オーバーロード 粘体の軍師   作:戯画

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第5話 翻弄される者たち

 (ろく)な防備の無い僻地の村を蹂躙する。攻め手は甲冑と機動力に優れた乗馬隊。半日と経たずに制圧は完了し、大半の者は悠々と次の任務へ向かう心算(こころづもり)でいた。

 カルネ村の前に二、三の村を襲い、ここも似たような手際で事は進んでいる。後は村人を中央広場に集め、もろともに焼き払ってしまえばいい。

 そんな緊張の緩みつつあった騎士団の一角を、翠の暴風が通り過ぎた。

 

 アウラの指示に従い村の中央を目指して駆けつけたフェンリルは、その勢いのまま進行方向上にいた騎士に突進する。次に側にいた敵をその(あぎと)にかけ、手近な者を前脚で踏みつけた。少し鼻を鳴らして伏兵の不在を確認すると、さらに敵陣深くへと正面から駆けていく。

 幾人かは残すよう仰せつかっているため、全滅させる前に適度な力加減を覚える必要があった。段階的に攻撃の強度を下げていたのだ。しかしその(ことごと)くが一撃で絶命してしまっていた。

 内省をする災害が去った後には、衝撃で鎧ごとバラバラになったり上半身が無くなったり身長が半分に押し潰された死体が残された。

 

 

 

 

 

 

 突如現れた得体の知れない魔獣によって騎士たちは統率を失い、蹂躙されていた。鎧を紙のごとく食い破り、必死になって打ち込んだ刃は金床に叩きつけたかのように弾かれる。逃走を図れば遥かに上回る速度で回り込まれ、他の者より優先的に痛い目を見ることになる。殴り飛ばされた者たちは幾人かは落命したが、途中からは呻き声を上げる者が殆どであった。

 

「撤退だ! 撤退!」

 

 落命した部隊長ベリュースに代わって指揮を執るロンデスの声が戦場に響き渡る。それとほぼ同時に身を翻したフェンリルが前脚を袈裟掛けに振り下ろし、ロンデスを地面に叩き付けた。当座の指揮官を失った騎士の群れは最後の号令である撤退の言葉に従って転身を試みるが、その先にはいまさっきロンデスを打ち倒した魔獣の姿があった。

 

 ある者は恐怖の声を漏らし、ある者は地に伏したロンデスと魔獣のあいだに視線を往復させる。

 

 この時点で察しの良い者は状況が詰んでいることを理解した。魔獣が自分たちの知覚を超えたなんらかの方法で移動できること、その強靭極まりない肉体には一切の攻撃が通らないこと、そして何より厄介なのが、この魔獣は高い知性によってかあるいは獣の鋭敏な感覚かは分からないが、こちらの行動を理解したばかりか先読みで動く戦略眼を持っているということだ。

 

 号令をかけたロンデスを優先的に潰したのがその証拠だ。加えて偶然かも知れないが、魔獣がやって来たと思われる凄惨な死体が足跡のように続く方向へは逃げたくないという心理も突いている。相手は単騎にもかかわらず騎士たちは前門の虎後門の狼に挟撃されていた。一方は人智を越えた魔獣、一方はその幻影である。

 

「そこまでだ。フェンリル、ご苦労だった」

 

 絶望する騎士たちが耳にした言葉は、突如上空から掛けられた。反射的に見上げる先には、素材の見当も付かないローブに身を包んだ仮面の人物と、小柄な闇妖精(ダークエルフ)の少年が浮かんでいた。口元に両手を添えて言葉を続ける。

 

「フェンお疲れ様ー。後でご褒美あげるからねー」

 

 フェンリルと呼ばれた魔獣はいつの間にか臨戦態勢を解いており、腰を下げた姿勢で待機していた。少年の言葉を聞くなり頭を下げてからすくい上げるようにお辞儀をすると少年たちの直下に悠々と歩いていく。

 魔獣が主たちの(もと)へ着くのと同時に下降してきていた二人が地上へ足を下ろす。

 

「皆さん初めまして。私はアインズ・ウール・ゴウンという魔法詠唱者(マジックキャスター)。言うまでもないがこの魔獣は私の手の者だ。武器を()て大人しく降伏するならこの場の命は保証しよう」

 

 

 もはや思考停止に陥っていた騎士たちは一も二もなく手にしていた剣を放り出した。なおも死の恐怖に晒されたまま、言い渡される沙汰を待つ姿には士気や覇気、抵抗するだけの力は何も残されていない。

