この素晴らしい世界に祝福を! オラ隣町さ行くだ   作:Z-Laugh

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第十話

「――荷物は最小限にしろ、逃げ遅れたらおいて行くぞ」

「――大人は我慢出来るんだから子供の物を優先にな」

「――不安なのは解るが食料は置いていけ」

「――アクセルの町に辿り着く事だけを考えろ」

 荷造りが進む中で人々の中からそんな声が上がり始めると俺は広間を後にするがその途中にあった豪華なサイドボードに見るからに高級そうな酒を見つけたので俺は領主さんに

「あの、すみません」

「何でしょうか?」

「そこの酒、貰っちゃっていいですかね?」

「これでございますか・・・今となっては不要な物ですし構いませんが」

「うちのアクアが酒好きで、明日万全の状態で戦いたいから頂けませんか」

「そういう事ですか。でしたらお持ち下さい」

 俺はサイドボードから酒の瓶とグラスを一個持ち出して二階に向かう。そしてアクアの部屋の前に立つと、そのドアをノックした。

「はい」

 よかった、まだ寝てなかったか。アクアの返事がすぐあったので安堵すると間もなくドアが開いてアクアが隙間から顔を出した。

「どうしたのカズマ?」

「領主さんから酒を貰ってきたから差し入れだ」

「ホントに!?わぁ・・・なんか高級そうなお酒ね」

「領主の屋敷の広間に飾ってあったくらいだから相当、高級か珍しい酒なんじゃねえか」

「けど、どういう風の吹き回し?カズマが私に差し入れなんて」

「別に。明日お前に活躍して貰わないとマズいからゴキゲン取っただけの話だ」

「・・・カズマ、言っておくけど」

「?」

「明日、私はエライオンに負けるつもりはないわよ。それと私が天界に帰るまではカズマの命は私の物なんだから、そのつもりでいなさい」

「言われてみればそうだよな。俺が死ぬにはお前の許可が必要なのも同然なんだし」

「私は絶対天界に帰るわ。百歩譲っても・・・今の生活を続けたいの。だから私でも復活出来ない様な無茶はしちゃ駄目よ」

 アクアは照れ臭そうに酒瓶とグラスを持ってそっぽを向く。アクアはアクアなりに俺の心配をしてくれているのか?その割には自分の都合しか口にしないけど・・・まあ、それなり長い付き合いだしな・・・言わんとする事は分かる。

「明日は頑張ろうな」

「当たり前でしょ」

「当てにしてるぞ」

「それも当たり前ね、今晩は寝る前に私に祈りを捧げなさい。なんなら今ここで、ひざまずいてもいいわよ」

「勝利の祈願ならエリス様にするよ。馬鹿な事言ってないでサッサと飲んで寝ちまえよ」

「しょうがないわね・・・今回だけは幸運の女神のエリスに譲ってあげるわ」

「おやすみ」

「うん、カズマも早く寝なよ」

 アクアの珍しい物言いにちょっと驚いているとアクアはそそくさとドアを閉じてしまう。俺は一人アクアの部屋の前に立ち竦んでいると隣の部屋のドアがカチャリと開く。音のする方を見てみるとめぐみんがドアの隙間からこっちを見ていた。部屋の中から廊下を覗き見するめぐみんが俺に向かって手招きをしたので俺はそれに誘われるままにめぐみんの部屋の前に行くと

「カズマ、私には差し入れはないのですか?」

「悪い」

「面白くないですね。そんな事では私は明日の作戦でみんなの足を引っ張ってしまうかもしれませんよ」

「そんな事言うなよ。みんな明日は決死の覚悟ってやつでエライオンに立ち向かうんだから」

「カズマも決死の覚悟なんですか?」

「え、ああ・・・そりゃまあ・・・」

「とても信じられません。カズマはゲスでヘタレな男ですから夜明け前にここから逃げ出すモノだと思ってました」

「いっそ、そうした方が楽なのかもな。俺は別に英雄になりたい訳じゃないから」

「やっぱり、そうでしたか」

「俺はのんべんだらりと冒険者を続けて行きたいんだよ。魔王討伐とか無理ゲーすぎだろ」

「むりげーというのがどういう意味なのかは分かりませんが、カズマの言いたい事はなんとなく分かります。私も魔王討伐と同じくらい今の生活を続けたいと思っていますから」

 ちょっと熱っぽい視線で俺を見上げるめぐみん。照れ臭くなって目を逸らしながら開いているドアのすぐ脇の壁にもたれ掛ると、めぐみんは俺の服の袖を摘まみ溜息の様な小さな声で

