オーバーロード 粘体の軍師   作:戯画

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~前回のあらすじ~
コキュートス指揮によるアンデッド軍敗走


第40話 見切りの采配

 戦勝の宴の翌日、酔いと熱気も冷めやらないうちから蜥蜴人(リザードマン)たちは慌ただしい朝を迎えた。再びアンデッドの軍勢が侵攻してきたのだ。

 当初は昨日の繰り返しかと多少甘く見た部分があったかも知れないが、敵勢の全体像が見えるにつれてそれが間違いだと気付いた。

 

 骸骨(スケルトン)動く死体(ゾンビ)が歩兵を務めるのは同じだが、機動力に長けた骸骨騎兵(スケルトン・ライダー)

三〜四騎での横列を作って波状攻撃を仕掛けてきたのだ。リーチのある武器はゼンベルの振るうハルバードくらいで、近接戦用の武器で馬上の相手には分が悪い。

 そして厄介なことに、ギリギリ突進を回避した先には骸骨弓兵(スケルトン・アーチャー)の放つ矢が降ってくる。でたらめに射ってきた昨日と違って、騎兵の突進と蜥蜴人(リザードマン)が交差する真横を集中的に狙っている。弓矢の威力も個々の射撃精度も優秀とはいえないが、絞った的に相当量の数を射ち込めば矢衾(やぶすま)を作ることは充分可能だ。

 この戦法によってすでに数人の戦士たちがその勇壮な命を落としていた。ある者は骨の馬に踏み砕かれ、またある者は全身に無数の矢を突き立てられて。

 

 気付いたときには前線はハッキリとした輪郭を失い、乱戦の様相を呈していた。大きな原因の一つになったのは、突進を仕掛けてきた骸骨騎兵(スケルトン・ライダー)だ。正面からは分からなかったが本来の騎兵の後ろに骸骨(スケルトン)をもう一体乗せており、前線組の裏側に回った位置でそれらを投下。

 骸骨(スケルトン)たちに統一された動きは無く近くの者に襲い掛かるだけだが、それが却って厄介であった。避ける先を塞がれようものなら組み付いてきた骸骨(スケルトン)もろともに骸骨騎兵(スケルトン・ライダー)に踏み潰されるか、よしんば突進を避けても足を殺された状態でスコールのような矢は避けられない。

 前と後ろから迫りくる歩兵に、縦横無尽に走り回る騎乗兵と、それを避けた先に降り注ぐ遠距離射撃。四方八方どこを見ても敵という状況では、戦線の維持すらも危ぶまれる。

 

 だがそれでやられるようでは、ザリュースが凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)の所有者たり得ることはなかっただろう。天性のセンスによって、徐々に騎馬の突進を見切りつつあった。乱戦の中で分かりにくいが、一旦方向を決めると決まった速度とタイミングで突っ込んでくる。それさえ理解していれば、回避自体はそう難しいことではない。さらに後ろから迫る骸骨(スケルトン)の一体を薙ぎ倒したときに視線の先、集落寄りの位置にまとまった数のアンデッドが現れたのを見た。

 

「森から伏兵! すまないゼンベル、ここは任せる!」

「ああ!? なんだってぇ?」

 

 答えを待たずに走り出したザリュースの背を肩越しに見るのは隣でハルバードを振り回していたゼンベル・ググー。なるほど、足の速さからいってもそれが適任だ。そして自分がやることに変わりがないのは分かりやすくていい。正面からさらに迫るアンデッドに正対し、ハルバードを握る手にいま一度力を込めた。

 ザリュースを差し置いて撃破スコアはゼンベルの方がこの時点で上回っていた。凍結効果耐性のあるアンデッドにはザリュースの凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)が持つ冷気による能力減衰効果も発揮されないこと、そして単純に力に任せた一撃の破壊力はゼンベルの方が勝るがゆえの結果だったが、そんなもので張り合ってもむなしいだけだ。一度は負けたが、次こそは。目前の骸骨(スケルトン)を粉砕しつつザリュースへの挑戦をいつしようかと密かな愉しみを温めるゼンベルであった。