 

「今回は見逃してやる。そして帰って貴様らの飼い主へ伝えろ。この辺りで騒ぎを起こすことは許さん。忠告を無視する者には何者であろうとも逃れられぬ死を届けるとな」

 

 それ以上伝えることは無いと言わんばかりに沈黙するアインズたち。本当に追撃してくる様子が無いのを見ると恐る恐る撤退を始め、三分と経たない内に視界から消える。

 村にとっての脅威は無くなったと判断し、踵を返したところで村人のものと思しき絶叫が聞こえて来たが、原因に予想が付いていたため説明の脳内シミュレーションをしながら絶叫の原因の下へと歩みを早めた。

 

 

 

 

 

 

「改めて、この村を救っていただきありがとうございます」

 

 村から騎士たちが逃げた後、村長を名乗る人物に招かれたアインズはアウラ共々村長宅にて再三に渡る感謝の言葉を受けていた。

 比類無い力を持った者が無償で危機を救ってくれたなどとうまい話を鵜呑みにしない程度の警戒心はあるらしい。助けた直後にその不審を感じたアインズは咄嗟に最近まで隠遁していたため見返りとして情報が欲しいと取引の体裁を整えた。

 アインズたちの目的が明確化したことで村人たちの警戒は少し薄れ、アウラに迎えに行かせたエモット姉妹の生還と証言を以って一定の信頼を得ることができた。

 

「アインズさーん。一通り終わりましたよー」

 

 遅れてぶくぶく茶釜が入ってきた。アインズとは手分けをして、ぶくぶく茶釜は傷付いた村人の救助にあたっていたのだ。最初は騎士に続いて得体の知れないモンスターの襲撃と勘違いされて大騒動になりかけたが、会話が通じることと、言葉通り村人を助けて回っているぶくぶく茶釜の行動を見てとりあえずパニックにはならずに済んだ。絶叫とともに気絶してしまった村人には悪いことをした。

 

「茶釜さん、お疲れ様でした」

「いえいえ、こちらこそ。フェンは外で見張りやってんですね」

「ええ、早速で悪いですけど、村の状況は?」

 

 村長も把握しておいた方が良いだろうということで促されたぶくぶく茶釜が報告をする。村内で息のあった者は治療して回ったこと、重傷だったためにまだ自由に身動きできない者もいるが心配は要らないことなど。

 

 今度はちゃんと選別した最下位のポーションを使ってみたが、重傷者でも即座に全回復するくらい村人のHPはたかが知れているのだろう。

 もっとも、すでに事切れた者については効果が発揮する訳も無く、その者たちの中にはエモット姉妹の両親も含まれていた。村長夫妻以外の村人で動ける者は、隣人たちの埋葬に従事している。

 

 聞き終えた村長は沈痛な面持ちだった。亡くなった村人や、身寄りの無くなったエモット姉妹のことで心を痛めているのだろう。しかし彼の感傷に付き合っている訳にもいかない。

 

「……お悔やみ申し上げる。鞭を打つようで申し訳ないが、仲間も来ましたので話の続きをお願いできますか?」

「は、はい。失礼しました。ではこの周辺の地理と国についてご説明します」

 

 

 

 

 

「「………………」」

 

 説明を受けたアインズとぶくぶく茶釜は見慣れない地図を前に絶句していた。いまひとつ現実感の無い、ゲームの延長上の感覚だった二人だが、地理の話を聞けばユグドラシルどころか元ネタの一部である北欧神話も全く関係の無い地名ばかり。いよいよもってここは未知の異世界であると認識せざるを得ない事態になっていた。

 

 簡素な造りの机に広げられた地図には周辺国家の配置などが載っている。このカルネ村が属するリ・エスティーゼ王国、王国との対立を続けるバハルス帝国、人類の護り手を謳うスレイン法国。

 話を聞く限りでは他の国、亜人種やモンスターの集落などもあるはずだが、そこまでの情報は地図から得られなかった。まして辺境地の村長が国の規模の力関係や普段の生活に関わりの無い土地のことを知っているはずもない。

 

