オーバーロード 粘体の軍師   作:戯画

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今回は番外編です。


番外編その4 三者面談 シズ・デルタの場合

 ナザリック第九階層の廊下をトコトコと歩く者がいた。腰まで届く長い赤金(ストロベリーブロンド)の髪が揺れている。SFチックなメカメカしい肩当てとスカートにブーツ。両手を覆うグローブと首から丈を余らせたマフラーは迷彩柄で統一、正面から見なければ中に着込まれたメイド服には気付きにくい。

 

 一見無感情に思えるのは眼帯で隠された左眼のせいではなく、寡黙であることに加えて常に平静な表情をしているからだ。種族が自動人形(オートマトン)とは言えど、感情が無い訳ではない。

 

 正式名称CZ2128・Δ(シーゼットニイチニハチ・デルタ)、通称シズ・デルタは守護者統括アルベドの指示を受けて至高の御方々が待つというアインズの執務室へ向かっていた。

 

 腰に携帯した魔銃と言い、他の者たちと一線を画したデザインが目立つのは彼女の種族と職業(クラス)が大型アップデート『ヴァルキュリアの失墜』以降に追加されたものだからである。

 

 だからと言ってナザリック内での扱いが変わる訳でもない。一般メイドからはアイドル扱いされている戦闘メイド(プレアデス)の中でも単純にその容姿と小動物のような仕草によって特に人気が高く、食堂に行ったときは大抵さっきのように耳目を集めてしまう。

 嫌がる様子は無いが、ちやほやされて照れるといった様子も無いのがいつものことだ。一部の者によると一貫してリアクションが薄いのもそれはそれでイイらしい。

 

 シズの表情は不意の呼び出しをされても崩れることは無く、淀みない足取りで目的の部屋の前に着いた。ノックをすると食堂で話題に上っていたメイドがそんなことは露ほども知らずに顔を出したので、確かにここに至高の御方々が待っているのは間違い無いだろう。

 

 シズの姿を認めると、シクススは顔を引っ込めた。一分もしない内にまた顔を出し、どうぞ、と中へ招き入れる。

 

 部屋の奥で待つのは至高の御方々アインズとぶくぶく茶釜だ。何の用件で呼ばれたのかアルベドからは聞いていないかと確認され、ふるふると首を左右に往復させる。振られた赤金(ストロベリーブロンド)が光に照らされて天の河のように煌めく。丁寧な口調でアインズがこれからやることを簡単に説明し、堅苦しい口調はしないようにとの言葉もあった。そして一つ目の質問に答える。

 

「……興味無いです。エントマやソリュシャンは好きと言うけど、そういう意味では私はキライ」

 

 ふむ、なるほど。などと呟きながら、アインズ達は手元のメモに何か書き込んでいる。続けて二つ目の質問。

 

「……無視します。必要があれば無力化」

 

 返答する声には、恐怖も自信も歓喜も悲壮も載せられていない。無色の(げん)だった。それは淡々と、ただ客観的事実を述べている。そんな印象だ。これまでと共通の質問はここで終わった。

 

 であれば、とアインズがある提案をする。内容を聞く限りでは、その役目がシズである必要性を見出すことはできない。しかしだからと言って断る理由は無い訳で、ナザリックに属する者ならばむしろ忠誠心を示すまたと無い機会であると狂喜乱舞してもおかしくはない。

 

 シズの反応はと言うと、これにも短く「……分かりました」とだけ返したのを最後に黙りこくっている。そのあとに何か続くのかと様子を窺っていたアインズは少し拍子抜けしたようだ。

 

 階層守護者やセバスならまだしも、至高の御方々が戦闘メイド(プレアデス)と面と向かって話すことなど珍しい。

 それぞれ自分の創造主に限っては例外だが、新しい装備や外装を新調したときなどに開くことのあるお披露目会で謁見するくらいのものだ。

 

 アインズと入れ替わる形で、ぶくぶく茶釜が話を進める。おしゃべりをしようと提案されたのだが、相手が相手だけに緊張するなという方が無理なのではないかという考えが頭をよぎる。

