オーバーロード 粘体の軍師   作:戯画

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 加筆修正してたら予定よりちょっと長くなってしまいました。


第2章 英雄のプロローグ
第8話 冒険者モモン


 ユグドラシル屈指の難攻不落ダンジョン型ギルド拠点であるナザリック地下大墳墓、全十階層からなる構造の最下層にある玉座の間。

 側に控えた守護者統括アルベドからナザリック内の警備状況や周辺域の生態調査報告などを受けているのは至高の41人のメンバーであるアインズとぶくぶく茶釜である。

 

 ぶくぶく茶釜は正直右から左へ聞き流していた。肘掛にもたれかかった体勢がどんどんエスカレートして、頭部分が玉座に座ったアインズの膝の上に丸々乗っかってしまっている。他の者なら不敬極まりないと即座に断罪されるところだが、ナザリックの頂点たる至高の御方々同士であれば話は別だ。対等の存在がじゃれ合おうが、そこへ不満の声を上げる者がいようはずもない。

 アルベドもそれを気にしていないようで報告を続ける。

 

 扉をノックする音が響き、誰が目通りに来たのか御側付のメイドが知らせる。アインズが入室を許可すると、ぶくぶく茶釜が頭を起こして一応の体裁を整えた。

 

 入室するのはゴシックなドレスに身を包み、白蝋じみた肌を(のぞ)かせる真祖(トゥルー・ヴァンパイア)シャルティア・ブラッドフォールン。

 それに続くのは戦闘メイド(プレアデス)の1人であるユリ・アルファである。

 

 静々(しずしず)と玉座の前へ近付いてくるシャルティアと、一歩引いた位置で姿勢を正すユリ。夜会巻きにした黒髪は艶々として美しい。端整な顔立ちに掛けた眼鏡が知的なイメージを増幅させている。

 

 ()を止めたシャルティアがドレスの裾を小さな手でちょい、と(つま)み上げて(こうべ)を垂れる。さながら王に謁見する姫のごとき振る舞いで、幼く見える容姿に相反して堂に入った動きだった。合わせる形でユリも頭を下げる。

 

「ご機嫌麗しゅう。アインズ様、ぶくぶく茶釜様」

「うむ、どうした、シャルティアよ」

「愛しきお方のご尊顔を拝しに参りんす」

「それだけではないのでしょう?」

 

 すかさず割り込んできたアルベドの言に、シャルティアが頷く。

 

「ええ、勅命により少ぅしナザリック地下大墳墓へ戻りにくくなりんす。そのご挨拶にと」

「シャルティア様のお供に私ユリ・アルファも一時ナザリックを離れる次第、ご容赦下さいませ」

「何、元々命令を出したのはこちらだ。出立前に伝えた事はくれぐれも忘れるな。朗報を期待しているぞ」

 

 アインズ・ウール・ゴウンの名声を広める。その目的のためにはこの世界の法則を初めとした、ありとあらゆる情報が必要だ。ユグドラシルの黎明期もまた、未知の世界を知ることからプレイヤーはそれぞれの目的を見出していった。情報が無ければダンジョン攻略もアイテム収集もPvPも、全てにおいて他プレイヤーの後塵を拝することになるのはアインズもぶくぶく茶釜も身を以って知っている。

 

 今は多少無理を押してでもアンテナを広げなければならない。そのためぶくぶく茶釜との相談紆余曲折を経て、自分たちと階層守護者、戦闘メイド(プレアデス)を中心としたチームを作り、ナザリック外の情報収集をする事になったのだ。

 

 もちろん情報収集だけでなく未知の世界を存分に楽しみたいという個人的な欲望も多少含まれているが、そんなことはおくびにも出さず事を運んでいた。

 

 シャルティアとユリという珍しい取り合わせについては、ぶくぶく茶釜から提案のあったツーマンセル方式を採用したのがその理由だった。手札を増やすことで不測の事態への対応力を高めることが出来る。個々の戦闘力も階層守護者に次いで高い者が揃っている戦闘メイド(プレアデス)から選出する運びとなった。

 シャルティアとのペアを伝えた時ユリの顔が少し引きつっていたが、シャルティアには釘を刺しておいたので大事無いだろう。

 

 二人が退室した後しばらくして、アインズも腰を上げる。

 

「さて、では私達も行くとします。茶釜さん、留守を頼みます」

「は〜い、いってらっしゃい。晩ゴハンまでには帰ってきてね〜」

「どこのホームドラマですか……真面目な話ちょこちょこナザリックには戻りますけど、基本的には空けますからね」

 

 そっすねーと気の無い返事を返すぶくぶく茶釜。力無く振られた見送りの触手が、玉座にポテッと落ちる。まただらけモードになってしまったらしい。

 留守番のぶくぶく茶釜には多少の申し訳無さを感じながらも、新しく始まる冒険に心を躍らせるアインズであった。

 

