オーバーロード 粘体の軍師   作:戯画

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番外編その7 三者面談 エントマ・ヴァシリッサ・ゼータの場合

 栄養摂取のために食べるという行為は、生物にとって生存に大きくかかわることだ。そして必要な分が満たされていても、食べることそのものに喜びを感じる者の食欲は形を変えながらも尽きることがない。

 

 手に持ったグリーンビスケットを顎元へ持っていく。咀嚼するあいだもその表情や口に変化は無い。和風メイドともいうべき袖口が長く大きく広がった衣服に身を包んだ小柄な少女。腹部に巻いた胴帯の上から前結びにした太く大きな赤い締め紐、膝丈のスカート下からのぞくスリムな足には何枚もの符が貼りつけられている。椅子に座って両足をパタパタと振っている様子は暇を持て余した子供そのものだ。

 

「エントマ、行儀が悪いわよ」

「はぁい。ユリ姉様ぁ。でも、あれもダメ、これもダメじゃ息が詰まっちゃう」

 

 シズとほぼ入れ替わりで自室へ戻ってきたのはエントマ・ヴァシリッサ・ゼータだ。どこへ行っていたのかを聞こうとしたが、エントマが手に持っていた黒く蠢く物体を見て答えは聞かずとも分かった。絶叫しそうになったのを戦闘メイド(プレアデス)副リーダーの矜持で押し込めて、顎をもぐもぐさせている妹をなんとか一旦部屋から追いだすことに成功した。食べ歩きをしないこと、ナマモノはその場で食べることを約束させてから部屋に入れたので、仕方なく代替品のグリーンビスケットを口にしている。というかそれで済むのなら最初からそうしてほしい。姉妹の中だとナーベラルとかはエントマのオヤツも比較的平気な方だが、それでも顔を(しか)めるくらいには苦手としている。

 

 蜘蛛人(アラクノイド)であるエントマの食性は蜘蛛のそれに近い。基本的に肉食で人間も食べるというのはソリュシャンと同じだが、あまり理解の得られない好みがあった。『おやつ』と称してたまに第二階層の黒棺(ブラック・カプセル)に捕まえに行っている姿をよく見かける。本人曰く、「外はパリッと、中はトロっとしてジューシー」らしい。間違っても食堂でその話はしないようにと青ざめた顔のルプスレギナが忠告していたが、あれはもうほとんど懇願だったと思う。飲食不要の首無し騎士(デュラハン)であるユリには精神的な被害が少なかったのが幸運か。

 

 ささやかな抗議の声を上げつつも目上からの指摘には大人しく従うエントマ。特殊な趣味嗜好を除けば姉妹で最も素直な性格かもしれない。

 軽いノックの後、開かれた扉からはゆったりとロールした長い金髪の妹が現れた。後ろ手に扉を閉める動作は彼女にしては珍しく緩慢だ。こっちはこっちで嗜虐的な性格を除けば完璧主義なところがあって、行動は常にキビキビとしているイメージだったが。

 

「……エントマ、いる? 至高の御方々がお呼びよ。アインズ様の執務室にすぐ行って」

「ソリュシャン……え、し、至高の御方々がぁ? 私をぉ? 何でぇ〜!?」

 

 両方の袖で口元を覆いながら驚きと畏れに身を震わせる。呼び出される心当たりがなければ無理も無い反応だ。緊張のあまり失礼があってはいけない。少し助け船を出そう。

 

「エントマ、別に怒られるとかではないわ。何かいたずらした訳でもないでしょう?」

「ユリ姉様……そしたらぁ、どうしてお呼び出しされたのかなぁ」

「行けば分かるわ。それよりほら、至高の御方々をお待たせしちゃダメよ」

「ああっ、そうだったぁ! 行ってきまぁす」

 

 情報の開示は禁止されているので詳細は言えない。多少緊張の(ほぐ)れた妹の後ろ姿を見送り、慌てた態度に若干の不安が残る。

 

 伝言が終わったソリュシャンは珍しくベッドに腰を下ろすと、自らをかき(いだ)いて「ふぅぅぅー……」と長い息を吐くとそのまま横にポスッと倒れた。

 

「どうしたのソリュシャン、今日のあなたやっぱり変よ」

「ユリ姉さん、私、幸せだわ……。全身を至高の御方の愛情が駆け巡っているの。こんな気持ち初めて」

「あなた……」

 

 何も言えなかった。ソリュシャンの声音が、本当に幸せそうだったから。同時に妙な様子であることも腑に落ちた。

 偉大なるは至高の御方々。どうかエントマの面談が無事に終わるように、ユリは自らの創造主であるやまいこに祈りを捧げた。

 

