オーバーロード 粘体の軍師   作:戯画

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 書き溜めと別に急遽挟みたい話が出来たので少し間が空いてしまいました。

 時系列は番外編の面談終わった数日後、アインズさんとルプスレギナが出立する前です。


第18話 可憐なるハンター

 人の手が入っていない深い森。そこには多種多様な動植物が生態系を構築している。南は人里近くまで、中心部には見渡す限りの大きな瓢箪型の湖を擁し、北はアゼルリシア山脈に沿ってその(ふもと)を覆い尽くしている。

 トブの大森林。豊富に採れる薬草は付近の農村の経済事情に大きな意味を持つ。しかしながら、強大な魔獣も存在する森の中は時に容易(たやす)く命を落とす危険な場所でもあるのだ。さらに深部にはまだまだ未知の生物がいるかも知れないが、人の身でこの森を隅々まで踏破した者はおらず、真実を知る者もまたいない。

 

 森の中には人が通る道は整備されていない。トブの大森林はその西側半分がリ・エスティーゼ王国の領地、東側半分がバハルス帝国の領地とされている。険しい山脈を北に背負っており、人を深くに寄せ付けない森が擬似的な国境防衛線になっていた。そして王国の各都市や地方の村の多くは領土西側に広がる平野に点在しているため、王国内での物流は危険な森をわざわざ抜ける必要性が無いのだ。そのため森に入るのは何らかの事情がある者を除けば薬草を採取する小さな村の人々程度しかいない。それも深くまで踏み入ることは原則しないので、街道の整備などが進むことも無いと言う訳だ。

 

 深く生い茂った森の中は日中でも所々薄暗く、慣れた者でも気を付けなければ滑ったり木の根に足を捕られてしまいかねない。転んだ拍子に岩に頭を打ったり木の枝で目を突いたりすることもある。森の危険は獣やモンスターだけではないのだ。

 そんな場所を、平地を走るがごとき速さで駆け抜ける影があった。藻の張った水溜まりや下草に隠れた朽木を踏み抜くことも一切無く、風さながらの身軽さで枝を跳び継ぎ15メートルを優に超える高さまで一気に登り切った。幹に右腕を添えて、左右で色の違う目は周囲の地形全体をぼんやりと見ている。認識阻害の魔法を使うことなどが無ければ、森の中で動く者は何らかの痕跡を高確率で残す。偽装や隠滅を図ることも可能ではあるが、完全に無くすことはできない。森の中で生きるためには水場への移動や食物の探索が必要不可欠。全体を眺めているのはそれらの痕跡を発見するためだ。

 足跡の真新しさから、対象までさほどの距離が開いていないことが分かる。小柄な人影は音も無く木から飛び降り、さらに気配を殺して追跡を続けた。

 

 

 

 

 

 

 ナザリック内に点在するギルド倉庫。これはギルメンであれば誰でも自由にアイテムを入れたり出したりできる共通倉庫である。ここへアイテムを入れるということは本人にとって不要なアイテムであり、自由に使って良いという暗黙の了解がある。他人に渡したくないレアアイテムなどは個人の倉庫に入れるのが普通であり、他人に渡す場合は直接渡せば済む話なのでここには必然的にレア度の低い量産可能なアイテムが詰め込まれることになる。ちなみに一定以上のレア度のアイテムは隔離した宝物殿に別途収蔵しており、最上級レアリティである世界級(ワールド)アイテムもここの最奥へ保管してある。

 いままでは容易に手に入るアイテムも多かったため共通倉庫の内情を顧みる必要自体がそもそも無かったのだが、謎の転移現象に見舞われた現在ではそう言ってもいられなくなっていた。

 ポーション、巻物(スクロール)といった消耗品はたとえ下位のアイテムであろうと供給元を確保しておくべきだ。

 

「なるほど……私をお呼びになったのはその件ですか」

 

 得心がいったと口角を上げるのは赤いスーツに身を包んだ丸眼鏡の男。第7階層守護者デミウルゴスだ。ナザリックではアルベドと並ぶ知恵者であり、誰に対しても慇懃な態度を崩すことは無い。

 消耗品の素材探索についてアルベドに相談をしたところ、たかが素材の収集程度に至高の御方が動くなどとんでもないと恐慌的な表情で訴え掛けられた。しかしアルベド自身も妙案は持っておらず、下手にシモベに任せてトラブルを起こしたくない至高の御方々とのあいだを取った案がデミウルゴスの起用である。ナザリック随一の頭脳を持つ彼なら、そう軽々とこちらの意に反してトラブルを起こすとは考えにくい。アルベドは守護者統括としてナザリックの施設管理も担当しているので、これ以上負担を掛けるのを避けたというのもある。

 肩書きの通り、デミウルゴスたちの本来の役目は階層の守護。噛み砕いて言えば侵入者の迎撃が主であってそれは即ち戦闘行為だ。拠点NPCなのだから当たり前と言えば当たり前だが、とにかく外に連れ出したり、あまつさえ素材集めをオートでやってくれるような機能は無かった。

 にも拘らず、目の前のデミウルゴスは拒否や無理を訴えるではなく粛々とこちらの要請に応えるのみだった。カルネ村の一件でアウラとフェンを連れていったため、NPCを外へ連れ出せることと自分たちと独立した別行動が可能なことは実践的に確認してはいたが。

 

(いや、あれはあらかじめ場所を指定した指示を出していたとも言えるな……でも地名とかを言った訳ではないからそれは関係無いか?)

