オーバーロード 粘体の軍師   作:戯画

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~前回のあらすじ~
コキュートス無双


第42話 戦後処理

 コキュートスは一人、蜥蜴人(リザードマン)の集落へと赴いた。入り口には全身真っ白な個体が沈痛な面持ちで立っている。

 

「……あなたがここへ来られたということは、そういうことなのですね」

「イズレモ優レタ戦士ダッタ」

 

 その一言で最後の希望も断たれた。そうですか、と短く返事をするとクルシュは膝を折り恭順の意を示した。村の防衛のために残されていた多頭水蛇(ヒュドラ)のロロロもそれに従うように四つの頭を力なくうなだれさせる。

 

 コキュートスと名乗った見たことも無いモンスターなのか亜人なのかもよく分からない人物はすでに武器を仕舞っており、これ以上蜥蜴人(リザードマン)を害する意思は無いのが見て取れた。彼の第一の要求はこれから彼の主人に目通りをするため蜥蜴人(リザードマン)の代表を呼んでくることだった。その物腰は怪訝に思うくらい柔らかく高圧的な印象は受けなかったが、全く別の理由のためにクルシュの歯切れは悪くなった。

 

「ご要望は承知致しました。ですが、その、族長にあたる者は先の闘いに参加しておりましたので……」

「ムゥ…………」

 

 これにはコキュートスも少々困った。確かに、武勇を誇る部族を束ねる者が最も優れた戦士であることは道理である。だがその選りすぐりの戦士にして族長たちはついさっき自分の手で斃している。いまや隷属の立場となった蜥蜴人(リザードマン)側は誰が代表として出てきても大差無いようにも思えるが、先に失敗しているコキュートスとしては万全を期す必要があった。そのためには取り敢えずの代理では困るのだ。蜥蜴人(リザードマン)たちの中でも正しく認められた者を介した方が何かとスムーズだろう。

 

 

 

 恐ろしい強さを持つ侵略者は、四本の腕を器用に組んでうんうん唸りながらクルシュの目の前で考え込む。あまりにもギャップがあるその姿に一瞬毒気を抜かれそうになるが、相手はあのザリュースやゼンベルたち蜥蜴人(リザードマン)の考え得る最高戦力を単独で、しかも見る限りでは無傷で倒した破格の存在なのだ。自分の応対一つで残された同胞が皆殺しになるようなことがあっては、散っていった英雄たちに申し訳が立たない。

 緊張感を持ち直して大人しく待っていると、妙案を閃いたらしいコキュートスからある提案を受けた。至極真っ当な内容だったので重ねて驚いたが、承諾したクルシュは足早に集落の中央辺りにある集会所へ向かった。

 

 

 三十分もしないうちに、正装なのだろうか少し身綺麗にしたクルシュが戻ってきた。≪伝言/メッセージ≫で指示を出していたコキュートスは、ちょうど切りのいいところで通信を終了する。

 

「ウム、デハソノアトノ警備ヲ任セル…………代表ハオ前カ?」

「はい。まだ予定、ではありますが。申し訳ありません、お話の邪魔をしてしまって」

「タダノ連絡ダ、気二スル必要ハ無イ。デハ行クゾ」

 

 コキュートスの提案は、実に建設的な意見だった。こちらとしては代理の者を謁見させる訳には行かないが、結果的にまとめ役を失ったことは理解している。少し時間をやるから次なる族長、あるいはそれに最も可能性が高い者を決めろとのことだった。

 話を持ち帰ると、他の者の意見はクルシュを代表に据えることで満場一致した。アルビノに対する偏見は、この未曾有の危機の中でほとんど消えている。それに、元々強い忌避感を持っていたのは皮肉なことに最も身近な場所にいた"朱の瞳(レッド・アイ)"族だけであり、他の部族の者からは珍しさに驚かれこそすれ、差別を受けることは全く無かった。