 地理の説明が終わると貨幣について、ユグドラシルの金貨を遠い遠い国の貨幣だと言って検分してもらった。秤で調べた結果、交金貨二枚相当とのことだった。市場に流通している貨幣ではない以上、使えば必ず痕跡が残る。現地の金を稼ぐ手段を確立しなければならない。そもそもこのままではまともな物価すらも分からない。街に紛れて生活することは急務だ。

 

 やり取りの中で銅貨と銀貨の存在、この村が出せる限度が銅貨にして三千枚ということが分かったのは収穫だった。持ち運びには適さないことと、金よりも情報が優先だったため自分たちのことを他言無用にするということで取引は終了した。

 

 この世界に自分たち以外のプレイヤーもいると想定した場合、最悪なのはアインズ・ウール・ゴウンに悪意を持った者にこちらが意図せぬ情報が渡ることだ。

 取り立てて確認したいと思っていたことが出尽くし、一息ついたところでアインズはこの村長の人柄を見込んで胸の内にモヤモヤと踏ん切りのつかなかった質問をすることに決めた。

 

「村長、嘘偽りなく言って欲しいのですが、彼女たち異形の者は人間からどのように認識されていますか?」

 

 内容が内容だけに答えにくい質問だったが、恩人への感謝の気持ちは強く、震えそうになる体を抑えつけて答えを返した。

 

「エルフなどは基本的に深い森の奥から出てこないため、種族間の交流はありません。また、危険があったり人里付近に現れるモンスターには討伐依頼が出されます」

「……そう、ですか……」

 

 ある程度は予測していたが、実際聞きたくはなかった。露骨に消沈しているアインズに村長はフォローを入れる。

 

「で、ですが討伐依頼が掛かるのは放っておくと害になるものや交渉するだけの知恵に乏しいゴブリンなどが大半と聞きます。アインズ様たちはこの村の恩人です。少なくともこの村には皆様に悪感情を持つ者はおらんでしょう」

「そう言っていただけると幾分か気が楽になります。…………アンデッドなどは?」

「アン…………デッド…………ですか」

 

 少し躊躇いを見せたが、村長は意を決したように伏した顔を上げた。

 

「アンデッドは生者を憎む、恐れられ忌避される存在です。負の力が溜まるとより強力なアンデッドが発生してしまうため、都市部では墓地に常駐の警備が付いています。…………埋葬を優先的に行ったのも、皆アンデッドに対する恐怖があるからでしょう。それに」

「いや、その先は結構です。お辛いところへ不躾なことを聞いてしまい申し訳ありませんでした」

 

 礼の言葉を述べながら頭を下げるアインズに、この場にいる誰よりも驚愕したのは隣に座っていたアウラだ。あらゆるものの頂点に君臨する存在が、取るに足らない貧弱な人間ごときに頭を下げる。これで横にいるのがデミウルゴスなら、口を差し挟むのも憚らずアインズを押し留めていたことだろう。

 幸いと言うべきか、デミウルゴスほど頭が回る者はナザリックでも数える程だ。それ以外は至高の御方々には深い考えがあると盲信的で、疑問に思ったことも即座に言及しない傾向がある。それは隣の少女も例外ではない。さらに村へ移動してきたときに刺した釘が効いている。軽率な行動を慎んでくれるのは非常にありがたいのだが、ずっと疑問符の浮いた顔で見つめられても困る。

 

「何故私が彼に謝罪したか腑に落ちないか?」

「はい。アインズ様の方が物凄くお強いから、もっと一方的でもいいと思います」

「うむ…………その見方もある意味正しい。だがな、アウラよ。私がこのような態度を取るのは彼に敬意を持っているからだ」

「敬意、ですか? わ、ひゃ」

 

 諭しながらサラサラの金髪を軽く撫でる。両腕に籠手を着けているために指通りのいい感触は伝わらないが、子供をあやすのに頭を撫でるのは定番だ。実際アウラはこちらをしっかり見て話を聞くのに集中しているように見える。

 よしよし話に聞いていた程度だけど効果アリだな、と内心ガッツポーズするアインズ。

 

「そう、敬意だ。さっきの話を聞くに、私たち異形の者は人間の社会において恐怖の対象だ。だが彼は恩義に報いる一心で取引に応じ、誠心誠意こちらの質問にも答えてくれた。結果得られた情報は私たちの身の安全を確保する上で非常に貴重なものだ。取引を通じて私は彼に好意を持ったのだよ」

「んー……つまり、気に入ったってことですか?」

「そうだな。誠意には誠意で応えるのが筋というものだ。固定観念に捉われた連中相手ではこうは行くまいよ」

 

