オーバーロード 粘体の軍師   作:戯画

64 / 76
~前回のあらすじ~
王城に現れた強欲の魔将、足止めに一人残った剣士モモンとの闘いの行方や如何に(イイショウブダナー


第57話 王の剣

「ふん!」

「むう!」

 

 決戦組が壁外へ出たのを確認すると、それまで守勢に回っていたモモンは距離を取って高速の打ち込みを魔将目がけて振り下ろす。大鎌の背で受け流した大剣が派手な火花を飛び散らせて滑り、足元の地に鋭い軌跡を残した。

 戦闘音に気付いた城内巡回兵が慌ただしく戻っていく。

 

 打ち込みに合わせて魔将が耳打ちをする。

 

「報告に行ったようです」

「よし、≪完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)≫解除」

 

 戦士化の魔法を解除したことで戦闘能力は一気に下がる。戦士職としての適性が無くなり、外装統一によって戦士の皮を被った魔法詠唱者(マジック・キャスター)は戦士職のレベルに換算して80程度という貧弱な存在だ。

 

「はああああ!」

 

 両手持ちにした大剣を横に薙ぐ。先ほどまでと同じく大鎌にいなされるのも構わず攻めの手を休めることはない。徐々に対応が遅れつつある魔将はギリギリのところでクリーンヒットを避け、かすめたところからじわりと血が滲んだ。

 

「おお、見ろ! モモン殿が押しているぞ! なんという強さだ!」

「あの悪魔め、モモン殿の強さのあまり手も足も出ないのだろう」

 

 兵の一部が遠巻きにこちらを見ている。助力のために駆けつけたものの、戦闘は彼らが介入できるレベルではなかった。せめて何かあったとき報告をするために見守るしかなかったのだ。

 そして彼らは目撃した。英雄級とも言われるモモンの強さが真実であることを。悪魔すらも圧倒する人類の新たな希望の一つを。

 

(って、そんなわけないんだよなー)

 

 レベル80クラスのモンスターである強欲の魔将(イビルロード・グリード)相手にレベル30の戦士がいい勝負どころか優位に立つなど天地がひっくり返ってもあり得ない。常識で考えればワンパンで沈むのが当たり前だ。

 だが魔法で戦士に偽装したアインズのHPは本来のレベル100のままであり、いくら戦士としての基礎能力が低くとも一撃でやられたりすることはない。

 そして魔将が防御一辺倒に切り替えたことで、なおさら両者のレベル差は傍目に分かりにくくなっていた。

 

「奴はモモン殿の攻撃を避けきれていないぞ。傷だらけではないか」

「あんな鋭い斬撃を避け続けるなんて無理な話だ」

 

(避けようと思えば余裕で避けられるはずだけどな。あの傷はミリ単位で剣撃を見切ってわざと擦った演出だし)

 

 内心のそら寒いツッコミは置いておいて、それ自体が狙ったことなので口にはしない。魔将とモモンの力量は拮抗しているように見せなければならないのだ。

 

「ふん!」

「ぐうっ!」

 

 少し深めに入った袈裟斬り。肩周りは鎧で守られているが、露出している胸元には赤い筋が斜めに走り、確かなダメージが与えられているとアピールする。

 

「人間だからと侮れぬ」

「今更だな」

「だが、これならどうだ!」

 

 悪魔の背から何本ものチェーンが飛び出す。それぞれが意識を持っているかのように不規則な軌道でモモンへと迫った。

 薙ぎ払ったところで全てを切り落とすことはできない。咄嗟に上げた右腕ごとチェーンはたちまちモモンの首、胴、脚へと巻き付き拘束する。

 

「今度は綱引きで力比べか?」

「負ける勝負は好かぬ。奪えぬからな」

「名前の通り強欲な奴だ……うおっ!」

「はははは、知っているぞ! 陸を離れた戦士は無力だとな!」

 

 折り畳んでいた翼を大きく広げて羽ばたかせ、魔将はモモンを繋いだまま空高く飛び上がった。

 

「モッ、モモン殿ぉー!」

「あれは……! 危ない、退がれ!」

 

 鈍い輝きとともに落ちてきたのはモモンの大剣。下敷きになれば大怪我は免れない。兵士たちの顔が青ざめたのは事故を危機一髪で回避したことではなく、ここにある大剣が示すひとつの事実。

 