 色眼鏡を外せば、次に目に付くのは祭司としての彼女の能力である。アンデッドの第一波および第二波の攻撃を受けたときは、その治癒魔法や補助魔法で多くの者が助けられた。初戦勝利の美酒に酔った日には、ザリュースと仲睦まじくしているのを見た者もいる。愛する者を失った直後に重責を負わせるのは心苦しいが、最も相応しいと思える者が他にいないのも事実。

 そんな彼らの心情も理解できたため、クルシュも強く拒否することはできなかった。

 

「ソウイエバ」

「はっ!? あ、いえ、申し訳ありませんなんでもありません。どうかされましたか?」

 

 まさか話し掛けられるとは思っていなかったので、素っ頓狂な声が出てしまった。やはり一瞬足りとも気は抜けない。自分の戦いは(まさ)にここからなのだ。

 

(あうう、すごくこっち見てる……もしかして機嫌を損ねてしまったのかしら。だとしたら何としても機嫌を直してもらわなくちゃ。た、たとえこの身を差し出すことになっても!)

 

 その実、何か言ってくるか様子を見ていたら白い肌を持つ蜥蜴人(リザードマン)代表(仮)が一人百面相を始めたので落ち着くのを待っていただけなのだが、精神的に追い詰められて色々視野狭窄気味のクルシュは中々気付かなかった。

 

「名ヲ聞イテイナカッタナ」

「し、失礼致しました。私はクルシュ・ルールーと申します」

 

 沈黙は気が重かった。黙っていて心証が悪くなるよりは自分たちのことをより多く知ってもらった方がいいと考え、目的地に着いて手振りで止められるまでほぼクルシュが一方的に蜥蜴人(リザードマン)に関する話をし続けてしまった。

 

 どうにも自分は交渉だとか掛け引きといったものにまるで才がないらしい。森の中のログハウス、メインホールにあたる部屋へコキュートスが入っていき、自分は隣の部屋で待機するよう言われたので大人しく待っている。小屋の前には小柄な少女が立っていたが、あれで門番が務まるとは思えない。小屋の中にはさっき奥に入っていったコキュートスの上位者がいるようであったし、何かの襲撃を受けようとも極論悲鳴が中に届けば充分に役割を果たしたと言えるのだろう。

 そこまで考えて、数日前の自分には到底思い付かない考えであることに内心驚いた。実に殺伐としている。無慈悲な戦場に身を置いていたからなのか、隣にあの蜥蜴人(ひと)がいないからなのか。

 

(多分、両方ね)

 

 普通の精神状態なら、異種族とは言え少女を捕まえてそんな残酷な発想をするはずもない。異種族の美醜はよく分からないが、なんとなくちょこまかした動作は可愛らしいように思う。

 コキュートスを前にしても全く表情を動かさず普通に会話している姿には驚かされたが、身内相手だとそういうものかと納得することにした。

 

 通された室内には自分と、表から一緒に付いてきた小柄な少女。彼女は部屋の入口側に控えており、こっちを見るでもなくただそこにいるという感じだった。

 今更抵抗する気も無いが、一応の監視役でもあるということか。最前線ではないにしてもこんな子供までが所属しているこの組織はいったい何なのか。情報が増えれば増えるだけ謎が深まるばかりだ。

 

 一見したところまるごと木で作り上げられたログハウスの中は、森と同じ匂いがする。綺麗に樹皮を剥いだ丸太がうまく湿気を吸っているせいか、室内の空気が心地良い。狩りに出ていた者たちからは、こんな建造物の話は聞いていない。であれば、この一週間のうちに建てられたということになる。自分の置かれた状況で暢気な思考とも思えるが、自分たちはこの建物を作った、遥かに強い相手に従属して生きていかなければならない。意地を張って死ぬのは勝手だが、死んでいった者たちはそれを望まないだろう。

 生きる。そのためには支配者たちの行いや振る舞いに対して少しずつでも肯定的な部分を見付けることだ。

 

