オーバーロード 粘体の軍師   作:戯画

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第27話 ヴァンパイア討伐

「お待たせしました」

「これで全員揃ったようだな」

 

 室内には自分を含めて七人。丸々と肥えた都市長パナソレイ・グルーゼ・デイル・レッテンマイア、歳の割には若々しく壮健に見える冒険者組合長プルトン・アインザックと魔術師組合長テオ・ラケシル。そしてそれぞれ違うチームの冒険者三人。

 彼らは急遽アインザックに招集された、現在この組合所属の最高クラスであるミスリル級冒険者チームだ。エ・ランテルにおける事実上のトップ戦力が一堂に会したことになる。

 

 モモンの存在を疎ましく思う相手に多少やっかみを受けたが、大した問題ではない。話が進まないと怒り気味にアインザックは説明を始めた。

 

 話を要約するとこうだ。街道沿いを警備していた冒険者チームが罠に掛けるために野盗の拠点を調査したところ、野盗に攫われていた数名の女を救出。その直後吸血鬼(ヴァンパイア)と思われるモンスターの襲撃を受けた。全く歯が立たなかったが、奇跡的に死者を一人に抑えて逃げ帰った冒険者と女たちの証言によると謎のメイドが助けてくれたと言う。そのメイドとやらの安否や消息は不明。

 

「しかもこの吸血鬼(ヴァンパイア)は死者をアンデッドにし、さらに代償も無しに変質させる魔法まで使ったらしい。となれば、あまりに危険過ぎる相手だ。そこでエ・ランテル冒険者組合が誇る君たちに……モモン君、どうかしたかね?」

「ああ、いえ、少し考え事をしていました。すみません」

「そうかね。とにかく、そういう訳で君たちには吸血鬼(ヴァンパイア)の共同討伐依頼を組合から出したいと考えている」

 

 モモンの考え事は終わっていない。目撃者を逃した以上、組合から吸血鬼(ヴァンパイア)に関するアクションがあるのは予想の範囲内だった。シャルティアが見られたのは普段の姿ではないと聞いていたし、そもそも小競り合いをした現場にはもう誰もいないのだから、そこはどうとでもなる。

 問題はユリだ。彼女は姿を変えず、変装もしていない姿を見られている。ここまでシャルティアが強大に認識されているのなら、それを単騎で止めたメイドに興味が湧かない訳が無い。やはりここは煙に巻くのが良策か。

 

 組合長達のあいだでは昨日のエ・ランテルでのアンデッド大量発生事件との関連性の討議が始まっている。ズーラーノーンという組織名は確かクレマンティーヌから聞いた。彼女は最近入った新参者で、魔法詠唱者(マジックキャスター)でもないから組合側の要注意人物のリストには入っていないはずだと言っていたが、どこまで信用していいものやら。

 

 思考がどんどん脱線していく。話が固まってしまう前にこちらの望む形に持っていかなければならない。タイミングを狙って強い調子で口を挟んだ。

 

「昨晩の事件とその吸血鬼(ヴァンパイア)は無関係です」

「随分と自信があるようだが、何故だね」

「疑ってはいたのですが、話を聞いていて確信しました。その吸血鬼(ヴァンパイア)こそ、私が追っていた二体の異形のうちの1体です」

 

 故郷を滅ぼした、家族の仇、昔より成長している、などなど、それっぽい要素を思い付いたやつから放り込んだでっちあげエピソードをまことしやかに語る。アインズ・ウール・ゴウンとして演説をした経験が思わぬ所で役に立ってしまった。

 

 話を聞き終えたアインザックたちは、かつて都市を一つ滅ぼしたと言われる国堕としと称される吸血鬼(ヴァンパイア)の再来かと沈痛な面持ちだった。しかしこの街の安全を預かる者として、立ち上がる意思は無くさない。

 

「モモン君の話が本当なら、いや、真偽の程は問わずともやはり冒険者組合としては全力を以って解決に当たるべきだ。当初の予定より対象範囲を広げて共同依頼を───」

「依頼を出す必要は無い。私1人で片付ける」

「なっ、なんだと!」

「モモン君、正気か!? かの吸血鬼(ヴァンパイア)の恐ろしさは他でもない君自身が今、話したではな───」

 

 静寂。

 

 手の平を突き出してその場の全員を制する。誰も声を出すことすらできないのは特殊技術(スキル)<絶望のオーラⅠ>を一瞬発動させた恐怖効果も手伝っていたのだが、身動き1つ許されない程の強烈な気配にあてられた彼らの理解が及ぶところではない。

 

「────なに、切り札も無く大口は叩きませんよ。ただ、私はそいつのためにこの地までやって来たと言っても過言ではない。誰が何と言おうと、あいつは誰にも渡さない───!」