「私はカズマが戦うなら戦います。そしてカズマが逃げるなら私も逃げます」

「・・・めぐみん」

「いいですか!勝手に無茶したり、勝手にいなくなったら許しませんよ!紅魔族は執念深いんですから、どこに逃げたって逃がしませんよ。たとえそれが天国でもです」///

 そう言い切って、めぐみんはバタンと音を立ててドアを閉めてしまった。もうちょっとタイミングというかシュチュエーションとか考えてくれねえかな。甘々な空気は大歓迎だけどよりによって決戦前夜にそういう事をされても・・・いや、決戦前だからか。めぐみんも明日の作戦がかなり無茶なモノだと理解しているのだろう。そう言えば日本での歴史の授業やテレビで戦争前に男が好きな女に夜這いをかけるという話を聞いた事がある。死ぬかもしれない明日に備えて思い残しは無くしておきたい。そういう感覚って日本人もこの世界の人間も変わらないんだなと感心しつつ自分の部屋に戻ろうと廊下を歩いているとアクアの部屋の隣、めぐみんの部屋とは反対側の隣のドアがいきなりドン!と大きな音をさせたので俺はビックリして足を止めると

「勝手にいなくなったら怒るのは、めぐみんだけじゃないぞ!」

 部屋の中からドア越しにダクネスの怒鳴り声がした。

「だとしたら、俺はエライオンと戦わずに逃げ出したら三人に追い回される事になるのかよ。そっちの方がよっぽどおっかないな」

 ドアを開けず、ドア越しにダクネスに話し掛けた。ダクネスもドアを開ける事なく言い返してくる。

「その通りだ、覚悟しておけよ」

「一体どんだけ覚悟しなくちゃいけないんだよ」

「もちろん・・・カズマが期待された数だけだ」

「・・・おやすみ」

 

 ドン・・・

 

 返事の代わりの鈍い音のドアノック、俺はそれを聞いてから再び自分の部屋に向かって歩き出す。今夜ちゃんと眠れるかな?なんか余計なプレッシャー受けちゃったぜ。案の定、部屋に戻って毛布にるくまってみても眠気が湧いてこない。明日朝早いって言うのに困ったものだと無駄と知りつつ目を閉じてみると

「カズマさん」

 俺の名を呼びながら俺の頭にそっと手が添えらえた。優しくて暖かくてホッとする感触。強張っていた体の力が抜けるのを実感しながらゆっくり目を開けると、そこには月明かりに照らされたエリス様がひざまずいていた。いつものクリスの恰好じゃない、俺が死んだ時だけ会える女神・エリスの神衣と長いプラチナブロンドの髪。天界にいる時の姿のままで俺の頭に手を置いていた。

「エリス様!」

「・・・さすがにこの状況では抱き付いて来ないんですね」

 クスリと小さく微笑むエリス様、あまりの愛らしさに俺が何も言えずにいると

「明日は頑張って下さい、そして余り無茶はしないで下さい。あなたの武運を天界から祈ってます」

 そう言うと俺の頭に置かれたエリス様の手がボンヤリと光り始め、俺は瞬く間に物凄い眠気に襲われた。

「頑張ってみる・・・よ・・・」

 まどろむ意識の中、頬に何か小さなものが触れたと感じながら俺は眠ってしまった。

 

 

 翌朝、というより明け方にしっかり目が覚めてしまった。緊張して眠りが浅かった?いや、そんな事はないぐっすり眠れた感じで体も軽いし頭もスッキリしている。昨夜のエリス様の手の光のおかげだろうか?決戦当日と言うのに妙に落ち着いた気分で部屋を出ると俺は一階の食堂に向かった。一階の廊下や広間は毛布をかぶって寝ている人が沢山いて、その人達を起こさない様に忍び足で食堂に向かう。すると食堂が近くなると何やらいい匂いがしてきた。匂いに誘われて食堂に向かう脚が、つい早まり食堂に到着すると中にはダクネスとめぐみんが食事をしていた。

