オーバーロード 粘体の軍師   作:戯画

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番外編その8 敗北の先

 少しばかり小高い山中に位置する湖畔。雨が降れば飽和した水の流れは瓢箪型の湖へと流れ込む。静謐に満たされた森の中の湖はいかにも神秘性を(たた)えている。

 しかし近付いて観察してみると、人工的に作られたものに誰もが気付くだろう。それは湖の中へ規則的に打たれた杭だ。

 

 水中では杭同士のあいだに目の細かい網が張られており、中には多数の魚が泳いでいる。下流の川で獲れるものより大きな個体もいた。餌を撒くと元気な水音が返ってくる。いざ育ってくるとまだまだ大きくなりそうな気がして、もう引き揚げてしまっていいものかと迷いが出てくる。幸い、差し迫って食料が足りないわけではない。頭打ちが見えるまではもうしばらく様子を見ることに決めて、ザリュースは随分広くなった生け簀を見渡す。

 旅から戻って、独りで生け簀を作ろうとしたときにはうまくいかず試行錯誤を繰り返した。ときには捕まえた魚を無駄にしていると陰口を叩かれることもあった。唯一の味方は兄のシャースーリューだった。直接的な妨害が無かったのは、族長でもあった彼が黙しつつも睨みを利かせてくれていたことも一助となっていたのだろう。

 

 ようやく生け簀が小規模ながら養殖場としての役割を果たしはじめた頃、蜥蜴人(リザードマン)の運命を大きく変える事件が起きた。

 

 突如現れた謎のモンスター。その後ろに控えた強大過ぎる存在に対抗するために、昔争い分かれた部族が手を取り合った。あれほど蜥蜴人(リザードマン)の力が集約したことはかつてないだろう。

 

 ザリュースもまた、戦った。いま思い返しても自分たちは全力以上を出した。あれ以上の結果を出せる手があったとは思えない。

 

 だが、負けた。そもそも初めから認識が間違っていた。勝負にもなっていなかった。ただ圧倒された。

 あまりに差があり過ぎれば悔しさすら浮かんでこない。戦友のゼンベルと同様に自分も一度死んで、至高の御方の手によって復活したそうだが、死んだあたりの記憶はいまだに曖昧だ。

 復活直後の朦朧とした感覚に包まれながら、クルシュの声を聞いた。皆殺しになっていなかったということは、戦いが終わった後の交渉ではひとまず蜥蜴人(リザードマン)という種の存続は許されたことになる。

 細かい話は後になって聞いたのだが、次はいったいどんな無茶な要求をしてくるかと身構えていたのが拍子抜けするほど、かの組織・ナザリックからの要求はささやかなものだった。

 村に見える変化といえば一角に建てられた聖殿に至高の御方を称える像が祀られたことと、支配階級である蟲の戦士、コキュートスとその部下が出入りしているくらいだ。彼らが横暴かというと全くその逆であり、何かと困っていることや問題は無いかと聞いてくる。部族が分かれた原因である食料問題を恐る恐る挙げると、翌日にはまるまると太って骨の無い不思議な魚を持ってきた。これからも継続的に提供すると宣言し、現在に至るまでその宣言が破られたことは無い。かつては種族全滅の危険すらあった最大の問題が、あっという間に解決したのだ。

 当然、永久に頼るわけにもいかないためこうしてザリュースの実験していた生け簀など食料自給を高める努力はしているが。

 一応蜥蜴人(リザードマン)は彼らの組織末端へ組み込まれているようだった。

 

 そういった経緯もあって蜥蜴人(リザードマン)全体の意識は思いの外鬱屈したものではない。元々蜥蜴人(リザードマン)の社会では強い者が族長になる慣習があったことも影響している。

 

 この生け簀が拡大したのも、彼らの助力があったればこそだ。数年後に考えていた規模がほんのひと月そこらで出来上がってしまった。

 

 結果からいえば皮肉にも戦いに負けたことで蜥蜴人(リザードマン)の生活には余裕と平和がもたらされていた。

 持ってきた餌を撒き終えるとザリュースは村へ戻ることにした。

 

 

 

 大きく育てば差し入れると兄に約束していたが、果たすのはまだしばらく先になりそうだ。内心謝りながら、渡すときにはどう伝えるかを考えてみる。兄嫁経由で渡しても構わないが、後で兄に小言を言われそうな気もするのでやはり本人に直接渡すべきだろうか。

 

 難しい。思考をぐるぐる回しているともう村が見えてきた。

 

「……なんだ?」

 

 様子がおかしい。村の入口付近に何人かが集まっており、皆一様に緊張していた。その中には雪のように白い肌を持つアルビノの姿もあった。

 やや急ぎ足に近付くと、ザリュースに気付いた数名が道を開ける。

 

「ザリュース……」

 

 不安そうな声を投げ掛けてきたのはクルシュ・ルールー。林から見えたアルビノの雌であり、祭司(ドルイド)にして現在の蜥蜴人(リザードマン)代表だ。

 

「何かあったのか?」

 