 

 今回の任務についてもある意味指示を出す形にはなっているが、その内容は極めて曖昧であると言わざるを得ない。人工知能にはフレーム問題と呼ばれる思考柔軟性の構造的課題があるが、果たしていまのNPCたちはどうなのか。ヒトが作り出した存在と仮定したら、彼らに芽生えていると思われる自我は人工知能的なものなのか、あるいは魂のある生命なのか。体感的には後者だと踏んでいるが、実験をしなければ何を思っても推測の域を出ない。

 

「そうそう。んで、いきなりあれもこれもってのは何かあったときのリスクが高いからある程度解決するべき問題を絞っていこうってワケなの。まずは巻物(スクロール)製作に使う羊皮紙の……んー、確保って言うかまず当たりの探索だね」

「当たり……ですか」

 

 思案に耽っているアインズの横から、ぶくぶく茶釜が説明を引き継ぐ。耳慣れない言葉にやや疑問を含んだ復唱がデミウルゴスから漏れる。

 

「そう、当たり。羊皮紙って確か獣の皮で作るけど、どの獣の皮がより品質や効率がいいのか、こればっかりは実際に作ってみないと分かんない。だからまずは適した素材の発見、その次の段階として継続的な供給をして欲しいってわけ」

「かしこまりました。私も素材そのものの良し悪しは判別がつきませんので、その判断は司書長に任せたいと思いますがよろしいでしょうか」

「いいよー。他にも協力が欲しいとこはデミウルゴスの判断で手伝ってもらったらいいから」

 

 数多くいるシモベたち全てに仕事を振ることなど現状では不可能だ。それでもできる限りやることを与えていった方がいい。

 快諾したぶくぶく茶釜に深々とした礼とともに感謝の言葉を述べるデミウルゴス。社会人経験のあるアインズ───鈴木悟、から見てもその一挙手一投足全てにおいて社会人としてのマナーは完璧に見えた。そして実に理路整然とした言葉は誰が聞いても話が頭に入りやすい。支配者ロールで後には戻れない1歩を踏み出してしまった身としてはぜひ話術レクチャーの1つでも受けたいところだが、ロールのせいで軽々しくそういう頼み事もできないという矛盾の板挟みに苦しむ羽目になっている。

 

「それともう1点、先日至高の御身がお救いになられたと聞くカルネ村は避けさせていただきます」

「うん?」

 

 何故そこでカルネ村が出てくるのか。理路整然とした話術が素晴らしいと思っていた矢先に前後の流れをぶった切った単語が飛び出てきたことには疑問しか湧かない。が、即座に質問を投げ返すのも威厳に欠ける。努めて冷静を装って、しかし発言の真意を見抜けていないための焦りは伝わらないように慎重に言葉を続ける。

 

「……何のつもりだ?」

 

 

 

 資源的な価値も特に無い、取るに足らぬ人間の村を何故至高の御方々はお救いになったのか。デミウルゴスは先日の顛末をアルベドから聞いてからずっと考えていた。普通に考えれば利の無い行動である。後に周知があったようにトラブルを避けるならば人間同士の争いなど静観していればよく、介入するなら情報の漏洩を防ぐために村人も騎士も戦士も魔法詠唱者(マジックキャスター)も男も女も老いも若きも関係無くあの場にいる者を全て屠ってしまうのが良策だ。

 

 だが、そんなことに至高の御方々が考え至らぬ訳が無い。つまりそこには必ず何らかの意味がある。ナザリックにおいてトップクラスの頭脳を持つデミウルゴスをして容易に答えへと辿り着くことのできない意味が。

 

 元より深淵たる叡智を持つ至高の御方々と同じ考えに辿り着こうとは考えていない。できるはずもない。だがその意思を受けて手足となるなら、主人の考えをより深く理解したいと思うのは実に自然な事だ。それにしてもその考えの一端すらも掴めないとは、仕える者としてあまりにも情けなく思う。自分を創造した至高の四十一人の内の一人、山羊の姿を持つ魔法使いを貶す気持ちは全く無いが、悔しさと恥ずかしさを感じずにはいられないのだ。

 

 そしてついにこの場で発された主人の一言が、デミウルゴスの疑問を氷解させた。

 物資確保の件と聞き、自分のシモベにいるプルチネッラやサキュバスの存在に思い至っていた。となれば、アウラではなく自分が呼ばれた時点で原皮を採る対象はもうほとんど決まったようなものだ。

 しかし至高の御方々が何らかの意図を持って全滅を阻止したカルネ村に、自分が手を出して良いものか。答えは否だ。意図しようがするまいが、至高の御方々の成そうとしている事の邪魔になるなど絶対にあってはならない。そのため不干渉を決めていたのだが。

 

「そういうことでしたか。ではカルネ村にもシモベを送り込ませていただきます」

 

 そんなデミウルゴスの心情は当然、至高の御方に見抜かれていた。咎める口振りだったのは、カルネ村を避ける必要が無いと言うことだろう。つまりは圧倒的力によって一度は絶望から救い出し、今度は救いの無い絶望を与えようと言うのだ。資源的価値が皆無と見えた者たちが至高の御方々の愉悦の糧となるとは。真に驚嘆に値するのは、ゼロから何物にも代え難い価値を創造する至高の御方々の慧眼である。感動に心が打ち震えた。

 

 

 

(今度はシモベを送り込むだって? どういうことなのかもう何がなんだか……)

 

 一方、アインズの思考は話の展開に全く追い付いていなかった。そのためデミウルゴスの話も何処をつつけばいいのかまるで分からない。

 

「いや、ちょっと待って」

 