 ナザリックに所属する者は基本的に、至高の御方々最強万歳! な固定観念に縛られた奴らに(まみ)れている。未知に対する警戒心を学んでもらうには地道な積み重ねが必要不可欠だとアインズは大墳墓を出たときから思っていた。

 そうあれとアライメントが悪に寄って創造された者には納得してもらえないかも知れないが、理解をしてもらう必要はある。アインズとて一辺倒に迎合せよなどと言うつもりはさらさら無い。要は時と場合の問題だ。裏表無く生きていける程世の中は甘くないものだ。

 頭に置かれた手をむずがるように顔を上げ、自分なりの結論が出たらしいアウラが素直な気持ちを言葉にする。

 

「すみません、よく分からないですけど、アインズ様が気に入ったのなら私も大事にします」

「はは、ありがとう。まあいまはそれでいい。茶釜さんもそういう方向でこれから色々教えてあげてくださいね」

「あいあい」

 

 眼前で繰り広げられた異形の者の薫陶は、村長夫妻にとっても衝撃的だった。先程のやり取りから察するに、恐らくアインズの正体はアンデッドだ。しかしその物腰に害意は無く、自分で答えたアンデッドの特徴が何かの間違いだったかと思う程に目の前の人物は穏やかな気性をしていた。異種族の少女へも、さながら子を愛でる親のように接し、和やかな雰囲気は人間の家庭となんら変わらぬ光景だった。

 

 頭を撫でられて顔を緩ませていた少女が突如立ち上がる。何事かと思ったが、刹那。少女から発される研ぎ澄まされた気配に村長夫妻は総毛立った。その表情は真剣そのもの、茂みで獲物を狙う獣の如く張り詰めた空気を纏っている。

 

「────何か来ます。馬…………武装した騎馬隊ですね。数は十四」

 

 アウラが言い終わると同時に家の扉を跳ね開けて、ここまで全力で走ってきたのだろう呼吸を荒らげた村の若者が飛び込んできた。

 

「う、うおっ! い、いや話しているとこにすまない! 急ぎだ。村長! 武装して馬に乗った連中が村に向かって来てる!」

 

 ナザリック勢の視線も集めた男は一瞬身を引いたが、村の一大事を伝えるためほとんど叫ぶように報告する。

 

「アインズ様…………」

 

 もはや村には抵抗できる戦力も逃げ延びるだけの余力も無い。どうにかできる者がいるとするなら目の前の奇跡たちくらいのものだ。懇願の意を含めた視線を村長が向ける。アインズは鷹揚に頷き立ち上がった。

 

「乗り掛かった船です。是非もありませんね」

「お、おお、重ね重ねありがとうございます!」

「アウラ、フェンリルをこちらへ呼び戻しておけ。遠目に見付かると面倒なことになるかも知れん」

「分かりました!」

「生き残った村人を集めて大きめの家屋へ移動を。茶釜さんたちはそちらの護衛に。村長は私と一緒に中央広場へお願いします。身の安全は保証します。いざとなれば私たちが全力であなた方を守るからそこは安心してください」

 

 ナザリックが誇るタンク職であるぶくぶく茶釜がいる時点で大抵の相手には世界級(ワールド)アイテムでも使われない限り何をどうされても傷一つ負うとは考えにくい。村長たちの目から見ても、一方的に騎士団を蹂躙した魔獣の飼い主とその主人、それと同格と思しき存在の全力といったら想像できないにしても明らかな過剰戦力であることは直感的に理解していた。

 男は避難を伝えるために出ていき、村長とアインズは広場へ向かった。

 

 

 

 騎馬隊が村に到着する頃には村人の移動は完了していた。そのような動きを知る由も無い騎馬隊の長、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフは焦燥とともにカルネ村を目指していた。

 王国への敵対行為としか言いようの無い、相次ぐ辺境の村襲撃事件。王国の民を護ることは自分たちに課された使命である。

 

 遮蔽物の無い平原、少し盛り上がった丘陵を上るとカルネ村が視界に入った。火の手は上がっていない。

 

 

 村の様子を確認しようと中央部へ足を踏み入れたガゼフを待っていたのは、村長と思われる村人と、その隣に立つローブと仮面を付けた異様な人物だった。

 馬の歩みを緩めながら声を張らずとも聞こえる距離まで近付くと、訝しむ気持ちは強くなる。仮面の者が身に着けたローブが、えも言われぬ雰囲気を醸し出していた。生地からして素材の予想も付かない。