 

 森から現れたアンデッドの(むれ)は数体がザリュースに反応して向かってきたが、大半は距離の近かった集落へと歩を進めていた。その速度は決して速くはないが、距離が開いていたため村に着くまでに殲滅するのは困難だ。

 四至宝の一つである白竜の骨鎧(ホワイト・ドラゴン・ボーン)を装備した鋭き尻尾(レイザー・テイル)の族長もいるのでそうやすやすと侵入を許すとは思わないが、あの先には老人や女子供といった非戦闘員もいるのだ。単純に手が足りなくなるから数の圧力とは相性が悪い。

 

 一体一体を仕留めている暇は無い。できる限り回避し、正面に立ちはだかる敵は渾身の力で薙ぎ払う。骸骨(スケルトン)には斬撃の効果が薄いのは昨日の戦闘で学んだ。そして打撃に弱いことも。

 

「どけぇえええっ!」

 

 走る勢いのまま、上半身を(ひね)って相手に背を向けながら飛び寄っていく。遅れて遠心力も加わった尻尾が骸骨(スケルトン)の肋骨から背骨を打ち砕き、破片を楕円状に飛び散らかした。

 着地と同時に駆け出し、集落の方を見ると入口付近に少し人が集まっている。その中には霜の竜(フロスト・ドラゴン)の骨を削って作った鎧に身を包んだ鉄壁の勇者の姿もあった。

 だが、同時に目に飛び込んできたのは突貫で打ち立てた泥の防壁に次から次へと突っ込み、めり込んだ個体を足場に壁を乗り越えようとしている骸骨(スケルトン)たちで構成されたさらなる伏兵の姿だった。死角になっているため集落の者はそれに気付いていない。あの侵入を許せば、集落の内側からも混乱が感染拡大し、同時に非戦闘員の身の安全が危ぶまれる可能性がグンと上がるだろう。なんとしても止めなければならない。どんな手を使っても。

 

 

 

 

 

 

「……えいちきゅーえいちきゅー。こちらファントム。地点b-2に到着。れいのもの? は受け取った。…………了解」

 

 通信を切るとシズはぺたんと腰を下ろし、側に置いてあった銀色のアタッシュケースを開けて中に入っているものを取り出し並べていく。二メートル四方にも及ばない範囲の地面には、かわいらしいピンク色のポップなウサギパターンがデザインされたレジャーシートが敷かれている。アタッシュケースと一緒についさっきぶくぶく茶釜の遣いの者が持ってきたものだ。

 種類ごとに赤や黄、緑などの色帯でまとめられた細長い弾丸の束を最後に取り出す。

 

 次に取り掛かったのは先に並べたパーツの組み立てだ。グローブを装着したままの手で素早く淀みなく繋げていくと、一分と経たないうちにそれらは一挺の軽量スナイパーライフルになった。

 物理弾しか射出できないが、分解することでコンパクトになり持ち運びが容易であるフットワーク重視のスペックだ。

 

 ボルトを引くと丸みを帯びた機構の一部がスライドしてスリットが開放される。緑帯のグループ分けをされた弾丸を一発抜き出して薬室に滑り込ませれば、ボルトをロック位置に戻して装填完了だ。

 通常はシズが腰に提げた魔銃と同じで連続装填のための弾倉が付いているのだが、今回それは少々まずい。分解可能という利点を活かして弾倉は干渉するパーツごと弾倉無しの手動装填単発モデルに換装している。

 

 少し身を引いてレジャーシートの横で膝撃ちの姿勢にライフルを構える。伏射に比べると不安定ではあるが、今回はそこまで精密な射撃は必要無い。

 

 慣れた手付きで引鉄を絞る。一定のラインを越えて開放された内部のハンマーに打たれた撃針が弾丸の尻を叩き、一発の弾丸が撃ちだされる。

 