 クルシュの前にいるのは虫とクリスタルを混ぜ合わせたような外見を持つ、冷気の武人コキュートスだ。最終的にザリュースを含む蜥蜴人(リザードマン)の精鋭五人を屠った、ザリュースにとっては自分自身の仇ともいえる存在だが、恨む気持ちは湧いてこなかった。

 

 それはそれとして、尋常ではない存在であることを身をもって知っていることもありコキュートスとクルシュのあいだを割るように位置取る。まだ拭いきれないかすかな警戒心を気取られないように細心の注意を払いながら。

 コキュートスの腕四本に武器は握られておらず、周りには昆虫に似た姿や何だかよく分からない皺くちゃの姿をした者たちが控えている。彼らはコキュートスの部下であり、連絡やら雑用やらのために同行していた。

 コキュートスほどの戦士ならば無手であってもその気になれば蜥蜴人(リザードマン)を皆殺しにすることなど容易いはずだ。武器を手にしているかどうかは脅威という点で意味が無い。

 つまりこれは敵意を持っていないことの意思表示だ。あるいは歯牙にもかけていないだけなのかも知れないが。

 

「要件ハ伝エタ」

 

 タイミングがいいのか悪いのか、それだけ言うとコキュートスは背を向けて立ち去った。

 

「フーッ、緊張したわ……。早速その件で相談したいのだけど……ザリュース?」

「あ、ああ。構わない」

 

 声を掛けられてハッとする。握った手の中にはじっとりとした感覚があった。

 

 

 

 コキュートスの来訪は既に村の全員が知るところだった。そのためクルシュが召集を掛けた族長会は即座に開かれた。

 列席しているのはクルシュ含む五部族の元族長、ザリュース、その兄シャースーリューの七名だ。

 元々はシャースーリューが族長を務めていたが、戦死した際クルシュが蜥蜴人(リザードマン)の代表となったことで復帰は保留されている。クルシュが戦後交渉によって蜥蜴人(リザードマン)の安全を確保できたことは大きな功績であり、過去部族が分かれていたときのようなアルビノに対する偏見も吹っ飛んでしまった。そして何より、下手な動きを見せてナザリックの勘に触るという事態は絶対に避けなければならない。その共通認識があったからこそ大きく騒ぎ立てる者もおらず、クルシュが代表であり続けている。慣習上族長と呼ばれることもある。

 

 特にこの場にいるのは戦場でコキュートスの圧倒的な力と対峙し、その手に掛かった者たちだ。ザリュース同様のちに魔法によって復活している。クルシュの事情も理解しており、彼女を代表として立てることに異を唱える者はいない。

 

 空気が重い。ナザリックが絡む以上、対応次第で蜥蜴人(リザードマン)の運命が決まってしまうのだ。比喩ではなく種族全体の命が掛かっている問題を前に重責を感じないわけがなかった。それでも目を背けることはできない。最初に口を開いたのは代表のクルシュだ。

 

「さっきコキュートス様がいらっしゃっていたのはみなさんご存じでしょうから、用件をお伝えします。()の偉大なる地、ナザリックに戦士を寄越してもらいたいそうです」

 

 思わずその場にいた全員の表情が歪んだ。同時に心のどこかでやはりと納得した部分もあった。蜥蜴人(リザードマン)の中には祭司頭のように魔法を使い戦える者もいる。だがそれは限られたごく一部の話であって、種族全体で見たときの主戦力は戦士階級による肉弾戦なのだ。もし戦士階級が村からいなくなれば戦力は激減し、残された少数の祭司たちが反逆を起こすとも考えにくい。服従の立場である以上向こうの決定に口出しできないのは理解しているが、それでは万一魔物などに村が襲われた場合の自衛手段さえも危うくなってしまう。食糧問題が解決の道を見付けたと思った矢先にこれでは、げんなりしてしまうのも無理からぬことだった。

 

「それと、入れ替わりでこちらに常駐するシモベの方がお一人増えるそうです」

 

 抜けた戦力の穴埋めということか。一体で戦士階級全員の働きができるものかと一喝したいところだが、そんなのがいてもおかしくない。というより実際にそれ以上だろうと思わされる存在を複数目撃しているのだから、一笑に付すことはできない。

 

「読まれているか。ならば、単純に頭数の話でどうにかならないか?」

「いや、召喚魔法などが使えるなら数の不利はある程度カバーできてしまう。その線も難しいだろう」

 

 クルシュの使える中にも第三位階の召喚魔法がある。あれは一体を使役するものだが、ナザリックに属する超常の存在ならば複数体を同時に使役してもおかしくはない。

 

 断るのに妥当と思われる理由が見付からない。残された者たちの不安を理由にしても機嫌を損ねるだけの可能性がある以上、実情のままに抗弁するのは最後の手段だ。それに連れて行かれる戦士たちがいつ、無事に戻ってくるかすらも分からない。最悪の事態を想定するなら、彼らが戻らないことを前提に様々な対応を考えざるを得ない。

 

 どうあれ、如何なるケースと対応方法を想定してもリスクを完全に排除することはできない。会議の場は再び沈黙に包まれた。

 

「キュクー殿、何か良い知恵はないだろうか」

 