「なんということだ……。いくらアダマンタイト級とはいえ、丸腰ではひとたまりもないぞ!」

 

 並の者なら持ち上げるのがやっとの大剣を、上空に投げて届けるわけにもいかない。せめて行方をと見上げても、雲を抜けていった魔将の影を捉えることはできなかった。

 

 

 

 雲の層を完全に抜けて雲海に出る。今夜は見事な満月で、アインズたちがこの地に転移した日を彷彿させる光景が広がっていた。

 

(時の流れは早いものだというけれど、バタバタしていると振り返る暇もないからそう感じるだけなのかな……)

 

 振り回されながらの飛行は雲の中に入った時点で終了し、いまは穏やかな空中散歩といった趣きだ。

 

「ここまで来れば地上の者に話を聞かれる心配もありませぬ。……アインズ様?」

「ん、ああ、少し考え事をしていた。大したことではない」

「左様ですか。次は城内ですが、どちらがよろしいでしょうか」

「そうだな……。正門からだと正面に位置する宮殿があっただろう。デミウルゴスの調べによるとあれの最上階に国王がいる。それと恐らくだが、護衛の王国戦士長ガゼフ・ストロノーフもいるはずだ。剣士モモンの強さを引き立てるいいスパイスになってくれるだろう」

「御意。壁を壊しますゆえ少々荒っぽくなりますが」

「構わん。遠慮なくぶつけないと嘘くさくなるからな。ああ、それと戦士長ガゼフは大体いまの私と同等の強さかそれ以下だ。力加減を間違えて殺さぬよう注意しろ」

「はっ。すべては至高の御方の御心のままに。では、参ります」

 

 再び飛行の軌道が暴れる。常人であれば振り回された勢いに気を失ってしまうほどの加重がかかっても、アンデッドであるアインズには何の痛痒もありはしない。

 雲を直下に抜けた先の地上にはこちらを見上げている数人の兵士がいた。タイミングはバッチリだ。

 

 肩に残ったもう一本の大剣の柄を力強く握る。反撃の機を窺う獣のように。

 

「ははは、これで終わりだ!」

 

 チェーンが伸び、弧を描いて振り回されるモモンはこれまでで最高の速度に達する。空中で姿勢を制御する術も無く、弾丸と化した漆黒の全身鎧(フルプレート)は拘束されたまま王宮に頭から突っ込んだ。

 破壊された外壁の一部が地上に転がり、破片をばら撒いた。

 

 

 

 

 

 

 冒険者たちを集めた部屋から退室したあと、ガゼフはその足で国王ランポッサⅢ世の(もと)へ向かった。作戦の状況を報告するため、そして自身が王の警護をするためだ。

 いやしくも王国一の剣の腕を買われていまの地位にいる男が、国の危機において前線に出ることができない。かといって王を護る務めを(ないがし)ろにして良いはずも無い。不満を訴えた冒険者たちの心情も無理からぬと思うが、ガゼフ自身もまたジレンマを抱えていた。

 

 この件で国軍は動かせない。そのため軍議も無ければ王が動く理由も無かった。

 

 ただ、そもそも軍が動かせないのはこの窮地をチャンスと見た反王派に動く理由を与えないことにある。貴族を一枚岩にまとめ切れていないのは自身の力不足であると、それゆえせめて玉座にいることが王の務めであると言ったランポッサⅢ世。平民貴族関係無く国民を大切に想う王のため、ガゼフは剣を振るうのに躊躇いはない。

 

 玉座の間では王のすぐそばにガゼフ、その他王直属の親衛隊が部屋の中央を縦断する青絨毯の両サイドに配置されている。元より玉座は暗殺対策のために見通しのよい造りになっている。そして多くに開示されてはいないが、緊急時に王がすぐに逃げられる秘密の抜け道があるのだ。

 

 何よりいま起こっている事態は戦争ではなく、言ってしまえばモンスターの撃退だ。敵の目的はアイテムの奪取であって、王の首ではない。

 力を持っていても、待つしかないという状況。内心の微かな揺らめきを気取られたのか、王が重い口を開く。

 

「彼らと肩を並べたかったのではないか?」

「王……。いえ、私は王の剣であります。これこそが本懐と」

 

 嘘は無い。王のために振るわれる剣。それが王国戦士長という役割なのだから。

 

