オーバーロード 粘体の軍師   作:戯画

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第9話 冒険者達の夜

「はあっ!」

 

 通り抜けた剣の軌跡を辿るように、オーガの背から血が噴き出した。致命の一撃を叩き込まれた巨躯はそのまま崩れ落ちて大地を揺らす。その身の丈程もあるグレートソードを枝のように振って肩に担いだ漆黒の戦士は息一つ乱さずに次の獲物を睥睨する。

 

「≪ファイヤーボール/火球≫」

 

 白い爪が際立つ浅黒い肌、その指先から放たれた炎は森へ逃げ込もうとしていたゴブリン二体と魔法の棘で拘束されたオーガ一体を瞬く間に焼き尽くす。炎が掻き消えた後には一つの黒焦げの塊が残された。肉の焼ける匂いは開けた草原の風に乗って消えていく。

 

「モモン氏は……化け物か……?」

「レジーナちゃんもすっげぇな」

 

 ゴブリンとオーガの最期を目の当たりにしたダインとルクルットが思わず感嘆の声を漏らす。口にはしないが他の三人も似た様な感想を持っているだろう。

 実力を疑っていた訳ではなかったが、テストがてらに先陣を切ると言って駆け出したモモンはすれ違いざまにゴブリンを二体三体と仕留めていった。さらに漆黒の剣がオーガに少し手を焼き、ダインが魔法で足止めをしたところへあの一発。

 アダマンタイト級にも引けを取らない圧倒的な戦闘力を中心に、森から漏れ出たゴブリンとオーガの一団はあっさりと全滅する。

 

 組合への成果証明のためにモンスター毎に決められた部位を切り取る作業に移ると、補助魔法を使用していたとは言え後方待機していたニニャが張り切って率先する。彼らはこの仕事を普段からこなしているため、その手際は慣れたもので素早く回収を済ませていった。

 しかし最後に残った3体を前に、ニニャの手が止まる。回収を終わらせた他の者たちが不審に思い集まってきた。

 

「ニニャ、どうしましたか?」

「ペテル……これ……」

 

 他と同じくゴブリンの耳をつまみながら小柄なナイフで刃を入れる。亀裂が入ったかと思うと炭化した耳が割れ、そのまま切り取った部分もボロボロと炭の粉を落としながら崩壊してしまった。

 

「あー」

「ちょっとやり過ぎたっすね」

 

 討伐を確認するための提出が無ければ当然組合も報酬は出さない。オーガはゴブリンに比べて報酬も評価も高いモンスターだ。倒すのに苦労は全く無いが、これを捨てるのはモモンとしても少々勿体無く感じた。

 

「同じように炎を使う魔法詠唱者(マジックキャスター)の冒険者もいるでしょう。彼らはどうやって討伐の証明をしているのですか?」

「モモンさん……普通はここまで消し炭にはなりません」

 

 モモンの問いに少し引きつった笑みでペテルが返答する。つまり普通の魔法詠唱者(マジックキャスター)も同じく耳を回収するということだ。

 

「ふむ……要は討伐の確認が出来れば良いのでしょう? レジーナ、手伝ってくれ」

 

 その後炭の塊から切り出したゴブリンとオーガの頭と思われる三つの物体をグレートソードの腹で打ち上げ、バラバラになった破片から三つの顎骨をレジーナが回収してくる。

 これちょっと邪魔っすねと一際大きいオーガの物と思われる顎骨を焚火にくべる細枝のように素手で2つに割ったレジーナに、一同は口を閉じるのも忘れて絶句していた。

 

 

 

 

 

 

 土の冷ややかさが感じられる地下洞に、周りの様子とそぐわない整った形の台があった。円状に幾本もの柱が立てられ、床面には淡い光を放つ魔法陣。闇のようなローブを纏った男が何かを握った右手を額に当て、呪文を唱えている。よく聴くと、それは神を初めとした神聖なる者を貶める言葉。

 これは祭壇だ。禍々しい雰囲気からして世間から受け入れられない呪術の類いであろう事は想像に難くない。

 僅かに光量を増した魔法陣に照らされ、地上へと続くであろう階段が視界に映る。同時に上から降りてくる靴音が洞穴全体に反響する。

 

「カジっちゃ〜ん。いるならいるって言ってよねぇ。んもぅ」

「儀式の邪魔をするんじゃない……それとワシの事はカジットと呼べ。あとチンピラ風情とは言っても無闇に殺すんじゃない。後始末にも限度がある」

 