 代わりに口を挟んだのはぶくぶく茶釜だ。カルネ村で得た地図の複製(コピー)を広げて、中央辺りをぐるりと触手で輪を描いた。

 

「この辺り、リ・エスティーゼ王国領地内かな。これからアインズさんが潜入する予定なのは聞いたよね。人間の社会は大きくて複雑で、何処で何がどう繋がっているのか分かったもんじゃない。だから羊皮紙の件はデミウルゴスに一任するけど、必要な時期が来るまで王国領地内への干渉は避けて欲しいんだよね」

 

 それは言外にトラブルを懸念する意思が明示されていたが、だからといって腹を立てるデミウルゴスではない。至高の御方々の意思に沿わないことはしない。むしろ前もって踏み込んではならないラインが明確になったことで、意図せず妨害をしてしまう懸念が消えた。感謝こそあれ不満などあろうはずがなかった。

 

「かしこまりました。では王国領地内でシモベは使いません。そうなると近郊の森での素材収集にはアウラの手を借りたいと思いますがよろしいでしょうか」

「いいよー。あのコそういうの得意そうだしね」

 

 トブの大森林での素材収集は丸ごとアウラに任せ、デミウルゴスは司書長との連携と今後の計画立案といったデスクワーク寄りの仕事をすることになった。本人もそれに異論は無いらしく、アウラに集めさせた原皮は直接第10階層の司書長の下へ届けさせる。骨子が決まったのでデミウルゴスは早速プランの練り上げのために退室し、アインズとぶくぶく茶釜とアルベドが残された。

 

「では、アウラへの連絡は私が」

「ああ、頼……任せるぞ」

「あ、そうだアインズさん、どうせならこないだ言ってたやつのお試ししましょうよ」

「こないだ……? ああ、あの件ですか。トブの大森林内に限った活動なら人目にも付かなくていいですね」

 

 ナザリックの行動が今後は外部へ向く事が増えると予想される。先日行った面談の内容も踏まえて、二人はより深く正確にナザリックの各個人が秘めたポテンシャルを熟知する必要があった。今回の素材収集は、栄えある実験案件第001号という訳だ。

 

 

 

 

 

 

 追跡はいよいよ佳境を迎えていた。対象の獣は太い木の根元辺りを牙で削っている。それは猫が爪研ぎをするのと同じ意味合いを持つ。外敵から身を守るため、獲物を仕留めるため、己の武器に磨きをかけているのだ。この個体は他の個体と比べても強いと言って差し支えなかった。そして大きい。道具を使わない原始的な動物は、単純に体の大きさが強さに比例すると言っても過言では無い。事実、彼は同種の縄張り争いに苦労したことが無い。相手が逃げていくからだ。

 自分の強さに慢心するに充分な生を謳歌してきたが、今日という日に限ってはその慢心を責めることはできないだろう。

 彼は気付かない。樹上から自身に向けられた青と緑の視線に。

 

 わざと音を立てて背後に着地すると猪はのそのそと振り向き、こちらを縄張りに侵入した敵と認識したらしい。鼻息を荒くして、後ろ脚に力を溜めている。次の一瞬にも突進して来そうな大型の獣を前にしても、アウラは至って冷静だった。何の痛痒も感じない殺気であっても、正面切って向けられたら鬱陶しい。思わず殴りかかりそうになるところを理性で踏み止まる。

 

「おっとと、あたしが仕留めたらダメだった。ん、と……この辺かな?」

 

 右肩から頭もう一つ分離れた位置に指を1本立てる。それと同時に眼前の猪が図体に似合わない機敏さで侵入者へと迫った。その牙がかかる直前、バチュンという形容し難い音と共に吹っ飛ばされた猪は仰向けの体勢のまま動かなくなった。指を下ろしながらアウラは後方に振り向く。その視線は猪とさっきまで上げていた自分の指を結んだその先に向けられていた。

 

「ナイスショットー! 次もこの調子でよろしくー」

 

 木の幹が枝分かれした所に腰を落とした低い体勢で潜む者がいた。照準が映り込んだ視界の先にいるアウラが立てた親指で狙撃の成功を確認すると、こちらもぐっと親指を立てて返す。

 

 シズ・デルタ。正式名称CZ2128・Δ(シーゼットニイチニハチ・デルタ)。同じ姉妹のルプスレギナと対照的に口数は少なく表情の変化にも乏しい。しかし決して無感情な訳ではなく、普段から近くにいる者ならば感情の起伏や趣味嗜好は見た目相応の女の子であることが分かるだろう。

 

 次の狙撃を行うため、スナイパーライフルを背中に担いで木から飛び降りる。長い赤金(ストロベリーブロンド)の髮がまるで雫のようになびいた。難無く着地した後アウラのいる方向へ、こちらも負けず劣らずの危なげない足取りで小走りに駆けていく。

 猪の所へ辿り着いたとき、既にアウラの姿はそこには無く次の獲物を探しに先へ進んでいる。一本のペンを取り出し、ついさっき仕留めた猪の腹にくるりと丸を描いた。このマーカーには転移先に指定したりといった付与効果は一切無く、あとで回収をするために場所のマーキングをしているのだ。

 

 眉間を撃ち抜かれた猪には、大きな損壊や出血は無かった。これはシズの使用した弾に理由がある。強力な実弾を使うと撃ち抜けた箇所に大きな裂傷ができてしまうので、なるべく傷を付けたくないハンティングには適さない。

