オーバーロード 粘体の軍師   作:戯画

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第7話 これから

 アインズ一行が村の者たちに危険が去ったことを伝えると、口々に感謝の言葉を伝えられた。村の中でやることがあった者は各々解散し、避難していた家屋から住居へと戻っていった。

 村長を含む何人かはまだ怯えの抜けない者や、傷が深くすぐには動けない者や傷付いた王国戦士隊の手当てのために残っている。それもアインズたちが提供したポーションのために深刻な雰囲気はほとんど無かった。息があればほぼ即座に全快するのだ。動けない者は身体が馴染んでいないだけで、命の心配は全く無い。

 村人の稼ぎではおいそれと手にすることもできないポーションを何本も見知らぬ一般人へ提供するアインズたちには崇拝にも近い目が向けられた。一方で見返りに何をされるかと懐疑的な者も皆無では無かったが、村長がアインズとの取引内容を開示したため、一応の納得を得ることができた。

 

「アインズ殿」

 

 意識を取り戻したガゼフの声が掛かる。ちなみにポーションも無限にあるわけではないので、緊急に必要な者、自然治癒が困難と思われる者にしか使用していない。ガゼフは最後まで奮闘していたが致命的な傷は負っておらず、鎧を外した軽装に、上半身には所々血の滲む包帯を巻いていた。この程度の治療で何事も無かったかのように動き回れるのは流石戦士長といったところか。

 

「この度は部下共々あなたに助けられた。重ねて感謝する」

「利害の一致ですよ。それに奴らは取り逃がしてしまいましたしね」

 

 アインズに向けたわずかに鋭い視線は、言外に疑いを持っている。しかしいままでのやり取りの中で、不要と思っている情報を易々と口にするような人物ではないとガゼフは承知していた。すぐに表情を緩める。

 

「本来ならば相応の報酬をお渡ししたいところだが……」

 

 アインズはアンデッドだ。ガゼフ個人としては良くとも、敵対視する者が大半であろう人間の都市へと招くような発言は躊躇われた。そんな心の機微を感じとったアインズもまた、ガゼフに無理を押して関係を損ねる真似はしたくない。両手を軽く上げてかぶりを振る。

 

「報酬は村からもらっていますからね。二重取りはできませんよ。それにストロノーフ殿、お忘れですか? 私はあなたの依頼を断った。ならば私たちの間にあるのは契約ではなく面識です」

「そう言ってもらえれば助かる。だが受けた恩は忘れん。願わくば良き関係でありたいものだ」

「ええ、本当に」

 

「戦士長、出立の準備が整いました」

 

 報告のためにも、王国戦士隊はすぐに王都へ帰還するらしい。宮仕えの大変さを目の当たりにし、リアルではブラック企業で死にかけていたギルメンのヘロヘロを思い出した。

 

 ガゼフ達を見送り、瓦礫の整理もある程度落ち着いてきたのを確認し、アインズたちはカルネ村を後にする。ナザリック最寄りの村の信用を勝ち取り、そこそこの地位にいるであろう国家の人間とコネクションができた。実験がてらの気紛れのはずだったのが、望外の収穫だった。

 

「アインズさ〜ん、帰りますよ〜」

「アインズ様! こちらへどうぞ!」

 

 フェンリルの背に乗ったぶくぶく茶釜と、その膝あたりにちょこんと座ったアウラ。すっかり機嫌は直ったらしい。アインズもフェンリルの背、ぶくぶく茶釜の後ろへ乗ろうとするが、意外な問題に直面した。ローブが邪魔でめちゃくちゃ乗りにくい。このまま無理矢理乗る事もできなくはないが、確実にローブの裾がはだけて、骨の足が露わになる。

 離れた村の方を見ると、まだ見送りの人たちが手を振っている。視力の程は知らないが、一応アンデッドであることは伝えていない以上、下手に見られて最後に台無しにするような展開は困る。精神抑制が発動するとともに頭をフル回転させる。

 

「ぶっ! はははははアインズさんなんですかその座り方! 女子力高過ぎでしょ! ぶふっ!」

「し、仕方ないじゃないですか。こっちは茶釜さんと違ってローブなんだから」

 

 アインズが足を晒さずに乗る方法を考えた結果、側面を向いて座るという自転車に二人乗りする高校生の、後ろに座る女の子みたいな座り方になってしまった。しかも非常に不安定なため、前に乗っているぶくぶく茶釜にしがみつくような体勢になっている。アウラの位置からは死角になって見えないのが不幸中の幸いか。少なくとも尊信を集める至高の存在としてはとても部下達に見せられる格好ではなかった。

 結局、ナザリック大墳墓に到着するまで延々ぶくぶく茶釜に大笑いされ、こちらの見えないアウラはぶくぶく茶釜が上機嫌なものだから釣られて鼻歌まじりに創造主の揺り籠を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 天井の深い造りは声を反響させ、高所から投げかけられる声が通り易くかつ一層の力を持って仕える者たちへ届けられる。ナザリック地下大墳墓の玉座とはまさしく支配者のための空間だった。

 常時この場に詰めているのは、自室を設定されていなかったアルベドしかいなかったが、それに気付いた至高の御方々の温情によって今は自室を与えられていた。畏れ多いことに、割り振られた部屋は何と至高の御方々のために作られたロイヤルスイート。アルベドも初めは固辞しようとしたが、崇拝の対象から直接言われては断るのも不敬に当たる。抵抗を諦めて開き直り、自室でこっそり趣味に没頭しているらしい。