 

 

 

 

 

 大通りから外れた路地の片隅、日はまだ高い時間帯だがこの一角には深く影を落とし、カビ臭さと埃っぽさがアウトローな雰囲気を醸し出している。

 酒場のスイングドアを割って入ってきたのは、場違いとも思える全身鎧(フルプレートアーマー)。昼間から酒を片手にカードゲームに興じていた連中は、正面入口から現れた人物に視線だけを向け、見慣れない者である事を確認すると次は値踏みに移る。

 全身を包む漆黒の鎧は縁取りに金色の意匠が見て取れる。真紅のマントに重ねられた2本のグレートソードが、この男が剣士であることを喧伝していた。

 

 全身鎧(フルプレートアーマー)など平民にはそうそう手の出ない高額な装備だ。となると金持ち貴族か。酒代を巻き上げるにはいいカモだ。

 

 続いて入ってきた女に、思わず口笛を鳴らす。修道女のようなくるぶし丈のトゥニカ。

 修道女のような、とは言っても左右に深く入ったスリットからは白基調のガータータイツ、対比の鮮やかな浅黒い肌がちらつく様はむしろ淫靡な印象を受ける。

 胸元はブーツ紐のように交差を重ねて結び留めてあり、帽子からは燃えるような赤髪が溢れ、腰まで届きそうな三つ編みを二本垂らしている。

 

 その顔立ちは見る者に野性味と艶やかさを感じさせる。ただ間違いなく破格の美女であり、教会ならば聖職者のようでもあるし、夜の街ならば娼婦のようにも見える。相反する印象が綯い交ぜになった不思議な魅力に男衆は視線を外せずにいた。

 二人の胸元には首から下げた銅のプレートが揺れている。冒険者のランクを示すそれは最低等級のものだ。

 

 マスターのいるカウンターへ向かう全身鎧(フルプレートアーマー)の前を、テーブルに座っていた男の足が塞ぐ。フルフェイスの兜を僅かに傾けて足の主の顔を確認すると、下卑たニヤけ面が浮かんでいた。同席している連中もその一味らしく、揃ってこちらの対応を今か今かと待っている。

 軽くため息を吐くと、全身鎧(フルプレートアーマー)は突き出された足を軽く蹴り払う。待ってましたとばかりに立ち上がる男。他のテーブルにいる者たちは見慣れた光景なのか、多くは余興を見るかのように傍観を決め込んでいる。

 

「おいおい、痛ぇな」

「視界が狭くてな。それとも足が短くて目に入らなかったのかな」

 

 落ち着き払った対応が男の神経を逆撫でする。いかにも自分たちとは違う人種だと暗に見下されているようで、目的を忘れそうになって少し熱くなる。

 

「んだと……タダで済むと思うなよ」

「ほう、どうしたら許してくれるのかね」

「相場は決まってんだろ、金だ。有り金出しな。そんなご大層な全身鎧(フルプレートアーマー)着込んでんならたんまり持ってんだろ」

「あんたら、絡む相手はよく見た方がいいっすよ」

 

 後ろで様子を見ていた女が口を挟む。口調は軽いが、苦笑いの中に怯えが見える。所詮は女、酒場でクダを巻いている男は怖いものだろう。

 

「ああん? なんなら代わりに姉ちゃんが俺らの相手してくれてもいいんだぜぇ。もちろん夜のなぁ」

 

 げひゃひゃひゃと品の無い哄笑が響く。全身鎧(フルプレートアーマー)は再びため息を吐いた。

 

「雑魚のテンプレみたいな展開ホントにあるんだな……」

「何か言ったか? どうするかは決まったのかよ」

「ああ、決めたよ」

 

 言うが早いか、男の胸元を掴んだかと思うと、そのまま片手で全身を持ち上げる。拘束を解こうと暴れるが、胸元を掴んだ腕はその指の一本に至るまで金属彫刻のように微動だにしない。

 

「第3の選択肢だ。お前達を叩きのめして二度と舐めた真似をさせないようにする、というのはどうだ?」

 

 持ち上げた男はそのままに、連れの男達を睨む。予想外の反撃に、他の二人は後退(あとじさ)った。

 

「フン、まさしくだな。噛み付く相手は選ばなければ早死にするぞ」

 

 吊り上げられて窒息間近の男を部屋の壁際へ投げ飛ばす。テーブルにでも当たったのか木の板がへし折れる音とガラスの割れるような音が聞こえた。

 

「うっきゃああああああああ!」

 

 残った男二人に近付くと、意識的に重めの声でプレッシャーを掛ける。

 

「壊れたテーブルの弁償はお前達にやってもらうとしよう。構わないな?」

「あ、ああ、悪かったな」

 