 

 フッと、モモンから発されていたプレッシャーが掻き消える。あと十秒も続けられていたら失神していたかも知れないとアインザックは冷や汗を流した。

 現役を退(しりぞ)いて久しいとは言え、ときには荒っぽい連中相手に冒険者組合の独立と矜持を守ってきた自分がこのザマとは。

 やや自嘲混じりに視線を外したアインザックは、いま感じた死の予感が自分だけのものではないことを知る。現役ミスリル冒険者達はじっとりと滑った汗を全身に流しているのが分かる。

 ラケシルは過呼吸気味に肩で息をし、パナソレイに至っては何が起きていてもおかしくない。

 

(パ、パナソレイ都市長! 冒険者でもない彼にいまのは冗談抜きでショック死しかねない!)

 

 頼む生きててくれと心底から願って横を見た。

 

 ぷひーぷひーと間抜けで鈍重ないつもの顔は鳴りを顰め、深い英知を湛えた瞳がそこにはあった。普段の演技ではない、都市長としての真の姿と言える。肉体的にはもっとも弱いであろうパナソレイがもっとも強く心を持ったのは皮肉な話だった。

 

 落ち着きを取り戻した一同は、この件についてモモンを説得するのは不可能であると暗黙の総意を取った。であれば彼がどのような切り札を持つかを聞き、もし失敗した時にはモモンによると名をホニョペニョコという吸血鬼(ヴァンパイア)の脅威度をより正確に修正しなければならない。最悪、王都へ早馬を走らせる必要がある。

 

 モモンが切り札として提示した魔封じの水晶には第八位階という、神話から切り出してきたような魔法が込められているらしい。アインザックも魔法は専門外だが、立場を省みないラケシルの狂ったような興奮具合を見るに本当なのだろう。

 それにしても王国の宝物殿ですら保管には不適切かと思える程の逸品を所有していたり、謎の多い人物である。

 

「俺は反対だ! このミスリル級になりたてのモモンとやらの強さは疑問だね! 俺は付いていくぞ!」

「イ、イグヴァルジ君……」

 

 君もさっきめちゃくちゃビビッてたじゃないかねと言いたい気持ちをアインザックはグッと抑えた。この男は何を言ってもはいそうですかと引き下がるタイプではない。正直あれだけ格の違いを見せ付けられてなお噛み付いていくのなら、あとは本人の個人的な問題だ。共同依頼は出さないが、『クラルグラ』の行動を縛るつもりは無い。

 

 もっとも、それをモモンが許可するならの話だ。『クラルグラ』はどうか分からないが、イグヴァルジは誰がどう見てもモモンへの私怨と意地で動こうとしている。

 本来こういう面倒事を生まないことも冒険者組合の存在意義なのだが、今回ばかりは組合が指名で呼び出したが故に正反対の働きをしてしまった。モモンが生きて帰ったら何か埋め合わせが必要かと思い頭の中の在庫棚を漁るが、あれだけの秘宝を仕方無いとは言え消費しようとしている人物には何を贈ろうとも陳腐な挑発にしかならない。今後の組合としての行動によってしか報い得ないことを理解し、自嘲めいた気持ちを含んだ笑いを己の内に収めた。

 

「付いてきても構わないが、死ぬぞ。私は忠告した。この場にいる方々が証人だ」

「上等だよ、せいぜいお手並み見せてもらうぜ」

「ではすぐに行きましょう。時間が惜しい。いまならまだ太陽が高いうちに着くはずだ」

 

 

 

 

 

 

 森の中に数体の横たわる人間がいた。そのことごとくが致命傷を負い、物言わぬ死体と化している。彼らは『クラルグラ』のチームメンバーだ。()()()()()()()()()のは、最後の一人であるイグヴァルジ。だがその自由は完全に奪われている。魔力を帯びた蔦によって木に縛り付けられており、生殺与奪の権利は目の前の連中に握られていた。

 

「だから言っただろう。死ぬぞ、と。より正確に言えば、邪魔だから殺すぞ、が正しいが」

 

 淡々と当然のような口調で話すのは漆黒の全身鎧(フルプレートアーマー)に身を包んだ冒険者モモン。その周りには異形の集団がいた。

 

 まずイグヴァルジを拘束した闇妖精(ダークエルフ)の少女。オドオドして見えるが、『クラルグラ』のメンバーをその手に持った木の杖で軽々と撲殺していったのは悪夢としか思えない。

 

 微笑みを浮かべて見守っているのは、純白のドレスに身を包んだ長い黒髪を持つ絶世の美女。腰から生えた黒い翼と、こめかみから捻れるように突き出した太い角が、彼女が人間ではないことを主張している。

 