 本来ガンナーは特殊弾を使用することで銃撃に属性や貫通、ノックバックなどの付与効果を乗せることができる。中遠距離から基本的に時間経過しか回復手段の無い魔力の消費もせずに多彩な攻撃ができる職業(クラス)だ。これだけ聞くと便利に感じるが、実際には特有の問題を抱えている。それは弾薬費だ。強力な弾丸であれば作製にあたってよりレアリティの高い素材が必要になる。追加効果の無い弾であっても、消耗品であることに変わりはなく補給ができなければいずれは底を突く。

 至高の御方からは無駄な消費を避けるように指示が出ているので、弾薬においても例外ではない。そこでシズが今回採用したのは自分の魔力を凝縮して撃ち出す魔力弾だ。

 魔法職ではないシズの総魔力はお世辞にも多いとは言えず、撃てる数にも限りがある上に大した威力ではない。せいぜい相手の注意を引くのが関の山なのだが、野生の猪を仕留めるには充分過ぎる威力だった。

 

 シズの種族である自動人形(オートマトン)はユグドラシル後期の大型アップデート『ヴァルキュリアの失墜』以降に追加されたものだ。そのため、コンセプトやデザインが初期からあった種族に比べてかなり毛色が違う。

 簡単に言ってしまうとファンタジーと言うよりSF(サイエンス・フィクション)に近く、ゲームタイトルのユグドラシルから連想されるであろう北欧神話とかの要素はほぼ皆無と言ってもいい程だ。

 金属のプレートを繋げた腰巻きや主武装である魔銃はデザインからして機械的な印象を与える。カルネ村でアインズたちが目にした村人や王国戦士たちからは機械文明の発達をほとんど感じなかった。マスケット銃もあるかどうか分からない中で、銃器を扱うシズは異様な存在極まりない。

 情報が集まれば多少人間社会に触れても問題無いタイミングはあるかも知れないが、いまは不用意に人目に触れさせることは避けたかった。

 

 しかしそうなると目処が立たないままにナザリック内に半強制的に留めることになる。やることは無いが外へは出るな、と言うのは監視こそ付けないものの軟禁と大差無いのではないだろうか。

 こちらが指示をせずとも掃除などの日々の仕事がある一般メイドと違い、戦闘メイド(プレアデス)にはこれといった日常業務が無い。階層守護者は立場上自身の階層管理をする必要があるので指示を出していなくてもあまり問題は無く、直属のシモベたちの管理もある。

 その点、戦闘メイド(プレアデス)はセバス直下の組織であり、固有の支配領域を持たずシモベもいない。そのため指示が無ければ待機以外に現状やることが無く、手持ち無沙汰にならざるを得ない。そこで人の目が無いに等しい今回の任務にシズを同行、アウラと協力して素材集めをするように命令を下した。当初アウラは自分だけでも問題無いと言っていたが、今後の共同任務の予行も兼ねていることを説明すると納得した。

 

 

 

 アウラからの合図。次の獲物を追い詰めたようだ。シズの位置から見て右から左へ、木を避けるように蛇行しながら移動している。

 より狙撃を確実なものにするために、こちらからも接近する。腰に魔銃、背にスナイパーライフルを担いでいてもその俊敏さには何の影響も無い。

 少し盛り上がった木の根を飛び越え、視線は着地点へ。素早く伏射の姿勢が取れるように背負ったスナイパーライフルを片手で引っ張る。肩の辺りを中心に長い銃身がややゆっくりめに弧を描き、地に足が着いたら膝で勢いを殺しながらそのまま前に倒れ込む。スナイパーライフルを叩き付けてしまわないよう、左腕は肘で衝撃を逃しながらストックを下からソフトに支える。

 もう三秒としない内にアウラの追い立ててきた獲物が照準に入るはずだ。余裕を持ってトリガーに指を掛けるはずだったシズの体は、突如空中に引っ張り上げられた。

 

 

 

 

 

 

 シズの狙撃を受けた猪が動かないのを確認すると、アウラは即座に次の獲物を探しにさらに森の奥へと進んだ。デミウルゴスから頼まれているのは、量ではなく種類。まずは適性から調べたいそうだが、そういう難しそうな話は彼に任せるに限る。

 優れた感知能力は森の中の生物の存在を容易に認識し、さらには動物の生態に詳しいアウラにとって獲物の追跡と発見などは散歩のついでにこなせそうな任務だった。

 とは言っても森には多様な種類の動物がいるので、シズの狙撃だけで全種類を仕留めるのは効率も悪い。小型の動物が引っ掛かるのを期待して、獲物の痕跡を追うルートに罠を仕掛けていく。捕獲だけを目的とした罠なら大した手間ではない。

 

「さてと、なんか大きいヤツがいるけど、デミウルゴスの話だと量産できないとダメなんだよね……一匹だけじゃ意味無いかぁ」

 

 その対象はこの場からは離れているが、そいつのいるであろう点を中心に不自然なくらいぽっかりと動物たちの行動範囲に穴が空いている。魔力を持たない動物達にとってはそれだけ危険な相手という事なのだろう。風下でも体臭やらがあまり流れてこないのは、水辺か穴ぐらに巣を作っているのかも知れない。だがこれだけ悠々とした縄張りを保有しているという事は、天敵や相争う同種の個体がいないと考えられる。量産が見込めないのならデミウルゴスのオーダーには応えられない。巣穴から顔を出した大型のイタチのような獲物を追い込む作業にアウラは集中することにした。

 