 すっかり絡む気の無くなった男達は自然と道を空ける。

 

「ちょっと待ちなさいよ! あんたのお陰でコツコツ貯めてようやく手に入れたポーションが割れちゃったじゃない!」

 

 後ろから捲し立ててきたのは赤い短髪の女。女の背後を見ると、さっき放り投げた男が女のいたテーブルを直撃していたらしい。

 

「元々の原因はあいつらだ。やつらに弁償してもらうのが筋だろう。なあ」

 

 目を回しながら立ち上がった男は全身鎧(フルプレートアーマー)がこちらを見ている事に気付いて身を竦ませる。

 

「ブン投げたのはあんたでしょう。それにあんな昼間っから飲んだくれてる連中、逆さに振ってもポーション買う金なんかありゃしないさ」

 

 女の指摘は的を射ていたようで、男達は下を向いて嵐が過ぎるのを待っている。無い袖は振れないと言う事だ。

 この女の剣幕からして、簡単に引き下がりそうにない。確かに男を放り投げる時に、着地点まで気を配らなかったのはこちらの落ち度ではある。

 

「私はどっちでもいいんだけど、現物か、代金の金貨一枚と銀貨十枚。絶対に譲れないね。あんたもそんな立派な全身鎧(フルプレートアーマー)着てるんだ、治癒のポーションくらい持ってるんじゃないの?」

「……分かった。治癒のポーションで間違い無いな? 私の手持ちの物があるのでこれを譲ろう」

 

 懐から出したマイナー・ヒーリング・ポーションを渡す。女がそれ以上文句を言ってこないことを確認すると、話は終わりとばかりにカウンターへそそくさと向かう。筋骨隆々で用心棒にしか見えない酒場の主人が掃除していたモップを壁に立て掛け、応対の意思を見せる。

 

「宿泊か?」

「ああ、いくらだ」

「相部屋で一日五銅貨だ」

「二人部屋を希望するが」

「……それだと一日七銅貨だな」

 

 懐から銀貨を一枚、カウンターにパチリと置く。その間もマスターの顔は不機嫌に歪んだままだった。

 

「あのな、新人(ルーキー)。なんで相部屋を勧めたか分かってんのか?」

「ああ、似たレベルの者同士がパーティを組みやすくするためだろう。だったら、だからこそ私達には不要だ」

「チッ……好きにしな。ほらよ、釣りの銅貨六枚と部屋の鍵だ」

 

 銀貨を回収し、親指で背後を差す。奥には階段があり、二階が宿も兼ねているのだろう。

 

「よし、行くぞ、レジーナ」

「はい、モモンさん」

 

 二人が二階へ消えた後、マスターは残された女に声を掛ける。

 

「なあブリタよぉ、その赤いポーションなんなんだ?」

「私が知るわけないでしょ。明日鑑定してもらうけど」

「おいおい、じゃあ元のポーションよか損こいてんじゃねぇのか。バクチだな」

「まあ今回は自信あるわよ。あれだけの装備した奴が値段も聞いた後で出してきたくらいだし」

「俺もこんなポーションは見た事ねぇな。一流の薬師と名高いリィジー・バレアレ紹介してやろうか。なんなら鑑定料も俺が持ってやる」

「リィジー・バレアレってあの? 大盤振る舞いね」

「その変わり鑑定結果俺にも教えろよ」

 

 ごそごそとカウンター下からレターセットを取り出し、紹介状を書きしたためる。それを横目にブリタは謎の新人(ルーキー)の正体をあれこれ想像しつつ、ここの主人の意外なコネクションに感心していた。やはり組合から初心者のためのスタート地点を任されているだけの事はある。

 程なく書きあがった紹介状を受け取り、念のためにバレアレ商店の位置を再確認しておいた。

 

 

 

 

 

 

 酒場の二階、鍵を開けた部屋の中に置いてある粗末なベッドにモモンは腰掛け、自らの顔を掴むように手をかざす。頭部全体を覆う兜が粒子状に搔き消えた後にはモモンの素顔、骨しか無いアインズの頭があった。

 

「予想以上に夢の無い仕事だな冒険者というやつは」

 

 冒険者登録をして来た組合に紹介された酒場兼宿屋で見た限りでは、冒険者の多くがその日暮らしに近い生活をしている。

 一発当てて栄光を掴むのは本当に限られた一部、それも貴族崩れや商家や平民やとスタートラインの格差が凄まじい。どこの世界も本質的には大差無い事を目の当たりにすると、理想が崩れるようで気が落ち込む。

 

「カビ臭いトコですね……隣の部屋の音も筒抜けです」

 

 鼻をつまむジェスチャーをしながら向かいのベッドに腰掛けるルプスレギナ。彼女は変装せずとも見た目に問題は無いのでナザリックでの服装そのままだ。正式には近接殴打武器にもなる大聖杖を持っているのだが、目立ち過ぎるため今回は装備していない。