 小さき牙(スモール・ファング)の元族長が頼ったのは鋭き尻尾(レイザー・テール)の元族長、キュクー・ズーズーだ。過去見ないほどの傑出した聡明さの持ち主であり、同時に四至宝のひとつである白竜の骨鎧(ホワイト・ドラゴン・ボーン)の所有者として知られる。装備と同時に知力を不可逆的に奪い、比例的に硬度が増すという破格の性能と呪いにも近い性質を持つ鎧。常人ならば白痴化する例がほとんどと伝えられていたが、彼だけはそれでもなお高い思考力を保有していた。

 雪の様な白さを誇るその鎧は、現在身に着けられていない。

 

「……コキュートス様は何のために戦士を欲しておられるのだ? それが分かれば全部と言わずとも人数を絞ることはできないだろうか」

 

 初めて会ったときの片言交じりではない、高い知性を感じさせる言葉だった。

 復活した直後には呂律が回らないことはザリュースのときにクルシュをはじめ何人もが見ていた。五人の勇者たちを大儀式も用いずに死から引き戻した奇跡を目の当たりにしたときには度肝を抜かれたが、半時としないうちに二度目の奇跡と対面することになった。

 

 白竜の骨鎧(ホワイト・ドラゴン・ボーン)は恐ろしく鋭利な切り口で装着者ごと両断されており、魔法の力が抜け落ちてしまったのか金属とは質の違う不思議な輝きも失われてしまっていた。そのままで安置しておくのも忍びなく、遺体の回収と同時に剥がしている。

 キュクーもまた復活直後は意識がはっきりしていなかった。鋭き尻尾(レイザー・テイル)族の生き残りが駆け寄り、沼地で冷えた身体を温めるために小屋へと運ばれていった。そのあと一人の若者が慌てた様子で飛び出してきた。まるで祖霊をその目で見たかのように。

 

 族長たちが復活したとはいえ病み上がりと大差無い。代表というよく分からない立場ながらクルシュとしては無視することもできず、呼ばれるままに付いていった。そして小屋の中にいたのはかつての知性を取り戻したキュクーだった。

 

 勇者蘇生と合わせて、聡慧で知られたキュクー・ズーズー復活の報は瞬く内に蜥蜴人(リザードマン)のあいだを駆け巡った。

 

 鎧の効果によって知性を奪われていたものの記憶まで失くしたわけではない。元族長として、今後は代表たるクルシュを影ながら支える立場に回ることを改めて表明し、他の元族長たちもそれに同調した。以来、元他部族同士に摩擦が生じないように勝手の分からないクルシュを補佐して蜥蜴人(リザードマン)全体の団結に力を尽くしてくれている。

 

 その彼の意見を受けてクルシュは首を傾げる。

 

「あの、すみません。みなさんさっきから何を仰っているのでしょうか」

「? ()の偉大なるナザリックが、戦士を欲しているという話ではないのか?」

「ええ。その通りです。それで、どなたにお願いしようかと……」

 

 頬に手をあてたクルシュの態度は、何か知らずにまずいことを言ったのではないかと心配する、そんな佇まいだった。何度目かの沈黙。まず最初にキュクーが、次いでシャースーリューが鼻を鳴らす。不機嫌というほどではないものの、慌てふためいていた自分たちの無様さを紛らわせるためのものでもあった。

 

 シャースーリューはザリュースに睨むような視線を飛ばす。目が語っていた。お前が指摘しろ、と。代表という重苦しい肩書きをクルシュに負わせるのは同族として、雄として忍びない。そこへ追い打ちを掛けるような真似はしたくないというのが全員の共通認識だった。

 だが間違いを正さないわけにもいかない。貧乏くじを引かされるのは彼女と深い仲になっているザリュースということもまた、全員の共通認識だった。

 観念したザリュースは少しばかり恨みがましい目で場を見回すが、誰も目を逸らして我関せずの意思表示。兄すらも例に漏れず完全な孤立を確信する。

 兄嫁にこの話をしたらどうなるかななどと心にも無い冗談を内心に浮かべて溜飲を下げておくことにした。

 

「クルシュ」

「なぁに、ザリュース」

 

 言いづらい。こうも純粋な眼差しを向けてくる彼女に間違いを指摘するのは、それ自体が忌避されるべき行為のような気がして。

 

「……ごほん」

「ハッ!」

 

 兄の咳払いで我に返れば、真剣な面持ちで見つめ合う(つが)いがそこにはいた。場違いにもほどがある。これ以上珍妙な行動を取ってしまわないよう、顔の火照りを押し込めてザリュースはクルシュに質問する。

 

「あー、クルシュ。コキュートス様が求めている戦士というのは……何人だ?」

「え? それはもちろんひと……ぁ、ごっ、ごめんなさい! 一人! 一人です! 選出は任せるから近接戦闘に優れている者に一人来てほしいそうです! あーもう、なんでわたしったらいつもこうなの……」

 

 うっかりが多いのは否定できないが、基本的にクルシュは聡い。自分のミスに気がつくとほんのり桜色に染まる顔を隠すように丸みを帯びた両手でぺとりと挟む。その仕草が愛らしくて、ザリュースは他の者の意見を伺う振りをして無理やり視界から外した。

 このままでは初めてクルシュと会ったときのように自制が効かなくなる。前歴があるために自分で自分が信用できなかった。

 

