非常に楽しみです。
第28話 アダマンタイト級のススメ
かつてミスリル級の冒険者チームが苦労の末入手したという幻の薬草。いまそれと同じ依頼が、ある冒険者チームに委ねられていた。
二日前に依頼を快諾し、恐らく今は出立の準備を行っているであろう彼らについて、プルトン・アインザックはその功績をエ・ランテル冒険者組合の自室にて振り返っていた。
◆
チーム『漆黒』。無双の剣士モモンと、歳若くして第三位階魔法を使いこなす
一つは、このエ・ランテルで起きたアンデッド大量発生事件。一夜の内に無数のアンデッドが溢れ返り、組合にいた冒険者にも急遽協力を要請する一大事だったのだが、彼らは首謀者のところへ乗り込み、儀式の術者を仕留めて事態を終息に導いた。
後の調査で、首謀者が地下組織ズーラーノーンの幹部であることが判明する。既に『漆黒』は冒険者登録初期の
この案件については冒険者組合が主体となってエ・ランテル所属のミスリル級冒険者チームを集めたことでも、
組合とミスリル級冒険者チームとの会合でどのようなやりとりがあったのかは世間に公表していない。結果から言うと
しかしその損失を補って余りあると言うと不謹慎だが、大きく得たものもあった。
まず目標とする
滅ぼされた
そのため、まずは現地の調査を組合が手配した。森での行動力と知覚能力に優れる
戦場となった地域は念のため初期遭遇をした冒険者チームからも話を聞き、『漆黒』の報告と大まかな場所に違いが無いことを確認している。道も通っていない森の奥には、凄まじいと形容する他無い爪痕が数多く残っていた。無残にも薙ぎ倒された木々、穴だらけになった地面、あちらこちらに焦げ跡があるのはレジーナ嬢の≪ファイヤーボール/火球≫と思われるが、これだけ広範囲に痕跡が残るということは少なくとも十数発は撃ち込んだはずだ。第三位階の魔法をそれだけ連発できる人物など聞いたことがない。他の冒険者もそうだろう。あり得るとしたら風の噂に聞く、かの逸脱者ぐらいのものか。
そこからは破壊痕を追っていけばよかったので、迷うことはなかった。ただ、万一
陽が落ちると夜目の利く
砂漠。
森の中には突然砂漠が出現していた。が、その規模はあまりに異様だった。およそ二百メートル四方程の範囲だけが植物や岩が何も無い状態になっている。そして境目は徐々にではなくいきなり森の植生が緑を広げている。周囲の天候環境によってできた地形では絶対にない。
ここでベロテが思い出したのは、
この殺伐とした砂漠が決着の地だ。ベロテだけではない。調査隊全員が言葉も無く、直感した。必然、
陽が落ちる前に調査隊は引き揚げる。砂漠を中心に二キロ四方を探索したが、
調査隊が提出した報告書は組合内においても物議を醸すことになった。主に戦闘痕の凄まじさが常軌を逸していたからだ。普通ならば荒唐無稽な話と再調査が行われてもおかしくない。そうならなかったのには幾つかの要因があった。
まず実地調査に参加した『天狼』リーダーであるベロテだが、『漆黒』が有利になる嘘を吐く理由が彼には無い。彼の報告には「たとえクラルグラが我々天狼や虹だったとしても、結果は変わらなかっただろう」という一文があった。つまりミスリル級冒険者チームが
そしてもう一点。実地確認に同行したアインザックとラケシルが『天狼』の報告書に対して訂正を行わなかったことだ。専門的な知識面や客観的に断定しきれない箇所への修正は多少なりともあったが、大筋では原文のままだ。特に局所的砂漠化についての部分はラケシルが補助的に魔法学的視点からの考察資料を添付するという異例の事態となった。また、かつて冒険者であったアインザックが実際に現場を見た上で認めた内容なのであれば、報告書の内容は真実として扱う他無い。
これまでの情報を総合してプルトン・アインザック冒険者組合長は考える。
まずこの調査の本来の趣旨は二つ。一つ目は
二つ目の趣旨は、
後衛でフォローに徹したと言うレジーナ嬢は無傷だったが、前衛で
一目見ただけで、アインザックは冷や汗が流れるのを感じた。昔は自分もいち冒険者として相応の修羅場も潜っている。モモン本人は大した怪我は無いと言っていたが、あれだけ鎧が破壊を受ける衝撃だ。普通ならば全身の打ち身でしばらくはベッドで療養生活だろう。
だが彼らは何事も無かったかのように、翌日から通常通りの依頼をこなしていた。この時点では調査などがまだだったためミスリル級としての活動だが、特に不満を言うでもなく、評価を催促するでもなかった。
そして最近突然台頭してきたミスリル級冒険者の噂を聞き付けた者たちからの指名の依頼を受ける度にその名声は高まっていった。特にモンスターに襲撃されるなどした場合は、ことごとくをグレートソード一刀のもとに斬り伏せる豪快にして勇壮な戦い振りが人気を博し、『漆黒』に依頼をしたときに襲われたらラッキーとまで言う者も出てくる始末だ。
そういった事情もあって慎重な調査が必要だったものの
アインザックは無意識の内に笑いが込み上げてきていた。ミスリル級冒険者チーム『クラルグラ』の全滅は残念だったと思うし、冒険者が命を落とすリスクを下げるのも組合の役目だ。しかしそれにも限度はある。結局のところ冒険者は自身の力が最もモノを言う世界なのだ。大小あれど危険と向き合うことの多い稼業である以上、こういうことも当然起こり得る。だから死者を
