オーバーロード 粘体の軍師   作:戯画

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 今回は番外編です。


番外編その2 三者面談 ユリ・アルファの場合

 中世の城を思わせるナザリック地下大墳墓第九階層の廊下を、音も無く歩く一人のメイドがいた。清潔さと品の良さを感じさせる立ち居振る舞いはメイドの教科書を見ているようだ。清掃に従事する一般メイドからの挨拶にも優しい笑顔で対応している。

 その足取りは遅くも早くもなかったが、普段から彼女を見ている者であれば見回りではなく何処かを目指していることに気付いたかも知れない。

 

 だがナザリックに属する一人として、たとえ人目が無くとも見苦しい態を晒すようなことはしない。常にその一歩一歩を踏みしめながら、偉大な至高の御方々が作り上げたものに敬意を払う。彼女なりの忠義の表れであり、その気質もまた慕われる要因のひとつであった。目的地へは着々と近付いている。

 

 先んじて姉妹の一人が呼ばれたようだが、何かその際に粗相があったのだろうか。忠誠心は高いものの変な所が抜けている妹なので、うっかり失礼を働いてしまうことはあるかも知れない。同じ戦闘メイド(プレアデス)のメンバーとしても姉妹としても、二重の心配が胸の内に渦巻いていた。

 

 目的の部屋の前に付いたのは、指定されていた時間の十五分前。入室前の十分に、改めて自分の身嗜みに不備が無いかを確認する。至高の御方々に無様な姿を見せる訳にはいかない。

 待機のあいだに執務室の外扉を清掃していた一般メイドのシクススに入室許可を取りに行く前に確認を手伝ってもらい、身嗜みは完璧だ。時間は指定のかっきり五分前。

 顔を赤らめながら両手を前に出して遠慮する彼女に頭を下げて礼を言ったあと、深く息を吸い込んでから扉をノックした。

 

 

 

 

 

 

「茶釜さん、一人目からなんか疲れてきたんですけど」

「アンデッドは疲れませんからね! それは気のせいです!」

 

 机に突っ伏して弱音を吐くアインズと、それを受け流すぶくぶく茶釜。高校生の昼休みにも似た空気が漂っているが、これでも彼らはナザリック地下大墳墓のトップ二人なのだ。

 思い立って面談を始めたはいいが、一人目から訳も分からず自殺未遂を図るという波瀾に満ちた幕開けになった。開始早々これでは、アインズの気が滅入るのも仕方の無いことだった。

 

「後々引いて致命傷にならなくて良かったじゃないですか」

「それは前向きなんでしょうか……次、誰でしたっけ」

 

 体を起こして手元の資料をパラパラとめくるが、順番は基本的にぶくぶく茶釜に一任している。次に誰が来るのかはアインズには知らされていなかった。

 

「次はまあ心配いらないんじゃないですか? 続いて戦闘メイド(プレアデス)副リーダーのユリ・アルファです」

「おー、安牌っぽいですね」

 

 噂をすれば、コツコツと扉をノックする音が聞こえてきた。二人は顔を見合わせ、入室の許可をアインズが伝える。

 失礼致します、と涼やかな声とともに入室したユリは完璧な動作で扉の(そば)で一旦お辞儀をし、用意してあった椅子の一歩半斜め前の位置までしずしずと歩み寄ってから改めて深々と頭を下げた。

 いつも微笑みを絶やさないプレアデスの長姉であり、銀縁のシャープなフォルムの眼鏡は怜悧な印象を添える。種族は首無し騎士(デュラハン)だが、チョーカーを着けているために一見すると人間種に思える。

 

「アインズ様、ぶくぶく茶釜様。お召しによりユリ・アルファただいま参上致しました」

「うむ、ご苦労。座れ」

「かしこまりました。失礼致します」

 

 これまた優雅と言うか、羽根を乗せるように淀み無い動きで着席する。仄かに表した微笑には見た者を安心させる母性を感じさせた。セバスにたっち・みーの影を見たのと同じに、ユリの中にも制作者であるやまいこの鼓動が息づいているのか。

 

「じゃあ始めましょうか。ユリは自分自身の素直な考えを答えてね。そのための面談なんだし。『私たちが望みそうな答え』を出す必要は無いよ」

「はい。承知致しました」

 

 わざわざ釘を刺したのは、先の所作から非常に知的な印象を受けたからだ。特に往々にして長男や長姉という者は我慢強く、本心を押し殺して望まれる答えを言うくらいはやってのけても不思議ではない。だがこちとらそんな出来合いの答えは望んでいないのだ。