「噂に聞くアダマンタイト級冒険者も来ているそうだな。剣の腕は戦士長にも負けておらぬというが」

「いち剣士としては嬉しいようでもあり手合わせしてみたいようでもあり……複雑な心境です」

 

 口角を上げて微笑む。礼節を弁えているとはいっても、根は強さを求める剣士なのだ。目の奥には絶えることのない火が確かに宿っていた。

 

「し、失礼致します! 危急につき無礼をお許しください!」

「よい。何事だ」

 

 慌ただしい入室。思わずその場にいた全員が腰に手を伸ばし身構えるが、一気に高まった緊張は王の言葉で若干和らぐ。

 

 乱れた息を整える暇も惜しいとばかりに、大きく息を吸った兵士は現在の状況を述べる。

 

「決戦組出撃の際、ヤルダバオトの部下である強欲の魔将(イビルロード・グリード)と名乗る悪魔一体の襲撃を受けました!」

「では、(みな)足止めをされておるのか」

「いえ、アダマンタイト級冒険者『漆黒』のモモン殿が単騎で敵を引き付けております。他の方々は予定通り炎陣中心部へと向かわれました」

 

 ほう、とガゼフはモモンという人物への評価を高める。相手の選択肢を縛ることのできる魔法詠唱者(マジック・キャスター)と違い、剣士が敵を単騎で足止めするのはよほどうまくやらなければ難しい。特に悪魔系のモンスターは飛翔可能な翼を持つ者も多いと聞く。距離を空けて飛ばれてしまえばおしまいなのだ。

 他の決戦組が予定通り出撃したということは、その難易度を知ってか知らずかモモンは成し遂げたのだ。

 

 自信もさることながら、予想外の出来事に素早く的確な行動を取る。言うは易いが意外とこれが難しい。剣の腕を磨くうえで、ガゼフ自身も嫌になるほど経験したことだ。

 

 つい先ほど国王に言われた言葉。剣士としての腕をぶつけてみたいという気持ちが心の深層で少し大きくなった気がした。

 

「その魔将とやらを倒すに必要であれば親衛隊の一部を出しても構わんが」

「それは……なりません。親衛隊は王を守るが役目」

 

 堂々の立会いをしているでもなし、使える戦力を使うべきというのは構わない。だがそのために王の周囲が手薄になっては本末転倒だ。王国戦士長として、とても容認できない話だった。

 

「戦士長がおれば大差は無かろう」

「それこそ、剣士でありながら足止めができるモモン殿の実力ならば敵を仕留めることも決して難しくはないと愚考致します。むしろ下手に横槍を入れれば、(かえ)って邪魔になってしまうでしょう」

「ふむ……」

 

 ガゼフの言うことももっともだ。優勢ならば下手に干渉する必要も無い。何より戦士としての高みにある者の意見こそ、現場レベルの判断としては軽視するべきではないのだ。家の歴史に縛られた稚拙なプライドを持たない、純粋に己が実力を評価された立場であることはここでも活きていた。

 

「それで、どうなのだ。モモン殿は魔将に優勢なのか、劣勢なのか」

「はっ……。その、モモン殿ですが。つい先ほど敵の拘束を受け、遥か上空へと連れ去られました。庭園にはモモン殿が振るっておられた大剣がほどなく落ちて参りました」

「……どこへ? 王都の外か?」

「恐れながら、敵は雲のさらに上方を飛行しているものと見られます。目視消失したあとの行方は現在不明です」

 

 この局面で作戦の(かなめ)の一人であるモモンと、強力な敵の所在不明。それは戦力の大幅ダウンと、潜在リスクの増大を意味していた。

 蒼の薔薇フルメンバーがいて速攻ではなくモモン一人での足止めを選択させる相手。無視していい問題ではない。

 

 やはり戦士長を加勢に向かわせるべきか。だが敵の所在が不明となれば無闇に動かすこともできない。

 

「どう見る。戦士長」

「私は────」

 

 ガゼフの答えは聞けなかった。何の前触れも無く窓側の壁が轟音とともに破壊されたからだ。

 内側に吹き飛んでくる煉瓦の破片から王を守る配置にガゼフは素早く身を動かす。粉塵の舞う中で、猛烈な速度で飛ばされ転がっていく赤黒い塊が見えた。

 

「あれは……『漆黒』の!」

 