 やや浅い角度で飛んでいくと、かすかに引いていた緑色の軌跡が木々の高度を下回った辺りでスモーク状に広がる。茂った葉と保護色のためにそれが目立つことはない。シズのいる位置からでもよほど目が良いか意識して注意していなければ立ち昇る緑の薄煙には気が付かない。

 

 狙い通りの弾着と弾丸の特性が正しく機能しているかを確認したシズは片耳に引っ掛けたマイク付きヘッドセットのスイッチを押して準備完了の連絡を入れた。

 耳元から延びるケーブルは引っ掛かったりして邪魔にならないよう胸元で一度クリップ留めにして、その先はウエストホルダーの一つに入れてある通信機本体へと繋がっている。

 

 これは実のところを言うと魔法を全く行使できない者でも連絡が取れるよう≪メッセージ/伝言≫と同じ効果を備えただけの代替アイテムだ。無駄に重い上に魔法職がパーティにいれば大抵は初歩呪文として覚えているため、パーティを組まないスタンスの人か趣味で使う人以外に需要の無いニッチアイテムという悲しくも妥当な評価をされている。

 シズが装着しているのは元々後者の手にあったもので、そもそも≪メッセージ/伝言≫と同じことをするのであれば本体だけで済む話を、見かけ上だけでも有線接続をしたいがためにわざわざケーブルとマイク付きヘッドセットの外装を自作。

 結果、当然機能に変わりは無く、ケーブルなどの重量が無駄に増えて巻物(スクロール)積めよと仲間内に冷静な指摘を受けたというエピソードがある。のだが、人手を渡ってきたアイテムなのでシズにこれを渡した当人さえもそんな(いわ)れを知らないのであった。

 

 閑話休題。シズの視界には事前に設置して回ったビーコンが表示されており、それぞれ位置に応じた個別の番号が割り振られている。森の上部からでは見えないが、ビーコンの場所にはそれぞれ伏兵が配置されており、事前に決めておいた色によって行動を開始する。といってもあまり複雑な指示を低位アンデッドたちに出すことはできない。そのため種類はシンプルに三つくらいの行動と前後左右の移動だけにしてある。

 

 今度は試射に使用した緑帯ではなく紫帯の弾丸を装填し、指示を受けたビーコンの近辺に撃ちこむ。

 続けて素早く黄帯、赤帯と同様にいくつかのビーコンへ向けて発射する。

 

 一発ずつ手動装填するタイプに換装した理由がこれだ。

 

 弾倉式の自動装填だと撃つべき弾種がころころ変わるオーダーに素早く対応できない。仮に各色ごとの弾倉を用意しておいたとしても薬室内に送り込まれた一発を排出する必要が出てくるため、手動式が適切と判断した。

 

 眼下では指示の着弾を受けたアンデッド部隊が森からぞろぞろと出てきている。編成も何もあったものではないそれらは単なる群れとして蜥蜴人(リザードマン)の村へと進んでいく。

 伏兵にいち早く気付いたらしい最前線にいた蜥蜴人(リザードマン)の一人が多頭水蛇(ヒュドラ)に乗って追い、村側からも残されていた多少なりとも腕に覚えのある蜥蜴人(リザードマン)が数人出張って応戦の構えだ。

 

 次の指示はもっとも近い部隊を村の外壁に取り付かせること。村を両サイドから挟む形になるよう誘導し、左右の位置についた二つの部隊へ軌道を調整してほぼ同時に前進の合図を送る。ただ黙々と命令を実行するアンデッドたち。先頭を行く数体が村を囲う泥壁に到着し、そのまま進もうとするが当然壁に阻まれ、凹凸に乏しく崩れやすい外壁を登ることもできず無力化されていた。

 

 だがここからがアンデッドの本領であり侮れないところだ。

 

 たとえ先頭の者が登れなくとも同じ命令を受けたアンデッドは次から次へと外壁に押し寄せる。そのため前の方にいたアンデッドは押し出される形で泥壁にその身体をめり込ませた。手軽な足場の完成だ。

 