 はいはいごめんごめんと全く悪びれていない返事をしながらその女は自分を抱きしめるような格好で殺した時の記憶を反芻している。快楽殺人者でありながらアダマンタイト級にも匹敵する戦士。それがこのクレマンティーヌという女だった。呆れて儀式へ戻るカジットを見て、懐から宝石の散りばめられたサークレットを取り出す。

 

「これな〜んだ」

「それは! 叡者の額冠か!? 法国の最秘宝の1つと聞いていたが」

「組織抜ける時にちょいっと、ね」

 

 近隣三大国家の1つであるスレイン法国の最秘宝を指に掛けてくるくると回す様は、そのアイテムの価値などまるで歯牙にもかけない態度だ。振り回されるサークレットがチャリチャリと音を立てる。

 

「だが意味は無いぞ」

 

 アイテムの珍しさに初めは目を剥いたカジットも、興味が無いように儀式に戻ろうとする。

 それもそのはず。このアイテムは装着者を魔術の器そのものに換え、≪オーバーマジック/魔法上昇≫によって凄まじいまでの魔法行使を可能にする、まさに秘宝の名に相応しいものだ。

 だがリスクもある。まず装着者は自我を奪われ、取り外した瞬間にそのまま自我は崩壊し発狂する。さらには適合者が100万分の1という事だ。並の組織網では使用する事すらままならない。

 

「……と思ってるんでしょ? でもねー、エ・ランテルにどんなアイテムも使える生まれながらの異能(タレント)持ちがいるらしいよー」

「なに! それが本当なら計画を大幅に進められる!」

「だもんで、ちょっと攫ってこよっか」

 

 近くの店にパンでも買いに行ってくる程度の語調で女はゆらりと外へ向かう。

 

「ワシにとってはありがたいが、おぬしは何故我らズーラーノーンに加担するのだ」

「ん〜? 私は新入りだからねー。その手土産。まあ私は何でもいいんだよ。殺して殺して殺し尽くして死を撒き散らして、死体の山で嗤えれば最高かなー、なんて」

 

 陶酔したような微笑みは狂人のそれだった。腰に吊るしたスティレットの柄頭を舐めるように指先で撫でる。しかしクレマンティーヌの本心は、たった一人。たった一人の男にそれを突き立てる瞬間を想う。そのための犠牲は知ったことではない。

 それにいまは裏切り者として追われる身だ。自分が王国領へ逃げ込んだのはバレている以上、ここが嗅ぎ付けられるのも時間の問題。騒ぎを起こしたどさくさで追手を振り切るつもりでいた。

 女の本音を(あずか)り知らない男は呆れたような視線を投げていたが、やがて狂気を体現した女が出て行くと粛々と今度こそ儀式の続きに戻った。

 

 

 

 

 

 

 夜の(とばり)が下りた平原。焚火がうっすらと辺りを照らし出している。森と違って夜の平原には虫くらいしかいない。吸い込まれそうな静寂が支配していた。

 

「なにもモモンさんがこんなことやらなくても」

「まあそう言うなレジーナ。今は道を同じくするチームなのだしな」

 

 警戒用の杭をキャンプを中心とした四方へ突き立てる。手分けした作業にモモンとレジーナもまた従事していた。ルクルットが火の側でちょこまか動いているのが見えている。夕食は彼が用意すると言っていたが、チャラいだけの男かと思いきや意外にマメな技能を持っているものだ。

 モモンは料理スキルを持っていなかったが、ナザリック地下大墳墓のNPCには特殊技術(スキル)持ちもいたはず。実験する事がまた一つ増えたと痛くもない頭を少し押さえる。

 ルクルットの声が掛かり、食卓を囲むことになった。

 

「いやーしかしレジーナちゃん本当すげぇよな! 惚れ直しちゃったぜ!」

「そっすか? 全然関係無いけどそのお肉美味しそうっすね」

「はいどうぞ!」

 

 またも手玉に取られつつ肉も取られるルクルットに苦笑する漆黒の剣の面々。他のメンバーもモモンへの感想を口々に言う。彼らもまた一端の冒険者としてそれなりの自信はある。だが今日のモモンの勇壮振りを見るとまるで自分たちのやっている事が子供のお遊びにすら思えてくる。物語の英雄と話すような高揚と、現実を見た落胆とが綯い交ぜになった彼らにモモンから掛けられた言葉は意外なものだった。

 