 そのような事情から、玉座の間は必要なときに応じて開かれる場所となっており、それでも組織構成の関係上、出入りするのは各階層守護者かそれに並ぶセバスとその下部組織のプレアデス、清掃のためにローテーションを組む一般メイド達程度のものである。

 

 今日は玉座の間の一つ手前、ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)に各階層守護者が特殊な者を除き勢揃いし、それぞれが近しいシモベたちを連れていた。統制された者たちは誰一人騒ぐ事も無く待機している。その目には例外無く、憧れと期待を込めた輝きが宿っていた。

 今回の発表はナザリック全体に関係する話だから、普段この階層へ入らない者たちも呼ぶようにと下知があったためだ。

 

 向かって左手にはセバスを筆頭にしたプレアデスの面々、右手にはアルベドを筆頭とした各階層守護者が立ち並んでいる。

 そして正面奥には偉大なる死の支配者。側には帰還せしもう一人の至高の御方。

 

 

 死の支配者が始まりの合図とばかりに腕を払う。言葉を賜る歓喜の瞬間に、声は漏らさねど無言の熱気は渦を成して場の空気を支配する。

 

「まず、今回私たち二人が無断で先行したことを詫びよう」

 

 開口一番の謝罪に全員が思わず気になさらないでくださいと止めに掛かりそうになるが、手を挙げた主人の姿に口を(つぐ)む。

 

「我々の当面の方針が決まった。そしていくつか伝えておくべきことがある。私は名を改め、アインズ・ウール・ゴウンを名乗ることにした。これは我が友ぶくぶく茶釜からも快諾を得ている」

 

 おお……と、どよめきが広がる。やがて誰かからあがり、アインズ・ウール・ゴウン万歳! の斉唱が津波のように返ってきた。

 適度なところで両手で抑え、静寂が戻ってくる。

 

「どうやら反対意見のある者はいないようだな。細かい話はアルベドから聞くように。この場においては基本となる方針のみを厳命する」

 

 全員が息を呑んで勅命に備える。

 

「全ての伝説を、全ての英雄を我らの名で塗りつぶせ! 数多の手段を用いて知らぬ者がおらぬようにせよ! いまはまだその準備の段階だが、必要な時には存分にその力を振るってもらう! そしてアインズ・ウール・ゴウンの名を天へ地へ知らしめ、永遠不変の伝説にせよ!」

 

 高らかと上げられたアインズの右手に輝くはギルド武器であるスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。呼応するようにシモベ達が雄叫びを上げ、足を打ち鳴らし、万雷の喝采が玉座の間を包んだ。

 

 再び繰り返されるアインズ・ウール・ゴウン万歳の声を背に身を翻したアインズと茶釜はリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの力で玉座の間を後にする。

 

 玉座の間には収まらぬ熱気、各々が自分たちの力を最大限発揮し、微力ながらも至高の御方々の礎となりたい。ナザリックに属する者ほとんどに共通した存在意義に火が入った。種族や階層の違いも忘れて隣の者たちと手を取り合い、肩を叩き合い、魂を燃やして至高の御方々が目指す地平を共に征くことを誓い合った。

 

 

 いまだ興奮冷めやらぬ者たちに、方針の理解を深めるべくアルベドが手を叩いて耳目を集める。例え興奮のさなかにあれど、守護者統括の言葉を聞き逃す者などナザリックには一人たりともいない。

 

「皆、聞いた通りよ。万全に備えることが忠義の証と知りなさい。デミウルゴス、例の話を」

「畏まりました」

 

 一歩前に出たデミウルゴスが丸眼鏡のフレームを持ち上げ直した。そこから広がった静寂は一気に玉座の間を支配する。

 

「アインズ様がぶくぶく茶釜様と共に月夜をご覧に出られたとき、私はお側に控えていました。そして」

 

 そのシーンを思い出し、それがつい先ほどのことのように心が震える。感極まっている様子のデミウルゴスに、シモベ達もまた来たる言葉に備えて息を呑んだ。

 

「『世界征服も悪くない』と仰ったのです。その尊名を轟かせるという事は、即ち世界のあらゆる者が至高の御方々に膝をつき、真に世界の全てを供物とすることです」

 

 再び狂乱の熱が場を包んだ。全員が畏れ多くも至高の真意の一端を理解できたことへの感激と、世界が供物となることは至高の御方々に対して当然だと言う納得。固く結ばれた団結とこの結束を見越していたであろう至高の御方々への敬意を新たに、デミウルゴス他階層守護者たちも歓喜に身を震わせた。

 

 

 

「ねねねアインズさん、これから本格的に色々冒険しちゃいます? なんかユグドラシル強くてニューゲームと思ったらテンション上がってきました」

「そうですねー……心配ばかりしても仕方ないし、いっそ開き直って動いてみようかな。亜人や異形種の集落とかもありそうだし、手分けして攻略していきましょうか……」

「乗り気っぽいのにテンション低いですね」

「いやさっきの演説の揺り返しが……」

「あー」

 

 玉座の間の盛り上がりは露知らず旅行先でも決めるかのように暢気な会話に花を咲かせる至高の二人であった。




ヒロインはアインズさんだったんだよ(な、なんだってー

2018.8.15 数字の表記を修正しました。
2018.11.3 行間を調整しました。

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