 戦況把握のために蜥蜴人(リザードマン)の村から最前線までを眼で辿っていくと、ある程度以上の戦闘能力が無い者は死亡、もしくは負傷のため一部撤退している。もっともついさっき村の近くにアンデッド部隊を出したせいで退路の確保に四苦八苦しているようだ。

 ぶくぶく茶釜はナザリックで現地を遠隔視しているはずだが、流石に個体の怪我の程度まで全て把握するのは難しいだろう。分からない情報は現場にいるシズから報告するべき要件だ。

 再びインカムのスイッチに手を伸ばす。

 

 指示を受けて赤帯の弾丸を手に取る。さっき部隊への伝達に使用したものとは違い薬莢にされたマーキングの帯が太く、他のものと取り違えないように強調されている。まとめてある弾丸の総数も少なく、十にも満たない程度だ。

 

 狙う先は戦場の中央上空。高度が落ちる前から赤い煙を噴出させて一本の線を描いた。

 

 反応は緩慢だが全体を見ればアンデッドは蜥蜴人(リザードマン)を襲うのをやめつつあった。そこをチャンスとばかりに骸骨(スケルトン)の頭を割る者もいたが、襲ってくる相手がいなければ周囲の様子が変わったことには程なく気が付くだろう。

 

 蜥蜴人(リザードマン)たちからすれば村の守りを薄くして追撃する理由は無い。森の奥へと姿を消していくアンデッド達を(いぶか)しく思ったとしても二度目の危機が去ったことにわずかながらの安堵と、三度目四度目があるのではという拭えない不安が残るだけだ。

 そして戦場で常に張り詰めた精神は非常に消耗しやすく不安定なものだ。これは殲滅戦ではなく、相手の精神を屈服させるための戦いなのだ。シズが擬似的に指揮を執った部隊の真の目的は蜥蜴人(リザードマン)に実損害を出すことではなく、彼らの心に植わっていた不安の種を芽吹かせることだった。ちっぽけな不安は一戦目を凌いだことで吹き飛んでしまったかどうかが心配だったが、心の奥底に沈む本音というものはそうやすやすと消えてくれたりはしない。

 

 不安を煽るのに必要なのは不完全な情報だ。正体が分からないものにこそ生き物は恐怖する。そのためここでのシズの動きは最前線の追加部隊一団を代行指揮しているエントマにも知らされていない。誰にも知られず痕跡も残さず暗躍する者には相応しいと、ぶくぶく茶釜がシズに与えたコードネームは『幻影(ファントム)』。

 果たすべき任務の要点はクリアできた。あとは撤収を残すのみだ。使わなかった弾丸の束をアタッシュケースに戻し、手早くスナイパーライフルを分解する。レジャーシートもてきぱき折り畳んで小脇に挟み、ナザリックへ帰還するためにシズもまた眼下のアンデッドたちと同じように森の中へと姿を消した。

 

 

 

 

 

 

「流石はぶくぶく茶釜様。二手三手先を読んだ布陣、お見事です」

(まさ)シク、至高ノ御方ニ相応シキ名采配ニゴザイマス」

 

 その場にいる全員からベタ褒めの嵐に見舞われているぶくぶく茶釜。確かに、はたから見ていると思わず唸ってしまうほどに戦局を彼女がコントロールしていた。正確に展開を予想し、さらにはそこに的確な手を次々に打っている。時々手元の通信機からノイズが漏れているのでエントマ以外に誰かしらの協力者がいるのだろうが、その手回しの良さといい誰しもが一朝一夕にできることではない。

 見慣れていないからかパッと見で正確な数を計ることはできなかったが、冷静に考えてみればコキュートスの指揮していた軍勢がなんとなく少なかった気がする。いま蜥蜴人(リザードマン)を襲っている手勢は、そこからちょろまかしたということなのだろう。

 アインズが提供した戦力の内に収まっていて、予定通りコキュートスのテストもできたのだからナザリックとしては何も問題は無い。それにしても手駒を指揮する者が違うだけでここまで結果に差が出るとは、後学のためにぶくぶく茶釜に色々教えてもらっておいた方がいいのだろうか。