 間違い無い。一目見ただけで印象深い全身鎧(フルプレート)と真紅のマント。アダマンタイト級冒険者モモンは叩きつけられた勢いで反対側の壁に激突してやっと止まった。過去さんざん自分の肉体を痛めつけてきたガゼフは直感的にあのダメージは大きいと見たが、予想に反してモモンは平然と立ちあがった。

 

「くっ……」

 

 ダメージがまったく無いとは思えなかったが、モモンの重苦しい雰囲気の原因はもっと別にあった。立ち上がった彼の上全身にはおびただしい量のチェーンが巻き付けられていたのだ。

 

「どうした、もう終わりか?」

 

 翼を力強く羽ばたかせて壁の穴から姿を現したのは、赤い髪にねじれた角を持つ男性型の悪魔。フロアに降り立つと同時に、腰の辺りから伸びていたチェーンの数本が生き物じみた動きで素早く引っ込んだ。モモンは背中のグレートソードを抜こうにも拘束を解かねばならない。

 

「お下がりください! ここは私が食い止めます」

 

 誰もが緊張を禁じ得ないこの場面でも、体が覚えている動作に(よど)みは無い。スラリと一息に抜いた剣を両手で握り、切っ先を相手に向ける。王を守り戦う。まさに戦士長ガゼフ・ストロノーフの出番だった。

 モモンの(そば)に駆け寄った数人の兵士がチェーンを引っ張るが、魔力の込められた強固な拘束を解除することはできない。

 

「おお、向かってくるか、人間。よいぞ。退屈せぬのは実によい」

「ほざけ! その余裕がいつまでも()つと思うな!」

 

 剣を脇構えにして一気に距離を詰める。迫れども悪魔は迎撃の構えすら見せはしない。

 生死を懸けた戦闘で生き延びるコツは、相手を侮らないことに尽きる。アダマンタイト級冒険者と正面から斬り結んで平然としているほどの奴に手加減をする筋も無ければ余裕も無い。

 モーションはコンパクトに、渾身の袈裟斬りを繰り出した。

 

「ぬうう!」

「ふん」

 

 手を伸ばせば触れるくらいの間合いから魔将は身を(ねじ)るようにして背に隠し持っていた大鎌を抜き、ガゼフの剣を易々と受け止めていた。

 

「下にいた人間とは少し、違うな」

「うおおおっ!」

 

 並の相手ならばそのまま突き倒すこともできただろうが、剣から伝わる感触はその選択肢を否定する。重ねた訓練と実戦経験によって思考に割く時間は極限まで圧縮されている。

 

<流水加速>

 

 神経に作用して肉体の動きを加速させる武技。負担は決して小さくないが、剣は保身を考えない。ただ目の前の敵を(ほふ)るのみだ。

 武技の発動によって回転と剣速の上がった息もつかせぬ連続の斬撃。それはまさしく電光石火とでも形容するのが相応しいものだった。周りにいた兵士も動けない。強さが遠く及ばないだけではなく、英雄級とも称される男の鬼気迫る戦いぶりに目を奪われていた。

 

 ガゼフと魔将の戦いはもはや常人の域を遥かに超えていた。一撃一撃が効いているのかを考えるあいだに次の二撃目三撃目が繰り出されているのだ。響く剣戟のみが両者の拮抗を伝えていた。そしてバランスが崩れたときに形勢は一気に傾く。

 

 ついにガゼフの剣は魔将を捉えた。ここぞのチャンスに複数の武技を同時に発動させ、一瞬にして重ねた斬撃を叩き込む。

 

<四光連斬>

 

 本来であれば一振りで六の斬撃を放つ切り札なのだが、人喰い大鬼(オーガ)のように的が大きくないため手数を減らして精度を優先した。

 

 ()の細い大鎌は防御に向かない。受けようと反応するもせいぜい一撃。他の三撃が両肩と腹にクリーンヒットする。反動で押し飛ばされた魔将は自分が穴を開けた下方の壁に激突し、もろくなっていた壁が埋葬するようにガラガラと粉塵を舞い上げながら瓦礫をこぼした。

 

 思わず親衛隊たちからも感嘆の声が上がる。王国最強の剣士は誰か。それを疑いようも無い自分たちの目で見たのだから。

 

 調整版とはいえ切り札を使ったガゼフの肉体は一種の興奮状態にあった。熱を帯び、知覚が鋭くなっているのは戦場で何度も味わった感覚だ。

 