 少し首を回して、露骨にならないよう注意しながら部屋の全容を観察する。思惑を忘れて、クルシュはその様式、完成度に素直に感心してしまっていた。森林からこれだけの丸太を切り出したのもさることながら、天井がとても高い。屋根がある以上その高さまで丸太を上げなければならない訳だが、いったいどうやったのかまるで見当がつかない。

 外から風が吹くと、やんわり顔を撫でた気流が上に抜ける。暑い時期には実に快適そうである。こんな技術力は蜥蜴人(リザードマン)には無い。

 つくづく()の偉大なる御方々とやらに底知れない力を感じずにはいられない。自分たちが根絶やしになっていないのは改めて単なる気紛れなのだと思うと、血の気が引ける思いがした。

 

 そろそろ沈黙にいたたまれなくなってきた頃、戸の奥にライトブルーの巨体が見えた。さっきエントマと呼ばれていた少女は軽く会釈をし、部屋の外へ出ていった。

 

「クルシュ・ルールー、至高ノ御方々二謁見スル。付イテコイ」

「はい」

 

 いよいよか。メッセンジャーが言っていた偉大なる御方々と同一の存在だと思うが、後方にいたクルシュはそれらしい相手を直接見てはいない。ザリュースたちの話を聞いた限りでは見た目は死者の大魔法使い(エルダーリッチ)のようだったらしいが、無造作に振り撒いた力は瓢箪型湖をまるごと氷漬けにする神にも匹敵するかと思えるほど常識の埒外のものだ。

 気を強く持たなければ、何が起こるか分からない。

 

(ザリュース……私に勇気をちょうだい)

 

 

 

 その後謁見は無事に終わり、蜥蜴人(リザードマン)たちはコキュートスが管理下に置くこととザリュースたち優れた戦士の復活が約束された。それと引き換えにクルシュは誰にも打ち明けられないスパイ任務をその身に帯びることになったが、それが自分が背負うべき罪と思い、受け入れた。

 

 護衛としてエントマを伴い、クルシュは一足先に集落へと戻った。コキュートスとの直接戦闘で落命した者たち五人の遺体を広場まで運び、泥で汚れた身体を洗い流す。クルシュはスパイの件の心苦しさもあって謁見の内容を細かく誰かに話しはしなかったが、最高の戦士たちを慕う者は多く、野晒しにするのは忍びないと遺体の運搬に手を貸してくれた。

 

 ほどなく現れたのは、コキュートスを先頭に蟷螂(かまきり)のような者、蟻のような者、巨大な脳みそのような者が作った菱形の陣形。そしてその中心にいる見目恐ろしい死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の王。

 

 

 

 アインズの種族はさらに上位に位置する死の支配者(オーバーロード)なのだが、蜥蜴人(リザードマン)たちの知識にその種族は無かった。

 

 自然に人垣が割れ、圧倒的過ぎる存在にどよめきすらも起きない。息を殺した蜥蜴人(リザードマン)の集落は不自然なくらいの静寂に包まれていた。

 広場に安置されていた勇者たちのもとへアインズが歩み寄り、懐から一本の杖を取り出した。象牙でできたその短杖は先端が黄金で包まれており、握りの部分にはルーンが刻まれている。装飾品の文化が人間に比べて発達していない蜥蜴人(リザードマン)たちをして息を呑む逸品であった。

 コキュートスが腕を大きく払い、注目を集める。

 

「聞ケ、蜥蜴人(リザードマン)タチヨ。コレヨリ、オ前タチハ我々ナザリックノ一部トナル。光栄ニモ偉大ナル至高ノ御方々二厚情ヲ賜ッタ」

 

 いったい何が始まるのか、それを質問できるほど豪胆な者は誰もいない。だが、恐らくいまから起きるのは過去蜥蜴人(リザードマン)の誰もが見たことのない光景であろうことを予感させた。おぼろげにこの先起こることを承知していたクルシュでさえ、いまだ半信半疑であった。()の御方の力は疑いようもないが、信じられるかどうかはまた別の話だ。

 様々な思いが交錯する中、全く意に介さない淀みの無い動きで死の顕現は短杖(ワンド)を戦士たちの遺体に無造作に向ける。

 

蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)

 

 杖が淡い光を発し、粒状になったそれは短杖(ワンド)の向けられた戦士の身体に移動する。やがて全身が光に包まれると、蒸発するようにして光は掻き消えた。

 恐る恐る光の消えた先を見ると、そこにはさっきと変わらず身体を横たえられた戦士の姿があった。

 ここで近くにいた者はあることに気付いた。遺体があまりにも綺麗過ぎることに。確か最後の戦いに赴いた戦士たちは皆接近戦で壮絶な最期だったと聞いた。又聞きの話なので尾ひれが付いたのだろうか。刀傷で即死するなら、それこそ首やらを両断されるくらいの創傷が無ければ不自然だ。背骨をやられるということもあるだろうが、彼らほどの戦士が不名誉の極みである後ろ傷を作るとは思い難い。

 他の者たちも似たことを考えているのだろう、固唾を呑んでというより、息を潜めて事の成り行きを見守っている。

 

「ザリュース!」

 

 遠巻きになった人垣の輪から飛び出したのは、全身を白の鱗に包んだ祭司のクルシュ・ルールーだ。駆け寄り、震える手をザリュースの頬に添える。その直後周りからどよめきが起こった。

 

「くる……くるしゅ? お、おれは……」

 

 ザリュースの目が開き、たどたどしくはあるが声を発したのだ。目も見えている。涙を流して彼を抱き締めるクルシュを余所に、他の四人にも短杖(ワンド)が振るわれる。最後の五人目の奇跡と同時に短杖(ワンド)は砕け散り、目に見えないほどの細かな粒になって風に消えていった。

 

 目覚めた戦士たちは自力で立ち上がれないほどに衰弱していたが意識ははっきりしているようで、初めに蘇生したザリュースがアインズと二言三言を交わし、忠誠を誓った。たった一人で大儀式も必要とせずにあっさりと五人を蘇生させる死を超克した存在に畏怖を抱き、蜥蜴人(リザードマン)たちが隷下に加わることに異を唱える者は誰一人としていなかった。

 

 

 

 

 

 

 ナザリックに帰還したアインズは、統治について相談するため自室にぶくぶく茶釜を呼んだ。

 統治を基本コキュートスに任せたと言うものの、そもそもあの周辺には脅威になる存在や争いがある訳でもない。差し当たって蜥蜴人(リザードマン)たちから上がってきた急を要する問題と言えば食料の供給だが、金貨を対価に食料を生み出すダグザの大釜がある。当面はこれで対処し、第六階層で元々ブレインをテストケースにして生産を進めている食料生産と合わせれば大した損失にはならないだろう。

 ただ、これにはギルド所有の金貨を充てようと考えていたため、ぶくぶく茶釜には相談がてらにその許可も取りたいのだ。ギルド所有の金貨は無尽蔵にも思えるくらい大量にあるのだが、厳密には自分の金ではない以上独断では使いにくい。一応とはいえ同意の意思を確認しておきたかったのだ。が。

 

「いつまでその話引っ張るんですか」

「いやー、だって死の支配者(オーバーロード)に身を差し出す蜥蜴人(リザードマン)の雌とかレベル高過ぎて」

 

 アインズの自室に来て開幕の一言「あれ、蜥蜴人(リザードマン)の性奴隷はもうベッドですか……ぶっ、ふふっ!」を皮切りに散々死の支配者(オーバーロード)×蜥蜴人(リザードマン)の妄想がだだ漏れになっており、絵面も手伝ってユグドラシル時代ならBAN不可避の大惨事トークを繰り広げるぶくぶく茶釜。原因はさっきの謁見のワンシーンだ。

 

 代表としてコキュートスに連れてこられた白い個体、クルシュ・ルールーと名乗ったそれはどういう思考がめぐったのか自分の体を差し出す覚悟までを見せたのだ。分からないなりに女性がその決意を持つのは大変なことだろうとは思う。だが相手が麗しい姫やエルフなら絵になるだろうが、蜥蜴人(リザードマン)が相手では色気も何もあったものではない。