 緊張しているのかしていないのか読めない表情と口調で、シズが話した内容は、その多くが同じ戦闘メイド(プレアデス)である姉妹達のことだった。あと、わざわざしなくてもいいのに少しだけペンギンの話。

 その多くはあまりに日常的なことに埋もれた話だったため、至高の御方々が知り得ない、あるいは知る必要の無いものだったように思う。しかしアインズとぶくぶく茶釜はときに笑い、ときには驚きの声を上げ、シズの話に没頭しているようだった。

 

 そこそこいい時間が経過し、話を切り上げたアインズはシズに改めて労いの言葉を掛ける。その姿はまさに大墳墓の支配者であり、十人が十人ともため息を漏らすような神々しさがあった。

 

 お辞儀をしたシズが退室する。間近で見るとやはり赤金(ストロベリーブロンド)の輝きが美しい。

 

 本当に今日は最高の一日だ。口外しないよう命令されているから詳細を誰かに自慢することはできないけれど、この日を自分は絶対に忘れないだろう。

 黙しつつも内心感動の涙を流すシクススであった。

 

 執務室を辞したシズはしばし固まっていたが、やがて思い出したようにテコテコと歩き出す。足が向くのはルプスレギナと別れた食堂ではない。

 

 かれこれ食堂を出てから一時間強。刹那の狂いも無く時を刻んでいる体内時計によると正確には執務室を出た時点で四千三百五十二秒が経過していた。

 

 元々ルプスレギナと入れ替わりで執務室に行くようアルベドから言われており、食堂へ戻ってこなかった場合は連絡を寄越すとの話だったが結局ルプスレギナは戻ってきた。

 

 シズが席を立ったのに合わせて周りを取り囲んでいた一般メイドたちも解散した。トレーを返却してそれぞれの今日の持ち場へと戻る。十数人が一斉に魚群のごとく動くものだから、見た目にも途端に騒がしい。

 だがその塊に混ざらず、普段どちらかと言うと同僚を注意することの方が多いリュミエールすらも口やかましく言わないのは、食堂を出る前にはなんやかんやで全員がしっかり切り替えるからだ。

 

 食堂にはさっきのような例外を除けば基本的に一般メイド、たまに戦闘メイド(プレアデス)くらいしか日常的に利用していない。

 そのためどうしても良く言えばリラックス、悪く言えば弛緩した空気になるのも多少は致し方無いことと言えた。

 

 ルプスレギナはシズと揃って食堂を出た後、ちょっとやることができたと言い残すとあっという間に視界から消えた。ああなると何かの招集が掛かるか偶然鉢合わせるかしない限り中々顔を見ることは無い。

 興味を引く対象が無くなったら自室でぐーたらしていたりするので、多分次に見るのは自室になるだろう。

 

 食堂に戻る理由も無いシズが向かう先は自分たち戦闘メイド(プレアデス)に与えられた共用の大部屋だ。

 

 共用と言えど、五人以上が悠々と寝れる大きなベッドや椅子と机も五〜六人が同時に使って手狭ではないだけの余裕が有る。

 

 自分たちは七人姉妹だが、役目の都合で全員が集合することは自室に限らずともまず無い。しかも数人は種族の特性上睡眠を必要としないため、ベッドが足りなくなる事態そのものが起こり得ないのだ。

 シズもまた、睡眠を必要としない種族だ。

 

 進む足取りは行きに比べて軽く、速い。

 他の至高の御方々とあんなに接したのは初めてのことだ。緊張とは無縁なはずの自分の胸に余韻が早鐘を打つ。

 思いを()せれば、創造者と(はぐく)んだかつての思い出が蘇ってくる。

 

 自分を創造した『博士』はあまり誰かを連れ歩くということは少なく、『博士』が研究室(ラボ)と呼んでいた『博士』の自室でシズも待機の状態が続いていた。

 

 あの頃はあまり姉妹と顔を合わせることは無かったが、退屈な日々ではなかった。毎日のように色々な実験のお手伝いをしていたからだ。

 その無数の実験はある程度段階的に行われ、行き着いた先にいまのシズがある。

 