 一撃が決まって気を抜いていた訳ではない。にもかかわらず、粉塵の中から飛び出してきたチェーンは全く反応を許さず一瞬でガゼフを拘束する。

 

「む、おおっ!?」

 

 両腕両脚に巻き付いたチェーンはそれぞれが筋骨隆々の大男に締め上げられていると錯覚するほどの圧力で肉体に軋みを上げさせる。瓦礫を吹き飛ばして現れたのはほぼ無傷同然の魔将。

 

「ぐ、貴様……!」

「そろそろこちらも反撃させてもらおう」

 

 大鎌を器用に振り回し、投擲する。本来投げる武器ではないのだが、高速で回転する刃は間違い無くガゼフの胸を貫くだろう。それが分かっていても、全身の自由を奪われたガゼフに回避する(すべ)は無い。

 

「がっ!」

 

 大鎌が鎧を貫こうとした次の瞬間、ガゼフは尻餅をついていた。何が起こったのか分からなかったが、確実なのは自分がまだ生きているということ。そしてその命を救ったのが目の前で緋色のマントを(ひるがえ)す漆黒の剣士────アダマンタイト級冒険者モモンであるということだ。

 

 

 

 

 

 

(いいぞ。最初に手加減の程度を教えておいて大正解だ)

 

 魔将とガゼフの剣戟は、さっきアインズとの戦闘で覚えさせた手加減が実を結んだことを教えてくれる。レベル80にもおよぶモンスターがまともに攻撃すれば、剣士と相性が悪い複数相手だったとしても炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)程度に追い込まれるガゼフなど一瞬で無残な死を迎えることだろう。いま強欲の魔将(イビルロード・グリード)はガゼフとの拮抗を装いながら、致命傷や深い傷を与えないちょうどいい攻撃強度を探っているはずだ。上司であるデミウルゴスに似て理解力のあるモンスターで助かった。

 

(こればっかりは分からないもんな。動死体(ゾンビ)とか骸骨(スケルトン)とかは知性が無くて単純な命令くらいしかできないけど、骸骨の魔法使い(スケルトン・メイジ)の司書長の例もあるから見た目はアテにならないし。やっぱり会話ができるかどうかが一つの境目かな)

 

 直接会話ができなくとも、アウラと彼女のペットのように通じるものがあれば似たことは可能かも知れないが。

 

 ガゼフの技が決まり、粉塵と瓦礫に隠れて魔将の姿が見えなくなる。そのタイミングに合わせてアインズは優しく落ち着いた漆黒の英雄モモンにスイッチを切り替える。周りではモモンの拘束を解こうと数人の兵士が四苦八苦していたが、片手間とはいえ魔将のチェーンを彼らがどうこうできるはずもない。

 

「親衛隊の皆さん、ありがとうございます。私は大丈夫なので、少し離れていてください」

 

 少々困惑の表情を見せつつも周囲にいた者は二、三歩後退する。

 

「ふー。フンっ! ぬぅああああああああ! はあっ!!」

 

 ベタな唸り声とともに込めた力によって拘束していたチェーンはバラバラにはじけ飛び、驚愕している兵士を尻目にアインズは走り出す。進む先には魔将に拘束されたガゼフ。魔将がガゼフ目がけて大鎌を投げるモーションに入っている。

 

「はあああっ!」

 

 渾身の力を込めて、ガゼフを拘束しているチェーンを切り落とす。レベル30強の戦士に相当するいまのアインズに魔将のチェーンを両断する斬撃は打てないが、打合せ通りに込めた魔力を魔将側でカットされたチェーンは五束まとめて派手に破壊された。ガゼフの身体に巻き付き残ったチェーンも魔力の供給が切れたことでボロボロと塵になって崩れ去った。実はさっきアインズを拘束していたチェーンのカラクリも同じなのだが、魔法職でもない親衛隊には分からないはずだ。疑問が出たとしても理由付けはどうとでもできる。

 

「我の拘束を解くとは……」

 

 魔将が戸惑うのも納得だ。モモンの動きにダメージが残っている様子は無い。それどころか重量級の鎧を着ているとは思えないほどの身軽さですらある。

 同じ拘束を受けたガゼフだからこそ分かる。壁を破壊する威力の叩きつけを受けてもピンピンしていて、あの強力な拘束を自力で引きちぎる男の規格外な力が。

 同情しようとは思わないが、敵にとってはモモンという男がこの場にいたことが不運というべきか。

 