 死体を調べたり、指で掬った血を舐めたりと吐き気を催す猟奇的な行動をしているのは、ボールガウンに身を包んだ銀髪の小柄な少女だ。見た目に似合わない妖艶な表情もこの状況では狂気しか感じない。

 その少女と何か話しているのは、見たことも無いモンスターだ。肉の塊が直立しているようにしか見えない。全身から粘液のようなものが分泌されており、表面はぬらぬらと否が応でも不快感を持たずにはいられない不気味な光沢を放っている。

 

「なんなんだ……! なんなんだよお前はぁっ! このクソ野郎っ! あ、っぎゃああああああ!」

「アインズ様に対してなんたる無礼。ああ、やはり下等な人間共の中に紛れるなど、尊い御身には相応しくありませんわ」

 

 アルベドの鋭い突きがイグヴァルジの右肩を貫いた。圧力に耐え切れなかった肩の肉が裂けて骨は砕け、森の中に絶叫が響く。傷口に刺した手をさらにグリグリと回して、苦痛の言葉はもはや言語の体をなしていなかった。引き抜いた軌跡に赤い液体がアーチを作り、ポタポタと途切れ途切れになって地に落ちた。「やだ、もう、下等な血で汚れちゃったじゃない」などと場違いな不満を漏らす声が聞こえる。

 

「アインズ様、もうこの騒がしい下等生物を黙らせてもよろしいでしょうか」

「ああ、元より無駄に苦しめるつもりも無い。楽にしてやるがいい」

「ふふ……優しいお方。氷結牢獄(ニューロニストの処)へ送っても良かったのですけれど、全ては至高の御方の御心のままに」

 

 笑顔のまま打ち出された拳がイグヴァルジの頭を割り、致命的な破壊をもたらされた脳は活動をただちに停止する。新鮮な死体の出来上がりと同時に、エ・ランテルが誇るミスリル級冒険者チーム『クラルグラ』は全滅した。

 

 この場にいるのが身内だけになった事を確認すると、モモンに扮したアインズはここからの手筈を再確認する。

 

「シャルティア、お前が≪アニメイト・デッド/不死者創造≫で作った下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)はまだ現場にいるはずだな?」

「はい、何か命令を出した訳ではありんせんから、あの辺りを徘徊しているはずでありんす」

「ではまず私とシャルティアで現場に向かう。魔法と特殊技術(スキル)で作った眷属をターゲットに攻撃行動ができるかの確認も含めてな。問題無ければシャルティアを戻すので、他の死体を持ってきてくれ。その場合マーレはこの場の血痕などの証拠隠滅をせよ」

 

 ぶくぶく茶釜はここにいる守護者達の、言うなれば引率だ。気弱そうなマーレだと、人間を見下して(はばか)らないアルベドが万一暴走したり不測の事態に陥ったときに止められる気が全くしない。

 大丈夫かも知れないが、潰せるリスクを負う必要は無いのだ。

 

 イグヴァルジの死体を担いで、シャルティアに指示を出す。転移門(ゲート)を抜けた先で特殊技術(スキル)<不死の祝福>に2つの反応があった。一つはごく間近、これはシャルティアだ。もう一つは二十メートル程離れた位置。恐らく例の下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)だろう。降ろした死体を見ているようシャルティアに言いつけ、反応のあった方へ進む。いた。

 

(さあ、どうなる!?)

 

 鎧の外装から本来のローブ姿に戻ったアインズは、第六階層でダミー相手にやった魔法の発動実験を思い出しながら下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)に狙いを定める。そして発動のプロセスに入ると、自分の周りをドーム状に覆う巨大な立体型魔法陣が出現した。

 発動するまでの一分間、大きな隙を晒す代わりに通常の位階魔法とは一線を画す効果を発揮する超位魔法。MPを消費せず、一日の使用回数で管理されている特殊な位置付けの大技だ。

 

 きっかり一分後、確かな手応えを感じつつアインズは超位魔法≪フォールンダウン/失墜する天空≫を発動させた。

 

 超高熱源体の白い光が、木々の間を眩く照らした。凄まじい熱破壊は効果範囲内の木々を一瞬で炭化させ、何か結界のような効果が働いているのか火が燃え広がることはなかった。

 

 魔法が発動したということは、アインズとの相談の際不明点の一つとなっていたフレンドリィ・ファイアについては無効と見て良さそうだ。

 触手で軽く叩くことはできたのだが、ダメージを受けない接触程度ならセーフという可能性もあった。

 

 一方で剣を持つことはできても振る、要は装備している状態でなければ不可能な行動をすると取り落とすと聞いていたので、行動の種類や強度によっては制限が掛かる可能性は否定できない。ただ、そうなるとまた色々と別の問題や疑問が発生するのでこの予想は外れて欲しいところだ。