 右へ左へ、回り込む位置とときには小枝を投げて気配と音で思い通りの方向へと追い込んでいく。追われている側はただ安全な方へ逃げているつもりなのだが、それは全てコントロールされた動きだ。誘導と言ってもいい。視界の隅に木の根を飛び越えてきたシズの赤金(ストロベリーブロンド)が映る。

 

「よし、タイミングバッチリ……ってシズ!?」

 

 アウラの位置からはシズに何が起こったのかがよく分かった。着地と同時にシズの右足に仕掛け罠のロープが絡まり、上に強く引っ張られて逆さ吊りになる。

 あの罠には見覚えがあった。何故ならついさっきアウラ自身が仕掛けておいたものだったからだ。

 

 自分の身長よりも高くなっていく逆さまの目線。それでもシズは冷静だった。手放さず一緒に持ち上げられたスナイパーライフルを身体の中心に再度引き寄せ、狙い目を心持ち下方向に微調整。銃のクセはさっき猪を仕留めた1発で完璧に把握している。ドンピシャのタイミングで右目の照準中心辺りに現れた標的を目掛け、必中の確信を持ってトリガーを引いた。

 撃ち出された魔力弾は一見すると細長い光の棒。後方へ火花のように漏れ出ているのは魔力弾へ変換した時の余剰魔力であり、それらがゴム状の弾性を伴って楕円形に集束する。直進する光弾は重力や風の影響を受けていない。これは魔力弾の利点の一つで、発射から着弾まで環境の影響を受けない特性のためだ。

 

 放たれた一発が大イタチの眉間を正確に撃ち抜いた。逆さまのスナイパーは吊られた右足に軽く視線を投げると、反動を付けて全身を振り子の要領で揺らし、懐から取り出した簡素な投げナイフを投擲。切断されたロープから解放されると勢いのままゆるりと回転し、今度こそ罠も何も無い地面に着地した。

 仕留めた獲物を手にしたアウラがこちらへ駆け寄ってくるのが見える。

 

 陽も傾きかけている。今日の任務はこれでお終いだ。再びスナイパーライフルを背に担ぎ、アウラと二人ナザリックへの帰路に着いた。

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓第十階層。ここには玉座の間以外にもう一つ、大きな施設がある。

 大図書館(アッシュールパニパル)。かつて至高の四十一人が数多の魔術書を納めたという知の聖域だ。司書長を務める骸骨魔法師(スケルトン・メイジ)のティトゥス・アンナエウス・セクンドゥスとその配下である死の支配者(オーバーロード)たちが管理している。レベル75を上回るモンスターが五体、本の埃を払いながら徘徊していた。高い知性を有している彼らもまた、至高の御方々への篤い忠誠心の持ち主だ。与えられた役割に不平不満を漏らす者は誰1人としていない。

 所蔵は全て至高の四十一人が直々に厳選して収集した物の他、理解の遠く及ばない選ばれた者のみが紐解ける本、中には至高の御方直々に手を加えた書もある。特殊なアイテムが無ければ足を踏み入れることのできない宝物殿を除けば、ナザリックにおける貴重な宝とも言うべき価値のある品々が保管された場所だ。

 

 最近はここの利用者もめっきり減ってしまった。自分たちの役目は蔵書の管理であって利用者を増やすことではないのだが、その価値を理解しているからこそ残念に感じる部分があり、同時にナザリックの者達が大挙して押し寄せない理由にも思い当たる点があった。

 至高の御方々が集めた本の価値は計り知れず、手に取ることすら畏れを抱くのは仕方が無い。そしてそれ故に軽々と中身を漁るような真似は畏れ多い。図書館が閑散としているのは、ナザリックの者たちの忠誠心の表れとも思えた。

 

 そこへ現れた見慣れない物陰は、ここに詰めている者達の注目を引くに充分な存在だった。彼女はナザリック内において知らぬ者はいない。双子の闇妖精(ダークエルフ)の片割れにして第六階層守護者、アウラ・ベラ・フィオーラ。そして戦闘メイド(プレアデス)の一人であるCZ2128(シーゼットニイチニハチ)Δ(デルタ)。通称シズ・デルタ。

 軽く辺りを見回している所へ『司書J』と書かれた腕章をした死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が声を掛ける。ここの受付担当みたいなものだ。

 

「アウラ様、シズ様、ようこそ。本日はどのような──おや、それは……」

 

 前後に並んだ二人のあいだには、広げて持った大きな毛皮の上に今にも崩れそうな程こんもりと大小毛色多種多様のこれまた毛皮が山を作っている。剥いだ後に乾燥させた物で、羊皮紙として使用するにはさらなる加工が必要だ。

 

「デミウルゴスから依頼された獣の皮よ。司書長に渡すよう言われているんだけど、案内してもらえる?」

「かしこまりました。製作室で準備をしております。こちらへ」

 

 先導する司書Jが奥へ向かって歩き出す。途中にすれ違った死の支配者(オーバーロード)たちは手を止めて向き直り、慇懃に頭を下げた。レベルだけで見れば足元にも及ばないシズに対しても向けられる敬意に変わりは無い。レベルや強さよりも、至高の四十一人によって創造されたということがナザリックにおいては最も重要なのだ。

 

 案内された製作室には一枚布の服を着た骸骨魔法師(スケルトン・メイジ)がいた。古代ギリシアのヒマティオン、それを原形にした古代ローマの服はトガと呼ばれる。彼のフルネームであるティトゥス・アンナエウス・セクンドゥスは全てローマの皇帝や政治家、学者から取られている。しかも第三まである名は古代ローマ式である。これでもかと言わんばかりにローマ要素を詰め込んだ彼は巻物(スクロール)製作の担当者であり、それに必要な技能を習得しているためレベルだけを見ればアウラたちを案内した死者の大魔法使い(エルダーリッチ)以上だ。そもそも戦闘に使う技能を端から切り捨てているので比較すること自体に意味は無いのだが。