 ユリに動揺する様子は無い。至高の御方々がそう望むなら、あるがままに答えるだけだと言わんばかりだ。

 

「では第一問! あなたにとって人間とはどのような存在ですか」

「か弱い中にも強い心を持つ者たちは好ましく思います」

 

「第二問! 人間が喧嘩を売ってきたらどうする?」

「状況にもよりますが……なるべく目立たぬよう力は抑えて組み伏せます」

 

 ほう、と内心で拍手を送るアインズ。状況も顧みるだけの配慮があるのは見事だ。決してナーベラルとの比較でとりわけ良く見えた訳ではない。たぶん。

 

「第三問! アインズさんが身分を偽っている場合、対等のパートナーとして相応しい対応を取って下さい」

 

 ナーベラルのときと同様に≪クリエイト・グレーター・アイテム/上位道具作成≫で鎧の戦士に一瞬で姿を変えたアインズがユリの側へ移動する。心なしかユリに紅が差した。

 

「私のことはモモンと呼ぶように」

「……はっ、はい。モモン様」

 

 少し惚けていたユリがモモンの呼びかけに返答する。デジャブを感じる出だしに不安の気がむくむく膨らんできたが、その心配は霧散する。

 

「モモンで良い」

「ボ……私にとってはこれが自然なのです。仕方ありません」

 

 やや不貞腐れたように右手の薬指と中指で眼鏡をクイッと持ち上げる動作。若干の不満と、気心の知れた仲間内にしか見せない空気感が確かにそこにはあった。

 しかも自然な流れで敬称を付けた呼び方にすることで自らの忠誠心にも傷を付けない上級テクニック。これにはぶくぶく茶釜が何故かやや興奮気味に触手に力を込めた。

 

「しゅーりょー。そこまで」

 

 席に戻ったアインズとユリ。総評がアインズから伝えられる。

 

「まずはご苦労だった。ユリ・アルファよ」

 

 労いの言葉に笑顔と会釈で応えるユリ。

 

「結論から言うとお前の答えと対応はどれも素晴らしかった。流石は戦闘メイド(プレアデス)の副リーダーだ」

「お褒めにあずかり恐縮です」

「うむ。ユリからは何かあるか? 質問や疑問に思ったことなど折角の機会だ。是非意見を聞きたい」

 

 戦闘メイド(プレアデス)は配置の関係上、階層守護者や至高の御方々と顔を合わせる機会は多い。しかしそれはあくまで目にすることが多いというだけで、対話をする相手として気安いという訳ではないのだ。

 見た目はよく知っていても、何を考えているのか、どういう性格なのかはコミュニケーションを取らなければ分からない。それはアインズたちから見たNPCがそうであったように、ユリたちから見た至高の御方々もまた同様であった。

 

「ご質問の内容に人間がよく出てきたように思いますが」

「ああ。ナザリック地下大墳墓内の状況確認が一区切りついたのでな、これからは外側への調査を進めることにした。その一環で人間社会への潜入や接触も増えてくる。それに備えての予行演習という訳だ」

 

 ぶくぶく茶釜がそれ言っちゃって良かったんですかという雰囲気でこちらを見てくるが、特に問題は無いと思っている。不用意なことを先走って言いふらすような性格ではないだろうし、他言無用と念押ししておけば良い。

 

「他には何かあるか? 困っていることでもいいぞ」

「困っていること、ですか……」

「何かあるのね」

 

 わずかに言い淀む気配を感じたぶくぶく茶釜はすかさずそれを拾う。躊躇うという事はユリからしたら言いにくい内容なのだろう。だがこちらにそれを言っていいものか気後れしたと見た。

 至高の御方に指摘され、申し訳無さそうな表情で恐れながらと頭に付けてユリは口を開いた。

 

 

 

「シャルティアが?」

「はい、実際的に何かをされた訳ではないのですが、お会いした時には息を荒くなさってなんと申しますか、その、こ、恍惚とした表情で。あ、あだっぽい視線を送って来られるのです……」

 

 恥ずかしさと申し訳無さが入り混じった感情はユリの頬と耳を紅潮させ、うつむいてしゅんとした姿には庇護欲を掻き立てられる。たとえシャルティアでなくとも世の男たちは今のユリを自分の腕の中に抱き締めたいと思うだろう。

 

「まあ、あれだ。シャルティアはユリも知っての通り我が友ペロロンチーノが作った守護者なのだが、創造者に似るのかペロロンチーノ本人がその、オープンな本能に忠実な男だったから多少は大目に見てやってくれ」