「モモン殿、加勢する!」

 

 これは剣士同士の決闘でも何でもない。ならばこれが最善手だ。話を聞いた貴族からはやれ卑怯だの何だのと的外れな難癖が浴びせられる未来が容易に想像できるが、王を守るという目的のためならばくだらない(そし)りも敢えて受けよう。

 

 ガゼフの申し出に対してモモンは肩越しにただ頷いた。

 

 

 

 泰然とした雰囲気を崩すことなくゆっくりと力強く、(よど)み無くモモンがグレートソードを構える。その威風は人の立ち入らない深い森の中に在ると聞く巨樹を連想させた。

 ガゼフは横に展開する。魔将と王の射線を塞ぎつつ、モモンの邪魔にならないように。モモンはガゼフの太刀筋を見ているが、ガゼフはモモンの太刀筋を見ていない。重量のあるグレートソードは威力こそ凄まじいが予備動作含め攻撃に必要な空間の占有率が高い。そのためメインの攻撃はモモンが担当し、ガゼフの役目はモモンの隙を埋めることと敵の意識を分散させることだ。

 

 モモンの踏み出しに追従する形でガゼフも続く。振られたグレートソードの剣風が鋭く頬を撫でる。下がってかわした魔将が大鎌を振り上げてくるが、モモンの前に飛び出したガゼフがそのことごとくを弾き流した。防御に徹するならば難しいことではない。

 

「こ、この……小賢しい人間がァ!」

 

 怒りのためか侮りのためか、大振りになった瞬間をガゼフは見逃さなかった。

 

(甘く見たな)

 

 剣を下げたままガゼフは横に飛び退く。その先には崩した体勢を元に戻したモモン。戻すといっても直立不動ではない。

 後頭部が見えるほどの極限まで(ねじ)った上半身と、肩に担いだグレートソード。限界まで巻いた渦巻きばねのごとくギチギチと軋む音が聞こえてきそうな構えから解き放たれた斬撃は誰もが見たことのない速度で振り抜かれた。

 

「ぐあっ! ば、ばかな!」

 

 魔将の胸元へ一本の線が走ったと思うと、そこから吹き出た血が床の絨毯を紫色に染める。流した血に動揺したのか魔将は翼を羽ばたかせた。

 

(好機!)

 

 初めてまともに攻撃が通ったこの機会を逃せない。モモンの隙をフォローすると同時に、敵が飛び回る先を潰すための一手を打つ。

 複数の武技を同時に発動させる、いまのガゼフが持つ奥義のひとつ。

 

 瞬く剣閃。<六光連斬>は一振りで同時に六つの斬撃を放つ。範囲がバラつくため多数相手に使用するのがセオリーの技だが、いまは半分牽制が狙いなので問題は無い。

 飛翔するタイミングを逸した魔将。すかさずガゼフは追加で武技を発動させる。

 

〈即応反射〉

 

 大技を出した直後の体勢を無理やり戻して隙を消す。背に粟立つ気配を強烈に感じながら、ガゼフはさらにもう一撃を魔将目掛けて振り下ろした。

 ガゼフの剣が敵に達すると同時にモモンが後から振るったグレートソードが魔将の腹部を打つ。

 

「ぐふぁっ!!」

 

 再び壁に叩きつけられ、崩れ落ちる。今度のダメージはガゼフ単独にやられたときの比ではない。誰もが危機の撃退に安堵した。王も、ガゼフさえも。だがモモンだけは唯一違った。

 

 晴れるのを待たず、粉塵巻き起こる中へと飛び込んでいったのだ。

 

「モモン殿!?」

「ちぃっ! 貴様ァア……!!」

 

 憎々しげな魔将の声が響くと同時に強烈な風圧により視界が一気に晴れた。驚くべきことにあれだけの猛攻を受けてなお魔将は飛ぶだけの力を残している。

 そしてモモンはそれを見抜いていた。片腕で尻尾を掴むと同時にもう一方はグレートソードを床へ突き刺している。

 猛烈な風は拘束から逃れようとして暴れた翼から生じたものだった。結果的にそれは煙幕の役割を果たしていた砂埃を吹き払って、兵士たちに緊張感を取り戻させた。

 

「くっ……〈悪魔の諸相:鋭利な断爪〉!」

 