 

 アルベドは死体を運ぶ準備をし、マーレに指示を出して早くも証拠隠滅に取り掛かっている。程無くして伝令と移送手段を兼ねたシャルティアが戻ってきた。

 

 全員で転移門(ゲート)を抜けた先にはアインズと、黒い物が覆い被さった何か。もこもこと立ち上がると、それは死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の姿を取った。

 

「なにやってんですかアインズさん」

「ああ、茶釜さん。それが<中位アンデッド創造>を使ってみたらもやもやした黒いのが死体に取り付いて、こうなりました」

 

 礼を取り忠義の意を示す死者の大魔法使い(エルダーリッチ)。アインズの能力によって底上げされ、レベルにして30相当、作った目的を思うとなんとなく勿体無い使い方のような気もするが、元になった死体は有効活用したと言えるし、使った特殊技術(スキル)も一日あたり十二体まで作れるうちの一体でしかない。つまり実質的には何のコストも掛かっていない。

 この作戦が成功したときに得られるであろう成果を考えれば現地調達した死体数体程度惜しくはない。

 

 アルベドたちが運んできた死体も同様の手順で次々とアンデッドに変えられていく。あれよあれよと言う間に死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が五体揃った。多少故人の名残を残しているようだが、皮と骨だけになった姿に大した違いは無い。

 

「シャルティア」

「あい、かしこまりんした。特殊技術(スキル)、<眷属招来>」

 

 滲み出た色濃い影が拡散する。細々(こまごま)に千切れた影は、まるで元からそれらが集まった物であったかのように様々な眷属へと姿を変える。

 古種吸血蝙蝠(エルダー・ヴァンパイア・バット)吸血蝙蝠の群れ(ヴァンパイア・バット・スウォーム)吸血鬼の狼(ヴァンパイアウルフ)などだ。その総数およそ三十体。

 

「いきなんし」

 

 シャルティアがつい、と手を振ると眷属は放射状にその場を離れる。その動きは大して速くない。離れたと言うより配置に着いたと言った方が的確だ。

 

「準備はいいな。死者の大魔法使い(エルダーリッチ)たちに命じる。シャルティアの生み出した眷属を殲滅せよ。できるだけ派手にな。この一帯を焼け野原にするつもりでやるがいい」

 

 主人の命を受けた後、四方へ散った先では≪ファイヤーボール/火球≫が飛び交い≪ライトニング/電撃≫が蔦を焦がし、≪マジックアロー/魔法の矢≫が木の幹を抉った。八方から聞こえる破壊音はまだしばらく止みそうにない。

 次は近接戦闘の痕跡偽装だ。超位魔法を打つためにローブ姿に戻っていたアインズは再び漆黒の全身鎧(フルプレートアーマー)に身を包み、開けた場所を中心に縦横無尽に走り回る。直径が五十センチを超える木々をグレートソードで薙ぎ倒し、数本を蹴り飛ばした。

 マーレはその木を手に持った杖シャドウ・オブ・ユグドラシルで、えいっと殴りつけ、かわいらしい声とは裏腹に痛々しい破壊を倒木にもたらしている。

 

「どりゃあああああああ!」

「おりゃあああああああ!」

 

 気合の雄叫びがした方へ目を向けると、機雷が爆発したときの水飛沫もかくやという勢いで土が舞い上がっている。アルベドが繰り出したパンチが地面のあちこちに規模の小さなクレーターを作った。同じようにシャルティアも破壊活動に従事している。

 アインズ直々の命令を受けて張り切っていた様子だったが、期待通り皆頑張ってくれているようだ。

 

(これは何かご褒美をあげた方がいいのかな。いや、あんまり簡単にあげたらシャルティアとユリが気の毒だな。うーん……あとで本人たちに聞いてみるか)

 

 木々の被害もいい感じだ。やり過ぎて森を丸坊主にすると逆に説得力に欠ける。このくらいでいいだろう。見切りを付けたアインズは上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)を解除し、三たびローブ姿に戻る。

 タイミングが良かったらしく、報告にシャルティアが小走りで寄ってきた。

 

「アインズ様、そろそろ眷属が全滅しんす」

「分かった。ん、土が付いているぞ。かわいい顔が台無しだ」

 

 骨の指が引っ掻いてしまわないか注意しながら、頬に付いた汚れを拭ってやる。頭に被った砂も払っておこう。

 

「アアアアインズ様、あっ、くぅ、はぁんっ」

 

 身を(よじ)りながらも反応は悪くない。このあいだは口だけで指摘してぶくぶく茶釜に思いっ切り怒られた。その場でキレイにしてあげれば問題無いはずだ。

 