 自分自身の服などには無頓着なガゼフであったが、立場上王族や貴族の上等な衣服は日常的に目にしている。それこそ庶民が一生掛かっても手にすることのできない高額なものばかり。興味は無くとも人並みに目は肥えるというものだ。

 言うなれば王族の服と比較しても価値の計れないローブ。それに身を包んだ素性の知れない仮面の者。手綱を一際強く握り、気構えを新たに口を開いた。

 

「私はリ・エスティーゼ王国の戦士長ガゼフ・ストロノーフだ。王命により、帝国の襲撃から民を守るため村々を回っている」

「王国戦士長…………」

 

 驚きの含まれた村長の呟きに、後ろにいるアインズがひそひそ声で質問する。

 

「戦士長……有名なのですか? 名を騙る偽物とかは」

「王国の御前試合で優勝された方だそうです。私もお顔までは存じておりませんが」

 

 

「あなたが村長か? 隣にいる者は何者だ?」

 

 突き刺すようなガゼフの視線がアインズに注がれる。部下を抑えつつも警戒は解いていない。手綱を握る右手は左腰に差した剣をすぐさま抜き放てる位置取りへ準備している。それを殺気立てず周到に行うあたり、ガゼフの技量と経験を感じさせた。

 

 怪しまれるのは折り込み済み。後は向こうの出方次第だが、可能な限り敵対しない方向で着地させたい。大切なのは何を置いても、敵対的な勢力を作らないことだ。どこにも属さないアウトローや、世間に疎まれる盗賊集団などなら殲滅しても何も問題は無いのだが。

 だがこの男の言が真実だとすると、村長に聞いた近隣三国の一つである王国の軍事力ということになる。下手に手出しすると国一つと事を構える羽目になりかねない。かと言ってどこかの国にすり寄れば、いいように利用されたり他方に敵を作る可能性が高い。少なくとも現状ではやはりナザリックは独立した存在でいるべきだとアインズは考えていた。

 

 (もっと)も信用できる存在が増えるに越したことはないのだが、それは異形種だらけのナザリックの実態を知ってもなお、冷静な判断と交渉ができる者でなければならない。見極めるには直接相対して観察しなければ。そしてその判断はプレイヤーである至高の四十一人にしかできない。

 さて、このガゼフとやらはどうなのかとアインズは探りのジャブを入れる。

 

 

「私は通りすがりの魔法詠唱者(マジックキャスター)でしてね、アインズ・ウール・ゴウンと申します。村が襲われているのを見て助けに来たのですよ。王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ殿」

「優れた|魔法詠唱者のようだな。しかしゴウン殿の名は聞いたことがないな。…………その仮面は?」

「隠遁していましたので。この仮面は魔法詠唱者ゆえの理由があって着けています」

「取っていただけるかな?」

「お断りします。襲撃者を追い出す魔術儀式に使いましてね、術式が残っている状態で万一暴走したら折角助けたこの村が血の海になります」

「それは、取らない方が良さそうだな」

 

 言葉通り信じた訳ではない。だが本人が嫌がっているところを無理に剝ぐのはガゼフの性に合わなかった。そも、人を疑って掛かるのは立場に似合わず実直が過ぎる王国戦士長ガゼフ・ストロノーフに向いていないのだ。

 馬から降り、鎧が擦れてガシャガシャと音を立てる。敵意が無いことを示すよう、腰に伸ばしていた手は既に下ろされている。無骨な所作ながらも深く頭を下げた。

 

「王国の民を救っていただき、感謝の言葉も無い」

 

 ほう、とアインズは内心ガゼフの評価を高く付ける。向こうから見れば自分の存在は得体の知れない危険かも知れないヤツだろうに。それに王国戦士長というものがどの程度の地位かは分からないが、貴族社会の歯車の一つだろう。もっと取り付く島も無いくらい拒否反応を示すかと少し心配していた。それともよくある現場と本部の軋轢みたいなものがあってガゼフ自身の考え方は村人に近いのかも知れない。

 どちらにせよ体裁を気にせず行動できる点は王国戦士長の名に相応しい人物だと感じた。

 