正直、彼らにはまだまだ余裕があるように見受けられた。あの落ち着いた様子が演技ならば、役者になっても食っていけそうだ。冒険者のランクは段階的に上がるのが一般的だが、元々
実際、剣に生きる者達の中には戦士モモンを英雄視する者が少なくない。と言うより、圧倒的な強さは英雄に憧れた少年時代の感動を老若問わず呼び起こした。
「ふ……、私も例外ではないということか」
決断した組合長の行動は早い。チーム『漆黒』を呼び出す指示を出し、引き出しに仕舞ってある、エ・ランテル冒険者組合設立時から1度も取り出されることの無かった書類を机に置く。緊張でわずかに震える手を気迫で鎮め、組合長のサインと押印を完了させた。
数日後、エ・ランテル冒険者組合として史上初の、王国においては3番目となるアダマンタイト級冒険者チームが認定された。異例に異例を重ねた超短期間による昇格認定は噂話に尾ひれが付くのに充分な話題と言えたが、『片手で持った大剣の一閃でオーガが左右に真っ二つになった』『≪ファイヤーボール/火球≫1発で地中の
同時にそのカリスマ的とも思える強さは尊敬の念を多く集めた。そしてそれは冒険者たちだけではなく、職種問わずエ・ランテルに住む大多数の人間にとっても同じだった。特に最高位にも拘らず誰に対しても礼儀を弁えたモモンの謙虚な態度も好感を持たれる要因となった。
◆
ドアを軽くノックする音。取り次ぎに来たのは一階のカウンターで受付担当をしている組合従業員のうちの1人だ。『漆黒』のモモンが面会に来たという。
(出立前に挨拶か。全く、素行に口を挟む必要が無いというのは実にありがたいことだな)
いまは亡きミスリル級冒険者チームのリーダーを思い出しながらアインザックは苦笑する。腕一本を頼りに上に上がっていく業界の性質上、ある程度の強さを持つ冒険者の中には己の暴力に酔いしれて他者に傲慢な態度を取る者もいる。残念ではあるが否定できない事実だ。
それが
だがこれが最高位、王国でもわずか三組の内の一つならば、人格的な問題はそう簡単に済まされるものではない。彼らはエ・ランテル冒険者組合の旗を背負い、ひいてはリ・エスティーゼ王国の名をも背負っているのだ。英雄に最も近い者たち。弱者を虐げ力にモノを言わせて傍若無人に我を通す英雄はいらない。
まして新しく認定されたアダマンタイト級冒険者には否応無しに注目が集まっている。商人など国境を往来する人間の耳目も集めるだろう。王の権威を貶めかねない悪評が立てば、政治とは不干渉を貫く姿勢の冒険者組合とはいえ親王派の貴族を中心とした圧力が掛かるのは避けられない。
ところが蓋を開けてみれば最高位になろうとも礼を失さない彼らの評判はうなぎ登りである。金や名声といった欲が薄く、その行動原理はまるで人類の守り手たらんとしているかのようではないか。
先日の件も普通の判断ならばその場から逃げるか、村へ避難を促すくらいが関の山だ。何せ護衛依頼の遂行中であればいくら許可が有っても雇い主を守り切ることが最重要だからだ。そして田舎の村は大抵金銭的に裕福であることはほぼ無い。たとえ助けたところで臨時の収入を得られる訳でもない。
あとで護衛の依頼主であるビョルケンヘイム氏に聞いた話では、村人を逃がす時間もギガントバジリスクが村を襲わない確証も無いからと言ってモモンは単身で魔獣に向かっていったという。石化の視線も
話しているうちに我を忘れてヒートアップしていた若き未来の地方領主はすっかり『漆黒の英雄モモン』に魅せられていた。
コツコツとノックの音がする。扉を開いて現れたのは漆黒の
「失礼します」
依頼遂行のために日夜忙しくしているため、例の夜の誘いの話はいまだに切り出せずにいた。だが今回の依頼は過去にアダマンタイト級が複数のチームを伴ってやっと達成した超高難度だ。しかも場所はトブの大森林の奥深く。移動だけでも最低六日、現場での捜索には当然モンスターからの襲撃も想定される。その中で目標の薬草を見付けるとなれば、全行程で最速に見積もっても十日、場合によっては二十日以上かかることも考えられる。無事に戻ってくれさえすれば、一日でもいい。休息が必要だと強く押せるだけの状況があれば多少強引にでも連れていける。
元々二体の
まして、たとえばいまの彼に
いまのアインザックにできることは可能な限りモモンを厚遇し、この地を離れ難い状況を作る以外に無かった。いまから話すこともその一環だ。
「おお、モモン君、そろそろ出発ですか。今回はこちらで同行する冒険者を集めておきました。上から順にミスリル、
◆
「……こんなの絶対おかしいだろぉおぉおーーーーーー!!」
片道だけで三日掛かるはずの依頼を二日で終わらせてきたモモンが退室したあと、サポートで恩を売ってエ・ランテルへの縛りを強化するという目論見があっさりと瓦解した組合長の叫びが室内に響いた。
開幕アインザックが前回と被ってしまった……。
ラケシルのキャラ好きなんですけど出番が少ないのが残念。
2018/11/4 行間を調整しました。