 両手の爪が一メートル弱の長さに一気に伸び、モモンへと迫る。ガゼフの背に嫌な寒気が走った。

 全身鎧(フルプレート)はいかにも頑強そうなイメージがあり、実際防護できる部位と強度はピカイチと言っていいだろう。

 その反面、弱点もある。革の防具に比べると熱や電撃などへの遮断性がほぼ皆無のため魔法詠唱者(マジック・キャスター)との、特にエレメンタリストとの相性が悪い。そして重量と悪視界による機動性の低さ。鎧の隙間を攻撃できる刺突武器も戦いたくない相手のはずだ。

 肉体の強さは証明済みである魔将の爪。勇猛な者があっさり一撃で命を落とす光景など戦場でいくらでも見てきた。それが無意識のうちにフラッシュバックしていたのかも知れない。

 

 ガゼフの不安を裏切るように、爪はモモンをすり抜けていく。最初から狙いはモモンではなかった。

 

 床が爪に突き崩され、支えを失ったグレートソードがズルリと抜ける。それと同時に一際強く羽撃(はばた)くと身を(ひね)りながら天井近くまで上昇した。転身して進む先は自分が空けてきた壁の穴。手を決して離さないモモンも空中へ引っ張り上げられる。

 

「フン!」

 

 豪風を纏い振ったグレートソードが壁と天井の境目を破壊しながら食い込みブレーキをかけるが、広がるひび割れは壁の耐久力が()たないことを示していた。

 

「こいつは任せろ! 民衆に被害は出させん!」

「くああああっ!!」

 

 怒りとも狂乱とも取れる雄叫び。負荷に耐えられなくなった壁の一部が崩壊し、ついに何の支えも無くなったモモンは飛び去る魔将を掴んだまま、ガゼフたちの視界の外へと消えていった。

 

 

 

 嵐が去った後のような大荒れした玉座の間で、誰より早く動いたのは他でもない戦士長ガゼフ・ストロノーフだった。

 怪我人がいないか点呼を取った後、部下に壊れた壁周りの確認と瓦礫の撤去指示を出して時間差で崩落した場合のリスクを取り除いた。流石に修復はこの場でできないため、王には移動の進言をした。

 

「戦士長よ、そなたが守るべきものは何だ? 無機物である城か?」

「私がお守りするのは王であり、国です。国とは人。王のもと民を救うために、剣を振るう所存です」

「なるほど、芯が通っている。が、まだ遠慮しておる」

「遠慮……ですか」

 

 王を無くして王国はならず、民を無くして国は無い。平民出の自分を重用してくれている王には感謝と、そこから来る遠慮が確かに存在しているかも知れない。それでも意見を言うのに遠慮した覚えは無かったため、ガゼフは王の言葉の真意を測りかねた。

 

「そう、遠慮だ。本当に傷付けるべきではないものは、宝物庫の奥へでも厳重に仕舞っておけばよい」

 

 その通りだ。持ち出すから失くす。動かすから傷付く。あらゆる干渉を絶てば脅かされることも無い。

 

「しかし、それでは勝てぬ」

 

 敵は自然の台風などではなく、明確な目的を持った悪意ある存在なのだ。

 

「戦士長、そなたがいま守るべき者は余か?」

「それが私の役目です」

「では、余を脅かすかも知れぬ不埒者が近くにいたら成敗せねばならぬな?」

「王、何の……? も、もしや」

「親衛隊、前へ! 王のご出陣である!」

 

 親衛隊隊長の掛け声に応じて隊列が組まれる。

 

「こ、これは……」

「王から直々に説得されては否やもありません。お護りの(かなめ)は貴殿だ。頼りにさせていただきますよ、戦士長殿」

 

 冒険者たちへの面通しをしているときに王と親衛隊の話はついていたようだ。

 

「戦士長の言いたいことは分かる。こんなものはただの詭弁。そうであろう」

「恐れながら。しかし……そのお考え、私は嫌いではありません」

 

 ニヤリと二人の交わした笑みは、主従というより戦場を共に駆ける戦友のそれだった。

 

 

 

 

 

 

「あの辺りに公営墓地がある。区域の隅へ直上から降下しろ」

「かしこまりました」

 