「……それで、お前は何をしているんだ」

 

 視線を上げると、シャルティアの後ろにこれまた純白のドレスの所々を土で汚したアルベドがいた。シャルティアと同じ作業をしていたのだから、当然ではある。

 

「いえ、作業が一段落したことをご報告に戻りましたらシャルティアの土を払っておられましたので、僭越ながら後ろに並ばせていただきましたわ」

「……お前は自分でできるだろう」

「そんな!? 私もアインズ様に頭なでなでしてほしいです!」

 

 本気で絶望に顔を青くするアルベド。必死に訴えるその目には涙さえ浮かんでいる。そうか、確かに頭を撫でているようにも見えなくはなかった、かな。そうかなぁ。何にしても折角シャルティアを泣かせずにキレイにすることに成功したのにアルベドを泣かせては意味が無い。

 手招きするとパアッと泣いた子が笑った。現金なやつだ、と表情には出ないが暖かな笑いが内から湧いた。

 

 ドシャ、ドシャドシャと重量感のある音に顔を向けると、全身土砂を被って頭の上に土が二十センチ近く積もっているマーレがいた。

 

「あ、あの、その、ボ、ボクも土で、汚れちゃいました……」

 

 えへへ、と、ぎこちない笑いを浮かべているが、その瞳の奥には渇望とも言うべき炎が揺れている。全員帰ったらすぐ風呂に入るよう前置きをして、二人の土を払ってやった。ついでに軽く頭を撫でてみると満足そうにしていたので、ひとまずこの場は収まりそうだ。

 

「ああんアインズ様! わらわ土払ってもらっただけで頭なでなでしてもらっておりんせん!」

「分かった分かった」

 

 そのあと何やかんや理由を付け無限ループに突入したアインズ様即席頭なでなで会は、最後の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が戻ってくるまで続いた。途中アルベドがシャルティアに耳打ちしていたのは何だったのだろうかと思いながら、この場にいない守護者のことを考える。

 

(デミウルゴスは外に出ていて最近見ていないからなあ。ナザリック随一の頭脳ならそう軽率なことはしないと思うけど、音沙汰が無いのは不安でもあり心配でもある。それにしても眷属はさっきもうすぐ全滅するとか言ってた割に結構時間が掛かっているなぁ。少し遠くまで飛ばし過ぎたか……)

 

 戻った死者の大魔法使い(エルダーリッチ)たちは先ほどアルベドとシャルティアがほじくり返した荒地に集められた。ナザリックの者はぶくぶく茶釜共々避難のために離れている。充分な距離があることを確認してから、アインズは特殊技術(スキル)<The goal of all life is death/あらゆる生ある者の目指すところは死である>を発動させた。

 アインズが背に負う位置に身長ほどある巨大な金色の懐中時計のようなものが現出する。十二カウントの秒針が時を刻み始め、すかさず本命の魔法を打つ。

 

「≪魔法効果範囲増大(ワイデンマジック)嘆きの妖精の絶叫(クライ・オブ・ザ・バンシー)≫!」

 

 悲壮な女の叫び声が空気をつんざく。その直後、カウントを終えた背後の時計が消滅するとともに、世界は死を迎えた。

 

 効果範囲内のあらゆる生命が死に絶え、無機物すらもその存在を崩壊させた結果、アインズを中心としたその一帯は砂漠と化していた。さっきの時計はエクリプスというレア職業(クラス)特殊技術(スキル)で、即死系魔法を強化するものだ。魔法の発動は十二カウント後に遅れるが、本来即死無効のアンデッドや無機物系にも効果が通るようになる。死霊系統に特化した構成のアインズであったからこそ発見できた職業(クラス)だろう。

 死者の大魔法使い(エルダーリッチ)たちは全身がバラバラになって微細な粒子にまで分解され、痕跡を残すことなく消滅した。

 

『予定したお時間が経過したよ──モモンガお兄ちゃん!』

 

 いきなり発されたアニメテイストな幼女の声に、アインズ以外の全員がぶくぶく茶釜を見た。雰囲気は全然違っていたが、あの声は確かにぶくぶく茶釜だ。至高の御方の声を聞き間違えるような不届き者はナザリックにいない。

 どういう感情が込められているのか読めない3対の目に見つめられて、ぶくぶく茶釜は一瞬飛びかけていた意識を引き戻す。そしていまの声を出した、正確には鳴らしたアイテムを手に持ったアンデッドへと詰め寄った。

 

「ちょ、ちょおおおおいアインズさん! なんちゅーモン引っ張り出してきてんですかアンタ!」

「いやータイマーにつかえるのがこれしかもってなくてー」

 