「まあ、それならそこまで心配には及ばんか」

 

 小さき牙(スモール・タスク)族の元族長がフォローも兼ねて水を向ける。

 

 残る問題は誰に行ってもらうかということだけだが、中途半端な者を送り込めば軽く見ていると取られかねない。少なくとも族長クラス、それも近接戦闘が得意な者となれば、シャースーリューのような魔法詠唱者(マジック・キャスター)系の実力者は選択肢から外れる。

 

「とすると……ゼンベ」

「ザリュースだな」

「ザリュース」

「頼んだぞ」

 

 傷だらけの巨体に、鍛え上げて異様に膨れ上がった右腕の持ち主。四至宝フロスト・ペインの力を借りず正面から戦えば勝敗の見えない相手。良きライバルにして戦友であるゼンベル・ググーの名を挙げようとしたザリュースの声は畳み掛けられた言葉に押し潰された。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。どうして満場一致なんだ。兄者、ゼンベルの強さは近くで見ていた兄者とてよく知っているだろう」

「もちろんだ、弟よ。だがお前の方がよく知っているのではないか? 想像してみろ。未知とはいえ()の偉大なる御方の地に、ゼンベルを、独りで、送り込む?」

「……………………分かった。俺が行こう」

 

 ゼンベルを信用しないわけではない。が、よくいえば豪放、その実は面倒臭がりで大雑把の極みともいうべき気分屋だ。果たしてどこで竜の逆鱗を撫でてくるか分からないような奴だ。単独で送り出すのはリスクが高過ぎるという結論に達したと同時に、ザリュースは覚悟を決めた。

 

 

 

 誰が行くか決まったことをコキュートスの部下に伝えると、翌日には迎えが来た。

 きれいにまとめられた艶のある黒髪、銀縁の顔飾り──眼鏡を着けた彼女はユリ・アルファと名乗った。

 

 ザリュースは最初ユリを人間種だと思った。旅の道中で人間を見掛けたことがあり、彼女の身体的特徴はそれらによく似ていたからだ。

 

「本日はナザリック地下大墳墓への道案内を務めさせていただきます」

 

 ナザリックという単語を聞いてハッとなった。彼女もまたコキュートスと同じく、あの凄まじい存在に仕える者である。見た目の印象を頼りにしてはいけない。

 ナザリックの組織全体はまだまだ謎に包まれているところが多い。ほんのわずかの油断から生じた瑕疵(かし)が致命的で甚大な結果を呼びこむかも知れないのだ。

 

「お手間を掛けていただき、ありがとうございます」

「そう過剰にかしこまる必要はありません。早速出発致しましょう」

 

 ザリュースの首肯を確認するとユリは歩きだす。

 できれば多頭水蛇(ヒュドラ)のロロロに乗っていきたいところだが、指定されているのは『戦士一人』だ。反抗的な行動と受け取られる危険があるため不確定要素を増やすのは得策ではない。

 

「ナザリックまではおおよそ三時間ほどです。休憩を挟んでも問題ありませんので、道中疲れたら言ってください」

「お気遣いいただきありがとうございます。お……私は大丈夫ですので、ユリ様にお任せします」

「そうですか……では少しペースを上げましょうか」

 

 先を行くユリは悪路をものともせず、滑らかに、緩やかにスピードを上げた。足取りに迷いは無く、軽やかだ。

 ナザリックのメイドが身に着けている服は全て魔法による保護が掛かっている。そのためどんなところを掃除しようともメイド服自体が汚れることはない。それはユリたち戦闘メイド(プレアデス)についても同じことが言える。たとえ泥水の溜まった深みに脛までどっぷり浸かろうとも、撥水素材に水をかけたように痕跡すらほとんど残らないだろう。

 

 それでもユリはなるべく水気のあるところを避けていた。傍目には分からない絶妙な体重移動によって泥跳ねも最低限に抑える。それは同時にすぐ後ろを付いてくる蜥蜴人(リザードマン)に泥が掛からないようにとの配慮も含んでいる。

 トブの大森林は妹のシズがアウラとの共同作戦の現場としていたため地理はあらかじめ聞いておくことができた。特に蜥蜴人(リザードマン)侵攻作戦の際にはアンデッド隊の誘導役を担ったこともあり、シズに教えられた集落とナザリックの位置関係は実に正確だった。

 

 これまでの調査でナザリックに最も近い人間のコミュニティはカルネ村であることが判明している。その次に近いのは都市エ・ランテルだが、カルネ村からは人の足で半日はたっぷり掛かる距離がある。

 そのカルネ村もトブの大森林側から行けばナザリックのさらに向こうに位置している。

 森の賢王、蜥蜴人(リザードマン)、トードマンといった大森林内に存在する勢力は着実にナザリックの実質支配下へと取り込まれているため、森の深いルートを進めば基本的に何者かとの偶発的遭遇とそこから生じるトラブルをあまり考えなくてよい。そういった考えもあり、ユリは水の流れから離れて、より陽の届かない暗がりへと入っていった。

 