 さっきまでの荒々しい飛行が嘘だったかのように、アインズを地上に降ろす動作は慎重で繊細に行われた。

 夜中の墓地を彷徨(うろつ)く者は滅多にいない。特に人々の目は王都の外からでも煌々と見えるであろう炎の柱に集められているはずだ。

 

 死者を埋葬しやすくするためなのか、土の感触は柔らかい。アインズに続いて地上へ降りた魔将は汚れることも厭わずに膝をつく。ポタリと垂れた血が地面に吸い込まれて薄ら黒い染みを作った。

 

「傷は大丈夫なのか」

「恐れながら、見た目ほどのことはございません。すぐに自然治癒致します」

 

 レベルにして50近い差があれば、本来傷を付けることすら難しい。そのため魔将には斬撃耐性を下げたり自然回復を阻害する装備品を着けてもらい、物理耐性のパッシブスキルをオフにさせていた。仮にクリティカルが入ったとしても、単純にHP量の関係で致命傷にはなり得ない。

 アインズの懸念は、これらの論拠がすべてユグドラシル時代のアイテム効果や仕様を前提にしたものだったことだ。転移後にはすでに≪メッセージ/伝言≫の魔法など一部の効果がユグドラシル時代と違うケースが確認されている。

 

 強欲の魔将(イビルロード・グリード)はレベル80台のモンスターとはいえ同種が複数存在し、定数まで補充可能な消費戦力に過ぎない。オンリーワンの戦闘メイド(プレアデス)や階層守護者たちとは根本的に違うのだ。

 それでも、会話できるようになったからだけではないにしても安易に使い捨てたり傷付けたりしていいとは微塵も思っていない。

 

(部下を使い捨てる上司なんて、誰から見ても不安だし人間性を疑うよな。まあ俺、アンデッドなんだけど)

 

 ≪クリエイト・グレーター・アイテム/上位道具創造≫を解除してナザリック地下大墳墓の支配者へと戻ったアインズは魔将に後で迎えに来る旨を伝えると、≪パーフェクト・アンノウアブル/完全不可知化≫を発動させてその場を離れる。

 

 向かう先は本来剣士モモンとして向かうはずだった炎陣の中心部。決着の前の前哨戦を見物するためといえば聞こえがいいが、知らずと早足になっているアインズの胸中は心配だけが渦を巻いていた。

 ただでさえ今回の作戦は心を痛める場面が多い。演出の効果と後々のメリットを考えて最終的にGOサインを出したのは自分とぶくぶく茶釜なので今更ケチを付けるつもりは無いが、極力ナザリックの者が演技であっても痛めつけられる絵面は気分のよいものではない。

 

 それをぶくぶく茶釜に言うと「親かよ」と大笑いされてしまった。

 

(じゃあアウラとマーレが同じ目に遭ったら茶釜さんはどう思うんだって話だよ……って俺は何て酷いことを考えるんだ! あんなに素直で純粋な姉弟が争う想像をするなんて)

 

 一歩進むごとに気が重くなる。自分は人の親ではなかったけれど、親心というものに近い暖かなものが胸の内に存在している気がする。ユグドラシルから去っていった仲間の残影ではない、そこに確かな個として生きているNPC(かれら)に何物にも代え難い思いを抱いている。

 

(……沈み過ぎたか。こんなときにはありがたいようなありがたくないような)

 

 負の感情が一定のラインを超えたことで平坦化される。不思議な感覚だが一度経験してしまえば特に違和感も無く受け入れることができた。受け入れてしまえた。

 

 すでに炎の結界の中に入っている。ちらほらとデミウルゴスが召喚したらしい悪魔相手に四苦八苦している冒険者を見掛けるが、王城で立てた作戦が功を奏しているのか包囲網はじわじわと狭まりつつあった。

 これでいい。敵が弱過ぎても話題性に欠け、強過ぎて皆殺しにしてはこの事件の話題を広める口が無くなってしまう。

 

 中央部の広場が近付くに連れ、重く鋭い金属音と石畳や建物の破壊音が耳に入る。すべては順調だ。注意深く辺りを見渡しながら、アインズは建物の影に沿うようにして音の発信源へと近付いていった。




暗躍にかけてはデミウルゴスがチート級の有能ぶりを発揮してますけど、
職業とか種族由来じゃなくフレーバーテキストとかのキャラ付けが原因なのかな?

アルベド以外のフレーバーテキストもいつか見てみたいものです。

2018/11/10 行間を調整しました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。