 アインズが冒険者モモンとして地位を手に入れるのが主軸なのに、部下がそれ以上に目立ってしまっては本末転倒としか言えない。多少不安は残るが、ルプスレギナの武器は調査も兼ねて現地で入手する予定だ。

 

 帽子の左右の盛り上がりが知っていなければ分からない程度わずかに動く。周囲の音を拾っているのだろう。人狼は嗅覚と聴覚において人間種の比では無い能力を発揮する。隣の部屋の猫の足音も容易に拾える者からすれば確かに筒抜けと言って憚り無いのも頷ける。

 

「うん、特にこちらへ聞き耳を立てているヤツはいません。アインズ様」

「よし、ではここで最終確認だ。まず今は構わないが、全身鎧(フルプレートアーマー)を着ている時の私は冒険者モモン、ルプスレギナはその仲間のレジーナだ。いいな?」

「はい。モモンさん。こういう事っすよね?」

 

 にかっと口元の両端に指を付けておどけた笑顔を返すルプスレギナ改めレジーナ。同僚に向けるような口調と態度にナザリックの連中が見たら怒涛の勢いで糾弾されそうな光景だが、これこそアインズの求めるものだった。

 

「そうだ。それでいい。衆目が無かろうとも、どこに耳があるか知れたものではないからな。場に身内しかいなくても私が特に言わない限りはその砕けた感じで接するように」

「了解っす! んで、これからどうするっすか?」

 

 当面ルプスレギナの態度は冒険者として振る舞うにつけて何も問題無い。次の問題は、あまりにも金が無いということだった。冒険者が金を稼ぐなら組合で依頼をこなすのが王道だろう。

 

「あれ、でも手持ちの金貨使えるんじゃ」

 

 確かにナザリックの所有する金貨は一枚で交金貨二枚に交換出来るが、こちらの存在を不特定多数に宣伝するようなものでリスキー過ぎるのだ。だから不用意にユグドラシルの金貨は使えないし、どうしても現地の金を稼ぐ手段が要る。レジーナの武器を揃えてやれないのもそういう事情があった。

 

「無手でも何とかなりそうっすけどね。アチョー! なんつって。とりあえず現地の武器ゲットして使ってみるっす」

 

 これからしばらく憧れの主人と二人でナザリックの外で活動する。ナザリックの者に聞けば100人中100人が羨望の眼差しを向けるであろう抜擢に、このルプスレギナもまた心躍らせていた。しかも正体を隠して活動する関係上、畏まった言葉遣いや態度は不要、と直々に言い渡されていた。

 至高の御方への敬語や恭しい態度を取る事を嫌に思う気持ちは露ほども無いが、より自然体でいられるという点はルプスレギナにとってもありがたかった。

 

「ところでモモンさん、一つ聞いてもいいですか?」

「何だ?」

「さっきの女、名前はブリタって言うらしいっすけど、あれにどうしてポーションをやったんですか?」

 

 絡んできたのは男たちなのだから、あいつらに弁償を迫るのは筋が通っているように思う。払えないのはあっちの事情であって知った事ではない。分割にしてもらうなり借金するなり好きにすればいい。加えて言えば投げられた男に気付かず、大事なポーションをテーブルに出して暢気に危険に晒したあの女自身が間抜けなのだ。

 分からないか、と言ったきり額に指を添えて黙り込んでしまったアインズ。知らずにマズい事を聞いてしまったのかとルプスレギナの顔から血の気が引いて緊張の余りに世界が回るような錯覚に襲われる。

 

 実はアインズはさっきの行動が正解だったかどうか自信が持てずにいた。相手がデミウルゴスとかなら勝手に都合の良い理由を見付けて自分で納得し、みんなに説明してやりなさいと水を向けるだけで正解が聞けるというマッチポンプ的なカンニングが可能だったのだが。ルプスレギナにそこまで期待するのは酷というものだ。

 

 何故かと問われれば単にトラブルを長引かせたくなかったから以外の深い理由は無いのだが、それらしい理由を添えておかないとビビったのだと取られかねない。組織の上に立つ者としてそれはなるべく避けたかった。

 とにかくいまは後々言い逃れが利くように含みを持たせておく事にする。

 

「理由は簡単に二つある。一つ目は、我々はこれから冒険者としての名声を高めていく。消耗品とは言え、たかがポーションでケチ臭い奴だと思われては後々取り返しの付かない傷になる恐れがある。そして二つ目は、これはナザリックを出る前にも言った事だが、なるべく他者と事を構えないためだ。人の世は身内で閉じたナザリックと違い、非常に複雑だ。どこで何が繋がっているか分からないものなのだ。他にも理由はあるが、これは今後の動き次第だ。レジーナへの宿題としておこうか」