 

 

 

 

 

「本日ラストの面談ですよアインズさん!」

「やっとここまで……最後はエントマですか」

 

 彼女を最後に回したのは理由がある。戦闘メイド(プレアデス)の中でシズ以上に人間社会で浮く存在であり、今回のお供選出という観点ではプロフィール審査の段階で落ちている。友好関係が堅実なものとなれば接点の一つも出てくるだろうが、それにはまだしばらくの時間が掛かるのだ。つまりいまの段階ではさほど本腰を入れて性格などの把握をしなくてもいい、まずは気楽にコミュニケーションだけ考えていればいい相手だということが面談を始める前から確定していたからだった。

 

「アインズ様、ぶくぶく茶釜様、エントマ様が来られました」

「うむ、入れろ」

 

 すっかりこなれたシクススとのやり取りを済ませると、少し開いた扉から赤黒い影がゆっくり近付いてきた。他の戦闘メイド(プレアデス)より時間が掛かったように感じたのは、一歩あたりの進む距離が小さいからだろう。思えばシズのときも似た感覚があった。

 机の前まで来ると、ただでさえ小さい身体がさらに沈む。礼の姿勢をとるために膝を突いたのだが、机が邪魔でほとんど見えない。

 

「エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ、御前に」

 

 声は誰が聞いても子供のものだが、上げた名乗りは他の姉妹と比べても遜色の無い立派なものだった。

 

「うむ、そちらの椅子に座るがいい」

「失礼致します」

 

 ちょこんと椅子に座った姿はやはり幼さを感じさせたものの、その姿勢、立ち居振る舞いは知識の無いアインズの目から見ても基本がキッチリできている者特有の動作だった。戦闘向きとは言ってもメイドはメイドなのだ。

 

「うーん……」

「どうしました、茶釜さん」

「いやね、ちょっと気になったんだけど、エントマは普段から話し方そんな感じなの?」

「え、えぇっと……じゃなくてその、いえ」

 

 いきなり質問を投げられたエントマは見るからに動揺している。表情が全く変わらないのはシズと似ているが、何かが決定的に違っていた。

 

「固いなー。固いわー。普段と同じ感じで話してみてよ。実はこの面談はそういうのも知りたくてやってるんだしさ」

「そ、そうだったんですか」

「そうだな。シズなんかも結構打ち解けた感じで話していたぞ」

「……そうだったんですかぁ」

 

 あれ、なんだかエントマからメラッとしたオーラを感じたが気のせいだろうか。

 

「分かりましたぁ。じゃぁ、失礼が無い程度になるべくいつも通り話しますぅ」

 

 片手を上げて頑張ります宣言をするのはいいが、裾が長過ぎて手が隠れたままだ。そもそも頑張ってやることではない気がするが、いまの短いやりとりの中に彼女の琴線に触れる何かがあったのだろう。

 

(改めて見ると戦闘メイド(プレアデス)の中でもこの子のデザイン一番珍妙……もとい、個性的だな)

 

 エントマは『フジュツシ』『フゲキシ』といった珍しい職業(クラス)を修めている。どちらも符を使って付与効果を得たり、攻撃を行うものだ。さらに『ムシツカイ』との合わせ技で眷属を召喚した対多数の乱戦展開能力に優れる。単騎の強さは大したことがない分、足止め目的に技能を寄せたというところか。戦闘メイド(プレアデス)の配置コンセプトにある意味最も忠実なキャラメイクとも言える。

 余談ではあるが彼女の製作者は無数のアイテム整理のために宝物殿へ足しげく通っては武器や防具など種類別に配置を分けていた。ギルメンが集めてくるアイテムの量が膨大なうえ、ギルド倉庫に入れるアイテムは基本的に一応キープしておくか程度の認識で扱いが雑だったために片付けても片付けても一向に目処が立たないままであった。自分のリアル部屋は汚部屋だと言っていたので、ひたすら整理をしていたのはその反動なのだろうか。

 

「それでそのぉ、『めんだん』って、何をするんですかぁ?」

「まあ簡単な質問とか、お話だね。アインズさんが人間の社会に潜入するって話は聞いた?」

「はぁい。アルベド様からナザリック全体に通達されてますぅ」

 

 どうやっているのか不明だが、流石連絡の組織系統をあっさりまとめ直しただけのことはある。管理面はアルベドに任せても問題無さそうだ。彼女一人だと負担が大きそうなので状況に応じてデミウルゴスにも補佐をさせるか、それでも足りなければまたそのとき考えるとしよう。

 