 

 もっとも自分は骸骨なのだが、こういう美醜の感覚はどうも人間である鈴木悟の感覚が根強く残っているらしい。

 あとで聞いたのだが、ぶくぶく茶釜がずっと大人しくしていたのは大笑いしてしまいそうなのを必死に堪えていたようだ。その反動かいまこうして長々と倒錯的ともいうべき話を聞かされている訳だが、そろそろ勘弁してほしい。遂にぶくぶく茶釜が蜥蜴人(リザードマン)×死の支配者(オーバーロード)の可能性の検討に突入し始めたので、そろそろ身の危険を感じて話の腰を折ることにした。

 

「と、とにかく今回予定通り蜥蜴人(リザードマン)は傘下に収めましたし、コキュートスの精神的成長の可能性も見えて大収穫ですね」

「まあそうですね。でもここからどうしますか? そろそろもう少し具体的に細かい方針決めないと手詰まりですよ」

 

 現在の基本方針は二つ、簡単に言うと『アインズ・ウール・ゴウンの名を有名にする』『ただし余計な揉めごとは起こしちゃダメ』だ。さじ加減の分かるアインズとぶくぶく茶釜自身が動くなら別だが、他の者は価値観が違い過ぎて恐らく何をどうすればいいか分からず困惑している者もいるだろう。彼らにはこちらが具体的な指示を出してやらなければならない。

 そのためには今回の蜥蜴人(リザードマン)併呑のように、分かりやすい行動目的が必要だ。

 

 だが自分たちは目先の相手だけ考える訳には行かない。組織のトップはその行き着く先を見据えて行動しなければならないのだ。そこでアインズは考える。ナザリックがいま目指すべき状況は何か、そこに至るまでに注意しておくべきことは何か、と。

 

 机の上に地図を広げる。カルネ村で入手した物、そのレプリカだ。司書長に命じて作ったコピーの一枚だが原本はモモンが持っていることになっているので、モモン用の荷物袋に入れてある。

 精巧なコピー地図の中央辺りにはカルネ村の書き込みがあり、瓢箪型湖の隣に『リザードマン』とメモ書きがあった。インベントリから取り出したマーカーで、その上からキュッキュッとバツ印を付ける。

 

 地図を見れば、ぶくぶく茶釜の言った手詰まりの意味がよく分かる。トブの大森林の周辺には蜥蜴人(リザードマン)以外だと付近にトードマンの集落がある。そして東はバハルス帝国、南はスレイン法国、西はリ・エスティーゼ王国、北は無人の山脈地帯に囲まれている。要するに地理的に人間種との接触は回避不可能ということだ。一応カルネ村の一件で王国戦士長ガゼフとの接点ができたり冒険者モモンとしてエ・ランテルに滞在したりはしているが、前者は個人的な面識があるというだけの話だし、後者はあくまで正体を隠した潜入でありモモンという存在も偽装身分(アンダーカヴァー)に過ぎない。結局のところアインズ・ウール・ゴウンの名が敬意とともに知られているのはカルネ村と蜥蜴人(リザードマン)の集落においてだけなのだ。

 アインズ・ウール・ゴウンとして意図的に人間との接触を避けてきたのは、ユグドラシルでギルドを結成した動機の延長にある懸念を抱えていたからだ。結論を先延べにしていたが、いよいよそれも限界であり、今後の方向性に大きくかかわる決断をしなければならないタイミングを迎えようとしていた。

 人間種プレイヤーからの迫害に苦しむ異形種を少しでも助けたい。それがこのギルドの基本理念だった。しかし実質ギルメンが二人、異世界のような未知の場所に自我の芽生えたNPCを丸ごと抱えて転移した現状では、優先するべきはまず自分たちの身の安全だ。そこで気になるのは、自分たちと同じプレイヤーがこの世界に現れて、しかも異形種蔑視の考え方だった場合にその危険度は無視できないということ。それがもしギルド単位で現れたらと思うとゾッとする。