 

 一息に捲し立てて、我ながら咄嗟によくこれだけの理由が出てきたものだと感心する。ルプスレギナは言われた理由を反芻し、納得いったようでキラキラと尊敬の眼差しをこちらへ向けてくる。

 

「モモンさんまじぱねぇっす! いっつもそうやって二手三手先を読んでるっすか」

「う、うむ。もちろんだ」

 

 んな訳ない。思い付きで行動するのはアインズもぶくぶく茶釜も似たり寄ったりだ。だが支配者としてはこう答えておく以外にどうしろというのか。上司としての勉強が出来る本が図書館に無かったか一度調べに行った方がいいなと反省する。

 

「レジーナもすぐには無理でも、練習すれば出来るようになる事だ。コツとしてはこちらの情報をなるべく与えず、相手の情報を集める事だな」

「私も出来るようになりますか!? そしたらもっとモモンさん達のお役に立てますよね!」

「ああ、きっと、な……」

 

 ルプスレギナは自分では及びも付かないレベルで智謀を巡らせるアインズにこれまで以上の畏怖を抱くことになった。

 

 この世界でNPCがさらに成長出来るのかは重要な案件だ。ひいては守護者や自分達、ユグドラシルでレベルカンストしていた者がさらに強くなれるのか、もしなんらかの制限が掛かるようであれば、未知の危険に対する警戒をさらに強める必要がある。

 

 それにしてもスイッチでも付いてるのかと思う程鮮やかに演技を切り替えるルプスレギナには役者(アクター)の才能でもあるのだろうか。他の一部の者にも見習わせたい。

 アクターと言えば宝物殿に封印したままのとあるものを想起して精神安定を発動させてしまうアインズであった。

 

 

 

 

 

 

 大通りと平行に走る小道。目当ての看板を見付けたブリタは慣れた様子で店内に入る。薬草を煮込む強烈な臭気が襲ってくるが、あらかじめ知っていたブリタは対策をしており大した問題にはならない。

 中には切り揃えた前髪で目元を覆った少年がそこかしこを薬草で染めたエプロン姿で調合をしていた。

 

「いらっしゃいませ」

「紹介状をもらってきたんだけど、見てもらえる?」

「拝見します……鑑定ですね。祖母を呼んできますから少し待っていて下さい」

 

 丸めた紹介状を開いて目を通すと、少年は店のさらに奥に声を掛ける。返事と共に現れたのはこちらもエプロン姿の老婆。彼女こそ、このエ・ランテルでも並ぶ者はいないと評される稀代の薬師リィジー・バレアレである。青年はその孫のンフィーレア・バレアレと言い、年若いながらも薬師としての能力は高く、道具を使った錬金精製にも長けている。

 

 ブリタが持ち込んだポーションを見るなり、リィジーの目は職人というよりも遺跡を前にしたトレジャーハンターのそれになり、ギラついた欲望が瞳の奥に宿っている。

 

「これは……神の血? いやしかし」

 

 黙り込んでしまうリィジーをンフィーレアが促すと、確かに鑑定してみない事には考えの確証は得られないとの判断で、二種類の魔法を順に掛ける。

 

≪アプレーザル・マジックアイテム/道具鑑定≫

≪ディテクト・エンチャント/付与魔法探知≫

 

 

 

「くくっ……ふぁふあはははは」

「どうしたのお婆ちゃんいきなり笑い出して」

「これが笑わずにいられようか。よくお聞きンフィーレアや」

 

 そこから熱に浮かされたようなリィジーの怒涛の解説が入ったが、専門外のブリタに分かったのはとりあえずこのポーションがヤバい品という事だった。専門家のリィジーが、希少性抜きにして金貨八枚、実際には金貨32枚で売ってくれと言ってくるほどのシロモノだ。自分を殺してでも手に入れたい奴が出てくるかもと言うリィジーの話が、あながち冗談には聞こえなかった。

 

「ところで、このポーションをどこで手に入れられたのですか」

「ポーション割られた弁償代わりにもらったんだよ。確かモモンって呼ばれてた、全身鎧(フルプレートアーマー)のヤツさ。いかにも冒険者っぽかったけど、首に提げてたのは(カッパー)のプレートだったね」

 

 普通は無駄に情報を垂れ流したりはしないが、相手はポーション業界で名の売れたバレアレ商店。恩を売って損は無い。

 

「ま、聞きたいことは直接聞いたら? このポーションはお守り代わりに持っておくとするよ。効果は期待してもいいみたいだしね」

 

 ブリタが店を後にし、薬師2人の話題は当然先の赤いポーションの事だ。ブリタが言っていた赤いポーションの情報を求めて、ンフィーレアは店を祖母に任せて大通りへ出た。

 

