多分、父上も冒険者ギルドもカズマのアイデアに賛成してくれると思う」
クラッチの町の人達への建前上、全裸マント状態でさらし者にされていたエライオンと馬車に同乗したいたのだが馬車が町の外に出た途端アクア、めぐみん、ダクネスの三人が俺を馬車の中から強引に追い出したのである。已む無く俺は馬車の屋根の上に寝転がって男子禁制と化した車内の姦しい話に耳を傾けている状態だ。アクセルの町に戻ったらやる事が山積みだな、まあ・・・退屈するよりはマシか。俺は自分をそう説得しながらゆっくりと進む馬車の揺れに身を任せた。
クラッチの町を出て半日後、やっとアクセルの町に戻って来ると馬車を俺達の屋敷に横付けしてそれぞれに分かれてやるべき事をやった。アクアはエライオンを屋敷に入れて仮住まいとなる部屋をあてがう。ダクネスはエライオンが着れそうな服と下着を商店街に買いに行く。めぐみんはウィズの魔法具店にちょむすけとゼル帝を迎えに行く。そして俺はまずは領主、すなわちダクネスの親父さんの所に行ってエライオン討伐成功の報告とその後処理について相談をした。
「ふむ・・・カズマ君がそう言うのなら、それでやってみなさい。王都の方へは私から説明をしておこう」
実にあっさりと賛成をして貰い、その足で冒険者ギルドに同じ事をしに行くとバニルの例もあるし問題無いだろうと至急ギルド内の会議にかけて貰える事になった。そして最後にウィズの魔法具店に行って三度目の同じ説明をすると
「ふはははは、貴様がエライオンを倒す事など三日前はおろか、お前たちが旅立った日の夜に見通しておったわ。しかし、この店の従業員は足りている。貴様の提案に乗る訳にはいかんな」
「バニルさん、一人くらいなら何とかなるんじゃないんでしょうか」
「ウィズよ、貴様の事を見張りつつ商売を拡大、利益を上げる事がどれ程、大変な事か分かっておるのか。これに落ちこぼれ女神の面倒を見るなど見通す悪魔でなくても不可能だ」
「バニル、確かに生活の知恵が足りないエライオンの面倒を見るのは大変だと思うがメリットもあると思ったからこそ、この話を持ってきたんだぜ」
「なに、この店にエライオンを迎え入れる事にメリットがあるというのか?貴様、クラッチの町で貧乳女神に頬へのキスをされた程度で性格はおろかゲスでセコくて計算高いところまで変わってしまったのではあるまいな」
「え?それって・・・」
「エライオンをこの店に迎え入れるメリットというのを聞かせて貰おうか。話次第では貴様の提案を受けてやろう」
「・・・あ、ああ。エライオンをこの店に雇うメリットはズバリ油だ」
「油だと!?確かにエライオンは元は油を司っていた女神。無尽蔵に油を生成できるが」
「あいつの油は凄くよく燃えるんだ。燃料として販売すればかなりの儲けが出せるんじゃないか」
「なるほど・・・燃料としての油の需要は尽きる事はないし、それにその品質次第では食用、薬用などにも転用できそうだな」
「それとエライオンだったら油の宅配サービスだって出来るぜ」
「油の宅配サービス・・・確かに油は液体で重たいから運びにくく宅配サービスが出来れば客は大勢つくだろうが、あの非力な駄女神にその様な事が出来るのか?」
「簡単な話さ。宅配先にエライオンが空のツボやビンを持って行って、人に見られない様に油を生成して容器に入れちまえばいいんだ」
「ふむ、空の容器ならエライオンでも運べるな」
「エライオンは別に贅沢な生活をしたい訳じゃない。人並みに暮らせる給料が貰えれば真面目に働くと思うから油の販売価格の設定さえ間違わなければ充分、店のメリットになるだろ」
「・・・よかろう。貴様の提案に乗ってやる。さっさとあの肉欲を持て余しているクルセイダーの父親とギルドから許可を貰って来い」
― 1週間後 ―
「へぇ・・・これがエライオンの店か」
「あ、カズマさん。まさかこんな事になるなんて思いもしませんでした」
「これでやっと魔法具店の通常営業が出来る。まさか・・・これ程の客が押し寄せるとは見通す悪魔でも予想出来なかったぞ」