「あ、おはようございます。カズマ」

「おはよう、カズマ」

「オハヨ・・・お前ら随分早いな」

「カズマが遅いのです。夜明けとともに出発するのですから私とダクネスが普通だと思います」

「と言っても二十分ほど早いだけだ。カズマも朝食を食べるだろ」

「ああ、少し腹に何か入れておきたい」

 俺の返事にダクネスがクラッカーとハムステーキを出してくれた。なるほど保存食ばっかりだ。少し遅れて紅茶も出して貰い、それを一緒に食べ始める。

「カズマ、考えてみたのですがカズマとアクアはエライオンの居場所を知っているのですよね。だったらすぐにでも出掛けてその建物めがけて爆裂魔法を打ってしまえば勝負がつくのではないでしょうか」

「確かにエライオンはこの町で一番デカい教会にいるけど昨日の戦いの後、そのまま素直に教会に帰ったとも思えないな。何しろ町は空き家だらけだから」

「なるほど、教会ではなく街中の他の家に潜伏している可能性がある訳か」

「それでは私の作戦はダメですね」

「めぐみんの爆裂魔法はたった一発の俺達の切り札だ。相手の居場所を確認するまでは使えないぞ」

「しかし、それならどうやってエライオンを探す?クラッチの町もそう狭くないぞ」

「まずは教会に向かう道すがら俺が敵感知で探してみる。俺達が屋敷を出た後にエライオンにここを攻められたら困るからな」

「あとは出来るかどうかは分かりませんがアクアにもエライオンの気配を探って貰いましょう」

「そうだな、アクアは悪魔やアンデットの気配を感じる事が出来るのだから期待出来そうだな」

「・・・で、その本人は?」

「こんな日までギリギリまで寝ているのでしょうか」

「流石というか、呆れるというか・・・」

 アクアのアクアらしさをめぐみんとダクネスが悪態をつきながら笑っている。うん、二人とも落ち着いているな。

「じゃあ、メシを食い終わったら俺が起こしてくるか」

「いいえ、私が起こしてきましょう。きっとどっかの誰かさんが差し入れたお酒を飲んでぐっすり寝ているのでしょう」

「カズマはアクアを甘やかし過ぎだぞ。アイツは甘やかしたら甘やかした分、甘えるのはよく分かっているだろう」 

「いかんな・・・あのかまってちゃんのペースにハマるなんて・・・」

「誰がかまってちゃんなのよ!?」

「「「アクア!」」」

 食堂で飯を食っていた俺達三人の前にアクアが怒鳴り込んで来た。見れば眠たそうな様子は全く無く、ツカツカと俺に向かって歩いてくる。

「私が何をしていたかも知らずに、よくそんな事が言えたわね」

「夜明け前から何やってたんだよ?」

「決まってるでしょ。念の為もう一度、屋敷の周りに水を撒いておいたのよ」

「あ!」

「私達がこの屋敷を空けている間にエライオンの攻められたら困るじゃない。三人とも、もうちょっとしっかりして頂戴」

 憮然としながらテーブルに着くアクアに苦笑するダクネスが朝食を出してやると

「そうだな、早起きしたくらいで勝ち誇っている様ではまだまだだな」

「そうよ。全く・・・みんな私がいないとダメなんだから」

「アクアがまともな事を言っている・・・カズマ、これは良くない事の予兆なのではないのでしょうか」

「ああ、凄く意外だ。今日の戦いは荒れるぞ」

「なによ、めぐみんもカズマも!私はいつだってまともよ」

 プンスカと怒りながらもクラッカーとハムステーキを口一杯に頬張るアクアに俺は

「なあ、お前ってエライオンの居場所を感知できるのか?」

「それなりに近づけばね。少なくともここじゃあ判らないわ」

「なら俺の敵感知スキルとそう変わらないのか」

「馬鹿にしないで頂戴。女神である私の能力とヒキニートのカズマのスキルを一緒にするなんて失礼よ」

「ヒキニート言うな」

「私はカズマなんかよりずっと広い範囲でエライオンの女神の気配を感じる事が出来るからみんな、エライオンの居場所を探すなら私に頼みなさい」

「アクアが女神であるかどうかはともかく、アクアがそれほど広い範囲を捜索できるならアクアにエライオンの居場所を特定して貰って一気にケリをつけましょう」

「ちゃんとエライオンの所在を確認してからだぞ。思い込みで切り札を使うなんて以ての外だからな」

「なら、サッサと朝食を済ませて街に出よう。シルフィール卿にとっても、屋敷にいる人達にとっても決着は早い方がいい」

 ダクネスの言葉に俺達は黙って朝食をかき込んだ。

 