 

 

 

 

 

 ここはリ・エスティーゼ王国内の城壁都市であるエ・ランテル。その冒険者組合だ。冒険者達への依頼を調査、ピックアップしてくれる言うなれば斡旋所のようなもので、出どころのはっきりした依頼が受けられたり、報酬の受け取りをしたりと、何かと世話になる者が多い。

 モモンとレジーナは再びこの場を訪れた。昨日の朝に冒険者登録に来た時と違い、依頼を受ける者や報酬を受け取る者がごった返し、大通りの商店筋のごとき盛り上がりを見せていた。

 性懲りも無くロビーの男の視線はレジーナに集まっている。視線に気付いた様子で微笑みを浮かべつつ、手を軽くひらひらさせて愛想を振りまきながらカウンターに先に行っていた全身鎧(フルプレートアーマー)の男へ追随する。

 

「────規則であれば仕方無いな。では私達が受けられる中で難易度の最も高いものをいくつか見繕って持ってきてもらえるかな」

「かしこまりました」

 

(よっし誘導成功!)

 

 冒険者は登録制で、その実績に応じてランクがある。スタートラインの(カッパー)から始まり、(アイアン)(シルバー)(ゴールド)白金(プラチナ)、ミスリル、オリハルコン、アダマンタイトの8種類。上のランクになればなるほど依頼内容の相場は難易度も危険度も報酬も比例して上がる。

 

 しかしここで問題になるのは依頼受注に制限が付いている事だ。駆け出しの冒険者が危険な依頼を受けてあたら命を無駄にしないように、また、直接冒険者と面識を持たない依頼主が安心して依頼を出せるようにと考慮されたシステムなのだろうが、さっさと駆け上がっていきたい者からしたら足枷以外の何物でもない。

 そして何より困ったのは、この世界の文字が読めない事だ。荒くれ者にナメられたら人間社会での名声を高める計画にケチが付く。内心の焦りを押し殺してなんとか受付嬢に依頼を持ってこさせるよう仕向けたのだが、無事成功に安堵していた。

 

「上位ランクに手っ取り早く上がる方法は無いのか?」

「それであれば、私達の依頼を手伝ってはいただけませんか?」

「なに?」

 

 振り向いた先には、爽やかそうな金髪碧眼の青年がいた。後ろには三人が控えており、どうやら四人チームの冒険者のようだ。観察している様子を怪しまれていると思ったのか、先頭の青年は取り繕うように口を走らせる。

 

「あ、いや、いきなり失礼しました。私は(シルバー)級冒険者チーム『漆黒の剣』のリーダーをしている、ペテル・モークと言います」

「その装備からして、相当な実力をお持ちと見ました。私達の仕事は戦闘の出来る人手が必要でして、見たところ依頼が役不足だとお困りだったようなので声を掛けさせてもらいました」

 

 確かに、彼らの申し出は渡りに船だ。(シルバー)級冒険者と共同依頼を受ける事で、より評価の高い仕事が出来るなら組むメリットはある。

 

「分かりました、詳しいお話を聞かせていただけますか」

 

 快諾を受けてペテルの表情が明るくなる。互いの仲間が合流した事を確認すると、ペテルは受付嬢に頼んで組合の 二階に部屋を用意させた。

 

 

 

 

 

「どうぞ、座ってください」

 

 通された場所は部屋と言うよりも中二階のような造りになっており、中央に楕円形のテーブルと、それを囲うように6つの椅子が用意されている。冒険者同士の打ち合せなどに利用されているのだろう。

 

 促されて腰かけたモモンの隣にレジーナが倣う。昨日のアドバイスを参考にしたのか、騒がしさは鳴りを潜めている。情報を与えないという事が沈黙というのは少々単純に過ぎる気もするが、大人しく付き従う姿は淑女と評して差し支えないものだ。

 

「改めて自己紹介を。『漆黒の剣』のリーダー、ペテル・モークです。こちらがチームの目であり耳であるレンジャーのルクルット・ボルブ」

 

 前髪を上げた男が軽く頭を下げる。襟の大きな臙脂色のジャケットにタートルネックの軽装だ。椅子の脇には弓が立て掛けてある。身長はそこそこあるようだが細身なのは如何にもレンジャーと言った雰囲気だ。表情を見る限りでは軽いのは体重だけではないようだが。

 

「そしてチームの頭脳、ニニャ。『術者(スペルキャスター)』」

「その二つ名やめません? 恥ずかしいです」

「ええ? いいじゃないですか」

 

 リーダーへ不満の声を上げるのは小柄で短髪、声も見た目に即して幼く甲高い。話を聞くと、この世界の住人にはたまに、生まれ持った異能(タレント)と呼ばれる固有の才能とも言うべき能力持ちが生まれるのだとか。ニニャの持つ生まれ持った異能(タレント)は『魔法適性』と呼ばれ、魔法の習得が常人の半分で済むというものらしい。