 しかしそれは後で考えることにする。そもそもコキュートスよりも数は少なくとも比較的強力だったり機動力のあるモンスターをしれっと使っているあたりがなんだかインチキくさい。そしてそれはそれとして現場で新たな展開があったからだ。

 

 遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)の先では集落へ群がりつつあったアンデッド達が凍りつき、ただでさえ機敏ではない動きをさらに鈍重なものにしていた。外壁に取り付かれていることに気付いた集落の者たちが何人か外に出て、もはや前衛的オブジェと化しているアンデッドを手持ちの武器で打ち砕いている。

 

「ほう、冷気耐性のあるアンデッドを凍結させるか。面白い玩具(オモチャ)を持っているようだ」

「アインズ様がお望みとあらば、併呑の後に献上させますが」

 

 嬉々とした調子でデミウルゴスが提案する。持っていないアイテムを欲するのはコレクターの悪い癖だ。置き場所が無限にあるならそれでも構わないが、そうでない以上はどうしても取捨選択を迫られることになる。そんなときに切り捨てられるのは総じて下位互換のアイテムだ。たとえ下級のアイテムでも、上位互換のアイテムが無いならそれは下位互換の上級アイテムと引き換えにでも持っておきたいものなのだ。

 いま見た能力があの武器の限界なら、ナザリックにおいては鍛治師のシモベに作らせた方が数段いいものが手に入る。『蜥蜴人(リザードマン)が所有していた』という価値だけの武器だ。(まさ)にコンプリート派しか食指の動かない話だった。

 いらない、とだけ言うとなんだか駄々をこねた子供の負け惜しみみたいに聞こえるので、なるべく余裕のある態度で返答する。

 

「いや、子供の玩具(オモチャ)を取り上げる趣味は無い。あれが切り札だとしたら、かわいいものじゃないか」

「流石は至高の御方……素晴らしいお考えです」

「うむ…………うん?」

 

 少し頭を(ひね)る。どうもナザリックの者達は自分達二人を過大評価している気がしてならない。普通、過剰な褒め言葉は得てして皮肉を込めたものだったりするのだが、彼らは本心からそう思っているらしい。これはぶくぶく茶釜とも一致した意見である。信頼の表れと言えば聞こえはいいが、半ば盲信に近い面が見え隠れするのは非常に危うさを感じる。一度考えを改める機会を設けた方がいいかも知れない。

 

 動きの止まった的を蹴散らすのにさほどの時間は掛からず、集落を直接襲撃した伏兵はそのほとんどが斃された。あとは元々前線で暴れていた連中くらいだが、ハルバードを振るう他よりも大柄な個体を中心に劣勢だ。それでも前線に固めた数は多く、序盤に戦場を引っ掻き回した甲斐もあってまだ五百体以上の残存兵力があった。しかし、ここでぶくぶく茶釜はエントマを経由して撤退の指示を出す。

 

「あのくらいの戦力じゃ、この辺が限界。まあ相手の雑兵を片付けるのが目標だったし、このターンは頃合いかな」

「どうだ、コキュートス。自分と茶釜さんの采配を比べてみて」

「ハッ、ブクブク茶釜様ハ先ヲ読ンデ戦略ヲ立テテオラレマシタ。ソレニ私ハ手勢ニ見合ッタ結果ノ限度ヲ考エズ攻メテシマイマシタ」

 

 そう。あらかじめ相手の戦力などを調査しておけば兵の配置や攻め方などにも変化が出ただろう。そして彼我の戦力を比較すれば、そもそも手駒で足りるのか、足りないならばその報告や戦力追加の具申などの手段はいくらでもある。

 そしてこれらは八日間設けた準備期間にやるべきことだった。蜥蜴人(リザードマン)たちはそのあいだに人員を集め、対策をしたのだろう。開戦前は彼らの方が知恵を絞ったというわけだ。