 

 室内には巻物(スクロール)製作に使うことのある素材や触媒が数多く置かれている。中には第十位階魔法まで込めることのできるドラゴンの皮などもあったが、補給の目処が付かないものをあたら消費はできないため、いまはこれらは室内の素材置き場を華やかにするオブジェと化していた。

 薄緑の薬液に満たされた槽が紫色に変質し、それに満足そうに頷くとようやっと司書長が振り向いた。

 

「守護者アウラ、戦闘メイド(プレアデス)CZ2128・Δ(シーゼットニイチニハチ・デルタ)、手間を掛けさせたようだ。次からは私の配下の者に運搬させるがいい」

「いいよ、大した量じゃないしね。デミウルゴスには渡すだけでいいって聞いてるんだけど……」

 

 アウラは魔法道具作成の知識が豊富とは言えないが、単に剥いだだけの皮で巻物(スクロール)の素材として使えるかには感覚的に疑問があった。原皮を持ってくるまでが頼まれたことなのだから、さっさと渡して自分の階層へ戻っても誰も文句は言わないだろう。だが巻物(スクロール)作成の素材として使用するのに、自分たちの捕獲方法に問題があれば話は別だ。少なくとも原皮の質に問題が無いことを確認しておかなければどうにも気になる。

 

 

 

 司書長は目の前に山と積まれた毛皮から手を覆う程度の小さな物を一枚引き抜き、そのまま槽の直上まで移動させる。

 

「そう、毛の生えた巻物(スクロール)などは私も目にしたことが無い」

 

 指をわずかに開くと、解放された毛皮は重力のままに槽の薬液の中へと小さな波紋を生んで沈んでいった。細かい泡が激しく浮かび上がり、たまにこぶし大の泡が弾けてゴポゴポと水音を立てる。三十秒としないうちに気泡の発生は止んだ。横に立て掛けてあった先端の曲がった火かき棒のような物を槽へ突っ込み、器用に引っ掛けてさっきの毛皮を引き上げる。否。それは既に毛皮ではなかった。全ての毛が薬液に溶け、ツルツルの皮だけになっていた。

 

「さらにこの薬液には皮をふやけさせ伸ばしやすくする効用がある。あとは引き伸ばして余分な脂肪などを取り除けば羊皮紙として使用可能なのだが……」

「皮そのものには問題無い?」

「うむ、実にキレイに仕留めているな」

「だってさ、シズ」

 

 軽く肘で隣の少女を小突く。コクリと首肯で応えたが、その内心の安堵はアウラ以上のものだったろう。闇妖精(ダークエルフ)のアウラは至高の御方々と共に人間の村へ行ったと聞いた。実績があれば今後も一緒に連れていってもらえるかも知れない。だが自動人形(オートマトン)であるシズは人間社会にはしばらく出せないと面と向かって言われている。そうなると働きによって貢献する機会はどうしても限られてくる。少ないチャンスをモノにしなければならない以上、そこに懸ける思いはもはや気迫の領域である。

 

 流石に一日でトブの大森林に住まう全ての獣の皮を集める事はできなかったので、次回は狩りに出る前に今回集めた皮の中で複数必要なものがあるかを聞きに来ることにした。問題は巻物(スクロール)素材として使えるかどうかなので、原皮だけを見てこの場での判断はできないのだ。

 こうしてシズの初めての外出は幕を閉じた。

 

 

 

 第九階層に設けられた戦闘メイド(プレアデス)姉妹のための部屋。当然七人が寝泊まりするに困らないだけの十分な広さがある。備え付けられている椅子は六脚ほどだが、足りなくなるということは無いだろう。近々の内に姉妹の半数はナザリックをしばらく空けることになるのだから。

 椅子に腰を下ろしている長姉、ユリ・アルファもその一人だ。ついさっき至高の御方からの呼び出しを受け、いますぐにと言うことではないがナザリック外での調査任務を仰せつかった。

 任務をいただくのは仕える者として名誉あることだ。にも拘らずユリの表情には浮かないものがあった。頭を振って嫌なイメージを払おうとしているが、うまく切り替えられないようで頭を抱え込んでしまった。

 

 外からのノック音で我に返ったユリは、居住まいを素早く正して「どうぞ」と許可を出す。体を滑り込ませるのに必要な分だけ開いた扉から横にひょこっと出てきたのは長い赤金(ストロベリーブロンド)を持ち左にアイパッチを着けた妹だった。ちゃんと振り向いて扉を静かに閉める。

 椅子に腰を下ろすとちらちらとユリに視線を送ってくるが、自ら口を開く気配が一向に無い。良くも悪くも何かあったときは大抵こうだ。妹ながら面倒やらいじらしいやら複雑な気持ちを感じつつ、何にしても手持無沙汰であったユリは話を聞くことにした。

 

「何かあったの?」

「……狩り……いってきた」

「狩り? ああ、アーちゃ……アウラ様がこの前言っていた任務?」

 

 少し前に話は聞いていた。シズの様子からして問題は無いみたいだが、あの日のことを思い出すとユリはいまでも頭が重い。

 

 

 

 

 

 