魔法具店の隣の建物に小さいながらもエライオンの油屋が開店した。俺達がアクセルの町に戻った翌日からエライオンは冒険者ギルドとダクネスの親父さんの了承の元、ウィズの魔法具店で働き始めた。と言っても店先に立った訳じゃなく、魔法具店の表と中に“油アリ〼”の張り紙をしただけでエライオンは店の裏で待機している状態だったそうだ。そしてそこにやって来た最初の客が冒険者ギルドの職員だった。エライオンの油、魔王軍の元・幹部の生み出すモノが有毒であったり危険なモノであったりしてはいけないと最初に冒険者ギルドがそれを購入して、その晩から使い始めた。もちろん冒険者ギルドの職員たちも色々試した上での事だろうが、その日の晩からギルドの食堂でエライオンの油を灯りの燃料として使い始めたのである。
「――今日は何か明るくないか」
「――灯りの数を増やしたのかな?こんなに明るい部屋初めて」
「――なんかメシや飲み物の色が違って見えるな」
エライオンの油は本当によく燃えた。日頃、充分な明るさだと思っていたギルド内の食堂がいつもよりずっと明るかったのである。しかも燃える際に出る油特有の匂いや煙が今まで使っていたモノよりずっと弱く、ギルドの職員はもちろん食堂に来た客たちにも好評だった。そしてこの噂は瞬く間にアクセルの町を駆け抜けてウィズの魔法具店にはエライオンの油を買い求める客が押し寄せた。
だが、エライオンの油にはもう一つの特徴があった。それは燃費が悪いという事。無論、日用品である油がよく燃えて夜の屋内を明るくしてくれるのは大いに結構なのだが、同じ量を使ってもその使用時間が短いのでは、より多くの油を買わなくてはならないし結果として生活を圧迫する事になってしまう。ところがこれを見越した見通す悪魔のバニルがエライオンの油の価格を従来の油との燃費比率から逆算して従来の油より安く設定したのである。お金の問題をクリアしたエライオンの油は当然のようにアクセルの町になくてはならない物になってしまい店に押し寄せたその来客数、注文数の多さは魔法具店におけるウィズとバニルの通常業務を大いに妨げ、その苦肉の対応策として急遽、隣にエライオンの自宅兼店舗を作ったのである。
「エライオンの油はタダでいくらでも生成できるから価格を安くする事自体には問題はない」
見通す悪魔のバニルが手に腰をやって堂々と宣言する。
「けど、そんなに沢山の客をエライオン一人でさばけるのか?それこそ何かミスをしかねないと思うんだが」
「か、カズマさん。それはその通りですけど・・・あからさまに言わないで下さいよ」
「その心配も不要だ。エライオンのせいで潰れかかっている他の油屋の従業員を雇用する。そうすれば町の失業対策にもなるから、大元の雇用主であるウィズの評判が上がり魔法具店の評判も上がるというモノだ」
「なんだ。新しく従業員を雇ったんだったら俺が提案した宅配サービスも少しやり方を変えた方がいいんじゃないか」
「どんな風に変えるんですか?あんまり難しい事をさせないで下さいね」
「店まで買いに来てくれる客に損した気分をさせると宅配サービスの注文が多くなり過ぎてエライオンの仕事が増えちまうだろ。だから宅配サービス料を別に取る様にすればいいんじゃねえか」
「ふむ、それならフランチャイズ方式で店舗を増やす事も視野に入れてみるか。アクセルの町の東西南北に万遍なく店舗を配置すれば宅配の注文も抑えられる」
「悪魔のクセにフランチャイズ方式なんてアコギな商売方法知ってんじゃねえよ」
「貴様が以前いた世界はこの世界より魔界に近い場所の様だな。貴様の話を聞いていると実に胸が躍る」
「カズマさんが元いた世界ってどれだけおっかない場所だったんですか?」
「エライオン、そういう言い方はやめろ・・・けど、あながち間違いじゃないんだよな~」
まあ、これで今度こそ一安心だな。エライオンは元々、素直過ぎる優しい元気っ子なのだから客からの評判はいいし、隣にはお人よしのリッチーと計算高い悪魔がついていてくれるのだから余計な心配をする必要もないだろう。俺はエライオンに
「じゃあ頑張れよ」
と一声かけて彼女の店に背を向けると
「油を買いに来る時はアクア先輩以外の人が買いに来てくださいね~、お待ちしてま~す」
元気な声で俺を見送ってくれた。大仕事が片付き達成感を感じながら町のはずれの喫茶店を目指す。もちろんそこには
「お~い、助手君。コッチコッチ」
エライオンにも負けない元気っ子バージョンのクリスことエリス様がいた。
「どうだった?エライオンのお店」
「ええ、小さいながらも小奇麗でイイ感じでした」
「あのエライオンが一国一城の主か~、学校に通っていた頃には夢にもそんな事思わなかったよ」