 日中であっても開拓の手が入っていない森は樹木も下草も伸び放題だ。そのせいで開けた場所と比べて明るさの落差が激しい。

 もっとも、そんなことはユリにとって何の問題も無い。銀縁の眼鏡もレンズの入っていない単なるアクセサリーであり視力が低いわけではないのだ。

 

 鬱蒼とした林の中には朽ちた倒木が多く見られ、散った落ち葉によって地面のほとんどが覆い隠されている。

 川辺から離れたことに加えて柔らかな土が音を吸収しているのか、薄ら闇は意外なくらい静かで、目立つのは二人の足がかき分ける落ち葉の擦れ合う音くらいのものだ。

 

「ザリュースさん、あなたはナザリックのことをどれほどご存知でしょうか」

「は……。我々の遥か及ばぬ強さであるコキュートス様、あの方が(いただ)く偉大なる御方のおられる聖域と認識しております」

 

 コキュートスがナザリックで突出した存在だとは考えていない。アンデッドの軍勢を退(しりぞ)けた後、プレッシャーを掛けるために現れたところを一度目にしている。そのとき、決死の覚悟でやっと五分五分になると思える強力なモンスターを小柄な少女が一瞬で消滅させるのを見た。それも五体同時にだ。何気無く、小枝を手折るかのようにあっさりと殺気すらちらつかせずに。

 いや、初めからあの少女にとっては本当に何一つ大したことではなかった。敵とすら認識していないのであればありもしない殺気が漏れるはずもない。

 

「ああ、それはシャルティア様ですね。コキュートス様と同じく階層守護者の方です」

「なるほど、道理で……」

 

 正直力の差があり過ぎて、シャルティアとコキュートスのどちらが強いかさえザリュースには測れなかった。かといって面と向かって聞くには角の立つ質問だ。危険を感じる話題には触れないことにした。

 

「簡単にではありますが、ナザリックの組織についてご説明しておきます」

 

 村からザリュースの言動を見ている限りではまず大丈夫だと思うが、ユリは念には念を押しておく。

 

 外部の戦士を迎えに行くと聞いたとき、頭に(よぎ)ったのは第六階層にいる人間のことだ。シャルティアと協力して攫ってきたあと直接的な接点は皆無だが、回復魔法を掛けるために足を運ぶことが多いペストーニャからは断片的ながらも彼の災難の日々を聞いている。

 

 そこまで酷いことにはならないだろうが、やはり最低限の教育というものは必要だ。

 さすがに宝物殿などの情報は伝えられないので、取り急ぎ至高の御方々のことと一部を除いた階層守護者のことを説明しておく。とりあえずこれだけ心得ておけば出会い頭の事故は起きないだろうという程度だが。

 

「見えました。あれです」

 

 ユリの指差した先には小高い丘が密集していた。マーレの施した偽装のため、地表部の外壁はすべて土によって隠蔽されている。

 

 乱雑に荒れた様相を呈している墓地を抜けていくと、朽ちた神殿に到着する。石で作り上げられたその建築技術は蜥蜴人(リザードマン)には無いものだったが、神聖な雰囲気の残滓を感じさせるのは種族に関係無いらしい。勝手の分からないザリュースは誘導されるがままに奥地へと足を踏み入れた。

 第一階層と説明されたエリアにはところどころに動死体(ゾンビ)などのアンデッドがうろついていた。だが先を行くユリはそれらに一瞥もくれることはなく、迷いの無い様子で歩を進めていく。警戒の必要が無いということなのだろうが、少し前に一族の存亡をかけてアンデッドたちと戦った身としては身構えるなと言う方が無理な話だ。

 

 いくつかの転移門を経由すると、ザリュースの全身を冷気が襲った。

 

「これは……!?」

 

 不可思議だった。その名の通り、ナザリックは地下へ広がる階層構造だと聞いている。にもかかわらず舞い乱れる吹雪はとても地下の光景とは思えない。鱗の隙間から染み込むような冷たさは、冬場にアゼルリシア山脈から吹き下ろす雪風に勝るとも劣らない。フロスト・ペインによる加護が無ければ身を震わせていただろう。

 撫で付けられる細雪(ささめゆき)も運んできた風も幻覚とは思えない。ナザリックの力をもってすれば現実と区別できない幻覚を見せられても何らおかしくはないが、わざわざ戦士と指定して呼んだ相手にそんなことをする理由が思い当たらなかった。

 だいいち、大いなる存在は天候すらも容易く変えて見せたのだ。今更何を驚くというのか、自嘲の気持ちから口角がわずかに上がった。

 

「ここは第五階層、あなたたち蜥蜴人(リザードマン)の支配を取り仕切っているコキュートス様が守護者を務めていらっしゃいます。あちらが住居ですね」

 

 ユリが指差した先、吹雪のカーテンの奥に浮かぶシルエット。そこには逆さまにした蜂の巣状の大半球があった。何かと接点の多いコキュートスに関することであれば、情報を知っていて損は無い。出来得ることならばもっと細かく観察したいところだが、一切衰えることのない風雪がそれを許してはくれなかった。再び白に包まれた半球がその輪郭を朧にする。

 

 次の転移門をくぐった先は、第五階層とのギャップのせいかじんわりとした暖気に包まれている気がした。薄っすら漂う土と植物の匂いは馴染み深いものだ。

 