 その日、部屋へ戻ってきたシズは珍しく落ち着きが無い様子だった。椅子に座ったかと思えば立ち上がってウロウロしたり、隅っこで膝を抱えて座ってみたり、ベッドで毛布に包まってイモムシみたいになったり。そのときも部屋にはたまたまユリしかいなかった。強いて言えばそれが不運だった。

 あまりに見慣れない姿の妹が流石に心配になったと同時に、ある恐ろしい想像がユリの胸中に渦巻いた。

 

 ついさっきシズはどこへ行っていた。自分を呼び出しに来たときにアルベドからはナーベラルを除く他の戦闘メイド(プレアデス)の所在を聞かれたが、自分が知っていたのはルプスレギナとシズが昼時に食堂へ一緒に行くと話していたことくらいだ。守護者統括であるアルベドがわざわざ直接伝えることがあるとしたら、自分と同じく他の姉妹も至高の御方々の面談をするつもりだったに違いない。では面談がもう終わったと仮定したら、シズの態度はどう説明が付くだろうか。ある一つの答えが自分の中で形作られる。できることなら目を背けたい。だが戦闘メイド(プレアデス)の副リーダーとして、長姉としてそれはできない、してはいけない。ユリは無意識に握る拳に力を入れて、紆余曲折の結果椅子にちょこんと座っている妹に問いかけた。

 

「……何かあったの?」

「……言いたくない」

 

 後頭部を特大の鎚矛(メイス)で殴られたかと思う程の衝撃。ユリは目の前が真っ暗になる思いだった。アンデッドの基本能力である闇視(ダーク・ヴィジョン)があるためそれは気のせいなのだが。

 最悪の想像が事実だったのはこの反応からしてほぼ間違い無い。あの、姉妹の中でも最も素直だと思っているシズが。言いたくない。つまり言えない程の何かがある。真っ先に思い付くのは、至高の御方々へ粗相を働いたということ。それならば落ち着きの無い振る舞いも、言いたくない理由も説明が付く。

 

 どうするか。いまからでも愚妹の首根っこを引っ張っていって謝罪するべきだろうか。でも、ああ、赦しを乞うことすらも不敬に当たるのではないか。ならば妹の不始末は姉の不始末として自分も罰を受けることで、せめて妹の助命だけでも受け入れてもらえないだろうか。いや、しかしそうなると現在戦闘メイド(プレアデス)のリーダーはセバスであり、部下の責任は上司の責任として彼に責が及ぶ可能性もある。そんなことがあってはならない。だがそうだとしても、たとえこの命はおろか存在を賭けてでも回避しなければならない最悪の結末がある。これを端緒に至高の御方々が再びこの地を去ってしまうことだ。万一そんなことになればナザリックは全ての希望の光を失い、妹は未来永劫贖うことのできない大罪を犯した者として呪われた名を歴史に刻むことになる。

 最悪、妹だけを死なせはしない。自分の命と至高の御方々への不敬を働いた罪が吊り合うとは思わないが、どうにかそれで怒りを鎮めてもらうより他に道は無い。

 

 ユリが人知れず悲愴極まりない決意を固めていると、ココンと軽いノックの後に現れた人物がいた。

 

「お邪魔しまーす。シズいる? お、いたいた。デミウルゴスのとこに詳しい話聞きに行くから一緒に行こうよ」

 

 組んだ右腕を引いて連れていかれるシズの左腕を、(ほう)けていたユリはハッとなってほとんど反射的に掴んだ。

 

「申し訳ありませんがアウラ様、シズは大変な問題に直面しています。デミウルゴス様ということは第七階層へ行かれるのでしょうが、いまこの()を連れていかれると非常に困ります。ボクも、あなたも」

 

 普段ならば一人称を正すところだが、いまのユリにそんな余裕は無い。時間が過ぎれば過ぎる程、事態は悪化していくのだ。

 

 はっきりとした理由も言われず妨害に近い行為をされたアウラは、相手が気心の知れたユリとは言え内心苛立ちを感じずにはいられなかった。デミウルゴスが責任者とは言え、至高の御方々から発された命令以上に優先するべきことなどあろうはずがない。そんなことは戦闘メイド(プレアデス)の副リーダーである彼女なら理解(わか)っていない訳が無いのに。

 

「えー? そんなこと言っても、こっちも大事な話だからあたしだけ話を聞くって訳にもいかないんだけど」

 

 現状を知らないからそんなことを言っていられるのだ。至高の御方々より優先されるものなど何をおいても存在しない。事実を知ればアウラとて平静ではいられないだろう。彼女が知らないのを責めることはできないが、恐怖や不安といったユリの抱えた負の心境は叫び声にも近い悲痛な言葉となって溢れ出た。

 

「アーちゃん! お願いだから後にして。このままでは最後まで残られた慈悲深きアインズ様と、やっとご帰還なされたぶくぶく茶釜様が再びこの地を去ってしまうかも知れないのよ!」

「もー! ぶくぶく茶釜様たちからシズと一緒に受けたお仕事なんだから邪魔しないでよー! え?」

「……え?」

 

 無言で視線を交差させる二人。アウラに聞けば任務をシズと一緒にデミウルゴスに協力するよう言われたのは本当についさっきだと言う。とするとシズが面談を受けたあとだ。罰でもないのに粗相を働いた者へ重要な任務を与えるだろうか。ユリの責めるような鋭い視線は両腕を掴まれてあいだに挟まっているシズへと向いた。眼力にビビったのか緑色の右眼がぷいっと横へ逸れる。

 

「……そうならそうとどうして言わないの」

「……ユリ姉が勝手に勘違いした」

 