 いまは目の前のエントマに集中だ。人間社会へすぐ連れていくことは無いにしても、意識調査はしておくべきだ。何やらアインズは考えごとをしているみたいだったが気にせず進行することにした。一つ目の質問だけは全員共通だ。

 

 

 

「人間、ですかぁ」

 

 顎に手を添えて少考する。左右にゆらゆらと振れる触角が見ていて面白い。その下方には二つのシニョン型の膨らみがあるが、あれは髪ではなく蟲の擬態である。さらには口も開かず(まばた)きもしない顔面も、張り付けた蟲の背の模様なのだ。おまけに声は口唇蟲。

 この口唇蟲とは、ユグドラシルにおいては声を奪う蟲系のモンスターだ。こいつにやられるとリスポーンしても一定の時間話したり、発声を必要とする能力が使用できなくなるという地味に鬱陶しい能力を持っていた。テイムすることも可能で、その場合はPVPのトドメに使えば相手プレイヤーの声を奪い、アクセサリ扱いで装備するとボイスチェンジャーのようにそのプレイヤーの声になる効果があった。

 だがこのモンスター自体が弱いうえに準備の条件が厳しいので完全なネタ能力との認識が一般的だった。

 

 そして意外と知られていなかったのだが、テイムした口唇蟲には装備時のデフォルト声がある。つまりこちらなら面倒な手順を踏まなくてもいいし、声を変えるだけのお遊びには充分だ。それでもわざわざ使う者は稀だったため、いまのいままで忘れていた。

 

 ソリュシャンとは違って蟲系の擬態の限界に挑戦したデザインだが、ぱっと見で蟲っぽさを感じさせないのには成功している。そもそも種族が蜘蛛人(アラクノイド)なのに、蜘蛛を想起させる外見的な特徴はあまり無いように思えた。

 

じゅるり。

 

(……じゅるり?)

 

「人間わぁ、好きですよぉ。特に男の人は筋肉質なのがいいですぅ」

 

 水っぽい音が聞こえた気がしたが、それよりエントマの意外な答えにアインズもぶくぶく茶釜も揃って度肝を抜かれる。声質(口唇蟲だけど)も相俟って子供の印象だった彼女からまさか異性の好みが飛びだすとは。異種族であっても恋愛って成立するのだろうか。ギルメンの半数以上はYESと答えそうではあるけれど。

 

「顔は!? 顔はどんなのが好みなの!?」

「えぇ!? か、顔ですかぁ? えーっと、えーっとぉ……」

 

 ずずい、と身を乗りだしてグイグイ掘り下げていくぶくぶく茶釜。女子はとかく恋バナが好きとは耳にしたことがあるが、ここまで食い付くほどのものなのか。

 

(というか、そんな露骨に顔、顔、連呼しなくてもいいじゃないか……)

 

 表情が無くなった自分の頬骨を軽く掻いてリアルでの自分、鈴木悟の顔に思いを馳せる。特筆することもない普通の顔。イケメンだったら自分の人生も全く違うものになっていたのだろうか、と思いかけて首を左右に振る。そんなことは関係なくユグドラシルにはハマっていただろうし、だとすれば結局いまの不可思議な事態に陥ることに変わりはない。何より過去を否定することはギルド、アインズ・ウール・ゴウン自体を否定することに繋がる気がして、くだらない考えだと意識的に考えないようにした。

 それでもぶくぶく茶釜がエントマに優男系かワイルド系かとかを無遠慮にまくし立てているので、(ねた)み混じりのモヤモヤした感情を頭から完全に取り除くことはできなかったが。

 

 マシンガンのような質問の連射を受けているエントマはなかなか答えを返せないでいる。多分本人は質問の意図をしっかり考えて返答しようとしているみたいなのだが、答える前にぶくぶく茶釜から次の質問が飛んでくるためだ。矢継ぎ早の質問に右往左往している様子は小動物のそれに近く、ちょこまかとした仕草には彼女の創造者がかつてそんな動きのイメージを持って製作したのだろうかと思わずにはいられなかった。表情が無いため口調や身振り手振りでの感情表現が豊かになったのか、それとも単に精神年齢の幼さからくるものなのか判断は付かないが、見た目と言動に乖離した印象は受けない。それは肉体と精神が問題無く噛み合ってエントマ・ヴァシリッサ・ゼータという個として存在できているという一つの判断材料になり得る。

 カルネ村の一件でもこの世界の仕組みの一部が垣間見えたが、それら単一の事象はそれぞれ一つの事実と結果という意味しか持たない。真の意味で世界の仕組みを理解するにはどんな些細なことであってもサンプルケースを集めていくしかない。

 