 等間隔に灯りが配置された通路を抜けると、楕円形の広場に出る。足元はやや乾いた土であり、広場の外周は容易には乗り越えられないくらいの壁に囲われている。

 そこへ土煙を上げながら近付いてくる者がいた。

 

「ユリ、戻ったの? ああ、そっちが例の」

 

 長く尖った耳、浅黒い肌に宝石のような緑と青のオッドアイ。白地のジャケットの下には赤鱗のインナー。胸元には首から提げた金色のドングリが揺れている。

 この闇妖精(ダークエルフ)の少女にザリュースは会ったことがある。会ったといっても、遠目に見た程度だが。

 

「あたしはアウラ・ベラ・フィオーラ。この第六階層守護者のひとりだよ。よろしくね」

「私はザリュース・シャシャといいます。そうか、ただ者ではないと思っていたが……」

 

 自己完結で納得しているザリュースを前にアウラは首を傾げるが、蜥蜴人(リザードマン)に関係する記憶はそう多くない。ぶくぶく茶釜の宣戦布告のお供をしたときのことを思い出すのに大した時間は掛からなかった。

 

「そういえばあのときにいたね。じゃあマーレも見てるかな」

「アウラ様」

「あー、そっちかぁ。じゃあ細かいことは後でいいや」

 

 気の置けない相手であるユリがかしこまった言葉遣いをする。それは友人としてではなくナザリックのメイドとしていまそこにいるのだという彼女の自己主張のひとつだ。

 

「そうしていただけると助かります」

「いいよいいよ。至高の御方々をお待たせするわけにはいかないもんね」

 

 ザリュースは初めてナザリックを訪れた蜥蜴人(リザードマン)だ。それならまずやるべきことは決まっている。

 

 灼熱の第七階層を経て、ついにザリュースはナザリックの深部たる第九階層へと足を踏み入れる。地上から通ってきた階層とは明らかに異質、荘厳でありながら絢爛な、まさしく人智の及ばない神域に迷い込んだのではないかと錯覚してしまう圧倒的な雰囲気があった。

 蜥蜴人(リザードマン)は木や蔦を主材料に用いた高床式の住居を水辺に作る。一世帯につき一軒が普通なので大きさはどれも似たようなものだ。集会所として使われる小屋は比較的大きいものの、せいぜいそれも通常の家屋の数倍程度である。資材の調達や補修がしやすい環境ということもあり、建築技術はザリュースが生まれる以前から変化していない。その必要が無かったとも言えるが、違った建材を使うといった抜本的な変革は無かったのだ。

 それがどうだ、このナザリックはスケールから建材から装飾に至るまでが極めて高い技術によって作られている。

 

 コツリと硬い感触が足の裏から返ってくる。視線を少し落とすと、床は澄んだ湖と見紛うほど削り磨き上げられた石で仕上げられていた。爪で引っ掻いて傷を付けてしまわないか一瞬心配になるが、爪を接地させずに歩行するのは中々難しいうえにヒョコヒョコと珍妙な動きになるのは確実だ。覚悟を決めて堂々と歩くことにした。

 

 内部構造を全く知る由も無いザリュースは、ユリの歩むままに後ろを付いていくことしかできない。通路が放つ(まばゆ)さに少し慣れてきた頃、ちらほらと聞こえる囁き声に気が付く。

 

「ユリさ……うぇ!?」

「ちょっと、あれなによ」

「ほら最近コキュートス様が」

 

 どうやら声は通路の先の角あたりから聞こえる。つい反応して鼻先をそちらへ向けた。蜥蜴人(リザードマン)

は視野が広い半面、両目で立体的に知覚できる角度がやや狭い。距離を掴もうとするとどうしてもこのような振る舞いになってしまう。「きゃっ」「こっち見た~」などあまり緊張感のない言葉が飛び出す。場にそぐわないような印象を受けてザリュースは少し困惑する。だが同時に似たような経験は過去にあった。どこの誰であっても外から来たものは異物なのだ。

 

「やはり、私などが立ち入ってよい場所では」

「……あの子たちには後で言っておきます。あなたたちを支配下に置くのは至高の御方々の決定。それに反する者などナザリックにはいません」

 

 賓客であれば話は別だが、所詮シモベのひとりという扱いの蜥蜴人(リザードマン)が来ることなど隅々まで周知はされていない。そういう意味では一般メイドたちの反応に罪は無いと言えるが、ナザリックのメイドとしてはもう少しキッチリしていてほしい。とは言ってもこの手の思考は大抵、彼女たちがそうあれと創られたのなら変化を望むのはおこがましいという結論に至ってしまうのだが。

 咎めるような視線だけを向けると真剣な雰囲気を感じ取ったのか慌ただしそうにメイドたちはそれぞれの仕事に戻る。一般メイドの主な仕事がこの第九階層に多くあることを考えると逐一注意をするのも効率が悪い。気にしないことにしてユリは第十階層へと続く大階段へ向かった。

 