「今の発言、何気に酷くありません」
「い~の!私はエライオンの友達なんだから。お店の方が落ち着いた頃に顔を出してみるつもりだし、それに頼んでおかなきゃいけない事もあるしね」
「エリス様がエライオンに頼み事ですか?」
「うん、アクア先輩やダクネスに私の正体をばらさない様に言っておかないと・・・色々マズいからさ」
「確かに・・・エライオンの事だから釘を刺しておかないとウッカリ話しちゃいそうですもんね」
「そういう事。だからそれについては引き続き助手君も協力してよ」
「それって成功報酬アリですか?」
「タダに決まってるでしょ、お金には困ってなかったんじゃないの」
「けど・・・エライオンの件では報酬貰っちゃったし」
俺はそう言いながらエライオンと戦う前夜に俺の枕元に降臨したエリス様とバニルが言っていた事を思い出しながらあの晩、何かがそっと触れた自分の頬を右手で突いて見せた。
「!」////
クリスは顔を真っ赤にして顔を逸らして黙り込んでしまう。そんなクリスを一通り眺めて楽しみ終わると“俺の寝顔可愛かったでしょ。結婚すれば毎晩見れますよ”という次の言葉を頭の中に用意したのだが、それに先んじてクリスが顔を背けたまま
「サトウカズマさん、今回の件で私はとても驚いた事があるのです」///
いきなりエリス様モードで話し始めたクリスに驚いて口ごもってしまう俺。
「天界には神、魔界には悪魔、そして人間界には人。決して交わらない様にそれぞれが暮らしてきました」///
「・・・」
「そしてそれが壊れると諍いや争いが起きます。それは長い歴史が証明してしまっています」///
「は、はぁ・・・」
「なのに・・・この町は、アクセルの町は人と神と悪魔とが共存して皆が幸せに暮らし、堕天した女神までも受け入れているのです。これは一つの奇跡と言ってもいい事だと思います」///
「奇跡だなんて・・・エリス様大袈裟ですよ」
「ちっとも大袈裟ではありません。アクア先輩や他の神々がどれ程の数の英雄候補をこの世界に送ったと思っているのですか」///
「そりゃ、相当な数なんでしょうね」
「はい、それこそ数え切れないほどの数の人達を送り込んだのです。しかし今の様な状況を作り出せたのはサトウカズマさん、あなただけなのです」///
「・・・俺だけ」
「これは数多の英雄候補や元々この世界で暮らしている人、そして神にも悪魔にも実現できなかった功績なのです」///
「けど、それは運が良かったからで・・・それに俺一人の力じゃないですし」
「世界には大きな流れが存在します。確かにあなたの言う通りあなた一人の力はその流れの中ではちっぽけなモノなのでしょう。しかしコレはあなた無しでは起こり得なかった奇跡なのです」///
短い銀髪、控え目な胸、露出の多い盗賊の服装の可愛い女の子が顔を真っ赤にして横を向いたまま俺に丁寧な口調で滔々と話をする。もう用意していた言葉をすっかり忘れ、何も喋る言葉を思い付けないまま、その神妙で美しい様子に見惚れているとクリスは赤い顔のままこちらに向き直り真っ直ぐに俺を見つめて
「サトウカズマさん、私はあなたを尊敬します」/////
「あ・・・ありがとうございます」///
凄く真剣なエリス様の言葉に俺はしどろもどろになりながら、どうにかお礼の言葉を言ってエリス様から目を逸らして俯いてしまった。こんなの絶対反則だろ、可愛くて綺麗で優しくて真面目で少し怒りっぽくて、そんな女の子にこんな真剣に尊敬しているなんて言われたら、なんかもうコレって俺が想像しているチャラチャラした告白とかを遥かに越える爆弾じゃねえか。俺みたいな引き籠りの童貞野郎にそんな攻撃耐えられる訳ねえだろ。
「フフッ・・・助手君はこう言うのに弱いんだね」
「え・・・」///
明るい、先程までの神妙な口調と比べると随分軽い調子のいつものクリスの口調に戻ったエリス様の小さな笑い声に反応して顔を上げてみると、そこには頬に少しだけ赤みを残してはいたがすっかり余裕の態度のクリスが微笑んでいた。
「これからも、この素晴らしい世界を守る為に力を貸してね。助手君」
「・・・考えておきます」///
すっかりクリスにしてやられた俺は目の前のお茶をすすって彼女の視線をいなしながら、次の仕事の手伝いでは少々の行き過ぎた行為をしてでも絶対主導権を握ってやると固く心に誓ったのである。
― 完 ―