 棒読みで答えるアインズ。嘘だ。この骨野郎ここぞとばかりに私から一本取ろうとしてやがる。表情は分からないけどあれ絶対ニヤニヤしてるよ。それにしても懐かし過ぎるアイテムを。この人はいまも後生大事に持ってくれてたのは普通に嬉しい気もするけど、よりによってそれかよと思わずにはいられない。

 

 元々このアイテムはウィジェットとして使われていた一般アイテムなのだが、ぶくぶく茶釜自ら十個の隠し音声を仕込んだ特殊仕様になっているのだ。

 

 それがまさかいまになって自分に突き刺さるブーメランになろうとは夢にも思わなかった。

 

「あ」

 

 そこである機能に思い当たったぶくぶく茶釜。ものすごい勢いでアインズに近付き、守護者達に背を向ける形でひそひそ話をする。

 

「アインズさん、例の隠しコマンド音声、まさかあの子らに聞かせたりしてないでしょうね。七時二十一分のあとに……」

「七時二十一分……って、あ、あんなの聞かせられる訳ないでしょう」

「よ、良かった……てっきり独りで淋しさのあまりセクハラ羞恥プレイの一つくらいやってるんじゃないかと」

「あんたの中のギルド長そんなイメージなんですか!?」

 

 ちょっと凹ませ過ぎたアインズを尻目に、勝者の貫禄で守護者たちの下へぶくぶく茶釜は戻った。長年クセの強い弟を下に置き続けてきた百戦錬磨の自分を出し抜こうなんてまだまだ早い。

 

「ゴホン、あー、ちょっと締まらないが、最後の仕上げと行こう。シャルティア、何か眷属を出してくれ。一体でいい」

「かしこまりんした」

 

 ポフ、と切り離した小さな影が地面に落ちる。それはぐねぐねと渦を巻くとシャルティアの眷属の中でも恐らく最も弱いやつに姿を変えた。手乗りサイズのネズミ型。アインズの指示を受けてそれがチョロチョロと砂漠を走る。

 再び立体魔法陣を展開したアインズ。一分後、周囲は再び超高熱の白光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 扉を開いて入ってきた二人組は、受付カウンターへ向かう。室内にいた者達は囁き合うようにしてその動きを目で追った。

 (カッパー)級からミスリル級への一足飛びの昇格には何かと勘繰る者もいたが、吸血鬼(ヴァンパイア)討伐後にモモンたちの実力を疑う声は皆無であった。アダマンタイト級は冒険者組合が威信をかけて認定するもの。組合長の覚えが良いからといって得られる立場ではない。

 経験を積んだ熟練の冒険者でも容易ならざる地位にこの短期間で上り詰めること自体が、規格外の実力の裏付けとも言えた。

 

 依頼の完了報告を終えたモモンたちは、足早に組合を出ていく。恐らく次の依頼に向かうのだろう。王国内でも三つしかないアダマンタイト級冒険者チーム、しかも王都ではなく地方都市の一つでしかないエ・ランテルに拠点を置く者となれば呼ばずとも向こうから依頼が入ってくる。

 

 これまではアダマンタイト級へ出したい依頼はわざわざ王都の冒険者組合を経由し、しかも数ヶ月の順番待ちなんてザラにあったのだ。彼らも人間である以上体力の限界というものがある。依頼する側としても王都への移動費用とてタダではないし、いつになるか分からない細かい話を詰める場を得られる日まで滞在することも不経済極まりない。依頼をするための諸費用が、『漆黒』への依頼であれば大幅に抑えられる。これはエ・ランテル近郊に住む者にとってありがたいことだ。

 

 さらにアダマンタイト級に認定されたのがごく最近なので、王都などへは詳細な情報が届いておらず遠方から依頼者が詰め掛けることもいまのところ無い。数ヶ月も待たなくていいのだ。

 

 だが何より特筆するべきは、彼らの依頼に対する迅速さだ。待たなくていい理由はむしろこちらのようにも思える。神出鬼没とも言える程、一体どんな動きで依頼を片付けているのか皆目見当もつかない。二人のチームだからときには手分けしている場合もあるみたいだが、どんな難度の依頼であっても受注から三日待たされたという話を噂にすら聞いたことは無かった。

 

 アダマンタイト級は単純な強さだけではなく、その地位に相応しい者かどうかを冒険者組合が厳に審査をする。認定された時点で人格的な面においても問題無しと組合のお墨付きをもらった人物ということだ。審査の内容は組合の外に漏れることは無いが、圧倒的な強さはいまなお彼ら自身が誰の目にも明らかな形で証明し続けていた。

 

 

「『漆黒』のお二人ですね」

「凶悪な吸血鬼(ヴァンパイア)を討伐したんだってな。流石と言うか何と言うか。最近は『太陽の』なんて二つ名まで付いてるらしいけどレジーナちゃんに他の男が大勢言い寄ってくるのは見てて気持ちのいいもんじゃねえな」