 大きな半球状のドーム。ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)と呼ばれるその部屋の奥にはひとつの巨大な扉がある。禍々しさと神聖さが混在して見えるのは左右に配された精緻な女神像と悪魔像のせいだろうか。戦士としての感覚を研ぎ澄ませて、ザリュースはその考えを否定する。得も言われぬプレッシャーは扉そのものではない、その奥に在るものこそが原因だと。

 

「この奥が玉座の間です」

 

 ここまで案内を務めてきたユリに感謝の言葉を伝える。キャパシティオーバーでパンクしそうな思考がまだ一応の平常を保っていられるのは、ここに至るまでの道すがら彼女との会話で緊張がほぐれていた部分が大きい。仮にだが、そんなことはあり得ないがコキュートスに案内されていたら緊張のあまりこの場に己の足で立てていたかすら危うい。いやしくも村一番の戦士として呼ばれた者の考えとしてはあまりに弱気で自嘲の笑いがこみ上げるが、コキュートスと対峙した者たちならば似た感想を抱くだろうと確信があった。

 

 そしてついにナザリック地下大墳墓の最奥へと足を踏み入れる。澄んだ水底を逆さまにしたような深い天井と、煌めきと淡さを(たた)えた不思議な青白い光。左右には例にもれず細やかな装飾の施された柱が列し、あいだに挟まれて紋章の刻まれた大きな旗がいくつも並んでいる。部屋の中央に敷かれた真紅の絨毯、その直線上には黒曜石のような尖りに彩られた玉座がある。そこに座しているのは死の顕現。横にはアウラと一緒にいた粘体質の肉塊の姿も見える。

 

「ソコデ止マレ」

 

 コヒュー、と冷気を薄っすら吐き出しながら発された警告じみた声にザリュースは聞き覚えがあった。決して存在を認識していなかったわけではないが、玉座の主に圧倒されるあまり注意が向いていなかったのは否めない。

 

 足を止めたザリュースは自分自身でも不思議なほど自然に(ひざまず)いていた。神を前にして、その許し無く立っていることなどできはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 詳細な説明も受けないまま玉座の間で待っていたアインズは、ザリュースを見ながら考え事をしていた。彼を含めて五人の蜥蜴人(リザードマン)を復活させたわけだが、少し力を見せ過ぎたかも知れない。絶対的な力を印象付けるという意味では一連のデモンストレーションは大きな効果があった。いや、効果があり過ぎたのだ。元々支配下に置くとは言っても、蜥蜴人(リザードマン)本来の文化や社会体制を完全に破壊してしまいたかったわけではない。だからこそ余計な混乱を生まないようにと族長格の者たちを復活させたのだから。

 だが結果的に奇蹟をも操る死の化身として、アインズは蜥蜴人(リザードマン)社会において偶像化と神格化の対象となってしまった。今更否定的な意見を言える雰囲気でもない。今後も何らかの種族と接触したときには力の見せ方にも注意する必要がある。

 

(いまは支配してからそう年月も経っていない。こちらが彼らを無闇に害する意思が無いと実証されれば多少マシにはなるだろう)

 

 聖殿に自分とぶくぶく茶釜の像が設置されて、あまつさえ日々供え物をされて拝まれていると聞いたときにはあまりの気恥ずかしさに精神の平静化が発動してしまった。しかもこの建造は蜥蜴人(リザードマン)ではなく元からナザリックにいた者たちが主導で(おこな)ったというのがまた対処に困る。だが統治は全面的にコキュートスに任せたのだ。それを横からあれが気に入らないこれが気に入らないと口を出すのは横暴というものだ。像の報告を聞いたときにはアルベドや他の守護者たちもそれは素晴らしいと大絶賛だったため、他のシモベたちの反応も恐らく似たものなのだろう。そう思うともう撤去するタイミングを完全に逸してしまった気がするが、わざわざ見に行かなければ目に入らないのが唯一の救いだ。

 

 今回ザリュースが来たのはコキュートスの呼び出しを受けてのもの。日程はあらかじめ伝えられていたため、エ・ランテルで『漆黒』として受けている依頼をルプスレギナに任せてナザリックへ転移による一時帰還をしていた。

 

「アインズ様、オ待タセシマシタ」

「うむ。面を上げよ。ザリュース……だったか?」

「はっ! お見知りおきいただき光栄です。ザリュース・シャシャ、お呼びにより参上致しました!」

「くるしゅうない、なんてね。えーっと、てゆーか呼んだのはコキュートスだよね?」

 

 緩い緊張が支配する空間で、一際砕けたノリの話し方。だがそれを注意する者はいない。何故なら彼女もまた、このナザリックの頂点の座に立つ存在の一人だからだ。一度目にしていることもあり、ぬめぬめした肉塊が喋っていることなどについてザリュースに驚きは無い。

 

「ソノ通リデゴザイマス。ぶくぶく茶釜様。コノ者ハ蜥蜴人(リザードマン)ノ中デモ最上級ノ戦士。私ノ預カル任務ニ協力シテモラウタメニ呼ビマシタ」

「ふむ、武技の件か……」

 

 武技については冒険者として耳に入る情報にも意識を向けていたが、いま一つ習得の条件が見えてこなかった。<能力向上>などは人並み以上の戦士ならば比較的メジャーなものだが、一方で中にはオリジナルの武技というものも存在するらしく、分類としては特殊技術(スキル)に近い。習得可能な職業(クラス)の間口を広くした感じだろうか。