(こんなときウルベルトさんの言ってた『何でも分かる世界の記憶』にアクセスできたら楽なんだろうけどな。リスクがあるならやらないけど)

 

 ユグドラシル時代の話である。トップハットを被り闇を凝縮したような暗色のマントに顔の右半分を覆うベルト留めの仮面を着けた山羊の頭を持つ男。火力最強の大魔法使いがそんなことを言っていたおぼろげな記憶がある。闇だ悪だといったものを好んだ彼の言うことなので当時はもののたとえや冗談のたぐいだと思っていた。いや、いまでもあれは冗談だったと思っている。

 

 アクセスできればありとあらゆる情報を知ることができるという、いわば世界の記憶。荒唐無稽極まりない存在だが、ゲームの世界においてそれはまったくの与太話と笑い飛ばせない。クライアント側のゲームデータ、そしてサーバ側の情報。運営が管理しているこれらに直接アクセスできたならゲーム世界のありとあらゆることの根幹を知ることもできるであろうし、あるいは自分の思い通りに改ざんすることだって不可能ではない。極端な話、強力過ぎるために一部例外はあったものの基本的にそれぞれが唯一無二であるワールドアイテムを個人で百個でも二百個でも所有することだってできるのだ。

 だがそれはれっきとした犯罪であり、はちゃめちゃなことで知られる運営も流石に発見次第是正するだろう。アカウントは当然BANされ、リアルでも罪に問われることは間違いない。

 

 一時(いっとき)のくだらない優越感に見合うリスクではない。それに、あの男ならばそんな手段で手に入れたものに何の価値があるだろうかと笑い飛ばすだろう。アインズも本心からそう思う。いまはナザリックの皆を守ることが最優先事項であるため無知によるリスクはあらゆる手段で軽減するべきだが、世界のあり方自体を変えるというのは決して容易なことではないのだ。

 

 (それに……いまのみんなを単なるNPCだとは思えない。一切は慎重に行動しなくちゃいけないな)

 

 冷静に考えてみれば、それこそがユグドラシルのサービス終了日からいまに至るまでの行動の根幹なのかもしれない。アルベドをはじめとするシモベたちが物言わぬ置き人形のままであったなら、ぶくぶく茶釜がいなかったら、果たして自分の歯車は狂わずにいられただろうか。

 

 自動湧き(POP)ではないNPCはそのほとんどがかつてのギルメンによって創造された者たちだ。いくらキャラメイクのガイドがあるとしても、ゼロからキャラクターデザインや外装モデルを作るのは想像を絶する作業量だったはずだ。

 戦闘メイド(プレアデス)にしてもナーベラルやソリュシャンといった種族的な能力として変身(シェイプシフト)や擬態ができる者はまだしも、蜘蛛人(アラクノイド)のエントマは変身能力が無いのに一見すると蜘蛛っぽさを感じさせる外見ではない。無機的な表情に多少違和感を覚えるくらいだが、同じ蟲系統種のコキュートスに比べれば随分と人間種に寄せている。

 そもそも異形種でさえあればギルドのNPCとしては何も問題ないのだが、わざわざ手間をかけて見た目を作ったということに製作者たちのこだわりがあったのだろう。姉妹という括りだからなんらかの共通性を持たせようとした可能性もある。

 支配下の蟲を使って擬態しているのだがエントマの能力の影響なのか、取り付いているのであろう蟲たちは無駄に動くことは決してなく完全にエントマの一部と化している。

 

 肩肘張った言葉遣いを控えたエントマの声はデミウルゴスやナーベラルのような堅苦しさがないお陰で自然とこちらの気も緩む。

 

 ぶくぶく茶釜の質問に答えようと慌てながらも真剣に悩んでいる。世間話と大差ないのだからそう深く考えこむことでもないとは思うが、適当に答えろというのも無理な話だ。

 

 どういうわけか階層守護者を筆頭にシモベたちのナザリックへの忠誠心は天井知らずである。円形劇場(アンフィテアトルム)で忠誠の儀を受けたときにも強く感じたことだがシモベたちは本気も本気、こちらが気後れして申し訳なく思うほどの純粋な忠誠心をところ構わず捧げてくるのだ。

 強い忠誠心はこのエントマも例外ではない。

 

 現状忠誠心が高くて困るということはとりあえず無いのだが、何ごとも過度なヒートアップは大抵ロクな結果を招かない。

 いまのところ多少気を付けておくべき人物は戦闘メイド(プレアデス)の中だとナーベラルくらいで、それと比べたら無邪気さの漂うエントマの面談などほのぼのしたボーナスステージのようなものだ。

 