 手伝いと言ってもシズが能動的に何かをするのではなく、例えば初期の段階ではまずいまとは似ても似つかない服装に着替えを行い、多い日は百着を超える着替えをした。

 『博士』は『キュウシキスクミズ』とか『ミニスカナース』とかいったコードネームで管理をしていて、グローブの『シマネコハンド』、アクセサリの『タイガーネコミミ』を装着した時は五分程難しい顔で沈黙した後、「乗せ過ぎたな……」と苦笑いしながら装備を外された。

 積載重量過多だろうか。

 

 紆余曲折を経てシンプルに『戦闘』と『メイド』を分けて考えた結果、胸元が開いている訳でもなくミニスカートでもない比較的スタンダードなメイド服をベースに、戦闘スタイルは自分が創造されたのと同時期に発見されたという銃器類。研究が進んでいない上に弾薬コストが掛かるため一部を除き飛び付いた者はいなかったらしいが、『博士』は違い、未知の武器種であることをむしろ喜んだ。

 

 それまでは刃物や鈍器など原始的な原理の武器ばかりが流通しており、魔法ではない機械式構築の装備品自体があまり無かったのだ。同じ武器の見掛けを変えたり、実用上影響の無いギミックを追加された物は少ないながらも目にしたことがある。

 それらにも二種類あって、数が多く量産されていると思しき物、そして一部の至高の御方が作り出す物。どちらも能力的な面で至高の御方々が振るうには相応しくないため、そのまま破棄されるかギルド倉庫などに収納されているはずだ。後者の不思議な力は至高の四十一人全員が有するのではないらしく、オリジナリティの高い装備を手にしている至高の御方は決まった顔ぶれが多かった気がする。

 

 主軸になるスタイルが決まったあとは、基本的に『博士』の自室か円卓の間へ続く大階段の下で待機していた。武装は何度も換装しており、いまのマフラーには色々便利な機能が備わっている。

 

 銃器についても様々試したが、どうしてもこのテの武器は種類ごとの用途が限られるために軽々と破棄されることは無かった。中には連射も利かず命中精度も低い火縄銃などもあるが、これは一瞬持たされた後即座にギルド倉庫に放り込まれ、それから見ていない。

 

 いまは汎用性の観点からカートリッジ式物理弾と魔力弾射出に対応したプルバップ型魔銃を装備している。必要に応じて長距離射撃に優れたスナイパーライフルや弾幕を張るための重機関銃に分類されるガトリング砲を持ち出すといった具合だ。組み合わせによっては複数持つことも可能だが、背負う系統の銃器は基本的に一挺しか持ち運ぶことはできない。

 

 創造主と過ごした時間は何にも代え難い大切なものだ。だからこそ、自分も至高の御方々の役に立ちたいという思いは日ごとに強くなっていた。

 

 見てほしい。知ってほしい。いまこの地にいるのはわずか二人であるが、アインズ様とぶくぶく茶釜様に。同じ至高の御方の仲間が創造したわたしができることを。それが至高の御方々のためになるなら、それこそが『博士』への賛辞に他ならないのだから。

 

 シズが驚いたのは、自分の考えを見透かしたように先の面談の中で任務が与えられたことだ。

 もしかして、と考えたと同時にシズはかぶりを振る。偶然である訳が無い。所詮被造物である自分など、至高の御方にとってはあらゆる行動が計算の外に出ることは無いのだろう。

 詳しくはアウラから聞くようにとの(おお)せだったので、実地的な動きの詳細はまだ分からない。

 

 ただし、獣の狩りを想定すればある程度必要な物は思い付く。確か研究室(ラボ)ラボの引き出しの中にマーカーのストックがあったはずだ。他にもするべき準備を考えながら、ウキウキした心境はおくびにも出さずにシズは廊下を進んだ。




今回の独自要素(原作で語られてないだけと言う可能性も?)
シズの製作過程や武器の話のあたり諸々。

言い忘れてましたが3章本編は前回で終わりです。
あれこれ入れたせいで気付けば1章の2倍近い話数になってましたね……。
章ごとの長さを細かく自由に出来るのはweb媒体のいい所だなーと開き直ってみたり。

次回からは4章に入ります。

2018/11/4 行間を調整しました。
2018/11/11 シズの口調を修正しました。

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