「はい……」

 

 そのときの恐怖を思い出したのか、ユリの目元には涙が浮かんでいる。

 

「も、もちろん対策は打つとも! ですよね茶釜さん!」

「え? あ、そ、そうね。とりあえずシャルティアには釘を刺しておきましょうか」

 

 ナザリックの者にとって、至高の御方々からの命令とは命に代えても遂行するべき絶対のものだ。その方々が御自ら釘を刺してくれれば、もはやユリに対するシャルティアの魔の手は届かないと保証されたも同然だ。

 ユリとてシャルティアを嫌っている訳では無い。ただ身の危険を感じるだけなのだ。素直に手放しで喜べないのは、立場の違いもあるが告げ口をしているような気分だからだ。

 

「ユリ・アルファ」

「はい、アインズ様」

 

 改めて名を呼ばれたユリ。内心の葛藤とは切り離して、仕えるべき人物へ意識を集中する。

 

「これで面談は終わりだ。シャルティアの件は言い辛いことだったろうが、よくぞ我らを信頼して話してくれた。嬉しいぞ」

「そ、そのような! 私が、いいえ私達が至高の御方々のお望みのままにするのは当然のことです!」

「頭ではそう思っていても、実際に行動に移すのは難しいものだ。今回に限らず、日頃から何か困ったことや問題があれば、適宜意見を上げるがいい」

 

 どこまでも慈悲深い死の支配者にユリ・アルファは感謝の涙を流し、何度も頭を下げた。普段気丈に見える戦闘メイド(プレアデス)の長姉ユリのこのような姿は珍しい。組織としてはセバスをリーダーに置いているとは言え、姉妹達との距離感が全く違う。ストレスが溜まっても軽々しく表には出せないのかも知れない。

 感謝を述べる言葉に嗚咽が混じり始めたので、頃合いかとユリの肩をそっと掴んだ。

 

「ア、アインズ様……?」

「ユリ、苦労を掛けてすまないな。もう泣くな。涙に濡れるお前も魅力的だが、私は笑っているお前の方がいい」

「お、お戯れを……」

 

 思わず顔を上げたユリ。頬を流れる涙を骨の指で軽く拭ってやると、またもその顔が真っ赤に染まった。

 

 

 

 

 

 

「では、失礼致します」

「はいお疲れ様ー……ほんとお疲れ様」

 

 入室時と同じく、非の打ち所がない所作でアインズの執務室を退室するユリ。脱力した2人は揃って椅子の背もたれに体を預けた。人間の時の名残りか、アインズが目頭を指で押さえている。

 

「アインズさん結構天然ジゴロですよね。その内刺されても知りませんよ」

「ひどい!? 支配者ロールプレイってことで勘弁して下さい……あとシャルティアにはその、厳重注意でいいですか」

「そうですね。具体的な被害が出ている訳ではないのであんまり強くも言えませんし」

 

 どちらからともなく長い息を吐く。ユリから引き出した問題は石拾いをしていたら不発弾を見付けてしまったかのごとく非常にデリケートかつ頭の痛いものだった。しかもこの爆弾は性質(たち)の悪いことに時限式だ。放っておけばユリを初めとしてナザリック自体を崩壊させかねない核弾頭だ。

 

「まさかそんなことになっているとは……」

「シャルティアは悪くないのは頭では分かってるんですよねー。全ての元凶は……」

「「愚弟(ペロロンチーノ)……!!」」

 

 後のルプスレギナが語るところによるとこの日のユリはやたらと機嫌が良く、普段なら小言の1つでも言ってくるところが笑顔で優しく窘められただけだった。

 離れていく背に何か変なものでも食べたのだろうかと訝しむルプスレギナに、アンデッドは状態異常無効と冷静なツッコミを入れるシズと言う珍しい姿があったが、それを目にした者は特にいなかった。




 アインズ達と絡まないプレアデスのエピソードとかも楽しいかも知れません。もっと話が進めば個別のエピソードを書きやすい状況になるかな? それにしても番外編は時系列あんまり気にしないで書けるかと思ってましたけど全然そんな事なくて、ある時点に話を挟みたい自分の願望とその時点での状況がマッチしてなかったりして寧ろ気を使います。

2016/11/22 誤字指摘を一部適用しました。
2017/8/6 魔法の仕様と矛盾する記述を修正しました。
2018/11/3 行間を調整しました。

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