 だとすると検証という観点から人間種ではない蜥蜴人(リザードマン)を実験に取り入れるのは理に適っているといえる。

 

 武技の研究も大事だが、目を見張るのはコキュートスの成長ぶりだ。戦闘という得意な分野の絡むことも無関係ではないのだろうが、自発的にここまで考えて行動を起こすのは素晴らしいという外はない。誉めそやしたい気持ちが湧いてくるが、彼からすればいまだ結果は出ておらず道半ばなのだ。それならささやかな協力程度に留めておくべきだ。下手にプレッシャーが掛かってしまうのは良くない。

 

「検証するならば選択肢はあった方がよかろう。共通倉庫に保管されている武器防具のうち遺産(レガシー)級までなら使用を許可する」

「アインズ様よろしいのですか? あれらは至高の四十一人によって集められた品々。やすやすと下賜されては……」

「勘違いするな、アルベド。あくまで検証のために貸すだけだ。持ち出した装備品の管理はコキュートスに任せる。ナザリックから外に出さなければ何の問題も無い。まあ、あそこに放り込まれているアイテムごときその気になればいくらでも作れる。そう敏感になることもあるまい」

 

 資源がもったいないからやらないとは言いにくい。

 

「アリガトウゴザイマス!」

「他には無いか? ……以上だな。では私はエ・ランテルへ戻る。茶釜さん、一応アウラたちには説明しておいてもらえますか」

「はいよ」

 

 玉座の間から転移によってアインズは姿を消す。頭をなるべく動かさないようにザリュースは周囲を見渡すが、予想通りその姿は無い。つまり全く未知の方法によって転移したのだ。高位の魔法という線が本命だが、計り知れない力を目の当たりにしたことで弛みつつあった意識を再度引き締める。

 

「じゃあ私は第六階層に……って、通ってきたよね。アウラとマーレには会ったかな」

「ハッ。ユリ様にご案内いただく道中、第六階層にてアウラ様にはお会い致しました」

「マーレはいなかったかー。えーと、アルベド知ってる?」

「はい。この時間ですと、定期の外壁偽装の点検のため地表部へ出ております」

「なるほどね。了解ー」

 

 

 

 至高の御方々二人が転移したあと、ザリュースは立ち上がってよいものかしばし考える。すると布が風にはためくような音が聞こえた。その正体は玉座の側に控えていた長い黒髪を持つ守護者統括アルベド。その腰から生えた黒翼が上下する音だった。

 

「流石はアインズ様だわ。コキュートスの考えはお見通しというわけね」

「全クダ。両者ノ力量差ヲ埋メルタメニアノヨウナ方法ヲ提案ナサルトハ……」

 

 ザリュースを呼んだのはブレインの修行相手のレパートリーを増やすと同時に、蜥蜴人(リザードマン)の戦力増強の一助とするためだった。蜥蜴人(リザードマン)が強者を是とする種族であることは何度か村に足を運んだことで理解した。それならばナザリックの手でより強くなることができれば彼らの忠誠心はさらに強固なものとなるだろう。同時に戦士を強化することで有用性が増し、モンスターに襲われるなどの危険性が減るというのも狙いの一つだ。

 問題だったのは蜥蜴人(リザードマン)の相手をできそうなのがブレインくらいで、死の騎士(デス・ナイト)では力の差があり過ぎて練習にならないということだ。かといって単に蜥蜴人(リザードマン)同士で戦闘訓練をするだけならばわざわざナザリックでやる必要も薄れてしまう。

 

 アインズの提案した装備品貸出はそれらの問題を一挙に解決する。まず蜥蜴人(リザードマン)には無い装備品を使えるという点は戦士の思考でいけば垂涎ものの特典だろう。そして能力の底上げをすることで強い相手との戦闘訓練を通常よりも、前倒しにすることが可能になる。もちろん、絶対的な支配に影響は無い。だからこそ貸し出す装備品のレアリティを遺産(レガシー)級までと定めたのだ。その程度の装備品であればたとえ戦士階級全員が────やるわけも無いが────反乱を起こしたとしても、コキュートス一人で無力化も瞬殺も難しい話ではない。圧倒的な力の差を埋める要因にはならないのだ。

 

 シモベの考えを完全に看破し、かつ蜥蜴人(リザードマン)の反乱すらも視野に入れた妙策にコキュートスは身震いした。

 

「アルベド、私ハ第六階層ヘ向カウ。ザリュース、付イテクルガイイ」

「はっ!」

 

 自分以外誰もいなくなった玉座の間で、ひとしきり余韻を楽しんだアルベドは思い出したようにペストーニャに連絡を取り、第六階層へ向かうよう指示をした。




アニメ2期放送直前にこの番外編を書いたのは偶然だったのですが、
どうせならとちょっと予定繰り上げて投稿することに。

クルシュ書いてると恋する乙女は種族関係無く可愛いと思えてきました。
ガガーランも誰かに恋したら可愛く見えるようになるのでしょうか。


2018/1/10 ユリのセリフを修正しました。
2018/11/10 行間を調整しました。

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