 

 防衛戦においてはサービス終了まで難攻不落を守り抜いたナザリック地下大墳墓だが、最大の侵攻を防いだときは三十人からのギルメンが揃っていた状態での話で、最盛期においても他の追随を許さないほど戦闘力特化のギルドではなかった。

 世界級(ワールド)アイテム保有数にかけては比肩する相手がいなかったのでそれを計算に入れると分からなくなってくるが、世界級(ワールド)アイテムを惜しみなく使っての殴り合いなどというこれまでの努力と苦労の大半を無に帰するような愚行を犯す者も、それに付き合う相手もいる訳がなかった。

 とにかく上位ギルドクラスに攻められたらいまのナザリックはひとたまりもないということは確実だ。

 そのため万一の事があってもなるべく波風を立てないようにする、○○だから仕方無かったんだと言える免罪符は用意しておいた方がいい。

 

「人間種と全面対立しないためには……やっぱりどれかの国に入り込んでいくしかないのか」

 

 拮抗する勢力がいないと仮定すると、強制させられて仕方無い路線はほぼ無理だ。自分たちより弱い勢力の言いなりになるには説得力が無さ過ぎる。世界級(ワールド)アイテムを盾にされているなら分からないでもないが、それだと冗談抜きでいいように使われる危険性があるためむしろ距離を置きたい。

 次善策は、良好な関係を築いておき敵対する意思は無いと明確にすることだ。これなら相手が言い掛かりに近い干渉をしてきても、現地の人間種を味方に付けられれば一方的に追い立てられる可能性は低い。

 

「でもアインズさん、もし相手が後先考えない奴らだったらどうしますか? いまのところ現地の存在は壁役に回しても一瞬で蒸発するようなのばっかりですよ」

「そのときはナザリックに立て籠もってやりましょう。第八階層のアレや、なんなら二十使ってでも俺は皆を守るために戦いますよ」

「やだこの骨かっこいい……大真面目にそれだけ言えれば大したもんです。じゃあ基本はどっかの国と仲良くなるってことですね」

 

 順当にいけば周囲を囲む法国、帝国、王国のどこかと接触を持つことになる。できればもう少しそれぞれの内情を調査したいところではあるが、それはセバスからの報告を受けてから調整しても問題無いだろう。

 まず法国。陽光聖典の連中の考えが一般的なものだとしたら、向こうに受け入れてはもらえまい。そもそも、身内以外の反感を買うやり口を平然と選択する相手に与するのはリスクが高く、こちらから願い下げだ。ぶくぶく茶釜はアウラに対して暴言を吐かれたことを未だに根に持っているようで、法国の話を掘り下げれば掘り下げるほどあからさまに機嫌が悪くなっていったので打ち切った。

 

「それじゃ、あとは帝国と王国ですけど、国としての余力は王国にはあまり無いんじゃないでしょうか」

「でしょうね」

 

 エ・ランテルも王国領ではあるが、あの街の運営に大きく寄与しているのは王国そのものではなく魔術師組合と冒険者組合だ。都市長であるパナソレイ以外に、特定の貴族が幅を利かせているということも無い。パナソレイ自体も権力を私物化して私腹を肥やすような人物ではないことをアインズは知っている。体は肥えているが。

 地方の村々も、それぞれが日々の生活に追われているだけで、国レベルでの政策などが色濃く影響しているとは思い難い。

 決定的なのはガゼフ・ストロノーフだ。王国戦士長という立場の者が貴族同士の権力争いのシワ寄せに地方の野盗狩りにも近い仕事をさせられ、罠にハメられる。獅子身中の虫がいるのは間違いない。

 

 帝国はどうか。接点が無くてよく分からないというのが正直なところだ。モモンとして耳にした話では、鮮血帝と呼ばれる現皇帝が独裁体制を敷いており、反逆を企てる者はいないらしい。アダマンタイト級冒険者も二チームがその籍を置いており、最も安定感のある国と言える。しかしその性質上情報が外に漏れにくく得体の知れなさは否めない。懐深く飛び込むのは賭けだ。