「いえ、こちらも報酬目当てですので、完全に善意のみの行動ではありませんよ」

「それでも礼を言わせてください。よくぞ、無辜の民を救ってくださった」

 

「戦士長! 報告します! 村を包囲する様に接近する者あり!」

 

 部隊の斥候から報告が上がる。ガゼフたちは村人が避難している家屋へ移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

「モ! モンスター!」

 

 ガゼフに続いて異常に気付いた部下たちが剣を抜き臨戦態勢を取る。その様を見て怯えたのはむしろ村人たちであった。

 

「戦士長殿、村人が怯えています。彼らは騎士たちに襲われたばかり、ご配慮ください」

 

 背を向けたまま左手を部隊側へ向け、(落ち着け、納刀)とジェスチャーする。

 兵たちは戸惑いつつも納刀する。ガゼフへ寄せる憧れにも似た信頼が統率の取れた動きを可能にしているのだ。とは言っても部隊の動揺は否めない。

 

 深翠の毛並みを持つ魔獣が家屋と広場の真ん中に佇んでいた。その威圧感はかつてないもので、冒険者と言われる連中でも最高位のアダマンタイト級をもってして敵うかどうか。魔獣の眼前を通るルートで悠々と歩みを進めるアインズにガゼフは待ったを掛ける。

 

「ゴ、ゴウン殿、あの魔獣は?」

「あれは私の部下のシモベです。無闇に攻撃してくるようなことはありませんのでご安心を」

 

 当の魔獣はこちらに牙を剥いたりはしていないが、底の知れない緊張感は伝わって来ている。自分が遠く及ばない存在を前にしたときの感覚。王国内でも随一の剣士であるガゼフには久しく感じたことの無いものだった。

 彼らはさっきの連中とは別だから襲わないようにと言うアインズの指示に、ワゥ、と返事をし、伏せの体勢になると同時に感じていた威圧感は霧散した。部下の中にも技量の優れた者は息が詰まっていたらしく、深い吐息が後ろからいくつか聞こえた。

 

 確かに意思疎通はできているようだ。優れた魔法詠唱者の中にはギガントバジリスクを使役する者もいると聞く。となると真に警戒するべきは目の前の魔法詠唱者か。

 先程感謝の意を示し、舌の根も乾かない内に警戒を強めるとは。ガゼフは世界の広さを痛感し、同時に小心者の自分を笑う。

 

 魔獣がアインズに対して敬意を持って従っていると村長からも説明を受け、部隊は牛歩の如く動き出した。多くは魔獣への警戒と恐怖が尽きないようであったが、ガゼフは違った。敬意という点においては自分もまた立場は違えど王に剣を捧げる身。共感する部分があったのかも知れない。今度は仕えられる者としてのアインズの顔。素顔の見えない男が、多彩な顔を持っているのは洒落ていると口角が上がった。

 魔獣の鼻先を通り抜けると、村人が避難していると言う大きな家屋へ着いた。

 アインズに続いて部隊を引き連れる形になっていたガゼフだったが、次に起こった事態には絶句するしかなかった。

 

「なっ…………!!」

 

 戸をくぐったガゼフが見たものは、村の子供と戯れるローパーのようなモンスター。それに混じる闇妖精(ダークエルフ)の少女だった。周りの大人たちは表情こそ明るくはないがその光景を微笑ましそうに見ている。

 

「どうなさいました? 戦士長殿」

「い、いや、すまないゴウン殿、少し失礼する」

 

 顔を手で覆いながらふらふらと出てきた戦士長に、何事かと騎士隊が駆け寄る。何かされたのかと心配する連中に、大丈夫だと伝えた上で、隊でも比較的冷静な者に頼み事をする。俺の頭がおかしくなってないならお前も同じモノが見えるはず。中の様子を見て教えてくれ。迷惑にならないよう口は押さえて入れと。意図を計り兼ねたものの、他ならぬ戦士長の頼みだ。疑問符を浮かべながらも言われた通りに家屋へ入っていった。

 一分後、顔を真っ青にした隊員から先程自分が見た光景と同じ内容の報告を受け、ガゼフは深いため息を吐いて再び戸をくぐった。




この世界に元々ローパーっているのか不明です。

2017.11.22 誤字指摘の一部適用と修正をしました。
2018.5.6 指摘のあった描写ミスを修正しました。
2018.8.15 数字の表記を修正しました。 
2018.11.3 行間を調整しました。

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