 

 実に不快そうな表情をしているが、口を尖らせてブー垂れている様子は深刻さとは無縁だ。言葉通り、少し気に入らない程度のノリである。

 

「まだ諦めてなかったのであるか」

 

 真面目な大男は呆れ半分感心半分といったところだ。長い付き合いで性格は分かっているので、本気ではない恋愛の相談に乗るつもりは無い。

 

「お忙しいでしょうに、顔を合わせたらいつも話し掛けてくださるのは嬉しいですね。この前なんか呼び名が紛らわしくて迷惑を掛けてないかと心配されてしまいました」

 

 チームの中でもとりわけ小柄な魔法詠唱者(マジックキャスター)がモモンに向ける視線はいつでも尊敬の念を含んでいる。話のついでに捜索している姉の情報についても毎回教えてくれている。いまのところ収穫は無いが、無視しても問題にならないような、社交辞令にも等しい約束を律儀に守ってくれるその人柄に心底から敬意を持っていた。

 

「エ・ランテル冒険者組合認定のアダマンタイト級ならあまりあっちこっちへ動くことも無いだろうし、河岸を王都に移すか?」

「あちらはあちらで教会との兼ね合いなどもあってまたややこしい規則を覚える必要があると思うけど……」

「あー、ヤメだヤメ。第一金が無いしな。もーちょい貯めよう」

 

 手をパタパタ振りながら冗談交じりの提案をボツにする。このリーダーは真面目なのは取り柄だがその分冗談と言うか遊び心が足りない。多分女にも奥手で相手の好意にも気付かない鈍感タイプだ。一度そのテの店に連れて行ってやろうかと思案するが、どう足掻いても予算が回らないのでいつも通り保留することにした。

 

「女の子へのプレゼントでいっつも散財してる人が良く言う……さあそろそろ仕事の時間ですよ。今日の依頼は────」

 

 

 

 

 

 

「ふむ、これは……こちらですね」

 

 時折独り言を交えながらもせっせと右へ左へ忙しそうにしている影がある。見ればその手には様々な種類のアイテム、武器に始まり防具やアクセサリー、ポーション瓶に巻物(スクロール)などなど、多岐に亘る種類の品々をあちらへこちらへと移動させている。しかし未分類アイテムの量が多過ぎるためか、整理はあまり捗っているようには見えなかった。

 大きな吹き抜けの中央に無造作に山積みされた膨大な量のユグドラシル金貨。所々から飛び出した剣や防具の配置は無造作そのもので、金貨の山を崩せばまだまだ出てくることを予想させた。硬質な床に、コツコツと靴音が響く。この場にいるのはただ1人、旧ドイツ軍のような軍服とマントに身を包み、細長く伸びた左右合わせて八本の指は彼が人間ではないことを分かりやすく表している。

 短い鍔の軍帽の下に潜む顔にあたる部分には、空虚な穴が三つ空いているだけだ。およそ表情と呼べるものは読み取れそうにない。

 

 パンドラズ・アクター。

 

 彼こそがこのナザリック宝物殿の門番にしてアルベドやデミウルゴスとも肩を並べる頭脳を持つレベル100領域守護者である。至高の御方々が世界から集めた至宝の数々を蔵する要所の警護役であり、財政面の責任者でもある。この場所はナザリックの各階層のどことも繋がっておらず、通常の手段で足を踏み入れることはできない。そのため彼の存在を知る者自体がナザリック内にも少なく、ここ数週間は誰かと言葉を交わすことも無かった。

 

 だがその振舞いに消沈した様子は無い。何故なら彼はアイテムフェチであり、至高の御方々が貯め込んだアイテムを分類したり観察するのに喜びを感じるからである。山積した未分類のアイテムを前に、未だ自分の仕事が終わっていないことに若干の申し訳無さを感じつつも溢れる喜びを抑えられない。

 

「おお……Herrlich(すばらしい)!」

 

 新しいアイテムを発見する度にただの穴ぼこのような目を爛々と輝かせて、喜悦の声を上げる。

 

 ぶくぶく茶釜の帰還もナザリックの転移も、彼は未だ知らぬままなのであった。

 

 

 

 

 

 

「最後尾になった時にこっそり眷属を一匹作れと言われた時は何かと思いんしたが、あれほどの策士ぶり、流石は守護者統括殿と言っておきんしょうか」

「あら、人聞きの悪いことを言わないで欲しいわ。私は皆が幸せになれる方法を提案しただけよ」

 