 確かにそうなのだが、言ってくれてさえいればこんな誤解も生じようが無かったのに。ならば最初に訊ねたときに何故言いたがらなかったのか。さっきまで感じていた恐怖心はそっくりそのままシズへの怒りへと転化しつつあった。

 ユリの放つ剣呑なオーラに修羅場の空気を感じ取ったアウラが割って入る。

 

「はいストーップ。よく分からないけど誤解が解けたならそれでいいじゃない。シズは今回初めての任務だよね。その嬉しさを独り占めしたかったとか?」

「……ん」

 

 まさかの図星だった。気が緩んでその場に力無くヘナヘナと座り込む。「だ、大丈夫?」と聞いてきたアウラに手をヒラヒラと行きなさいのジェスチャーで送り出した。シズが何か言い掛けたが、アウラに引っ張られて言う間も無く部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 現場ではアウラが付いている上にナザリックでもトップクラスの頭脳を持つデミウルゴスが指揮を執っているのならば、何も心配することは無い。もしかしなくても、経験の浅い妹のフォローも考えてリカバリーの利く人選で任務を与えたのだろう。全ては至高の御方々の考えの内だ。

 

「……司書長に褒められた」

「任務をちゃんと果たしているのね。えらいわ、シズ」

「…………アインズ様も、褒めてくれる?」

 

 詰まるところさっきから言いたかったのはそれか。褒めてもらいたいのはよく分かるが、それが至高の御方にとなれば話が変わってくる。それは価値がありすぎてもはや褒賞とも言うべきものだ。シズ達の果たした任務は言うなればナザリックの資材確保のために必要な仕事であり、こなして当然のことなのだから、それで逐一至高の御身を煩わせる訳にはいかない。かと言って折角初任務に機嫌良く取り組んでいる妹に水を差すのも躊躇われた。

 

「そうね、きっとアインズ様も褒めてくださるわ」

 

 すっくと椅子から立ち上がるシズ。

 

「でもそれをわざわざ毎回言いに来られては至高の御方々もウンザリするんじゃないかしら」

 

 すとんと椅子に座るシズ。

 

 やっぱり褒めてもらいに行くつもりだったらしい。無邪気なのは罪ではないが自由にさせると危なっかしいことこの上無い。ションボリしてしまった感じのシズにはフォローを入れておく必要がありそうだ。

 

「それに、シズの活躍は必ずアインズ様たちへ伝わるはずよ。全権担当のデミウルゴス様がその辺り手抜かりをすると思う?」

 

 シズは赤いスーツを着こなした階層守護者に少し思いを馳せてから、フルフルと首を左右に振った。ミスという言葉が最も似合わない人物の一人だ。

 

 初任務の成功祝いはまた考えるとして、この妹へはご褒美代わりに一つ情報を教えてあげることにした。

 

「でしょう? だからまずは良い結果を出すことに集中しなさい。それと、ついさっきそこの廊下をエクレアが歩いていったわよ」

「……ちょっといって来る」

 

 シズはかわいいものが好きである。黒ネクタイを締めたイワトビペンギンの姿を持つエクレア・エクレール・エイクレアーをよく抱えている。彼が自力で歩いたところでもてもてと牛歩のごとき遅さなので誰かに運んでもらった方が効率がいいらしい。あれでナザリックの支配を狙っていたりそのくせ至高の御方々に忠誠を誓っていたりとなんとも不可思議な存在であることには違いないのだが、現状では害が無いためシズにとってはただの愛玩用マスコットみたいなものだ。

 今回はシズへのご褒美という形で少し彼に迷惑を掛けてしまうが、いつもと変わらないので許してくれるだろう。

 

「……ユリ姉」

「あら、どうしたの? エクレア行っちゃうわよ」

「この前……ごめん、なさい。……ありがとう」

 

 シズは短く謝罪と礼の言葉を口にすると、扉の隙間から出していた頭を素早く引っ込める。(ひるがえ)った赤金(ストロベリーブロンド)の髮が閉まりつつある扉の隙間に揺れた。




 シズちゃんだー!

今回の独自設定(ほぼシズ関係ですね。仕方ないね)
・シズの使ってたマーカー
・ガンナー、銃器周りの設定
・シズの魔力弾
・司書長の羊皮紙作製能力とか道具とか


▽▼▽今後の執筆についてあれこれ▽▼▽

 どうでもいいかも知れませんが『捏造』と言う言葉は自嘲的に使う場合を除き適切ではないと思うので、これまで『捏造』と表記してきた内容は今後『独自設定』と書く様にしたいと思います。

 改変はまたそれとは違うので区別しますが、初期設定の改変は今の所考えていません。
 例えば変態大魔法使いジジイがあまりのウザさに封印食らって変態ジジイに成り下がったとしても、これは設定改変ではなくストーリー上の展開だと思うのでこのお話の中では設定改変とは見做しません。

 原作での表記や言及が無い部分は独自設定で深掘りして行きますが、ピックアップする項目が多くなり過ぎる様なら後書きでの説明は重要なものを除き省略するかも知れません。その時はもちろんその旨の報告をします。活動報告にFAQみたいなのを作って、そちらで分からない点への質問を受け付ける形を考えています。
「こうした方がいいよ!」などご意見ある方はメッセージ投げていただければ参考にさせていただきます。

▲△▲以上、個人的な話をですみません。の、読了感謝!▲△▲


 次回はいよいよ3巻相当の話に突入します。

8/29 前書きの時系列を訂正。ややこしくてすみません。
9/18 ご指摘いただいたティトゥスの口調を修正しました。
2018/11/3 行間を調整しました。

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