 冷静に考えたらいくら忠誠心が高くても仮にも男性のアインズがいる場で異性の好みは答えにくいのではないだろうか。そういった方面に明るくない身としては逆の立場なら気恥ずかしさも手伝って返答に窮するのは想像に難くない。

 パワハラになってしまう心配をアインズがし始めたタイミングで、やっと回答がまとまったらしいエントマが長い袖に隠れた腕をぴょこんと上げた。

 

「顔はあんまり食べるところが無いのでぇ、特に好みとかは無いですぅ」

 

 聞き違いだろうか。なんだかいま衝撃的な発言があった気がする。頭が動いていないのはぶくぶく茶釜も同じらしく、そしてエントマは至高の御方二人が口を(つぐ)んだのに(なら)っている。

 場は完全に沈黙が支配していた。

 

 

 

(うぅ〜、なんだか静かになっちゃったぁ……)

 

 気まずい。

 

 よく考えたら死の支配者(オーバーロード)であるアインズは食するという行為自体しないのだから、もっと具体的に言わなければ伝わらなかったんじゃないか。そもそも、この面談自体エントマたちのことをもっと知りたいと至高の御方々が思われたからこそ設けられた場なのだ。

 

「エントマよ」

「はっ、はい」

 

 ありがたいことに、沈黙を破ったのは至高の御方のまとめ役、アインズだった。名を呼ばれたなら、この後に続くであろう問い掛けには全身全霊で応えなければ。

 

「すまない、もう一度言ってくれないか? 少しその、考えごとをしていてな」

「ア、アインズ様がぁ、謝られることないですぅ!」

 

 助かった。偶然にもしっかり答えるチャンスをいただけた。深遠なる思考はあのデミウルゴスでさえ理解が及ばないと耳にしたが、恐らくいまお考えになっていたことというのも自分にはチンプンカンプンな次元の話なのだろう。こんなすごい方々が二人も目の前にいる事実に寒気すら伴った畏怖を覚える。

 

「確認するぞ? エントマは、人間が好き、なんだな?」

「はぁい。グリーンビスケットも嫌いじゃないですけどぉ、やっぱりお肉の方が好きですぅ」

「き、筋肉質な男がいいというのは?」

「特に利き腕はお肉がギュッと締まってましてぇ、ソリュシャンは男女関係無く子供の方がいいみたいですけどぉ、わたしは大人の男の人の方がいいですぅ」

 

 

 

(えっ、ソリュシャンの言ってた『無垢な者であれば……』ってそういうこと?)

 

 精神抑制が働き、表面化する動揺は無い。あとでソリュシャンのプレートを一部書き直さなければと心のメモに留めておいて、目の前の問題を少し考える。

 

(人間か……。まあ食うも殺すも大差は無いか。実際ソリュシャンのときにはナザリックに不利益になる場合、リスクも考慮しているなら殺人の選択肢そのものは問題視していない訳だし)

 

 大体、それを言えば自分もぶくぶく茶釜も大した理由でもなく現地の人間を殺している。人を食うことを他勢力が知った場合に、どの程度の嫌悪感を持つかという点が重要だ。

 殺しても問題無い相手で、かつその死体は何に食われたのかが分からないように擬装もしくは隠蔽が現時点では必須だろう。

 

(それならちょうどいいのがいるな)

 

「分かった。食生活は大切だ。この前捕まえた人間の何人かをニューロニストのところへ送っているから、死なない程度にならちょっとつまみ食いしてもいいぞ」

「ありがとうございますぅ。ぁ、でもぉ、第5階層は寒さでこの子たちが冬眠しちゃいますぅ」

「そうか……それだとしばらくはお預けになるが、我慢できるか?」

「お肉食べられないのは残念ですけどぉ……ご命令なら頑張って我慢しますぅ」

 

 表情は相変わらず動かないが、両手を胸の前でぐっとしながら答えた声は決意に満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 戦闘メイド(プレアデス)全員の面談が終わり、アルベドの指示のもとで片付けは滞り無く進んだ。いつでも読み返せるように各員のプレートはアインズとぶくぶく茶釜それぞれの私室にある机に仕舞われた。なお、書き損じたものについては個人情報保護のためその場でアインズの≪グレーター・ブレイク・アイテム/上位道具破壊≫によって跡形無く破棄されている。主人たちが姿を消した玉座の間で、掻き消えていく光の粒を死んだ目で見つめていたアルベドはやがて力無くその場に膝から崩れ落ちた。




エントマの出番ももっと増やしたい。
勢力下においた地域なら活動させても大丈夫かなー?

2018/11/7 行間を調整しました。

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