 少人数で入ると寂しささえ感じる程の広々とした大浴場。男女合わせて九種十七浴槽ある。分けられたエリアはそれぞれのコンセプトに合わせた建造がされており、ジャングルエリアなどは凝り過ぎてほとんど小規模なフィールドの中に湧いた秘境の温泉といった様相を呈している。最初は混浴へ迷わず進もうとしたシャルティアだったが、アインズ以外の入浴者の可能性をアルベドに指摘されると諦めてしょんぼりしつつ平坦な身体を洗い始めた。

 

 現在二人がいるのは、北欧をイメージしたある意味スタンダードなエリアだ。床や壁面などは磨き上げられた結晶鉱石で覆われ、艶のある光沢を放っている。点在する柱の表面は上下に走る平行の溝が周囲にぐるりと一周まるまる並んでおり、まさにギリシア建築の神殿などに通じるものがある。配置に規則性が無く数も少ないことから、天井を支えるという本来の役目は果たしていない、ただの装飾である事が分かる。

 

 このエリアを一目見るだけでも細部に至るまでの相当な作り込みが窺えた。10を超えるエリア全てを堪能するならば毎日通い詰めになってもおかしくはない。だが実際のところ、この大浴場は現在滅多に使用される事は無くなっていた。自室にいる時間の多くを湯浴みに費やすシャルティアですらここへ足を運んだことは珍しい。

 それもそのはず、ナザリックの全ては至高の御方々のために存在するのは当然だが、この第9階層にある施設は特に至高の御方それぞれが個人単位でも楽しめるように作られた施設が多いのだ。それは至高の四十一人の私室が設置されていることからも読み取れる。

 よっていちシモベにしか過ぎない自分たちが勝手に軽々しく使用して良いものではない。バーなどは代替できないため仕方が無いが、風呂についてはそれぞれが与えられた守護階層に備え付けのものがある。それを使えば済む話だからだ。実際、アインズの「シャルティアも折角だからアルベドと大浴場へ行ってみてはどうだ? あそこは主にベルリバーさんが制作して、部分的にブルー・プラネットさんが協力した施設だ。中々面白いぞ」と言う提案が無ければいつも通り自室で湯浴みをしていただろう。

 

 しかし帰ったら風呂に入る約束をしていたし、至高の御方々が作った大浴場にアルベド共々使用許可を与えられていれば固辞する理由もあろうはずがない。

 

「そういえばシャルティア、あなた一旦自室に戻っていたけれど、何か問題でも?」

「流石に至高の御方々がお造りになった場所を汚す訳にはいきんせん。下着を換えに行ってきただけでありんす」

「お風呂は汚れを落とす所なのに、妙なことを言うのね。ああ、もしかして土が入っていたのかしら? それでアインズ様たちがお怒りになるとは思わないけれど、殊勝な心掛けだわ」

 

 身体を洗い終えたアルベドは湯船に入る前に長い黒髪を頭の上へ手慣れた動作でまとめている。

 

「……それ、本気で言ってる? 本気みたいね。はあ。なんかいま、無性に種族について調べたい気分」

 

 睨んでいるのか笑っているのか判断に困る表情のシャルティア。その視線は髪を巻く動作に合わせて揺れる二つの果実に向いている。僅かに半透明な黄色の桶で掛け湯をした2人は湯船へ向かった。

 

「あー、気持ちいいわ。これからもここに来ようかしら」

 

 使用許可は今回限りではない。アインズから提案されたときに隣にいたぶくぶく茶釜から一つの質問があった。

 

『そういえばこの前大浴場入ったとき、私以外は外で待機してた一般メイドを除いてだーれもいなかったけど、あんまり使われてないの? あんなにいい施設なのに』

 

 問いに対する答えは先の通りだ。それを聞いたぶくぶく茶釜とアインズはしばし唖然としていた。そして二人の意見はその場で一致。大浴場を役職などに関係無く解放し、24時間いつでも好きなときに利用して良いと即決した。慈悲深い決断にその場にいた誰もが涙を流し、揃って風呂へ入るよう再度念押しをさせてしまったのは不覚だった。

 諸注意を含めた正式な全体への発表は後ほど行うため、現時点では一般メイドなどの姿は無い。

 

 次は今頃男湯に入っているであろう闇妖精(ダークエルフ)の、片割れの姉を連れてきてやるのもいいかなと思い付いたシャルティアは、いざそのときに自慢気に説明してやるために今日は色んな種類の浴槽をたっぷり堪能しようと心に決めたのだった。




この話書くまでパンドラズ・アクターの存在を素で忘れていました。すまん、パンドラ。
セリフを書く時はいつも声優のアテレコをイメージしながら書いていますが、パンドラズ・アクターは何喋っても面白かったりするので危険物扱いです。

11/22 誤字指摘を適用しました。
2018/11/4 行間を調整しました。

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