 勝敗は戦いを始める前に決まっている。ギルメンの一人であったぷにっと萌えの言葉を思い出す。

 

 コキュートスに幾つか質問をすると、打てたであろう手が二、三と出てきた。彼にすれば後悔先に立たずというところだろうが、アインズたちとしてはNPCたちが体験による成長の余地を見せただけで充分な成果だ。

 あとは蜥蜴人(リザードマン)たちにナザリックの正しい戦力を認識させることと、コキュートスに責任を取らせるという(てい)の名誉挽回をさせるだけだ。

 

「よし。ではガルガンチュアの起動実験も兼ねて、総出で我々の力を見せ付ける。アルベド、そこそこ見栄えのする……そうだな、ナザリック・オールド・ガーダーを出せ。時間はどのくらいかかる?」

「ガルガンチュアもとなれば、三十分もあれば。シャルティアには移動を手伝ってもらいますが」

 

 そのくらいなら許容範囲内だ。魔力が足りない場合はペストーニャから譲渡を受けるよう指示を出し、三十分後に現地で落ち合うことを決めた。最後に決着はコキュートスの手でつけてもらうと言い残し、アインズはぶくぶく茶釜と共に玉座の間を後にした。

 

 直接の指示を受けた者たちは速やかに準備に掛かる。アウラとマーレは負担を少しでも減らすために転移を使わず行くということだったので、フェンリルの居る第六階層へと一旦戻っていった。

 残される形になったコキュートスとデミウルゴスは、どちらともなく玉座の間を辞するため歩き出す。

 

「デミウルゴス、恥ヲ忍ンデ聞クガ、蜥蜴人(リザードマン)ノ持ツ武器ニツイテアインズ様ガ言及サレタ真意トハ何ダ? 今度コソ至高ノ御方々ノ期待ニオ応エシナケレバナラナイ」

「コキュートス、私の見立てでは君は充分期待に沿えていると思うよ」

 

 明らかに貧弱な戦力、そして敗北が決定的になってもあの余裕の態度。想定の範囲内でなければ、説明がつかない。そしてナザリック随一の知恵者(ちえもの)デミウルゴスはもう一歩踏み込んで考える。あの敗北が意図したものだった、あるいは勝っても負けてもどちらでも良かったとしたら。

 得るもの、失うもの。後者は実質的に皆無と言っていい。使ったアンデッドはナザリックの施設から自動発生するものばかりで、アイテムや金貨といったナザリックの財を消費したものではないからだ。

 そして前者は。仮に初戦から勝ちを収めていれば、計画通りに蜥蜴人(リザードマン)種族の併呑が進んでいた。しかし現実には敗北した。ここから得られるものは何か。ついさっきの光景が思い出される。決して許されない敗北を前に、守護者たちは憤りを感じていた。自分とて例外ではない。だが内心平静ではなかったが故に、あのときは気付けなかった。コキュートスに対して至高の御方々は、(そし)ることもなじることも無く、一つの模範例を実演し、さらにはコキュートス自身の考えを引き出そうとしていた。

 

 趣味は全く合わないはずなのに、不思議と気の合うこの同僚にして友人は、一言で表すなら実直。そのせいか自分の内に問題を抱え込むきらいがある。彼自身に悪気は無く、蜥蜴人(リザードマン)の戦力調査などをしなかったのは畑違いということもあるが、ナザリックに対して、自らが仕える至高の御方々に対して信頼を寄せているが故の失策とも言える。

 箱を与えられて、これでなんとかせよと言われたら、彼の思考に『無理』の言葉は無い。少しでも柔軟な発想があれば、先の質問、誘導されたと言えなくもないが自らの内から出てきた答えに自力で辿り着いたはずだ。

 それらを総合すると、至高の御方々の狙いの一つはコキュートスの精神的な成長だ。そう言うと大げさに聞こえるが、要は報告・連絡・相談ができるかのテストを兼ねて、それらが身に付くよう導いたというところか。

 