 生まれ持った異能(タレント)は強いものから弱いものまで千差万別だが、個々の能力やらと噛み合わなければ無用の長物だ。ニニャはそれが合致しており、その点は凄まじく強運だったと言える。

 もっとも、生まれ持った異能(タレント)においてはこのエ・ランテルにさらに有名な者がいるので破格の才を持ったニニャが取り立てて目立つという事も無いらしい。

 

 ンフィーレア・バレアレ。その生まれ持った異能(タレント)はあらゆるマジックアイテムを使用可能と言うものだ。検証しなければ分からないにしても、用途が分かるという意味ではなく、使用者に制限がある、あるいは使用に必要条件があるマジックアイテムであっても、それ単独で効力を発揮させる事が出来るらしい。

 恐ろしいと同時に計り知れない価値の能力だ。もっと詳細に話を聞きたいが、変に食い付き過ぎても怪しまれる。生まれ持った異能(タレント)の話は切り上げて自己紹介へ戻った。

 

「最後の彼がダイン・ウッドワンダー。ドルイドです。治癒魔法や自然を利用した魔法を使います。薬草などの知識にも長けていますので、何かあれば遠慮なく聞いてください」

「よろしくお願いするのである」

 

 漆黒の剣の面々の自己紹介が終わる。一時的な仕事のための顔合わせとしては十分な内容だ。視線が自分に集まっている事に気付いたモモンは強者としての威厳を損なわないよう、ゆっくりと口を開く。

 

「では改めて、私はモモン、隣は一緒に旅をしているレジーナです。彼女はこう見えて大したものでしてね、第3位階の魔法を習得しています」

 

 第3位階、と聞いた四人が感嘆の声を漏らす。相当熟練した魔法詠唱者(マジックキャスター)でなければ習得は容易ではない。それをこの若さで使いこなすとあっては、漏れ出る自信にも納得いくというものだ。

 

 先の陽光聖典との戦闘で、敵が使ってきた魔法は強くて第三位階、その後引き出した情報でそれがエリートクラスの基準であると判明している。アインズの感覚では第三位階の魔法など魔法特化職の物理攻撃より使えない記憶の残骸でしかなかったが、この世界においてはこれが第一線級の能力なのだ。

 

「そして私はご覧の通りの戦士で、彼女の強さに引けは取らないと自負しています」

 

 一通りの自己紹介が終わったところで、ペテルが仕事の説明をする。簡単に言ってしまえば今回の仕事はエ・ランテル付近のモンスター討伐だ。

 明確なターゲットがいるわけではなく、森から溢れてきたモンスターをあらかじめ掃討しておき都市の安全を図るというもので、報酬については倒したモンスターの一部を組合へ提出することで支払われる、言うなれば出来高制だ。

 

 ただし今回は二つのチーム合同という事で、報酬はチーム毎に折半する。互いの実績とランクを考えるとモモン達に有利過ぎる条件にも思えたが、そのあたりはペテルなりに公平性を考えてのものらしい。

 正直仕事の内容は大して重要ではなかった。モモンにとっては元々冒険者のランクのせいで上位の依頼が受けられないことが問題だったのだから、共同であれば二ランク上の(シルバー)級冒険者が受ける依頼を完遂したという実績が積めるだけでも大きな収穫だ。

 説明が一区切りしたところで依頼受注を正式に受諾した。

 

「では共に依頼を受けることですし、私の素顔をお見せしておきます」

 

 兜を外した下には、あらかじめ発動しておいた幻術で作った偽りの素顔があった。真贋を見抜かれる事は無く、顔立ちそのものについての感想が二、三出てきたところで兜を被り直す。

 

「このように私は遠く離れた南方の出身でしてね、このレジーナも似たようなものです。異国人2人のチームでは望まぬトラブルに見舞われることも少なくないという訳です」

 

 モモンたちの事情は理解したらしく、深く突っ込んでくる事は無かった。

 

「私たちからは特にありませんが、何か質問などありますか?」

「はい!」

 

 やたら元気に挙手したのはルクルットだ。

 

「おふた方はどのような関係なんでしょうか!」

 

 質問の意図するところが男女のそれを問うものだと気付いてアインズは返答に困る。ギルメンではなくNPCであるルプスレギナ。だが今となってはかつて苦楽を分かち合った大切な友が残した内の1

一人である。女性として好いている訳ではないが大事な存在であることは疑いようがない。感覚としては友人の娘といったところか。なんとか絞り出した言葉は複雑な心境とは裏腹にあっさりしたものだった。

 

「……仲間です」

「惚れました! 一目惚れです! 付き合ってください!」

 