「皆さんはいいチームです。息の合った連携も取れている。どのチームもこのように仲が良いものなのですか?」

「いえ、他は分かりませんが、私たちは特に仲が良いんじゃないかと思ってますよ」

「男女が混ざっててトラブルになることもあるらしいしな」

 

 ペテルの嬉しそうな返答にルクルットが言葉を添える。少し表情を暗くしたニニャだったが、話題を逸らすようにモモンに質問する。

 

「モ、モモンさんもチームを組んでいた事があるんですか?」

「昔にね。そう、遠い昔だ。最高のメンバーだった」

 

 暗に今はもういない事を滲ませる言葉に、その場の誰もの顔が翳る。ンフィーレアはともかく、危険と隣り合わせの冒険者という職業には他人事ではない。取り繕うようにニニャが話し掛ける。

 

「いつかまたその人たちと同じようにチームを組める日が来ますよ」

「来ませんよ。そんな日は。いや……無いとは言い切れないか」

 

 一瞬地の底からでも響いてきたようなモモンの重々しい言葉にニニャは固まるが、その直後ブツブツと思案の海へ潜っているモモンを見てどうしたものか困惑する。そんな周りの視線に気付いたのかレジーナがモモンに声を掛けた。

 

「モモンさん。モモンさん。みんなビビってますよ」

「あ、ああ、考え事をしていた。ニニャさん、怒りをぶつけてしまって済みませんでした。そう、あり得ない事では無いな。希望は常に持つべきだ。それと私は魔法に興味があってね、君さえ良ければ色々教えてもらいたいのだが構わないか?」

 

 あっさりと頭を下げるモモンに不意をつかれたニニャは少し戸惑っていた。触れてはならないところへ触れたのだろう。自分にもそういう事柄があるので申し訳ない気持ちになった。

 だがそれでもこちらを許し、歩み寄りを見せてくれるモモンに改めて敬意を感じ、照れ臭くも魔法の講師じみた真似を翌日の道すがらする旨を伝えた。

 

「モモン氏、先程から食が進んでいないようだが、大丈夫であるか」

「あ、あー。その、そう。私達の信仰している宗教で、命を奪った日は四人以上で食事を取ってはいけないというのがあって」

「レジーナちゃんもうおかわり三杯目だけど」

「ぅぐっ! そ、そうだな彼女とはまた宗派が違うので制約を受けるのは私だけなのです」

 

 個人が信奉する宗教は多種多様だ。そんな事は冒険者にとってよくあること。モモンたちは遠い南方の出身ということだった。特に疑うことも無く、納得の声が上がる。しかしその所為でモモンは集まりを離れた場所の石に腰を下ろし、食べることもできずリアルでの習慣で勿体無くて捨てることもできない料理を手に悶々としていた。

 

「さささレジーナちゃん食事のあとは俺と楽しくお話ししようよ」

「私はモモンさんに水持っていくっす」

 

 肩を抱こうとしたルクルットの腕を音も無くすり抜け、水袋を持ってモモンの方へ駆け寄っていくレジーナ。赤い三つ編みがパタパタと揺れている。それをあきらめ半分の目で見ているのは体勢を崩して転んだルクルット。

 

「なあ……やっぱあの二人デキてんのかな」

「どうかな? 年が離れ過ぎているようにも見えるけど」

「でもレジーナさんにとってモモンさんが大切な人なのは分かります。僕も……」

 

 やや無口な様子だったンフィーレアが口を開く。その頬は火にあてられてか少々赤みを帯びていた。

 

「ほう、ぜひ聞きたいね」

「どんな人?」

 

 人のいい連中はエ・ランテル一番の薬師の孫ではなく、ただ同道する一人の男から恋愛話を根掘り葉掘り。これから向かっている村に彼の想い人がいると聞いてさらに盛り上がる。

 モモンは水を届けるのを理由に恐らく警護のために側へ来たレジーナを天の助けとばかりに手に持った料理を片付けてもらった。

 

「モモンさん直々に料理をもらえるなんて、男胸さんに聞かれたら殺されそうっす」

「男……なに?」

「あ、いやこっちの話っす」

 

 夜は更けていく。




ぶくぶく茶釜さんがいるので過去の話についてちょっと態度が軟化しているモモンさん。
それはそれとして漆黒の剣はなんか応援したくなります。

2016.6.19 ご指摘のあったクレマンティーヌの前所属を訂正しました。
2018.11.3 行間を調整しました。

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