 そしていま彼は自分で考えてデミウルゴスに相談をしてきたのだ。劇的な進歩である。下手にそこに言及して、自分が手を加えるのはよろしくない。そんな内心はおくびにも出さず、推察した至高の御方の言葉の裏にある真意を言って聞かせた。もちろん、それが全てではない可能性も大いにある。自分が読み取れるのは崇高にして深淵なる考えのごく一部でしかないのだ。創造主によって明晰な頭脳を与えられたが、それでも尚仕える主人の考えに追い付かないというのは申し訳無くもあり歯痒くもあった。話を聞き終えたコキュートスは納得いった様子で、同時にあと一時間もしないうちに訪れる決着のときに向けての意気込みがさらに力強くなったようだった。

 

 全てが至高の御方の掌の上であればこそ何も心配はしていないが、やはり唯一、敗北という屈辱を捨て置くことはできない。種族ごと併呑するのなら、万一にも愚かな考えによって反乱の牙を剥くことが無いように、完全に徹底的に心を折っておくのが望ましい。が、その辺りは自分が上申するまでもなかった。それどころか何気無い会話を装ってそういったことにどちらかと言えば疎いコキュートスの手によって成そうとするとは、こうなると至高の御方の一挙手一投足がことごとく何かの布石だと思っていていい加減だ。主人への認識をまたも改める必要がある。それにしてもその天井無しの叡智にはこれでもまだ足りないのではないかという疑念を晴らすことができない。そもそも自分に計り切れる存在ではないことは重々承知しているが、それを免罪符に主人の考えの理解を放棄することこそシモベの本分を忘れた唾棄すべき思考である。

 

 あくまで自分の考えだがと前置きをしてから、至高の御方が仄めかした、蜥蜴人(リザードマン)の心の折り方をコキュートスへ伝える。ふむふむと頷きながら聞いていた彼は話が終わるとコハァアと感嘆を伴った冷気を吐いた。(かぶり)を振ったのは主人の見識の鋭さを指し示す適当な言葉が自分の中に無いからだ。

 

「デミウルゴス、礼ヲ言ウ。コレデ必ズヤ至高ノ御方々ニモ満足イタダケルダロウ……ハッ、コウシテハオレン、万全ノ準備ヲセネバナラン。失礼スル」

 

 発想が固いだけで、一度気付いたことについては徹底している。こういうストイックな性格は武人と呼ぶに相応しい。

 

 少々足早に視界から消えるライトブルーの巨体を見送り、準備完了まで珍しく手持無沙汰なデミウルゴスは至高の御方々の偉大さに敬意を表して、ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)から玉座の間へ向けて深々と最敬礼の姿勢を取った。至高の御方々は私室へ移動しているため、そこには一般メイドを除いて自分以外は誰もいない。静謐に包まれて頭を下げた姿には揺らぐことのない崇敬の念が漂っており、ゆっくりと背を正したデミウルゴスの表情には満ち足りたものが浮かんでいた。

 まだ少し時間はある。第七階層に寄って最近顔を見ていなかった三魔将に簡単な近況報告でもしておくとしよう。そろそろ他のシモベたちにも自分の仕事を手伝ってもらわなければならない。

 

 

 

 きっかり三十分後、蜥蜴人(リザードマン)たちの目の前には山のような巨大ゴーレムと、全員が魔法武器に身を包んだ神話の軍勢、それを足場にする異常な存在が放った見たことも聞いたことも無い魔法で凍った天地があった。

 絶句する蜥蜴人(リザードマン)たちに告げられたのはあまりにも無慈悲な最後通牒だった。戦闘放棄はさせない、そして次の一戦で雌雄を決しようというある種落としどころを提案してきたとも取れなくはないが、それがこの状況でどういう意味を持つのか。力の開きを文字通り肌で感じた者たちには処刑宣告にしか聞こえなかった。




ますますシズが特殊工作員っぽい役回りになってしまった……。


オーバーロードアニメ二期も決まって嬉しい限りです。
公式が盛り上がっていると二次創作も触発されてモチベーション上がります。


2018/11/7 行間を調整しました。

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