 場を和ませる冗談のつもりではないようで、他の者達の視線は必然、告白を受けた美女レジーナへ向かう。レジーナも、何が起きたのか理解が追い付いていないような顔でキョトンとしていたが、それもわずかの間の事で、うっすら口角を上げていたずらっぽい表情を作る。その瞳の奥には新しいおもちゃを見付けた事を悦ぶ昏い澱みがあったが、一瞬の事だったのでモモン含めこの場に気付いた者はいなかった。

 

「愛の告白っすか? 困ったっすねー。ところで露店で売ってた串焼肉がおいしそうだったっすねー」

「すぐに買ってきます!」

 

 組合を飛び出していったルクルットと、手をヒラヒラとそれを見送るレジーナ。妙な空気になってしまい、やる方なくペテルに視線を送るモモン。

 

「仲間が申し訳ありません……」

「いえ……こちらこそ」

 

 

 打ち合わせを終えて一階へ戻ると、受付嬢が声を掛けてくる。

 

「モモンさんですか? ンフィーレア・バレアレ様より指名の依頼が入っています」

 

 ロビーの待合席から立ち上がったのは、切り揃えた前髪で目元が隠れた少年の姿。

 

「しかし私達は先に別の依頼を受けていますので、それが終わってからになりますが」

「モモンさん! 名指しの依頼ですよ!? しかも依頼人は……」

 

 ペテルが焦ってモモンを止める。名指しの依頼が通常のものより優先度が高く受けるべきなのは分かる。冒険者も商売である以上、お得意様が増えるのはいい事だ。しかしその依頼を優先すれば必然ペテル達との共同依頼を反故にする事になる。漆黒の剣には何もメリットが無いだろうに、何故口を挟んだのか。よほどのお人好しだとしか思えない。

 階段を降り切ったモモンたち一行に少年が近付いてくる。

 

「初めまして、僕はンフィーレア・バレアレと言います。今日はモモンさんに是非受けていただきたい依頼があって来ました」

「エ・ランテルでも指折りの生まれ持った異能(タレント)持ちに指名いただいて光栄だが、私は先に受けた依頼のある身でね。ここはどうだろう。まず君の依頼内容を聞こう。その上で先の依頼との折り合いを協議するというのは。漆黒の剣の方々も同席してもらい、意見をいただければと思うが」

 

 モモンの提案にひとまず全員が同意し、一行は二階の部屋へ引き返す。ンフィーレアの依頼はトブの大森林での薬草収集だった。普段依頼していた冒険者が拠点を王都へ移してしまったこと、酒場でモモンが上のクラスの冒険者を容易く捻りあげたこと、にも拘らず冒険者ランクは(カッパー)級で安く依頼出来ると期待したこと。薬草の事は分からないが、一通りの説明には筋が通っている。

 依頼の遂行には、トブの大森林までの移動と採集中の護衛がメインになる。特に遭遇するのも危険な森の賢王と呼ばれる魔獣を回避するためにはレンジャーのいる漆黒の剣が同行するのは渡りに船だったので、ンフィーレアからの報酬を分ける形で彼らも依頼に加わることになった。

 

 話がまとまり和やかなムードに包まれた一行の中で、アインズは一人内心ほくそ笑んでいた。ンフィーレア・バレアレがユグドラシルのポーションについて探りを入れてきたのは明白だ。

 昨日のブリタと酒場のマスターの話は二階に上がった後、反応を確認するためルプスレギナに盗聴させている。その会話に出ていたバレアレ商店。翌日にこの依頼だ。これでユグドラシルのポーションはこの世界において少なくとも有名な専門家の手にも余るアイテムである事が分かった。未知のポーションに対してどう考えているかは分からないが、さっき聞いた破格の生まれ持った異能(タレント)を持つ者に繋がりが出来たのは僥倖と言う他無い。

 

(となると、カルネ村の人々にも改めて口止めをしておいた方がいいな)

 

 各々が準備のために解散する。特に用意する物も無かったモモン一行は組合に必要な一式を用意してもらう旨を伝え、ちょうど戻ってきたルクルットから受け取った二本の串焼肉を頬張るレジーナを連れて集合場所にのんびり歩いていった。




 と言う事でお供はルプスレギナです。賑やかですね。

 ルプーの耳については捏造設定です。種族的に複数の形態を持つ(と思われる)者は部分的に人外の姿を取る事が出来るようにしてあります。今回のルプーだと耳だけ狼形態になって聴力を強化、と言うより本来の性能に近付けた感じです。
 ただし、竜人が魔法無しにドラゴンになる事は出来ないそうなので、あくまで部分強化に留めています。

 テンポよく進もうとするとどうにも登場人物の理解能力とかかしこさが割増になってしまいますね。

2018.11.3 行間を調整しました。

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