「サトウカズマ様、何卒ご無事で」

「それじゃあ、打ち合わせ通りにお願いします」

 明け方の領主の屋敷の玄関先、領主自ら俺達を見送りに来てくれた。神妙な面持ちで俺達四人を見つめる領主さん。期待と不安が混ざった様な表情だ。それとあからさまにこちらを見てはこないけど広間や応接間からあぶれて廊下や玄関先で寝ている人達もこちらを見ている気がする。下手に関わりたくないのだろうか?最後に見送りの言葉を口にしてしまったら俺達が負けた時に見捨てて行き難くなるから?理由は定かではないが緊張感に包まれた玄関を出ると俺達は一路、街中へと向かった。

「アクア、エライオンの気配に気を付けてくれ」

「分ってるわ。この辺りにエライオンの気配はないわね」

 丘を降り切って市街地に入ると俺は敵感知、アクアはその感覚を研ぎ澄ませる。あたりにエライオンの気配、昨日の夕方に屋敷に攻め込もうとしてきたあの強烈な存在感を感じる事は出来なかったのだが町の中央を走る大通りに近づいた時、

「カズマ、エライオンの油の壁がなくなってる」

「・・・ホントだ。あんなに高い壁だったのに。昨夜の内に溶けちまったのか!?」

 大通りを運河に変えた白い壁を目撃したのはパーティーメンバーの内、俺とアクアだけ。めぐみんとダクネスはあの光景を目の当たりにしていないから何の事だか分からない様だ。アクアだけが俺の所まで小走りでやって来たのだが

「キャッ!」

 地面に広がった油に足を滑らせて盛大に尻もちをついた。

「もう!エライオンたら」

「大丈夫ですか、アクア」

「迂闊過ぎるだぞアクア。カズマ、この足元の油はエライオンのモノなのか?」

 すっ転んだアクアをめぐみんとダクネスが手を貸して起こしてやりながら俺に質問をしてきたので

「ああ、昨日アクアの水とエライオンの油がぶつかり合ってな。大通り全部が油の壁に囲まれて大通りが運河みたいになって俺とアクアは一度町の外まで押し流されちまったんだよ」

「昨日の夕方の屋敷の前の様な状態だったのですか?」

「ああ、あれよりずっと規模がデカかったけどな」

「だとすると大通り沿いは全てエライオンの油まみれと言う事ですね。このまま進むのは危険過ぎませんか」

「めぐみんの言う通りだ。万が一、これに火が着いたら私達は一網打尽だぞ」

「そうだな・・・けど、それじゃラチが開かないぞ」

「だったら燃やしちゃえばいいじゃない」

「アクア、無茶を言うな。今の話が本当なら大通り全てが油まみれなのだろう」

「そうですよ、そんな事をしたら大通りはもちろんですが通りに面する建物全部が燃えてしまいます」

「・・・いや、アクアの言う通りにやってみようぜ」

「カズマ、正気か!?」

「正気も正気!大通り沿いの油を燃やし尽くせばその後の心配はいらないし、大通り沿いの建物は全部、石造りだからそんなに長時間燃えない筈だ。それに何よりエライオンを炙り出す事が出来るかもしれないだろ」

「しかし、それでも町の損害がどれだけになるか分からないぞ」

「ここが魔王軍の基地になってアクセルの町が滅ぼされるよりはマシだ」

「やっちゃいましょうカズマ。ここまで来たら遠慮した方が負けです」

「そうね、火が広がり過ぎる様なら私が消してあげるから思い切りやっちゃいましょう」

「・・・」

 ダクネスがアクアの提案に苦悶して沈黙してしまうが俺は

「ダクネス、お前の心配は当然だけど、もうやるしかないんだ」

「・・・わかった。もう、なる様になれだ!」

 俺達は溶けた油が広がっていない所まで引き返すと

「ティンダー」

 

― 続く ―

 


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