 

「とりあえず王国でどうでしょう。RPG的には最初の領地主のとこに行くのがセオリーですし、王国とうまくいかなかったら最悪他に行けばいいんです。それに弱ってるとこを支えた方が友好をアピールできるじゃないですか」

 

 確かに、下手に三国のバランスを崩してしまっては対立の口実を自ら作り出すにも等しい。できれば自分たちが介入しても人間同士の力が拮抗したままであるのが望ましいのだ。

 少し気になるのは、王制について回る貴族だ。中世時代の貴族は大抵が選民思想やら狭量な偏見持ちなど愚かしい連中として描かれており、理解ある人物などは一握りだったりするものだ。

 

「そこは悪い方に考えましょう。アインズさん。その場合王国の貴族社会の一部になることは容易ではないですしこちらにとっても足枷になるので慎重になった方がいいです。こんなのどうでしょう。お耳を拝借……って耳無いんだった。まあいいや……ゴニョゴニョ」

「な…………」

 

 ぶくぶく茶釜の案を聞いたアインズは絶句する。本当にそんなことができるのか確信が持てなかったからだ。

 

「そう簡単にいきますか?」

「簡単ではないですね。でも独立状態を貫くならこの手はアリです。モモンさんにはもっと手柄を立ててもらわないとね。あの人と接点を作るためにも頑張って剣名を轟かせてください」

「分かりましたよ……まあモモンの地位を上げていくのは最初の方針通りですしね」

 

 ぶくぶく茶釜はそのあまりの異形のために人間社会には大っぴらに踏み入っていけない。それを補うためにアインズ自身が行動するのは嫌ではない。むしろ、ギルドが寂れてしまったのは長たる自分の力不足だったのではないかと答えの出ない問い掛けを内心に秘めたアインズにとって頼られるのは嬉しさを感じることですらあった。当時の無力感の代償行為とまでは思わないが、間違いなくいま自分はギルド長としての充足感に満たされていた。

 

「じゃあルプスレギナにはもうしばらくお供に付いてもらう必要がありますね。ボロ出したりしてないですか」

「大丈夫ですよ。忠誠心が高いから言うことはちゃんと聞きますし、茶釜さんもアウラとマーレからそれは感じているでしょう?」

 

 これはぶくぶく茶釜も全面的に同意だ。初めこそ疑って掛かったがナザリックに属する者は自分の知る限りでは設定に忠実であり、例外なく高い忠誠心を持っている。唯一ことあるごとに反逆を狙う発言を繰り返してナザリック内のヘイトを一身に集めているペンギンがいるが、彼もそうあれと作り出された存在であるがための発言であり、忠誠心が無い訳ではないのだ。

 全員が全員と面と向かって確認した訳ではないが、守護者以下、守護者相当のセバスや戦闘メイド(プレアデス)たちなど直接会話をした者たちの中に不穏な気配を纏う者はいなかった。NPCが自我を持ち、襲ってきたらと警戒していたのが恥ずかしい。

 

「あ、ちょっとすみません」

 

 ぶくぶく茶釜を手で制して、こめかみの辺りを指で叩く仕草をするアインズ。≪メッセージ/伝言≫が入ったという意味だ。王都へ調査に出ているセバスか、あるいは巻物(スクロール)の素材探しに忙しくしているデミウルゴスがまたすぐ出立する連絡だろうか。

 

「私だ。ああ……え? はあっ!?」

 

 明らかに慌てた様子のアインズは相手にすぐ折り返す旨を伝えると会話を切り、ばっ、と音のしそうな勢いでぶくぶく茶釜の方に向き直った。その口から出たのは恐らく転移後でも一、二を争うくらいの衝撃的な言葉だった。

 

「セ、セバスが裏切ったって。ソリュシャンが……」

「はい?」




次回は番外編です。

2018/11/7 行間を調整しました。

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